複雑・ファジー小説

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〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下【完結】
日時: 2022/05/29 21:21
名前: 銀竹 (ID: iqu/zy5k)
参照: https://www.kakiko.cc/novel/novel6/index.cgi?mode=view&no=18825

いつもありがとうございます。
闇の系譜シリーズは、四作目のアルファノル編以降、別サイトに移動しております。
詳しくはアルファノル編のスレにて!
………………

 人々の安寧を願ったサーフェリアの前国王、サミル・レーシアス。
彼の興した旧王都──アーベリトは、わずか七年でその歴史に幕を閉じることとなった。

 後に『アーベリトの死神』と称される、召喚師ルーフェンの思いとは……?

………………

 はじめまして、あるいはこんにちは!銀竹と申します。

 本作は、銀竹による創作小説〜闇の系譜〜の二作目の後編です。
サーフェリア編がかなり長くなりそうだったので、スレを上・下と分けさせて頂く事にしました。
一部残酷な表現などありますので、苦手な方がいらっしゃいましたらご注意下さい。

 今回は、サーフェリア編・上の続編となっております。
サーフェリア編・上の知識がないと通じない部分も出てきてしまうと思いますが、伏線以外は極力分かりやすく補足して、進めていきたいと考えています(上記URLはサーフェリア編・上です)。

〜闇の系譜〜シリーズの順番としては
ミストリア編(上記URLの最後の番号五桁が16085)
サーフェリア編・上(17224)
サーフェリア編・下(19508)
アルファノル編(18825)
ツインテルグ編
となっております。
外伝はどのタイミングでも大丈夫です(16159)。
よろしくお願いいたします!

…………………………

ぜーんぶ一気に読みたい方→ >>1-430

〜目次〜

†登場人物(第三章〜終章)† >>1←随時更新中……。

†用語解説† >>2←随時更新中……。

†第三章†──人と獣の少女

第一話『籠鳥ろうちょう』 >>3-8 >>11-36
第二話『憧憬どうけい』 >>37-64
第三話『進展しんてん』 >>65-98

†第四章†──理に触れる者

第一話『禁忌きんき』 >>99-150 >>153-162
第二話『蹉跌さてつ』 >>163-189 >>192-205
第三話『結実けつじつ』 >>206-234

†第五章†──淋漓たる終焉

第一話『前兆ぜんちょう』 >>235-268 >>270-275
第二話『欺瞞ぎまん』 >>276-331
第三話『永訣えいけつ』 >>332-342
第四話『瓦解がかい』 >>343-381
第五話『隠匿いんとく』 >>382-403

†終章†『黎明れいめい』 >>404-405

†あとがき† >>406

作者の自己満足あとがき >>407-411

……………………

基本的にイラストはTwitterにあげておりますので、もし見たい!って方がいらっしゃいましたらこちらにお願いします。→@icicles_fantasy

……………………


【完結作品】
・〜闇の系譜〜(ミストリア編)《複ファ》
ミストリアの次期召喚師、ファフリの物語。
国を追われ、ミストリアの在り方を目の当たりにした彼女は、何を思い、決断するのか。

・〜闇の系譜〜(サーフェリア編)上《複ファ》
サーフェリアの次期召喚師、ルーフェンを巡る物語。
運命に翻弄されながらも、召喚師としての生に抗い続けた彼の存在は、やがて、サーフェリアの歴史を大きく変えることとなる──。

・〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下《複ファ》
三街による統治体制を敷き、サーフェリアを背負うこととなったサミルとルーフェン。
新たな時代の流れの陰で、揺れ動くものとは──。

【現在の執筆もの】

・〜闇の系譜〜(外伝)《複ファ》
完全に狐の遊び場。〜闇の系譜〜の小話を載せております。

・〜闇の系譜〜(アルファノル編)《複ファ》
ミストリア編後の物語。
闇精霊の統治者、エイリーンとの繋がりを明かし、突如姿を消したルーフェン。
召喚師一族への不信感が一層強まる中、トワリスは、ルーフェンの後を追うことを決意するが……。
憎悪と怨恨に染まった、アルファノル盛衰の真実とは──?

