複雑・ファジー小説

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〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下【完結】
日時: 2022/05/29 21:21
名前: 銀竹 (ID: iqu/zy5k)
参照: https://www.kakiko.cc/novel/novel6/index.cgi?mode=view&no=18825

いつもありがとうございます。
闇の系譜シリーズは、四作目のアルファノル編以降、別サイトに移動しております。
詳しくはアルファノル編のスレにて!
………………

 人々の安寧を願ったサーフェリアの前国王、サミル・レーシアス。
彼の興した旧王都──アーベリトは、わずか七年でその歴史に幕を閉じることとなった。

 後に『アーベリトの死神』と称される、召喚師ルーフェンの思いとは……?

………………

 はじめまして、あるいはこんにちは!銀竹と申します。

 本作は、銀竹による創作小説〜闇の系譜〜の二作目の後編です。
サーフェリア編がかなり長くなりそうだったので、スレを上・下と分けさせて頂く事にしました。
一部残酷な表現などありますので、苦手な方がいらっしゃいましたらご注意下さい。

 今回は、サーフェリア編・上の続編となっております。
サーフェリア編・上の知識がないと通じない部分も出てきてしまうと思いますが、伏線以外は極力分かりやすく補足して、進めていきたいと考えています(上記URLはサーフェリア編・上です)。

〜闇の系譜〜シリーズの順番としては
ミストリア編(上記URLの最後の番号五桁が16085)
サーフェリア編・上(17224)
サーフェリア編・下(19508)
アルファノル編(18825)
ツインテルグ編
となっております。
外伝はどのタイミングでも大丈夫です(16159)。
よろしくお願いいたします!

…………………………

ぜーんぶ一気に読みたい方→ >>1-430

〜目次〜

†登場人物(第三章〜終章)† >>1←随時更新中……。

†用語解説† >>2←随時更新中……。

†第三章†──人と獣の少女

第一話『籠鳥ろうちょう』 >>3-8 >>11-36
第二話『憧憬どうけい』 >>37-64
第三話『進展しんてん』 >>65-98

†第四章†──理に触れる者

第一話『禁忌きんき』 >>99-150 >>153-162
第二話『蹉跌さてつ』 >>163-189 >>192-205
第三話『結実けつじつ』 >>206-234

†第五章†──淋漓たる終焉

第一話『前兆ぜんちょう』 >>235-268 >>270-275
第二話『欺瞞ぎまん』 >>276-331
第三話『永訣えいけつ』 >>332-342
第四話『瓦解がかい』 >>343-381
第五話『隠匿いんとく』 >>382-403

†終章†『黎明れいめい』 >>404-405

†あとがき† >>406

作者の自己満足あとがき >>407-411

……………………

基本的にイラストはTwitterにあげておりますので、もし見たい!って方がいらっしゃいましたらこちらにお願いします。→@icicles_fantasy

……………………


【完結作品】
・〜闇の系譜〜(ミストリア編)《複ファ》
ミストリアの次期召喚師、ファフリの物語。
国を追われ、ミストリアの在り方を目の当たりにした彼女は、何を思い、決断するのか。

・〜闇の系譜〜(サーフェリア編)上《複ファ》
サーフェリアの次期召喚師、ルーフェンを巡る物語。
運命に翻弄されながらも、召喚師としての生に抗い続けた彼の存在は、やがて、サーフェリアの歴史を大きく変えることとなる──。

・〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下《複ファ》
三街による統治体制を敷き、サーフェリアを背負うこととなったサミルとルーフェン。
新たな時代の流れの陰で、揺れ動くものとは──。

【現在の執筆もの】

・〜闇の系譜〜(外伝)《複ファ》
完全に狐の遊び場。〜闇の系譜〜の小話を載せております。

・〜闇の系譜〜(アルファノル編)《複ファ》
ミストリア編後の物語。
闇精霊の統治者、エイリーンとの繋がりを明かし、突如姿を消したルーフェン。
召喚師一族への不信感が一層強まる中、トワリスは、ルーフェンの後を追うことを決意するが……。
憎悪と怨恨に染まった、アルファノル盛衰の真実とは──?

