複雑・ファジー小説

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〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下【完結】
日時: 2022/05/29 21:21
名前: 銀竹 (ID: iqu/zy5k)
参照: https://www.kakiko.cc/novel/novel6/index.cgi?mode=view&no=18825

いつもありがとうございます。
闇の系譜シリーズは、四作目のアルファノル編以降、別サイトに移動しております。
詳しくはアルファノル編のスレにて!
………………

 人々の安寧を願ったサーフェリアの前国王、サミル・レーシアス。
彼の興した旧王都──アーベリトは、わずか七年でその歴史に幕を閉じることとなった。

 後に『アーベリトの死神』と称される、召喚師ルーフェンの思いとは……?

………………

 はじめまして、あるいはこんにちは!銀竹と申します。

 本作は、銀竹による創作小説〜闇の系譜〜の二作目の後編です。
サーフェリア編がかなり長くなりそうだったので、スレを上・下と分けさせて頂く事にしました。
一部残酷な表現などありますので、苦手な方がいらっしゃいましたらご注意下さい。

 今回は、サーフェリア編・上の続編となっております。
サーフェリア編・上の知識がないと通じない部分も出てきてしまうと思いますが、伏線以外は極力分かりやすく補足して、進めていきたいと考えています(上記URLはサーフェリア編・上です)。

〜闇の系譜〜シリーズの順番としては
ミストリア編(上記URLの最後の番号五桁が16085)
サーフェリア編・上(17224)
サーフェリア編・下(19508)
アルファノル編(18825)
ツインテルグ編
となっております。
外伝はどのタイミングでも大丈夫です(16159)。
よろしくお願いいたします!

…………………………

ぜーんぶ一気に読みたい方→ >>1-430

〜目次〜

†登場人物(第三章〜終章)† >>1←随時更新中……。

†用語解説† >>2←随時更新中……。

†第三章†──人と獣の少女

第一話『籠鳥ろうちょう』 >>3-8 >>11-36
第二話『憧憬どうけい』 >>37-64
第三話『進展しんてん』 >>65-98

†第四章†──理に触れる者

第一話『禁忌きんき』 >>99-150 >>153-162
第二話『蹉跌さてつ』 >>163-189 >>192-205
第三話『結実けつじつ』 >>206-234

†第五章†──淋漓たる終焉

第一話『前兆ぜんちょう』 >>235-268 >>270-275
第二話『欺瞞ぎまん』 >>276-331
第三話『永訣えいけつ』 >>332-342
第四話『瓦解がかい』 >>343-381
第五話『隠匿いんとく』 >>382-403

†終章†『黎明れいめい』 >>404-405

†あとがき† >>406

作者の自己満足あとがき >>407-411

……………………

基本的にイラストはTwitterにあげておりますので、もし見たい!って方がいらっしゃいましたらこちらにお願いします。→@icicles_fantasy

……………………


【完結作品】
・〜闇の系譜〜(ミストリア編)《複ファ》
ミストリアの次期召喚師、ファフリの物語。
国を追われ、ミストリアの在り方を目の当たりにした彼女は、何を思い、決断するのか。

・〜闇の系譜〜(サーフェリア編)上《複ファ》
サーフェリアの次期召喚師、ルーフェンを巡る物語。
運命に翻弄されながらも、召喚師としての生に抗い続けた彼の存在は、やがて、サーフェリアの歴史を大きく変えることとなる──。

・〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下《複ファ》
三街による統治体制を敷き、サーフェリアを背負うこととなったサミルとルーフェン。
新たな時代の流れの陰で、揺れ動くものとは──。

【現在の執筆もの】

・〜闇の系譜〜(外伝)《複ファ》
完全に狐の遊び場。〜闇の系譜〜の小話を載せております。

・〜闇の系譜〜(アルファノル編)《複ファ》
ミストリア編後の物語。
闇精霊の統治者、エイリーンとの繋がりを明かし、突如姿を消したルーフェン。
召喚師一族への不信感が一層強まる中、トワリスは、ルーフェンの後を追うことを決意するが……。
憎悪と怨恨に染まった、アルファノル盛衰の真実とは──?

