複雑・ファジー小説

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〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下【完結】
日時: 2022/05/29 21:21
名前: 銀竹 (ID: iqu/zy5k)
参照: https://www.kakiko.cc/novel/novel6/index.cgi?mode=view&no=18825

いつもありがとうございます。
闇の系譜シリーズは、四作目のアルファノル編以降、別サイトに移動しております。
詳しくはアルファノル編のスレにて!
………………

 人々の安寧を願ったサーフェリアの前国王、サミル・レーシアス。
彼の興した旧王都──アーベリトは、わずか七年でその歴史に幕を閉じることとなった。

 後に『アーベリトの死神』と称される、召喚師ルーフェンの思いとは……?

………………

 はじめまして、あるいはこんにちは!銀竹と申します。

 本作は、銀竹による創作小説〜闇の系譜〜の二作目の後編です。
サーフェリア編がかなり長くなりそうだったので、スレを上・下と分けさせて頂く事にしました。
一部残酷な表現などありますので、苦手な方がいらっしゃいましたらご注意下さい。

 今回は、サーフェリア編・上の続編となっております。
サーフェリア編・上の知識がないと通じない部分も出てきてしまうと思いますが、伏線以外は極力分かりやすく補足して、進めていきたいと考えています(上記URLはサーフェリア編・上です)。

〜闇の系譜〜シリーズの順番としては
ミストリア編(上記URLの最後の番号五桁が16085)
サーフェリア編・上(17224)
サーフェリア編・下(19508)
アルファノル編(18825)
ツインテルグ編
となっております。
外伝はどのタイミングでも大丈夫です(16159)。
よろしくお願いいたします!

…………………………

ぜーんぶ一気に読みたい方→ >>1-430

〜目次〜

†登場人物(第三章〜終章)† >>1←随時更新中……。

†用語解説† >>2←随時更新中……。

†第三章†──人と獣の少女

第一話『籠鳥ろうちょう』 >>3-8 >>11-36
第二話『憧憬どうけい』 >>37-64
第三話『進展しんてん』 >>65-98

†第四章†──理に触れる者

第一話『禁忌きんき』 >>99-150 >>153-162
第二話『蹉跌さてつ』 >>163-189 >>192-205
第三話『結実けつじつ』 >>206-234

†第五章†──淋漓たる終焉

第一話『前兆ぜんちょう』 >>235-268 >>270-275
第二話『欺瞞ぎまん』 >>276-331
第三話『永訣えいけつ』 >>332-342
第四話『瓦解がかい』 >>343-381
第五話『隠匿いんとく』 >>382-403

†終章†『黎明れいめい』 >>404-405

†あとがき† >>406

作者の自己満足あとがき >>407-411

……………………

基本的にイラストはTwitterにあげておりますので、もし見たい!って方がいらっしゃいましたらこちらにお願いします。→@icicles_fantasy

……………………


【完結作品】
・〜闇の系譜〜(ミストリア編)《複ファ》
ミストリアの次期召喚師、ファフリの物語。
国を追われ、ミストリアの在り方を目の当たりにした彼女は、何を思い、決断するのか。

・〜闇の系譜〜(サーフェリア編)上《複ファ》
サーフェリアの次期召喚師、ルーフェンを巡る物語。
運命に翻弄されながらも、召喚師としての生に抗い続けた彼の存在は、やがて、サーフェリアの歴史を大きく変えることとなる──。

・〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下《複ファ》
三街による統治体制を敷き、サーフェリアを背負うこととなったサミルとルーフェン。
新たな時代の流れの陰で、揺れ動くものとは──。

【現在の執筆もの】

・〜闇の系譜〜(外伝)《複ファ》
完全に狐の遊び場。〜闇の系譜〜の小話を載せております。

・〜闇の系譜〜(アルファノル編)《複ファ》
ミストリア編後の物語。
闇精霊の統治者、エイリーンとの繋がりを明かし、突如姿を消したルーフェン。
召喚師一族への不信感が一層強まる中、トワリスは、ルーフェンの後を追うことを決意するが……。
憎悪と怨恨に染まった、アルファノル盛衰の真実とは──?

