複雑・ファジー小説

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〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下【完結】
日時: 2022/05/29 21:21
名前: 銀竹 (ID: iqu/zy5k)
参照: https://www.kakiko.cc/novel/novel6/index.cgi?mode=view&no=18825

いつもありがとうございます。
闇の系譜シリーズは、四作目のアルファノル編以降、別サイトに移動しております。
詳しくはアルファノル編のスレにて!
………………

 人々の安寧を願ったサーフェリアの前国王、サミル・レーシアス。
彼の興した旧王都──アーベリトは、わずか七年でその歴史に幕を閉じることとなった。

 後に『アーベリトの死神』と称される、召喚師ルーフェンの思いとは……?

………………

 はじめまして、あるいはこんにちは!銀竹と申します。

 本作は、銀竹による創作小説〜闇の系譜〜の二作目の後編です。
サーフェリア編がかなり長くなりそうだったので、スレを上・下と分けさせて頂く事にしました。
一部残酷な表現などありますので、苦手な方がいらっしゃいましたらご注意下さい。

 今回は、サーフェリア編・上の続編となっております。
サーフェリア編・上の知識がないと通じない部分も出てきてしまうと思いますが、伏線以外は極力分かりやすく補足して、進めていきたいと考えています(上記URLはサーフェリア編・上です)。

〜闇の系譜〜シリーズの順番としては
ミストリア編(上記URLの最後の番号五桁が16085)
サーフェリア編・上(17224)
サーフェリア編・下(19508)
アルファノル編(18825)
ツインテルグ編
となっております。
外伝はどのタイミングでも大丈夫です(16159)。
よろしくお願いいたします!

…………………………

ぜーんぶ一気に読みたい方→ >>1-430

〜目次〜

†登場人物(第三章〜終章)† >>1←随時更新中……。

†用語解説† >>2←随時更新中……。

†第三章†──人と獣の少女

第一話『籠鳥ろうちょう』 >>3-8 >>11-36
第二話『憧憬どうけい』 >>37-64
第三話『進展しんてん』 >>65-98

†第四章†──理に触れる者

第一話『禁忌きんき』 >>99-150 >>153-162
第二話『蹉跌さてつ』 >>163-189 >>192-205
第三話『結実けつじつ』 >>206-234

†第五章†──淋漓たる終焉

第一話『前兆ぜんちょう』 >>235-268 >>270-275
第二話『欺瞞ぎまん』 >>276-331
第三話『永訣えいけつ』 >>332-342
第四話『瓦解がかい』 >>343-381
第五話『隠匿いんとく』 >>382-403

†終章†『黎明れいめい』 >>404-405

†あとがき† >>406

作者の自己満足あとがき >>407-411

……………………

基本的にイラストはTwitterにあげておりますので、もし見たい!って方がいらっしゃいましたらこちらにお願いします。→@icicles_fantasy

……………………


【完結作品】
・〜闇の系譜〜(ミストリア編)《複ファ》
ミストリアの次期召喚師、ファフリの物語。
国を追われ、ミストリアの在り方を目の当たりにした彼女は、何を思い、決断するのか。

・〜闇の系譜〜(サーフェリア編)上《複ファ》
サーフェリアの次期召喚師、ルーフェンを巡る物語。
運命に翻弄されながらも、召喚師としての生に抗い続けた彼の存在は、やがて、サーフェリアの歴史を大きく変えることとなる──。

・〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下《複ファ》
三街による統治体制を敷き、サーフェリアを背負うこととなったサミルとルーフェン。
新たな時代の流れの陰で、揺れ動くものとは──。

【現在の執筆もの】

・〜闇の系譜〜(外伝)《複ファ》
完全に狐の遊び場。〜闇の系譜〜の小話を載せております。

・〜闇の系譜〜(アルファノル編)《複ファ》
ミストリア編後の物語。
闇精霊の統治者、エイリーンとの繋がりを明かし、突如姿を消したルーフェン。
召喚師一族への不信感が一層強まる中、トワリスは、ルーフェンの後を追うことを決意するが……。
憎悪と怨恨に染まった、アルファノル盛衰の真実とは──?