【執筆予定のもの】

・〜闇の系譜〜(ツインテルグ編)《複ファ》
アルファノル編後の物語。
世界の流転を見守るツインテルグの召喚師、グレアフォール。
彼の娘である精霊族のビビは、ある日、サーフェリアから来たという不思議な青年、アーヴィスに出会うが……。




……お客様……

和花。さん
友桃さん
マルキ・ド・サドさん
ヨモツカミさん


【お知らせ】
・ミストリア編が、2014年の冬の大会で次点頂きました!
・サーフェリア編・上が、2016年の夏の大会で銅賞を頂きました!
・2017年8月18日、ミストリア編が完結しました!
・ミストリア編が2017年夏の大会で金賞を頂きました!
・サーフェリア編・上が、2017年冬の大会で次点頂きました!
・2018年2月18日、サーフェリア編・上が完結しました!
・サーフェリア編・下が、2019年夏の大会で銀賞頂きました!
・外伝が、2019年冬の大会で銅賞頂きました!
・サーフェリア編・下が、2020年夏の大会で銀賞頂きました!
・サーフェリア編・下が、2020年冬の大会で金賞頂きました!
いつも応援して下さってる方、ありがとうございます(*^▽^*)

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下 ( No.334 )
日時: 2020/12/10 07:08
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: 8NNPr/ZQ)

 トワリスは、頑なな顔つきになった。

「……謝らないでください。サミルさんの想いは、ちゃんと伝わっていると思います。確かに、理想とは違うのかもしれませんが、その理想を叶えるための糧になろうと、皆、必死に走っているんです。これは、必要な犠牲です。それが分からないほど、私達は子供じゃありません」

「…………」

 そう断言したトワリスを、サミルは、少し驚いたように見つめていた。
ややあって、その目元に皺が寄り、安堵したような表情が浮かぶ。
線の細いかんばせが綻び、細められた薄青の瞳と目が合うと、ふと、サミルも年をとったなと、そんな思いが頭をよぎった。

「……トワリスは、しっかりしていますね。子供扱いをして、すみません。過保護で世話焼きなのは、私の悪い癖なのです。……許してください」

 冗談らしい響きも織り混ぜて、サミルは呟く。
次いで、懐から丁寧に折り畳まれた書簡を取り出すと、サミルは、それをトワリスの前に出した。

「……これは?」

「私の遺書です」

 弾かれたように瞠目し、サミルの顔を見る。
頷いたサミルを、トワリスは、信じられぬものを見るように、じっと凝視していた。

「……う、嘘、ですよね……?」

「……いいえ」

 サミルは、なだめるような声で言った。

「ここには、私の死んだ後の事が書いてあります。どうか、これを預かっておいてくれませんか? ……多分ルーフェンは、今渡しても受け取ってくれないので……」

 サミルの言葉を遮るように、トワリスは、声を荒げた。

「私だって、受け取りたくありません! どうして急に、そんなこと言うんですか? い、遺書って……ずっと、先の話ですよね……?」

 言いながら、遺書を差し出してきたサミルの手を、拒むように掴んで押し返す。
そして、その枯れ枝の如き細さに、トワリスは驚いた。
年を取って、痩せただけではない。
分厚い羽織で隠されていた、病的な細さであった。

「…………」

 不意に、涙の膜が盛り上がる。
サミルの腕を離し、戸惑ったように手を彷徨わせてから、トワリスは尋ねた。

「サミルさん、死んじゃうんですか……?」

 サミルは、困ったように微笑んだ。

「人は、いつか死にますよ。私も、もう六十です。前々から、内腑ないふを患っていたんですが、それが、思ったよりも早くに進行してしまいました」

「……治せないんですか?」

「症状を遅らせることはできます。でも、その場しのぎにしかなりません。……せめて、シュベルテに王位を返還するまでは、生きていなければと思っていたのですが……。皆に、謝らなければなりませんね」

 サミルはそう言って、寒そうに羽織を手繰り寄せた。

 手燭の炎が、揺れている。
サミルの小さな影法師も、床で儚げに揺れている。
穏やかな顔つきで、ひっそりと椅子に座っているサミルを見ていると、途方もない寂しさと切なさが、胸の底から込み上がってきた。

