複雑・ファジー小説
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- 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下【完結】
- 日時: 2022/05/29 21:21
- 名前: 銀竹 (ID: iqu/zy5k)
- 参照: https://www.kakiko.cc/novel/novel6/index.cgi?mode=view&no=18825
いつもありがとうございます。
闇の系譜シリーズは、四作目のアルファノル編以降、別サイトに移動しております。
詳しくはアルファノル編のスレにて!
………………
人々の安寧を願ったサーフェリアの前国王、サミル・レーシアス。
彼の興した旧王都──アーベリトは、わずか七年でその歴史に幕を閉じることとなった。
後に『アーベリトの死神』と称される、召喚師ルーフェンの思いとは……?
………………
はじめまして、あるいはこんにちは!銀竹と申します。
本作は、銀竹による創作小説〜闇の系譜〜の二作目の後編です。
サーフェリア編がかなり長くなりそうだったので、スレを上・下と分けさせて頂く事にしました。
一部残酷な表現などありますので、苦手な方がいらっしゃいましたらご注意下さい。
今回は、サーフェリア編・上の続編となっております。
サーフェリア編・上の知識がないと通じない部分も出てきてしまうと思いますが、伏線以外は極力分かりやすく補足して、進めていきたいと考えています(上記URLはサーフェリア編・上です)。
〜闇の系譜〜シリーズの順番としては
ミストリア編(上記URLの最後の番号五桁が16085)
サーフェリア編・上(17224)
サーフェリア編・下(19508)
アルファノル編(18825)
ツインテルグ編
となっております。
外伝はどのタイミングでも大丈夫です(16159)。
よろしくお願いいたします!
…………………………
ぜーんぶ一気に読みたい方→ >>1-430
〜目次〜
†登場人物(第三章〜終章)† >>1←随時更新中……。
†用語解説† >>2←随時更新中……。
†第三章†──人と獣の少女
第一話『籠鳥』 >>3-8 >>11-36
第二話『憧憬』 >>37-64
第三話『進展』 >>65-98
†第四章†──理に触れる者
第一話『禁忌』 >>99-150 >>153-162
第二話『蹉跌』 >>163-189 >>192-205
第三話『結実』 >>206-234
†第五章†──淋漓たる終焉
第一話『前兆』 >>235-268 >>270-275
第二話『欺瞞』 >>276-331
第三話『永訣』 >>332-342
第四話『瓦解』 >>343-381
第五話『隠匿』 >>382-403
†終章†『黎明』 >>404-405
†あとがき† >>406
作者の自己満足あとがき >>407-411
……………………
基本的にイラストはTwitterにあげておりますので、もし見たい!って方がいらっしゃいましたらこちらにお願いします。→@icicles_fantasy
……………………
【完結作品】
・〜闇の系譜〜(ミストリア編)《複ファ》
ミストリアの次期召喚師、ファフリの物語。
国を追われ、ミストリアの在り方を目の当たりにした彼女は、何を思い、決断するのか。
・〜闇の系譜〜(サーフェリア編)上《複ファ》
サーフェリアの次期召喚師、ルーフェンを巡る物語。
運命に翻弄されながらも、召喚師としての生に抗い続けた彼の存在は、やがて、サーフェリアの歴史を大きく変えることとなる──。
・〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下《複ファ》
三街による統治体制を敷き、サーフェリアを背負うこととなったサミルとルーフェン。
新たな時代の流れの陰で、揺れ動くものとは──。
【現在の執筆もの】
・〜闇の系譜〜(外伝)《複ファ》
完全に狐の遊び場。〜闇の系譜〜の小話を載せております。
・〜闇の系譜〜(アルファノル編)《複ファ》
ミストリア編後の物語。
闇精霊の統治者、エイリーンとの繋がりを明かし、突如姿を消したルーフェン。
召喚師一族への不信感が一層強まる中、トワリスは、ルーフェンの後を追うことを決意するが……。
憎悪と怨恨に染まった、アルファノル盛衰の真実とは──?
【執筆予定のもの】
・〜闇の系譜〜(ツインテルグ編)《複ファ》
アルファノル編後の物語。
世界の流転を見守るツインテルグの召喚師、グレアフォール。
彼の娘である精霊族のビビは、ある日、サーフェリアから来たという不思議な青年、アーヴィスに出会うが……。
……お客様……
和花。さん
友桃さん
マルキ・ド・サドさん
ヨモツカミさん
【お知らせ】
・ミストリア編が、2014年の冬の大会で次点頂きました!
