複雑・ファジー小説
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- 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下【完結】
- 日時: 2022/05/29 21:21
- 名前: 銀竹 (ID: iqu/zy5k)
- 参照: https://www.kakiko.cc/novel/novel6/index.cgi?mode=view&no=18825
いつもありがとうございます。
闇の系譜シリーズは、四作目のアルファノル編以降、別サイトに移動しております。
詳しくはアルファノル編のスレにて!
………………
人々の安寧を願ったサーフェリアの前国王、サミル・レーシアス。
彼の興した旧王都──アーベリトは、わずか七年でその歴史に幕を閉じることとなった。
後に『アーベリトの死神』と称される、召喚師ルーフェンの思いとは……?
………………
はじめまして、あるいはこんにちは!銀竹と申します。
本作は、銀竹による創作小説〜闇の系譜〜の二作目の後編です。
サーフェリア編がかなり長くなりそうだったので、スレを上・下と分けさせて頂く事にしました。
一部残酷な表現などありますので、苦手な方がいらっしゃいましたらご注意下さい。
今回は、サーフェリア編・上の続編となっております。
サーフェリア編・上の知識がないと通じない部分も出てきてしまうと思いますが、伏線以外は極力分かりやすく補足して、進めていきたいと考えています(上記URLはサーフェリア編・上です)。
〜闇の系譜〜シリーズの順番としては
ミストリア編(上記URLの最後の番号五桁が16085)
サーフェリア編・上(17224)
サーフェリア編・下(19508)
アルファノル編(18825)
ツインテルグ編
となっております。
外伝はどのタイミングでも大丈夫です(16159)。
よろしくお願いいたします!
…………………………
ぜーんぶ一気に読みたい方→ >>1-430
〜目次〜
†登場人物(第三章〜終章)† >>1←随時更新中……。
†用語解説† >>2←随時更新中……。
†第三章†──人と獣の少女
第一話『籠鳥』 >>3-8 >>11-36
第二話『憧憬』 >>37-64
第三話『進展』 >>65-98
†第四章†──理に触れる者
第一話『禁忌』 >>99-150 >>153-162
第二話『蹉跌』 >>163-189 >>192-205
第三話『結実』 >>206-234
†第五章†──淋漓たる終焉
第一話『前兆』 >>235-268 >>270-275
第二話『欺瞞』 >>276-331
第三話『永訣』 >>332-342
第四話『瓦解』 >>343-381
第五話『隠匿』 >>382-403
†終章†『黎明』 >>404-405
†あとがき† >>406
作者の自己満足あとがき >>407-411
……………………
基本的にイラストはTwitterにあげておりますので、もし見たい!って方がいらっしゃいましたらこちらにお願いします。→@icicles_fantasy
……………………
【完結作品】
・〜闇の系譜〜(ミストリア編)《複ファ》
ミストリアの次期召喚師、ファフリの物語。
国を追われ、ミストリアの在り方を目の当たりにした彼女は、何を思い、決断するのか。
・〜闇の系譜〜(サーフェリア編)上《複ファ》
サーフェリアの次期召喚師、ルーフェンを巡る物語。
運命に翻弄されながらも、召喚師としての生に抗い続けた彼の存在は、やがて、サーフェリアの歴史を大きく変えることとなる──。
・〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下《複ファ》
三街による統治体制を敷き、サーフェリアを背負うこととなったサミルとルーフェン。
新たな時代の流れの陰で、揺れ動くものとは──。
【現在の執筆もの】
・〜闇の系譜〜(外伝)《複ファ》
完全に狐の遊び場。〜闇の系譜〜の小話を載せております。
・〜闇の系譜〜(アルファノル編)《複ファ》
ミストリア編後の物語。
闇精霊の統治者、エイリーンとの繋がりを明かし、突如姿を消したルーフェン。
召喚師一族への不信感が一層強まる中、トワリスは、ルーフェンの後を追うことを決意するが……。
憎悪と怨恨に染まった、アルファノル盛衰の真実とは──?
