複雑・ファジー小説

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〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下【完結】
日時: 2022/05/29 21:21
名前: 銀竹 (ID: iqu/zy5k)
参照: https://www.kakiko.cc/novel/novel6/index.cgi?mode=view&no=18825

いつもありがとうございます。
闇の系譜シリーズは、四作目のアルファノル編以降、別サイトに移動しております。
詳しくはアルファノル編のスレにて!
………………

 人々の安寧を願ったサーフェリアの前国王、サミル・レーシアス。
彼の興した旧王都──アーベリトは、わずか七年でその歴史に幕を閉じることとなった。

 後に『アーベリトの死神』と称される、召喚師ルーフェンの思いとは……?

………………

 はじめまして、あるいはこんにちは!銀竹と申します。

 本作は、銀竹による創作小説〜闇の系譜〜の二作目の後編です。
サーフェリア編がかなり長くなりそうだったので、スレを上・下と分けさせて頂く事にしました。
一部残酷な表現などありますので、苦手な方がいらっしゃいましたらご注意下さい。

 今回は、サーフェリア編・上の続編となっております。
サーフェリア編・上の知識がないと通じない部分も出てきてしまうと思いますが、伏線以外は極力分かりやすく補足して、進めていきたいと考えています(上記URLはサーフェリア編・上です)。

〜闇の系譜〜シリーズの順番としては
ミストリア編(上記URLの最後の番号五桁が16085)
サーフェリア編・上(17224)
サーフェリア編・下(19508)
アルファノル編(18825)
ツインテルグ編
となっております。
外伝はどのタイミングでも大丈夫です(16159)。
よろしくお願いいたします!

…………………………

ぜーんぶ一気に読みたい方→ >>1-430

〜目次〜

†登場人物(第三章〜終章)† >>1←随時更新中……。

†用語解説† >>2←随時更新中……。

†第三章†──人と獣の少女

第一話『籠鳥ろうちょう』 >>3-8 >>11-36
第二話『憧憬どうけい』 >>37-64
第三話『進展しんてん』 >>65-98

†第四章†──理に触れる者

第一話『禁忌きんき』 >>99-150 >>153-162
第二話『蹉跌さてつ』 >>163-189 >>192-205
第三話『結実けつじつ』 >>206-234

†第五章†──淋漓たる終焉

第一話『前兆ぜんちょう』 >>235-268 >>270-275
第二話『欺瞞ぎまん』 >>276-331
第三話『永訣えいけつ』 >>332-342
第四話『瓦解がかい』 >>343-381
第五話『隠匿いんとく』 >>382-403

†終章†『黎明れいめい』 >>404-405

†あとがき† >>406

作者の自己満足あとがき >>407-411

……………………

基本的にイラストはTwitterにあげておりますので、もし見たい!って方がいらっしゃいましたらこちらにお願いします。→@icicles_fantasy

……………………


【完結作品】
・〜闇の系譜〜(ミストリア編)《複ファ》
ミストリアの次期召喚師、ファフリの物語。
国を追われ、ミストリアの在り方を目の当たりにした彼女は、何を思い、決断するのか。

・〜闇の系譜〜(サーフェリア編)上《複ファ》
サーフェリアの次期召喚師、ルーフェンを巡る物語。
運命に翻弄されながらも、召喚師としての生に抗い続けた彼の存在は、やがて、サーフェリアの歴史を大きく変えることとなる──。

・〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下《複ファ》
三街による統治体制を敷き、サーフェリアを背負うこととなったサミルとルーフェン。
新たな時代の流れの陰で、揺れ動くものとは──。

【現在の執筆もの】

・〜闇の系譜〜(外伝)《複ファ》
完全に狐の遊び場。〜闇の系譜〜の小話を載せております。

・〜闇の系譜〜(アルファノル編)《複ファ》
ミストリア編後の物語。
闇精霊の統治者、エイリーンとの繋がりを明かし、突如姿を消したルーフェン。
召喚師一族への不信感が一層強まる中、トワリスは、ルーフェンの後を追うことを決意するが……。
憎悪と怨恨に染まった、アルファノル盛衰の真実とは──?