・サーフェリア編・上が、2016年の夏の大会で銅賞を頂きました!
・2017年8月18日、ミストリア編が完結しました!
・ミストリア編が2017年夏の大会で金賞を頂きました!
・サーフェリア編・上が、2017年冬の大会で次点頂きました!
・2018年2月18日、サーフェリア編・上が完結しました!
・サーフェリア編・下が、2019年夏の大会で銀賞頂きました!
・外伝が、2019年冬の大会で銅賞頂きました!
・サーフェリア編・下が、2020年夏の大会で銀賞頂きました!
・サーフェリア編・下が、2020年冬の大会で金賞頂きました!
いつも応援して下さってる方、ありがとうございます(*^▽^*)
- Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下 ( No.219 )
- 日時: 2020/02/17 18:35
- 名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: 8NNPr/ZQ)
ルーフェンは、隣で演劇に心奪われているロゼッタに、小さく耳打ちをした。
「……少なくとも四人、いや、もっとか。胡散臭いのが紛れ込んでる。心当たりは?」
問うと、ロゼッタは、舞台上から目を離さぬまま、しれっと答えた。
「あんまりしつこいから、お父様が、この祝宴に招待なさったのだと思いますわ。……本当に来てくださったなら、良かった」
次いで、にこりと笑って、ルーフェンを一瞥する。
「召喚師様、やっつけてくださる?」
「…………」
特に動じる様子もなく、平然とそう言ってのけたロゼッタに、苦笑する。
呆れたように肩をすくめると、ルーフェンは、謀ったな、と一言だけ呟いた。
つまりは、全て計画の内だった、ということだ。
他街からの印象を重んじるクラークが、こんな大胆な作戦に出るとは少し意外であったが、要は、相手がそれだけ執拗にマルカン家を狙っている、ということなのだろう。
この祝宴に不遜な輩が紛れ込むことも、そして、その場に召喚師であるルーフェンが居合わせることも、全てクラークの策の内だったわけだ。
賓客たちは演劇に夢中で、周囲は暗闇。
潜り込んだ刺客からすれば、これだけ動きやすい環境はない。
ルーフェンは、再び壁に寄りかかって、演劇を観る振りをしながら、侍従らしき男の動向を注視していた。
どんな攻撃を仕掛けてこようと、ねじ伏せることは造作もないが、問題は、相手が何人か、そしてどう賓客たちを逃がすか、である。
マルカン家を狙っているなら、標的は当然クラークかロゼッタだろうが、敵が必ずしも、二人に的(まと)を絞るかは分からない。
大勢いる賓客相手に、同時に魔術でも放たれたら、流石に防ぎきれないし、そもそも大広間の中で戦闘をすれば、何かしらの被害が出ることは確実。
場合によっては、こちらから仕掛けて、負傷者が出る前に敵を潰すほうが有効かもしれない。
ルーフェンは、ロゼッタを近くの自警団員に任せると、静かに侍従らしき男の元へと歩み寄った。
今のところ、この男以外に、怪しげな動きをしている者はいない。
この男を仕留めて、敵がマルカン家の急襲を諦めるならば、祝宴後に身元を調べれば良い話だし、強攻するならば、その場で動きを見せた者全員を、芋づる式に片付けていく他ないだろう。
不自然に目線をちらつかせていた男と、ふと、目が合った。
男は、漫然と広間を見渡しているようにも見えたが、やはり、その視線の送り方には、意味があったのだろう。
ルーフェンの接近にいち早く気づくと、横目に何かを訴えてから、焦ったように駆け出した。
周囲を押し退けて走る男に、賓客たちが、何事かと目を向ける。
男が頭上のシャンデリアに手を掲げ、魔術を使う──その素振りが見えた時には、ルーフェンは、男の首筋に一発入れて、昏倒させていた。
しかし、その次の瞬間。
鈍い金属音と同時に、吊っていた金具部分が弾け、大量の蝋燭とシャンデリアが、ルーフェンの頭上に落下してくる。
手を翳し、短く詠唱すれば、シャンデリアは横から風で殴られたように吹き飛び、壁にぶち当たった。
蝋燭の土台となっていた色硝子が、床に落ちて割れる、派手な音が重なる。
賓客たちは悲鳴をあげ、さっと顔色を変えたが、腰をあげただけで、扉まで向かう者はいなかった。
