複雑・ファジー小説

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〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下【完結】
日時: 2022/05/29 21:21
名前: 銀竹 (ID: iqu/zy5k)
参照: https://www.kakiko.cc/novel/novel6/index.cgi?mode=view&no=18825

いつもありがとうございます。
闇の系譜シリーズは、四作目のアルファノル編以降、別サイトに移動しております。
詳しくはアルファノル編のスレにて!
………………

 人々の安寧を願ったサーフェリアの前国王、サミル・レーシアス。
彼の興した旧王都──アーベリトは、わずか七年でその歴史に幕を閉じることとなった。

 後に『アーベリトの死神』と称される、召喚師ルーフェンの思いとは……?

………………

 はじめまして、あるいはこんにちは!銀竹と申します。

 本作は、銀竹による創作小説〜闇の系譜〜の二作目の後編です。
サーフェリア編がかなり長くなりそうだったので、スレを上・下と分けさせて頂く事にしました。
一部残酷な表現などありますので、苦手な方がいらっしゃいましたらご注意下さい。

 今回は、サーフェリア編・上の続編となっております。
サーフェリア編・上の知識がないと通じない部分も出てきてしまうと思いますが、伏線以外は極力分かりやすく補足して、進めていきたいと考えています(上記URLはサーフェリア編・上です)。

〜闇の系譜〜シリーズの順番としては
ミストリア編(上記URLの最後の番号五桁が16085)
サーフェリア編・上(17224)
サーフェリア編・下(19508)
アルファノル編(18825)
ツインテルグ編
となっております。
外伝はどのタイミングでも大丈夫です(16159)。
よろしくお願いいたします!

…………………………

ぜーんぶ一気に読みたい方→ >>1-430

〜目次〜

†登場人物(第三章〜終章)† >>1←随時更新中……。

†用語解説† >>2←随時更新中……。

†第三章†──人と獣の少女

第一話『籠鳥ろうちょう』 >>3-8 >>11-36
第二話『憧憬どうけい』 >>37-64
第三話『進展しんてん』 >>65-98

†第四章†──理に触れる者

第一話『禁忌きんき』 >>99-150 >>153-162
第二話『蹉跌さてつ』 >>163-189 >>192-205
第三話『結実けつじつ』 >>206-234

†第五章†──淋漓たる終焉

第一話『前兆ぜんちょう』 >>235-268 >>270-275
第二話『欺瞞ぎまん』 >>276-331
第三話『永訣えいけつ』 >>332-342
第四話『瓦解がかい』 >>343-381
第五話『隠匿いんとく』 >>382-403

†終章†『黎明れいめい』 >>404-405

†あとがき† >>406

作者の自己満足あとがき >>407-411

……………………

基本的にイラストはTwitterにあげておりますので、もし見たい!って方がいらっしゃいましたらこちらにお願いします。→@icicles_fantasy

……………………


【完結作品】
・〜闇の系譜〜(ミストリア編)《複ファ》
ミストリアの次期召喚師、ファフリの物語。
国を追われ、ミストリアの在り方を目の当たりにした彼女は、何を思い、決断するのか。

・〜闇の系譜〜(サーフェリア編)上《複ファ》
サーフェリアの次期召喚師、ルーフェンを巡る物語。
運命に翻弄されながらも、召喚師としての生に抗い続けた彼の存在は、やがて、サーフェリアの歴史を大きく変えることとなる──。

・〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下《複ファ》
三街による統治体制を敷き、サーフェリアを背負うこととなったサミルとルーフェン。
新たな時代の流れの陰で、揺れ動くものとは──。

【現在の執筆もの】

・〜闇の系譜〜(外伝)《複ファ》
完全に狐の遊び場。〜闇の系譜〜の小話を載せております。

・〜闇の系譜〜(アルファノル編)《複ファ》
ミストリア編後の物語。
闇精霊の統治者、エイリーンとの繋がりを明かし、突如姿を消したルーフェン。
召喚師一族への不信感が一層強まる中、トワリスは、ルーフェンの後を追うことを決意するが……。
憎悪と怨恨に染まった、アルファノル盛衰の真実とは──?

