複雑・ファジー小説

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〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下【完結】
日時: 2022/05/29 21:21
名前: 銀竹 (ID: iqu/zy5k)
参照: https://www.kakiko.cc/novel/novel6/index.cgi?mode=view&no=18825

いつもありがとうございます。
闇の系譜シリーズは、四作目のアルファノル編以降、別サイトに移動しております。
詳しくはアルファノル編のスレにて!
………………

 人々の安寧を願ったサーフェリアの前国王、サミル・レーシアス。
彼の興した旧王都──アーベリトは、わずか七年でその歴史に幕を閉じることとなった。

 後に『アーベリトの死神』と称される、召喚師ルーフェンの思いとは……?

………………

 はじめまして、あるいはこんにちは!銀竹と申します。

 本作は、銀竹による創作小説〜闇の系譜〜の二作目の後編です。
サーフェリア編がかなり長くなりそうだったので、スレを上・下と分けさせて頂く事にしました。
一部残酷な表現などありますので、苦手な方がいらっしゃいましたらご注意下さい。

 今回は、サーフェリア編・上の続編となっております。
サーフェリア編・上の知識がないと通じない部分も出てきてしまうと思いますが、伏線以外は極力分かりやすく補足して、進めていきたいと考えています(上記URLはサーフェリア編・上です)。

〜闇の系譜〜シリーズの順番としては
ミストリア編(上記URLの最後の番号五桁が16085)
サーフェリア編・上(17224)
サーフェリア編・下(19508)
アルファノル編(18825)
ツインテルグ編
となっております。
外伝はどのタイミングでも大丈夫です(16159)。
よろしくお願いいたします!

…………………………

ぜーんぶ一気に読みたい方→ >>1-430

〜目次〜

†登場人物(第三章〜終章)† >>1←随時更新中……。

†用語解説† >>2←随時更新中……。

†第三章†──人と獣の少女

第一話『籠鳥ろうちょう』 >>3-8 >>11-36
第二話『憧憬どうけい』 >>37-64
第三話『進展しんてん』 >>65-98

†第四章†──理に触れる者

第一話『禁忌きんき』 >>99-150 >>153-162
第二話『蹉跌さてつ』 >>163-189 >>192-205
第三話『結実けつじつ』 >>206-234

†第五章†──淋漓たる終焉

第一話『前兆ぜんちょう』 >>235-268 >>270-275
第二話『欺瞞ぎまん』 >>276-331
第三話『永訣えいけつ』 >>332-342
第四話『瓦解がかい』 >>343-381
第五話『隠匿いんとく』 >>382-403

†終章†『黎明れいめい』 >>404-405

†あとがき† >>406

作者の自己満足あとがき >>407-411

……………………

基本的にイラストはTwitterにあげておりますので、もし見たい!って方がいらっしゃいましたらこちらにお願いします。→@icicles_fantasy

……………………


【完結作品】
・〜闇の系譜〜(ミストリア編)《複ファ》
ミストリアの次期召喚師、ファフリの物語。
国を追われ、ミストリアの在り方を目の当たりにした彼女は、何を思い、決断するのか。

・〜闇の系譜〜(サーフェリア編)上《複ファ》
サーフェリアの次期召喚師、ルーフェンを巡る物語。
運命に翻弄されながらも、召喚師としての生に抗い続けた彼の存在は、やがて、サーフェリアの歴史を大きく変えることとなる──。

・〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下《複ファ》
三街による統治体制を敷き、サーフェリアを背負うこととなったサミルとルーフェン。
新たな時代の流れの陰で、揺れ動くものとは──。

【現在の執筆もの】

・〜闇の系譜〜(外伝)《複ファ》
完全に狐の遊び場。〜闇の系譜〜の小話を載せております。

・〜闇の系譜〜(アルファノル編)《複ファ》
ミストリア編後の物語。
闇精霊の統治者、エイリーンとの繋がりを明かし、突如姿を消したルーフェン。
召喚師一族への不信感が一層強まる中、トワリスは、ルーフェンの後を追うことを決意するが……。
憎悪と怨恨に染まった、アルファノル盛衰の真実とは──?