【執筆予定のもの】
・〜闇の系譜〜(ツインテルグ編)《複ファ》
アルファノル編後の物語。
世界の流転を見守るツインテルグの召喚師、グレアフォール。
彼の娘である精霊族のビビは、ある日、サーフェリアから来たという不思議な青年、アーヴィスに出会うが……。
……お客様……
和花。さん
友桃さん
マルキ・ド・サドさん
ヨモツカミさん
【お知らせ】
・ミストリア編が、2014年の冬の大会で次点頂きました!
・サーフェリア編・上が、2016年の夏の大会で銅賞を頂きました!
・2017年8月18日、ミストリア編が完結しました!
・ミストリア編が2017年夏の大会で金賞を頂きました!
・サーフェリア編・上が、2017年冬の大会で次点頂きました!
・2018年2月18日、サーフェリア編・上が完結しました!
・サーフェリア編・下が、2019年夏の大会で銀賞頂きました!
・外伝が、2019年冬の大会で銅賞頂きました!
・サーフェリア編・下が、2020年夏の大会で銀賞頂きました!
・サーフェリア編・下が、2020年冬の大会で金賞頂きました!
いつも応援して下さってる方、ありがとうございます(*^▽^*)
- Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下 ( No.274 )
- 日時: 2020/07/10 00:06
- 名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: 8NNPr/ZQ)
執務室を出ると、長廊下の先を、二人の男が歩いていた。
薄暗いので、顔はよく見えないが、もしかしたら、先程部屋の前を通りすがった二人かもしれない。
目を凝らして見ると、二人の内、一人は自警団員で、もう一人は、魔導師用のローブを身に付けているようであった。
アーベリトには、他にも何人か魔導師がいると聞いていたが、トワリスは未だ、ハインツとしか面識がない。
追いかけてまで挨拶するかどうか迷っていると、先方も、後ろを歩くトワリスの存在に気づいたらしい。
ふと足を止めると、自警団員の方が、手を振って近づいてきた。
「お、どうしたんだ? こんなところで。今日、夜番じゃないだろう」
揚々と声をかけてきたのは、ロンダートであった。
燭台の炎しか光源がない暗がりでも、間近に寄れば、はっきりとその顔が見える。
先程までルーフェンと執務室にいたのだ、とは答えづらくて、トワリスは、別の言い訳を考えていた。
しかし、暗がりから顔を出した、もう一人の男を見た瞬間、言葉を失った。
その魔導師は、覚えのある金髪の青年だったからだ。
「サ、サイさん……?」
「えっ……トワリスさん?」
そろって声を上げ、瞠目する。
ロンダートの傍らにいたのは、トワリスの同期であり、卒業試験を共にした魔導師──サイ・ロザリエス、その人だったのだ。
サイとは、卒業前に禁忌魔術の件で揉み合って以来、一度も会っていない。
あの後トワリスは、すぐにハーフェルンに配属されて、魔導師団の本部を去ったので、彼がどこでどうしているかなど、全く知らなかったのだ。
絶句する二人の顔を交互に見て、ロンダートが、ぽんっと手を打った。
「よく考えたら、そうか! トワリスちゃんとサイくんって、今年魔導師に上がってるから、もしかして同期? なぁんだ、じゃあ紹介するまでもないじゃんか!」
真夜中によく響く声で言って、ロンダートが、二人の頭をわしゃわしゃと撫でる。
サイは、乱された金髪を直すこともせず、まじまじとトワリスを見つめた。
「お、驚きました……。最近新しく来た魔導師って、トワリスさんのことだったんですね。すごい偶然というか、なんというか……」
サイの瞳に浮かんでいた驚愕の色が、徐々に歓喜のものへと変わっていく。
禁忌魔術の件で言い合いになったことなど、もう忘れてしまったのか。
サイは、純粋にトワリスとの再会を喜んでいるようであった。
一方のトワリスは、動揺の方が大きく、うまく笑みを返せなかった。
今でも、生きる魔導人形──ラフェリオンに魅入られ、取り憑かれたように机にかじりついていたサイの眼差しを思い出すと、寒気が背筋を走る。
サイは、ラフェリオンを追うことは、もう諦めたのだろうか。
気になったが、この場で尋ねて、話を掘り返したくはなかった。
トワリスは、サイの顔を見上げた。
「……私も、驚きました。サイさん、アーベリトに配属されてたんですね。春頃まで勤務地を通達されていなかったようなので、てっきり、シュベルテに残るのかと思ってました」
ひとまず、ラフェリオンの件には触れず、当たり障りのない返事をする。
すると、サイの表情が、突然曇った。
「あ、そ、そうなんです……。すみません。何の知らせも出していなくて……。怒ってますよね……?」
「怒る? なんでですか?」
思わぬ謝罪をされて、トワリスが瞬く。
サイは、申し訳なさそうに俯いた。
