複雑・ファジー小説
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- 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下【完結】
- 日時: 2022/05/29 21:21
- 名前: 銀竹 (ID: iqu/zy5k)
- 参照: https://www.kakiko.cc/novel/novel6/index.cgi?mode=view&no=18825
いつもありがとうございます。
闇の系譜シリーズは、四作目のアルファノル編以降、別サイトに移動しております。
詳しくはアルファノル編のスレにて!
………………
人々の安寧を願ったサーフェリアの前国王、サミル・レーシアス。
彼の興した旧王都──アーベリトは、わずか七年でその歴史に幕を閉じることとなった。
後に『アーベリトの死神』と称される、召喚師ルーフェンの思いとは……?
………………
はじめまして、あるいはこんにちは!銀竹と申します。
本作は、銀竹による創作小説〜闇の系譜〜の二作目の後編です。
サーフェリア編がかなり長くなりそうだったので、スレを上・下と分けさせて頂く事にしました。
一部残酷な表現などありますので、苦手な方がいらっしゃいましたらご注意下さい。
今回は、サーフェリア編・上の続編となっております。
サーフェリア編・上の知識がないと通じない部分も出てきてしまうと思いますが、伏線以外は極力分かりやすく補足して、進めていきたいと考えています(上記URLはサーフェリア編・上です)。
〜闇の系譜〜シリーズの順番としては
ミストリア編(上記URLの最後の番号五桁が16085)
サーフェリア編・上(17224)
サーフェリア編・下(19508)
アルファノル編(18825)
ツインテルグ編
となっております。
外伝はどのタイミングでも大丈夫です(16159)。
よろしくお願いいたします!
…………………………
ぜーんぶ一気に読みたい方→ >>1-430
〜目次〜
†登場人物(第三章〜終章)† >>1←随時更新中……。
†用語解説† >>2←随時更新中……。
†第三章†──人と獣の少女
第一話『籠鳥』 >>3-8 >>11-36
第二話『憧憬』 >>37-64
第三話『進展』 >>65-98
†第四章†──理に触れる者
第一話『禁忌』 >>99-150 >>153-162
第二話『蹉跌』 >>163-189 >>192-205
第三話『結実』 >>206-234
†第五章†──淋漓たる終焉
第一話『前兆』 >>235-268 >>270-275
第二話『欺瞞』 >>276-331
第三話『永訣』 >>332-342
第四話『瓦解』 >>343-381
第五話『隠匿』 >>382-403
†終章†『黎明』 >>404-405
†あとがき† >>406
作者の自己満足あとがき >>407-411
……………………
基本的にイラストはTwitterにあげておりますので、もし見たい!って方がいらっしゃいましたらこちらにお願いします。→@icicles_fantasy
……………………
【完結作品】
・〜闇の系譜〜(ミストリア編)《複ファ》
ミストリアの次期召喚師、ファフリの物語。
国を追われ、ミストリアの在り方を目の当たりにした彼女は、何を思い、決断するのか。
・〜闇の系譜〜(サーフェリア編)上《複ファ》
サーフェリアの次期召喚師、ルーフェンを巡る物語。
運命に翻弄されながらも、召喚師としての生に抗い続けた彼の存在は、やがて、サーフェリアの歴史を大きく変えることとなる──。
・〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下《複ファ》
三街による統治体制を敷き、サーフェリアを背負うこととなったサミルとルーフェン。
新たな時代の流れの陰で、揺れ動くものとは──。
【現在の執筆もの】
・〜闇の系譜〜(外伝)《複ファ》
完全に狐の遊び場。〜闇の系譜〜の小話を載せております。
・〜闇の系譜〜(アルファノル編)《複ファ》
ミストリア編後の物語。
闇精霊の統治者、エイリーンとの繋がりを明かし、突如姿を消したルーフェン。
召喚師一族への不信感が一層強まる中、トワリスは、ルーフェンの後を追うことを決意するが……。
憎悪と怨恨に染まった、アルファノル盛衰の真実とは──?
