複雑・ファジー小説

■漢字にルビが振れるようになりました!使用方法は漢字のよみがなを半角かっこで括るだけ。
 入力例)鳴(な)かぬなら 鳴(な)くまでまとう 不如帰(ホトトギス)

〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下【完結】
日時: 2022/05/29 21:21
名前: 銀竹 (ID: iqu/zy5k)
参照: https://www.kakiko.cc/novel/novel6/index.cgi?mode=view&no=18825

いつもありがとうございます。
闇の系譜シリーズは、四作目のアルファノル編以降、別サイトに移動しております。
詳しくはアルファノル編のスレにて!
………………

 人々の安寧を願ったサーフェリアの前国王、サミル・レーシアス。
彼の興した旧王都──アーベリトは、わずか七年でその歴史に幕を閉じることとなった。

 後に『アーベリトの死神』と称される、召喚師ルーフェンの思いとは……?

………………

 はじめまして、あるいはこんにちは!銀竹と申します。

 本作は、銀竹による創作小説〜闇の系譜〜の二作目の後編です。
サーフェリア編がかなり長くなりそうだったので、スレを上・下と分けさせて頂く事にしました。
一部残酷な表現などありますので、苦手な方がいらっしゃいましたらご注意下さい。

 今回は、サーフェリア編・上の続編となっております。
サーフェリア編・上の知識がないと通じない部分も出てきてしまうと思いますが、伏線以外は極力分かりやすく補足して、進めていきたいと考えています(上記URLはサーフェリア編・上です)。

〜闇の系譜〜シリーズの順番としては
ミストリア編(上記URLの最後の番号五桁が16085)
サーフェリア編・上(17224)
サーフェリア編・下(19508)
アルファノル編(18825)
ツインテルグ編
となっております。
外伝はどのタイミングでも大丈夫です(16159)。
よろしくお願いいたします!

…………………………

ぜーんぶ一気に読みたい方→ >>1-430

〜目次〜

†登場人物(第三章〜終章)† >>1←随時更新中……。

†用語解説† >>2←随時更新中……。

†第三章†──人と獣の少女

第一話『籠鳥ろうちょう』 >>3-8 >>11-36
第二話『憧憬どうけい』 >>37-64
第三話『進展しんてん』 >>65-98

†第四章†──理に触れる者

第一話『禁忌きんき』 >>99-150 >>153-162
第二話『蹉跌さてつ』 >>163-189 >>192-205
第三話『結実けつじつ』 >>206-234

†第五章†──淋漓たる終焉

第一話『前兆ぜんちょう』 >>235-268 >>270-275
第二話『欺瞞ぎまん』 >>276-331
第三話『永訣えいけつ』 >>332-342
第四話『瓦解がかい』 >>343-381
第五話『隠匿いんとく』 >>382-403

†終章†『黎明れいめい』 >>404-405

†あとがき† >>406

作者の自己満足あとがき >>407-411

……………………

基本的にイラストはTwitterにあげておりますので、もし見たい!って方がいらっしゃいましたらこちらにお願いします。→@icicles_fantasy

……………………


【完結作品】
・〜闇の系譜〜(ミストリア編)《複ファ》
ミストリアの次期召喚師、ファフリの物語。
国を追われ、ミストリアの在り方を目の当たりにした彼女は、何を思い、決断するのか。

・〜闇の系譜〜(サーフェリア編)上《複ファ》
サーフェリアの次期召喚師、ルーフェンを巡る物語。
運命に翻弄されながらも、召喚師としての生に抗い続けた彼の存在は、やがて、サーフェリアの歴史を大きく変えることとなる──。

・〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下《複ファ》
三街による統治体制を敷き、サーフェリアを背負うこととなったサミルとルーフェン。
新たな時代の流れの陰で、揺れ動くものとは──。

【現在の執筆もの】

・〜闇の系譜〜(外伝)《複ファ》
完全に狐の遊び場。〜闇の系譜〜の小話を載せております。

・〜闇の系譜〜(アルファノル編)《複ファ》
ミストリア編後の物語。
闇精霊の統治者、エイリーンとの繋がりを明かし、突如姿を消したルーフェン。
召喚師一族への不信感が一層強まる中、トワリスは、ルーフェンの後を追うことを決意するが……。
憎悪と怨恨に染まった、アルファノル盛衰の真実とは──?