 こぼれ落ちた涙が、ぽつりと頬を伝う。
トワリスは、ごしごしと目を拭った。

「……他の皆は、知っているんですか?」

 サミルは、首を横に振った。

「一部の医術師と、トワリス以外には、まだ知らせていません。私が動けなくなるまでは、伝えないつもりです。……といっても、聡い人は、じきに勘づくでしょうが……」

 言葉を切って、サミルは、トワリスに向き直った。

「……君は、ルーフェンのことを、どう思いますか?」

 唐突な問いかけに、顔をあげる。
すん、と鼻をすすると、トワリスは答えた。

「……ちょっとだらしないけど、優しくて、強い人だと思います」

 サミルは、微苦笑を浮かべた。

「そうですね。でも、立場上そう思われやすいだけで、存外に彼はもろくて、まだまだ子供っぽいところがあります。……君とハインツで、支えてあげてくださいね」

「…………」

 遺書を手に取って、サミルが、再び差し出してくる。
いりません、と答えようとして、トワリスは、ぐっと唇を引き結んだ。

 書庫は冷え冷えとしているのに、濡れた目元だけが、異様に熱く感じる。
トワリスは、呼吸を整えてから、「……はい」と返事をすると、その遺書を、受け取ったのであった。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下 ( No.335 )
日時: 2020/12/11 19:26
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: 8NNPr/ZQ)



 遺書なんてものを渡してきたのに、サミルの城館内での振る舞いは、何も変わらなかった。
朝起きて、国王としての執務にあたり、皆が寝静まった頃になって、ようやく自分も席を立つ。
病のことなど尾首にも出さず、不調な素振りすら見せない。
あまりにもいつもと変わらないから、サミルの死期が近いことに気づく者など、誰一人いないのでないか、とすら思えた。

 それでも確実に、病はサミルの身体を蝕んでいく。
日が経つにつれ、肌が青白くなり、着込むだけでは誤魔化せないほどに痩せて、サミルは、また一回り小さくなった。
やがて、起きていられる時間が短くなっていくと、その頃には、サミルを心配する声も上がるようになっていた。

 事情を知っているトワリスは、自然とサミルの周りにいることが多くなっていたが、国王が罹患りかんした、という話は、意外にも聞かなかった。
目に見えて弱っていくサミルに、そういう噂が立つのも時間の問題かと思っていたが、不思議なほど、サミルの衰弱ぶりに触れる者はいない。
杞憂きゆうであってほしい、嘘であってほしいと、皆が願っていたのだろう。
箝口令かんこうれいを敷いたわけでもないのに、サミルの元に医術師が頻繁に通うようになっても、誰も、何も言わなかった。

 サミルが執務室や謁見の間に出られなくなると、城館仕えの者たちが、代わりに私室を訪れるようになった。
最初は、政務絡みの話をしにくる文官がほとんどであったが、サミルが拒まないのを良いことに、侍従や自警団の者たちが、仕事終わりに世間話をして帰ることも増えていった。
朝から晩まで、ひっきりなしに訪れる人々の話を、サミルは、寝台に腰かけて、頷きながら聞いている。
終いには、城下の顔馴染みたちが、果物を片手に雑談をしに来るようになったので、流石に無遠慮すぎるとトワリスは怒ったが、サミルは、どことなく嬉しそうであった。

 目を周りが落ちくぼみ、あばらが浮いて背が曲がっても、サミルの心持ちだけは、全く変わらなかった。
出来ないことが増えて、度々申し訳なさそうに謝ることはあったが、それでもサミルは、ようやく出来た長い休暇でも楽しむかのように、ゆったりと、穏やかな時を過ごしている。
近づいてくる死の足音に、悲嘆するでもなく、怯えるでもない──。
サミルはただ、その音に耳を澄ませて、静かにその瞬間ときを待っている。
トワリスから見た今のサミルは、むしろ、とても幸せそうで、きっと彼は、全てを受け入れているのだろうと思った。
 
 人々がサミルを訪ねるようになってから、半月ほど経ったが、ルーフェンだけは、一向に顔を出さなかった。
セントランスでの一件があってから、彼は、一人で調べものをしたり、執務室に引きこもっていることが増えた。
これまでも、何か気になることが出来ると、ルーフェンは一人でふけることが多かったので、今回もそうなのだろう。
しかし、いくら調べたいことがあるからといっても、病床につくサミルを放置するなんて、彼らしくない。

 何気ない風を装って、トワリスが「最近ルーフェンさんを見ませんね」と言うと、サミルは、「彼にはまだ、病のことを伝えてませんからね」と苦笑混じりに答えた。
確かに、サミルの身体のことは、まだ一部の人間にしか知らせていない。
しかし、もう大体の者は勘づいていたし、ハインツですら、なんとなく察しがついている様子であった。
この状況で、あのルーフェンだけが気づいていないなんて、そんなはずはないだろう。