【執筆予定のもの】

・〜闇の系譜〜(ツインテルグ編)《複ファ》
アルファノル編後の物語。
世界の流転を見守るツインテルグの召喚師、グレアフォール。
彼の娘である精霊族のビビは、ある日、サーフェリアから来たという不思議な青年、アーヴィスに出会うが……。




……お客様……

和花。さん
友桃さん
マルキ・ド・サドさん
ヨモツカミさん


【お知らせ】
・ミストリア編が、2014年の冬の大会で次点頂きました!
・サーフェリア編・上が、2016年の夏の大会で銅賞を頂きました!
・2017年8月18日、ミストリア編が完結しました!
・ミストリア編が2017年夏の大会で金賞を頂きました!
・サーフェリア編・上が、2017年冬の大会で次点頂きました!
・2018年2月18日、サーフェリア編・上が完結しました!
・サーフェリア編・下が、2019年夏の大会で銀賞頂きました!
・外伝が、2019年冬の大会で銅賞頂きました!
・サーフェリア編・下が、2020年夏の大会で銀賞頂きました!
・サーフェリア編・下が、2020年冬の大会で金賞頂きました!
いつも応援して下さってる方、ありがとうございます(*^▽^*)

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下 ( No.309 )
日時: 2021/01/10 22:32
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: r1a3B0XH)


  *  *  *



「──トワリス……!」

 焦ったようなハインツの声で、トワリスは、はっと我に返った。
ハインツの頑健な拳が、唸りをあげて、眼前に迫ってくる。
咄嗟に双剣を交差させ、その拳を受けたトワリスであったが、しかし、真っ向から食らった重々しい衝撃に、こらえきれず、背中から草地に倒れた。

 弾けとんだ剣が一本、甲高い音を立てながら、頭上に舞い上がる。
痺れたような痛みが骨まで響き、思わず呻き声をあげると、ハインツが、蒼白になって、仰向けのトワリスをのぞきこんだ。

「だっ、大丈夫……?」

 おろおろと視線を彷徨わせながら、ハインツが、問いかけてくる。
トワリスは、両腕に異常がないか確かめると、ゆっくり立ち上がった。

「……ごめん、ぼーっとしてた」

「い、いや、俺が、力加減、間違えた、かも……」

 胸元でもじもじと指先を絡ませながら、ハインツが項垂れる。
地に突き刺さった双剣の片割れを回収すると、トワリスは、呆れたように肩をすくめた。

「稽古の時は、力加減しなくていいって何度も言ってるじゃないか。今のは、集中してなかった私が悪いんだよ」

「で、でも……最近、トワリス、疲れてる、みたいだし……」

 躊躇いがちに俯いて、ハインツが口ごもる。
一瞬、むっと眉を寄せたトワリスであったが、否定はできなかった。
ここのところ、通常の業務に集中できていない自覚はあったのだ。

 黙っていると、今までは気にならなかった葉擦れの音や、噴水の水面が揺れる音が、やけに大きく聞こえる。
微かな風が耳元をかすると、脳裏で、豊かな銀髪が翻った。

 深くため息をつくと、トワリスは、噴水の石囲に腰かけた。

「……ハインツ。ルーフェンさんが、どうしてシルヴィア様を遠ざけようとするのか、知ってる?」

「…………」

 ハインツが、不思議そうに首を傾げる。
この様子では、ルーフェンとシルヴィアの間に溝があることすら、ハインツは知らないようだ。
トワリスは、足を動かしながら目を伏せると、再度嘆息した。

