複雑・ファジー小説
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- 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下【完結】
- 日時: 2022/05/29 21:21
- 名前: 銀竹 (ID: iqu/zy5k)
- 参照: https://www.kakiko.cc/novel/novel6/index.cgi?mode=view&no=18825
いつもありがとうございます。
闇の系譜シリーズは、四作目のアルファノル編以降、別サイトに移動しております。
詳しくはアルファノル編のスレにて!
………………
人々の安寧を願ったサーフェリアの前国王、サミル・レーシアス。
彼の興した旧王都──アーベリトは、わずか七年でその歴史に幕を閉じることとなった。
後に『アーベリトの死神』と称される、召喚師ルーフェンの思いとは……?
………………
はじめまして、あるいはこんにちは!銀竹と申します。
本作は、銀竹による創作小説〜闇の系譜〜の二作目の後編です。
サーフェリア編がかなり長くなりそうだったので、スレを上・下と分けさせて頂く事にしました。
一部残酷な表現などありますので、苦手な方がいらっしゃいましたらご注意下さい。
今回は、サーフェリア編・上の続編となっております。
サーフェリア編・上の知識がないと通じない部分も出てきてしまうと思いますが、伏線以外は極力分かりやすく補足して、進めていきたいと考えています(上記URLはサーフェリア編・上です)。
〜闇の系譜〜シリーズの順番としては
ミストリア編(上記URLの最後の番号五桁が16085)
サーフェリア編・上(17224)
サーフェリア編・下(19508)
アルファノル編(18825)
ツインテルグ編
となっております。
外伝はどのタイミングでも大丈夫です(16159)。
よろしくお願いいたします!
…………………………
ぜーんぶ一気に読みたい方→ >>1-430
〜目次〜
†登場人物(第三章〜終章)† >>1←随時更新中……。
†用語解説† >>2←随時更新中……。
†第三章†──人と獣の少女
第一話『籠鳥』 >>3-8 >>11-36
第二話『憧憬』 >>37-64
第三話『進展』 >>65-98
†第四章†──理に触れる者
第一話『禁忌』 >>99-150 >>153-162
第二話『蹉跌』 >>163-189 >>192-205
第三話『結実』 >>206-234
†第五章†──淋漓たる終焉
第一話『前兆』 >>235-268 >>270-275
第二話『欺瞞』 >>276-331
第三話『永訣』 >>332-342
第四話『瓦解』 >>343-381
第五話『隠匿』 >>382-403
†終章†『黎明』 >>404-405
†あとがき† >>406
作者の自己満足あとがき >>407-411
……………………
基本的にイラストはTwitterにあげておりますので、もし見たい!って方がいらっしゃいましたらこちらにお願いします。→@icicles_fantasy
……………………
【完結作品】
・〜闇の系譜〜(ミストリア編)《複ファ》
ミストリアの次期召喚師、ファフリの物語。
国を追われ、ミストリアの在り方を目の当たりにした彼女は、何を思い、決断するのか。
・〜闇の系譜〜(サーフェリア編)上《複ファ》
サーフェリアの次期召喚師、ルーフェンを巡る物語。
運命に翻弄されながらも、召喚師としての生に抗い続けた彼の存在は、やがて、サーフェリアの歴史を大きく変えることとなる──。
・〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下《複ファ》
三街による統治体制を敷き、サーフェリアを背負うこととなったサミルとルーフェン。
新たな時代の流れの陰で、揺れ動くものとは──。
【現在の執筆もの】
・〜闇の系譜〜(外伝)《複ファ》
完全に狐の遊び場。〜闇の系譜〜の小話を載せております。
・〜闇の系譜〜(アルファノル編)《複ファ》
ミストリア編後の物語。
闇精霊の統治者、エイリーンとの繋がりを明かし、突如姿を消したルーフェン。
召喚師一族への不信感が一層強まる中、トワリスは、ルーフェンの後を追うことを決意するが……。
憎悪と怨恨に染まった、アルファノル盛衰の真実とは──?