【執筆予定のもの】

・〜闇の系譜〜(ツインテルグ編)《複ファ》
アルファノル編後の物語。
世界の流転を見守るツインテルグの召喚師、グレアフォール。
彼の娘である精霊族のビビは、ある日、サーフェリアから来たという不思議な青年、アーヴィスに出会うが……。




……お客様……

和花。さん
友桃さん
マルキ・ド・サドさん
ヨモツカミさん


【お知らせ】
・ミストリア編が、2014年の冬の大会で次点頂きました!
・サーフェリア編・上が、2016年の夏の大会で銅賞を頂きました!
・2017年8月18日、ミストリア編が完結しました!
・ミストリア編が2017年夏の大会で金賞を頂きました!
・サーフェリア編・上が、2017年冬の大会で次点頂きました!
・2018年2月18日、サーフェリア編・上が完結しました!
・サーフェリア編・下が、2019年夏の大会で銀賞頂きました!
・外伝が、2019年冬の大会で銅賞頂きました!
・サーフェリア編・下が、2020年夏の大会で銀賞頂きました!
・サーフェリア編・下が、2020年冬の大会で金賞頂きました!
いつも応援して下さってる方、ありがとうございます(*^▽^*)

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下 ( No.349 )
日時: 2021/01/02 19:26
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: r1a3B0XH)



「召喚師一族は、その圧倒的な力で、幾度もイシュカル教徒を迫害し、殺戮してきました。その姿に恐怖し、嫌悪を抱いてきたのは、我ら教会の人間だけではないのですよ。加えてルーフェン様、貴方はリオット族などという逆賊に入れ込み、かつての騒擾そうじょうの再来を危惧きぐした民を蔑ろにして、彼らを王都に率いれた。正統なカーライル王家の系譜に、愚かにも参入したレーシアス王に加担し、遷都を強行して、シュベルテを見捨てたのも貴方様です。結果、民もまた、貴方様を見放しました。セントランスの件も、開戦前に退けて見せたルーフェン様に対し、英雄視するどころか、疑念を抱く者が多い始末。このシュベルテを貶めたのが、他でもない“召喚術”だったというのですから、仕方のない結果とも言えますがね。……対立する教会と召喚師一族、民意がどちらに傾いているかは、もうお分かりでしょう」

「…………」

 ルーフェンの瞳に、殺気立った色がよぎる。
モルティスを真っ直ぐに見ると、ルーフェンは、鋭い声で言った。

「……教会の高潔な言い分は、よく分かりました。しかし、どうにも解せませんね。生まれつきの異質さや血統に固執した、貴殿方の排他的な考えには賛同しかねます。現状、反召喚師派の流れを作り出したのは、他でもない教会でしょう? 仕方のない結果、というよりは、露骨な印象操作による結果としか思えません。清らかな魂と不屈の意思を以て……でしたっけ? 随分ときな臭い清浄さをお持ちで」

 モルティスは、嘲笑を浮かべた。

「何故そう否定なさるのです? お言葉ですが、我々の描く未来は、召喚師様ご本人の望みにも近いことだと思いますが」

 ルーフェンが、意味を問うように目を細める
モルティスは、確信めいた口調で尋ねた。

「召喚師一族の在り方に、誰よりも辟易へきえきしているのは、召喚師様ご自身なのではありませんか? だからこそ七年前、ルーフェン様は、アーベリトに移ったものだと思っておりましたが。……少なくとも、シルヴィア様には、我々教会の総意をご理解頂けましたよ」

 ルーフェンが、訝しげに眉を寄せる。
表情にこそ出さなかったが、このモルティスの発言には、動揺せざるを得なかった。
かつて、他でもないルーフェン自身が、召喚師への就任を拒否していたことは、当時、近しかった者しか知るはずのないことであったからだ。

 幼少期、シュベルテの王宮で暮らしていた頃に、モルティスとは口をきいた覚えすらない。
だが、昔のルーフェンの様子を知っているということは、彼は、当時からイシュカル教会に属する人間だったのだろう。
事務次官として身を潜めながら、召喚師一族を廃するその時を、ずっと待っていたのだ。