【執筆予定のもの】

・〜闇の系譜〜(ツインテルグ編)《複ファ》
アルファノル編後の物語。
世界の流転を見守るツインテルグの召喚師、グレアフォール。
彼の娘である精霊族のビビは、ある日、サーフェリアから来たという不思議な青年、アーヴィスに出会うが……。




……お客様……

和花。さん
友桃さん
マルキ・ド・サドさん
ヨモツカミさん


【お知らせ】
・ミストリア編が、2014年の冬の大会で次点頂きました!
・サーフェリア編・上が、2016年の夏の大会で銅賞を頂きました!
・2017年8月18日、ミストリア編が完結しました!
・ミストリア編が2017年夏の大会で金賞を頂きました!
・サーフェリア編・上が、2017年冬の大会で次点頂きました!
・2018年2月18日、サーフェリア編・上が完結しました!
・サーフェリア編・下が、2019年夏の大会で銀賞頂きました!
・外伝が、2019年冬の大会で銅賞頂きました!
・サーフェリア編・下が、2020年夏の大会で銀賞頂きました!
・サーフェリア編・下が、2020年冬の大会で金賞頂きました!
いつも応援して下さってる方、ありがとうございます(*^▽^*)

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下 ( No.64 )
日時: 2018/10/08 21:07
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: wC6kuYOD)



 急に気持ちが軽くなって、トワリスは、思わず息を漏らした。
多分ルーフェンは、自分を勇気付けに来てくれたのだ。
その言葉が、たとえトワリスを引き留めてくれるものではなかったのだとしても。
普段、あまり己のことを語らないルーフェンが、自分の話をしてまで、勇気づけてくれた。
そのことが、とても嬉しかった。

 それに本当は、サミルから孤児院に行くように告げられる前から、こんな日が来ることは予感していた。
ずっと、心の奥底では、別れを覚悟していたのかもしれない。
ほんの数月前までは、考えもしなかった世の仕組みを勉強し、理解するにつれ、嫌でも気づいてしまったのだ。
結局のところ、ミュゼやロンダートの言っていた通り、サミルやルーフェンと自分では、住む世界が違うのである。

 どんなに親しく、等身大で接してくれても、しょせん自分は、サーフェリアに迷いこんだ獣人混じりに過ぎず、対して、サミルとルーフェンは、この国の王であり、召喚師だ。
釣り合わない──この表現が、一番しっくりくる。
もし、本当にこの二人と一緒にいたいと願うなら、二人に釣り合う身分にならなければならない。
泣き虫で、役立たずなまま、それでもサミルやルーフェンと共にいたいなんて、そんなのは、身勝手な子供の我が儘であり、甘えだ。

(……私にだって、出来ることは、沢山ある)