【執筆予定のもの】
・〜闇の系譜〜(ツインテルグ編)《複ファ》
アルファノル編後の物語。
世界の流転を見守るツインテルグの召喚師、グレアフォール。
彼の娘である精霊族のビビは、ある日、サーフェリアから来たという不思議な青年、アーヴィスに出会うが……。
……お客様……
和花。さん
友桃さん
マルキ・ド・サドさん
ヨモツカミさん
【お知らせ】
・ミストリア編が、2014年の冬の大会で次点頂きました!
・サーフェリア編・上が、2016年の夏の大会で銅賞を頂きました!
・2017年8月18日、ミストリア編が完結しました!
・ミストリア編が2017年夏の大会で金賞を頂きました!
・サーフェリア編・上が、2017年冬の大会で次点頂きました!
・2018年2月18日、サーフェリア編・上が完結しました!
・サーフェリア編・下が、2019年夏の大会で銀賞頂きました!
・外伝が、2019年冬の大会で銅賞頂きました!
・サーフェリア編・下が、2020年夏の大会で銀賞頂きました!
・サーフェリア編・下が、2020年冬の大会で金賞頂きました!
いつも応援して下さってる方、ありがとうございます(*^▽^*)
- Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下 ( No.244 )
- 日時: 2020/04/25 18:58
- 名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: 8NNPr/ZQ)
不意に肩を叩かれて、トワリスは振り返った。
色黒の男が、満面の笑みで立っている。
作業着姿からして、大工衆の者だろう。
五人で集まって、先程まで豪快に笑いながら食事をしていた客の一人であった。
「話の途中に邪魔をしてごめんよ。聞こえてきちまったんだが……君、トワリスちゃんなんだよな?」
「……はい、そうですが」
返事はしたものの、見覚えのない男の顔に、トワリスは目を瞬かせた。
関わりがあっただろうかと、記憶を巡らせてみるが、やはり思い出せない。
黙っていると、リリアナが首を傾げた。
「ラッカさん、トワリスと知り合いだったの?」
尋ねられると、ラッカと呼ばれた男は、白い歯を見せて笑った。
次いで、突然トワリスの肩に腕を回すと、ラッカはそのまま、自分が座っていた席の方へと、身体の向きを変えた。
「……な、なんですか?」
「まーまー、感動の再会なんだし、付き合ってくれよ。リリアナちゃん、ちょっと借りるよ」
「え、ええ。それは構わないけど……」
状況が読めないリリアナの承諾を得て、ラッカは、トワリスを誘導した。
ラッカと同じ、大工衆らしき男たちがつく食卓に連れていかれ、示されるまま、席の一つに腰を下ろす。
抵抗しようとも思ったが、リリアナの知り合いの客のようだし、感動の再会と言うからには、トワリスとこの男は、過去に会ったことがあるのだろう。
自分が単純に、忘れているだけかもしれないと思うと、拒否しづらかった。
男たちは、トワリスの前に、自分達が食べていた料理やら、酒やらを適当に取り分けて並べると、嬉しそうに口を開いた。
「いやぁ、まさかとは思ってたけど、こんなところで会うとはなぁ」
「その耳がなきゃ、分からなかったよ。会ったのって、何年前だっけ?」
微笑ましそうに言いながら、男の一人が、トワリスの頭をがしがしと掻き回すように撫でた。
五人全員の顔を、一人一人見つめてみたが、どうしても接点が思い出せない。
トワリスが戸惑っていることに、ラッカが気づいたのだろう。
顔を覗きこんで、ラッカはにやにや笑った。
「覚えてないかい? ひどいなぁ、俺たち、トワリスちゃんの命の恩人なのに」
「そりゃお前、俺らトワリスちゃんの前では名乗ってないだろう。忘れられてたって仕方ないさ、なあ?」
同意を求められて、トワリスは、いよいよ眉を寄せた。
命の恩人、という言葉が事実ならば、よほど深い関わりがあったに違いないが、そんな相手を、ここまで綺麗さっぱり忘れることなんてあるだろうか。
今までアーベリトで関わった全ての人間を覚えているかというと、流石に自信はないが、それにしたって、男たちの顔にも、ラッカという名前にも、全く記憶がない。
(ていうか、そもそも大工衆の知り合いなんて、私にはいないし……ん?)
