複雑・ファジー小説
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- 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下【完結】
- 日時: 2022/05/29 21:21
- 名前: 銀竹 (ID: iqu/zy5k)
- 参照: https://www.kakiko.cc/novel/novel6/index.cgi?mode=view&no=18825
いつもありがとうございます。
闇の系譜シリーズは、四作目のアルファノル編以降、別サイトに移動しております。
詳しくはアルファノル編のスレにて!
………………
人々の安寧を願ったサーフェリアの前国王、サミル・レーシアス。
彼の興した旧王都──アーベリトは、わずか七年でその歴史に幕を閉じることとなった。
後に『アーベリトの死神』と称される、召喚師ルーフェンの思いとは……?
………………
はじめまして、あるいはこんにちは!銀竹と申します。
本作は、銀竹による創作小説〜闇の系譜〜の二作目の後編です。
サーフェリア編がかなり長くなりそうだったので、スレを上・下と分けさせて頂く事にしました。
一部残酷な表現などありますので、苦手な方がいらっしゃいましたらご注意下さい。
今回は、サーフェリア編・上の続編となっております。
サーフェリア編・上の知識がないと通じない部分も出てきてしまうと思いますが、伏線以外は極力分かりやすく補足して、進めていきたいと考えています(上記URLはサーフェリア編・上です)。
〜闇の系譜〜シリーズの順番としては
ミストリア編(上記URLの最後の番号五桁が16085)
サーフェリア編・上(17224)
サーフェリア編・下(19508)
アルファノル編(18825)
ツインテルグ編
となっております。
外伝はどのタイミングでも大丈夫です(16159)。
よろしくお願いいたします!
…………………………
ぜーんぶ一気に読みたい方→ >>1-430
〜目次〜
†登場人物(第三章〜終章)† >>1←随時更新中……。
†用語解説† >>2←随時更新中……。
†第三章†──人と獣の少女
第一話『籠鳥』 >>3-8 >>11-36
第二話『憧憬』 >>37-64
第三話『進展』 >>65-98
†第四章†──理に触れる者
第一話『禁忌』 >>99-150 >>153-162
第二話『蹉跌』 >>163-189 >>192-205
第三話『結実』 >>206-234
†第五章†──淋漓たる終焉
第一話『前兆』 >>235-268 >>270-275
第二話『欺瞞』 >>276-331
第三話『永訣』 >>332-342
第四話『瓦解』 >>343-381
第五話『隠匿』 >>382-403
†終章†『黎明』 >>404-405
†あとがき† >>406
作者の自己満足あとがき >>407-411
……………………
基本的にイラストはTwitterにあげておりますので、もし見たい!って方がいらっしゃいましたらこちらにお願いします。→@icicles_fantasy
……………………
【完結作品】
・〜闇の系譜〜(ミストリア編)《複ファ》
ミストリアの次期召喚師、ファフリの物語。
国を追われ、ミストリアの在り方を目の当たりにした彼女は、何を思い、決断するのか。
・〜闇の系譜〜(サーフェリア編)上《複ファ》
サーフェリアの次期召喚師、ルーフェンを巡る物語。
運命に翻弄されながらも、召喚師としての生に抗い続けた彼の存在は、やがて、サーフェリアの歴史を大きく変えることとなる──。
・〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下《複ファ》
三街による統治体制を敷き、サーフェリアを背負うこととなったサミルとルーフェン。
新たな時代の流れの陰で、揺れ動くものとは──。
【現在の執筆もの】
・〜闇の系譜〜(外伝)《複ファ》
完全に狐の遊び場。〜闇の系譜〜の小話を載せております。
・〜闇の系譜〜(アルファノル編)《複ファ》
ミストリア編後の物語。
闇精霊の統治者、エイリーンとの繋がりを明かし、突如姿を消したルーフェン。
召喚師一族への不信感が一層強まる中、トワリスは、ルーフェンの後を追うことを決意するが……。
憎悪と怨恨に染まった、アルファノル盛衰の真実とは──?
