複雑・ファジー小説
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- 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下【完結】
- 日時: 2022/05/29 21:21
- 名前: 銀竹 (ID: iqu/zy5k)
- 参照: https://www.kakiko.cc/novel/novel6/index.cgi?mode=view&no=18825
いつもありがとうございます。
闇の系譜シリーズは、四作目のアルファノル編以降、別サイトに移動しております。
詳しくはアルファノル編のスレにて!
………………
人々の安寧を願ったサーフェリアの前国王、サミル・レーシアス。
彼の興した旧王都──アーベリトは、わずか七年でその歴史に幕を閉じることとなった。
後に『アーベリトの死神』と称される、召喚師ルーフェンの思いとは……?
………………
はじめまして、あるいはこんにちは!銀竹と申します。
本作は、銀竹による創作小説〜闇の系譜〜の二作目の後編です。
サーフェリア編がかなり長くなりそうだったので、スレを上・下と分けさせて頂く事にしました。
一部残酷な表現などありますので、苦手な方がいらっしゃいましたらご注意下さい。
今回は、サーフェリア編・上の続編となっております。
サーフェリア編・上の知識がないと通じない部分も出てきてしまうと思いますが、伏線以外は極力分かりやすく補足して、進めていきたいと考えています(上記URLはサーフェリア編・上です)。
〜闇の系譜〜シリーズの順番としては
ミストリア編(上記URLの最後の番号五桁が16085)
サーフェリア編・上(17224)
サーフェリア編・下(19508)
アルファノル編(18825)
ツインテルグ編
となっております。
外伝はどのタイミングでも大丈夫です(16159)。
よろしくお願いいたします!
…………………………
ぜーんぶ一気に読みたい方→ >>1-430
〜目次〜
†登場人物(第三章〜終章)† >>1←随時更新中……。
†用語解説† >>2←随時更新中……。
†第三章†──人と獣の少女
第一話『籠鳥』 >>3-8 >>11-36
第二話『憧憬』 >>37-64
第三話『進展』 >>65-98
†第四章†──理に触れる者
第一話『禁忌』 >>99-150 >>153-162
第二話『蹉跌』 >>163-189 >>192-205
第三話『結実』 >>206-234
†第五章†──淋漓たる終焉
第一話『前兆』 >>235-268 >>270-275
第二話『欺瞞』 >>276-331
第三話『永訣』 >>332-342
第四話『瓦解』 >>343-381
第五話『隠匿』 >>382-403
†終章†『黎明』 >>404-405
†あとがき† >>406
作者の自己満足あとがき >>407-411
……………………
基本的にイラストはTwitterにあげておりますので、もし見たい!って方がいらっしゃいましたらこちらにお願いします。→@icicles_fantasy
……………………
【完結作品】
・〜闇の系譜〜(ミストリア編)《複ファ》
ミストリアの次期召喚師、ファフリの物語。
国を追われ、ミストリアの在り方を目の当たりにした彼女は、何を思い、決断するのか。
・〜闇の系譜〜(サーフェリア編)上《複ファ》
サーフェリアの次期召喚師、ルーフェンを巡る物語。
運命に翻弄されながらも、召喚師としての生に抗い続けた彼の存在は、やがて、サーフェリアの歴史を大きく変えることとなる──。
・〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下《複ファ》
三街による統治体制を敷き、サーフェリアを背負うこととなったサミルとルーフェン。
新たな時代の流れの陰で、揺れ動くものとは──。
【現在の執筆もの】
・〜闇の系譜〜(外伝)《複ファ》
完全に狐の遊び場。〜闇の系譜〜の小話を載せております。
・〜闇の系譜〜(アルファノル編)《複ファ》
ミストリア編後の物語。
闇精霊の統治者、エイリーンとの繋がりを明かし、突如姿を消したルーフェン。
召喚師一族への不信感が一層強まる中、トワリスは、ルーフェンの後を追うことを決意するが……。
憎悪と怨恨に染まった、アルファノル盛衰の真実とは──?