「だって、トワリスさん、アーベリトに行くために、とっても努力してたじゃないですか。それなのに、私なんかが配属されてしまって……。言い訳になっちゃうんですけど、王都配属を命じられたとき、私は、トワリスさんを代わりに推薦しようと思ったんですよ。実力があって、アーベリト出身者故に思い入れもある分、私なんかより、絶対トワリスさんのほうが向いてますよって。ただ、その時にはもう、トワリスさんはハーフェルンに配属されていましたし、私も、いざお話を頂いたら、アーベリトに俄然興味が出てきてしまって……。アーベリトは、医療魔術に長けた街ですし、召喚師様もいらっしゃいます。シュベルテでは学べなかった、新しい魔術に出会えるんじゃないか……とか考え始めたら、楽しくなってしまって、気づいたら、辞令を受けていたんです。早急にトワリスさんにお詫びしなければ、という気持ちも勿論あったのですが、アーベリトに異動してすぐは、やはりバタバタしてしまって。完全に知らせを出す時期を失ってしまったんです。本当に、すみません……」
焦った口調で捲し立てながら、サイが、深々と頭を下げる。
トワリスは、そうして平謝りする彼の姿を、つかの間、ぽかんとした顔で眺めていた。
- Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下 ( No.275 )
- 日時: 2020/07/02 19:03
- 名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: 8NNPr/ZQ)
確かに、サイがアーベリトに配属されたことは知らなかったが、そのせいで、彼がトワリスに負い目を感じていたなんて、思いも寄らなかった。
むしろトワリスとしては、配属されていたのがサイだと聞いて、納得したくらいである。
サイは、それだけ優秀で、王都に引き抜かれるにふさわしい訓練生だったからだ。
基本的に、才覚が認められた新人魔導師は、シュベルテを中心とした、発展都市に回される傾向にある。
アーベリトは、極力外部から戦力を入れようとはしないので、そもそも新人魔導師を引き入れるのかどうかすら分からなかった。
だが、もし採るのであれば、時の王都としては当然、優秀な人材を採るだろう。
そして、その候補の中に、サイは絶対にいたはずである。
トワリスは、サミルやルーフェンと暮らした経験があるので、“信用できる”という理由から、アーベリトに選ばれる可能性はあった。
しかし、そういった身内贔屓を勘定に入れなければ、やはりサイには敵わない。
彼はそれだけ、トワリスの同期の中で、抜きん出た才能があったのだ。
そう考えれば、サイがアーベリトに配属されたのは、ある意味当然の結果と言えよう。
実力差があることは事実なのだから、羨ましく思うことはあれど、怒ったり、恨んだりする理由は一つもない。
ましてサイは、トワリスにとって、卒業試験を共に乗り越えた仲間だ。
謝ってほしいなどとは、全く思わなかった。
トワリスは、戸惑ったように首を振った。
「や、やめてください。私、全然怒ってないですよ。単純に、実力のあるほうが選ばれた、ってだけの話じゃないですか。私だって、ハーフェルンに配属されたこと、サイさんに伝えてませんでしたし……気にしないでください」
「トワリスさん……」
顔を上げたサイが、すがるような目で見つめてくる。
胸に手を当て、弱々しく息を吐くと、サイは、眉を下げて微笑んだ。
「良かった……それを聞いて、ほっとしました。トワリスさんのことが、ずっと気がかりだったものですから……」
まるで長年の胸のつかえが取れたような、心底安堵した顔で言われて、トワリスは、思わず拍子抜けした。
アーベリトに配属されてからのサイが、ラフェリオンどころか、そんな些細なことをずっと気にしていたのかと思うと、なんだかおかしかった。
訓練生だった頃から思っていたが、サイは、存外控えめな性格をしている。
彼ほどの才能があれば、多少は傲ってもバチは当たらなさそうなものだが、それでもサイは、いつだって謙虚で、自分の能力をひけらかすような真似は決してしなかった。
話を聞いていたロンダートが、サイとトワリスの肩を叩いた。
「なんかよく分かんないけど、折角また会えたんだから、仲良くやっていこうや。こっちとしても、魔導師が味方に付いてくれるのは頼もしいしな! 俺たち自警団もいるし、力を合わせて、アーベリトを守ろうぜ!」
「はい、もちろん」
陽気なロンダートに合わせて、サイが、明るく返事をする。
サイは、トワリスに向き直ると、穏やかな声で言った。
「また一緒に、頑張りましょうね」
一瞬、卒業試験を頑張ろうと言ってくれた時の、サイの顔が脳裏に蘇った。
アレクシアと喧嘩をすれば慰めてくれて、作戦に行き詰まれば助言をしてくれた、あの当時と変わらぬ、優しい笑みであった。
(禁忌魔術のことは、いつまでも気にしてたって、仕方ないよね……?)