突然の出来事に、事態を把握できていない者もいれば、劇の演出の一部ではと、勘繰っている者もいる。
逃げようにも、視界が暗く、思うように動け出せない者も多いようであった。
- Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下 ( No.220 )
- 日時: 2020/02/18 20:44
- 名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: 8NNPr/ZQ)
素早く舞台上に駆け上がると、ルーフェンは、騒然とする広間を俯瞰した。
残っている二つのシャンデリアや、燭台に炎を灯してから、腰を抜かした舞台役者たちに、目で逃げるように示す。
次いで、クラークの姿を探したが、つい先程まで舞台脇にいたはずの彼は、忽然と姿を消していた。
わざわざ祝宴に敵を招き入れたわけだから、賓客の避難に関しては、彼が算段を立てているものと信じていたが、どうやらあては外れたようだ。
クラークの性格上、一人で逃げて、顰蹙を買うような真似はしないはずだが、何の指示も出さないところを見ると、そもそも避難誘導をする気がないのだろう。
賓客ごと敵を逃がすつもりはないし、それどころか、この騒ぎを、演出の一部だった、とでも言い張るつもりなのかもしれない。
混乱に乗じて、剣を抜いた四人の自警団員──刺客たちが、逃げようとする賓客たちに斬りかかった。
マルカン家に仕える、本物の武官たちも、応戦しようと身構える。
しかし、彼らが剣を交えるより速く、ルーフェンが遠隔から手を動かすと、その動きを準(なぞら)えるように、刺客たちの身体が宙に吹っ飛んだ。
壁で後頭部を打った者もいれば、吹っ飛んだ拍子に、剣が自らの身体に突き刺さった者もいる。
動揺して身をすくめる賓客の中で、四人の刺客たちは、呻き声をあげながら床に転がった。
「早く! 全員逃がせ!」
ルーフェンが近くの魔導師に怒鳴り付けると、魔導師は、びくりと肩をすくませてから、慌てた様子で周囲に避難指示を出し始めた。
この際、クラークの思惑など、考慮してはいられない。
賓客にまで斬りかかっていたところを見る限り、今回の敵は、見境なく人を殺しても構わないと考えている。
そんな厄介な連中を逃がしたくない、という思いは確かにあるが、何人いるかも分からない刺客が一斉に動き出せば、ルーフェンとて即座には動けない。
このまま広間に閉じ込めておいて、人質でもとられるよりは、この場から全員逃がした方が、被害は最小限に抑えられるだろう。
いよいよ、開いた大扉に向かって、賓客たちが走り出した、その刹那。
再び金具の弾ける鈍い音が響いたかと思うと、残っていた二つのシャンデリアが、地面に落下して砕け散った。
幸い、直下に人はいなかったが、蝋燭の炎が絨毯に燃え移って、一層人々の恐怖心を煽る。
自警団員たちが、咄嗟に火を消そうと集まってきたが、このような惨事に見慣れぬ大半の賓客たちは、腰を抜かしてうずくまるしかなかった。
広間を照らすのは、心許ない燭台の光と、絨毯に燃え広がっていく貪食な炎のみ。
凄惨な絵図の中で、ルーフェンは、首謀者を見つけようと気配を探った。
シャンデリアが落ちた瞬間、魔力は感じなかった。
思えば、侍従に扮した刺客を仕留めたときだって、ルーフェンは、彼が魔力を使う前に気絶させたはずなのに、シャンデリアは落ちてきた。
つまりこれは、事前に仕掛けられていたことなのだ。
魔法陣を仕込んで、予備動作だけでシャンデリアが落ちるように細工をしていた、計画的犯行である。
ルーフェンは、小さく舌打ちすると、フォルネウスを召喚しようと詠唱を始めた。
未だ潜んでいる刺客が、使用人として紛れているのか、賓客に扮しているのか。
また、この屋敷に、他にどんな小細工が仕組まれているのか、それすらも分からない。
こうなったら、フォルネウスの力で、全員の動きを封じたほうが手っ取り早いだろう。
ルーフェンが、魔語を唱える、その時であった──。
不意に、視界に赤らんだ光が飛んだかと思うと、目の前で、燃え盛る火球が軌跡を描いた。
まるで巨大な鳥のように滑空したそれは、やがて渦を巻き、広間全体で炎のとぐろを巻く。
視界を覆う業炎は、一見規模の大きな魔術のように見えたが、何ということはない。