【執筆予定のもの】

・〜闇の系譜〜(ツインテルグ編)《複ファ》
アルファノル編後の物語。
世界の流転を見守るツインテルグの召喚師、グレアフォール。
彼の娘である精霊族のビビは、ある日、サーフェリアから来たという不思議な青年、アーヴィスに出会うが……。




……お客様……

和花。さん
友桃さん
マルキ・ド・サドさん
ヨモツカミさん


【お知らせ】
・ミストリア編が、2014年の冬の大会で次点頂きました!
・サーフェリア編・上が、2016年の夏の大会で銅賞を頂きました!
・2017年8月18日、ミストリア編が完結しました!
・ミストリア編が2017年夏の大会で金賞を頂きました!
・サーフェリア編・上が、2017年冬の大会で次点頂きました!
・2018年2月18日、サーフェリア編・上が完結しました!
・サーフェリア編・下が、2019年夏の大会で銀賞頂きました!
・外伝が、2019年冬の大会で銅賞頂きました!
・サーフェリア編・下が、2020年夏の大会で銀賞頂きました!
・サーフェリア編・下が、2020年冬の大会で金賞頂きました!
いつも応援して下さってる方、ありがとうございます(*^▽^*)

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下 ( No.214 )
日時: 2020/01/29 18:46
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: pRqGJiiJ)



 どんな言葉をかければ、トワリスの顔が晴れるのか分からなくて、ルーフェンは、言葉を探りながら言った。

「……可哀想、というか……ただ、消耗していく君を見たくないだけだよ。君は女の子なんだし、戦いの世界に身を投じるのも大変でしょう? 元はといえば、俺が軽い気持ちで魔術なんて教えてしまったのが、いけなかったのかもしれない。でも俺は、別に魔導師になってほしくて、トワリスちゃんに魔術や文字を教えた訳じゃないんだ。単に、可能性を広げてほしかっただけなんだよ。生い立ちが人とは違うからこそ、普通に幸せに生きてほしかった。アーベリトにいるなら、守ってあげられる。今まで、君がどんなことに悩んで、苦しんできたのか、俺には分からない。けど少なくとも、アーベリトに来たら、獣人混じりだからとか、そんな下らないことは気にせずに、暮らせると思うよ」

 言い終わっても、トワリスの表情は、沈んだままであった。
目を伏せ、何かを諦めてしまった様子で、黙りこんでいる。

 しばらくして、ふと目線だけ上げると、トワリスは尋ねた。

「……五年前、私が魔導師になるって言ったとき、召喚師様にどんなことを話したか、覚えていますか?」

「…………」

 答えに詰まって、ルーフェンは、何も言えなくなった。
先程も思い出そうとして、記憶をたどった部分だ。
覚えていようとも思わなかった五年前の会話なんて、そんなもの、一字一句覚えているわけがない。
そう思うのに、トワリスの決意を秘めていたであろう、その会話を忘れてしまったことに、ひどい罪悪感を覚えた。

 沈黙していると、再び視線を落としてしまったトワリスが、焦ったように言い直した。

「覚えてないですよね、あんな、些細な会話。申し訳ありません、変なことを聞いてしまって……」

 嘘でもいいから、何かを言おうと思うのに、まるで言葉が出てこない。
元来分かりやすいトワリスの表情からは、明らかな悲しみと、落胆の色が見えている。

 どうすれば良いだろう。
もし泣いているなら、涙を拭って謝れば機嫌が直るかもしれないが、なんとなく、トワリスにそんなことをするのは憚られたし、そもそも彼女は、泣いているわけじゃない。
手を握って、優しい言葉をかければ大概外さないが、それこそそんな真似をしたら、また殴られかねない。

 結局、一言も発せずにいると、トワリスが、軽く頭を下げた。

「お気遣い、ありがとうございます。……ですが、お断りします。確かに、アーベリトでの生活は楽しかったですし、いずれは、帰りたいとも思ってました。でも──」

 一瞬言い淀んで、口を閉じる。
しかし、すぐに顔をあげると、トワリスは、ルーフェンを真っ直ぐに見つめた。

「……でも、召喚師様の言う普通の幸せっていうものが、誰かに守ってもらいながら、穏やかに暮らすことなら……私は、そんなものいりません」

 口調こそ静かであったが、トワリスの言葉には、頑とした強い意思が込められていた。
揺らがぬ紅鳶の瞳が、ルーフェンを射抜く。
その目が宿す光を、ルーフェンは、以前も見たことがあった。

 記憶の片隅で、同じ目をした少女が、言った。

──もし、私が、サミルさんやルーフェンさんにとって、必要な人間になれたら……。また、レーシアス家に、置いてくれますか……?