 今のアーベリトにとって──サミルやルーフェンにとって、必要なもの。
それに、なることができたら──。
そんな思いが、すとんと、トワリスの中に落ちてきた。

「……ルーフェンさん」

 トワリスは、口を開いた。

「この図書室にある魔導書、私に、何冊か貸してくれませんか? いつか、必ず返すので」

 打って変わった、はっきりとした口調で尋ねる。
ルーフェンは、何故突然そんなことを聞かれたのか分からない、といった様子で、図書室を見回した。

「まあ、ここには、大した魔導書もないし、構わないと思うけど」

「……ありがとうございます」

 立ち上がって、トワリスは、ルーフェンに向き直った。
そして、小さく息を吸うと、落ち着いた声で言った。

「本音を言うと、孤児院に行くのは、嫌です。私、これからも、サミルさんやルーフェンさんといたい……」

 声が、微かに震えているのを自覚しながら、トワリスは、必死に熱いものを飲み込んだ。
だって、これを言ったら、孤児院に行くことを受け入れてしまうことになる。

 本当は、言いたくなくて、けれど、心を奮い立たせると、トワリスは告げた。

「──だから……もし、私が、サミルさんやルーフェンさんにとって、必要な人間になれたら……。また、レーシアス家に、置いてくれますか……?」

 ルーフェンの目が、微かに見開かれる。

 たった一人、襲撃者たちを骸の中に立っていたルーフェンの姿を思い出しながら。
トワリスは、その目をまっすぐに見つめて、言った。

「私、魔導師になります」

 銀色の瞳に、驚愕の色が滲む。
トワリスの出した答えが、予想外のものだったのだろう。
ルーフェンは、戸惑った様子で聞き返した。

「ちょっと、待って……魔導師って、魔導師団に入るってこと? シュベルテの?」

「はい」

 トワリスは、力強く頷いた。

「勉強して、強くなって、アーベリトを守れる魔導師になります。そうしたら、召喚師一族の……ルーフェンさんの、力になれます」

「…………」

 言葉を失った様子で、ルーフェンは、黙り込んでいる。
ルーフェンのその表情が、肯定だったのか、否定だったのかは分からない。
しかし、トワリスの決意は、強かった。

「サミルさんも、言ってくれましたよね。獣人の血を引いているからといって、隠れるように暮らすのは、とても悲しいことだって。もう私は自由の身なんだから、堂々と生きてほしいって。……だから、私、二人の優しさに甘えて、ここで暮らすんじゃなくて、サミルさんたちにとって必要な人間になって、堂々とアーベリトに帰ってきます」

 自然と熱の入った声で、トワリスが告げる。

「絶対に、絶対に、帰ってきます。だから、そうしたら、私のこと、認めてください」

 静かな迫力に満ちた光が、トワリスの目の奥底で閃く。
ルーフェンは、そんな彼女の瞳に浮かぶ強い光を、しばらくの間、見つめていたのだった。



To be continued....

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下 ( No.65 )
日時: 2018/10/12 18:08
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: wC6kuYOD)


†第三章†──人と獣の少女
第三話『進展』



 昨夜からちらついていた雪は、朝になると、ぴたりと止んでしまった。
暗い色をした雲が、まだ分厚く空を覆っていたが、冷たい風に煽られていく内に、徐々に青空が覗き始める。
雪が積もって、外出できなくなってしまえばいいのに。
そんな密かな願いも空しく、うっすらと積もっていたはずの雪も、トワリスがレーシアス家を出る頃には、すっかり溶けてなくなっていた。

 アーベリトには、孤児院が二ヶ所あった。
西区の孤児院は、施療院も兼ねており、身体的、または精神的に障害を持っている等の理由で、生活が困難な子供たちを治療・復帰させることを目的とした養護施設であった。
一方、トワリスの行く東区の孤児院は、身寄りのない子供たちを、自立できる年齢になるまで支援する施設だ。
西区の方が、入所できる子供の数が少ないため、中には、回復して普通の生活を送る分には問題ないとされた西区の子供が、東区に送られて来ることもあった。
しかし、東区の孤児院とて、受け入れられる数には限りがある。
故に、孤児院の子供たちは、大体十五から十六を迎えると、仕事に就いたり、運が良ければ引き取られたりして、孤児院を出るのだった。

 迎えに来たテイラーに連れられて、東区に向かう道中、トワリスは、ほとんど喋らなかった。
レーシアス家を出ると決心したとはいえ、サミルたちと別れたことが悲しくて、心が深く沈んでいたのだ。
周囲の者たちは、皆、孤児院とレーシアス家はそう離れていないから、と慰めてくれたし、ルーフェンだって、必ずまた会えるだろうと言ってくれた。
けれど、一度レーシアス家を出てしまえば、トワリスは、獣人混じりという点を除いて、ただの行き場のない普通の子供だ。
そんな身分の者が、国王や召喚師に、簡単に会いに行けるわけがない。
最近は特に、襲撃があったせいで、レーシアス家への人の出入りは厳しく制限されているようだったから、尚更だった。

 もう、二度と会えないかもしれない。
そう思うと、また泣きそうになったが、トワリスは泣かなかった。
ぐっと涙を堪え、レーシアス家の図書室から借りてきた、数冊の魔導書を抱えて、トワリスは、孤児院への道を歩いていったのだった。