【執筆予定のもの】

・〜闇の系譜〜(ツインテルグ編)《複ファ》
アルファノル編後の物語。
世界の流転を見守るツインテルグの召喚師、グレアフォール。
彼の娘である精霊族のビビは、ある日、サーフェリアから来たという不思議な青年、アーヴィスに出会うが……。




……お客様……

和花。さん
友桃さん
マルキ・ド・サドさん
ヨモツカミさん


【お知らせ】
・ミストリア編が、2014年の冬の大会で次点頂きました!
・サーフェリア編・上が、2016年の夏の大会で銅賞を頂きました!
・2017年8月18日、ミストリア編が完結しました!
・ミストリア編が2017年夏の大会で金賞を頂きました!
・サーフェリア編・上が、2017年冬の大会で次点頂きました!
・2018年2月18日、サーフェリア編・上が完結しました!
・サーフェリア編・下が、2019年夏の大会で銀賞頂きました!
・外伝が、2019年冬の大会で銅賞頂きました!
・サーフェリア編・下が、2020年夏の大会で銀賞頂きました!
・サーフェリア編・下が、2020年冬の大会で金賞頂きました!
いつも応援して下さってる方、ありがとうございます(*^▽^*)

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下【1月完結予定】 ( No.374 )
日時: 2021/01/22 20:25
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: r1a3B0XH)



 やがて、大病院の目の前まで来ると、ロンダート以外の自警団員たちが、持っていた松明を、槍のように化物に投げつけた。
燃え盛る炎が、油まみれの体表に着火して、みるみる広がっていく。
化物が、苦しげに身体をくねらせ、炎を消そうと大病院に突撃した、その時──。

 トワリスは、ようやく、自警団員たちの狙いに気づいた。

「ロンダートさん……っ!」

 喉を震わせ、大声で呼ぶと、一瞬、振り返ったロンダートと目が合った。
ロンダートは、いつもの調子でにっと笑うと、そのまま大病院の中に踏み込み、松明を投げ捨てる。
痛む脚を擦り、どうにかしてトワリスが立ち上がろうとした、その、次の瞬間。

 突然、視界が白んだかと思うと、一拍遅れて、耳をつんざくような爆発音が鳴り響いた。
化物ごと、大病院が炎上し、もくもくと黒煙の柱が立ち上る。
自然発火の勢いではなかった。

 つん、とした消毒液の匂いと、酒の匂いが漂ってきて、トワリスはその場にへたり込んだ。
ロンダートたちは、助かる見込みがないと判断した怪我人たちを、避難させてなどいなかった。
化物の糧となることを防ぐために、用意していた消毒液や酒を撒いて、建物ごと燃やしたのだ。自分達を、囮に使って。

 声にならない悲鳴をあげると、化物は、火だるまになってのたうち回った。
無茶苦茶に触手を動かし、周囲の瓦礫を手当たり次第に蹴散らしていくが、ついに、触手や脚が焼け落ち始めると、じたばたと痙攣するだけのさなぎのようになった。

 糧としていた人間がほとんど死んだためか、化物が、瞬時に身体を再生させることはなかった。
それでも、少しずつ、少しずつ、燃えただれた体表を回復させようとしている。
まだ、大病院の中に、生きている人間がいるのだ。

 トワリスは、剣を支えに立ち上がると、右足を引きずりながら、よろよろと大病院に近づいていった。
あと数歩といったところで、肺がひりつくような熱気に当てられ、思わず後ずさる。
大きく傾いた建物を包み込み、激しく踊るように揺れている炎が、苦しみ、悶えている人の姿にも見えた。

 灰色の空を仰ぐと、トワリスは、肌が湿るような、微かな雨を感じた。
霧と変わらない、煙のような雨では、燃え盛る炎を消すことなどできない。
消したところで、どうなるというのか。
化物の食い物にされ、他に助かる道がないから、ロンダートは、逃げ延びた避難民のために、化物諸共消え去る選択をしたのだ。

 ずるずると地面を擦るような音が聞こえて、振り返ると、トワリスのすぐ傍まで、化物が這い擦ってきていた。
炎は消えていたが、全身が煙をあげて燻り、脚や尾の一部は炭化している。
それでも、まだ再生しようとしているのか、ぎちぎちと鋏角きょうかくを蠢かせて、トワリスのことを見ていた。

 剣を構えようとしたトワリスは、その時初めて、自分が酸欠を起こしていることに気づいた。
知らず知らずの内に、煙を吸っていたのだろう。
呼吸をすると、喉が刺されるように痛んで、目の前がぐらっと揺らいだ。