 イシュカル教会は元々、世間からも、狂信的な集団だという認識しかされていなかった。
しかし、それが今、着実に勢力を伸ばし、召喚師一族に牙を剥いている。
魔導師団や世俗騎士団の失墜しっついを見逃さず、ようやく訪れたこの瞬間に食らいつき、この場で、ルーフェンと対峙たいじしているのだ。

 黙り込んだルーフェンに、モルティスは畳み掛けた。

「武力で押さえつける独裁的な世は、もう時代遅れなのです、ルーフェン様。アーベリトのぬるい思想に染まった貴方様なら、お分かり頂けるのではありませんか? 召喚師一族は、絶対的な守護者などではない。人ならざる力を手にした、邪悪で異端な存在です。そのような人殺しの一族を上に立たせ、血で血を洗うような一方的な恐怖政治を続ければ、いずれこの国は、滅びることになるでしょう。我々人間は、同じように天を仰ぎ、祈りを捧げ、自らの力でこの国の平和を守っていくべきなのです」

「…………」

 モルティスの主張を聞いている間、ルーフェンは、一度も彼から目をそらさなかった。
話が終わった後も、長い間、黙ってモルティスを見ていたが、ややあって、静かな声で言った。

「召喚師一族が、守護者なんて言葉で片付けられるような、潔白な存在でないことは確かです。そんな私たちに傾倒する風潮を、間違っていると批難したくなるお気持ちも分かりますよ。痛いほどにね。……ですが、そこまで見損なわれていたとは心外です。私達が、いつ恐怖政治をしたというのです? 祈るだけで国の平和が保てるというのなら、とっくに召喚師一族は滅んでいるでしょう。私達は、上に立っているのではなく、いつだって“利用される側”だ。貴殿方が、今まで私達を生かしてきたのです。いつの世も、平穏の裏側には、召喚師一族のような存在が必要だから」

 いつの間にか、ルーフェンの声には、積み重なった怒りが混じっていた。
それは、モルティスに対する怒りというよりは、“守護者”という椅子に無理矢理座らせておきながら、今更になって“異端の独裁者”呼ばわりしてくる、シュベルテの民に対するものであった。

 冷静であらねばと思うのに、抑えきれない苛立ちが、思考を支配していく。
言葉がうまく出てこないのは、モルティスの横で、幼い自分が、こちらを指差して人殺しだと罵っていたからであった。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下 ( No.350 )
日時: 2021/01/03 19:22
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: r1a3B0XH)




 モルティスは、冷ややかな口調で返した。

「現在に至るまでの過程や手段など、どうでも良いことなのですよ。ルーフェン様、貴殿がアーベリトに移っていた間に、シュベルテは変わりました。今のサーフェリアにとって、召喚師一族は、災いでしかありませぬ」

 言い終えてから、立ち上がると、モルティスは続けた。

「……最後にもう一度、お伺いしましょう。本日のご用件、このモルティスめにお聞かせください」

「…………」

 ルーフェンは、モルティスの方に視線を上げた。
何も言わず、黙ってモルティスを見つめていたが、やがて、口端を上げ、強気な笑みを浮かべると、吐き捨てるように言った。

「思惑通りに事が運んだからと言って、何か勘違いをしていらっしゃるようですね、リラード卿。貴方に話すことは、何もありませんよ」

 モルティスが、歯を食い縛ったのが分かった。
青筋を浮かべ、その肉厚な手を上げようとすると、周囲で静観していた複数人の気配が、ざわりと蠢く。

 途端に高まる泡立った空気に、ルーフェンが身構えた──その時であった。
不意に、扉が叩かれて、女の声が響いてきた。

「失礼いたします、大司祭様。ご準備が整いました」

「……今行く」

 興を削がれた様子で返事をして、モルティスは、扉の方へと歩いていく。
扉を開けると、外に控えていたのは、薄手の軽装鎧を纏った女騎士であった。
兜を被っているため、顔は見えないが、彼女もイシュカル教徒の一人なのだろう。
胸元には、イシュカル神が描かれた記章をつけていた。