その瞬間、トワリスは、あっと声をあげて、ラッカの方に振り向いた。
「あ、あの! もしかして、私が拾われたときの……?」
「おおーっ! そうそう! 思い出したか!」
男たちは、どっと一斉に笑い出したかと思うと、盛り上げるように拍手をした。
トワリスはかつて、絵師の元から逃げ出した際に、強風による空き家の倒壊に巻き込まれ、気絶していたところを、通りがかったルーフェンと大工衆に助けられた。
その時の大工たちこそが、ラッカたちだったのである。
あの時のトワリスは、意識が朦朧としていたし、ルーフェンに眠らされてすぐ、レーシアス邸に送られたから、その場にいた大工衆のことなんて、名前は勿論知らないし、顔も見ていたかどうか怪しいところだ。
これで思い出せと言う方が無理な話で、ラッカたちはそれを分かっていて、トワリスをからかったのだろう。
- Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下 ( No.245 )
- 日時: 2020/04/28 18:50
- 名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: 8NNPr/ZQ)
男たちがあまりに豪快に笑うので、つられてトワリスも笑むと、ラッカは満足げに唸った。
「俺たちも、驚いたんだぜ。昼食とってたら、リリアナちゃんと連れの会話に、トワリスって聞こえてきてさ。名前は召喚師様から聞いたことあっただけだったし、何せもう何年も前のことだから、気のせいかとも思ったんだけどよ。その耳を見て、絶対あの時の女の子だ! って確信したわけ」
トワリスは、面映ゆそうに眉を下げた。
「その節は、お世話になりました。一時期、アーベリトから離れていたんですけど、お陰様でまた戻ってきました。私もまさか、リリアナのお店でこんな再会を果たすなんて、思ってもなかったです」
男の一人が、口を開いた。
「俺たち、前までは職場が近かったから、ここの常連だったんだけどさ。最近はほら、市民街とリラの森の境に、擁壁(ようへき)があるだろう? そこの切り崩しに駆り出されてたから、なかなか来る機会がなくてな。今日はたまたま早上がりしたから、久々に行くかって話になって、リリアナちゃんに会いに来たんだけどよ。そうしたら、トワリスちゃんの顔まで見られたから、偶然って言うには出来すぎてるくらいだよなぁ」
他の男たちも同調するように頷いて、再び笑いが起こる。
トワリスは、話を聞きながら、感心したように息を吐いた。
「なるほど……アーベリトにはどんどん人が流れ込んできてるみたいですし、建設業の方々は大変ですよね。切り崩しってことは、もしかして、リラの森まで市街地を広げるんですか?」
ラッカが、こくりと頷いた。
「ああ、その予定らしいぜ。まあ、おかげで食うには困らなくなったよ」
「もうちょい同業が増えてくれると、有り難いんだがなぁ。俺たちだけじゃあ、どうにも手が回らん」
大袈裟な身振り手振りで言いながら、男の一人が、首をこきこきと鳴らす。
トワリスは、面食らったように眉をあげると、男たちを見回した。
「手が回らんって、まさか、ラッカさんたちだけで請け負ってるんですか?」
果実酒を呷って、ラッカが否定した。
「俺たちだけって、この五人ってことか? あはは、流石にそれはないさ」
言葉を継いで、別の男が言う。
「確かに、仕事量の割には人数少ないけど、大規模な工事をやろうって時には、リオット族なんかが力を貸してくれるよ。トワリスちゃんもほら、そこのあんちゃんを見りゃあ分かるだろ? リオット族ってのは、たくましい奴ばっかりで、馬や牛なんかよりもよっぽど力がある。今は採掘の方を手伝いに、南のガラムの方に行っちまったらしいだけど、あいつらのおかげで、擁壁の解体も、ほとんど終わってんだ。俺たちがやらないといけないのは、残りの後片付けと、測量だな」
「馬鹿、それが大変なんだろうが。あーあ、明日からまた一日中仕事かぁ。せめて帰ったときに、美味しい手料理を振る舞ってくれるかみさんでもいたらなぁ」