 ルーフェンから、シルヴィアに近づくなと警告を受けて、数日が経った。
あれ以来トワリスは、約束通り、シルヴィアと関わらずにいる。
だが、一度だけ、様子が気になって物見の塔に足を向けてみると、彼女は、閉めきった室内で、窓も開けずに過ごしているようであった。
母子の間に、何か特別な事情があったとして、トワリスに口出しをする権利はない。
しかし、たった一人で部屋に閉じ込め、監視をするだけで外部との接触を絶つなんて、療養とは名ばかりの、まるで軟禁ではないか。
そんな思いがわき上がる度に、動けぬ花を哀れんでいたシルヴィアの横顔が、何度も頭の中に蘇るのだ。

 黙って俯いていると、返事に困ったハインツが、そっとトワリスの顔色を伺ってきた。
いつもなら、休んでいる暇などないと言い張って、息切れするような厳しさで剣術やら体術やらを教えてくれるトワリスだが、最近はずっと、この調子で萎れている。
数瞬、どうすべきか迷った末に、トワリスの隣にちょこんと座ると、ハインツは口を開いた。

「わ、分からない、けど……あんまり、仲は良くない、のかも。ルーフェンから、お、お母さんの話、聞いたこと、ない……」

「…………」

 ふと顔を上げたトワリスが、ハインツを横目で見る。
ややあって、目線を前に向けると、トワリスは、吹き抜けの廊下の方をぼんやりと眺めた。

「毎日でなくてもいいから、シルヴィア様を外に出してあげられないかな。ほら、セントランスがシュベルテを襲撃した時の状況を聞くとか、そういう理由があれば、ルーフェンさんも許してくれるかもしれないし……。あるいは、サミルさんのほうを説得するとか。何にせよ、今のままじゃ、あまりにも──……」

 言いかけて、口を閉じる。
トワリスは、しばらくの間、思い詰めた表情で閉口していたが、やがて、考えを振り払うように首を振ると、石囲から立ち上がった。

「……やっぱり、なんでもない。無関係の私が、首を突っ込むことじゃないよね。今はセントランスとの揉め事で、それどころじゃないわけだし、仕事に集中しないと」

 自分に言い聞かせるように呟いて、トワリスは、ぐっと拳を握る。
現状、最優先すべきなのは、セントランスへの対抗策を練ることである。
そう意気込んでおかねば、あっという間に、頭の中をシルヴィアに支配されそうであった。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下 ( No.310 )
日時: 2020/09/25 19:45
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: 8NNPr/ZQ)



 口には出さなかったが、トワリスの抱える懐疑心は、ハインツにも理解できるような気がした。
実際、サミルとルーフェンのシルヴィアに対する反応は、彼ららしからぬ点が多いのだ。

 トワリスの話を聞く限り、シルヴィアは、それほど容態が悪いわけでもなさそうだ。
それなのに彼女は、物見の塔で一人、囚人の如く幽閉されている。
最初は、人目に触れると騒ぎになってしまうため、一時的に塔に身柄を移したのかと思っていたが、シュベルテからルーフェンが戻ってきて以降、その厳重な隔離ぶりに拍車がかかった。
この露骨な遠ざけ方を見れば、誰だって、ルーフェンとシルヴィアの間には、何かあるのではないかと勘繰り始めるだろう。

 ルーフェンは、掴み所のない性格故に、長年隣にいても、その心の奥深くまでは見せてくれたことがない。
そんな彼が、シルヴィアに対して、周囲にも分かりやすいくらいの嫌悪感を示したことは驚きだったし、塔に閉じ込めるなんていう所業を、サミルが黙認したことも意外であった。

 結局ルーフェンは、帰ってきてから一度も、シルヴィアに会いに行っていない。
仮にも母親で、要人であるシルヴィアへの誠意の感じられない扱い方には、疑念を抱かざるを得ないのであった。

 立ち上がったトワリスが、誰かに声をかけたので、ハインツは顔をあげた。
吹き抜けの長廊下を、前が見えぬほど大量の魔導書を抱えたサイが、よたよたと歩いている。
手を貸そうと腰をあげたハインツより速く、トワリスが、サイに近づいていった。

