複雑・ファジー小説
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- 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下【完結】
- 日時: 2022/05/29 21:21
- 名前: 銀竹 (ID: iqu/zy5k)
- 参照: https://www.kakiko.cc/novel/novel6/index.cgi?mode=view&no=18825
いつもありがとうございます。
闇の系譜シリーズは、四作目のアルファノル編以降、別サイトに移動しております。
詳しくはアルファノル編のスレにて!
………………
人々の安寧を願ったサーフェリアの前国王、サミル・レーシアス。
彼の興した旧王都──アーベリトは、わずか七年でその歴史に幕を閉じることとなった。
後に『アーベリトの死神』と称される、召喚師ルーフェンの思いとは……?
………………
はじめまして、あるいはこんにちは!銀竹と申します。
本作は、銀竹による創作小説〜闇の系譜〜の二作目の後編です。
サーフェリア編がかなり長くなりそうだったので、スレを上・下と分けさせて頂く事にしました。
一部残酷な表現などありますので、苦手な方がいらっしゃいましたらご注意下さい。
今回は、サーフェリア編・上の続編となっております。
サーフェリア編・上の知識がないと通じない部分も出てきてしまうと思いますが、伏線以外は極力分かりやすく補足して、進めていきたいと考えています(上記URLはサーフェリア編・上です)。
〜闇の系譜〜シリーズの順番としては
ミストリア編(上記URLの最後の番号五桁が16085)
サーフェリア編・上(17224)
サーフェリア編・下(19508)
アルファノル編(18825)
ツインテルグ編
となっております。
外伝はどのタイミングでも大丈夫です(16159)。
よろしくお願いいたします!
…………………………
ぜーんぶ一気に読みたい方→ >>1-430
〜目次〜
†登場人物(第三章〜終章)† >>1←随時更新中……。
†用語解説† >>2←随時更新中……。
†第三章†──人と獣の少女
第一話『籠鳥』 >>3-8 >>11-36
第二話『憧憬』 >>37-64
第三話『進展』 >>65-98
†第四章†──理に触れる者
第一話『禁忌』 >>99-150 >>153-162
第二話『蹉跌』 >>163-189 >>192-205
第三話『結実』 >>206-234
†第五章†──淋漓たる終焉
第一話『前兆』 >>235-268 >>270-275
第二話『欺瞞』 >>276-331
第三話『永訣』 >>332-342
第四話『瓦解』 >>343-381
第五話『隠匿』 >>382-403
†終章†『黎明』 >>404-405
†あとがき† >>406
作者の自己満足あとがき >>407-411
……………………
基本的にイラストはTwitterにあげておりますので、もし見たい!って方がいらっしゃいましたらこちらにお願いします。→@icicles_fantasy
……………………
【完結作品】
・〜闇の系譜〜(ミストリア編)《複ファ》
ミストリアの次期召喚師、ファフリの物語。
国を追われ、ミストリアの在り方を目の当たりにした彼女は、何を思い、決断するのか。
・〜闇の系譜〜(サーフェリア編)上《複ファ》
サーフェリアの次期召喚師、ルーフェンを巡る物語。
運命に翻弄されながらも、召喚師としての生に抗い続けた彼の存在は、やがて、サーフェリアの歴史を大きく変えることとなる──。
・〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下《複ファ》
三街による統治体制を敷き、サーフェリアを背負うこととなったサミルとルーフェン。
新たな時代の流れの陰で、揺れ動くものとは──。
【現在の執筆もの】
・〜闇の系譜〜(外伝)《複ファ》
完全に狐の遊び場。〜闇の系譜〜の小話を載せております。
・〜闇の系譜〜(アルファノル編)《複ファ》
ミストリア編後の物語。
闇精霊の統治者、エイリーンとの繋がりを明かし、突如姿を消したルーフェン。
召喚師一族への不信感が一層強まる中、トワリスは、ルーフェンの後を追うことを決意するが……。
憎悪と怨恨に染まった、アルファノル盛衰の真実とは──?