ぼやく若い男を叩いて、周囲の大工衆たちは、考えたくないからそれ以上は言うなと、ふざけた口調で叱責した。
そろって突っ込みを入れる仕草や、茶化すような空気から、切迫した雰囲気は感じなかったが、大変なのは本当なのだろう。
考えたくないと言いつつも、それからしばらく、男たちは愚痴をこぼし合いながら、酒をちびちびと舐めていた。
- Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下 ( No.246 )
- 日時: 2020/04/30 18:48
- 名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: 8NNPr/ZQ)
シュベルテなどの大都市では、建設業などの危険が伴う業務には、基本的に魔導師が介入する。
特に大規模な建設に乗り出す場合は、人力より魔術で資材の運搬などを行った方が、圧倒的に効率が良く、安全に済ませられるからだ。
とはいえ、重量のある石材や木材を移動させるには、膨大な魔力が必要になるため、一口に介入するといっても、大人数の魔導師が必要になってしまう。
それに、魔導師が立ち入ったからといって、建設業における専門家が、職人階級の者たちであることに変わりはないし、そもそも、それだけ多くの魔導師を保有している都市など、シュベルテとセントランスくらいなものだ。
地方では多くが人力、ないしは牛馬に頼って作業を進めているし、それを思えば、リオット族の力が借りられるアーベリトは、まだ負担の軽い方だと言えるのかもしれない。
しかし、そんなアーベリトに魔導師として着任することになったトワリスとしては、地方都市と並べられる王都の現状を、看過するわけにはいかないのであった。
ひとしきり話し終えた男たちに、トワリスは、ふと唇を開いた。
「あの……確約はできませんが、よかったら、お手伝いしましょうか」
男たちの視線が、トワリスに集中する。
トワリスは、はきはきとした口調で続けた。
「新参なので、進捗具合など詳しく把握できていなくて申し訳ないのですが、居住区の拡大目的ということであれば、その仕事は勅令(ちょくれい)で行っていることですよね。だったら、上は手を貸す義務があります。擁壁の解体は終わったとのことなので、リオット族を呼び戻す必要はないと思いますが、その他の作業も、大工衆の方々への負担が大きいようなら、こちらでお手伝いしたほうが能率も上がります。アーベリトも魔導師が一切いないというわけじゃないですし、もし召喚師様から許可が頂ければ、私もお力になれるかもしれません」
魔導師らしいことを格好良く言ってのけたつもりであったが、男たちの反応は、いまいちであった。
ぽかんとした表情で互いに顔を見合せ、再びトワリスの方を見ると、ラッカが突然、ぶっと吹き出した。
「なんだよ、一丁前なこと言うようになりやがって! ついこの間まで、野猿みたいだったくせに!」
ラッカの発言を皮切りに、他の男たちも、げらげらと笑い出す。
酒が入っているせいもあるかもしれないが、乱暴に頭を撫でられて、トワリスはむっと眉を寄せた。
「真面目な話をしたのに、からかわないで下さいよ」
「悪い悪い、なんてったって、天下の魔導師様だもんなぁ」
「そうだぞ、猿なんて言ったら失礼だろう」
何がそんなに面白いのか、軽口を叩きながら、男たちは顔を赤くして笑い続けている。
魔導師様、魔導師様と囃し立てるその口調は、明らかに子供をあやすときのそれだ。
確かに、ラッカたちからすれば、トワリスは凶暴で世間知らずな子供という印象が強いのかもしれない。
しかし、魔導師になったのは事実なのだから、少しぐらいは、今の姿に目を向けてくれても良いだろう。
トワリスはつかの間、無言でラッカたちのことを睨んでいたが、それでも、彼らの勢いは止まらないと悟ると、やれやれと肩を落とした。
酔っぱらいを相手に拗ねたところで、明日にはけろっと忘れられていそうだし、この程度で刺々しく口を出して、彼らの陽気な食事会に水を差すのは忍びない。