 トワリスが動けずにいると、不意に、足音が近づいてきて、人影が化物に突進した。──ハインツだ。
重々しい音と共に、化物が横倒しになり、しかし、その衝撃で、ハインツも地面に弾き跳ばされた。
背中の切り傷から、のろのろと血が溢れている。
トワリスは、目眩で倒れそうなところを踏み留まると、剣を両手で一本に持ち替え、渾身の魔力を込めた。

 この化物には、もう再生するための糧がない。
ハインツも、トワリスも、これ以上は限界だ。
一撃で仕留められるかどうかは分からなかったが、やるしかなかった。

 炎を灯した剣を、大きく振りかぶろうとした、その時だった。
突然、雲が不気味な光を孕んだかと思うと、視界が点滅して、雷鳴がとどろいた。

「────っ!」

 青白い閃光が目をき、トワリスとハインツは、反射的に腕で顔を覆った。
雷撃は一度ならず、二度、三度とほとばしり、見る間に化物を塵に変えていく。
間近で稲妻が大気を渡り、まるで生きた心地がしなかったが、魔力の膜にくるまれるようにして守られていたトワリスとハインツは、痛みも熱さも感じていなかった。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下【1月完結予定】 ( No.375 )
日時: 2021/01/23 20:22
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: r1a3B0XH)



 どのくらいうずくまっていたのか。
ふと、名前を呼ばれて、トワリスは目を見開いた。
見慣れた銀髪が視界に入って、身体の芯がほぐれるような、安堵感が湧いてくる。
ルーフェンは、トワリスの右脚と、ハインツの背の傷に止血を施すと、言葉もなく、辺りの惨状を見回した。

 もはや見知った面影はない。
一面、瓦礫の海と化したアーベリトを見渡し、それから、足元の魔法陣を見る。
誕生と死滅、再生と破壊、呪詛の魔語が延々と書き連ねられたそれらの術式を見れば、一体誰がこんなことをしたのか、ここで何があったのかは、なんとなく読み取れた。

 次いで、未だ燃え盛る大病院のほうを見やると、座り込んでいるトワリスが、涙を押し殺したように言った。

「……ごめんなさい。シュベルテと、同じことが起きたんです。化物が出て、そいつが、魔力を得て回復してしまって。それで、ロンダートさんたちが……」

 訥々とつとつと溢して、ぐっと唇を噛む。
ハインツは立ち上がると、ルーフェンをすがるように見た。

「……お願い、火、消して。まだ、生きているかも……」

 そう言ったハインツの手が、細かに震えている。

 ルーフェンは、再び炎に視線を移すと、しばらくの間、静かに黙っていた。
だが、ややあって、ルーフェンが手をかざすと、大病院を包んでいた炎は、収まるどころか、爆発して、更に燃え上がった。

 うだるような熱風が髪をなぶり、トワリスとハインツは、思わず顔を背ける。
傾いたまま、なんとか持ちこたえていた大病院の屋根は、ついに、炎に飲まれ、ひしゃげて倒壊した。

 トワリスとハインツが、ぞっとしたような面持ちでルーフェンを見ると、彼は、平坦な声で告げた。

「……ごめん。こうなったら、もうどうしようもないんだ。……本当に、ごめん」

 謝罪を繰り返したルーフェンの表情は、座っていたトワリスからは、よく見えなかった。
ただ、大病院が黒く焼け爛れた残骸となり、崩れ去っていく様を、ルーフェンは、じっと見つめていた。

「……ルーフェンさん」

 不意に、トワリスが口を開いた。
やっぱり、召喚術のことを知っていたんですか、と尋ねようとしたとき。
誰かが、背後から声をかけてきた。

「ああ、可哀想に……。死んでしまったのね……」

 ルーフェンたちが、はっと振り返ると、気配もなくそこに佇んでいたのは、シルヴィア・シェイルハート──その人であった。

 美しい銀髪をなびかせ、たおやかに歩み寄って、大輪の花の如き佇まいでそこに立つ。
シルヴィアは、煌々こうこうと燃える炎を前に、ふと、灰と化した化物のむくろを見ると、ゆっくりと、その両腕を広げた。