【執筆予定のもの】

・〜闇の系譜〜(ツインテルグ編)《複ファ》
アルファノル編後の物語。
世界の流転を見守るツインテルグの召喚師、グレアフォール。
彼の娘である精霊族のビビは、ある日、サーフェリアから来たという不思議な青年、アーヴィスに出会うが……。




……お客様……

和花。さん
友桃さん
マルキ・ド・サドさん
ヨモツカミさん


【お知らせ】
・ミストリア編が、2014年の冬の大会で次点頂きました!
・サーフェリア編・上が、2016年の夏の大会で銅賞を頂きました!
・2017年8月18日、ミストリア編が完結しました!
・ミストリア編が2017年夏の大会で金賞を頂きました!
・サーフェリア編・上が、2017年冬の大会で次点頂きました!
・2018年2月18日、サーフェリア編・上が完結しました!
・サーフェリア編・下が、2019年夏の大会で銀賞頂きました!
・外伝が、2019年冬の大会で銅賞頂きました!
・サーフェリア編・下が、2020年夏の大会で銀賞頂きました!
・サーフェリア編・下が、2020年冬の大会で金賞頂きました!
いつも応援して下さってる方、ありがとうございます(*^▽^*)

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下【1月完結予定】 ( No.399 )
日時: 2021/02/01 18:11
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: r1a3B0XH)



  *  *  *



 少し弱まった雨の中、濡れた葉を掻き分け、山中を進むと、それは、まだそこに建っていた。
ヘンリ村の跡地近くに、ひっそりとそびえる持ち主不明の山荘。
放置された山小屋というには、二階建てと広く、家具まで放置された、さながら幽霊屋敷とでも言うべき不気味なその屋敷は、七年前、カーノ商会から跡地を買った際に、ルーフェンが偶然見つけたものだった。

 所々ひびの入った石壁に、這うように伸びた枯れかけの蔓草つるくさ
砂埃でくすんだ窓と、色が剥げて変色した屋根。
最初に発見した時は、あまりの不気味さに入る気になれなかったが、人目を忍んで訪れている内に、なんとなく居着いてしまった。
世間から隔離されたような静けさが、当時、十四だったルーフェンの少年心を、秘密基地という響きを以て、見事にくすぐったのだ。

 アーベリトに移ってからは、一度も来ていなかったが、最後に訪れたのは、いつだったろうか。
確か、自分用の新しい寝具を、勝手に持ち込んだ時だった気がする。
その頃、よく共にいた宮廷魔導師のオーラントが、「まさか、本気で住む気なんですか」と言って、顔を引きつらせた時の事が、ふと、脳裏に蘇った。

 がたつく扉を開くと、七年も放置していた割に、山荘の中は綺麗だった。
綺麗と言っても、ほこりは溜まっているし、雨続きのせいか、部屋全体が湿っぽい。
ただ、もしかしたら、老朽化でどこか崩れているかもしれない、とか、野党あたりに荒らされているかもしれない、と思っていたので、そういった様子が一切見られないのは、少し意外であった。

 外套と上着を脱いでから、家の中を一通り見回すと、ルーフェンは、汚れの染み付いた窓を拭き、薄暗い外の景色をぼんやりと眺めた。
今は雨が降っているので、けぶって白んだ風景しか見られないが、小高い山の上に建つこの山荘からは、ヘンリ村の様子が一望できる。
アーベリトの人々が移住したら、この窓から、彼らをそっと見守ることもあるのだろうか。
罪悪感から買い取ったかつての故郷に、まさか、アーベリトの人々が住むことになろうとは、巡り合わせとは不思議なものだと、どこか他人事のように思った。

 埃の積もった食卓を、適当に払っていた時。
ルーフェンは、食卓の下の床に、一部分だけ、不自然に沈む箇所があることを見つけた。
そもそも、基本が石造で、床だけ板張りという構造に、違和感はあったのだ。
どうやら、地下に空間があるらしい。
七年前は、気づかなかったことであった。