 東区の孤児院は、青い煙突屋根が目印の、大きな石造の建物であった。
一般的には、木造建築の方が安価かつ主流であり、戦火に備えた大きな街以外では、石造建築はほとんど見かけない。
しかし、かつての繁栄の名残なのか、アーベリトには、石造の建物が多かった。
とはいっても、大きく構えるシュベルテ等の家々を思うと、アーベリトの街並みはこじんまりとしていて、どこか古臭い印象を受ける。
孤児院も、ところどころ修繕しているのか、真新しい塗料の臭いがしたり、部分的に綺麗な石壁があったりはしたが、建物全体を見れば、雨風にさらされて薄汚れていたし、鮮やかに見えた青い煙突屋根も、近くでよく見ると、苔が生えている。
大通りから外れた先、木の柵で囲まれた大きな庭の真ん中に、ぽつんと建つ孤児院は、思ったよりも質素で、みすぼらしかった。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下 ( No.66 )
日時: 2019/06/18 11:05
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: NRm3D0Z6)


 孤児院の玄関まで行くと、扉の奥からは、微かに人の声が聞こえていた。
今、孤児院にいる子供の数は少なく、大体五十ほどだと聞いていたが、それにしたって、気配が薄いし、想像していたより静かだ。
もしかしたら皆、外に出ているのかもしれない。

 テイラーに言われるまま、玄関で靴を脱ぎ、孤児院の中に入ると、砂っぽいような、黴臭いような臭いが、むっと香ってきた。
玄関からは、薄暗くて長い廊下がまっすぐに伸びており、両側の壁に、いくつもの部屋が並んでいる。
きっと、子供たちの共同部屋だ。
それぞれの扉には、二、三人くらいの名前が書かれた木札が、乱雑にかかっていた。

 周囲を見回していると、不意に、廊下の奥の扉が開いて、背の高い女が駆けてきた。

「あらあら、予定より早い到着で。ごめんなさいねえ、出迎えられなくて」

 そう言いながら、女は手早く室内履きを用意して、トワリスたちの足元に並べてくれる。
促されて履いていると、テイラーが女を指して、紹介した。

「こちら、うちの職員で、ヘレナさんと言います」

 ヘレナと呼ばれた女は、目尻に皺を寄せて笑うと、手を差し出してきた。

「貴女がトワリスちゃんね。シグロス孤児院にようこそ。これからよろしくね」

「……よろしくお願いします」

 軽く触れるような握手を交わして、上目にヘレナを見る。
孤児院に来て、その雰囲気に馴染めないトワリスのような子供など、職員たちはもう見慣れているのだろう。
ヘレナも、テイラー同様、トワリスの無愛想な態度を見ても、全く気にしていないようであった。

「それでは、ヘレナさん、あとは頼みますね」

「はい、院長」

 ヘレナの方に行くように指示して、テイラーがトワリスに手を振る。
振り返す代わりに、軽く頭を下げると、苦笑して、テイラーは長廊下の最奥にある部屋へと入っていった。

「テイラーさんは、ここの院長ですからね。お忙しいのよ。孤児院にいないことも多いの、お仕事で外に出ることが増えているみたい。最近は、サミル先生も、あまり頻繁には孤児院に来られなくなってしまいましたからねえ。みんな、やることが多くて、てんてこまいよ。ところで、貴女いくつだったかしら?」

 軽快な口調で問いかけられて、トワリスは、思わず口ごもった。
レーシアス邸には、のんびりとした話し方をする者が多かったし、ヘレナと同年代くらいの女性であるミュゼだって、こんなに忙しない話し方はしなかった。
尋ねてもいないことを早口で捲し立てられると、いまいち、どう反応したら良いのか分からない。

 うつむいたまま、十二歳だと答えると、変わらずの口調で、ヘレナは返事をした。
 
「あらそう! まだ十いっているか、いっていないかくらいだと思っていたけれど、十二なの。それなら、もうお姉さんね。うちの孤児院にいるのは、大体五歳から十歳くらいの子が多いのよ。今日もみんな、雪が降ったっていうので、朝っぱらから外に飛び出して行ったわ。もうとっくに止んで、雪もほとんど積もってないのにねえ。全く、やんちゃで手に追えないったら」