魔術を学んだ者であれば大抵が使えるような、簡単な幻術であった。
劇団員の誰かが、刺客の動きを止めるために放ったのかと思ったが、そうではない。
炎を使ったこの幻術に、ルーフェンは、微かに見覚えがあった。
視界の端で、木の葉が、ふわりと宙を舞った気がした。
熱風に巻き上げられたかの如く、軽やかに。
そして、獣のようにしなやかに。
炎渦の上を揺蕩うそれは、まるで重力を感じさせない動きで、床を蹴り、抜刀して翻る。
運河に飛び込んでいった彼女を見たときと、同じ感覚だ。
一人、別の時間を生きているような──そんなトワリスの動きには、きっと、何人たりとも追い付けない。
炎の幻術を使ったのが、トワリスであることは分かったが、その狙いまでは読めず、ルーフェンは、ただ瞠目して立っていた。
舞台下を業炎が包んだことで、刺客たちは、攻撃の手を止めざるを得なくなったはずだ。
しかし、この程度の幻術では、そう長くもたないし、標的が見えず、攻撃ができないのはこちらも同じである。
幻術が解ければ、再び戦闘が始まるだろう。
炎の明るさに視界を焼かれ、目が眩んで動けなくなるのは、ほんの一瞬程度。
けれど、その一瞬こそが、トワリスにとっては、十分な時間稼ぎなのであった。
宙で一転し、壁に着地したトワリスが、その脚に魔力を込めた瞬間──。
身を踊らせていた木の葉は、一閃、矢の如く炎渦を切り裂いた。
電光石火で駆け抜けた刃は、人々の目に、どう映ったのだろう。
吹き抜ける突風か、あるいは、地上に迸る稲妻か。
ぶわりと火の粉を散らし、尾を引くように紅鳶をたなびかせながら、トワリスは、縦横無尽に敵を薙ぎ倒していく。
幻術が解け、人々の視界が元に戻った頃には、広間に八人の身体が転がっていた。
空気が、未だにびりびりと震えている。
トワリスが、潜んでいた刺客たちを峰打った瞬間は、速すぎて認識できなかった。
倒れた刺客のすぐそばにいた者でさえ、ただ、すり抜ける風を感じただけだ。
双剣を鞘に納める、鍔(つば)鳴りの音が響く。
身を低くしていたトワリスは、すっと立ち上がると、唖然としている自警団員たちを見回して、言った。
「早く捕まえてください。気絶させただけです」
- Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下 ( No.221 )
- 日時: 2020/02/23 18:31
- 名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: 8NNPr/ZQ)
我に返った自警団員たちが、慌てた様子で、気絶した刺客たちを取り押さえる。
意識を取り戻しても動けぬように拘束され、広間から引きずり出されていく刺客たちを見て、ようやく生きている実感が湧いてきたのだろう。
賓客たちは、徐々に周囲の者たちの安否を確認しながら、口を開き始めた。
夢でも見ているような思いで、舞台に立ち尽くしていたルーフェンは、ふと、名前を呼ばれたような気がして、振り返った。
今までどこに隠れていたのか、ロゼッタの肩を抱いたクラークが、壇上に上がってくる。
クラークは、呼びつけた魔導師に、燭台の炎を強めるように命じてから、次いで、ざわめく大広間を見渡した。
落下したシャンデリアが三つ、床に砕け散っており、広間の至るところに、血痕が残っている。
だが、おそらくその血は刺客たちのもので、見たところ、怪我をして動けなくなっている賓客はいない。
大事にはなったが、被害は最小限と言える状況であった。
クラークは、さっと両手をあげると、賓客たちに呼び掛けた。
「皆様! マルカン家頭首、クラークでございます!」
青ざめていた賓客たちの視線が、舞台上のクラークに注がれる。
クラークは、大袈裟な身振り手振りをつけながら、演技がかった口調で語った。
「とんだ不埒者共が入り込んでいたようで、誠に申し訳ございませんでした! お怪我はございませんでしたか? 今、屋敷の医術師たちを呼んでおります。もしお怪我をなさった方がいらっしゃいましたら、早急に手当てをさせて頂きますので、この場でお知らせください!」
クラークの声かけに、手を挙げた者はいなかった。