「大丈夫ですか? 手伝いますよ」

 そう言って、サイが抱える魔導書の半分を、トワリスが取り上げる。
目の前が開けてから、ようやく話しかけられていることを理解したようなサイの顔を見て、トワリスはぎょっとした。
彼の頬はげっそりと痩け、目の下には、色濃い隈が浮き出ていたからだ。

「サイさん……どうしたんですか。ここ最近見ないと思ったら、ひどい顔色してますよ。ちゃんと食べてないでしょう」

 トワリスが眉を下げると、サイは、いまいち分かっていないような顔で、へらっと笑った。

「あ……ちょっと、色々と立て込んでしまって。大丈夫、大丈夫ですよ。この間、水は飲んだので」

「この間って……いつの話ですか」

 思わず嘆息して、顔をしかめる。
サイの呆けたような態度に、既視感を覚えて、トワリスは肩をすくめた。

 サイは、まだ魔導師の訓練生だった頃にも、昼夜問わず魔導書を読み耽って、栄養失調で倒れたことがある。
たまたま訪ねたトワリスが、運良く発見したから良かったものの、あのまま放置されていたら、どうなっていたか分からない。
サイは、一度夢中になって根を詰めると、周りが見えなくなる質なのだ。

 自分が持っていた魔導書をハインツに渡し、サイが抱えていた残りまで奪い取ると、トワリスは、厳しい口調で言った。

「これ、どこまで運べばいいんですか? 私たちがやっておくので、サイさんは、ご飯食べて寝てきて下さい」

「……へ!? いや、それは悪いですよ!」

 突然目が覚めたように瞠目して、サイが、魔導書を取り返そうと手を伸ばす。
その手を難なく避けると、トワリスは、睨むようにサイを見上げた。

「体調管理も、大事な仕事の内ですよ。倒れる前に、休んできてください。魔導書の運搬くらい、私とハインツでやれば、すぐに終わりますから」

「で、ですが……トワリスさんたちも、午後から病院のほうに巡回にいかないとならないでしょう。忙しいのに、申し訳ないですよ」

「平気です。私、雑念を払うために、今は仕事に集中したい気分なので」

「ざ、雑念……? いや、とにかく、お気持ちは有り難いのですが、これは私がやらないと意味がないんです!」

 珍しく、強く主張してきたサイに、トワリスが動きを止める。
訝しげに視線を向けると、サイは、辿々しく口を開いた。

「その……陛下と召喚師様から、セントランスへ親書を届ける役目を仰せつかっているんです。五日後、賭けにはなりますが、宣戦撤回の交渉に応じてもらえるよう、アルヴァン候を説得……というか、恐喝します。そのために、セントランスがシュベルテの襲撃時に使った魔術について、情報を集めていて……」

 サイの言葉に、トワリスとハインツが、顔を見合わせる。
ややあって、大きく目を見開くと、トワリスは驚嘆の声をあげた。

「親書って……えっ、交渉申入の件ですか? 届けるって、サイさんが一人で? 私たち、そんなこと一言も聞いてませんよ!」

 声を荒らげて、トワリスが詰め寄ってくる。
サイは、一瞬焦ったような顔になると、及び腰で答えた。

「え、えっと……すみません。隠していたわけではないのですが、あまり言いふらすことでもないかと思いまして……。ほら、アーベリト内でも、開戦すべきだという声が多く上がっているじゃないですか。ですから、現段階では、内密に事を進めた方が、色々と穏便に収まるかな、と……」

 言いながら、サイの視線が、すーっと横に反れていく。
トワリスは、そんな彼の顔を疑わしげに見つめていたが、やがて、持っていた魔導書をサイに突き返すと、確信めいた口調で問い質した。