【執筆予定のもの】
・〜闇の系譜〜(ツインテルグ編)《複ファ》
アルファノル編後の物語。
世界の流転を見守るツインテルグの召喚師、グレアフォール。
彼の娘である精霊族のビビは、ある日、サーフェリアから来たという不思議な青年、アーヴィスに出会うが……。
……お客様……
和花。さん
友桃さん
マルキ・ド・サドさん
ヨモツカミさん
【お知らせ】
・ミストリア編が、2014年の冬の大会で次点頂きました!
・サーフェリア編・上が、2016年の夏の大会で銅賞を頂きました!
・2017年8月18日、ミストリア編が完結しました!
・ミストリア編が2017年夏の大会で金賞を頂きました!
・サーフェリア編・上が、2017年冬の大会で次点頂きました!
・2018年2月18日、サーフェリア編・上が完結しました!
・サーフェリア編・下が、2019年夏の大会で銀賞頂きました!
・外伝が、2019年冬の大会で銅賞頂きました!
・サーフェリア編・下が、2020年夏の大会で銀賞頂きました!
・サーフェリア編・下が、2020年冬の大会で金賞頂きました!
いつも応援して下さってる方、ありがとうございます(*^▽^*)
- Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下 ( No.144 )
- 日時: 2019/06/22 20:58
- 名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: NRm3D0Z6)
山荘に戻ると、迎え入れてくれたケフィは、傷だらけの三人の姿を見て真っ青になった。
傷だらけと言っても、軽く足を捻挫していたり、打ち身や切り傷を負っただけで、大したことはなかったのだが、最後に屋敷の崩落に巻き込まれたせいで、全身薄汚れ、団服もぼろぼろになっていたため、重傷に見えたのだろう。
ケフィは、今すぐ町医者を呼ぶべきだと主張したが、すぐに発つからと言って、三人は遠慮した。
報告のために、再びあの人形だらけの客間へと招かれ、ラフェリオンの破壊に至るまでの経緯を説明すると、ケフィは、案外冷静な態度で、その話を聞いていた。
「そうですか……術式の解除を。でも、魔導書は見つからなかったんですね。すみません、あの屋敷にあるかも、なんて不確かなことを言ってしまって」
申し訳なさそうに頭を下げるケフィに、サイは首を振った。
「いえ、ケフィさんが謝ることではありません。見つからない場合も想定していましたから、大丈夫ですよ。ただ、結局なぜラフェリオンが、小さな術式一つであんな複雑な動きをしていたのか、分からないんですよね。あのあと、完全に破壊されたラフェリオンを調べて、他にも術式が刻まれていないかと探しましたが、やはり何の術式も彫られていませんでした。ハルゴン氏が何か特別な技術を持っていたのか、それともあの屋敷自体に、ラフェリオンを動かす別の秘密があったのか……」
ぶつぶつと呟きながら、サイは何やら真剣に考えを巡らせている。
よほどラフェリオンの秘密を暴きたいのだろう。
サイは、屋敷を離れてから、ずっと上の空であった。
ただ、実際、ラフェリオンが一体どのような原理で動いていたのかという問題は、トワリスも気になっていた。
サイのように、知的好奇心から気になっているというよりは、単純に不安だったのだ。
術式の解除には成功したものの、何故ラフェリオンが動いていたのか明らかにできていない以上、果たしてあの“回れ”という術式が、本当に原動力だったのか不明である。
となると、いつまたラフェリオンが動き出すかも分からないし、完全に根本を絶ち切れたという確証がないので、漠然とした不安が残る。
トワリスは、持っていた荷物の中から、分厚い革袋を引っ張り出すと、ケフィの前に出した。