 再度礼をすると、トワリスは、踵を返して歩いていってしまう。
その背中に声をかけようとしたが、ルーフェンは、戸惑ったように唇を開いただけで、声にはならなかった。
引き留めたところで、彼女を止めることは、自分にはできなような気がしたのだ。

 脳裏で、揺らめく蝋燭の炎が、図書室に並ぶ本の背表紙を、ゆらゆらとなぞっていく。
耳の底に、熱のこもった少女の声が、じわじわと蘇ってきた。

──私、二人の優しさに甘えて、ここで暮らすんじゃなくて、サミルさんたちにとって必要な人間になって、堂々とアーベリトに帰ってきます。

──絶対に、絶対に、帰ってきます。だから、そうしたら、私のこと、認めてください。

 静かな迫力に満ちた光が、少女の目の奥で閃く。
あの時も、今も、ルーフェンは、そんな彼女の瞳に浮かぶ強い光から、目を反らせなかった。


Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下 ( No.215 )
日時: 2021/04/14 18:00
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: WZc7rJV3)

 専属護衛を外され、トワリスが一般の魔導師と成り下がった以上、ルーフェンが彼女と話せる機会は、もうほとんどないと思っていた。
屋敷に仕える魔導師の業務といえば、警備と巡回が主である。
実績を積んで位が上がれば、要人警護につくこともできようが、トワリスのような新人魔導師は、本来クラークやロゼッタに近づくことも許されない立場だ。
まして、ルーフェンのような賓客とは、互いを見かけることはあっても、接する機会など普通はない。
大事な会談の場に居合わせるようなこともないし、基本的には、屋敷外を警備したり、街の治安を守るのが仕事なのだ。
再びルーフェンが会いに行けば、多少言葉を交わすことはできるかもしれない。
だが、そんなことを繰り返していては、周囲の者たちに怪しまれるだろうし、会ったところで、トワリスに言うべきことなどない。
五年前の会話を思い出したよ、なんて、伝えるべきではないし、伝えたところで、それがなんだという話だ。
君に魔導師は向いてないてないんじゃないか、なんて冷たい一言を放っておいたくせに、今更慰めの言葉をかけるなんて、トワリスも混乱するだろう。
結局、あの夜以降、次にルーフェンがトワリスを見かけたのは、祭典一日目の、マルカン邸の大広間であった。

 ハーフェルンの祭典では、初日に開会式と称して、クラークが、各街の要人たちを集め、大広間で食事会を催すことになっていた。
この祝宴には、次期召喚師であった頃に、ルーフェンも何度か参加している。
充満する香水の匂いに息が詰まるし、召喚師と聞いて、飽きもせずにまとわりついてくる者たちの話に耳を傾けるのは、いつだって億劫であった。
ここ数年は、常にロゼッタが隣にいるようになったので、話しかけてくる女は多少減ったが、それでも、息つく暇のない程度には、誰かしらが声をかけてくる。
こちらとて、いちいち真面目に受け答えをするわけではないので、苦痛というほどではない。
ただ、自分を含めた誰も彼もが、似たような貼り付けの笑みを浮かべ、互いの腹を探り合っていているのかと思うと、馬鹿馬鹿しいような、自嘲的な気分になるのであった。

 広間の各所に配置された、自警団員や魔導師の中に、トワリスは、ぽつんと混じっていた。
祝宴が始まってから、彼女のことを見つけるのに、そう時間はかからなかった。
トワリスは、毅然と背筋を伸ばし、己の職務を全うしようと、固い表情で守るべき要人たちを見つめている。
昔は、あれだけルーフェンに着いて回っていたのに、今はこちらのことなど、気にもかけていない様子だ。
格下げされて、普通なら気分が腐りそうなところを、警備の任を言い渡されて、生真面目に実行しているのだろう。
厳つい男たちに混じって、真っ直ぐに立つ小柄な少女の姿は、どこか痛々しく見えた。

「……ねえ、召喚師様。珍しく、浮かないお顔。どうされたの?」

 ぼうっとトワリスを見つめていると、不意に、横合いから可愛らしく声をかけられた。
振り返ると、華やかに着飾ったロゼッタが立っている。
絹糸のような茶髪を美しく結い上げ、可憐な深緑のドレスに身を包んだ彼女には、微笑むだけで、周囲に花が咲いたような、艶やかな魅力があった。