「召喚師様に、私たちには言わない方がいいって言われたんですね?」

「えっ」

 サイの眉が、ぎくりと動く。
その反応に確証を得ると、トワリスは、怒り顔で踵を返した。

「ちょっ、ちょっと待ってください、トワリスさん! 違うんです、この件は、私が陛下と召喚師様に頼んで──」

「ハインツは、サイさんのこと手伝ってあげて!」

 慌てて引き留めてきたサイを無視して、トワリスは、ハインツに指示を飛ばす。
狼狽える男二人を置いて、トワリスは、ルーフェンの執務室へと向かったのであった。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下 ( No.311 )
日時: 2020/09/28 19:00
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: 8NNPr/ZQ)



「サイさんを一人でセントランスに行かせようなんて、一体どういうつもりなんですか!」

 執務室に突撃し、ルーフェンの真正面に座ると、トワリスは、開口一番にそう告げた。
ルーフェンは、広々とした長椅子で寛ぎながら、何やら手紙の封を切って、中身を眺めている。
目前の長机には、書類が広げられていたが、それらは単なる古い報告書の束のようで、セントランスと関係があるようには思えない。
サイに危険な任を押し付けたくせに、ルーフェン自身は、全くもって緊張感のない様子である。

「んー? どういうつもりって? 親書は近々届ける予定だったし、その役目をサイくんが買って出てくれたから、お願いしただけだよ」

 トワリスのほうには目もくれず、手紙をいじりながら、ルーフェンが答える。
あまりにも気のない返事に、トワリスは、思わず身を乗り出した。

「だからって……! どうして私やハインツに、事前に知らせてくれなかったんですか? まだ開戦には至っていないというだけで、セントランスとは、実質敵対関係なんですよ。それなのに一人で向かわせるなんて、考えられません」

 勢いよく顔を近づけると、ようやくルーフェンが、トワリスの方を見た。
しかし、一瞥をくれただけで、すぐに手紙へと視線を戻してしまう。
何がおかしいのか、くすくす笑うと、ルーフェンは肩をすくめた。

「そうは言っても、大人数で押し掛けたって、警戒されるだけだよ。争う気はないっていう意思表示に行くんだから、なるべく無防備な状態で行かないと」

「無防備にも程がありますよ! サイさんを一人で行かせるなら、私も着いていきます。二人くらいだったら、敵意があるようには見えないでしょう?」

「えー、でもトワって馬鹿正直だから、交渉とか向いてなさそうだしなぁ」

「ぅ……」

 ぐっと言葉を詰まらせて、トワリスが押し黙る。
確かに、アーベリトの命運を賭けた交渉取付の場で、確かな爪痕を残せるほど、トワリスは弁が立たない。
そういう意味では、頭の切れるサイを使者として選んだのは、英断と言えよう。

 それでも、納得できない様子で顔をしかめると、トワリスは言い募った。

「だったら……私でなくてもいいです。とにかく、誰かしら付き添わせてください。短期間で交渉材料を集めて、敵地に乗り込むんですよ。サイさん一人に押し付けるのは、どう考えても危険だし、無理があるじゃないですか。サイさん、さっきだって、何日も寝ていないような顔で、ふらふらしながら魔導書運んでたんです」

「うーん……とはいっても、アーベリトのほうを手薄にするわけにはいかないしなぁ」

 トワリスの必死の説得も虚しく、ルーフェンは、尚も生返事を寄越してくる。
我慢できなくなって、更に前のめりになると、トワリスは声を荒らげた。

「もう! ちゃんと話を聞いてください! こっちは真剣なんですよ! なんなんですか、手紙ばっか見てへらへらと……!」

 言いながら、ルーフェンが持っている手紙を、強引に取り上げる。
すると、嗅いだことのある薔薇の香りが、ふわりと鼻腔をくすぐった。
手紙に染み込んでいたらしい、その甘やかな香りは、かつて、トワリスが仕えていたハーフェルン領主の一人娘、ロゼッタ・マルカンの香水の匂いである。
執筆中の移り香というよりは、あえて手紙に香り付けしたような、濃厚な匂いであった。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下 ( No.312 )
日時: 2020/10/10 18:42
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: 8NNPr/ZQ)