【執筆予定のもの】

・〜闇の系譜〜(ツインテルグ編)《複ファ》
アルファノル編後の物語。
世界の流転を見守るツインテルグの召喚師、グレアフォール。
彼の娘である精霊族のビビは、ある日、サーフェリアから来たという不思議な青年、アーヴィスに出会うが……。




……お客様……

和花。さん
友桃さん
マルキ・ド・サドさん
ヨモツカミさん


【お知らせ】
・ミストリア編が、2014年の冬の大会で次点頂きました!
・サーフェリア編・上が、2016年の夏の大会で銅賞を頂きました!
・2017年8月18日、ミストリア編が完結しました!
・ミストリア編が2017年夏の大会で金賞を頂きました!
・サーフェリア編・上が、2017年冬の大会で次点頂きました!
・2018年2月18日、サーフェリア編・上が完結しました!
・サーフェリア編・下が、2019年夏の大会で銀賞頂きました!
・外伝が、2019年冬の大会で銅賞頂きました!
・サーフェリア編・下が、2020年夏の大会で銀賞頂きました!
・サーフェリア編・下が、2020年冬の大会で金賞頂きました!
いつも応援して下さってる方、ありがとうございます(*^▽^*)

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下 ( No.204 )
日時: 2019/12/18 18:58
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: pRqGJiiJ)


 
 ひらりと舞った枯れ葉が、トワリスの足元に落ちた。
気づけばトワリスは、本館と別館を繋ぐ、吹き抜けの長廊下にぽつんと立っていた。

 ルーフェンと再会した中庭。
ロゼッタに使いっ走りされて、何度も往復した長廊下。
初めて見たときは、屋敷の中にこんなに広い庭があるなんて、と感動したものだが、今ではもう、すっかり見慣れてしまった風景だ。

 あるかないかの微風でも、薄っぺらの枯れ葉は、大袈裟なくらいに翻弄される。
意識しなければ、誰にも気づかれないような地面の上で。
のたうち踊り、いずれは踏まれ、散り散りになって、いつの間にか消えてしまうのだ。

 一歩中庭に出ると、廊下を走る葉擦れの音より、噴水の流れる音の方が強くなった。
留まることなく揺れる水面には、青い空が、ぼんやりと映り込んでいる。
そこに投影された、トワリスの顔もまた、重なる波紋に打ち消されて、朧気に震えていた。

 不意に、誰かに名前を呼ばれたような気がして、トワリスは顔をあげた。
周囲を見回してみても、近くに人の気配はない。
けれど、ぼそぼそと籠ったような囁き声は、確かに聞こえてきていた。

 耳を立て、声の元を辿って、長廊下に戻る。
やがて、それが自室のすぐ近くにある、ロゼッタの部屋から聞こえてくる声なのだと気づくと、トワリスは、思わず扉の前で足を止めた。
声の主は、クラークとロゼッタであった。

「──ろう、……じゃないか。トワリスは、まだ年若い魔導師だ。やはり、荷が重すぎたのだよ。わかっておくれ、これはロゼッタのためなんだ」

 耳を澄ませれば、扉越しでも、はっきりと会話が聞こえてくる。
一言、二言聞いただけで、すぐに分かった。
クラークが、トワリスを専属護衛から外すために、ロゼッタを説得しているのだ。

 トワリスは、ごくりと息を飲んだ。
いけないことだと思いつつも、このやり取りに己の命運がかかっているのだと思うと、その場から動けなくなった。

 次いで、躊躇いがちなロゼッタの声が聞こえてくる。

「でも……私、新しく別の魔導師が専属になるなんて嫌ですわ。若くたっていいじゃない。年の近い女の子の魔導師が良いって提案したのは、お父様だったでしょう?」

 ロゼッタは、逢引の邪魔をされたことなど気にしていないのか、トワリスを変わらず引き留めようとしてくれている。
魔導師としてのトワリスを、認めているからじゃない。
単に、自分の本性を知る人間を増やしたくないから、トワリスを残そうとしているだけだ。
もう、それでいい。それでも良いから、機会がほしかった。
諦めかけていたけれど、ロゼッタがトワリスを嫌っていないなら、まだ望みはある。
あともう一度。クラークたちの期待に応えられる、最後のチャンスだ。
クラークが、ロゼッタのお願いに、いつものように頷いてさえくれれば──自分はまだ、頑張れる。

 一枚隔てた先で、クラークが、再び口を開いた。

「それはそうだが、まさかロゼッタよりも年下の新人が来るとは思わなかったものだから……。加えて、偽の侍女にも気づかぬ、能無しときた。夕食に毒など入っておらんというのに、それすらも簡単に信じ込む始末」