「いや、なんでもないよ」

 如才なく笑ってみせれば、ロゼッタの顔が、嬉しそうに綻ぶ。
しかし、一瞬探るような目付きになると、ロゼッタは、賑わう食卓のほうを一瞥した。

「まあ、本当? それなら良いのですけれど……。お食事もほとんど召し上がっていないから、ご気分でも優れないのかと思いましたわ」

 言いながら、スカートの裾を持ち上げて、ロゼッタは、ルーフェンの隣に並ぶ。
それから、同じようにトワリスのほうに視線をやると、事も無げに呟いた。

「ここ最近、ずーっとあの子のことを見てますわね」

 その言葉に、ルーフェンは、思わずどきりとした。
あの子、というのが、トワリスのことを指しているのは明白である。
確かに、最近トワリスのことを気にかけてはいたが、端から見て分かるほど、露骨に態度に出ていただろうか。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下 ( No.216 )
日時: 2020/02/06 18:18
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: 8NNPr/ZQ)


 じっとこちらを見上げてくるロゼッタに、ルーフェンは、肩をすくめた。

「……そうかな? まあ、トワリスちゃんは、五年前までアーベリトで引き取ってたから、なんとなく、上手くやってるかなって気になりはするね。……結局彼女のこと、この屋敷に魔導師として置くつもりなの? 倒れたあと、すぐに屋敷の警備に回ってたみたいだけど」

 誤魔化しついでに、以前ロゼッタが、トワリスには休暇を申し渡した、と嘯(うそぶ)いていたことを指摘する。
遠回しな言い方だったが、通じたらしく、ロゼッタは、むっと頬を膨らませると、ルーフェンから顔を背けた。

「それは誤解ですわ、召喚師様。立場は問わないから仕事に復帰したいって言ったのは、トワリスのほうですもの。私は、もう少し休むよう勧めましたのよ。でもあの子が、大丈夫だって聞かないから……」

 ぷりぷりと怒った様子で、ロゼッタが腕を組む。
その言葉も、疑わしいところではあったが、仕事に復帰すると言って聞かないトワリスの図も容易に想像できたので、それ以上は何も言わなかった。

 意外にも、ロゼッタの口ぶりからして、トワリスを屋敷に置き続けることには、クラークも反対していないらしい。
となると、今後もトワリスは、魔導師としてマルカン家に仕えるのだろうか。
ルーフェンとて、トワリスの意思を無視して、無理矢理魔導師をやめさせようとは思っていない。
しかし、あんな風に思い詰めた調子でマルカン家に居続けても、いずれまた、トワリスに限界が訪れるのは目に見えている。

 アーベリトにおいで、と。
あの誘いに乗ってくれたなら、昔のように、守ってやれたのに。
五年前、トワリスは、サミルやルーフェンにとって必要な人間になるために、魔導師を目指すのだと言っていた。
もし本当に、その気持ちを原動力にこれまで一途に走り続けてきたのだとしたら、見上げた根性である。
しかし、正直なところ、今のアーベリトには、中途半端な実力の魔導師なんて、いてもいなくても同じだ。
むしろトワリスは、見ていて危なっかしいから、平和な街中で安全に暮らしていてくれたほうが、こちらも精神的に助かるといえよう。

 思えば、トワリスが魔導師になるだなんて言い出した時に、はっきり反対すれば良かったのだ。
自由に生きようと、ようやく一歩を歩み出せた彼女を、見守ってみたかった。
かといって、賛同した記憶もないが、所詮は幼い少女の夢物語だと、完全に侮っていた。
あの時、ちゃんと止めていれば、こんなに気を揉まずに済んだのだろうか。
少なくとも、体格の良い男たちと肩を並べ、いつ命を落とすかも分からぬような生活を送る羽目には、ならなかったかもしれない。

 今のトワリスには、きっと何を言っても聞き入れてはくれないだろう。
彼女が傷ついて、立ち上がれぬ程ぼろぼろになる前に、手を差し出してやりたいが、そんな手は、恐らく振り払われて終わりだ。
その頑なさに、何度いらいらさせられた事か、もう分からない。

 釈然としない思考のまま、しかし、終始突っ立っているわけにもいかないので、ルーフェンは、ロゼッタに付き合って、賑わう貴族たちの輪に入った。
見知った顔もいたし、遠方から来た初対面の者もいたが、どれも大して変わらない、蠢く絵のように見える。
聞いたことのあるような、ないような名前を挙げられても、忘れてしまった話題を振られても、笑顔で適当に相槌を打っていれば、大概はうまく受け流せた。
けれど今日ばかりは、意識が別のところにいって、上手く立ち振る舞うことができない。
煌びやかに彩られた広間で、埋もれてしまいそうなトワリスの姿が気になって、笑みすらちゃんと浮かべられているか分からなかった。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下 ( No.217 )
日時: 2020/02/10 19:08
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: 8NNPr/ZQ)