【執筆予定のもの】
・〜闇の系譜〜(ツインテルグ編)《複ファ》
アルファノル編後の物語。
世界の流転を見守るツインテルグの召喚師、グレアフォール。
彼の娘である精霊族のビビは、ある日、サーフェリアから来たという不思議な青年、アーヴィスに出会うが……。
……お客様……
和花。さん
友桃さん
マルキ・ド・サドさん
ヨモツカミさん
【お知らせ】
・ミストリア編が、2014年の冬の大会で次点頂きました!
・サーフェリア編・上が、2016年の夏の大会で銅賞を頂きました!
・2017年8月18日、ミストリア編が完結しました!
・ミストリア編が2017年夏の大会で金賞を頂きました!
・サーフェリア編・上が、2017年冬の大会で次点頂きました!
・2018年2月18日、サーフェリア編・上が完結しました!
・サーフェリア編・下が、2019年夏の大会で銀賞頂きました!
・外伝が、2019年冬の大会で銅賞頂きました!
・サーフェリア編・下が、2020年夏の大会で銀賞頂きました!
・サーフェリア編・下が、2020年冬の大会で金賞頂きました!
いつも応援して下さってる方、ありがとうございます(*^▽^*)
- Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下 ( No.284 )
- 日時: 2020/07/20 19:19
- 名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: 8NNPr/ZQ)
シルヴィアは、横目にジークハルトを一瞥してから、細い指先を二度、三度と、空を切るように動かした。
瞬間、強烈な爆音を伴いながら、実体のない化け物の身体が、光を孕み、立て続けに爆発した。
例の如く、霧散すれば、それを逃がすまいと、シルヴィアが腕を動かす。
すると今度は、飛散していた化け物の身体が、まるで小さな箱の中に押し込められたかのように圧縮され、空中に留まった。
彼女の指先は、大気に漂う魔力の流れを、操っているようであった。
とどめとばかりに、シルヴィアが腕を振り上げると、巨大な火柱が大気を貫いて、化け物を包み込んだ。
直視できないほどの熱線に、ジークハルトは、思わず顔を背ける。
術者が死んだのか、それとも、二度と再生できぬまでに灼き尽くされたのか。
再び目を上げたときには、化け物の姿は、塵すら残さず消えていた。
辺りが静まり返ると、ジークハルトは、点々と転がる人々の死体を見回した。
それから、ゆっくりと、シルヴィアの方へと視線を移した。
シルヴィアは、恍惚とした笑みを浮かべていた。
彼女は普段から、薄い笑みを貼り付けて、人形の如く旧王家の側に控えている印象があったが、今浮かべているのは、そんな笑みとは全く違う。
待ち望んでいたものを、ようやく目の当たりにしたような、満ち足りた笑みであった。
「……あれが何か、知っているのか」
問いかけると、シルヴィアが、ジークハルトの方に振り返った。
銀の瞳の底に、爛々とした光が、輝いている。
皮膚が爛れ、まだぷすぷすと煙を上げている右腕を押さえながら、ジークハルトは、緩慢な動きで立ち上がった。
シルヴィアは、にんまりと唇で弧を描いた。
「……私も、初めて見たわ。悪魔の成り損ない」
「悪魔の、成り損ない……?」
思わず目を見開いて、聞き返す。
シルヴィアの言葉は、信じられぬ一方で、妙に腑に落ちた答えでもあった。
あのような醜悪な化け物を産み出す魔術なんて、召喚師一族が用いる悪魔召喚術以外に、考えられなかったからだ。
ルマニールでの攻撃が一切利かず、ヴァレイの結界術すら物ともしない、あんな化け物は、見たことがなかった。
祭典に備え、この祝宴の場には、宮廷魔導師を始め、幾人もの精鋭魔導師を配置していた。
それにも拘わらず、この有り様である。
自分達が敗北したのは、抗いようのない、召喚師一族絡みの力だったのだと。
そう思って無理矢理納得せねば、気がおかしくなりそうであった。
ジークハルトは、顔をしかめた。
「……お前、また何か企んでいるんじゃないだろうな」
「…………」
笑みを深めただけで、シルヴィアは、何も言わなかった。