賓客たちは、強張った顔で、しばらく事態を飲み込むのに精一杯の様子であったが、騒ぎの割に負傷者がいないのだと分かると、緊張が解けてきたようだ。
見知った者同士で集まりながら、幾分か落ち着いた表情になった。
クラークは、拍手をした。
「いやはや、流石は各領の中枢を担う皆様! 不遜な輩が騒ぎを起こそうとも、これしきでは動じぬ、肝の据わった方々ばかり! 本日は、折角の宴の席でございます。別のお部屋をご用意致しますので、仕切り直しと行きたいと存じますが、いかがでしょうか?」
都合の良いクラークの言葉に、賓客たちが、ざわりとどよめいた。
大した被害がなかったとはいえ、急場の後に部屋を変えて飲み直そうなどと、とても責任者の台詞とは思えない。
召喚師の同席や、警備の増員を計算に入れ、結果的に怪我人を出さなかった点は評価すべきかもしれないが、言ってしまえば、そもそも刺客の侵入を許したこと自体が、クラークの落ち度なのだ。
しかし、賓客たちの苦言を待たずに、クラークは続けた。
「皆様に怖い思いをさせてしまい、このようなことを申し上げるのは大変恐縮なのですが、実は、以前から無法者が紛れ込んでいることには、気づいておりました。一時は祝宴の中止も検討いたしましたが、遠路遙々お越しくださった皆様や、この祭典を心待ちにしていたハーフェルンの民たちの期待を裏切るわけにはいかないと、警備を強化した上で、開催した次第でございます。包み隠さずに言えば、これを機に、私を狙う一派を掃討することも目的の一つでした。ですがどうか、誤解をしないで頂きたいのです。私には決して、皆様を危険に陥れようなどという意図はございませんでした。むしろ、敵の刃をこの場で一手に引き受けたことが、今後の皆様の安全に繋がると考えております。なぜなら私には、この祝宴でいかなる有事が起ころうとも、絶対に皆様をお守りできるという自信があったからです。何せ今回は、我が国の守護者様もご出席なさっていたのですから!」
突然、満面の笑みのクラークに肩を抱かれて、ルーフェンは眉をあげた。
いきなり何を言い出すのか狸じじい、と悪態をつきたくなったが、自分に向けられた賓客たちの顔つきを見て、すぐにクラークの言わんとすることが分かった。
つい先程まで、不満と疑念で一杯だった賓客たちの目の色が、明らかに変わっていたのである。
クラークは、鷹揚に言い募った。
「祝宴を中止にして、私を引きずり出す好機を失えば、敵はハーフェルンのどこで、いつ、誰を襲っていたか分かりません。それでは、こちらとしても防ぎようがないというもの。ですから、あえて例年通り祝宴を開くことで、敵の目をこの私と、屋敷に集中させたのです。私は迷いました……いかに有効な策とはいえ、屋敷内に奴等を招き入れれば、皆様を恐ろしい目に遇わせてしまうのではないか、と。けれどその時、召喚師様が仰って下さいました。『土地を治める立場の者同士、街の安全を最優先したいという想いには、きっと皆も理解を示してくれるだろう。万が一の時は、この私も手を貸しますから』と。事実、召喚師様はお言葉通り、瞬く間に不埒者共を倒してしまいました! 被害といえば、まあ、合わせて屋敷一つ分は下らない、このシャンデリアでしょうか」
クラークの冗談に、足元で砕け散っているシャンデリアを見て、賓客たちの間から苦笑が起こる。
クラークは見事、その口八丁で、今回の騒動は不測の事態などではなく、あくまで自分の掌の上で起こったことだったと言ってのけたのだ。
- Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下 ( No.222 )
- 日時: 2020/03/03 07:23
- 名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: 8NNPr/ZQ)
ルーフェンは、刺客が紛れ込んでいるかもしれない、なんて話を事前に相談された覚えはないので、全てはクラークの作り話である。
しかし、賓客たちに語っていたように、さも召喚師の手柄だと言わんばかりに告げられれば、ルーフェンも嫌な気分にはならないはずだと、クラークはそう見越して発言しているのだろう。
一度軌道に乗りさえすれば、流暢な口ぶりで事を運べるのが、この男の特徴である。
調子良く回る舌に、水を差してやりたい気持ちもあるが、今更賓客たちの不安を煽って雰囲気を悪くするほど、ひねくれてはいない。