 その言葉を聞いた瞬間、トワリスの目の前が、真っ白になった。

 今、クラークが口にしたのは、ロゼッタの夕食に毒が盛られた、あの夜のことを指すのだろうか。
夕食に毒が入っていなかっただなんて、そんな、まるでクラークが、最初から仕組んでいたかのような言い方である。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下 ( No.205 )
日時: 2020/03/13 21:54
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: 8NNPr/ZQ)



 クラークは、付け加えるように続けた。

「とはいえ、ロゼッタがそんなにもトワリスのことを気に入っていると言うなら、屋敷から追い出そうとまでは言わんよ。獣人混じりだなんていう、特殊な出自の娘だ。他に行く宛もないだろうしな。元々、期待はしていなかったが、マルカン家には置いておくつもりで雇ったのだ。ほら……今の陛下や召喚師様は、そういうのがお好きだろう? 哀れな子供を引き取って、保護するような……そう、慈善活動、とでもいうのかね」

 そこから先の台詞は、もう耳に入ってこなかった。
周囲の音が遠のいて、代わりに、風に翻弄される葉擦れの音が、耳鳴りのように聞こえてきた。

 悲しいとか、悔しいとか、そんな感情は、特に沸いてこなかった。
ただ、濃い霧の中にいるようで、全てに現実感がない。
トワリスは、薄く濁った目の前を見つめたまま、ぼんやりと立ち尽くしていた。

(……なんで私、こんなに馬鹿なんだろう)

 ふと、ルーフェンの先程の言葉が、脳裏に蘇る。
まさしく、彼の言う通り。世の中、ねじまがった人間だらけだ。
ルーフェンも、クラークもロゼッタも、皆、皆、嘘ばっかり。
でもそれが、悪い訳じゃない。
トワリスだって、嘘の一つや二つ、ついたことはあるし、周りが嘘つきばっかりなのだから、自分だって、嘘をついて自衛していかなきゃ、上手く生きていくことなんてできないのだろう。
無闇矢鱈に信じて、舞い上がっているほうが馬鹿なのだ。

 大きく息を吸い、扉に背を向けたとき。
白濁していた視界が、ぼやけて歪んだ。

 そもそも自分は、期待しているだなんていうクラークの言葉を、どうして鵜呑みにしていたのだろう。
つい最近、魔導師になったばかりの小娘なんて、期待されなくて当然なのに。
おおらかに笑ってクラークが言った台詞は、言わば、やる気を出させるための、空世辞といったところだろう。
それを信じて、無駄に意気込んでいたのは、トワリスの勝手だ。
クラークの仕組んだ罠に気づけず、毒入り事件を見抜けなかったのも、結局は自分が未熟なせい。
最終的に、真実を盗み聞きして、落ち込んでいるのもまた、トワリスの自業自得である。
そうだ、全部全部、単純で空回りばかりする、自分が悪いのだ。

(……こんなことで、不貞腐れるな。……良かったじゃないか、処罰は免れそうで……)

 そう自分に言い聞かせながら、トワリスは、は、と短く呼吸を繰り返した。

 期待されていなかったからといって、何だと言うのか。
実際、経験も実績もない新人なのだから、今回、たまたま専属護衛に選ばれたことが、奇跡みたいなものだったのだ。
そんなことより、先程の会話内容からして、斬首を命じられるようなことはなさそうだから、それで良しとしよう。
むしろ、あれだけ失態を重ねても、まだ屋敷に置いてもらえるというのだから、運が良かったととるべきだ。
どんな理由だったとしても、魔導師として誰かを守る機会を与えてもらえるなら、いつか必ず、挽回できるチャンスが訪れる。
そう、どんな理由、だったとしても──。

「……っ、は……」

 全身に、ぶわっと冷たい汗が噴き出した。
喉の奥から突き上げてこようとするものを抑え、なんとか一歩、一歩と足を動かす。
やがて、自室の扉の前までたどり着いたとき、不意に、ぐらりと目の前が回って、気づけば、トワリスは床に手をついて、うずくまっていた。

「……はっ、は、っ……」

 そうか、と思った。
そうか、自分は、可哀想だからハーフェルンに引き取られたのだ。

 ロゼッタに合いそうな珍しい女魔導師だからとか、期待はできないにしても実力は見込めそうだからとか、そんな話ではない。
もはや、魔導師としてすら認識されていなかった。
居場所のない、哀れな獣人混じりを保護したら、きっとアーベリトのサミルやルーフェンが注目してくるだろうと思ったから、クラークは、トワリスを雇ったのだ。
だからきっと、ロゼッタを守れなくても、急に運河に飛び込んでルーフェンに迷惑をかけても、なんだかんだで、「まあいいか」と見逃されたに違いない。
だって自分は、可哀想だから──。

「は、はっ、っ、はっ……」

 狭まってくる呼吸をどうにか整えようとしながら、トワリスは、胸を抑えた。

 大丈夫、だから何だ。
獣人混じり扱いされることには慣れているし、何度も言い聞かせている通り、魔導師として認められないなら、認められるように自分が頑張ればいいのだ。
平気だ、まだ頑張れる。体力には自信がある。
走って、走って、ここまで上り詰めたのだから、これからだって、もっと、もっと──。

(……頑張れる? 本当に……?)