しかし、その表情を見ただけで、彼女の仕業ではないということは、なんとなく分かった。
そもそも、今回の襲撃にシルヴィアが関与していたなら、彼女まで襲われて、死にかけた理由が分からない。
それに召喚術は、召喚師にしか使えないはずである。
シルヴィアは、ルーフェンに最も近い存在ではあるが、今はもう、召喚師ではないのだ。
しかし、だからといってルーフェンを疑うのも、筋違いだ。
彼は、シュベルテを良く思ってはいないだろうし、シルヴィアに対して個人的な恨みもあるはずだが、それで襲撃を企てるほど、粗暴で冷静さに欠いた人間ではない。
第一、ルーフェンが召喚術らしき力を使ってシュベルテを襲えば、自分が犯人だと名乗り出ているようなものだ。
考えるならば、召喚師の仕業だと見せかけたい何者か。
もしくは、単純に力を誇示したい何者かの関与を疑うのが妥当だろう。
どちらにせよ、今回の件に、召喚師一族は無関係なように思えた。
ジークハルトは、息を吐き出すと、シルヴィアに向き直った。
「おい、さっき言っていた、悪魔の成り損ないとか言うのは──」
なんだ、と尋ねようとしたとき。
不意に、シルヴィアの身体が、ぐらりと傾いた。
咄嗟に左腕を伸ばして、シルヴィアの肩を支えたが、その瞬間、腕にしびれるような痛みが走って、ジークハルトも、がくりと地に膝をついた。
一人分の体重も支えられぬほど、ジークハルトの身体も、疲弊しきっていたのである。
再び気絶したのか、目を閉じているシルヴィアを横たえると、ジークハルトは、その場に片膝をついたまま、しばらく目眩に耐えていた。
手をついて、何度か立ち上がろうとするも、左腕は細かく震えていて、力が入らない。
右腕に至っては、化け物に触れられた部分から腐敗が進んだのか、全く使い物にならず、少しでも動かすと、崩れ落ちてしまいそうな気がした。
目の前が、徐々に暗くなっていく。
必死に意識を保とうとしたが、身体が、限界を越えていることを訴えていた。
バジレットとシャルシスは、無事に逃げられただろうか。
城下にも襲撃が及んでいるならば、今すぐ増援に向かって、被害状況を確かめなければならない。
崩壊した城壁も、すぐに撤去して、庭園に生存者がいないかどうか、改めて確認する必要がある。
動ける者は既に逃げただろうが、瓦礫の下敷きになって動けない者は、まだ必死に息をしながら、助けを待っているかもしれない。
そうでなくても、早く救いだして弔ってやらねば、浮かばれないだろう。
倒れている暇などない。やるべきことは、沢山あるのだ。
(──……)
どこからか、風に乗って、馬蹄の音が響いてきた。
その音を聞きながら、ジークハルトの意識は、闇の中へと落ちていったのであった。
- Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下 ( No.285 )
- 日時: 2021/04/15 12:52
- 名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: WZc7rJV3)
闇の中から、ゆっくりと意識を浮上させたジークハルトは、聞き覚えのある女の声で、重い目蓋を持ち上げた。
霞む視界の先で、覗き込んでくる夜色の双眸が、やけに鮮やかに見える。
声を出そうとしたが、喉が貼り付くように痛んで、ジークハルトは、大きく咳き込んだ。
蒼目蒼髪の女、アレクシアは、小卓に腰掛け、寝台の上で呻いているジークハルトのことを、しばらくじっと眺めていた。
やがて、手元にあった水筒を持って立ち上がると、アレクシアは、その水をジークハルトに飲ませる──のではなく、頭からぶっかけた。
途端、噎せ返ったジークハルトが、頭を動かして、アレクシアを睨む。
アレクシアは、けらけらと笑いながら、再び小卓に座った。
「虫けらみたいにうぞうぞ動いてるから、まさかと思ったけれど、本当に生きていたのね。ついに死んだかと思ってたわ」
「…………」
一発殴ってやろうかと、上体を起こそうとしたジークハルトであったが、瞬間、胸に鋭い痛みが走って、諦めたように寝台に身を預けた。
処置は既にされていたが、肋骨が何本か折れているのだろう。
呼吸をする度、強ばるような痛みが、身体中を駆け巡った。