「形を成すのは、まだ早かったのね。苦しかったでしょうに……。でも大丈夫、貴方は何にでもなれるのよ。さあ、こちらにおいで、おいで……」

 一体シルヴィアが何を言っているのか分からず、トワリスたちは、眉を潜めた。
しかし、問う間もなく、目の前で起きたことに、絶句することになる。
化物の骸が溶け出し、黒々とした液体になると、それが、赤子の泣き声を発しながら、シルヴィアに向かって這い出したのだ。

 それは最初、陸に打ち上げられたオタマジャクシのような姿で、地面をうねるようにして這っていた。
だが、やがて、イモリのように四肢を生やし、最終的には、人間の赤子のような形に変わると、シルヴィアの足元に辿り着いた。

「さあ、こっちに来て。可愛い、可愛い私の子……。ふふ、貴方の名前は何にしようかしら」

 シルヴィアは膝をつくと、しゃくりあげる子供のようなそれを、愛おしそうに抱き締めた。

「そうね……アガレス。貴方の名前は、アガレスにしましょう。私たちは代々、一番目のバアルを継いでいるから、貴方は、二番目のアガレスよ」

 言いながら、とんとんと子供の背を叩いて、シルヴィアは、あやすように耳元で囁いた。

「もう泣かないで、大丈夫よ。ほら、よく集中して、感覚を研ぎ澄ませるの。この魔法陣の上には、まだ沢山の人間がいるわ。死にかけて、弱った人間がちょうどいいわね」

 シルヴィアの言葉に呼応するかのように、足元の魔法陣が鈍く光って、あの凍てついた魔力が、街中からシルヴィアの元へ集まってくる。
同時に、身体に刻まれた魔語が、再び痛みを伴って、トワリスとハインツは呻き声をあげた。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下【1月完結予定】 ( No.376 )
日時: 2021/01/30 10:13
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: r1a3B0XH)

 ルーフェンは、はっと表情を強張らせると、シルヴィアを睨み付けた。

「この期に及んで、なんのつもりだ。……お前がやったのか、全て」

 唸るような声で言って、ルーフェンが殺気立つ。
シルヴィアは、銀の目を細めて、にっこりと笑った。

「そうよ、私がやったの。……でも駄目ね。悪魔を作ったのは初めてだったから、少し加減を間違えたみたい。どうも、意識を失っていない人間は、肉体と魂の結び付きが強すぎて、うまく力を奪えないようなのよ。死んだ人間は元より、魂が既に肉体から離れてしまっているし……。贄の選定を、死にかけて、魂と肉体が分離しかかっている人間に限定したら、街一つ分じゃ、大した量にはならなかったわね」

 言いながら、シルヴィアが手をかざすと、トワリスとハインツの身体に刻まれた魔語が、ふっと薄くなって消えた。
瀕死でもない二人からは、大した力を奪えないため、用済みということなのだろうか。
しかし、アーベリトの人々を犠牲にし、魔力を吸収して肥大した悪魔は、赤子の姿から徐々に成長し、やがて、立ち上がると、屈んだシルヴィアと同じくらいの背丈になった。
 
 泥人形のようだった悪魔は、やがて、茶髪の少年の姿になると、ゆっくりと振り返った。
ルーフェンの瞳が、微かに揺れる。
シルヴィアは、満足そうに微笑むと、悪魔の頬に口づけた。

「ふふ、懐かしいわ。形がとれるだけ、セントランスよりは上手くやれたみたい。……覚えているかしら、貴方の弟のアレイドよ。兄弟の中じゃ、一番よく話していたでしょう?」

「…………」

 ルーフェンは、無意識に息を詰めて、今は亡き弟の姿をした悪魔を見つめていた。
悪魔もまた、こちらを見つめていたが、その光のない目には、ルーフェンなど映っていない。
ルーフェンは、乾いた笑みを浮かべた。

「……だからなんだ。自分で殺した息子を、今更生き返らせようとでも言うのか。それとも、似た泥人形を傍に置いて、可哀想な自分を慰めようって?」

 悪意の満ちた言い方に、束の間、シルヴィアの顔から笑みが消える。
だが、すぐにいつも通りの冷たい微笑に戻ると、シルヴィアは立ち上がった。

「そんなこと言わないで、ルーフェン。私はただ、最期に召喚師としての力を取り戻したかっただけ。貴方が力を返してくれないのなら、私が新たに、使役悪魔を作るしかないと思ったの。……それで、折角なら、獣や人間離れした姿をじゃなくて、馴染みのある形を取らせた方が良いでしょう……?」