肩をすくめたルーフェンを、笑顔で一瞥してから、クラークは賓客たちに向かって言った。
「さあさあ、お部屋の準備が整ったようなので、今宵の出来事を肴(さかな)に、一層祭典を盛り上げてやろうという方は、是非ご準備を! なぁに、また怪しげな輩が潜んでいたとしても、我々には召喚師様がついております。……なんて、これ以上我が屋敷を壊されては、いくら私でも身上(しんしょう)が潰れてしまいますから、二度はありませんがね」
再び、賓客たちの間に、笑い声が湧く。
警備が不十分だったために、襲撃されたと信じこんでいた賓客たちは、全てがクラークの計画の内だったと知り、今ではすっかり安心しきった様子だ。
先程まで青ざめ、立つこともままならなかった彼らは、ざわめきながら腰を上げたのだった。
一礼してから、誘導指示に向かったクラークに代わり、ロゼッタが、ルーフェンの元へと歩いてきた。
「召喚師様、お疲れ様です。思えば私、召喚師様が魔術を使っているところ、初めて拝見しましたわ。私達を守って下さって、ありがとうございます」
ロゼッタは、どこか興奮した表情でそう言ったが、ルーフェンは、返事をしなかった。
心ここに非ずといった様子で、ルーフェンは、移動する賓客たちの流れを、ぼんやりと見下ろしている。
首を傾げたロゼッタが、すぐ隣で腕を絡めると、ようやくルーフェンは顔をあげた。
「もしかして、怒ってしまった? お父様が、まるで召喚師様のことを利用するような真似をしてしまったから……」
眉を下げて、ロゼッタが今にも泣き出しそうな声を出す。
ルーフェンは肩をすくめて、首を振った。
「……いや、そういうわけじゃないよ。確実に暴徒が騒ぎを起こすかどうかなんて、誰にも分からなかったんだし、君たちも瀬戸際だったんだろう? 陛下ではなく、俺がこの祭典に呼ばれた時点で、何かしらあるんだろうなとは思ってたよ。ハーフェルンに手を出そうっていうなら、それはアーベリトの敵でもある」
ロゼッタは、表情を明るくすると、ルーフェンにすり寄るように身体を密着させた。
「そう言って頂けると、心強いですわ。実は、今回の件について、他にも召喚師様にご相談したいことがあって……。よろしければ、助けてくださったお詫びとお礼も兼ねて、祝宴の後──」
そこまで言って、ロゼッタは言葉を切った。
ルーフェンの意識が、再び舞台下に注がれていたからだ。
ルーフェンは、つかの間、誰かを探すように視線を巡らせた後、ふと動きを止めると、ロゼッタの方を振り返った。
「相談には乗るけど、お礼はいらないよ。今回、俺はほとんど何もしてないから」
それだけ言うと、ルーフェンは、するりと腕を抜いて、壇上から降りていく。
ロゼッタは瞠目してから、ルーフェンの後を追ったが、豪奢なドレスを着ている状態では、そう速く歩くことはできない。
ルーフェンは、広間を出ていく賓客たちの間を縫って、シャンデリアの破片を掃き掃除している、トワリスの元へと駆け寄った。
「……トワリスちゃん」
声をかけると、トワリスは驚いた様子で、箒を動かす手を止めた。
もう一歩近づけば、踏んだ破片が押し割れて、ぱきりと音を立てる。
先程、三人もの刺客を一瞬で昏倒させたのは、やはり彼女だったのだろう。
激しく動いたせいか、トワリスの髪は跳ね、着用していた自警団員用の正装も、全体的に着崩したように乱れていた。
- Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下 ( No.223 )
- 日時: 2020/03/05 18:44
- 名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: 8NNPr/ZQ)
「……何か御用でしょうか?」
固い声で返事をしたトワリスに、ルーフェンは、一度言葉を止めた。
目線を落とせば、箒を握ったトワリスの手が目に入る。
彼女の手は、皮膚が分厚くて硬い、剣を扱う者の手であったが、それでも、男の手指よりはずっと小さく、細かった。
運河から彼女を引きずりあげた時も思ったが、近くで見てみると、案外トワリスは小柄だ。
特別華奢というわけではないが、他の同業の男たちと並ばれてしまうと、やはりその線の細さが目についた。