 とんとん、と足で床を叩いていると、突然、ガタンッと音がして、床の底が消えた。
一瞬、床板を踏み抜いたかと焦ったが、どうやら、地下へと続く隠し扉が、衝撃で開いただけのようだ。
ぶわっと舞った埃が収まると、ちょうど人が一人、通り抜けられるくらいの穴が姿を現した。

 重みで崩れそうな木製階段を下り、固い石床に降り立つと、そこは、ただの地下倉庫であった。
魔術で光を灯し、暗闇を照らすと、五歩も歩けば行き止まりになってしまうような、狭い室内が浮かび上がる。
両側の壁には、半分腐食した木棚が設置されており、期待外れというべきか、そこには、食器類や、いつのものか分からない酒瓶などが、いくつか並べられているだけであった。

 拍子抜けしつつ、食器を一枚、手にとって見ると、やはりそれは、なんの変哲もない陶器の皿だった。
木製でないだけ多少高価かもしれないが、黒ずんで欠けているし、全く値打ちはなさそうだ。
折角、いかにも古くて汚い地下まで、足を踏み入れたのに、損をした気分である。
ルーフェンは、想像以上に埃まみれになっていた自分の姿を見て、思わず苦笑を浮かべたのだった。

 こんな姿で戻ったら、トワリスあたりは、一体何をしてきたんだと怒るだろう。
理由を聞いたら、子供っぽいことをするなと、もっと憤慨するかもしれない。
彼女は結構、綺麗好きだ。
一時期、家政婦の不在で、アーベリトの城館が荒れ放題だった時も、その瞬発力とハインツの腕力を駆使して、屋敷中を大掃除していた。

 そういえば、トワリスは、ハーフェルン領家の息女ロゼッタに、「乳母よりうるさい」という理由で解雇されている。
あの年齢で、妙に所帯染みているのは、初めて引き取った頃に、“アーベリトの母ちゃん”呼ばわりされていた家政婦のミュゼに、散々しごかれたからだろうか。
そうだとしたら、そのトワリスに色々と仕込まれたハインツも、だんだん所帯染みていくのかもしれない。
元々、石細工など、細かい作業が好きなハインツのことだ。
彼が、あの風体で炊事や洗濯までこなし始める姿は、なんとなく見てみたいような気がした。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下【1月完結予定】 ( No.400 )
日時: 2021/02/01 19:07
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: r1a3B0XH)




(……なんて、二人とは、もう話すこともないかもな)

 ふと、講堂前で、戸惑ったようにこちらを見ていたトワリスのハインツの顔が、頭に浮かんだ。

 二人が今後、魔導師として残ったとしても、城内にいるルーフェンと、地方を含めた外回りが中心の一般の魔導師では、ほとんど会うことはないだろう。
向こうがルーフェンを一方的に見かけることはあるだろうが、それも、召喚師という立場がサーフェリアから無くなれば、当然叶わなくなることだ。
会って話す機会は、あれで最後だったのかもしれない。
そう思うと、痛みに似たものが、胸の中に広がった。

 案外、簡単なものだな、と思った。
召喚師になる時は、あれだけ苦悩して、もがいて、切れそうな糸を必死に手繰り寄せながら進んだのに──。
引きずり下ろされる時は、随分と簡単に、崖から転げるような勢いで、真っ直ぐに落ちていくものだ。

 アーベリトを陥れたのが、召喚師かもしれないという噂を、人々は、案外簡単に信じた。
あまりにもあっさりと、都合よく事が運んだので、ルーフェンも驚いたくらいである。
このまま、人々が召喚師一族を忌み、必要ないと願うなら、それほど遠くない未来に、召喚師という立場は、この国から消えてなくなるだろう。
バジレットは、これから先も召喚師一族を抱えようとしているようだったが、所詮は、神も守護者も、人々の願いの上で成り立っている、仮初かりそめの存在に過ぎないのだ。