 祝宴の参加者たちが、食事で腹を満たし、各々酒も回ってきたところで、突然、シャンデリアや燭台の炎が消えた。
視界が暗転するのと同時に、談笑していた者たちも、一斉に口を閉じる。
突如訪れた暗闇と沈黙に、それでも、動じる者が一人もいないのは、今から始まる興行が、この祝宴恒例の目玉であると、皆が分かっていたからであった。

 ぽっと、広間の奥にある壇上に、魔術の光が灯る。
その中心へと現れた、派手な服飾の語り手に、賓客たちの視線が、一様に注がれた。

「──遠い昔、あるところに、一人の男が在った」

 語り手は、一度深々と観客に礼をすると、朗々とした声で言った。

「男は、類稀な叡知と、鋼の如き強健さを持ち合わせていた」

 澄んだ声が広間に響き渡り、やがて再び、舞台が暗転する。
次に明かりが灯った時には、語り手の姿は消え、代わりに壇上には、屈強な一人の男が立っていた。

「名を、ドリアード。後に、炎剣の使い手として語り継がれる、水蛇殺しの英雄である……」

 俳優が、腰の大剣を引き抜くと、その残光が炎を纏って、舞台上を焼き尽くす。
観客たちは、思わず身をすくませ、あまりの迫力に、短く悲鳴をあげた。
といっても、これは本物の炎などではなく、幻術である。
クラークが毎年用意する、この祝宴の目玉──それは、名のある劇団を招いて上演する、演劇なのだ。

(……今年は“ケリュイオスの蛇”か)

 目を引く幕開けに、周囲が息を飲む中。
ルーフェンは、どこか冷めたような気分で、英雄役の男を眺めていた。

 “ケリュイオスの蛇”とは、ハーフェルン発祥の、有名な伝承の一つである。
かつて、西のケリュイオスと呼ばれる海域には、九つの頭を持つ大蛇が棲み着いていた。
大蛇は、その巨大な九つの口で、通りがかった船を海水ごと飲み込んでしまう、邪悪な化物であった。
人々は大蛇を恐れ、ケリュイオスには船を出さなくなったが、すると大蛇は、陸地まで首を伸ばして、近隣の漁村を襲うようになった。
そこで、困り果てた人々を救おうと立ち上がったのが、ドリアードという男なのである。

 ドリアードは、生まれつき魔術の才があり、賢く心優しい青年であった。
元は魔導師などではなく、ただの船乗りであったが、漁村に襲来した水蛇に挑み、追い返してみせたことをきっかけに、周囲から英雄視されるようになっていた。
人々は、そんな彼の勇敢さ、そして強さを見込んで、海へと逃げ延びた水蛇を退治するように頼んだのだった。

 とはいえ水蛇は、九つある頭を全て落とさねば死なない、化物である。
荒れ狂う海上に一人、大蛇を討たんと航海に出たドリアードは、三日三晩の苦戦を強いられ、最終的には、燃え盛る炎剣と共に自ら喰われることを選ぶ。
己の命と引き換えに、水蛇を身の内から焼き滅ぼしたドリアードは、伝説の英雄として、後世に名を残したのだという。

 最期は相討ちになって終わりだなんて、悲劇的な結末のように思われるが、この“ケリュイオスの蛇”は、演劇などではよく取り上げられる演目であった。
英雄の海への旅路──命を擲(なげう)って、人々を救わんとするドリアードの苦悩、そして勇猛果敢な姿に、誰もが胸を熱くする、いわゆる冒険譚というやつだ。
子供の頃、親が読み聞かせてくれる絵本の中に、“ケリュイオスの蛇”があったという少年少女も少なくはないだろう。

 しかしながらルーフェンは、この物語が、昔から好きではなかった。
他人の死を美化した、ありがちな御伽噺など、掃いて捨てるほどあるが、その中でも、随分と胸糞の悪い結末だな、と思う。
王道な英雄譚、というよりは、哀れな生贄の生涯を目の当たりにしているような気分になるのだ。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下 ( No.218 )
日時: 2020/03/03 07:15
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: 8NNPr/ZQ)

『ああ、なんと恐ろしい! 彼(か)の残虐な水蛇めは、きっとまた、村を襲い人を喰らうでしょう。この漁村だけではありません。いずれは大陸中の父を、母を……そして子を貪り、殺してしまうのでしょう。そうなる前に、どうか、あの水蛇を葬っては下さいませぬか! どうか、どうか──……』