剣を持たず、獣人混じりであることを差し引けば、トワリスは素朴な町娘にしか思えないだろう。
少なくとも、戦い慣れした男三人を、一瞬で延したようには見えない。
女にしては節榑(ふしくれ)立った、トワリスの手を見つめながら、ルーフェンは答えた。
「怪我とか、してない? ……さっき、すごかったね。君の動き、目で追うこともできなかった」
言ってから、トワリスの顔を見ると、彼女もまた、ルーフェンを見ていた。
意外そうに瞬いた後、トワリスは、どこか面映ゆそうに俯いた。
「……ありがとうございます。多分、紛れていたのはあれで全員だと思いますが、まだ油断はできません。雰囲気を悪くしてしまうかもしれませんが、この祝宴が終わったら、参加した全員の身元を、改めてお調べした方が良いと思います」
「うん、そうだね。マルカン候に伝えておくよ」
「……いいえ、仕事なので」
そこで会話が途絶えてしまって、同時に目を伏せる。
今にも掃き掃除に戻ってしまいそうなトワリスを、どうにか引き留めようして、ルーフェンは、立て続けに尋ねた。
「ねえ、あの時……どうして紛れ込んでる奴等が分かったの? 剣を取り出したり、魔術を使うまでは、検討もつかなかっただろう?」
付け焼き刃の質問であったが、本当に気になっていることではあった。
トワリスは、短い間とはいえマルカン家に仕えているので、見慣れぬ侍従や武官を片っ端から警戒していれば、紛れ込んでいる刺客に予想をつけることは出来たかもしれない。
しかし、遠方から来た賓客を装われれば、誰が刺客で、誰が本物の招待客だったかなんて、そんなことは分からなかったはずだ。
ルーフェンも、疑わしい相手に目星をつけることは出来たが、確信するまでには至らなかった。
トワリスが、一体どこを見て判断し、確実に侵入者を炙り出せたのか、ひっかかっていたのである。
トワリスは、少し迷ったように視線をさまよわせてから、ぼそぼそと答えた。
「……色々ありますけど……匂い、ですね」
「匂い?」
思わず聞き返すと、トワリスは、躊躇いがちに頷いた。
「ここに来た方たちは皆、薔薇か、それに近い香りの香水をつけてるんです。……多分、ロゼッタ様が、薔薇の香りがお好きなので」
ちらりと上がったトワリスの目線の先には、ルーフェンを追ってきていた、ロゼッタの姿があった。
一歩下がって、トワリスたちの話を聞いていたロゼッタが、ひょっこりとルーフェンの横に顔を出す。
言われてみれば、ロゼッタからいつも漂う甘やかな匂いは、上品な薔薇の香りであった。
こういった社交場では、確かに大半の人間が香水をつけているが、それが何の香りだったかなんて、いちいち考えたことはなかった。
考えたところで、それらを嗅ぎ分けることは、普通の人間にはできないだろう。
広間を見回してから、トワリスは続けた。
「祝宴が始まったときから、四人、匂いが妙に薄い人がいたんです。一人は、最初に召喚師様が倒した侍従でしたが、他は全員、グランス伯の代理出席の方々でした。グランス伯って、以前、ロゼッタ様に香水を送ってきた北方の領家の方々なんです。……おかしいですよね、遠方から贈り物をするくらい、香水に精通してる家の出身なのに、肝心の自分達が香水をつけてこないなんて。あれは、たまたま今日だけつけ忘れた、っていう匂いの薄さじゃありませんでした。多分、香水なんてつけたことがない、グランス伯の名前を借りた偽物なんです」
トワリスは、ルーフェンとロゼッタに向き直った。
「一度、グランス家の方々と連絡をとってみた方がいいかもしれません。遠方であるが故に、親交はあっても面識がなかったことを利用されて、成りすまされただけだと信じたいですが、もし本当にグランス家が代理人をハーフェルンに送っていたのだとしたら、その人たちがどうなったか、確かめないといけないので」
それでは、片付けに戻ります、と一礼すると、ルーフェンの返事を聞かぬまま、トワリスは逃げるように、別の自警団員たちに合流してしまった。
ロゼッタはしばらく、トワリスの後ろ姿を見つめていたが、途中から入り込んだために、いまいた話が理解しきれていなかったのだろう。
ぱちぱちと瞬いてから、唇を開いた。
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