【執筆予定のもの】

・〜闇の系譜〜(ツインテルグ編)《複ファ》
アルファノル編後の物語。
世界の流転を見守るツインテルグの召喚師、グレアフォール。
彼の娘である精霊族のビビは、ある日、サーフェリアから来たという不思議な青年、アーヴィスに出会うが……。




……お客様……

和花。さん
友桃さん
マルキ・ド・サドさん
ヨモツカミさん


【お知らせ】
・ミストリア編が、2014年の冬の大会で次点頂きました!
・サーフェリア編・上が、2016年の夏の大会で銅賞を頂きました!
・2017年8月18日、ミストリア編が完結しました!
・ミストリア編が2017年夏の大会で金賞を頂きました!
・サーフェリア編・上が、2017年冬の大会で次点頂きました!
・2018年2月18日、サーフェリア編・上が完結しました!
・サーフェリア編・下が、2019年夏の大会で銀賞頂きました!
・外伝が、2019年冬の大会で銅賞頂きました!
・サーフェリア編・下が、2020年夏の大会で銀賞頂きました!
・サーフェリア編・下が、2020年冬の大会で金賞頂きました!
いつも応援して下さってる方、ありがとうございます(*^▽^*)

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下 ( No.169 )
日時: 2019/09/19 22:48
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: NRm3D0Z6)


  *  *  *


 身体にまとわりつくような、霧雨が降る。
定期便の馬車の窓から、水で溶かしたように滲む山々の輪郭を眺めて、トワリスは、何度目ともわからぬため息をついた。

 同じ馬車に乗り合わせた客たちも、心なしか、疲れたような表情で、一様に俯いている。
トワリスもまた、例外ではなく、まるで自分の心情を表したかのような鬱屈とした空模様に、気分が沈むばかりだった。

 一月ほど前、届いた辞令書に記されていた勤務地は、念願のアーベリト──ではなく、ハーフェルンであった。
ハーフェルンは、旧王都シュベルテの北東に位置する、巨大な港湾都市である。
海に面し、船舶の停泊に適していることから、交易市場として発達しているこの街は、特に、現在の領主、クラーク・マルカンが治めるようになってからは、正式にアーベリト、シュベルテと協力関係を結んだこともあって、一層活気を増し、サーフェリア随一の物流量を誇る大都市となっていた。

 卒業して早々、ハーフェルンに配属されるなんて、普通なら喜ぶべきことであった。
規模としてはシュベルテの方が大きいとはいえ、ハーフェルンには、軍事都市にはない華やかさがある。
中にはシュベルテよりも、ハーフェルンに配属されたいと希望する新人魔導師だって、少なくはなかっただろう。
しかもトワリスは、単なる常駐魔導師として、ハーフェルンに配属になったわけではない。
なんと、領主であるクラーク・マルカンから、娘のロゼッタの専属護衛になってほしいと、直々に指名されたのである。
魔導師一年目の新人としては、これほど名誉なことは他にない。

 それでもトワリスは、ハーフェルンへの配属が決まってから、ずっと悲しみに暮れていた。
魔導師を目指したのも、良い成績を取ろうと努力したのも、全てはアーベリトを支えられるような人間になるためだったからだ。
なまじ、サミルやルーフェンと暮らした経験もあって、アーベリトは自分を受け入れてくれるだろう、なんて期待を持ってしまっていたから、余計に打撃が大きかった。

 専属護衛に指名されるなんて、予想外のことであったので、それがどれくらい拘束力のあるものなのかは、まだ分からない。
しかし、少なくとも、あと二、三年くらいはハーフェルンにいることになるだろう。
仕事なのだから、いつまでも不貞腐れていてはいけないと言い聞かせながらも、アーベリトに近づくどころか、遠ざかってしまったと思うと、心が重く沈むのであった。

(……お母さんは、元々ハーフェルンに流れ着いたんだよね)

 しとしとと降る雨垂れの音を聞きながら、トワリスは、ふと顔も浮かばぬ母を想った。
約二十年前、ミストリアから海を渡ってきたであろう獣人たちは、元はハーフェルンに漂着したのだ。

 ハーフェルンは、奴隷制を敷いている街である。
故にトワリスの母親たちも、物珍しさからハーフェルンの奴隷商に捕らえられ、各地に散って、やがて死んだのだ。
シュベルテを含め、奴隷制を認めていない街も多く存在するが、それでも、人身売買を始めとする不正な取引など、どこにでも存在するものだ。
オルタという残酷絵師も、元はシュベルテの人間だったようなので、そういった闇取引でトワリスを買ったのだろう。
そう思えば、死ぬ前にアーベリトにたどり着いたトワリスは、とても幸運だった。