 相槌をはさむ暇もなく、ヘレナがしゃべり続けるので、トワリスは、終始目を白黒させていた。
サミルが紹介した孤児院であるし、トワリスが獣人混じりだと聞いても顔色一つ変えないあたり、テイラーもヘレナも、暖かい人柄であることには違いないのだろう。
だが、ヘレナのこの早口言葉には、ついていける気がしなかった。

 ヘレナは、ぱんぱんと手を叩いた。

「──さ、立ち話していても始まらないし、院内を案内するわ。夕飯時になれば、子供たちも帰ってくるだろうし、貴女の紹介は、そのときね。ついてきてちょうだい」

 ぺらぺらと口を動かしながら、トワリスの手を引いて、ヘレナが歩き出す。
戸惑いながらも、魔導書が詰まった荷物をぎゅっと抱き込むと、トワリスは、ヘレナについていったのだった。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下 ( No.67 )
日時: 2018/10/18 17:40
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: wC6kuYOD)



 子供たちが使っている共同の小部屋の通りを抜けて、廊下を横に曲がると、大きな食堂があった。
食堂には、長い食卓がずらりと並んでおり、天井には、飾り気のないシャンデリアが三つ下がっている。

 食卓を囲んで座る孤児院の子供たちは、新しく来たのだという獣人混じりの少女を、一様に見つめていた。
前に引っ張り出されたトワリスは、沢山の子供たちの視線にさらされて、緊張した様子で縮こまっている。
こんなに注目を浴びたことなんてなかったし、皆が、どんな目で自分を見ているのだろうと思うと、顔をあげることすら出来なかった。

 自己紹介をしろと言われても、名前と年齢を、ぼそっと呟いただけで終わった。
静まり返った室内に、せめてよろしくの一言だけでも言えば良かったと焦ったトワリスであったが、ヘレナが横で補足してくれたので、このときばかりは、彼女の多弁さに深く感謝した。

 席に案内されて、食事が再開しても、トワリスは、うまく場にとけこめなかった。
周りは、今日あった出来事を話したり、年上の子が、まだ小さな子の食事を補助したりと、それぞれ和やかな雰囲気を楽しんでいたが、トワリスには、共通の話題などなかったし、黙々と味の薄い夕飯を口に運ぶことしかできなかった。

 何人か、話しかけてくる子供はいたが、それに対しても、素っ気ない態度で一言二言返すだけで終わってしまった。
別に、話しかけられることが嫌なわけではなかったのだが、どう返事をすれば良いのか分からなかったし、目を合わせるのも怖かった。
そんな態度をとっている内に、トワリスに近づいてくる子供はいなくなったし、トワリス自身、声をかけられなくなったことに、安堵してしまっていた。

 朝起きて、寝る時間まで、常に周囲と足並みを揃えなければならない孤児院での生活は、トワリスにとって、慣れないことの連続であった。
レーシアス邸で暮らしていた頃は、ミュゼの仕事の手伝いをするとき以外は、基本的に自由であったから、疲れたと思えば一人で静かな場所に行ったし、寂しい時は、ルーフェンやダナのところに通っていた。
しかし、孤児院では、一人だけでどこかに行くということが許されない。
常に職員の目が届くところにいないといけないので、どんなときでも、場所でも、やかましい子供たちと一緒だ。
仕方がないと思う一方で、四六時中騒がしい場所にいなければならないのは、正直なところ苦痛であった。

 孤児院に来てから、トワリスは、日中はずっと、レーシアス邸から持ち出した魔導書を読みながら、勉強をしていた。
サミルやルーフェンたちから、一般的な教養を多少教わったとはいえ、魔導師になるには、深い魔術の知識と技術が必要だ。
独学でどれほど身に付けられるものなのかは分からないが、家庭教師を雇ったり、私塾に通うお金なんてものは当然ないので、自力で学んでいくしかなかった。

 常に勉強をしているので、孤児院の職員たちも、トワリスが孤立しているのではと心配しているようだった。
だが、いざ子供たちの輪に引き入れようとしても、トワリスは、なかなか話に乗ろうとしない。
いつしか、孤児院の中でトワリスは、『物静かで一人が好きな読書家だ』、と印象付けられていた。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下 ( No.68 )
日時: 2018/10/21 19:01
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: wC6kuYOD)