「……俺は、どのくらい寝てた」
掠れた声を、ようやく絞り出す。
アレクシアは、すらりと脚を組んだ。
「三日くらいよ。運が良かったわね。貴方の右腕、壊疽しかかってたのよ。昨日まで、切り落とそうかって話も挙がってたんだから」
そう言われて、ふと、右腕に視線を動かす。
右腕は、分厚く包帯で固定されているのか、力を入れようとしても、指一本動かない。
己の全身から漂う、濃い消毒液の匂いに、ジークハルトは、暗澹とした気分になった。
視線を動かせば、見慣れた錦織の壁掛けが目に入る。
どうやら、ジークハルトが寝かされているのは、宮殿内の一室らしい。
他にも、簡易的な寝台に寝かされた男たちが、時折うなされながら、並んで横たわっていた。
ジークハルトは、目を瞑り、アレクシアに尋ねた。
「……公やシャルシス様は、ご無事か。状況は?」
アレクシアは、肩をすくめた。
「無事よ、孫のほうはね。バジレットも、年寄りだからどうなるか分からないけれど、昨日、意識を取り戻したらしいわ」
「……そうか」
ジークハルトが、安堵したように息を吐く。
アレクシアは、細い眉を寄せた。
「祝宴の場で、一体何があったの? 宮廷魔導師団はほぼ壊滅状態、騎士団長レオン・イージウスも、政務次官ガラド・アシュリーも、国内の有力者たちの大半が死んでるわ。出席者の内、生存が確認されているのは、貴方を含めて六人だけよ」
ジークハルトが、大きく目を見開く。
ひどく動揺した様子で、軋む上体を無理に起き上がらせると、ジークハルトは口調を荒げた。
「馬鹿な! 少なくとも、十数名は逃がしたはずだ! 自力で走れる奴だっていたんだぞ。瓦礫の中をよく探せ、まだ生き残っている奴が──」
「うるさいわね、でかい声で騒がないでちょうだい」
寝台から身を乗り出そうとしたジークハルトの顔に、アレクシアが、再び水筒の水をかける。
やれやれと首を振ると、アレクシアは腕を組んだ。
「言ったでしょう、“生存が確認されている”のが六人よ。他にも何人か生き残っているかもしれないし、本当に六人だけかもしれない。今、シュベルテ中が大混乱で、正確な情報なんて何も分からないのよ。開式の儀を狙われたのと同時に、城下も襲撃を受けたの。目撃者は全員、口を揃えて、化物に襲われたって証言しているわ。北区がほぼ壊滅、魔導師団の駐屯地と、公立の大病院もやられたわ。おかげで怪我人があぶれてるから、移動が可能な怪我人は、随時アーベリトに送っているの。貴方みたいに死にかけて、移動すら困難な人間は、城を一部解放して作った、仮設の救護室で治療しているわ。それが、この広間よ」
「…………」
前髪から滴る水滴を払いもせずに、ジークハルトは、呆然と床の一点を見つめていた。
説明を聞いても尚、不可解な点が多すぎて、理解が追い付かなかった。
- Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下 ( No.286 )
- 日時: 2020/07/25 18:49
- 名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: 8NNPr/ZQ)
城下に現れた“化物”は、おそらく、宮殿の庭園に現れたものと同じだ。
花祭りの最中は、城下の警備体制も、平素より強化している。
そもそも、並の軍が近づいて来るようなことがあれば、襲撃を受ける以前に気づいて迎え討てたであろうが、仮に、千の敵兵が街中に降って湧いたとしても、シュベルテの訓練された魔導師団と騎士団ならば、即座に対応できただろう。
少なくとも、城下の四分の一と有力者たちを、みすみす失うような結果にはならなかったはずだ。
それだけ、シュベルテの軍部は抜きん出て優秀だし、祭典中の警備体制は厳戒だったと、ジークハルトは自負していた。
しかし、攻撃も通らぬ化物が、突如現れたとなれば、話は別である。
あの祝宴の場には、シュベルテでも有数の精鋭魔導師が揃っていたが、それでも、守り通せなかった。
本当に一瞬の出来事で、何か一つでも状況が違えば、ジークハルトも生きて目覚めることができなかったかもしれないのだ。
(死んでいたかもしれない、俺が……?)