【執筆予定のもの】
・〜闇の系譜〜(ツインテルグ編)《複ファ》
アルファノル編後の物語。
世界の流転を見守るツインテルグの召喚師、グレアフォール。
彼の娘である精霊族のビビは、ある日、サーフェリアから来たという不思議な青年、アーヴィスに出会うが……。
……お客様……
和花。さん
友桃さん
マルキ・ド・サドさん
ヨモツカミさん
【お知らせ】
・ミストリア編が、2014年の冬の大会で次点頂きました!
・サーフェリア編・上が、2016年の夏の大会で銅賞を頂きました!
・2017年8月18日、ミストリア編が完結しました!
・ミストリア編が2017年夏の大会で金賞を頂きました!
・サーフェリア編・上が、2017年冬の大会で次点頂きました!
・2018年2月18日、サーフェリア編・上が完結しました!
・サーフェリア編・下が、2019年夏の大会で銀賞頂きました!
・外伝が、2019年冬の大会で銅賞頂きました!
・サーフェリア編・下が、2020年夏の大会で銀賞頂きました!
・サーフェリア編・下が、2020年冬の大会で金賞頂きました!
いつも応援して下さってる方、ありがとうございます(*^▽^*)
- Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下 ( No.14 )
- 日時: 2018/05/01 20:28
- 名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: ktklDelg)
いそいそと脱いだ上着を着直しながら、ロンダートは続けた。
「まあ、なんとか逃げ出したんだから、この子はすごいですよ。ある程度奴隷生活が長いと、普通、逃げようって考えすら浮かびませんからね」
「……そうなんですか?」
ルーフェンが暗い声で尋ねると、ロンダートは頷いた。
「逃げたところで、行く場所なんてないですから。中には誘拐されたり、親に売られたりして奴隷にされた奴もいるけど、大半の奴隷は捕虜とか、身寄りがない奴等ばっかりです。だから、逃げ出しても、結局路頭に迷うことになるんです。それに、脱走がばれたら、主人にこっぴどく暴力振るわれたりしますし、最悪殺されます。それが怖くて、逃げようなんて気も失せてくるんですよ」
「…………」
ロンダートの話を聞きながら、ルーフェンは、じっと少女の背中の焼き印を見つめていた。
この少女は、その小さな身体で、どれほどの苦痛に耐えてきたのだろう。
一体どれだけの覚悟で、ここまで走ってきたのだろう。
人間しかいないこの国で、たった一人──。
先程、ルーフェンから逃げようと、懸命に身をよじっていた少女の必死さを思い出すと、なんとも言えない息苦しさに襲われた。
ダナが、興味深そうに少女の耳の付け根を探っていると、ふいに、少女が薄く目を開けた。
あっと思う間もなく、少女がびくっと頭を起こして、ルーフェンたちを凝視する。
一瞬、また逃げ出すのではないかと身構えたルーフェンだったが、予想に反して、少女は逃げなかった。
ダナとルーフェン、ロンダートの三人の顔を順に見ると、怯えたように身を縮めて、急に泣き出した。
三人は、その様子を黙って眺めていたが、やがて、少しずつ少女の呼吸が整ってくると、ルーフェンは、躊躇いがちに口を開いた。
「大丈夫……?」
はっと顔をあげた少女が、ルーフェンを睨む。
ルーフェンは、一歩だけ近付くと、努めて穏やかな声で言った。
「何もしないよ。さっきは、無理矢理捕まえてごめんね。俺はルーフェン。……君、名前は?」
「…………」
問いかけても、少女は何も言わなかった。
長い間、強張った顔でルーフェンたちを見つめていたが、しばらくすると、徐々に頭が傾き始めて、ぱたりと寝台の上に倒れてしまった。
ダナは、少女が再び眠ってしまったことを確かめると、腕組みをした。
「とにかく、体力を回復してもらわにゃ、話にならん。今日のところは点滴して、よく寝てもらったほうがええの。その間、召喚師様は近くにいておくれ。このお嬢ちゃんが暴れだしたら、わしじゃ止められん」
「それは、もちろん」
ルーフェンが頷くと、ロンダートが口を挟んだ。
「召喚師様はお忙しいですし、俺がこの子を見張ってましょうか? 俺、魔術はあまり使えないですけど、この子一人押さえるくらいは、できると思います!」
意気揚々と申し出たロンダートに、ルーフェンは首を振った。
そして、少し考え込むように俯いてから、答えた。
- Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下 ( No.15 )
- 日時: 2018/05/06 20:40
- 名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: KXQB7i/G)
「……いや、ロンダートさんは、シュベルテに行って、十一年前のことを調べてきてもらえますか? 書状を出すだけだと、誤魔化される可能性がありますが、俺の名前を出して直接聞き出せば、魔導師団も、変な隠し立てはしないと思うので」
「十一年前、というと?」
聞き返してきたロンダートに、ダナが答えた。
「獣人奴隷の件じゃな」
「はい」
ルーフェンは、首肯した。
「十一年前、不法に人身売買された奴隷の中に、獣人が混じっていた件です。報告書には、その獣人は成人女性と書いてありましたが、この子と全くの無関係とは思えない。逆に、無関係なら、最近新しく獣人がサーフェリアに渡ってきたってことなります。どちらにせよ、調べた方が良いと思うんです」
ロンダートは、納得したように頷いてから、首を捻った。
「でも確か、その獣人って死んじまったんですよね? 調べるって言っても、どう調べればいいんです? シュベルテの魔導師団を訪ねて、詳しく話を聞けばいいんですか?」
ルーフェンは、眠っている少女を一瞥してから、答えた。
「そうですね……。では、魔導師団にこういう聞き方をしてください。『十一年前のシュベルテでの獣人奴隷に関する報告書が、未処理の状態でアーベリトに回されてきた。こちらで対応するのは構わないが、何故事件を解決しないまま放置しているのか、教えてほしい』と。本当に獣人奴隷の件が、獣人が死んで完結していたなら、報告書は処理されていたはずなんです。でも、されていなかったってことは、あの事件には続きがあったのかもしれない。とりあえず、この子の存在は伏せて、それだけ聞いてきて下さい」
ロンダートは、少し困ったように笑った。
「なんか、喧嘩売ってるみたいじゃないですか? シュベルテの魔導師団って、お高く止まってる感じだし、単に『事件を解決できなかったんじゃない! 報告書が残ってただけだ!』とか何とか言って、突き返されそうな気が……」
以前、シュベルテの魔導師団に、冷たく当たられた経験でもあるのだろうか。
気が進まない様子のロンダートに、しかし、ルーフェンは、わざとらしく眉をあげた。
「大丈夫、逆ですよ。事件を解決出来ていなかったなら、下っ端魔導師の能力の問題ってことになりますけど、解決したはずの事件の報告書が、未処理になってたっていうなら、魔導師団の上層部の“職務怠慢”ってことになります。下の失敗は認めても、上の過失は認めようとしませんから、事件が解決できていない言い訳を、丁寧に教えてくれるんじゃないですかね。だから、『未処理の報告書が流れてきたんだけど、まさか理由もなく未処理なんじゃないよね? 事件が解決できていない、ちゃんとした理由あるんだよね?』って、そういう風に聞いてきて下さい」
「うわぁ……おっかない」
喧嘩売ってるみたい、ではなく、本当に喧嘩を売っているのだと気づくと、ロンダートは密かにぼやいた。
それに対し、いたずらっぽく笑って見せると、ルーフェンは、再び少女のほうを見つめた。
「……場合によっては、この子を、シュベルテに引き渡した方が良いのかもしれません。可哀想だけど、本当にこの子がミストリアとの接点になりうる存在なら、ただ生かしておくわけにはいかない……」
そう呟いたルーフェンの顔に、もう笑みはなかった。
- Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下 ( No.16 )
- 日時: 2018/05/13 22:57
- 名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: ktklDelg)
それから三日経っても、少女は、一言も口をきかなかった。
名前を尋ねても一切答えず、もう逃げようともせず。
一日中、熱に浮かされたように、ぼんやりと宙を眺めては、時折、何かを思い出したように泣いているだけであった。
最低限、果汁や牛乳を飲んではいたが、食事はほとんど摂っていなかった。
ダナが、付きっきりで少女を看病してくれたおかげで、傷は回復に向かいつつあったが、死人のようなやつれ具合は、出会った当初と変わらない。