 モルティスは、忌々しそうにルーフェンを睨むと、女騎士に耳打ちをした。

「召喚師様は、アーベリトからの長旅でお疲れだ。お休みの間、不遜な輩が入らぬように守れ」

「承知いたしました」

 女騎士が恭しく礼をすると、モルティスは、そのまま客室を出ていってしまう。
同時に、殺気立っていた気配も消えて、ルーフェンは、練り上げていた魔力を収めた。
辺りに潜んでいた者達は、モルティスと共に、移動したのだろう。
部屋にはルーフェンと、背の高い女騎士だけが残されていた。

 監禁されたも同然の状況に、小さく嘆息して、ルーフェンが椅子から立ち上がると、女騎士が、無遠慮にも近づいてきた。

「……ふぅん、貴方が噂の召喚師様ね」

 品定めするようにルーフェンを見て、女騎士は呟く。
先程までの、事務的な態度とは一転。
妙に馴れ馴れしく距離を詰めてきた女に、ルーフェンは眉を上げた。

「良い噂だといいんだけどね。……君は?」

 尋ねると、女騎士は一歩後ろに下がって、ゆっくりと兜を外した。
すると、持ち上がっていくしころの下から、鮮やかな蒼髪が広がり出てくる。
女は、長い髪をぱさりと掻き上げると、兜を小脇に抱えた。

「初めまして、召喚師様。私はアレクシア・フィオール。覚えておいてちょうだいね」

 そう言って、アレクシアは、艶気つやけのある笑みを浮かべる。
見たこともない、異質で派手な見た目の女に、ルーフェンは瞬いた。

「忘れようと思っても、忘れられなさそうだね。蒼い髪と目なんて、初めて見たよ」

 アレクシアは、わざとらしく首を振った。

「いまいちの反応ね。もうちょっと気の利いた台詞が言えないわけ?」

「……ああ、失礼。忘れられないくらい、綺麗な髪と瞳だねって言うべきだったかな?」

「取って付けたように言ったって駄目よ。どちらにせよ減点だわ」

 あしらうように言って、アレクシアはそっぽを向く。
ルーフェンは、微苦笑を浮かべてから、彼女に向き直った。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下 ( No.351 )
日時: 2021/01/04 19:21
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: r1a3B0XH)




「それで、アレクシアちゃん? 俺に何か用でも?」

「…………」

 横目にルーフェンを見たアレクシアが、一瞬、その蒼色の睫毛を伏せる。
再び近づいてくると、アレクシアは、ルーフェンの耳元で囁いた。

「カーライル公は、王の寝室にいるわ。療養中には違いないけれど、意識ははっきりしている。教会側の主張は嘘よ」

 ルーフェンは、目に鋭い光を浮かべた。

「じゃあ、俺が今から、教会の目を掻い潜ってカーライル公に会いに行く……と言ったら?」

「止めはしないわ。でも、おすすめもしない。公の周辺には、新興騎士団の連中が厳重な警備を敷いている。私達だけではなく、公も身動きが取れない状態なのよ。行くなら、強行突破しか手はないし、仮にカーライル公に会えても、ゆっくり話す時間はないでしょうね」

 試すような口ぶりで、アレクシアが言い募る。
ルーフェンは、話を続けようとしたアレクシアの前に人差し指を出すと、彼女の言葉を制した。

「随分と内情に詳しいみたいだね、君は。先が気になるところだけど、その前に、どうして俺にそんな話をするのか、理由を聞いても?」

 アレクシアは、束の間口を閉じると、ルーフェンの人差し指を、手の甲で払った。
そして、更にもう一歩近づき、密着するようにルーフェンの肩に手を添えると、声を潜めて言った。