トワリスは元々、酒を飲んで騒ぐような場は得意ではなかったが、無駄なようで大切なこの穏やかな時間が、いつまでも続けばいいのにと願う気持ちも、胸の奥にあった。
ひとまず、擁壁解体の件は後日ルーフェンに相談すると口約束だけして、トワリスは、その場を後にした。
思いがけない再会に長居してしまったが、元々トワリスは、リリアナに居候の相談をしにやって来たのだ。
一緒に住めることにはなったが、荷物などはダナたちに預けたままだし、それらを運び込むことも考えると、日暮れ前には一度、城館に戻らなければならないだろう。
リリアナとハインツがいる食卓を見ると、二人は、向かい合った状態で、無言で俯いていた。
寡黙なハインツ相手でも、よく喋るリリアナのことだから、話題には事欠かないだろうと思っていたのだが、なにやら二人の間には、気まずい空気が流れている。
流石に初対面の二人を置いていくのはまずかったかと、慌てて戻ろうとすると、その前に、リリアナがトワリスの方に車椅子の向きを変えた。
慣れた手付きで車輪を動かし、彼女にしては珍しい無表情で、こちらに近づいてくる。
リリアナは、困惑するトワリスを連れて、店の隅に移動すると、警戒したように一度周囲を見回してから、そっと耳打ちをした。
「お、お、王子様だわ……」
「…………は?」
あのリリアナが、真顔で耳打ちなどしてくるものだから、一体何を言われるのだろうと身構えていたトワリスであったが、彼女の口から飛び出してきた言葉は、よく理解できないものであった。
聞き間違いかと思い、問い返すと、リリアナはもっと屈めと言わんばかりに、トワリスの袖を引っ張ってくる。
膝をついて目線を合わせると、座るハインツの方をちらちらと見ながら、リリアナは再び囁いた。
- Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下 ( No.247 )
- 日時: 2020/05/03 20:32
- 名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: 8NNPr/ZQ)
「王子様よ……私、王子様と出会ったの。これが恋、運命の出会いってやつなのね……」
「…………」
うっとりとした顔つきになったリリアナに、トワリスは、つかの間何も返せなかった。
はっきりと何を言っているのか聞こえたし、やはり聞き間違いではなさそうなのだが、リリアナの発言の意味が、さっぱり分からない。
逡巡の末、額に片手をあてると、トワリスはようやく口を開いた。
「……え、なに? 王子様って、何の話?」
本当のところ、なんとなく検討はついていたのだが、聞かずにはいられなかった。
リリアナが、もじもじと指先を動かしながら答える。
「トワリスとラッカさんたちが話してる間、折角だからと思って、ハインツさんに、苺のタルトを出したの。うちの新作でね、とっても美味しいのよ」
「う、うん……」
「そのタルト、結構大きいの。私なんか、半分でお腹一杯になっちゃうくらいなんだけど……。ハインツさんったら、五つも食べちゃって……」
「……うん」
「でね、その間、何も言わないから、食べ終わった後に、味はどうでしたかって聞いたの。そしたら、『美味しいね』って、小声で一言……」
「…………」
きゃっと短く声をあげて、頬を染めたリリアナが、恥ずかしげに両手で顔を覆う。
まるで絵に描いたような恋する乙女の反応に、トワリスは、唖然とするしかなかった。
振り返って食卓を見ると、確かにハインツの前には、空になった平皿が五枚、積み重ねられていた。
しかし、美味しいと感想を述べた割に、ハインツの顔色は悪く、店に来たときよりも、震えがひどくなっている気がした。
前後のやり取りを聞いていないので、断言は出来ないが、察するに、リリアナがタルトをどんどん持ってくるので、ハインツは断れなかったのではなかろうか。
リリアナは実際料理上手だし、店で出しているくらいだから、タルトが美味しいのは事実なのだろう。
だが、どんな大食漢でも、甘いものを大量に食べたら、普通は気分が悪くなる。