【執筆予定のもの】
・〜闇の系譜〜(ツインテルグ編)《複ファ》
アルファノル編後の物語。
世界の流転を見守るツインテルグの召喚師、グレアフォール。
彼の娘である精霊族のビビは、ある日、サーフェリアから来たという不思議な青年、アーヴィスに出会うが……。
……お客様……
和花。さん
友桃さん
マルキ・ド・サドさん
ヨモツカミさん
【お知らせ】
・ミストリア編が、2014年の冬の大会で次点頂きました!
・サーフェリア編・上が、2016年の夏の大会で銅賞を頂きました!
・2017年8月18日、ミストリア編が完結しました!
・ミストリア編が2017年夏の大会で金賞を頂きました!
・サーフェリア編・上が、2017年冬の大会で次点頂きました!
・2018年2月18日、サーフェリア編・上が完結しました!
・サーフェリア編・下が、2019年夏の大会で銀賞頂きました!
・外伝が、2019年冬の大会で銅賞頂きました!
・サーフェリア編・下が、2020年夏の大会で銀賞頂きました!
・サーフェリア編・下が、2020年冬の大会で金賞頂きました!
いつも応援して下さってる方、ありがとうございます(*^▽^*)
- Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下 ( No.209 )
- 日時: 2020/01/09 19:08
- 名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: pRqGJiiJ)
ロゼッタと別れた後、ルーフェンも他街の賓客と話したり、持ち込んだ事務作業などをして時間を潰していたが、ふと気を抜くと、頭の中で、先程のロゼッタとのやりとりが再生されていた。
トワリスが気づくかどうかも分からないのに、ロゼッタに「耳飾りを大事につけていてほしい」だなんて、果たしてそこまで、口走る必要があったのだろうか。
ロゼッタが、こんな甘い囁き合いは、単なる戯れだと線引きできる相手であることは分かっている。
だから、これといって大きな問題はないのだが、それでも、自分がろくに考えもせず、半ば衝動的にあんな発言をしてしまったことが、驚きであり、また後悔するところでもあった。
言葉でも行動でも、考えずに実行すると、意図せず大きな影響をもたらすことがある。
例え上辺だけのものでも、相手によっては、冗談では済まないことがあるのだ。
特に上層階級の人間と話すときは、どんな些細な会話、やりとりをしているときでも、いつも頭の片隅には、本当にその行動が正しいのか、慎重に推考を重ねている自分がいる。
たかが“婚約者ごっこ”をしている者同士の、意味のない睦み合いだと一蹴してしまえばそれまでだが、何かに執着を見せるような物言いをしてしまったことが、ルーフェンにとっては誤算であった。
相手がたまたまロゼッタだったから良かったものの、執着を見せるというのは、弱みを見せるのと同じようなことだ。
立場上、いつどんなことが脅迫手段に利用されるか分からない。
今ならそうと、冷静に判断できるのに、何故あの時、ろくに考えもせずに耳飾りを受け取って、あろうことか「大事にして」だなんて発言をしてしまったのか。
どれもこれも、うっかりトワリスを気遣ったせいである。
褪せていく夕陽の光を見つめながら、ルーフェンは、悶々と考えを巡らせていた。
窓から差し込んでいた西日が途絶え、やがて、辺りが暗くなると、ひんやりとした夜の空気が、足元から這い上がってくる。
灯りもつけず、ただ椅子に腰掛けて、部屋の一角を眺めていると、ふと、寝台と壁の隙間に、かつての幼かったトワリスが、うずくまっているように見えた。
暗闇に怯え、血が滴るまで手首に噛みつきながら、その小さな背を震わせていた。
周囲を拒絶し、身を振り絞るようにして泣いていた彼女の姿が、ひどく痛々しく、弱々しく目に映ったのを思い出す。
トワリスが倒れた、と聞いたが、原因は一体なんなのだろう。