 あの時、地下から逃げ出して、建物の骨組みの中で雨風を凌いでいなければ、ルーフェンたちが、トワリスを見つけてくれることはなかった。
仮に誰かに保護されたとしても、それがサミルやルーフェンではなかったら、きっと結果は違っていたはずだ。
散々噛みついて、迷惑をかけて、挙げ句自ら買主の元に戻った汚い小娘を、追いかけて再び助けてくれる人なんて、この世に一体どれくらいいるのだろう。
何か一つでも状況が違えば、あのまま地下で嬲り殺されていても、おかしくはなかったのだ。
あの時、あの場所で、手を取ってくれたのがサミルとルーフェンだったから、今の自分がある。
そう考えると、アーベリトでの出会い一つ一つが、改めて愛おしく思えた。

(……ハーフェルンに着いて、落ち着いたら、やっぱり手紙を書こう)

 書いて、どれほど自分が貴方たちに感謝をしているのか、伝えるのだ。
サミルとルーフェンには、孤児院を出たあの頃に一通送っただけで、それ以降手紙を送っていない。
二人とも、トワリスからすれば雲の上の存在で、一介の魔導師からの手紙なんて、読んでくれるかどうかも分からない。
それでも、何かの拍子に、目にとまることがあったなら良いなと思う。
本当はアーベリトに行って、直接二人の役に立ちたかったけれど、別の街にいたとしても、あの時助けた半獣人の娘は、魔導師として頑張っているんだと、知らせたかった。
そしてその事実を、もし一瞬でも、二人が頭の片隅に置いてくれたら、それで十分だ。

 トワリスは、馬車の轍がハーフェルンの街に入るまで、空を覆う一面の雲を眺めていたのだった。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下 ( No.170 )
日時: 2019/08/12 19:05
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: e7NtKjBm)



 ハーフェルンの大門をくぐると、目前に広がった景色に、トワリスは思わず吐息を漏らした。

 元は丘陵地帯に建てられたのだというこの港湾都市は、入口の大門から面する海に向かって、棚田のような形状になっている。
つまり、大門を抜けると、眼下に広大な海が広がっているのだ。
思えば、こうして近くで海を見たのは、初めてだったかもしれない。
トワリスは、沈んでいた気持ちも一瞬忘れて、景色に見とれてしまった。

 海だけでなく、立ち並ぶ建物の間には、巨大な運河や細かな水路が通っており、立ち働く人々が、馬車ではなく船を使って行き来していた。
この光景を、今日のような曇天ではなく、晴れ渡る空の下で見たならば、どれほど美しかったろうか。
また、家々の色調、造形も様々で、水路を横断する橋の手すり一つにも、細かな装飾が施されている。
更には、石畳に使われている石材ですら、色の違うものが規則的に当てはめられていたりと、街全体が、芸術的なこだわりを感じる造りをしていた。
これは、ハーフェルンでの勤務を希望する魔導師が、毎年多いというのも頷ける。
この街には、精強で荘厳な雰囲気漂うシュベルテとはまた違う、鮮やかな魅力があるのだった。

 ハーフェルンの領主、クラーク・マルカンが住む屋敷は、大門をくぐったすぐ先に建っていた。
この街を発展させてきた侯爵家の豪邸というだけあって、敷地は、庭部分だけでも、サミルの屋敷が一つ分入ってしまうのではないかというほどの大きさである。
魔導師の証である腕章を見せ、名乗ると、玄関口で出迎えてくれた侍従たちは、恭しく屋敷の中へと案内してくれた。

 予想通りと言うべきか、マルカン邸は内装も派手で、屋敷の至るところに、いかにも高級そうな調度品や装飾品が並んでいた。
長廊下の左右の壁には、巧緻な額縁に入れられた絵画が並び、床に敷かれた分厚い絨毯には、金が織り込まれているのか、角度によって、きらきらと光って見える。
小汚ない旅装をしている自分が、この屋敷内を歩いていると、どうにも場違い感が否めなかった。