美味しくてうっかり沢山食べてしまっただけなら良いが、今のハインツは、無理にタルトを掻きこんだ結果、具合が悪くなっているようにしか見えなかった。
リリアナは顔をあげると、緑の瞳を輝かせながら言った。
「美味しいね、って……そう言ったのよ。あんなに強そうな見た目で、うまい、とか、いける、とかじゃなく、美味しいねって……。しかも、ちょっと吃(ども)りながら! きっと奥ゆかしい方なんだわ。ハインツさん、素敵……!」
目を開けたまま、今にも夢の世界に旅立ってしまいそうなリリアナに、トワリスは、内心頭を抱えた。
一度思考が暴走し始めた彼女を、容易に止めることができないのは、過去に一緒に暮らした経験から、トワリスもよく分かっている。
勿論、本気でリリアナが恋をしたというならば、何も言わずに応援してやるのが、親友としての勤めだろう。
だが、ここまでの道中で分かった通り、ハインツは尋常でない人見知りで、見た目に反して内気な性格のようだ。
トワリスとて、知り合ったばかりでこんなことを言い切るのは気が引けるが、ハインツには、絶対に恋愛なんて早い。
そんな彼に、暴走したリリアナが強引に迫れば、きっと事態はこじれまくるだろう。
そして、その面倒な恋路に巻き込まれるのは、おそらくトワリスなのだ。
一つ咳払いをすると、トワリスは、何事もなかったかのように立ち上がった。
「……まあ、頑張って。それじゃあ私達は、城館に戻るから──」
「待って!」
叫んだリリアナが、すかさずトワリスの腕を掴む。
獣人混じりでも振りほどけない、凄まじい力で引き留められて、トワリスはたじろいだ。
「ちょっ、離して! 荷物が城館に置きっぱなしなんだって」
「そんなの、後で取りに行けばいいじゃない。お願い、協力して! このまま帰ったら、私とハインツさん、今後接点がなくなっちゃうわ!」
リリアナの懇願に、トワリスは、渋々抵抗をやめた。
このまま二人で騒いでいたら、再び客たちの注目を集めかねない。
周囲の視線を気にしながら、トワリスは再度屈むと、小声で答えた。
「協力ったって、何をすればいいのさ。大体、ハインツとはさっき会ったばかりだろ。それなのに、す、好きだとか、恋だとかって……」
リリアナは、むっと眉を寄せると、トワリスの両頬を手で挟んだ。
「恋に時間は関係ないのよ! まず、ハインツさんにまたお店に来てくれるよう、それとなくお願いしてほしいの。あと、ハインツさんの好きな食べ物とか、趣味とか、色々知ってることを教えてちょうだい!」
トワリスは、苦々しい表情になった。
「そんなの、自分で聞けばいいだろ……。教えてって言われても、何も知らないし。私もハインツとは、今日会ったばっかりなんだってば。知ってることといえば、十四歳のリオット族で、召喚師様付きの魔導師ってことくらいで……」
「十四歳!? まあ……年下だったの。じゃあハインツさんじゃなくて、ハインツくんね」
嬉々として情報を紙に書き出そうとするリリアナに、トワリスは、密かにため息をついた。
「いや、そうじゃなくて……。十四歳だよ?」
「うん? ええ、そうね。ハインツくんが二十歳になったら、私、二十三歳ね!」
「…………」
そう言われると、確かに大した年齢差ではないな、と思い直して、トワリスは押し黙る。
リリアナは、煮え切らないトワリスの態度に、不満げに頬を膨らませた。
「なによ、応援してくれないの? さっきから、なんだか乗り気じゃなさそうじゃない。……はっ、まさか、トワリスもハインツくんのことを!?」
「いや、違う。それは違うけどさ……」
否定をしてから、今度は隠すことなく、深々と嘆息する。
リリアナの扱いには慣れているつもりであったが、久々にその猛進具合を目の当たりにすると、やはり着いていけない。
諦めたように口を閉じたトワリスの肩を、がしりと掴むと、リリアナは、上機嫌な様子で言った。
「とにかく! 共通のお友達であるトワリスが頼りだから! よろしくお願いね……!」
- Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下 ( No.248 )