夜もあまり眠れていないのだろうと、点滴ついでに多少の睡眠薬を投与していたので、ルーフェンが仕事の合間に覗いても、少女はうつらうつらと浅く眠っているか、泣いているかのどちらかであった。
今日は、ダナが施療院のほうに呼ばれていると言うので、代わりにルーフェンが、少女の看病をしていた。
看病すると言っても、少女は黙って寝台に横たわっているだけなので、ただ様子を見るだけである。
ルーフェンは、事務仕事をしていた手を止めると、日が高く昇った窓の外を見て、はぁっとため息をついた。
そして、寝台に近づくと、朝から放置されているスープを、少女の前に出した。
「いらない?」
「…………」
少女は、重そうな瞼を開いて、一瞬だけスープを見たが、やはり何も言わずに、顔を背けてしまった。
試しにスープを温め直して、もう一度尋ねてみたが、結果は同じだった。
「……食べないと、元気になれないよ?」
「…………」
そう話しかけてみるも、少女は目をそらして、何も答えない。
ルーフェンは、諦めたように肩をすくめると、寝台の宮棚にスープを置こうと、身を乗り出した。
ルーフェンの腕が、少女の頭上を通った、その時だった。
突然、少女が跳ね起きたかと思うと、すごい勢いで皿をとり、一気にスープを口に流し込み始めた。
「ちょっ──」
止める間もなく、飲み込んだスープを吐き出して、少女が激しく咳き込む。
辺りに飛び散ったスープが、予想以上に熱い。
それでも尚、咳き込みながらスープを飲もうとする少女を見て、ルーフェンは、慌てて皿を取り上げた。
少女は、スープが熱くて咳き込んでいる。
そのことに気がつくと、ルーフェンは手拭いを取って、彼女の口元を拭おうとした。
「馬鹿! 熱いなら、なんで無理に──」
飲もうとするの、と言いかけた、その瞬間。
少女が、いきなり口元にあったルーフェンの手に、思いきり噛みついた。
「いっ──!?」
あまりの痛さに、少女を払いのけようとして、堪える。
ゆるゆると息を吐いて、なんとか痛みをやり過ごしながら、ルーフェンは言った。
「……離して」
「…………」
鼻に皺を寄せ、まるで威嚇する獣のような目付きで、少女が睨んでくる。
だが、ルーフェンの険しい表情を見ると、少女はぱっと口を離して、今度は、怯えたように縮こまった。
- Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下 ( No.17 )
- 日時: 2018/05/20 20:02
- 名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: V7PQ7NeQ)
頭を抱えて、少女はがたがたと震えている。
ルーフェンは、噛みつかれた手を擦りながら、戸惑ったように一歩下がった。
スープの熱さを確かめなかったのは自分の失敗だが、急に噛みついてきたと思えば、今度は怯え始めるなんて、少女の言動が理解できない。
どうすれば良いか分からず、とりあえずこぼれたスープを掃除していると、その時、扉を叩く音が聞こえてきた。
返事をすると、部屋に入ってきたのは、サミルであった。
「サミルさん……!」
思わぬ来客に声をあげて、振り返る。
サミルは、寝台の上で縮こまっている少女と、ルーフェンを交互に見ると、少し驚いたように瞠目した。
しかし、なんとなく状況を察したのか、柔らかく笑って歩み寄ってくると、持っていた数枚の皿を寝台の宮棚に置いて、返事をした。
「お久しぶりです。この子が、例の獣人の……?」
少女を示したサミルに、ルーフェンが頷く。
サミルとルーフェンが、こうして顔を合わせるのは、本当に久々であった。
同じ屋敷内に住んでいて、全く会わないと言うのも奇妙な話だが、ルーフェンはほとんど自室と執務室に缶詰になっていたし、サミルも来客の対応に追われていたから、落ち着いて話す暇もなかったのだ。
サミルは、姿勢を低くして少女の顔を覗きこむと、優しく微笑んだ。
「こんにちは、私はサミルと言います。貴女は?」
「…………」
案の定、少女はなにも言わない。
それどころか、新手の登場か、とでも言いたげな鋭い顔つきで、サミルを睨んでいる。
だがサミルは、そんなことは全く気にしていない様子で、寝台脇の椅子に腰かけた。
そして、持ってきた深皿の中身を、三枚の小皿に分けると、その内の一つを、木匙と共に少女の前に置いた。