 客間の前で、侍従たちが両脇から大扉を開けると、奥からきらびやかな光が溢れてきた。
天井からは、沢山の蝋燭を乗せた巨大なシャンデリアが吊り下がり、壁にかかった燭台は、珍しい色硝子製で、ちらちらと炎の光を反射しては、色の変わる影を落としている。
初仕事なので、毅然とした態度で臨もうと思っていたのに、ハーフェルンに来てから、珍しい品々や景色に目移りしてばかりだ。

 部屋の中央には、大きな食卓があり、豪華な料理が並べられていた。
上座には、この屋敷の主であるクラーク・マルカンが、そして下座には、トワリスが護衛をすることになる、娘のロゼッタが腰かけている。
杯を片手に持っていたクラークは、案内役の従者たちが部屋から出ていくと、呆然と突っ立っているトワリスを見て、鷹揚に微笑んだ。

「よく来てくれたね。さあ、こちらにおいで。長旅で疲れたろう。食事も君のために用意したんだ」

 整えられた口髭を撫でながら、クラークが言う。
トワリスは、その場に荷物を下ろすと、片膝をつき、手を合わせて礼をした。

「この度は、お引き立て賜り、誠にありがとうございます。ロゼッタ様の護衛役を拝命致しました、トワリスと申します。以後、よろしくお願い申し上げます」

 強張った口調で挨拶をすると、クラークの下手にいたロゼッタが、鈴のような声で笑った。

「そんなに畏まらなくても良くてよ。私達、これから一緒にいることが多くなりますもの。遠慮はしないで、どうぞお掛けになって」

 促されるまま顔をあげ、トワリスは、示された席に座る。
するとロゼッタは、上品に口元を覆って、ふふ、と顔を綻ばせた。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下 ( No.171 )
日時: 2019/09/19 22:59
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: NRm3D0Z6)

 思いの外、二人が気さくな態度だったので、ほっとした反面、緊張は全く解けなかった。
見たこともないような豪邸で、高価そうな調度品、料理に囲まれ、目があった従者たちは皆、深々と頭を下げてくる。
そんな状況で、君のために食事を用意したんだ、なんて言われても、全くもって喉を通る気がしなかった。

 クラークたちは、本当に歓迎してくれているつもりなのかもしれないが、仮にも侯爵家の当主が、たかが新人魔導師一人に席を設けるなんて、聞いたことがない。
それほど期待してくれているのだと思うと、嬉しくもあったが、一方で、とてつもない圧をかけられているように感じた。
それこそ、貴族出身の魔導師なら、難なくこの場を切り抜けてしまうのだろうが、トワリスは、革靴で高そうな絨毯を踏みつけることにさえ、抵抗を覚えていたくらいだ。
まさかこんなに好待遇を受けるとは思っていなかったし、礼儀作法も最低限しか知らないので、思いがけず粗相をしてしまわないかと、気が気でなかった。

 クラークは、軽く杯を掲げた。

「いやぁ、君が来るのをずっと楽しみにしていたんだよ。かねがね、ロゼッタには優秀な女性の魔導師をつけたいと思っていてね。娘も今年十九になるし、婚約も決まっている身だ。何より、こんなにも愛らしいだろう? 男なんて専属でつけたら、何か間違いが起こるんじゃないかと、不安でね」

 恥ずかしげもなく娘を称賛するクラークに、ロゼッタは、頬を赤くした。

「まあ、お父様ったら。人前でそんなこと言わないで。恥ずかしいですわ」

 クラークは、まあいいじゃないか、とロゼッタをなだめると、陽気に笑い声をあげた。
どう反応して良いか分からず、トワリスは曖昧に微笑んで黙っていたが、自分の反応など、クラークたちは気にしていないらしい。
ロゼッタは、ぷっと頬を膨らませて父を睨んでいたが、やがて、満更でもなさそうに笑みを浮かべた。

 クラークが娘を溺愛していることは、すぐに見てとれたが、実際、彼の言うことも大袈裟ではなく、ロゼッタは可愛らしい容姿をしていた。
ブルネットの緩やかな巻き髪に、長い睫毛で縁取られた栗色の瞳。
ほんのりと赤みを帯びた頬と、日焼けを知らない、きめ細かな白皙。
年の割に幼さは残すものの、優雅で淑やかな一挙一動からは、彼女の品格と育ちの良さが伺える。
口調も柔らかで、高貴な身分と言えど、近寄りがたい雰囲気はなかったので、男女問わず好かれそうな女性に思えた。