「……ふざけた教会の連中から、この城を奪還したいの。貴方の力を借りたいわ。カーライル公への謁見は一旦諦めて、この後、私が指示した場所に行ってくれない?」

 媚びるような、甘ったるい声で言いながら、アレクシアは、ちらりと上目にルーフェンを見る。
ルーフェンは、アレクシアの蒼い瞳を、探るように覗き込んだ。

「その口振りからして、君は教会の人間ではないみたいだね。……でも、すんなりそうだと信じるには、情報が少なすぎるかな」

 にっこりと微笑んで、首に回ったアレクシアの手を、そっと外す。
アレクシアは、途端につまらなさそうな顔になると、ルーフェンから離れた。

「あら、そう。意外に疑り深いのね。だったら、こうすれば信じてくれる?」

 言うなり、アレクシアは、首にかかっていた小さな女神像を、革紐ごと引きちぎった。
勢いよくそれを落とし、とどめとばかりに踏みつけて、ぐりぐりと床に擦り付ける。
足元で粉々になった女神像を見せると、アレクシアは、はっきりと言った。

「生憎私は、神なんて信じてないの。そんな形のないものにすがって、実際に助かった人間がいるのなら、是非会ってみたいものね。……これでどうかしら?」

 高飛車な物言いをしたアレクシアに、ルーフェンが、ぷっと吹き出す。
一頻ひとしきり、くつくつと笑ってから、ルーフェンは肩をすくめた。

「十分だよ。差し詰め君は、教徒のふりをして新興騎士団に紛れ込んだ魔導師……ってところかな。他にも何人かいるんだろう、城を追われた魔導師たちが」

 あっさりと答えたルーフェンに、アレクシアは、細い眉を歪めた。

「いくらなんでも理解が速すぎるわね。貴方、私の正体に気づいていたんじゃない?」

 ルーフェンは、綽々しゃくしゃくと返した。

「最初から気づいていたわけではないよ。ただ、蒼髪の魔導師については聞いたことがあったんだ」

「…………」

 アレクシアが、冷ややかな眼差しをルーフェンに向ける。
それでも態度を変えないルーフェンに、アレクシアはため息をつくと、懐から、地図の覚書を取り出した。

「これ以上の無駄口を叩いて、私の失言を煽ろうたって、そうはいかないわよ。茶番に付き合わせたんだから、貴方もこちらに付き合いなさい」

 言いながら、覚書を握らせる。
ルーフェンが、手中に視線をやって、先を促すと、アレクシアは小声で続けた。

「貴方一人で、この場所に行って。……ここに、生き残った魔導師たちがいるわ」

「……君は?」

「私は、城内で見た教会の動きを、逐一報告するのが役目だもの。今も、モルティスが兵をかき集めて、何かしようとしている。この城を離れることはできないわ」

 アレクシアの瞳に、仄蒼い、不気味な光が灯る。
その光を見ながら、ルーフェンは、彼女の心中を推し量るように問うた。

「……いいの? そんなことまでバラして。見た感じ、現状優勢なのは教会側だ。俺が魔導師団を見捨てて、今聞いたことを全て教会に売ったら、君達はただじゃ済まないだろう」

 意地の悪い質問に、アレクシアが鼻を鳴らす。

「そうね。そうなったら、私達おしまいだわ。全員まとめて、仲良く処刑台送りになるでしょう」

 存外に潔い返し方をされて、ルーフェンはふっと笑った。
しかし、悠々として見えるアレクシアの表情に、一瞬、緊張の色が走ったのを、ルーフェンは見逃さなかった。
彼女たちにも、後はないのだろう。
裏切りの可能性も視野に入れた上で、召喚師に頼る他なかったのだ。

 ルーフェンは、覚書にざっと目を通すと、掌に魔力を込めて、すかさず燃やした。
赤らんで、みるみる縮んだ覚書が、やがて灰になる。
顔をしかめたアレクシアが、何かを言う前に、ルーフェンは口を開いた。

「安心して、物証ぶっしょうは残さない方が良いと思っただけだよ。場所はもう覚えた。君達に協力しよう。立場的にも、俺は魔導師団を建て直さなくちゃいけない」

 ルーフェンは、真剣な顔つきになった。

「上手く行くかは賭けだけど、俺はしばらく、この客室で大人しくしている“てい”のほうが良いだろう。君は扉の前で、リラード卿に言われた通り警備についていた……それでいい。もし、俺の不在を気づかれそうになったら、逃走経路を窓ということにして、開け放っておいて。あるいは、他に良い隠蔽策があるなら、君に任せるよ。出来るね?」