ふと、動かぬ右腕を一瞥して、息を飲む。
あの場で瓦礫の下敷きになったり、化物に飲み込まれていれば、死んでいた可能性は十分高かっただろう。
だが、実際はそうならなかった。
ヴァレイとシルヴィアによって、守られたからである。
化物に腕を焼かれ、他にも怪我はしていたが、致命傷を負った感覚はなかった。
しかし、アレクシアの話を聞く限り、重傷者しか運ばれない仮設の救護室で、三日も寝ていたということは、自分は今まで、生死を彷徨うような重体だったのだろう。
そのことが、ジークハルトの中で、妙に引っ掛かった。
自分一人の話ならば、戦いの中で己の状態を見誤ったのだろうと、そう思い直して完結していた。
だが、あの祝宴の場には、他にも軽傷者がいたはずなのだ。
正確な死亡者数が明らかになっていないとはいえ、もし、本当に六人しか生き残らなかったというなら、あの場で逃げた軽傷者たちも、後に死んだということになる。
軽傷に見えたのが、単なる勘違いだったのか。
それとも、あの化物は、外傷を与える以外の力も持っていたのか。
今、改めて考えてみても、あの化物の正体が分からないし、あんなものが存在して良いのかと、思い出すだけで恐怖が込み上がってきた。
ジークハルトは、脱力したように、再び寝台に身を預けた。
「……祝宴で何が起きたのかは、俺もさっぱり分からん。城下の状況と、ほとんど同じだ。化物については、シルヴィア・シェイルハートなら、何か知ってるかもしれんが……」
不意に言葉を切って、ジークハルトは、額に腕を乗せる。
疲労の滲んだ彼の声に、アレクシアも、ため息をついた。
「前召喚師は、今頃アーベリトよ。何か知っているのだとしても、聞き出せるのは先になるでしょうね。彼女はほとんど無傷だったそうだけれど、未だに意識が戻らないみたいだから」
目を細めて、アレクシアは続けた。
「……まずいことになったわね。花祭りの混雑時に、重要施設と要人を狙って襲撃してくるなんて、明らかに計画的な奇襲だわ。しかも相手は、得体の知れない化物なんて、作り話みたいで笑っちゃう。魔導師団と騎士団が受けた被害は甚大、宮廷魔導師団も大半が死んで、実質上の解体。おまけに、とって代わろうとする勢力が、胡散臭い新興騎士団だって言うんだから、カーライル家の年寄りと坊やが生き残ったところで、何の安心材料にもなりゃしないわ。敵の正体が分からない以上、次がないとも限らないし、シュベルテのお先真っ暗ね。折角正規の魔導師に昇格したところだけど、私、魔導師団を抜けようかしら」
ジークハルトは、思わず目をあげて、アレクシアを見た。
「新興騎士団……?」と呟けば、彼の言わんとすることは、アレクシアにも通じたらしい。
アレクシアは、皮肉っぽく笑んだ。
「教会を解放して、施療院を一般利用させたり、この城に仮設の救護室を作って、怪我人の治療を行っているのは、イシュカル教会が発足した新興騎士団の連中なのよ。事態が収まってから、のこのこ軍を率いてやってきたくせに、今じゃシュベルテを救った英雄気取りよ? こんな阿呆らしいことないけれど、彼らの言葉を鵜呑みにする馬鹿の多いこと多いこと。まあ、こうなることは予測できていたけどね。今は、頼れる戦力が他にないんだもの。いつまた襲われるか分からない状況下で、この街を牛耳っていた魔導師団が役に立たないとなれば、胡散臭い宗教団体だろうがなんだろうが、支持せざるを得ないのが人ってものでしょ?」
「…………」
ふと、耳の奥で、馬蹄の音が蘇る。
ジークハルトは、考え込むように眉を寄せると、ぽつりと呟いた。
- Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下 ( No.287 )