 彼女の人柄は父親譲りなのか、クラークもまた、おおらかに笑う人であった。
食事の間中、ずっとマルカン家の自慢話ばかりしてくるので、返事には困ったが、トワリスからすれば、侯爵家の人間が、自分のような獣人混じりに対しても、分け隔てなく話しかけてくること自体が意外であった。
奴隷制を敷いているからとか、貧富差が激しい街だからとか、そういったことを気にして、少し身構え過ぎていたのかもしれない。
今回は、女であったことが決め手とはいえ、クラークとロゼッタは、自分の実力を見て指名してくれたのだろう。
そう思うと、一人前の魔導師への第一歩を踏み出せたのだと実感できて、純粋に嬉しかった。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下 ( No.172 )
日時: 2019/08/17 20:12
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: NRm3D0Z6)


 夕刻まで続いた長い食事会は、大きな柱時計が四の刻を報せる頃に、ようやく終わりを迎えた。
呼びに来た侍従に応じると、クラークは、満足そうにトワリスを見た。

「おっと、もうこんな時間か。悪いね、つい話し込んでしまった。詳しい仕事内容は、明日うちの魔導師に説明させるから、ひとまず今日は休むといい。君の荷物は、部屋に運ばせてあるからね」

 それだけ言うと、クラークは立ち上がって、侍従と共に客間を出ていってしまう。
休むといい、と言われても、用意してくれた部屋の場所が分からないので、案内してもらえないと動けない。
困っていると、同様に席を立ったロゼッタが、立ち去りがたい様子でトワリスに向き直った。

「貴女のお部屋は、私のお部屋のすぐ近くよ。折角だから、もう少しお話しましょう? お屋敷の説明もしたいし、魔導師団のお話とか、シュベルテのお話とか、もっと聞きたいですわ」

「は、はい!」

 慌てて返事をすると、トワリスは、ロゼッタについて、侍従が開けてくれた扉をくぐった。
ようやくこの緊張状態から抜けられると、内心安堵していたのだが、どうやらロゼッタは、まだトワリスを解放する気はないらしい。
親しみやすい人柄だったとはいえ、ロゼッタは、他でもない侯爵家の息女である。
やはり、友人と世間話をするのとは、訳が違うのだ。

 客間を出て、長廊下を進むその歩調にすら、ロゼッタからは、貴族の令嬢たる威厳が醸し出されているように見える。
纏う空気は柔らかなのに、背筋をぴんと伸ばし、前を見据えて歩くその姿を見ていると、改めて、彼女は自分とは住む世界が違う女性なのだな、と感じるのであった。

 一通り屋敷を案内された後、トワリスは、ロゼッタの自室に通された。
広い屋敷を回ったので、高かった日は既に沈みかけていたが、ロゼッタはまだまだ話し足りないらしい。
侍従を一度下がらせ、トワリスを自室に招き入れると、今度はゆっくりお茶でもしようと言い出した。

 ロゼッタの部屋は、彼女の印象に違わず、絨毯から敷物まで、全体がフリルとレースで飾り立てられているような一室であった。
部屋の中央に置かれた小さな食卓には、既に淹れたての紅茶と、焼き菓子が用意されている。
紅茶の香りと、ロゼッタの香水の匂いが入り交じって、部屋は甘やかな香りに包まれていた。

(……女の人の部屋、って感じだな……)

 落ち着かない様子で辺りを見回しながら、トワリスは、ふと今までの自分の生活を省みた。
アーベリトの孤児院で暮らしていた時も、魔導師団の寮で暮らしていた時も、必要最低限の家具と日用品しかない質素な生活をしていたので、ロゼッタの部屋を見ていると、まるで物語の世界に入り込んでしまったかのような気分になってくる。
もし、可愛い小物やお洒落な装飾が好きなリリアナがこの場にいたら、声をあげて大はしゃぎしただろう。

 どこか夢見心地な気分になっていたトワリスは、しゅっとマッチを擦る音で、ふと我に返った。
葉巻特有の芳香が鼻をつき、部屋に似合わぬ紫煙が、ふわりと宙を揺蕩う。
長椅子の下──屈まなければ見えない位置にある引き出しから、葉巻を取り出したロゼッタは、まるで別人のような荒々しい仕草で髪を掻き上げると、どかりと椅子に腰を下ろした。