 顔をあげたアレクシアが、目を大きく見開く。
何かを見通すように、蒼い瞳をルーフェンに向けていたアレクシアは、やがて、その唇で弧を描くと、頷いたのであった。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下【1月完結予定】 ( No.352 )
日時: 2021/01/05 19:12
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: r1a3B0XH)



  *  *  *


 サーフェリアの旧王都、シュベルテは、宮殿を頂点に扇状に広がっている街である。
今回、セントランスから襲撃を受けたのは、大通り沿いに家々が立ち並ぶ城下街──王宮周辺を含んだ中央区から北区にかけてであるが、その実、シュベルテの人口の半数以上が集中するのは、大規模な市場が展開される南区であった。

 強固な外郭にぐるりと覆われた南区には、地元の商人だけでなく、各地の行商人が入れ替わり立ち代わりで露店を開いており、物流のかなめである港湾都市ハーフェルンには劣るものの、そこらの宿場町と同等か、それ以上の賑わいを見せていた。
少し外れに入ると、貧民街に通じるので、決して治安が良いとは言えない場所であったが、一方で、王宮の目が届きづらい場所とも言える。
城から追われた魔導師たちの残党が、旧王都内で身を隠すには、うってつけの区画であった。

 ルーフェンが南区に踏み入ると、まず目の前に広がっているのは、野菜や果物、穀類や肉類を扱う市場であった。
露店の前では、盛んな呼び込みが行われ、点在する屋台からは、深鍋でぱちぱちと爆ぜる油の音が鳴り響いている。
しかし、食品市場を抜け、香ばしい香りが届かなくなる裏通りに出ると、そこは、まるで別世界に出たのではないかと思うほど、静かな空気に包まれていた。

 静かと言っても、閑散としているわけではなく、道にはいくつもの露台が並び、毛皮や衣服、装飾品などが売られている。
こうした服飾類を扱う店は、城下にも多く存在するが、南区の通りがこうも粛然しゅくぜんとしているのは、商人たちが、積極的に声をかけることはせず、客を選んでいるからだろう。
露台にかけられた布一枚、店の奥に立てられた衝立ついたて一枚を暴けば、おそらくそこには、非合法に仕入れられた武具や酒、薬品類が置かれている。
ここは、いわゆる闇市であった。

 素性がばれぬよう、頭巾を深く被ると、ルーフェンは、通りの一角に建つ、小さな木造の建物に足を踏み入れた。
かつては酒場か何かだったのか、蜘蛛の巣で真っ白になった壁棚には、酒瓶がびっしりと並べられている。
しかし、あとは床に埃を被った卓や椅子、廃材が積み重なっているのみで、外見からも営業している様子はなかったが、中に入れば、それは一目瞭然であった。

 開けた正面扉が、音を立てて閉まると、木製の卓を囲んで、息を潜めるように話していた数人の男達が、一斉にこちらを見た。
男達は、薄汚い外套を纏っていたが、流暢りょうちょうではきはきとした話し方からして、労働者階級の者ではないだろう。
彼らは、ルーフェンが探していた、城を追われた魔導師たちであった。

 魔導師たちは、警戒した様子で腰を浮かせたが、ルーフェンが頭巾をとると、目を剥いて凍りついた。
唯一、微動だにしなかった黒髪の魔導師も、少なからず驚いた様子で、ルーフェンを見上げている。