ロゼッタは疲れだと言っていたが、トワリスは、冷たい運河に飛び込んだ後も、悠々と歩いていたような娘だ。
肉体的にというよりは、きっと精神的に、負担になるようなことがあったに違いない。
失敗と不運が重なって、専属護衛を外されたことが悲しかったのかもしれないし、獣人混じりだなんていう特殊な出自だから、今まで何かしら、嫌がらせを受けてきたことがあったのかもしれない。
あるいは、ルーフェンの言った、ロゼッタにとってあんな耳飾りは大したものじゃない、という言葉が、トワリスにとっては余程ショックだった可能性もある。
何か辛いことがあったのか、なんて尋ねたところで、おそらくトワリスは、何も答えない。
ロゼッタにも、別に何でもないと答えたようだし、ルーフェンが問うたところで、結果は同じだろう。
そういう娘(こ)なのだ、今も、昔も。
思えば、アーベリトで一緒に暮らしていたときから、トワリスは、助けてやると言っているのに、その手を振り払って、噛みついてくるような子供だった。
かといって、一人で何でもこなせるほど、器用なわけではない。
むしろ、見ているこちらが気を揉むくらい不器用で、抱える不安を吐き出すのも下手くそなのに、それでも唇を噛み締めて、一直線に走っていく。
疲れても、傷ついて倒れても、そういう生き方しかできない、呆れるほど頑固で、真っ直ぐな娘なのだ。
──そう思った時には、ルーフェンは、上着を羽織って部屋を出ていた。
- Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下 ( No.210 )
- 日時: 2020/01/13 19:19
- 名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: pRqGJiiJ)
日が暮れ落ちて、燭台の炎だけがぼんやりと光る長廊下に出ると、辺りは、染み入るような静けさに包まれていた。
警備の者以外は、既にその日の業務を終え、自室に戻ったのだろうか。
もしかしたら今は、もう人々が寝静まる時間なのかもしれない。
時刻も確認していないし、そもそも、ロゼッタの言っていた医務室とやらに、確実にトワリスがいるかどうかも定かではない。
それでもルーフェンは、何かに突き動かされるような形で、足早に長廊下を抜けた。
別館へと足を向け、吹き抜けの廊下に出れば、冷たい空気が肌をさする。
無情な夜風にさらわれて、足元をからからと転がっていく枯れ葉を見ながら、ルーフェンは、今までトワリスと交わした会話の端々を、ぽつぽつと思い返そうとした。
いきなり運河に飛び込んでおいて、やれ助けは不要だっただの、余計なお世話だっただのと喚き出したときは、なんて面倒臭い女だと内心呆れたが、思えばトワリスは、出会ったときから扱いが面倒臭かった。
異様に足が速いから、捕まえるのも一苦労だったし、ようやく捕まえたと思えば、噛むは蹴るわの大騒ぎで、こちらは傷だらけになった。
怪我を手当てしてやろうとしているのに、唸って威嚇してくるし、食事を持っていっても、怯えて暴れて熱いスープをぶっかけてくる始末。
その様は、少女というより、まるで野生動物のようで、それでも諦めずに接して、ようやく少し打ち解けてきたかと思いきや、最初に懐いたのはルーフェンではなくサミルだったので、微妙な気分になった記憶がある。
アーベリトで一緒に暮らしていく内に、やがて、トワリスも落ち着いて、ルーフェンに着いて回るようになったが、やはり彼女は不器用で、いまいち難しいところがある少女であった。
口下手ながらに必死に言葉を紡いで、遠慮がちにルーフェンの側に座っていたり、文字を教えてほしいと乞う姿は、手のかかる妹のようで可愛らしくもあったが、やはり、肝心な心の内は、なかなか明かさないところがあったのだ。
街に連れ出してみても、露店に並ぶ品々や、目新しいものに逐一目を輝かせはするものの、眺めるだけで、子供らしく欲しいとは絶対に言わなかった。