 ふと耳元で、もう一人の自分が、そう囁いた。

 息が、苦しい。
全力疾走した後だって、こんなに呼吸を乱したことはないのに、吸っても吸っても、息苦しさが加速する。
身体が痺れて、鉛のように重い。
走りすぎて、脚が痛くて、もう立ち上がることすら出来ないように思えた。

 肺が震えて、空気の代わりに水でも吸い込んだかのように、ごぼごぼと咳き込む。
いよいよ息が吸えなくなって、激しく喘鳴すると、トワリスはその場に倒れ込んだのだった。

 

To be continued....

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下 ( No.206 )
日時: 2020/03/13 21:57
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: 8NNPr/ZQ)

†第四章†──理に触れる者
第三話『結実』



 ロゼッタが倒れたというので、一時騒然となったマルカン家であったが、それから二日も経つと、祭典前の忙しさに、そんな話題はついぞ聞かなくなった。

 セントランスの支配下から脱した、歴史的な記念日を祝う、ハーフェルン最大の祭典。
毎年秋頃、七日間にも渡って開催されるこの祭りは、サーフェリア全体から見ても大規模な催しで、ただですら人口密度の高いハーフェルンの中央通りは、一層の賑わいを見せていた。
街の随所から吊るされた布飾りは、風に揺られて優雅に躍り、時折遠くから響いてくる汽笛の音は、共に潮の匂いを運んでくる。
祭りは明日からだというのに、既に盛んな呼び込みや声かけが行われ、陽気な笛吹を囲みながら、はしゃいで走る楽しげな子供たちの声が、屋敷の中にまで聞こえてきていた。

 祭典の直前ともなれば、ルーフェンばかりを特別扱いするわけにもいかず、クラークやロゼッタは、他の参加者たちの饗(もてな)しにも励むようになった。
民にとっては楽しい祭りでも、権力者たちにとっては、貴重な外交の場である。
特に、商業で発展してきたハーフェルンにとって、他街との関係性は重要なものだ。
ハーフェルンへの滞在期間中、遠く遥々やってきた各街の領主たちを少しでも満足させようと、クラークに余念はないのであった。

 目の回るような忙しさの中でも、ルーフェンと話すときは、ロゼッタは常に完璧な笑みを浮かべていた。
それは、ルーフェンもまた同じことであったが、今回に限っては、主催者側であるロゼッタのほうが、気苦労の絶えない状況が続いているだろう。
しかし、どんな状態であっても、相手の好む対応をして見せられるのは、ロゼッタの出色の特技だ。
数日ぶりに言葉交わしたその日も、ロゼッタは、一切疲れを感じさせない微笑みで、ルーフェンを見ると話しかけてきた。

「まあ、召喚師様、ごきげんよう。お互いずっと屋敷内にいたのに、なんだか凄く久々にお会いした気分ですわ」

 長廊下に伸びる絨毯の上を跳ね、見事な刺繍を施した薄手のスカートを揺らして、ロゼッタは頬を染める。
ルーフェンは、挨拶代わりに彼女の手の甲に口付けると、同じくにこりと微笑んで見せた。

「そうだね。見かけることはあっても、なかなか話す時間はとれなかったからね。今は大丈夫なの?」

「ええ。ちょうどこの前お話しした、ハザラン家の方々とのお食事が終わったところですの。お父様ったら、すっかり話し込んでしまって……」

 呆れたように眉を下げて、ロゼッタが苦笑する。
つられたように笑むと、ルーフェンも、肩をすくめた。

 ロゼッタの父、クラークは、とんでもなく話好きであることで有名だ。
退屈しないという意味では良いかもしれないが、会食など開こうものなら、終始口を動かしているので、いつまで経ってもお喋りが終わらない。
ここのところ、ルーフェンとロゼッタが話す暇さえなかったのも、クラークの話が長いことが原因の一つであった。
忙しいとはいっても、同じ屋敷の中にいるわけだから、二人が顔を合わせる機会など、いくらでもあった。
だがクラークは、ことあるごとに、ロゼッタを連れて賓客相手に話し込んでいるのだ。
流石のロゼッタも、盛り上がっている父を残して、ルーフェンの元に行くわけにはいかなかったらしい。
見かける度に、惜しむような視線を投げ掛けてくるロゼッタに対し、ルーフェンも苦笑を返すしかなかったのである。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下 ( No.207 )
日時: 2019/12/30 19:22
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: pRqGJiiJ)