「破壊には成功しましたが、ラフェリオンにはまだ未知の部分が多いです。この袋には、壊したラフェリオンの部品の一部が入っています。これを魔導師団に持ち帰って、調べても大丈夫ですか?」
ずっしりと重い、ラフェリオンの身体の一部が入った革袋。
一部と言ったのは、文字通り、全ては回収しきれなかったためだ。
崩壊した屋敷の瓦礫の中から、粉々に砕け散ったラフェリオンの残骸を集めきるのは、容易ではなかったのである。
特に、あの術式が彫られていた青い眼球は入手したかったのだが、見つからなかった。
解除した瞬間か、あるいは屋敷が崩壊した時に、砕け散ってしまったのかもしれない。
ラフェリオンの残骸を見せると、ケフィは、微かに目を細めた。
しかし、すぐに笑みを浮かべると、快く頷いて見せた。
「構いません。僕の手元に残しておいても、仕方がありませんしね。もしそれが皆さんのお役に立つというのなら、どうぞ持っていてください」
とぽとぽと音を立てて、温かな匂いを纏った紅茶が、カップに注がれていく。
ケフィは、紅茶を淹れながら、日が傾き始めた窓の外を一瞥すると、尋ねた。
「すぐに発つと仰っていましたが、今日中に行かれるのですか? ラフェリオンとの戦いで、お疲れでしょう。昨日皆さんがお使いになった部屋はそのままにしておりますので、一晩くらい、泊まっていかれませんか?」
ケフィの申し出に、トワリスは、迷った様子で口ごもった。
「お気持ちは嬉しいのですが、私達、なるべく早く次の任務に行きたくて……」
それを聞くと、ケフィは残念そうに眉を下げた。
「そうですか。もうすぐ日も暮れますし、お礼も兼ねて、おもてなしさせて頂こうと思っていたのですが……お急ぎなら、しょうがないですね。せめて、出発までの間は、ゆっくりしていってください」
ふわりと湯気の舞う紅茶をそれぞれに差し出して、ケフィは微笑む。
サイとトワリスは、有り難くそれを受け取ると、息を吹き掛けて、飲みやすくなるまで紅茶を冷ましていた。
だがその時、不意にアレクシアが、長椅子から立ち上がったかと思うと、あろうことか、淹れたての紅茶を、カップごと向かいに座るケフィに投げつけた。
橙赤色の液体が、勢いよくケフィの頭に降りかかる。
床に落下し、ぱりんと音を立てて割れたカップを見ながら、ケフィは驚いた様子で、硬直していた。
ややあって、トワリスも長椅子から腰をあげると、アレクシアを睨み付けた。
「ちょっと! 何やってるのさ!」
カップを投げつけたアレクシアの腕を掴み、怒鳴り付ける。
しかしアレクシアは、そんなトワリスの手を振り払うと、ケフィを見下ろして言った。
「貴方の淹れた紅茶は、不味くて飲めたものじゃないわ。熱すぎたり、ぬるかったり、味だって、昨日からろくなものじゃなかった。自分が淹れた紅茶、今ここで飲んでみなさいよ」
まるで挑発するような口調で言って、アレクシアは鼻を鳴らす。
狼狽えるサイとトワリスには目もくれず、ぐいとケフィに顔を近づけると、アレクシアは言い募った。
「ああ、もしかして飲めないのかしら。飲んだところで、味も温度も分からない。ねえ、そうなんでしょう?」
ケフィの夜色の瞳が、微かに揺れる。
アレクシアは、机を踏みつけて身を乗り出すと、不敵な笑みを浮かべた。
「……本物のラフェリオンは、貴方ね?」
- Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下 ( No.145 )
- 日時: 2019/06/25 19:16
- 名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: NRm3D0Z6)
アレクシアの発言に、サイとトワリスが瞠目する。
アレクシアは、ケフィの胸ぐらを掴みあげると、きつい口調で続けた。
「ずっと、私達のことを見ていたんでしょう? ……その、ヴァルド族から奪った眼球で。貴方が造り上げた偽物のラフェリオン相手に、私達が苦戦をする様は、見ていてさぞ面白かったことでしょうね? でも残念。見えるのは、貴方だけじゃあないの」