地下に閉じ込められていた記憶が蘇るのか、夜闇が苦手で、上手く寝付けなかったときも、その理由を口に出すことさえしていなかったように思う。
最初はまだ泣くことが出来ていたのに、いつしか、涙すら飲み込んで、一人で堪えるようになっていた。
何かに耐えている時ほど、トワリスは、頑なに唇を結んでいる。
こちらもあえて問いただしはしなかったが、助けてだなんて言われたことがない。
だからこそ、目が離せなくて、放っておけなかったのだ。
本音を表に出すまいとする気持ちは、ルーフェンにもよく分かる。
本心などさらけ出したところで、それが認められるわけではないし、今更誰かに、助けてほしいなどと考えることもない。
周囲から差しのべられた手を拒絶して、一人、部屋の隅で身悶えしていた幼いトワリスを見て、彼女と自分は、似ているのかもしれないと感じたことも、しばしばあった。
ただ、ルーフェンとトワリスで違うのは、きっと、彼女の場合、言わないのではなくて、言えないのだ。
不器用故に、上手く本音を伝えることができず、身の内に留める術しか持っていないのである。
感情表現が下手くそで、存外に控えめのかと思いきや、そのくせ頑固ではあるので、一度思い込むと一人で突っ走りがちだ。
だから、周囲に上手く溶け込めるように、こちらが彼女の心の内を読み取って、手助けしてやらねばと、十五のルーフェンも、子供ながらにそう思っていた。
特殊な出自ではあるが、トワリスは、心優しいごく普通の少女だった。
ルーフェンのように、己を縛る立場も、役割もないわけだから、人と馴染めるようになりさえすれば、アーベリトの穏やかな街中で、平々凡々に暮らしていくのが良いだろう。
そう、思っていたのに──。
レーシアス邸を出る直前に、突然魔導師になるなどと言い出したから、驚いたのだ。
本心を言えないだけで、決して気持ちを押し殺すことに長けているわけではないトワリスが、魔導師なんて向いているはずもない。
まして彼女は、獣人混じりだ。
読み書きもままならなければ、通常よりも魔力を持っていないのだから、実際に魔導師にまで上り詰める過程で、相当の苦労を要したのではないだろうか。
そこまで彼女を駆り立てたものは、一体なんだったのか。
魔導師になりたいと打ち明けてきたとき、トワリスは、確か何と言っていたか。
所々記憶が朧気になっていて、はっきりとは思い出せない。
五年の月日が経って、偶然にもこのマルカン邸で再会したときから、ずっとトワリスは、眉間に皺を寄せている。
なんとなく、ルーフェンの軽薄な態度が気に入らないのだろうなというのは勘づいていたが、それを抜きにしても、ハーフェルンでのトワリスは、終始居心地が悪そうに見えた。
折角自由を得たのに、何故トワリスは、魔導師だなんていう窮屈な道を選んだのだろうか。
一方的な押し付けになってしまうが、人とは違う獣人混じりだからこそ、トワリスには、それに縛られず、普通に生きてほしかった。
トワリスの捕らわれる柵(しがらみ)に、共感できる部分があったからこそ、ルーフェンでは叶えられぬ“普通”を、彼女には手にいれてほしかったのだ。
再会するまでは、過去の出来事になりつつあったが、まだそんな思いが心のどこかにあったから、トワリスを見ると、妙に苛立つのかもしれない。
彼女との会話を辿っていくうちに、ふと、そんな結論に至ったのだった。
- Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下 ( No.211 )
- 日時: 2020/01/18 18:41
- 名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: pRqGJiiJ)
長い吹き抜けの廊下を渡り終えると、マルカン邸の所有する縦長の別館が、目の前にいくつも立ち並んでいた。
細い月を背景に、塔のように立ちはだかるそれらを、こうして間近に見るのは初めてである。