 つかの間、動きを止め、手紙とルーフェンを交互に見ると、トワリスは、訝しげに目を細めた。

「……これ、ロゼッタ様からの手紙ですよね?」

 ルーフェンが、眉をあげる。

「うん、よく分かったね」

「匂いで分かります」

 感心した様子のルーフェンに対し、トワリスは、冷ややかな口調で答える。
一度落ち着こうと、ゆっくり息を吐くと、トワリスは、身を戻して長椅子に座り直した。

「……良いご身分ですね。王都の緊急時に、婚約者からの手紙を読んで、呑気ににやついていたわけですか」

 刺々しいトワリスの言葉に、ルーフェンは苦笑した。

「やだなぁ、そんな楽しい内容の手紙じゃないよ。今、シュベルテの魔導師団が動ける状態じゃないから、ハーフェルンの守りをどうするか、って話」

「ふーん……」

「……妬いてるの?」

「そう見えるんだとしたら、ルーフェンさんの頭は手遅れだと思います」

「辛辣だね」

 言いながら、ルーフェンはからからと笑う。
トワリスは、じっとりとした視線を投げ掛けながら、次いで、机の上の書類を手に取った。

「これは、魔導師団からの報告書ですか?」

 見慣れた魔導師団の印を確認してから、ぱらぱらと何枚か捲ってみる。
ルーフェンは、あっけらかんと答えた。

「そうそう、ちょっと古いけどね。俺のことが書いてあるんだよ」

 内容に目を通すと、ルーフェンの言う通り、書類は全て、召喚師に関する記録であった。
史実に残っている歴代の召喚師の名前から、現職のルーフェンが行ってきた施策まで、事細かに記載されている。
中には、ルーフェンが急進派のイシュカル教徒集団を陥落させた時のことや、南方のノーラデュースへ行き、リオット族を引き入れた時のことなど、現役の魔導師でも、その場にいなければ知り得ないようなことまで記されていた。

 トワリスはしばらく、静かに報告書を読んでいたが、やがて、目をあげると、胡散臭そうに尋ねた。

「……で、大事な報告書であることには間違いないですが、これは、セントランスの件と何か関係があるんですか?」

「いや? 直接は関係ないよ。ただ、俺かっこいいなぁと思って見返してただけ」

「…………」

 もはや言葉も出ない、といった様子で、トワリスが呆れ顔になる。
無言で書類と手紙を机に戻すと、トワリスは、すっと席を立った。

「もういいです。サミルさんに、直接言いに行きます」

「ちょっと待って。冗談だよ、本気にしないで」

 そのまま執務室を出ていこうとすると、ルーフェンが、間髪入れずに呼び止めてくる。
笑いを噛み殺したような、真剣味のない彼の表情には、反省の色など全く見えない。
それでも、目が合うと手招きをしてきたルーフェンに、大きく嘆息すると、トワリスは再び長椅子に腰を下ろした。

「……で、何の話だっけ?」

「サイさん一人をセントランスに送り込むのは反対だって話です!」

 能天気なルーフェンの問いに、トワリスが、食い気味に答える。
いよいよ殴りかかってきそうなトワリスに、ルーフェンは、ようやく姿勢を正した。

「そんなに怒らないで。まあ、トワの言うことも分かるよ。敵地に単身乗り込むわけだから、身の安全は保証できない。でもそんなことは、いつ攻め込まれるか分からないアーベリトにいたって同じことだろう? なんにせよ、交戦を避けるために、交渉申入の親書は誰かが届けなきゃいけない。俺は、サイくんが適役かなーと思ったけど、トワはそう思わない?」