「…………」
掴んでいた胸ぐらを、ぱっと放す。
まるで放心したように、呆然と長椅子に身を預けるケフィを見て、アレクシアは、口許を歪めた。
「昨日、あの屋敷に侵入した私達を見つけた貴方は、魔導師がまたラフェリオンを破壊しに来たのだと気づいて、焦った。けれど貴方は、あえて私達を助け、協力する振りをして、わざわざ情報を偽装し、あの偽物のラフェリオンを壊すように仕向けたのよ。殺すより、私達にラフェリオンを破壊したと思い込ませて、魔導師団に任務完了の報告をしてもらったほうが、都合が良かったんでしょう。そうすれば、今後二度と、ラフェリオンを追おうとする者はいなくなるから」
アレクシアは、身を戻して立つと、ケフィを見下ろした。
「あの偽ラフェリオンが、“回れ”だなんていう簡単な術式一つで動いていたのも、紐解けば単純な話よ。如何に標的を追い、仕留めるのか……全ては貴方が直接見て、接戦を演じるように動かしていただけなんですもの。術式は、術者がいない場合には必要になるけれど、直接術者が魔術を行使しているなら、必要ないわ。私が術式を解除したとき、サイやトワリスに掴みかかっていった、あの人形たちの手も、貴方が直接操っていただけ。屋敷には、ラフェリオンを封じるための魔術が施されているなんて話も、全て私達がラフェリオンを破壊するという筋書きを完成させるための、作り話なんでしょう? あの偽物のラフェリオンは、言ってしまえば、本物のラフェリオンの操り人形で、私たちは、まんまと貴方が用意した舞台の上で、踊らされていたってわけ」
「…………」
ケフィは俯いたまま、一言も発しない。
サイは、おずおずと長椅子から立ち上がると、緊張した面持ちでアレクシアを見た。
「ま、待ってください、アレクシアさん。今の話だと、その……ケフィさんが、あのラフェリオンを魔術で動かしていた、と言うことなんですよね? でも、あの場にケフィさんはいなかったじゃないですか」
アレクシアは、肩をすくめた。
「だから言ったじゃない。こいつはヴァルド族の目で、私達のことを見ていたのよ。確かにあの屋敷には、ケフィ・ハルゴン──いえ、ラフェリオンはいなかった。でも、どこにいようと、こいつにとっては、私達の動きなんて丸見えなの。ヴァルド族の目は、壁を何枚隔てようと、その先の景色を見渡すことが出来る。つまり、標的を目で捉えさえすれば、この場で魔術を使うのも、山一つ向こうで魔術を使うのも、同じことなのよ」
アレクシアの蒼い瞳が、鋭い光を宿す。
サイは、信じられないものを見るような目でケフィを一瞥し、再度アレクシアに視線を向けると、震える声で返した。
「しかし……ケフィさんは、どう見たって……人間にしか……」
「…………」
ケフィは、相変わらず長椅子に腰掛けたまま、沈黙を貫いている。
ケフィが人間にしか見えないと動揺するサイの気持ちは、トワリスにもよく分かった。
見た目が人間そっくりだとか、複雑な会話のやり取りや動きが出来るとか、そういった次元の話ではないのだ。
細かく繊細に変化する表情も、眼差しも、声色でさえ、人間のそれとしか思えない。
触れずとも柔らかな熱が伝わってくるような、そんな人間らしい温かみが、ケフィからは感じられるのだ。
- Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下 ( No.146 )
- 日時: 2019/06/27 19:21
- 名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: /.e96SVN)
アレクシアは、皮肉めいた口調で言った。