 絶対に逃れられないと思っていた、召喚師一族としての運命。
子供の頃に、あれだけ願っても叶わなかったことが、もうすぐ実現するかもしれない。
それは、どこか現実味のない響きで、ルーフェンの心を揺さぶったのだった。

 だが、これで良い。これが、ルーフェンの望んでいたことなのだ。
召喚師一族の力は、存在しているべきではない。
闇の系譜は、この先に続いては行かない。
召喚術の本質を秘めて、その存在ごと、ルーフェンは密やかに消えていく。
これで、良いのだ。これで──。

「──……」

 手にしていた皿を、木棚に戻そうとした時。
そのわずかな振動で、隣に積まれていた皿の一枚が、滑り出るようにして落ちた。
石床の上で割れ、パリンと砕け散る。
それを見た瞬間、講堂で皿を投げつけられた時の事が、ふっと頭によぎった。

──サミル先生も、お前のせいで死んだんだ! お前は死神だ……!

 不意に、目眩がするほどの怒りが、腹の底から沸き上がってきた。

 棚に並ぶ食器類を、横から殴り付けるようにして、力任せに叩き落とした。
甲高い音が重なって響き、次々と皿が割れていく。
勢い余って壁に叩きつけられ、細かく砕け散った破片は、ルーフェンの手の甲を、鋭くかすっていった。

 十数年前まで、やれ守護者だの、なんだのとまつり上げられ、苦汁を飲み込むような思いで、やっと召喚師という立場を受け入れたのに。
それが、こんなにも容易に覆るなんて──本当は、吐き気がするほど不愉快だった。

 分かっている。自分がそう仕向けたのだ。
そうなるように望んだのも、他ならぬ自分だ。
けれど、いとも簡単に掌を返した人々や、そもそもの元凶である母、イシュカル教徒たち、関わった全ての人間が、心の底から、憎くて仕方なかった。

 自分はただ、限られた時間を、アーベリトで穏やかに過ごしたかっただけだ。
最終的には、召喚師としてシュベルテに戻ることになろうとも、アーベリトで暮らした数年間の思い出があれば、それを胸に、生きていけるような気がしていた。
本当に、ただそれだけだったのに、何を、どこで間違ったのだろう。

 こんな幕引きを、するはずではなかったのだ。
サミルが崩御して、これから先は、もうアーベリトの人々を巻き込むつもりなんてなかった。
あの日から、ずっと、やり場のない怒りと後悔が、ルーフェンの身の内で燃え滾っている。
己の運命を呪いながら、死んでいったアーベリトの人々に謝り続けている自分が、惨めで、滑稽で、笑う気にもなれなかった。

 いつの間にか、手の甲が裂け、そこから血が流れ出ていた。
それに構わず、振り返ると、ルーフェンは、向かいの木棚に並んでいたものも全て叩き割った。
胸が詰まって、息が苦しい。
まるで、周りの見えない水中に、深く深く、沈められたようだった。
やがて、壊すものがなくなると、ルーフェンは、ずるずるとその場にうずくまって、長い間、荒い呼吸を繰り返していた。

 切れた手の甲が、じんじんと熱くなって、その痛みを自覚し始めると、頭の中が、徐々に冷静になっていった。
石床に、砕けた破片が散乱している。
膨らんで弾けた怒りが、ゆっくりと引いていくと、最後に残ったのは、発散できない虚しさだった。

 地下倉庫から、這い出るようにして居間に上がると、激しい立ち眩みがして、ルーフェンは近くの椅子に手をついた。
視界に光がちらついて、嫌な汗が背を伝っている。
そのまま床に座り込み、椅子の座板部分に腕と額をつけると、ルーフェンは、胸を押さえて目を閉じた。