 ルーフェンは、こつこつと靴底を鳴らして、男たちに近づいていった。

「久しぶり、ジークくん。俺がシュベルテにいた時以来だね」

 そう言って、にこりと微笑めば、魔導師たちが、ルーフェンとジークハルトを交互に見る。
ジークハルトは、元々眉間に寄っていた皺を、更に深くすると、唸るように返した。

「お前、なんでここにいるんだ」

「なんでって……聞いてない? アレクシアちゃんに、ここに行くよう頼まれたんだけど。ほら、蒼い髪の女の子」

「……聞いてない」

 少し間を置いてから、ぴきりも青筋を立てたジークハルトに、他の魔導師たちも、ひくっと口元を引きつらせる。
どうやら、ルーフェンに声をかけたのは、アレクシアの完全なる独断だったようだ。
ルーフェンが王宮に来ていたことなど、魔導師たちは知る由もないので、たまたま宮殿にいたアレクシアが咄嗟の判断を下したのも、仕方のないことだったのかもしれない。
だが、彼らの反応から察するに、アレクシアの勝手は、日常的なもののようであった。

 なんとなく彼らの力関係が想像できて、ルーフェンが一笑する。
しかし、すぐに笑みを消すと、ルーフェンは真面目な顔つきになった。

「まあ、俺的には、現状が聞けて良かったけどね。……この一月ひとつきくらいで、一体何があったの? セントランスの襲撃があった直後は、君たち魔導師が、城から締め出しを食らってることなんてなかったはずだ。教会の勢力が増してることは聞いていたけれど、まさか城を占拠してるなんて思わないだろう」

 言いながら、ルーフェンは、魔導師が勧めてきた椅子に座る。
向かい側に座っていたジークハルトは、苛々した顔で嘆息した。

「何があったのかなんて、そんなの、俺達が知りたいくらいだ。そもそも俺達は、襲撃時に負傷した奴がほとんどで、しばらく仮設の施療院に放り込まれていたんだ。で、ようやく立って歩けるようになったと思った頃に、城を訪ねたらこの有り様だ。魔導師団や世俗騎士団は解体されたことになっているし、カーライル公に謁見しようとしても、教会所属の騎士に拒まれる。何人か武力行使に出た奴もいたが、捕らえられて地下牢行き、悪けりゃさらし首だ。襲撃後の復興を行ったという理由で、街の奴らは新興騎士団を英雄扱いしてやがるし、この現状に耐えかねて、教会側に寝返った魔導師や騎士も多くいる。アレクシアには、そういう奴らに紛れて、城に残るよう指示したんだ」

 そう語ったジークハルトの表情には、色濃い疲れが滲んでいた。
今のジークハルトは、ルーフェンが記憶していた十四の頃よりも、ずっと背丈が伸び、大人びた顔つきをしていたが、それでも、当時よりやつれて、くすんだ瞳をしているように見える。
他の魔導師たちも、心身共に相当疲弊しているのだろう。
傷も治り切らぬ内に、城を追われ、浮浪者のような生活を強いられていたのかもしれない。
皆一様に俯き、生気のない顔をしていた。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下【1月完結予定】 ( No.353 )
日時: 2021/01/06 19:24
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: r1a3B0XH)



 魔導師の一人が、悔しげに唇を噛んだ。

「くそっ、教会の奴ら、一体どういうつもりなんだ。確かに、街を復興させたのは新興騎士団ですが、セントランスの化物と直接戦って、退けたのは俺達なんです! それを、まるで惨敗した役立たずみたいな扱いをしやがって……」

「そうです! イシュカル教徒が出張ってきたのは、戦いが全て終わった後だったんですよ。そのくせ、シュベルテを救った英雄みたいな顔して、街を闊歩かっぽして」

「あいつら、俺達に嫌がらせをしているつもりなんでしょう。俺達魔導師団は、教会が調子付かないように、活動規制の強化や、団からの離反者を処分対象として扱ってきましたから。きっと、それを根に持って……」

 ルーフェンに対して、魔導師たちが、口々に訴えかけてくる。
その一言一言に耳を傾けながら、ルーフェンは、考え込むように顎に手を添えた。

「……想像以上に、事態は深刻だね。前々から思っていたけれど、セントランスの襲撃とイシュカル教会の台頭、この二つのタイミングが、どうにも良すぎるんだ。今のところ、両者に関係があったと考えられる証拠は何もないけど、教会勢力が看過かんかできないほどに勃興ぼっこうしたのは、今回の襲撃がきっかけだ。偶然という言葉で片付けるには、教会の都合が良いように出来すぎている」