 そう呟いて、シルヴィアが悪魔の背に触れると、悪魔は、再び形の定まらない泥人形となり、次いで、背の高い男の姿をとった。
それを見て、今度はトワリスとハインツが、動揺の色を見せる。
悪魔が象ったのは、ロンダートを初めとする、自警団員たちの姿だったのだ。

 トワリスは、唇を震わせると、思わず叫んだ。

「待ってください! 貴女たちの言う悪魔って、死にかけた人間から魂を無理矢理引き剥がして、それを集めた存在だってことですか? そんなことして、ルーフェンさんと争って、一体何になるって言うんですか! 私達が、貴女に何をしたって言うんですか! ロンダートさんや、アーベリトの人達を返してください……!」

 感情の高ぶりと共に、思いがけず、涙が溢れた。
怒りや悲しみ、様々な激情がない交ぜになった瞳で睨んできたトワリスに、シルヴィアは、淡々と答えた。

「悪魔というのは、理から外れた人間の成れの果て……みたいなものよ。こんなことを始めたのは、召喚師一族の始祖でしょうから、私も、詳しい経緯は知らないわ。でも、使った魂は、元の器に戻したところで、二度と元通りにはならない。それが代償よ。貴方たちが言う禁忌魔術というのは、何かを取り戻すために、何かを失う魔術だもの」

 滔々とうとうと語られた真実を、ルーフェンだけが、顔色を変えずに聞いていた。
ルーフェンは、ただ黙って、怒りと嫌悪の眼差しをシルヴィアに向けている。
その表情を見て、トワリスは、シルヴィアの言ったことはら嘘ではないのだろうと思った。

 禁忌魔術の代償となったものは、もう戻らない。
無我夢中で闘っていたため、はっきりと意識していなかったが、先程までトワリスとハインツが攻撃していた化物は、アーベリトの人々の魂そのものだったのだ。
そう思うと、腹の底から震えが走った。

 ルーフェンに向き直ると、シルヴィアは、口を開いた。

「私のことが、憎いでしょう。恨めしくて、殺したくて、堪らないでしょう。……だから、もうおしまい」

 人形のように佇んでいた悪魔が、ふっと大気に溶けて、シルヴィアの中に宿る。
身構えたルーフェンに、唇で弧を描くと、シルヴィアは唱えた。

「──汝、完成と闘争を司る地獄の公爵よ。従順として求めに応じ、可視の姿となれ……。……アガレス」

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下【1月完結予定】 ( No.377 )
日時: 2021/01/24 19:26
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: r1a3B0XH)



 シルヴィアから、突風のように魔力が迸ったのと、ルーフェンが結界を張ったのは、ほとんど同時だった。
地鳴りが響いて、ルーフェンたちが立っている場所を避けるように、地面に亀裂が入る。
結界外で巻き起こった暴風に、周囲の瓦礫や木々がぎ倒され、互いにぶつかり合って、亀裂の下に雪崩れ落ちていった。

 揺らめく人影のように、シルヴィアの傍に発現した悪魔は、ややあって、有翼の巨大なトカゲのような姿になると、結界に食らいついた。
咄嗟にルーフェンが手を動かすと、結界が雷撃を帯び、弾かれた悪魔が、液状になって飛び散る。
しかし悪魔は、びりびりと振動する結界にへばりつき、無数の手を伸ばすと、ルーフェンたちを包むように広がった。

 どう助太刀すれば良いのか分からず、剣を握ったまま硬直していたトワリスは、ふと、何かに呼ばれたような気がして、視線を巡らせた。
覆い被さる悪魔の体表が、沸騰したように泡立ち、弾け、ぼこぼこと波立っている。
その泡が、人の顔を象って、トワリスに言った。

──殺せ、殺せ……!