そう己に言い聞かせながら、トワリスは、サイの言葉に頷く。
サイは、特に魔術に関して、知識欲が旺盛な人物である。
だから、未知への探求心から、一時的に禁忌魔術に興味を持ってしまっただけだ。
今ならまだ、そう信じていられるような気がしたのであった。
To be continued....
- Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下 ( No.276 )
- 日時: 2020/07/04 20:19
- 名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: as61U3WB)
†第五章†──淋漓たる終焉
第二話『欺瞞』
「……失礼いたします。ジークハルト・バーンズです」
入室の許可を得ると、ジークハルトは、団長室へと足を踏み入れた。
月明かりさえ射し込まぬ暗い部屋の中で、大きな燭台の明かりだけが、ゆらゆらと光っている。
現宮廷魔導師団長、ヴァレイ・ストンフリーは、ジークハルトを見やると、ここ数年で一気に痩せ衰えた頬を、わずかに緩めた。
「明日も早いというのに、夜更けに呼び立ててすまないな」
「……いいえ。離反者の件でしょう」
平坦な声で返すと、ヴァレイは静かに頷いた。
示された長椅子に腰を下ろし、執務机を挟んで、二人は向かい合う。
ジークハルトは、小指の先程の小さな女神像を三つ、懐から取り出すと、ヴァレイの前に置いた。
「これは……」
「先日、無断退団で処分対象となった魔導師たちから押収したものです。やはり、新興騎士団とイシュカル教会には、何かしら繋がりがあると見て間違いないでしょう」
「…………」
ヴァレイの眉間に、深く皺が寄る。
かつて、優れた結界術の使い手として名を挙げた彼の目は、今やすっかり落ち窪み、憔悴しきっている様子であった。
イシュカル教会とは、創世の時代に大陸を四つに分断し、四種族を隔絶させることで平和をもたらしたとされる女神、イシュカルを信仰する反召喚師派の勢力である。
元は非暴力的な活動を基本とする穏健派で、暴動を起こすような急進派は、鎮圧に時間を要さぬほどの少数であった。
ルーフェンがまだ次期召喚師であった頃に、壊滅させたサンレードも、鎮圧された急進派の一派である。
しかしながら近年、ルーフェンが、アーベリトへと移ってから、イシュカル教会は、シュベルテにおいて着々と力をつけ始めていた。
主に、リオット族の受け入れや、アーベリトへの王位譲渡に反対していた者たちが、召喚師一族や旧王家に対して不信感を募らせ、入信し始めたのである。
敵対する召喚師が、別の街に移ったことを好機とし、イシュカル教会が増長するところまでは、魔導師団側も予測できていた。
だが、予想外だったのは、旧王家に仕えている世俗騎士団までもが、イシュカル教会と繋がりを持っている可能性が、最近になって示唆されるようになったことであった。
しかも、召喚師一族の管轄である魔導師団の中にまで、教会側に寝返る者が現れ始めたのである。
シュベルテでは、非暴力を掲げている限りでは、宗教の自由を認めている。
しかし、騎士や魔導師など、言わば中立の立場で国を守るべき武装集団が、召喚師一族や旧王家に反駁し、反権力的な思想を唱え始めたとあれば、話は別である。
まだ水面下での“疑い”段階に過ぎないが、騎士団が反召喚師派に回り、魔導師団までもが分派を始めれば、シュベルテの軍事体制は崩壊するだろう。
ジークハルトは、淡々と続けた。
「既に、下級魔導師の中にも、団からの離反と新興騎士団への蜂起を呼び掛ける者が出始めています。処分した魔導師たちは、表向き、イシュカル教徒を名乗ってはいませんでしたが、この女神像を所持していたことから、入信者であると判断して間違いないかと。今月で既に、七名が退団しています。我々の目の届かぬところで、大規模な動きが生じているのだとすれば、規律違反を罰しているだけでは、もう抑えきれないでしょう」
「…………」