「それは……」

 意地の悪い聞き方をされて、トワリスは、思わず言い淀んだ。
ここで頷けば、意図せずサイを貶すことになってしまう。
トワリスは、しかめっ面で首を振った。

「……私だって、サイさんが適役だとは思います。サイさんは、すごい魔導師です。訓練生だった頃から、誰よりも頭が良くて……。分厚い魔導書の内容も、一回読んだだけで隅々まで覚えちゃうし、洞察力とか、判断力も的確です。それでいて、傲らないので、皆が彼は才能のある人だって認めていました。でも、だからこそ──……」

 そこまで言って、トワリスは口をつぐんだ。
うっかり、ルーフェンに言うつもりではなかったことまで、こぼしてしまいそうになったからだ。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下 ( No.313 )
日時: 2020/10/13 18:59
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: 8NNPr/ZQ)



 サイがいくら有能でも、敵地に一人で向かうのは危険である。
一人よりは、二人で行った方が生きて帰れる可能性は高まるわけだから、親書を届けるならば、トワリスも同行したい。
この言い分も、確かに本心であった。
だが、トワリスには、それ以上に懸念していることがあったのだ。

 サイは、セントランスが用いた異形の召喚術を暴き、親書を届ける役目を、自ら買って出たと言う。
そうして今、寝食も忘れ、やつれるまで魔導書を読み耽っている。
そこまでする彼の原動力が、アーベリトを想う心ならば良いのだが、なんとなく、トワリスはそう思えなかった。
おそらく、彼を動かしているのは、召喚術という未知への探求心──。
勉強熱心で根気強い、なんて言えば聞こえは良いが、その異様な執着心は、数年前のサイの姿を彷彿とさせるのであった。

 以前にもサイは、死体を継ぎ接いで作られた魔導人形、ラフェリオンを構成する禁忌魔術に魅入られて、同じように魔導書を読み耽っていたことがある。
トワリスは、自分たちが手を出して良いことではないと止めたが、サイは耳を傾けず、それどころか、禁忌魔術は素晴らしい、色々な可能性を秘めているのだと訴えてきた。

 アーベリトでサイと再会してから、約一年。
サイは変わらず優しく、頼りになる同輩で、あれ以来、禁忌魔術に固執しているような姿は、一度も見ていなかった。
故に今回、サイがどういうつもりで、親書を届ける役目を引き受けたのかは分からないし、確かな根拠がない以上、この疑念を、サミルやルーフェンに打ち明ける気はない。
それでもトワリスは、身の内にある不信感を、完全に拭い去ることはできなかった。

 禁忌魔術の次は、召喚術に執着し始めたのではないか、とか、だとすれば、サイを止められる人間が側にいた方が良いのではないか、とか、そんな不安が全て、トワリスの杞憂であったなら、それで良いだろう。
ただ、今でも狂気を孕んだサイの瞳が、ふとした拍子に脳裏によみがえる。
禁忌魔術に魅了されたサイの姿は、トワリスにとって、それだけ衝撃的で、恐ろしかったのだ。

「──だからこそ、嫌な予感がする?」

 ふと、ルーフェンに問われて、トワリスは瞠目した。
まるで、心を見透かされたような質問だったからだ。

 トワリスは、努めて平静を装いながら、口を開いた。

「……心配なんです。セントランスに行くことも、例の術に関して調べることも、一人じゃ荷が重いでしょう。誰かがやらなきゃいけないっていうのは分かりますが、サイさん一人に押し付けるべきじゃありません。人殺しの異形を召喚する術なんて、明らかに危険な魔術じゃないですか。……もし、禁忌魔術だったりしたら、どうするんですか」

 はっきりとした口調で述べて、ルーフェンをまっすぐに見つめる。
あくまでトワリスは、サイの身を案じているだけだと言い張ったつもりであったが、それでルーフェンを欺ける気はしなかった。

 ルーフェンの探るような視線に、思わず肩に力が入る。
顔を背ければ、それこそ心中を見通されてしまいそうだったので、トワリスは、ルーフェンから目をそらさなかった。


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