 村人役の男が、ドリアードにすがりつく。
その悲嘆に暮れた、胸を引き裂くような懇願の声に、観客たちは、時を忘れて舞台の世界に引き込まれていった。

 読み手は皆、ドリアードが正義心から水蛇退治を引き受けたと考えるのだろう。
しかし、どうか助けてほしいと乞われたとき、実際にドリアードは、何を思ったのか。
いくら屈強で、魔術の才があったのだとしても、彼は元々、船乗りとして生きる道を選んでいた男だ。
それなのに、生まれつき力を持っていたというだけで、人喰いの化物に挑めと言われて、一体どんな気持ちだったのか。

 自分が生まれ育った村を守るだけならともかく、関わったこともないような他人を守るために、命をかけて戦うなんて、そんなことをする筋合いは彼にはない。
荒れた海上に船を出し、三日三晩戦い抜いた末に、己の身ごと化物を焼き尽くそうなどと、それは本当に、彼の意思だったのだろうか。
ドリアードの悲惨な生き様を、正義の一言で片付けたのは、読み手の一方的な望みのように思える。

『おのれ、化物め……! これ以上、貴様に好きにはさせぬ! その身切り裂いて、二度と海上へ出られぬようにしてやる!』

 天を裂かんばかりの絶叫を上げ、炎渦巻く剣を振りかぶって、ドリアードは水蛇へと立ち向かう。
水蛇は、九頭の化物ではなく、幻術で産み出された、強大な渦潮で表現されていた。
実際は、壇上でドリアード役の男が、剣舞を披露しているだけに過ぎないが、彼の迫真の演技と、幻術による水の炎の激しいぶつかり合いで、より美しく、力強い演出となっている。
内容自体は単純で、元は子供向けの御伽噺だが、そのあまりの迫力に、観客たちは皆、固唾を呑んで英雄の最期を見守っていた。
周囲から力を求められ、孤独に戦った哀れな生贄の末路は、語り手次第で、美談へと変わるのである。

 とはいえ、作り話にケチをつけていても仕方がないので、ルーフェンは、手近にあった杯を傾けながら、背後の壁に寄りかかった。
本来なら、社交場でこんなだらしのない格好は見せられないが、今は辺りが暗く、賓客たちは演劇に夢中なので、誰もルーフェンのことなど見ていないだろう。
すぐ隣にいるロゼッタも、目をきらきらと輝かせて、英雄ドリアードの勇姿に釘付けのようだ。
芸術は一通り嗜んでいるであろう、目の肥えた貴族たちさえ唸らせているわけだから、流石はクラークの選んできた劇団である。
演劇など見たことがなさそうなトワリスだって、目を奪われているに違いない。
子供の頃から彼女は、一見関心がなさそうでいて、意外とこういった娯楽に興味を示すのだ。

 視界が悪い中で、トワリスのほうを見ようとして、ふと、ルーフェンは一人の侍従に目を止めた。
演劇に魅入る賓客たちの間を、つまみや酒が乗った盆を持って、うろうろと行き来している。
一見、給仕としての役割を果たしている、ただの侍従のようであったが、彼の行動は、実に不可解であった。
今、酒など持って往復しても、肝心の賓客たちが演劇に夢中なので、呼び止められることはないはずからだ。

 召し出された様子もなく、侍従はただ、広間を見回しては、時折立ち止まって、一点に視線を注いでいる。
誰に気づかれることもなく、人の間を縫うようにして、目線を動かす侍従のそれが、目配せだと察したとき──。
ルーフェンは、持っていた杯を静かに卓に置いて、そっと周囲の気配を探った。

(相手は誰だ……? 何人いる?)

 ずっと、何者かがマルカン邸を狙っているのは、分かっていた。
ロゼッタと運河に行ったときも、クラークが差し向けた者以外に、尾行してくる気配があった。
おそらくこれには、クラークも気づいている。
だからこんなにも、広間に多くの警備を置いているのだ。

 元々クラークは、物々しい雰囲気を嫌って、こういった祝宴の場には、最低人数の自警団員しか置かない。
その分、外の警備は固めるが、賓客たちの目の触れるところには、信頼できる一部の武官しか配置しないのである。
しかし、今回はどうだ。トワリスを始め、信用できるかどうかも分からぬ手合いを、広間中に置いて、目を光らせている。
これに敵が怯んで、動かなければそれで良いし、何か悪巧みをすれば、ついでに炙り出して叩こう、という算段なのかもしれない。


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