以前、その一棟一棟が、使用人たちの宿舎であったり、医療棟であったりと、個別に役割があるのだと、クラークが自慢げに話してきたのを覚えている。
その記憶だけを頼りに、訪れたのだ。
息を潜め、整備された石畳を歩いていくと、棟の一つに、ちらりと灯りが見えた。
開け放たれた二階の窓から、わずかに光が漏れている。
それを見たとき、五年前、一人で二階の窓から飛び降りたトワリスが、当時の主人であった絵師の元へと戻ってしまったときのことが、脳裏に甦った。
行こうと思えば、どこにでも自由に跳んでいける脚を持っていながら、それでも彼女は、逃げようだなんて恐ろしくて実行できなかったのだろう。
頭の隅に追いやられていたトワリスとの記憶は、今でも思い返そうとすれば、ぽつりぽつりと瞼の裏に浮かんでくる。
──地下の闇の中で、震えていた姿も。
助けに駆けつけたときの、驚愕と困惑の狭間で揺れる、怯えたような顔つきも。
月を覆っていた雲が流れて、ルーフェンの足元を、仄白い月光がなぞった。
足音を立てぬようにゆっくり歩いて、灯りの漏れる棟に近づくと、その影に隠れて、開いた窓の様子を伺った。
窓際に手燭をかけて、誰かが、腰かけて本を読んでいる。
それが、トワリスではない、見知らぬ女性だと悟った時──。
ルーフェンは、無意識に入っていた肩の力を、ふっと抜いた。
(……俺、何やってんだろ)
自嘲めいたため息が、思わずこぼれる。
医務室とやらの場所を把握していたわけでもないのに、そう都合よく、トワリスを見つけられるはずがない。
見つけたところで、自分でも、どうしたかったのか分からない。
ただ、こんな風に静かな夜は、昔のように、トワリスも心細くなっているのではないだろうかと、根拠のない心配をしただけだ。
祭典に招待された身でありながら、夜中に屋敷内をうろつくなど、我ながら、随分と怪しい行動をとってしまった。
警備の者に見つかっていたら、それこそちょっとした騒ぎになっていたかもしれない。
夜更けに大した理由もなく、元護衛役の女性を訪ねて徘徊していたなど、それこそトワリスの言う通り、変態である。
早々に退散して、頭を冷やそうと踵を返した、その時だった。
不意に、首元に鋭い殺気が迫ってきて、ルーフェンは、咄嗟に身を翻した。
迫ってきた素早い手刀を避けて、その手首を掴み上げる。
マルカン邸に侵入したならず者かと思ったが、その手首の細さに違和感を覚えて、ルーフェンは、思わず動きを止めた。
相手も、同じく不自然に思ったのだろう。
間髪入れずに蹴りあげようとしてきた脚を止めて、訝しげにこちらを見上げてくる。
視界の悪い夜闇の中、驚いたように目を見開いて、二人は、つかの間互いを凝視していた。
しかし、やがて掴んでいた手を放すと、ルーフェンは口を開いた。
「……トワリスちゃん、なんでここに」
間の抜けたような声で尋ねれば、同じく硬直していたトワリスが、我に返った様子で一歩後退する。
攻撃を仕掛けた相手が、まさかの召喚師であったことに焦ったのか、トワリスは、どぎまぎとして言葉を詰まらせた。
「な、なんでって……見回りに決まってるじゃないですか。今日からその、この屋敷の警備を命じられていて、夜番だったんです。最近、なんだか変な視線を感じることが多いので、巡回を……」
「警備……」
言われてみれば確かに、トワリスは、自警団用のローブを着用している。
同時に、トワリスには休暇を申し渡した、と言っていたロゼッタの笑顔の裏が見えたような気がして、ルーフェンは、内心苦笑いした。
どうやらトワリスは、倒れた後、ロゼッタの専属護衛から外されて、マルカン邸常駐の自警団員扱いされることになったようだ。
つまりロゼッタは、ルーフェンが心配しているような素振りを見せたから、まだ現場復帰させていないだなんて、トワリスを気遣ったような嘘をついたわけである。
トワリスは、睨むようにルーフェンを見た。
「召喚師様こそ、なんでこんな場所にいらっしゃるんですか。こそこそ隠れたりなんかしてるから、てっきり不審者かと……」