「だから傑作なんでしょう、貴方は。ラフェリオンがハルゴン氏の最高傑作と謳われた所以は、強力な造形魔術によって制作されたからでも、類稀な戦闘能力を持っているからでもない。人間と同じ、感情というものを持っているから……。そんなところかしら」
サイとトワリスが、強張った顔でケフィを見る。
ややあって、ケフィはゆっくりと顔をあげると、冷めた目でアレクシアを見上げた。
「……仰っている意味が、よく分かりませんね。僕がラフェリオン? そんな証拠、どこにあるっていうんです?」
アレクシアは、唇で弧を描いた。
「あの人形が、ラフェリオンの偽物だってことには、最初から気づいていたわ。だってあの安っぽい目は、どう見てもヴァルド族の眼球ではなかったもの。だから私は、ずっと本物のラフェリオンを探していたのよ」
アレクシアの言葉に、トワリスは目を見開いた。
思い起こしてみれば、偽物のラフェリオンに全く興味を示さなかったことも、やたらと単独行動をとっていたことも、アレクシアが本物のラフェリオンを一人で探していたのだと考えれば、合点が行く。
笑みを深めて、アレクシアはケフィを見つめた。
「貴方を疑い始めたのは、私が、あの屋敷に魔導書の並んだ部屋がある、と言った時。魔導人形のことも魔術のことも分からない、なんて顔をしていたけれど、貴方は、そんな部屋が存在しないことを知っていた。だから私が、魔導書の並んだ部屋を見た、と言ったとき、貴方は微かに視線を泳がせたのよ。動揺の仕方まで人間らしいなんて、正直信じられないけれどね」
次いで、アレクシアは目を細めた。
「他にもあるわ。トワリスが屋敷の壁を破った時、一緒に投げ出された偽物のラフェリオンの動きが、一瞬止まったの。そうよね?」
アレクシアの視線を受けて、トワリスが首肯する。
ケフィが本物のラフェリオンだというアレクシアの言い分が、徐々に真実味を帯び始め、トワリスは、無意識に拳に力を込めていた。
「どんな攻撃を受けても、びくともしなかったあのイカれ人形が、ほんの一瞬でも動きを止めた。……考えてみて、すぐに分かったわ。ヴァルド族の目は、標的を追える訳じゃない。あくまで、ある一定の空間を見渡せるだけ。つまり、屋敷の内部に視線を定めていた貴方は、突然屋敷の外に飛び出したトワリスたちが視界から外れて、見失ったのよ。偽物のラフェリオンに、次の動きを指示できなかったの。これは、あの偽物のラフェリオンが、自ら標的を認知して動いていたわけではない証拠よ。そして、遠隔からの操作を可能にしていたのが、術式の力ではなく、ヴァルド族の眼球を持った者──つまり、本物のラフェリオンだったという証拠でもある」
アレクシアが言葉を切ると、ケフィは、微かに息を吐いた。
「……答えになっていません。術式一つで動いていたとは考えづらいから、直接操っていた何者かがいるのだろう、と判断するのは、些か早計ではありませんか? 少なくとも僕は、あの屋敷に封じた人形が、ラフェリオンなのだと祖父から聞いていました。単に貴方たちが、表面的に見えやすい、眼球に刻印された術式しか調べられなかったというだけのことでしょう。あの人形を解体したら、二つ目、三つ目の術式が見つかったかもしれません。それに、仮にあの屋敷にいたのが偽物で、その偽物を操っていたのが、本物のラフェリオンであったのだとしても、今のフィオールさんのお話は、ラフェリオンの正体が僕だという証拠はならないはずです。この周辺には他に人が住んでいませんから、僕を疑いたくなるお気持ちもお察ししますが」
ケフィの夜色の瞳が、アレクシアを射抜く。
アレクシアは、その瞳を見つめ返すと、わざとらしく眉をあげた。
「そうね、解体して調べたわけじゃないわ。眼球の術式を解除したら動かなくなったから、あの術式が原動力だったと判断したに過ぎない。確かに、決定的とは言えないわ。ただ──」
アレクシアは、艶然と微笑んで、言葉を継いだ。
「術式が眼球に刻印されていたなんて、よく知ってるわね? 私は、術式が一つだけだった、としか言っていないけど……?」