- 日時: 2020/07/29 16:50
- 名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: 8NNPr/ZQ)
「……最初から、それが狙いか? 魔導師団を貶め、自分達が台頭するために、襲撃を……」
言いかけて、首を振る。
「いや、だとすればイージウス卿まで殺す必要はなかったはずだ。新興騎士団としての地位を確立させるなら、街を半壊させて不特定多数を狙うより、魔導師団の幹部やカーライル家の人間だけを狙ったほうが確実だ。無駄に被害を拡大させた意味が分からない。あるいは、何らかの方法であのような化物まで差し向け、不安を煽り、後々召喚師一族に罪を被せようとしている……? 力を誇示したいだけならば、直に名乗り出てくるだろうが……」
ぶつぶつと、独り言のように言いながら、ジークハルトは、厳しい表情で宙を睨んでいる。
アレクシアは、片眉をあげた。
「イージウス卿が殺されたからといって、新興騎士団が無関係とは限らないわよ。実権を握っていたのは、おそらく彼ではないもの」
ジークハルトが、怪訝そうに顔を歪めた。
「……どういう意味だ?」
「さあ、捨てられたんじゃない? 今回の黒幕が、本当に新興騎士団ならね」
頭を動かしたジークハルトが、アレクシアを凝視する。
アレクシアは、くすりと笑った。
旧王家によって発足された、レオン・イージウス率いる歴史ある世俗騎士団と、反召喚師派であるイシュカル教会が発足した新興の宗教騎士団は、別物である。
新興騎士団の実体は、未だ掴めていないが、ジークハルトやヴァレイは、両者は水面下で協力関係にあるのだろうと睨んでいた。
世俗騎士団は、次期国王にシャルシスを望んでいたが、バジレットやルーフェンによるアーベリトへの王位譲渡で、その思惑を阻止された。
一方、イシュカル教会は、リオット族の王都入りや遷都の機に高まった、召喚師一族に対する民の反感を利用し、その勢力を徐々に拡大させてきた。
両者の利害は、カーライル家と召喚師一族の没落を目論んでいる、という点で一致している。
故に手を組み、レオン・イージウスが、勢力拡大のため、民間の宗教団体に過ぎなかったイシュカル教会に新興騎士団の発足という手段をとらせたのだと、宮廷魔導師団は睨んでいたのだ。
しかし、アレクシアの言葉をそのまま受け取るならば、新興騎士団には、主犯格の人間が他にいて、レオンが死んだ今は、実質その者が主導権を握っている、ということになる。
脚を組み直して、アレクシアは言った。
「だって、イージウス卿は、貴方やストンフリー卿に睨まれていたわけでしょう? その目をかい潜って、教会と連絡をとり続けるなんて、まず無理な話よ。新興騎士団の発足を促したのはイージウス卿かもしれないけれど、イシュカル教徒をまとめあげている人物は、他にいる……そう考えるのが妥当だわ。でもその人物は、軍部には力が及ばない立場だから、イージウス卿の権力を一時的に借りて、教会、すなわち新興騎士団の地位を確固たるものにするべく、密かに動いていた。そして、今回のシュベルテ襲撃を受け、魔導師団の信用が陥落した今を好機と見て、新興騎士団は見事、シュベルテの軍部の中心的存在になったのよ」
ジークハルトは、周囲の怪我人たちがよく寝入っていることを確認してから、小声で返した。
「……つまり、今回の襲撃は、新興騎士団が支持を勝ち得るために仕組んだことだ、と言いたいのか?」
「さあ? それはどうかしら。はっきりと断言するには、材料が少なすぎるわね。そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。今回の襲撃は、シュベルテの内部勢力とは全く関係のない、第三者によって引き起こされたもので、教会は、それを上手く利用しただけの可能性もあるじゃない?」