 静まり返った部屋の中で、雨音と自分の呼吸音だけが、耳鳴りのように聞こえている。
その時、強まってきた雨足と共に、誰かが、山荘に近づいてくる気配がしたが、今は、相手をする気になれなかった。
こんな辺鄙へんぴな場所に、偶然通りがかる者などいないだろうから、イシュカル教徒あたりが、暗殺でも目論んで、ルーフェンのあとを着けてきたのかもしれない。
それならそれで、この場で殺されても、自分の人生はここまでだった、ということでいいだろう。
そんな風に考えてしまうくらい、疲れていたし、今は、とにかく眠りたかった。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下【1月完結予定】 ( No.401 )
日時: 2021/02/01 19:52
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: r1a3B0XH)




 どのくらい、時間が経ったのか。
ふと、目を覚ますと、部屋は宵闇に沈んでいた。
ぼやけた頭をもたげ、ルーフェンは、しばらく暗がりを見つめていたが、ややあって、扉の方に視線をやると、思わず目を見開いた。
外に、まだ人の気配があったのだ。

 重たい身体で立ち上がり、そっと扉を開けると、軒樋のきどいの下の石壁に、膝を抱えて寄りかかる人影があった。
まさか、と思い近づいてみると、人影が、ぴくりと反応して、顔をあげる。
先程まで、ずっと雨に打たれていたのだろう。
頭の上から爪先まで、全身ずぶ濡れになって、そこに座り込んでいたのは、他でもない、トワリスであった。

「……なんで、ここに」

 思わず出た声は、いつもよりずっと低くて、不機嫌そうな声だった。
自分でも驚いて、ルーフェンは口を閉じたが、トワリスは、急に声をかけられたことに驚いたようであった。

 弾かれたように立つと、トワリスは、慌てて口を開いた。

「あ、あの……こんばんは」

「……こんばんは」

 そこで会話が途切れて、トワリスが、気まずそうに俯く。
濡れて張り付いた前髪を、鬱陶しそうに払いながら、トワリスは言った。

「ヘンリ村の跡地を見に行って、それから、ずっと戻ってきてないって聞いたので……探しに来ました」

 ルーフェンは、眉をしかめた。

「よく、こんな場所見つけたね」

「他に、雨宿りできそうな建物とか、なかったので」

「……寒かったでしょう。声、かけてくれれば良かったのに」

 ルーフェンが言うと、トワリスは口ごもった。

「いや、声はかけるつもりだったんですけど、その……少し、頭を冷やしてから行こうかと」

「……雨で?」

 ルーフェンが、わざと引き気味に返すと、トワリスが、じろっと睨んできた。
束の間、睨み合ってみてから、ふっと吹き出すと、ルーフェンは、冷たいトワリスの手を引いた。

「入りなよ。風邪引いちゃうよ」

 トワリスは、頷くと、大人しく着いてきた。

 手近に綺麗な手拭いがなかったので、ルーフェンが来るときに着てきた上着を貸すと、トワリスは、それで濡れた髪を絞った。
最初は遠慮していたが、室内で、濡れ鼠のままでいるのも恥ずかしくなってきたのだろう。
ちょっとした問答の末、トワリスは、上着を受け取って、しばらく頭から被っていた。

 光源の確保と、暖をとらせる意味もあって、ルーフェンが宙に炎を灯すと、トワリスは、明るくなった山荘の中を、興味深そうに見回した。

「……ここ、なんなんですか?」

 ルーフェンは、一瞬言葉に迷ってから、答えた。

「……俺の……秘密基地」

「秘密基地……?」

 思わぬ答えだったのだろう。
目を丸くしたトワリスに、ルーフェンは説明した。

「昔、偶然見つけた場所でね。七年も放置してたから、どうなってるか見に来たんだけど、まだ残ってたんだ」

「はあ、なるほど……。なんか、意外ですね。ルーフェンさんが、秘密基地とか」

「そう? 男の子は、こういうの好きでしょ。……まあ、トワに見つかっちゃったから、秘密じゃなくなっちゃったけどね」

「悪かったですね。別に、場所を言いふらしたりしませんよ」

 ルーフェンが、くすくす笑うと、トワリスは、気に入らなさそうにそっぽを向いた。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下【1月完結予定】 ( No.402 )
日時: 2021/02/01 20:45
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: r1a3B0XH)