──瞬間。
怒り任せに振り上げられたケフィの拳が、大きな音を立てて、机を叩き割った。
衝撃で落ちたカップが、紅茶を吐き出しながら、ごろごろと床に転がっていく。
しゅぅっと蒸気のような息を吐いて、凶暴な光を目に宿したケフィは、ぎろりとアレクシアを睨んだ。
「謀ったな、この女……!」
ケフィの凄まじい変貌に、思わずサイとトワリスがたじろぐ。
黒に近い夜色だった彼の瞳が、いつの間にか、アレクシアと同じ透き通った蒼色に変わっていることに気づくと、トワリスは、訝しげに問うた。
「まさか、本当に貴方が……?」
ラフェリオンは、トワリスに目を移すと、眉を歪めた。
「……そりゃあ、疑いたくもなるでしょうね。そうですよ、僕が、魔導人形ラフェリオンだ。……でも、とても人形には見えないでしょう? 僕は、人形であって、人間だから」
木端微塵になった机の残骸を踏みつけ、ラフェリオンは、ゆらりと立ち上がる。
「……僕はね、人間の死体から出来てるんですよ。大勢の死体をかき集め、継ぎ接いで作った……この脚も、腕も、内臓も眼球も、全部! 選ばれた人間を殺して奪ったものだ」
- Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下 ( No.147 )
- 日時: 2019/06/29 22:44
- 名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: NRm3D0Z6)
サイが、顔色を真っ青にした。
「殺して、奪った……? ラフェリオンを作るために、人を殺したっていうんですか……? 一体、何のために……?」
ラフェリオンは、皮肉っぽく笑うと、自分の掌を見つめた。
「人為的に、優れた人間を作ることができるのか、試そうとしたんですよ。人形は所詮、指示通りにしか動けぬ玩具です。でも僕は違う。優秀な人間の身体、能力を生まれつき持ち、思考し、学ぶことができる……。けれど、この身体は成長しないし、感覚もない。死ぬこともない。魔力がある限り動き続ける、不完全な人の形をしたものです」
サイは、信じられないものを見るような目で、ラフェリオンの全身を眺めた。
「で、ですが……人形だろうが、兵器だろうが、貴方は生きているではないですか。死体を材料に、貴方のような人形を造り上げるなんて……そんな方法が、あるというのですか」
ラフェリオンに代わり、アレクシアが、忌々しそうに答えた。
「あるわけないじゃない。……死んだ人間の身体で、生きた人形を作るなんて。ハルゴン氏は、禁忌魔術に手を出したのよ」
「出したんじゃない! 出さざるを得なかったんだっ!」
アレクシアの言葉に被さるように、ラフェリオンが怒鳴る。
わなわなと唇を震わせ、額に手を当てると、ラフェリオンは悔しげに言葉を絞り出した。
「先生は……ミシェル・ハルゴンは、脅されたんだ。十年ほど前、魔導師団の団長を名乗る男に、思考する人形作りに協力するよう言われ、拒めば殺すと脅迫された。だから何としても、魔導人形ラフェリオンを完成させなければならなかった。多くの罪なき命と引き換えに、禁忌魔術に手を出すことになろうとも!」
それから、力が抜けてしまったように、長椅子にがっくりと腰を落とすと、ラフェリオンは、アレクシアを見上げた。
「……フィオールさん、貴女は何故魔導師なんてやっているんです? 貴女が最初からお見通しだったように、僕にも分かっていましたよ。貴女は、ヴァルド族の生き残りなんでしょう。それなら貴女だって、被害者のはずだ。恨む相手が違う。貴女の同胞を狩り、眼球を奪い、そしてミシェル・ハルゴンを脅して僕を作らせたのは、魔導師団の人間です」
「…………」
眉を寄せて、トワリスがアレクシアを見る。
やはり彼女は、ヴァルド族だったのだ。