危うく刀まで抜くところだったとぼやきながら、トワリスは、視線をさまよわせる。
今回に関しては、全面的にルーフェンが悪いので、責める気は毛頭ないが、トワリス的には、やはりばつが悪い様子だ。
- Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下 ( No.212 )
- 日時: 2020/01/22 18:51
- 名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: pRqGJiiJ)
ルーフェンは、へらっと笑って答えた。
「えーっと、ごめんね。なんとなく外の空気が吸いたくなったというか、お散歩したくなったというか……」
夜中にうろついていたまともな言い訳など思い付かず、ひとまず適当に笑って、言い淀む。
案の定、疑いの眼差しを向けてきたトワリスは、少しの沈黙の後、すぐそばの棟の二階で、女性が本を読んでいることに気づくと、途端に軽蔑するような顔つきになった。
「お散歩って、まさか……夜中に忍び込んで、あの女の人に何かしようとしてたんじゃ……」
「いや待って。君の中で、俺ってそこまで最低な人間に成り下がってるの?」
流石に心外だと否定して、首を振る。
だがトワリスは、眉をつり上げると、棟を指差して叫んだ。
「だってさっき、こそこそ隠れてたじゃないですか! あの女の人のこと見てたんですよね? 私、はっきり目撃しましたよ!」
「しーっ、声が大きい」
慌ててトワリスの口を塞ごうとすると、その手を素早く手刀で叩き落とされる。
耳を逆立て、警戒した様子でずりずりと後退していくトワリスを見ていると、なんだか昔に戻ったような気分になった。
ここで無理にトワリスを抑え込もうものなら、余計に大声をあげて、殴りかかってくるだろう。
寝静まった使用人たちや、警備にあたる自警団員たちに気づかれて、駆けつけられでもしたら、それこそあらぬ疑いをかけられそうである。
トワリスに会いに来たのに、いざ会うことが出来たら後悔するなんて、なんとも皮肉な話だ。
ルーフェンは、やれやれと肩をすくめると、諦めたように息を吐いた。
「……トワリスちゃんに、会いに来たんだよ。倒れたって聞いたから、大丈夫かなと思って」
「……は?」
目を見張ったトワリスが、再び硬直する。
余程驚いたのか、目をぱちくりと瞬かせる彼女に、ルーフェンは言い募った。
「何か、嫌なことでもあった? それとも、俺の発言が君を傷つけてしまったかな。もしそうだったなら、謝るよ。何にせよ、ハーフェルンで再会してから、ずーっと眉間に皺を寄せてるからさ。無理にとは言わないけど、よかったら、相談に乗るよ」
毒気を抜かれたのか、ぽかんとした表情で、トワリスは凍りついている。
ややあって、声の調子を落とすと、トワリスは答えた。
「そ、相談って……別に、倒れたのは召喚師様のせいじゃありません。私の考えが甘かったというか、なんというか……とにかく、大したことじゃないです。大体、どういうつもりなんですか。ただの下っ端魔導師が倒れたからって、いちいち相談に乗るほど、召喚師様は暇じゃないでしょう」
刺々しい口調で言いながら、トワリスは、目線を斜め下に落とす。
ルーフェンは苦笑すると、からかうような、大袈裟な口ぶりで言った。
「そんな冷たい言い方しないでよ。俺と君の仲じゃない。ほら、忘れちゃった? トワリスちゃん、暗いのが苦手だったから、今日みたいな夜は上手く寝付けなくてさ。怖くなる度に、俺やサミルさんのところに来て、一緒に──」
「ばっ、そんなの昔の話じゃないですか! 私もう十七ですよ!? 子供扱いしないでくださいっ!」
「しーっ、だから声が大きいってば」
思いの外、トワリスが全力で応酬してきたので、慌てて人差し指を唇に当てる。
いちいち真に受けてしまうので、彼女に冗談は禁物らしい。
- Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下 ( No.213 )
- 日時: 2020/01/26 18:25
- 名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: pRqGJiiJ)
頬を紅潮させ、怒りを露にするトワリスを見ながら、ルーフェンは、棟の石壁に背を預けた。
「……まあ、ここからは、真面目な話だけどさ」
言いながら、ちょいちょい、とトワリスに手招きをして、隣に来るように促す。
予想通り、トワリスは一歩も近づいて来なかったが、ルーフェンは、そのまま続けた。
「トワリスちゃん、アーベリトに戻っておいでよ」
刹那、明らかな動揺が、トワリスの目に走る。
驚愕と、そして微かな期待を宿した瞳で、じっとこちらを見上げてくるトワリスに、ルーフェンは、淡々と溢した。
「君を探している間に、昔のことを、色々思い出したんだ。君は魔導師になると言って、実際にそれを叶えた。立派なことだと思うし、そんな君に偶然再会できて、俺も嬉しく思うよ。……ただ、ハーフェルンでの君は、すごく窮屈そうに見える。トワリスちゃんの人生だから、好きなことをやればいいとは思うけど、君に、魔導師は向いていないんじゃないかな。もしかしたら君は、サミルさんや俺への恩返しのつもりで、魔導師を続けようとしているのかもしれないけど、別に俺たちは、お礼がほしくて君を助けたわけじゃない。だから、今更そんなことを気にする必要はないんだよ。普通とは違う出自に理解を示そうとしない連中や、嘲笑って利用してくるような人間の中に居続けるのは、君だって大変だろう? 倒れるくらい辛いなら、またアーベリトにおいで」
「…………」
トワリスの目に、不安定な光が揺蕩っている。
一瞬、希望に閃いたその瞳は、ルーフェンの話を聞いている内に、やがて、暗い理知的な色に覆われてしまった。
「……私が、可哀想だからですか?」
「え……」
悲しげなトワリスの口調に、思わず瞠目する。
トワリスは、何かを堪えるように拳を握ると、立て続けに問うた。
「獣人混じりで、居場所がなくて可哀想だから、そんなことを言ってくださるんですか」
やり場のない感情を抑え込んでいるような、暗く、気落ちした声。
晴らそうと思っていたトワリスの表情が、一層曇ってしまったので、ルーフェンは狼狽した。
可哀想だから、という言葉は、確かにその通りなのかもしれない。
過去に関わりがあったとはいえ、一介の魔導師に過ぎないトワリスをここまで気にかけているのは、他ならぬ、同情という表現が一番合っているだろう。
けれども、彼女に向けているものは、決して安っぽい哀れみなどではなかった。
本当に、心の底から、幸せになってほしいのだ。
アーベリトに移ってきた時から、初めて自分の手で“助けてあげた少女”ということもあって、トワリスのことは、どこか特別扱いしていた自覚があった。
召喚師として国を守ろう、だなんて崇高な目標があったわけではなかったが、誰かに感謝をされると、少しは召喚師らしいことが出来たような気がした。
いつだって笑顔に囲まれている、サミルのような存在には、自分はなれないだろうし、なりたいわけでもない。
堂々と正義を掲げられる、日だまりのような暖かい存在の陰で、敵対するものを断ち切る“悪”として生きる方が、自分には性に合っている。
それでも、泣きながら怯えていたトワリスの瞳に、徐々に光が戻っていく様を見ていると、つかの間、自分まで日だまりに足を踏み出したような気分になって、嬉しかった。
“サーフェリアに独りぼっちの獣人混じり”という彼女の境遇に、たった独りの召喚師として、同情していた節があったのだろう。
似ているようで、全く違う。
そんな彼女の幸せを願っていたかつての気持ちは、五年経った今でも思い出せるのだから、きっと本物なのだ。
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