 病のことを、周囲にどう打ち明けたら良いのかは、サミル自身も、まだ迷っているようであった。
故に、トワリスも黙っていたが、ふと、それで良いのかと、焦燥感に駆られることもあった。
ルーフェンが、一体どういうつもりで会いに来ないのかは分からない。
けれど、もしこのままサミルが死んだら、ルーフェンはきっと後悔するだろう。
大切な人の最期が分かっているのに、ろくに顔も見せず、会話することも出来ないままなんて、これほど悲しいことはない。
そう思うと、ただ沈黙していることが、正しいとは思えなくなっていた。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下 ( No.336 )
日時: 2020/12/12 19:52
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: 8NNPr/ZQ)



 日没が早くなると、一層冷え込む黄昏たそがれ時には、人々は家路を急ぐ。
人気のない、裏手の庭に佇む大木の近くで、ルーフェンは、冬枯れの落葉と共にいた。

「ルーフェンさん」

 やっと見つけた、とため息混じりにぼやけば、歩み寄ってきたトワリスを見て、ルーフェンが眉をあげる。
隣に立って、同じように木に寄りかかると、トワリスは、ふうと白い息を吐いた。

「書庫にも、執務室にもいないので、屋敷中を探し回りましたよ。忙しい時に、仕事さぼらないでください」

 厳しい声で言うと、ルーフェンは、くすくす笑った。

「さぼってないよ。ちょっと休憩してただけ。……こんなところまで来て、何かあった?」

「……ルーフェンさんこそ、何かあったんですか?」

 問い返すと、ルーフェンが口を閉じる。
何を考えているのか、ぼんやりと裸の樹枝じゅしを見上げて、彼は、呟くように言った。

「……なんにも。ただ、考え事をしてただけだよ」

「……考え事?」

「うん。……セントランスのこととか、あとは……サミルさんのこととか」

 わざとらしい口調で言うと、ルーフェンは、トワリスに視線を投げ掛けた。
トワリスが、サミルのことを伝えに来たことは、なんとなく分かっていたのだろう。
トワリスが眉を寄せると、ルーフェンは、事も無げに尋ねた。

「サミルさんのこと、どこまで知ってるの?」

 トワリスは、わざとぶっきらぼうに答えた。

「……全部知ってます。ご本人から、直接聞いたので」

「……そう」

 ルーフェンは、案外すんなりと返事をした。

「……ルーフェンさん、やっぱり気づいてたんですね」

 トワリスが言うと、ルーフェンは、肩をすくめた。

「そりゃあ、気づくよ。サミルさん、見る度に縮んでるんだもん。もう、俺の胸あたりまでしかないんじゃないかなぁ。……昔は、俺の方が見上げてたのに」

 ふざけた調子で言って、それでも、懐かしそうに目を細めると、ルーフェンは、再び樹枝を見上げる。
この分だと、もしかしたら、トワリスが知るよりも前に勘づいていたのかもしれない。
トワリスは、睨むようにルーフェンを見た。

「分かってるのに、どうして顔を出さないんですか? サミルさん、多分寂しがってますよ」

「…………」

 薄暗い視界の先で、緋色に光るルーフェンの耳飾りが、ちらりと揺れる。
ルーフェンは、束の間沈黙していたが、少し間を置くと、トワリスのほうを見ないまま答えた。

「俺は、サミルさんから何も知らされてないから……しばらくは、気づいていない振りをしていたほうがいいのかと思って。大体、会いに行ったところで、意味はないだろう。会って話せば、身体が良くなるわけじゃない。……サミルさんのことは助けたいけど、治る見込みのない病気が原因だなんて言われたら、俺だって、どうしようもないよ」

「意味はない、って……」

 トワリスは、思わず顔をしかめた。
意味はないだなんて、本気で言っているのだろうか。
この期に及んでふざけているなら、笑えない冗談である。

 トワリスは、ルーフェンに詰め寄った。

「なんでそんなこと言うんですか。確かに、病状が改善することはないかもしれませんが、意味がないなんて言わないで下さい。ルーフェンさんだって、サミルさんに伝えておきたいこととか、話したいこととか、沢山あるでしょう」

「…………」

 ルーフェンは、何も言わなかった。
ただ、少し戸惑ったような表情になると、開きかけた口を閉じ、そして、小さく首を振った。

「……そんなの、分かんないよ。こういう時って、どうすればいい?」

 わずかに声の調子を落としてから、ルーフェンは、眉を下げて微笑む。
その様子を見て、今度は、トワリスが戸惑う番であった。
ルーフェンは、冗談を言っているわけではない。
本当に、どうすれば良いのか分からず、途方にくれていたのだ。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下 ( No.337 )
日時: 2020/12/13 23:30
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: 8NNPr/ZQ)