偽物のラフェリオンと交戦していた時から、薄々勘づいてはいた。
誰も見ていなかったはずなのに、トワリスが度々同期の魔導師たちと揉めていたことを知っていたのも、サイとトワリスが、なんだかんだでアレクシアに協力するつもりであることを確信していたのも、術式が偽物のラフェリオンにはないと言っていたのも、全て、ヴァルド族の眼があったからだと思えば、説明がつく。
アレクシアは、目を伏せると、小さくため息をついた。
「……エイデンは既に裁かれたわ。禁忌魔術の行使を、人形技師ミシェル・ハルゴンに強制した罪でね。世間には、罪人としてではなく、殉職として公表されたことは気に食わないけれど、しょうがない。仮にも魔導師団長ともあろう者が、禁忌魔術に手を出したなんて、良い恥さらしだもの」
「じゃ、じゃあ、この件の黒幕は……」
震える声でトワリスが確認すると、アレクシアは、淡々と答えた。
「前魔導師団長、ブラウィン・エイデンよ。彼は、ヴァルド族を始めとする多くの民を惨殺し、その遺体を使って、ハルゴン氏に魔導人形ラフェリオンを作るように命じた。エイデンの愚行を暴いた魔導師団は、その隠蔽に躍起になったわ。だって、法を守るべき魔導師団の長が禁忌に手を染めるなんて、とんだ笑い話だもの。だから、一連の真実を知るエイデンとハルゴン氏をこの世から葬り、事件をなかったことにした。そして次に、禁忌魔術によって産み落とされた魔導人形ラフェリオンを、破壊しようとしたのよ。禁忌魔術が関与しているという事実は伏せ、制作者が死に、扱える者がいなくなってしまった暴走殺人兵器だと、情報を偽装してね。当の本人は、偽物を作って、上手く逃げ回っていたようだけれど」
ちらりと横目にラフェリオンを見て、アレクシアは言い募った。
「手に負えなくなった魔導人形の破壊なんて、それだけ聞けば、重要性は然程ないもの。未解決のまま月日が経てば、やがて風化し、そんな任務の存在自体忘れられていくわ。ラフェリオンを破壊して、魔導師団の過ちを隠滅できるなら、それが一番確実だけれど、世間から忘れられて、結果なかったことになるなら、それもまた良いでしょう。少なくとも、ラフェリオン、貴方はそうなることを一番望んでいた。……まあ、私が掘り返してきたんだけどね?」
ラフェリオンは、しばらくの間、鋭い目付きでアレクシアを睨み付けていた。
しかし、やがて微かに息を吐き出すと、平坦な声で言った。
- Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下 ( No.148 )
- 日時: 2019/07/01 18:55
- 名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: NRm3D0Z6)
「……僕を、破壊するんですか?」
「…………」
アレクシアは、何も答えずに、ラフェリオンを見据えている。
ラフェリオンは、沈痛な面持ちで頭を下げた。
「……見逃してください。僕はただ、ここで静かに最期を迎えられれば、それでいい。どうせ僕は、直に壊れます。僕の中に残る先生の魔力は、あと僅か……それが尽きて動けなくなるまでは、生きていたいのです。……僕は、ケフィ・ハルゴンに、人形を送り続けなければならない」
アレクシアは、ぴくりと眉を上げた。
「……ケフィ・ハルゴンとは一体何者なの? ハルゴン氏には、本当に孫がいたと?」
ラフェリオンは、首を横に振った。
「いいえ。僕は外見年齢を考えて、孫を名乗っていただけです。本物のケフィ・ハルゴンは、小さい頃に病で亡くなった、先生の娘さんです。元々先生は、娘さんのために人形作りを始めたんです。あの世に一人ぼっちで、話し相手がいないのは可哀想だからと、ご自分で作った喋る人形や、買ってきた絵本やお菓子、あらゆるものを毎日燃やして、亡くなったケフィ・ハルゴンに送っていました。この部屋にある人形も、すべて、先生が娘さんのために作ったものです」