 浮き上がった顔が、恨めしそうにトワリスを責め立てる。
苦悶の表情で喘ぎながら、憎悪の眼差しで、こちらをじっと見つめている。
それらが全て、この悪魔に吸収された者たちなのだと思った途端、身体を絡め取られたかのように、動けなくなった。
剣を持つ手が強張って、もう握れないし、斬れない。
もしかしたら、この顔一つ一つが、正真正銘、アーベリトの人々の魂かもしれないのだ。

 トワリスとハインツが、吸い寄せられるように悪魔の目を見ていることに気づくと、ルーフェンは叫んだ。

「見るな! 声も聞いちゃ駄目だ!」

 肩を震わせた二人の目に、はっと光が戻る。
ルーフェンは、トワリスから片剣をとると、それを逆手に持ち替え、悪魔の目に突き刺した。

 縮み上がった悪魔が、耳障りな断末魔を発する。
刃に伝わせ、ルーフェンが一気に魔力を放出させると、今度こそ悪魔は霧散した。
間髪いれずに結界を解き、短く詠唱すれば、飛散した悪魔を追撃して、立て続けに稲妻が閃く。
弾かれ、撹拌かくはんされ、もはや、形を保てなくなった悪魔であったが、すぐに周辺から魔力を吸収し出すと、散った身体を寄せ合って、再生し始めた。

 何度攻撃したところで、魔法陣上ににえとなる人魂がある限り、この生まれたての悪魔は消えない。
何もかも、もう元には戻らない。
その現実を突きつけられた時、不意に、時の流れが緩やかになった。

 激しい魔力のぶつかり合いで、大気が振動している。
その中で、ふと、視界に入ったシルヴィアの顔を見て、ルーフェンは、自分がやらなければならないことを悟った。

 ルーフェンは、つかの間目を閉じて、開いた。
再度剣に魔力を込めれば、剣が粘土細工のように変形し、鉄杖へと変わる。
その杖を、一気に横に振ると、次の瞬間、灼熱の炎が辺り一面を飲み込んだ。

 霧に包まれていた街が、燃え盛る炎の海に沈んでいく。
吹き荒れていた嵐が止み、全ての音が、炎の音に吸い込まれて消えていった。

「まあ……皆、殺してしまったのね」

 不意に、シルヴィアが、少し驚いたように呟いた。
トワリスとハインツも、目前で起きていることが信じられぬ様子で、ルーフェンのことを見つめている。
何故、とは問えなかった。理由は分かっていたからだ。
ただ、一瞬でその選択を果たしてしまったルーフェンに、どうしても、理解が追い付いていなかった。

 糧を失った悪魔が、泥のように地面にわだかまっている。
沸き上がった泡が、見知った顔になって、ルーフェンに歪んだ目を向けた。
ルーフェンは、この目をよく知っている。
幼かった頃、身の内に巣食う悪魔に意識を取り込まれると、いつも、暗がりから、この目がルーフェンを見ていた。
苦痛を訴え、嘆き悲しみ、ルーフェンに贖罪しょくざいを求める人々の目だ。

 悪魔のほうに杖を向けると、ルーフェンは言った。

「──来い」

 一斉に目を剥くと、悪魔は、ルーフェンに襲いかかった。
邪悪な気を纏い、放物線を描きながら飛び上がって、掴みかかるように、無数の手を伸ばしてくる。
その手が、いつだったかの、差し伸べられた手と重なって、ふと、今までの思い出が蘇ってきた。

 目まぐるしくも、穏やかだったサミルとの日々。
倒壊した建物の隙間から見つかった、半獣人の少女と、最初は街中を歩いただけで卒倒しかけていた、リオット族の少年。
二人を招き入れたとき、現役を引退して、屋敷で暇を持て余していた医術師連中は、いよいよ色物揃いになったなぁと、案外すんなり事態を受け入れていた。
ちょっとした魔術を見せただけで、すごいすごいと興奮し、陽気に笑っていたアーベリトの人々。
何度言っても、勝手に王室や執務室に入ってくる自警団の者たちに、当時、屋敷勤めだった家政婦たちは、いつも憤慨していた──。

 すぐ目の前まで、悪魔が迫っている。
歯を食い縛ると、ルーフェンは目を背けた。

(……ごめん)

 どこかで、遠雷のような音が鳴り響いた。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下【1月完結予定】 ( No.378 )
日時: 2021/01/25 21:10
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: r1a3B0XH)



  *  *  *



 移動陣でアーベリトに向かったであろうルーフェンを追って、ジークハルトも、シュベルテから飛び出した。
アレクシアから、新興騎士団がアーベリトに向かっているという密書を受けて、一刻以上が経過している。
これが計画的な進軍で、今朝方には出発していたのだとすれば、行軍と言えど、既にアーベリトに到着していてもおかしくない頃であった。