 ルーフェンが床に座って、隣に来るよう促すと、トワリスは、少し離れたところに腰を下ろした。
講堂前でのやりとりについて、何か話でもあるのだろうと思い、ルーフェンは、黙って待っていたが、トワリスは、一向に何も言わなかった。
見かねたルーフェンが、何かあったのかと尋ねようとしたとき、トワリスは、ようやく口を開いた。

「私と、ハインツなんですけど……バーンズさんに誘って頂いて、今後は、宮廷魔導師としてお仕えすることになりました」

「……宮廷魔導師?」

 ルーフェンが、ぱちぱちと瞬く。
トワリスは、無愛想な声で付け加えた。

「言っておきますけど、恩とかそういうのじゃないですよ。自惚れないで下さい。やっぱり、私とかハインツみたいな、特殊な出自の人間は、魔導師が向いてると思うんです。だから、これは……そう、ただの出世です」

 その言い方がおかしくて、ルーフェンは、思わず苦笑した。
何故笑われたのかと、トワリスが顔をしかめると、ルーフェンは、首を振って言った。

「いや、ごめん。別に、文句を言うつもりはないよ。宮廷魔導師になるんだったら、ただの出世じゃなくて、大出世だね。……そっかぁ、宮廷魔導師かぁ。あの手のかかったトワリスちゃんとハインツくんがなぁ」

「子供扱いしないでください!」

 大袈裟な口調で言うと、肩をばしっと叩かれた。
鼻を鳴らしたトワリスに、ルーフェンが肩をすくめる。

 そうか、と思った。
宮廷魔導師も、勿論危険な立場ではあるが、そうなると、王宮仕えの武官という扱いなるので、二人は今後も、城を出入りすることになるだろう。
城に来るなら、また、顔を合わせる機会があるかもしれなかった。

 次いで、ふと真剣な表情になると、トワリスが言い募った。

「……あと、今日、シルヴィア様にお会いして、色々と聞いてきました」

 虚をつかれたように、ルーフェンが瞠目する。
トワリスは、絶句したルーフェンの顔を、じっと見つめた。

「聞いたって……何を」

「色々です。アーベリトの件、シルヴィア様がやったんだって大っぴらに言えないのは、召喚術を使おうとする人が、他に出ないようにするためだ、ってこととか。……多分、ルーフェンさんが隠していたこと、全て」

 ルーフェンの瞳が、ふっと揺れる。
トワリスは、目を伏せると、静かに続けた。

「なんとなく、そういう理由じゃないかっていうのは、分かってたんです。……でも、いざ、本当にそうだったんだって思ったら……」

「…………」

「心底腹が立ったので、そんなことどうでもいいから皆に謝れって言って、シルヴィア様のことを殴ってしまいました」

 瞬間、ルーフェンが真顔になった。

「……え? 殴ったの? ……あれを?」

「す、すみません、ついカッとなって……。あ、でも、流石にこぶしじゃないです。てのひらです」

「てのひら」

 顔を歪めてうつむくと、トワリスは、被っていた上着を、ぎゅっと手繰り寄せた。

「……だから、頭を冷やしてたんです。だって、こんなの……全然どうでも良くない。召喚術を使おうと考える人が、他にも出てくるってことは、サイさんみたいな人が増えるってことです。シュベルテや、アーベリトみたいに、一方的に襲われて、街一つ潰れてしまうようなことが、今後もあるってことです。……そんなの、絶対に許しちゃいけません」

 トワリスは、鼻をすすって、膝に顔を埋めた。

「私だって、アーベリトが襲われたとき、もし、召喚術が使えたなら、使っていたと思います。悪用する意図がなくたって、何かを守るために、自分でも強い力を使える可能性があると知ったら、きっと、手を伸ばす人は沢山いると思います。……だから、陛下やルーフェンさんの思いを踏みにじらないためにも、このことは、絶対に誰にも言いません。これ以上のことを探ったりしないし、なんなら忘れるつもりで、二度と関わろうとしません。……召喚術は、召喚師一族だけのものです」