思わずぎょっとして、トワリスは、部屋中に並べられた膨大な量の人形を見回した。
同時に、あの偽物のラフェリオンがいた屋敷に、子供向けの絵本が置かれていたのを思い出す。
生涯かけて魔導人形を作り続け、その名を世に馳せたミシェル・ハルゴンの原動力は、我が子への強い想い──見方によっては、異常とも取れるような、甲斐甲斐しい執着心だったのかもしれない。
ラフェリオンは、落ち着いた態度で続けた。
「僕を作ったあと、先生は言いました。沢山の犠牲を出し、禁忌魔術まで犯した自分は、きっと娘と同じところへは逝けないだろう、と。……だから、代わりに僕が、壊れるそのときまで、先生の作品を娘さんに贈るんです」
口調は穏やかだったが、その奥に意思の強さが伺えるような、真っ直ぐな言葉だった。
トワリスは、躊躇いがちに尋ねた。
「じゃあ貴方は、ハルゴン氏が亡くなってからずっと、この家で人形を燃やし続けていたんですか?」
ラフェリオンは、悲しげに表情を歪めて、トワリスを見つめた。
「どうしてそこまでするのかと、そう思うでしょう? 僕も不思議なんです。死んだ人間に捕らわれて、何年も何年も……。そんなことを続けたって、きっと意味はないのに。それでも僕は、先生と同じように、故人に想いを馳せたいんですよ。先生にとっては、僕なんて作品の一つに過ぎなかったのかもしれないけれど、僕にとっては、先生は父親のような存在だったし、先生の娘は、姉のような存在だったのです。……理屈では語れません。人形なのにおかしいと、自分でも思います。でも、多分僕は、亡き先生の意思を継ぎ、ケフィ・ハルゴンに向けて人形を送り続けることで、自分の心を慰め、生にしがみつく自分に価値を見出だしているんです。……この気持ち、本物の人間である貴方たちなら、分かるのでしょうか?」
すがるような、不安定な光を宿したラフェリオンの瞳を見て、トワリスは口を閉じた。
ラフェリオンは、本物の人間よりも、ずっと純粋なのだろう。
人の心は揺れ動くし、変わるものだ。
それがどんなに強い思いであっても、やがて時が経てば、忘れていってしまう。
けれど、人の手で作られたラフェリオンは、そうではないのかもしれない。
身体も心も、作られたその時のままで、一度抱いてしまった気持ちが薄れていくことはなく、永遠に純粋で、不変の執着や忠誠を持っているのだ。
それは美しいことのようにも感じられたが、ひどく残酷で、悲しいことのようにも思えた。
ラフェリオンはうつむくと、再度頭を下げて、呟くように言った。
「僕は、魔導師は嫌いです。ですが、復讐しようだなんて考えていませんし、僕にはもう、戦って人を傷つけられる力も残っていません。息を潜めて暮らし、誰にも知られることなく、ここで朽ちます。……だから、どうか見逃してください」
「…………」
頭を上げようとしないラフェリオンに、サイとトワリスは、ただ黙って立ち尽くしていた。
トワリスは、ちらりと横目でアレクシアを見たが、彼女もまた、無表情でラフェリオンを見つめている。
怒りにも悲しみにも染まっていないその表情からは、何も伺えなかった。
トワリスにはもう、ラフェリオンを破壊しようという意思はなかった。
今後人を傷つけるつもりはないというラフェリオンの言葉は、嘘ではないように思えたし、彼の心情を知って尚、任務を優先させるほどの非情な選択は、トワリスには出来なかったのだ。
しかし、アレクシアがどんな決断をするかは、まだ分からない。
この任務の結末を決めるのは、トワリスでもサイでもなく、アレクシアであるべきだ。
もしアレクシアが、それでもラフェリオンの破壊を望むというなら、それを止める権利も、トワリスにはない──。
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