- 日時: 2020/05/20 22:02
- 名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: 8NNPr/ZQ)
かつてのレーシアス邸では、ルーフェンはよく図書室で事務作業を行っていたが、新しく建った城館では、召喚師用の執務室が造られていた。
召喚師用といっても、机と椅子、来客用の長椅子に、最低限の資料や書類が収まる程度の本棚が設置してあるだけで、特別感はまるでない。
それどころか、ロンダートやハインツが定期的に入り浸るような、気楽な溜まり場と化していたが、日中はその執務室を尋ねれば、ルーフェンに会える場合が多かった。
「へえ、あのハインツくんにねぇ……」
呟いてから、ルーフェンがくすくすと笑う。
その拍子に、机から滑り落ちた数枚の書類を拾いながら、トワリスは、深くため息をついた。
「全然笑い事じゃないんですよ。リリアナ、あれから帰る度に、今日のハインツはどうだったかとか、次はいつお店に来るのかとか、そんな話ばっかりするんです。挙げ句には、城館まで毎日お弁当を届けに行く、なんて言い出すし……」
ぶつぶつと文句を言いながら、トワリスは、そろえた書類を手渡す。
ルーフェンは礼を言うと、書類を受け取って、椅子に座り直した。
「そりゃあ確かに、出先でそんなことがあったなんて、ちょっと意外な展開だな。まあ、いいんじゃない? 応援してあげれば。ハインツくん、すごく良い子だよ」
応援するという言葉とは裏腹に、おかしくて仕方がないといった様子で、ルーフェンの口元は歪んでいる。
執務机のすぐ横に控えていたトワリスは、不服そうに顔をしかめて、吐息混じりにぼやいた。
「勿論、リリアナだって良い子ですよ。明るいし、女の子っぽいし……。ただちょっと、昔から思い込みが激しいというか、自分の中で盛り上がると、強引に相手を振り回すところがあるんです。初めて会った日も、ハインツが喜んでるって勘違いして、でっかいタルト五つも食べさせてましたし……。帰りがけ、ハインツがお腹痛いって言い出して、大変だったんですよ。流石にあの体格を背負えないですし、かといって根性で立って歩けとも言えず、お腹が冷えないように外套を貸して、しばらく私が背中をさすってたんです。……大通りのど真ん中で」
堪えきれなくなったのか、ルーフェンが、話の途中でぶはっと吹き出した。
背中を震わせ、涙をためながら、楽しげに笑っている。
一応、真剣に悩んでいるのに笑われて、腹立たしくなったが、ルーフェンを怒る気力もなく、トワリスはがっくりと肩を落としたのだった。
トワリスの予想通り、恋する乙女、リリアナの猛攻は激しかった。
小料理屋マルシェを訪れたあの日以来、リリアナは、朝起きてから夜寝るまで、ひたすらハインツの話をしてくるようになったのだ。
しかしトワリスとて、知り合ったばかりのハインツに、根掘り葉掘り質問できるほど話上手ではないし、ただですら無口の彼とは、まだ距離を測りかねている状態だ。
つまり、リリアナに提供できるハインツの話題など、現段階では何もないのである。
そんなトワリスに、情報収集を任せていては、らちが明かないと思ったのか。
ついに、ハインツとトワリスの分の弁当を携え、リリアナが城門前まで突撃してきたのが、昨日の昼頃の話。
ハインツを訪ねて、女性がやってきたという話は、自警団員──主に面白がって吹聴したロンダートを中心に、あっという間に城内に広まってしまった。
女ができたのかと囃し立てられ、混乱するハインツが可哀想で見ていられず、トワリスはやむを得ず、暴走するリリアナのことを各所に説明した。
他人の恋心など、言いふらすものではないと黙っていたが、あのリリアナのことだ。
先日も、自分からロクベルや近隣住民に、好きな人が出来たと嬉しげに話していたから、噂されたところで、気にも留めないだろう。
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