あっさりとそう答えたアレクシアに、ジークハルトは、興味を失った様子で嘆息した。
- Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下 ( No.288 )
- 日時: 2020/07/31 10:47
- 名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: 8NNPr/ZQ)
アレクシアは、特殊な透視能力を持っている。
妙に確信めいた口調で、新興騎士団の内情について語るものだから、もしや、襲撃を仕掛けるイシュカル教徒の姿でも視たのかと期待したのだが、どうやら全て、単なる憶測で言っていたらしい。
ジークハルトの心境を察したのか、おかしそうに口端を上げると、アレクシアは告げた。
「襲撃の件はともかく、イージウス卿の意に反して、新興騎士団を動かしている人間がいることは確かよ。教会のネズミ共が足しげく通う先には、いつも同じ人間がいる。……誰だか知りたい?」
不意に、アレクシアが寝台に手をついて、顔を覗き込んでくる。
ジークハルトが先を促すと、アレクシアは、耳元まで唇を寄せ、小さく囁いた。
「……モルティス・リラードよ」
ジークハルトの目に、驚きの色が浮かぶ。
上品に口髭を整えた、小太りの男が脳裏をよぎって、ジークハルトは眉根を寄せた。
モルティス・リラードは、政務次官ガラドに並び、王宮で事務次官を勤めている男だ。
軍部とはほとんど関わりを持たない男なので、ジークハルトも、顔を見たことがある程度である。
上がった意外な名前に、ジークハルトは、間近にいるアレクシアの顔を、睨むように見た。
「……どういうことだ? あの男が、イシュカル教徒の首魁だというのか?」
アレクシアは、肩をすくめた。
「そこまでは分からないわ。私はただ、視ただけだもの。あの豆狸が一体何を考え、教徒たちとこそこそ話しているのか……これ以上は、推測の域を出ないわね」
「…………」
開きかけた口を閉じると、ジークハルトは、考え込むように顔をしかめる。
二人は、微かな燭台の光のもとで、しばらく黙り込んでいた。
やがて、ゆっくりとジークハルトから離れると、アレクシアが、唇を開いた。
「ねえ、私と取引しましょうよ」
突然の提案に、ジークハルトが眉を歪める。
アレクシアは、すっと目を細めた。
「私、新興騎士団に入るわ。最近は魔導師団からも、教会側に寝返る離反者が出てきているのでしょう。その一人になって、内情を探ってくるの。今回の襲撃と教会に、関係があるのかどうか。奴らの狙いが何で、今後どう動くつもりなのか……全て調べて、貴方に教えてあげる。その代わり、私を宮廷魔導師にしてちょうだい」
身構えていたジークハルトは、アレクシアの言葉に、意外そうに瞠目した。
「……お前、出世なんかに興味があったのか」
「当たり前じゃない。魔導師団って、思いの外つまらないんだもの。このまま下っ端魔導師をやって、世のため人のためーとか妄言を吐き散らして死ぬくらいなら、異端者として街中に隠れ住んでいた方が、まだマシだったと思い直していたところだったのよ。……でも、宮廷魔導師になれるなら、大抵のことは思い通りにできる、地位が手に入るものね」
それを聞いて、ジークハルトは、呆れたように息を吐いた。
アレクシアという女から、まともな動機が聞けるとは思っていなかったが、まるで当然のように権力が目当てだと言われると、説教する気にもなれない。
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