 トワリスは、目を見開いた。

(そうか、ルーフェンさんは……)

 アーベリトが王都になってから、ずっと、サミルを守ってきた人だ。
召喚師として、多くの死に触れてきたはずだが、一方で、自分が心から慕う人の死には、触れたことがなかったのかもしれない。

 ルーフェンが、シュベルテの王宮で暮らしていた時のことを、トワリスはほとんど知らない。
けれど、シルヴィアとの関係を見る限り、本当の親兄弟とは、疎遠だったのだろう。
おそらく、サミルだけなのだ。ルーフェンとって、親類と呼べるものは。

 何を犠牲にしても、どんな手段に手を出しても、アーベリトと、その主であるサミルのことだけは、大切に守ってきた人。
しかし今、抗う術のないものが、そのサミルの命を蝕んでいる。
一見分かりづらいが、これでもルーフェンは、本気で動揺して、一人で悩んでいたのかもしれない。

 トワリスは、発言に迷った様子で口ごもったが、逡巡の末、ルーフェンに一歩近づいた。

「どうすれば良いのか、正解は分かりませんが……。私は、母が死んだと知ったとき、もっと傍で話したかったなぁと思いました。きっと、母もそうだったんじゃないかと思います。……だから、ルーフェンさんも傍に行って、話せばいいと思います」

「…………」

 肩口が、ルーフェンの腕に軽く触れる。
一体いつから、彼は外に出ていたのだろう。
服越しでも分かるほど、ルーフェンの身体は、冷えきっていた。

 ルーフェンは、再度首を振った。

「それは、血の繋がった家族の話だろう。……俺は、サミルさんの実子ってわけじゃない」

 ぽつりと、平坦な声で呟く。
その顔を、横から覗き込んだ時。
サミルが、ルーフェンのことを“存外にもろくて、まだまだ子供っぽいところがある”と称していた意味が、なんとなく分かったような気がした。
声音こそ落ち着いているものの、彼の表情には、いじけたような色が浮かんでいたのだ。
普段の綽々しゃくしゃくとした態度からは、まるで想像がつかない姿である。

 昔、トワリスがまだ孤児として、レーシアス邸に住んでいた頃。
ロンダートや、当時屋敷の家政婦をしていたミュゼが、ルーフェンのことを「私達とは住んでる世界が違う」と称賛していたことがあった。
彼らは良い意味で言ったのだろうし、立場の違い故にそう表現してしまう気持ちも分かるのだが、トワリスは、なんとなくその言い方に違和感を覚えていた。

 ルーフェンは、確かに隙のない印象があるが、それでも、同じ人間である。
取り繕うのが上手いだけで、時には、世間が望む『召喚師様』でいられないこともあるだろう。
辛いことや、苦しいことがあれば、落ち込むこともあるだろうし、いつも見せている腹立たしいくらいの余裕が、保てない時だってあるはずだ。

 トワリスは、ルーフェンの強い面ばかりを見てきた。
というより、“その面”ばかりを見せられてきた。
ルーフェンは、きっとそういう人なのだ。
特殊な立場に生まれたが故に、虚勢を張ることに、慣れてしまっている。
人より多くのものを持っている代わりに、普通は持っているものを手放してしまったような──そんな、孤独な人なのだ。
サミルが言っていたのは、きっと、こういう意味なのだろう。

 トワリスは、呆れたように嘆息した。

「意外と細かいことを気にするんですね。家族なんて、そもそも血の繋がりがないところから生まれるわけじゃないですか。……というか、そういう話をしてるんじゃありませんよ。実子だとか、実子じゃないとか、そんなこと、今はどうだっていいでしょう」

 ルーフェンの瞳が、はっきりとトワリスを映す。
しかし、すぐに目を伏せると、ルーフェンは返した。

「……それはまあ、そうだけど」

 尚も煮え切らないルーフェンの態度に、トワリスが眉をひそめる。
そのまま、じっとルーフェンを睨んでいたが、しばらくして、やれやれと吐息をつくと、トワリスは、穏やかな口調で言った。