 ぽん、と高く蹴り上げられた球が、弧を描いて、青屋根の軒樋(のきどい)にはまった。
続いて沸き起こった子供たちの不満の声に、はっと顔をあげると、トワリスも、目線を魔導書から屋根の方に移した。

「おい、どうすんだよぉ! あんな高いところ行っちまって」

「誰か、枝! 長い枝持ってきて!」

「枝じゃ届かないだろ」

 白い息を吐きながら、男児たちが、どうにか球を取り戻そうと話し合っている。
どうやら、球蹴りをして遊んでいたところ、強く蹴りすぎた球が、屋根の上まで飛んでいってしまったらしい。
天気が良い日の中庭では、よくある光景であった。

 庭の端に設置された長椅子に座って、遠巻きにそれらの様子を見ていたトワリスは、小さくため息をつくと、再び目線を魔導書に落とした。
じきに、孤児院の職員が来て、屋根の上から球を落としてくれるだろう。
そうすれば、ぎゃーぎゃーとわめく男児たちの気も収まるはずだ。

 そうして、職員の登場を待っていたトワリスだったが、今日は、待てども待てども、大人は誰もやってこなかった。
いつもなら、ヘレナあたりが「あらまあ!」なんて高い声をあげながら、駆けつけてくるのだが。

 他の女児たちも、呆れて肩をすくめる中、男児たちの不満の声は、どんどん大きくなっていく。
最初は、どうやって屋根から球を下ろそうかと相談していたのに、いつの間にか、話の内容は、誰があんなところに球を蹴ったのか、という責任の押し付け合いになっていった。

 徐々に言い合いも激しくなり、やがて、取っ組み合いの喧嘩にまで発展し始めた辺りで、トワリスは、魔導書をぱたりと閉じて、立ち上がった。
子供たちの喧嘩なんて、日常茶飯事ではあるが、目の前で怪我でもされたら流石に気分が悪いし、何より、こんなに近くで騒がれては、勉強に集中できない。

 トワリスは、ゆっくりと歩きながら、球がひっかかっている軒樋までの高さを目測し、そのすぐ下に生えている木に狙いを定めると、助走をつけて、思い切り、草地を蹴った。
太い枝に両手で掴まり、反動で一回転して、別の枝に飛び乗る。
それから、もう一度跳んで屋根に移ると、トワリスは、あっという間に球を取り戻した。

 ひとっ跳びで屋根から降りてきたトワリスを見て、子供たちの間に、ざわめきが起こった。
単純に、人間業ではない跳躍力に驚愕したのと、あの大人しいトワリスが、というので、二重に驚きだったのだろう。
中庭で遊んでいた子供たちは皆、目を丸くして、トワリスを見つめている。

 トワリスは、居心地が悪そうに辺りを見回してから、球蹴りをしていた男児の一人に近づくと、取ってきた球を差し出した。

「……はい」

「あ、ありがとう……」

 ぽかんとした表情でお礼を言って、男児が球を受けとる。
これで事態は丸くおさまった──と思われたが、横から割り込んできた別の男児が、払うように球を蹴って、言った。

「きったねー! 獣女がさわった球だぞ! さわったら、獣病がうつるぞ!」

 げらげらと笑うその男児は、名前をルトという、孤児院でも一、二を争う問題児であった。
職員に叱られている常連であったし、唯一、未だにトワリスに話しかけてくる子供でもある。
話しかけてくる、というよりは、突っかかってくる、と言った方が正確だろう。
ルトはいつも、トワリスが獣人混じりであることを、からかってくるのである。


Page:1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 32 33 34 35 36 37 38 39 40 41 42 43 44 45 46 47 48 49 50 51 52 53 54 55 56 57 58 59 60 61 62 63 64 65 66 67 68 69 70 71 72 73 74 75 76 77 78 79 80 81 82 83



小説をトップへ上げる
題名 *必須


名前 *必須


作家プロフィールURL (登録はこちら


パスワード *必須
(記事編集時に使用)

本文(最大 7000 文字まで)*必須

現在、0文字入力(半角/全角/スペースも1文字にカウントします)


名前とパスワードを記憶する
※記憶したものと異なるPCを使用した際には、名前とパスワードは呼び出しされません。