ヴァレイは、ぼんやりと女神像を見つめて、しばらく押し黙っていた。
だが、やがて、ため息をつくと、低い声で言った。
- Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下 ( No.277 )
- 日時: 2020/07/06 18:58
- 名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: 8NNPr/ZQ)
「……表沙汰となって混乱が生じる前に、対処できれば思っていたが、もう限界だな。陛下と召喚師様にも、ご報告をあげるしかあるまい。イシュカル教の追放令を出したところで、事態は一層波立つだけだ。教会が騎士団をも巻き込んで武力を持ったのだとすれば、今更叩く相手として、あまりにも大きすぎる。軍内勢力が二分し、内乱でも起きたら、シュベルテはもはや、今の姿を保てないだろう」
ヴァレイは、目に苦笑の色を浮かべた。
「皆、すがるものを必要としているのだろうな。数年前までのシュベルテには、常に進取と発展の風が吹いていた。召喚師一族の庇護の下、王都として歩んできた、その誇りと自信。安定した王政と、磐石な軍制……そんなものに囲まれて、これからも、変わらぬ豊かな暮らしを送れると、そう信じて疑わなかった。……それが、今はどうだ。旧王家、カーライル一族は、まるで呪われているかのように次々と不審死を遂げ、王位継承者は、幼いシャルシス様を除いて、全員絶えた。結果的に、成り上がりに過ぎないレーシアス伯に王位が渡り、召喚師様までシュベルテを“棄てた”のだ。召喚師一族が持つような絶大な力は、手元にあれば心強いが、そうでなければ、ただの脅威だ。五百年続いてきた王都の歴史に終止符が打たれ、我々にはもう、何も残っていない。古の時代に平和をもたらした、目に見えぬ神などというものに、皆、すがりたくもなるのだろう。遷都などせずに、シルヴィア様を一時即位させ、シュベンテに王権と召喚師一族を残しておけば、また結果は違ったのやもしれぬが……」
「…………」
黙っているジークハルトに、ヴァレイは問うた。
「お前も、そうは思わないか」
目を伏せると、ジークハルトは答えた。
「当然、違った結果にはなっていたでしょう。しかし、すがる対象が、神像か、召喚師一族かの違いだけです。その良し悪しを考えるのは、意味のないことと存じます」
ヴァレイは、微かに口端を歪めた。
「召喚師一族を、このちっぽけな像と一緒にするとは。なんだ、お前も教会側か」
揶揄するような口調で言って、ヴァレイは、机上の女神像に触れる。
ジークハルトは、ため息をついた。
「……いえ。ただ、何かにすがることで安心しきっているようでは、どの道、この国の支柱は腐り落ちるでしょう。命なき神像に祈って満足しているよりは、確かな力を有する召喚師一族にすがった方が、まだ延命処置としては有効かもしれません。その結果が、五百年。ただ、そのまま依存し続けたところで、最終的な末路は同じと言えましょう。召喚師一族もまた、人間です。頼るものもなく、一方的にすがられるばかりでは、いずれ限界が来る。それが、“今”だという話です」
ヴァレイはつかの間、探るような目つきで、ジークハルトを見つめていた。
しかし、ややあって、指先で弄んでいた女神像を置くと、安堵したように表情を緩めた。
「お前は、昔から変わらないな。だが、その発言は、俺以外の前ではするなよ。場合によっては、侮辱の意味でとられるぞ」
「…………」
黙っていると、ヴァレイは、呆れたように肩をすくめた。
ジークハルトの無愛想さには、もうすっかり慣れきっている様子である。
ヴァレイは、冷静に物事を見通せる、稀有な魔導師の一人だ。
彼は決して、旧王家や召喚師一族に盲信して、国に仕えているわけではない。
魔導師としてどう在るべきなのかを、常に正しく、見据えていられる人物なのだ。
そんな彼が、召喚師一族に傾倒したような発言をするなんて、らしくないと思っていたが、おそらくヴァレイは、ジークハルトの真意を確かめるために、心にもない文言を並べ立てただろう。