「少なくとも、サミルさんはそんなこと、気にしないと思います。……それは、ルーフェンさんが一番よく知ってるんじゃないですか?」

「…………」

 伏せられていたルーフェンの目が、微かに動く。
少しの間を空けて、目を閉じると、ルーフェンは「そうだね」と呟いたのであった。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下 ( No.338 )
日時: 2020/12/15 11:19
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: 8NNPr/ZQ)




「……兄さん?」

 不意にそう呼ばれて、ルーフェンは、窓掛けを閉じようとした手を止めた。
静かな夜。暖炉の炎以外、光源のない薄暗い部屋で、寝台に横たわったサミルが、ぼんやりとこちらを見ている。
半分寝ぼけているのだろう。
微睡みから覚めたばかりの目は、ルーフェンの姿を、はっきりと認識できていないようであった。

「……起こしちゃいましたか。すみません、ちょっと様子を見に来ただけなんですが」

 言いながら、寝台に腰かけると、ルーフェンは、サミルの額に触れた。
薬を飲むようになってから、頻繁に熱を出すようになったと聞いていたが、今のサミルの体温は、それほど高くないように思える。
あるいは、先程まで暖炉の前にいたので、ルーフェンの手が熱くなっているのかもしれなかった。

 ようやくルーフェンだと分かったのか、細まっていた目が開いて、その瞳に光が映った。
ゆっくりとした所作で羽織を手繰り寄せ、上体を起こす。
寝台に座って、ルーフェンに向き直ると、サミルは、目尻に皺を寄せて破顔した。

「ルーフェン。なんだか、久しぶりですね」

「……はい。……すみません」

 罰が悪そうに目をそらすと、サミルは、ふふっと笑った。
ルーフェンの考えていることは、なんとなく察しがついていたのだろう。
それ以上は触れずに、窓のほうに視線をやると、サミルは、ほうっと吐息を溢した。

「……ああ、今日は冷えると思ったら、雪が降っていたんですね」

 窓の縁にうっすらと積もった、仄白い雪を見つめる。
立ち上がって、先程閉め損ねた窓掛けを今度こそ引くと、ルーフェンは答えた。

「ついさっき、降り始めたんですよ。明日は一日、止まないかもしれませんね」

 サミルは、ふふっと笑った。

「そうですか……積もるといいですね」

「ええ? 寒いし、雪掻きが面倒ですよ」

「でも、孤児院の子供たちが喜びますよ。積もった翌日は、皆で飛び出して、雪合戦するのがお決まりでしょう」

 怪訝そうに眉を寄せたルーフェンをみて、サミルは、楽しそうに言った。
確かに、雪が積もると、子供たちは異様な盛り上がりを見せて、我先にと部屋を飛び出していく。
王座についてからは、ほとんど顔を出さなくなったが、昔は、ルーフェンがアーベリトに忍んで行くと、雪にまみれて鼻頭を真っ赤にした孤児たちが、きゃあきゃあと騒ぎながら、サミルにまとわりついていたものだ。

 目を伏せると、サミルは、独り言のように言った。

「懐かしいですね……。孤児院を出た子達は、皆、どうしているでしょうか」

「…………」

 暖炉の炎がぱちっと弾けて、薪が音を立てる。
ルーフェンは、手をかざして炎を強めると、少し間を置いてから、淡々と返事をした。

「……気になるなら、手紙でも出してみたらいいんじゃないですか。アーベリトに残ってる人も、それなりにいるだろうし、もしかしたら、城館まで会いに来るかもしれませんよ」

 サミルは、困ったように眉を下げた。

「そうですね。……でも、最近手の痺れが取れなくて……もう、字が書けないんです」

「じゃあ、俺が代筆しますよ」

「ふふ、嫌ですよ。手紙の内容を、君に伝えて書いてもらうなんて、なんだか恥ずかしいです」

「…………」

 ルーフェンが肩をすくめると、サミルは、いたずらっぽく笑った。
次いで、どこか遠くを見るような目になると、サミルは続けた。

「いいんですよ。……皆、賢い子達でしたから、きっとどこかで、元気に暮らしているでしょう。若い内の時間は貴重ですから、私のような老いぼれに会うために、時間を割く必要はありません。顔が見れなくても、幸せに生きてくれているなら……私は、それで十分なんです」

 そう言ったサミルの言葉に、卑屈な響きは感じられない。
ルーフェンが、「そんなものなんですか」と尋ねると、サミルは朗らかに微笑んで、「君もいつか、分かりますよ」と、そう答えた。


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