 アーベリトに隣接する森に入ったところで、ジークハルトは、ふと馬を止めた。
近くの茂みに身を隠し、耳を澄ませると、風に乗って、複数の馬蹄の音が聞こえてくる。
戦を仕掛けるほどの大軍ではなさそうだが、アーベリトのように、兵力の少ない街の意表を突くには、十分な数だろう。
ジークハルトは、馬にまたがると、その脇腹を蹴って、山道を駆けたのであった。

 肌を湿らす霧雨は、森を抜ける頃には、みぞれ混じりの冷たい雨に変わっていた。
雨避けの外套を羽織り、馬を駆る速度を上げれば、アーベリトの街並みが近づいてくる。
その時になって、ジークハルトは、漂う奇妙な静けさに気づいた。

 濡れそぼる草木や、石の匂いに混じって、異様な焦げ臭さが鼻をつく。
立ち昇る黒煙が見え始め、やがて、その光景が目に飛び込んでくると、ジークハルトは息を飲んだ。

 このようなむごい光景を見るのは、これで二度目であった。
アーベリトが、そこだけ切り取られたかのように陥没し、炎に包まれている。
雨のお陰か、鎮火している箇所もあったが、既に灰燼かいじんと化した街並みが、尚も炎にめられている様は、地獄以外の何ものでもなかった。

 倒壊した家々の残骸を飛び越え、ある程度進むと、馬が火を怖がって、進まなくなった。
ジークハルトは手綱を引き、一歩引いて様子を見ていたが、少しして、落ち着かない馬を森の近くに繋ぐと、火が回っていない場所を選んで街中を走った。

 アーベリトに入った時から、尋常ではない、強大な魔力を感じていた。
その残滓ざんしを辿り、一際黒煙が上がっている場所に行き着くと、そこは、今まで通ってきたどこよりも、凄惨な有り様であった。
大規模な建物が建っていたのか、黒焦げになった瓦礫が、広範囲に散乱している。
既に火は消えていたが、その瓦礫に埋もれるような形で、消し炭と化した遺体が、折り重なるようにして倒れていた。

 延々と続く死体の山が、ようやく途切れたその先に、探していた人物が立っていた。
ジークハルトは瞠目し、よろけるようにして前に出ると、陰雨いんうの中で佇むルーフェンを見つめた。
彼の足元には、シルヴィアが倒れている。
青白い手指は微動だにせず、血と水溜に沈んだ銀髪が、雨に打たれて、ゆらゆらと揺れていた。

「……殺したのか」

 ジークハルトが問いかけると、ルーフェンの近くにいた二人が、はっと顔を上げた。
一人は、見覚えのある半獣人の女魔導師、もう一人は、見知らぬリオット族の大男であった。
ルーフェンは、顔をあげずに、シルヴィアを見下ろしたまま答えた。

「……まだ死んでない。魔力が減って、弱ってるだけだ。すぐに回復する。……この女、一体いくつ自分に禁忌魔術をかけてるんだか」

 憎々しげに吐き捨てて、容赦なく鉄杖を振り上げたルーフェンの手を、ジークハルトは、咄嗟に掴んで止めた。

「やめろ! どうせ、もう分かっているんだろう。今、新興騎士団がこの街に向かっている。奴らの狙いの一つは、召喚師一族だ。お前とその母親が共倒れでもしたら、それこそ教会の思う壺だぞ」

 ルーフェンは、ジークハルトの手を振り払った。

「そんなことどうだっていい。この女が、アーベリトを陥れたのは事実だ」

「だとしても、裁くのは、拘束してシュベルテに連れ帰ってからで良いだろう! 教会とシルヴィアが繋がっていた可能性もある。全て吐かせて、教会の不正を明るみにしてから処断するべきだ」

「そんなの、拷問したって吐くわけないだろう。いいから放っておいてくれ! いい加減、この女とは決別したいんだ」

 再び振り上がったルーフェンの手を、ジークハルトが止める。
その瞬間、銀の瞳に鋭い光が浮び、ルーフェンは、思い切りジークハルトを蹴り飛ばした。
水しぶきを跳ね上げて、ジークハルトが地面に転倒する。
だが、ルーフェンがシルヴィアに手を伸ばすよりも速く立て直すと、今度はジークハルトがルーフェンを殴り飛ばした。


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