皿の中には、牛乳でふやかしたパンの上に、たっぷりと蜂蜜がかけられた、パン粥が入っている。
「甘いものは、お好きですか? 一緒にお昼ご飯を食べましょう」
サミルはそう言うと、少女の横で、自分もパン粥を食べ始めた。
ルーフェンが、呆然とその様子を見守っていると、サミルは、そちらにも小皿を差し出した。
「ルーフェンも、よかったらどうですか?」
「あ……はい」
断る理由もないので、皿と木匙を受け取る。
いまいち、サミルがどういうつもりなのか分からなかったが、少女を挟んで、サミルと反対側の椅子に座ると、ルーフェンもパン粥を食べた。
温かい牛乳に浸したパンと、蜂蜜の甘味が、じゅわっと口に広がる。
そういえば、初めてサミルに出会ったときは、卵粥をもらったな、などと思い出しながら、ルーフェンは、黙々と木匙を口に運んでいた。
- Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下 ( No.18 )
- 日時: 2018/05/26 20:45
- 名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: ktklDelg)
少女は、目の前に置かれた皿を見つめて、長い間、俯いていた。
時折、サミルやルーフェンを見ては、困惑したように視線をさまよわせていたが、ややあって、ぶすっとした顔つきになると、小皿を掴んで投げた。
からん、と音がして、寝台から転げ落ちた小皿の中身が、こぼれ出る。
ルーフェンは、落ちた小皿を拾おうとしたが、サミルはそれを制して、しーっと人差し指を唇に当てた。
少女に食べろと促さず、皿を拾えとも言わずに、サミルは、ただ自分のパン粥を食べている。
少女は、そんなサミルの様子を、注意深く伺っていたが、やがて、本当に何も言われないと悟ったのか、持っていた木匙を元の深皿に差して、ちびちびとパン粥を口に入れ始めた。
(た、食べた……)
声には出さなかったが、ルーフェンは、内心驚いていた。
この少女が、自らものを口にしているところを見るのは、初めてだったからだ。
少女は、食べているというより、パン粥の蜂蜜をなめているだけのようにも見えた。
それでも、自分の意思で食べているのだから、大きな進歩である。
部屋の周囲は、静かだった。
時々、屋敷の者が行き交う足音や、外から鳥の鳴き声が聞こえたりはしたが、それ以外の音は、なにもしない。
その内、そこに小さくすすり泣く声が混じってきたかと思うと、少女は、再びぽろぽろと涙を溢し始めた。
「…………」
身を絞るような、か細い泣き声。
ルーフェンは、サミルに習って黙っていたが、悲痛な声をあげて泣いている少女を、じっと見ていた。
しばらくすると、少女は嗚咽をもらしながら、いそいそと手を伸ばして、先程自分が投げた小皿を拾った。
サミルは、少女が小皿を差し出してくると、嬉しそうに笑って、ようやく口を開いた。
「ありがとうございます。拾ってくれるなんて、優しいですね」
返事はせずに、しゃくりあげながら、少女は、再び深皿のパン粥をつつき出す。
ルーフェンは、終始ぽかんとした表情で、サミルと少女のやり取りを眺めていた。
少女の食べる手が、止まった後。
汚れた寝台のシーツを替えてやると、少女は、また眠りに落ちた。
サミルとルーフェンは、少女が起きないようにそっと部屋の外に出ると、ふうっと胸を撫で下ろした。
「サミルさん、流石ですね。扱いがうまいと言うか、なんと言うか……」
感心してルーフェンが言うと、サミルは苦笑した。
「本当は、もうちょっと食べて欲しかったのですけどね。ダナ先生から、ほとんど食べていないと聞いていたものですから……」
ルーフェンは、首を左右に振った。
「いや、それでも大進歩でした。あの子が自分から食べてるところ、初めて見ましたし。俺なんか、スープを飲ませようとしたら、吐き出された挙げ句、思いっきり手を噛まれたんですよ」
くっきりと歯形のついて、軽く出血している掌を見せると、サミルは眉を下げた。
「ああいう子は、信頼してもらうまでが一番時間かかりますから。無理強いしたり、急かしたりすると、完全に自分の殻に閉じ籠ります。根気強く話していかないと、なかなか心は開いてくれないんですよ」
うーん、と唸って、ルーフェンは肩をすくめた。
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