 ジークハルトは、同調して頷いた。

「ああ、俺も、セントランスの思惑とは別で、今回の襲撃には、教会が一枚噛んでいると思っている。祭典中に宮殿が襲われた時も、魔導師団の腕章をつけた魔導師を一人、見かけたからな。腕章だけでははっきりと判断がつかんが、おそらくそいつは、教会の手の者なんだろう」

 魔導師が、躊躇いがちに発言した。

「しかし、バーンズ卿がお見かけしたというその魔導師は、セントランスの人間である可能性も高いのではありませんか? あえて偽の腕章をつけ、素性を偽って内部に侵入したのです」

 魔導師の言葉に、ルーフェンが首を振る。

「いや、それは考えづらいだろう。素性を隠して襲撃を行うことが目的だったのなら、後に堂々とセントランスが名前を明かして、宣戦布告してきた説明がつかない。シュベルテを落とす目的で、襲撃を実行したのはセントランスだけど、やはりその水面下で、第三者──つまり教会が関わっていたと推測するのが妥当だね」

 ルーフェンは、静かな声で言い募った。

「教会は、この短期間で街の復興に着手し、民意を勝ち取って、宮殿を占拠するまでに至った。こんなこと、たまたま起きたセントランスによる襲撃を利用して、突発的に動いただけでは成し得ないだろう。こうなることを予見していた、もしくは実際にセントランスに加担して、時間をかけて計画立てていた人間がいるはずだ。……それがおそらく、事務次官、もといイシュカル教会大司祭、モルティス・リラード卿」

「…………」

 室内に、重たい沈黙が降りる。
ジークハルトが何も言わないことを確認すると、魔導師の一人が、すがるようにルーフェンを見た。

「あの、召喚師様……。召喚師様のお力で、なんとか教会を抑え込むことはできないでしょうか。このままでは、城どころか、街を追われてしまいます。カーライル公もご無事かどうか、確かめるすべがありませんし、もう我々には、召喚師様しかおりません。あんな、神に祈るしか能がない連中に熱を上げるなんて、この街は、襲撃以降おかしくなってしまったんです」

 魔導師の悲痛な訴えに、ルーフェンは、困ったように眉を下げた。

「完全に抑え込むことは、もう無理だろうね。民間にも教会の思想が広まっている以上、相手として母体が大きすぎる。……ジークくん、仮にこちらが討って出るとして、何人集められる?」

「……ここにいない奴らも含めて、せいぜい千だろうな」

「でしょう? そもそも魔導師は数が少ないし、世俗騎士団の人間をかき集めるにしても、内密に連絡を取り合って呼び寄せるのでは、時間がかかりすぎる。それに、今この状態で内戦を起こすのは、絶対に避けた方が良いだろう。俺が介入して無理矢理開城させたとしても、街を戦火に巻き込めば、後々反発を食らうのは俺達だ。少数派がこちらになりつつある以上、頭のリラード卿を討てば良いとか、新興騎士団を解散させれば良いとか、その程度では収まらなくなっている。できて、魔導師団を建て直すところまで、だね」

 魔導師たちの顔から、すーっと血の気が引いていく。
もはや、最後の希望も絶たれ、絶望と後悔に胸中を支配されている様子であった。

 今更誰かの責任を問うつもりはないが、せめて、襲撃が起きる前に教会を止められていたなら、事態は大きく違っていたのだろうと思う。
こうして表沙汰になるまで、サミルもルーフェンも、ここまでイシュカル教会が勢力を拡大させていたなんて全く知らなかったし、そのような報告は、一切受けていなかった。
おそらく、魔導師団内にも様々な思惑があって、アーベリトに助けを求めることはしなかったのだろうが、その判断が、命取りになったとも言える。
今でこそ召喚師にすがってきているが、遷都したことを良く思っていない魔導師は多く、彼らの中には、サミルやルーフェンに頼らずとも解決してみせるという、意地のようなものもあったのだろう。
そういった、旧王都民としての誇りやおごりが、今回の事態を招いたのであった。


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