「トワ……」

 トワリスは、ばっと顔をあげた。
泣いてはいなかったが、目の周りと鼻先が、真っ赤になっていた。

「……それでも、すごく、悔しかったんです」

 震える声で、トワリスは言った。

「ルーフェンさんが、アーベリトの人達に誤解されて、罵られるのは、どうしても嫌だったんです。召喚術がどうとか、国がどうとか、そんなこと、どうでもいいから……ルーフェンさんが守ってきた七年間を、否定しないでって、本当のことを、言ってやりたかったんです……」

「…………」

 それきり、トワリスは下を向いて、黙ってしまったが、それが有り難かった。
多分、話を続けていたら、ルーフェンは、ちゃんと声を出して返事をすることなど、出来なかっただろう。
唐突に沸き上がってきた熱は、時間をかけないと、飲み下せなかった。

 しばらくしてから、ルーフェンは、ぽつりと呟いた。

「……もう、いいよ」

 トワリスが、ルーフェンを見る。
ルーフェンも、トワリスを見ると、優しい笑みを向けた。

「君が、そう思ってくれてるんだったら、もう、それでいいよ」

 ずっと内側で燻っていたものが、すり抜けるように消えて、自然と出てきた言葉だった。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下【1月完結予定】 ( No.403 )
日時: 2021/02/02 09:54
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: r1a3B0XH)

  窓の外が闇に覆われ、夜の帳が下りてくる様を眺めながら、二人は、とりとめのないことを、訥々とつとつと話していた。
雨でびしょ濡れだったトワリスの髪や衣服は、徐々に乾き始めていたが、彼女の手は、長く握っていても冷たいままだった。
夜が耽るにつれ、気温も冷えてくるだろうし、こんな場所に、濡れたままのトワリスを長居させてはいけないと思っていたが、お互いに、そろそろ戻ろうと言い出せないまま、時間が過ぎていった。

 不意に、トワリスが、握っていたのとは反対のルーフェンの手を見て、目を見開いた。
その視線に気づいて、ルーフェンも自身の左手の甲を見やると、そこには、皿の破片で切った傷があった。

「……それ、どうしたんですか?」

 笑って適当に誤魔化すと、トワリスは、眉を寄せて、ルーフェンの左手をぐいっと掴んだ。

「大したことないよ、血は止まってるし……」

 そう言って、ルーフェンは手を引こうとしたが、トワリスは、手を離さなかった。

「何言ってるんですか、侮っちゃ駄目ですよ。ちゃんと洗って、手当てしないと」

「……雨で?」

「その話、引きずるのやめてもらっていいですか」

 ルーフェンが笑うと、トワリスが、また肩の辺りをぶっ叩いてきた。
笑い止まないと、二発目が来るので、ルーフェンは口を閉じて堪えた。
トワリスの拳は、一発目は耐えられる痛みだが、二発目は重い。

 傷の深さを見ようと、トワリスが近づいてくると、湿った赤褐色の髪から、微かに洗髪剤の香りがした。
トワリスは、何か包帯代わりになるものがないかと、自分の懐を探っている。
普段はなかなかほころばない、トワリスの滑らかな頬に、はらはらと落ちた髪がかかっていくのを見たとき。
不意に、ずっと頭を巡っていた言葉が、口をついて出た。

「どこで、間違えたんだろうな……」

 トワリスが、はっと動きを止める。
ルーフェンは、目を伏せると、静かな声で言った。

「……最近、ずっと考えてるんだ。俺は、どこで間違ったのか。俺は、今まで、どう生きてくれば良かったのか……」

 表情を隠すように、トワリスの肩に、そっと額をつける。
その姿勢のまま、少し間を置いてから、トワリスは尋ねた。

「何か、後悔してるんですか?」

「……分かんない」

 ルーフェンは、か細い声で答えた。

「俺が間違わなければ、アーベリトは、なくならなかったかもしれない。……でも、俺の生き方なんて、ほとんど一本道だったんだ。色々抵抗してみたことはあるけど、七年前までは、連れられるまま王宮に来て、言われるまま召喚師になっただけ。それこそ、分かれ道だったのは、アーベリトを王都にするか、しないかの時だった。……あの時の選択を、俺は、間違いだったと思いたくない」