旧王家が呪われているだの、シルヴィアを一時即位させていれば事態は好転していただの、全てが間違いだとは言えないが、これらは、民の不安が産み出した極端な被害妄想に過ぎない。
しかし、『召喚師がシュベルテを棄てた』という言葉だけは、ヴァレイが預かり知らぬだけで、事実であるように思えた。
- Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下 ( No.278 )
- 日時: 2020/07/08 21:37
- 名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: 8NNPr/ZQ)
ジークハルトは、ヴァレイの知らぬルーフェンの横顔を、六年前に見たことがある。
歴史上の召喚師一族は、それこそ神にも等しいような存在として神聖視されてきたが、ジークハルトの見たルーフェンは、自分と然程変わらぬ、ただの少年であった。
時折、同年代とは思えぬ、冷たい顔を見せることもあったが、その一方で、ルーフェンにとっては、ただの一臣下に過ぎないオーラントが片腕を失くした時には、実子のジークハルト以上に取り乱していた。
存外に子供っぽい奴だ、とも思ったし、同時に、不思議な奴だ、とも思った。
誰もが羨む、地位と力を持っていながら、そんなことは、彼にとってはどうでもいいことのようであった。
それどころか、召喚師であることを突きつけられた時のルーフェンは、まるで、自分を取り囲む鉄格子でも見ているかのような目をするのだ。
移籍先が同盟下にあるアーベリトとはいえ、召喚師が去れば、シュベルテが混乱することなど、ルーフェンにも予想がついていたはずだ。
それでも尚、去ったということは、言葉通りルーフェンは、シュベルテを棄てたのだろう。
冷静な者であれば、ルーフェンは、遷都した故にアーベリトに移っただけで、それを棄てられたなどと悲観的にとらえるのは、偏った感情論だと考えるだろう。
だが、それすらも、ルーフェンに対して理想を見出だした、楽観的な感情論なのかもしれないと、ジークハルトは時折思うことがあった。
召喚師一族は、確かに絶対的な力を持っているが、だからといって、気高い国の守護者だと決めつけるのは、何かを崇めたい人々の願望だ。
民が思うほど、召喚師一族は高潔な存在ではないし、教会が思うほど、邪悪な存在でもない。
彼らは、ただの人間だ。
拠り所を失った者たちが、神にすがるようになったのと同じように、ルーフェンもまた、すがれる何かを求めて、アーベリトにたどり着いたのだろう。
ジークハルトには、そんな風に見えていた。
ヴァレイは、椅子の背もたれに身を預けると、口を開いた。
「ジークハルト、お前、宮廷魔導師になって、もう一年経つか。いくつになった」
「……二十一です」
「そうか……若いな」
ぽつりと呟いて、ヴァレイは嘆息する。
ジークハルトが眉を寄せると、ヴァレイは、その表情を見て、小さく笑った。
「そう睨むな、悪かった。別に馬鹿にしたわけじゃない」
次いで、笑みを消すと、ヴァレイは真剣な顔つきになった。
「……お前、宮廷魔導師団を背負う覚悟はあるか」
ジークハルトの目が、微かに見開かれる。
返事を待たずに、ヴァレイは言い募った。
「宮廷魔導師は、言わば国の懐刀だ。君の父上のように、遠征経験を見込まれる場合もあるが、基本的には、旧王家のすぐ側で奉ずることになる。個々の能力も勿論重要だが、何よりも大切なのは、濁らぬ慧眼だ。団を背負うならば、シュベルテという限られた場所においても、常に正しく世の全体像を見ることができねばならない。……お前に、それが出来るか」
「…………」
ジークハルトは、ヴァレイの顔を見つめたまま、しばらく沈黙していた。
その目を見つめ返しながら、ヴァレイは、静かな声で続けた。
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