「……貴女って、魔導師なのよね? 火をつけたりもできますの?」

 不意に、ロゼッタが問いかけてくる。
しかしその声には、鈴のような甲高さはない。
突然葉巻を吸い出したロゼッタの姿に、呆然と突っ立っていると、ロゼッタは苛立たしげに長椅子の手すりを叩いた。

「ねえちょっと! 聞いてる? 火はつけられるのかって聞いてるのだけど?」

「えっ……あ、はい」

 質問の内容が全く頭に入って来ない状態で、トワリスは、思わず返事をした。
声を荒げて問い詰めてくるなんて、ますますロゼッタらしくない。
先程までの、高貴でおおらかなロゼッタはどこに行ったのだろうか。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下 ( No.173 )
日時: 2019/08/21 21:59
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: NRm3D0Z6)

 困惑するトワリスに、ロゼッタは満足そうに微笑んだ。

「ふーん、魔導師が身近にいると、便利ですわね。マッチって結構高いのよ。次からは貴女が火をつけてちょうだい」

 指に挟んだ葉巻を見せてから、ふうっと紫煙を吐き出す。
一変した彼女の様子に、動揺を隠せずにいると、ロゼッタは鼻を鳴らした。

「なぁに、文句でもありそうな顔ね? 私が葉巻を吸っちゃいけない?」

 ぎくりとして、顔を強張らせる。
トワリスは、首を左右に振った。

「い、いえ……そういうわけでは。ただ、ちょっと意外だなと」

 言いながら、思わず目を反らしてしまって、自分はなんて嘘が下手なのだと呆れ果てた。
別に、文句があるわけではない。
ただ、優雅に微笑んでいたはずの侯爵家のご令嬢が、自室に戻った途端、ふんぞり返って葉巻を吸い出すなんて、誰が予想できただろう。

 長椅子から立ちあがり、靴の踵をかつかつと鳴らして歩いてくると、ロゼッタは、トワリスの顔面に煙を吹き掛けた。

「……っぅぶ!」

 鋭い刺激臭が鼻をつき、激しく噎せ返る。
涙を浮かべ、屈んで咳き込むトワリスを、ロゼッタは見下ろした。

「貴女とは、今後四六時中一緒にいることになるだろうから教えておくけれど、私はね、こっちが素なのよ。この部屋にいるときは、何をしようと私の自由なの。そこに口を出すことは許さないから」

 きっぱりとした口調で言って、ロゼッタは、鋭い視線を投げてくる。
咳が治まらず、苦悶しているトワリスを横目に、ロゼッタは続けた。

「そもそも私は、専属護衛なんて反対だったのよ。朝起きてから寝るまで張り付いて監視されるなんて、そんなのやってられませんもの。息が詰まっておかしくなりそうですわ。しかもよりによって、来たのがど新人の小娘なんて!」

 まるで虫でも払うかのように、しっしっと手を振って、ロゼッタが嘆息する。
トワリスは、なんとか息を整えると、困ったように眉を下げた。

「そ、そう仰られましても……女の魔導師は、私しかいないんです。一応、もう一人心当たりはありますが、今年卒業の者ではないので……」

 ふと、アレクシアの顔を思い浮かべ、言い淀む。
ハーフェルンに来たことは、トワリスにとっても本意ではなかったが、そんな風に邪険に扱われると、やはり良い気分はしない。
それに、ロゼッタに何を言われようと、彼女の父親であるクラークが護衛を望んでいる以上、トワリスは命令通りに動くしかないのだ。

 ロゼッタは、吐き捨てるように答えた。

「もう一人の女魔導師って、あの蒼髪の女でしょう? 嫌よ。シュベルテに行ったとき、ちらっと見たけれど、私の勘が言ってましたもの。あれはいけ好かない女だって」

(……ま、間違ってない……)

 的確なロゼッタの勘に、一瞬吹き出しそうになる。
性格のきつい女というのは、同じく性格に難のある女をかぎ分けるのが上手いのだろうか。
そんな失礼なことを考えていると、今度はロゼッタが、化粧台から香水と櫛を持ち出して、トワリスに近寄ってきた。

「えっ、ちょっ、何ですか!」

 警戒した面持ちで、数歩後ずさる。
何しろ、顔に葉巻の煙を直接吹き掛けてくるような女だ。
この期に及んで香水なんてかけられたら、トワリスの鼻が曲がってしまう。


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