「…………」

 トワリスは、長い間、何も答えなかった。
何かを言おうとしては、口を閉じ、それを繰り返していたが、やがて、すっと息を吸うと、唇を開いた。

「……私は、後悔してないですよ」

 トワリスは、落ち着いた声で続けた。

「何が間違いだったとか、間違いじゃなかったとかは、誰にも判断できないと思います。……ただ、一つ確かなのは、私やハインツみたいに、ルーフェンさんがいて、アーベリトがあったからこそ、助かった人間もいるってことです。こんなことになってしまったので、アーベリトが王都になったせいで、不幸になった人がいることも否定できません。でも、アーベリトでの生活があったおかげで、死ぬはずだったところを、後悔なく生きて来られた人もいます。そういう、私やハインツみたいな人間は、いつでも、ルーフェンさんの味方として戦いますよ」

「…………」

 耳元で、息の震える音がした。
不意に、腕が伸びてきて、トワリスは、ルーフェンに抱き寄せられた。
びっくりして、思わず身体を硬直させる。
すると、すぐ隣から、ごめん、とくぐもった声が聞こえてきた。

 背中に回された腕には、ほとんど力は入ってなかった。
しかし、身を捩って、真横にあるルーフェンの顔を覗こうとすると、腕に力を込められて、動けないように、強く抱き締められてしまった。
おそらく、泣いているところを見られたくないのだろう。
そう思って、トワリスは、身動ぐのをやめて、しばらく前を見つめていた。

 気づくと、もう雨音は聞こえなかった。
目前の石壁で揺れる火影を見ながら、トワリスは、随分と長い間、そのままの姿勢でいた。
ルーフェンは、声をあげずに涙を流していたので、まだ泣いているのか、もう泣き止んでいるのか分からなかったが、トワリスのほうから、離れようとは思わなかった。
今のルーフェンは、周りの見えない、暗い水底にいる。
ここで離したら、この人はきっと、深い闇の中に、溶けて消えてしまうのだろうと思った。




 地下牢に囚われていた前召喚師、シルヴィア・シェイルハートの訃報ふほうをルーフェンが聞いたのは、その翌日の朝のことであった。
一日中、見張りの番兵がつき、自死も出来ぬはずの状況で、突然、枯れた花が落ちるように、牢の中で息を引き取ったのだという。
ルーフェンが、シルヴィアを殺すはずの、死刑執行日の前日のことであった。

 遺体に傷はなく、亡くなった直後は、さながら精巧な人形のようであったが、その後、彼女の身体は、止めていた時を一気に進めたかのように、老いさらばえた姿となった。
バジレットとルーフェンは、禁忌魔術を長期間行使したことによる死だろうと結論付けたが、真実は、誰にも分からなかった。

 


──サーフェリア歴、一四九五年。
この年は、激動の年であった。

 王都アーベリトと、軍事都市セントランスの没落により、サーフェリアの統治体制は、大きく変わった。
生き残ったアーベリトの人々は、シュベルテの政権下に入ることを拒否して、ヘンリ村の跡地へと移住した。
一時、解体状態にあった魔導師団は、シュベルテ外にいた地方の魔導師たちの助力もあり、復権。
その後、召喚師ルーフェン・シェイルハートの統制下に入った。
王宮仕えの宮廷魔導師団には、ジークハルト・バーンズを始めとし、少数精鋭の魔導師達が据えられた。
以降、魔導師団は、大司祭モルティス・リラード率いる騎士団と並び、国全体の忠義者として、サーフェリアの守護を担うこととなる。

 王権はシュベルテに戻り、王座には、先々代王の母である元王太妃バジレット・カーライルが座ることとなった。
戴冠式にて、再び樹立されたカーライル王家の治世を、人々は、それぞれの思いを胸に抱き、見つめていたのであった。



To be continued.....


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