 見かける度に、と考えたところで、ルーフェンは、いつもロゼッタの隣に仏頂面で立っていた、獣人混じりの少女のことを思い出した。
そういえば、運河に行ったあの日以来、トワリスのことを見かけていない。
あの一件が原因で、ロゼッタの専属を外されていたのだとしても、屋敷で生活している以上、全く姿を見ていないというのはおかしな話である。
まさか、早々に屋敷から追い出されたか、あるいは自分から出ていったのだろうか。

 ルーフェンは、唇に笑みを刻んだまま、事もなげに尋ねた。

「そういえば、あの護衛役の子は? ほら、前は四六時中、君にべったりだったでしょう」

 一瞬、誰のことを言っているのか分からなかったのか、ロゼッタは、こてんと首をかしげた。
しかし、すぐに思い立った様子で頷くと、困ったように眉を下げた。

「ああ、えっと……トワリスのことですわよね? 獣人混じりの。実はあの子、私の専属護衛からは、外れてしまいましたの」

「…………」

 やはりか、と内心一人ごちて、ルーフェンは密かに嘆息した。
元はといえば、ロゼッタが運河に耳飾りを落としてしまったことが原因だが、あれだけの騒ぎを起こしたのだ。
クラークも相当頭に血が昇っているようであったし、何かしら処分を受けることになってもおかしくないとは思っていた。

 ロゼッタは、探るようにルーフェンを見やってから、悲しげに目を伏せた。

「私はトワリスのこと、すごく気に入っていたから、止めましたのよ。だけどお父様は、もっと経験豊富で、頼りになる魔導師が良いだろうって……。こちらから護衛になってほしいって呼んだのに、トワリスには、なんだか申し訳ないことをしてしまいましたわ」

 次いで、ルーフェンの顔を覗き込むと、ロゼッタは続けた。

「でもね、トワリスを専属護衛から外した一番の理由は、彼女のためでもありますの。あの子ったら、相当無理をしていたみたいで、この前、急に倒れてしまったんですもの」

「……え、倒れた?」

 思いがけない返事に、ルーフェンが目を瞬かせる。
ロゼッタは首肯すると、心配そうに胸の前で手を合わせた。

「急なことで、私もびっくりしましたわ。大きな音がして、廊下に出てみたら、私の部屋の近くでトワリスが倒れているんですもの。ほら、あの日ですわ。私と召喚師様で、運河まで行った日の午後。……とはいっても、もうお医者様に診て頂きましたし、その日のうちに目を覚ましたんですけれどね。トワリス自身も、何でもないから大丈夫とは言っていたのだけれど、念のため、休暇を言い渡して、今も医務室で休ませていますの。トワリスって真面目だし、ハーフェルンに来てから環境が変わって、ずっと気を張っていたんじゃないかしら。お医者様も、疲れが溜まっていたようだから、しばらく休めば大丈夫だろうって、そう仰ってましたわ」

 だから安心してほしい、とでも言いたげに、ロゼッタが見上げてくる。
そんな彼女の両耳で、ちらりと紅色の耳飾りが揺れて、ルーフェンは、微かに目を細めた。

 毎日変わるロゼッタの装飾品なんて、それほど気に止めたことはなかったが、その対の耳飾りだけは、妙に目についた。
運河に落として、片方だけになった、あの耳飾りではない。
別物だが、限りなくそれに似た、紅色の耳飾りであった。

(……ほら、やっぱり)

 今、目の前にトワリスがいたら、そんな心ない一言を、投げ掛けていたかもしれない。
そう思うくらいには、ルーフェンの胸の奥底に、呆れのような、苛立ちのようなものがぶり返していた。

 トワリスが命がけで取りに行ったあの耳飾りは、ロゼッタにとっては、やはり数ある贈り物の一つに過ぎず、いくらでも替えの利く存在だったわけだ。
そしてロゼッタは、トワリスを案ずる言葉を並べ立てながら、その一方で、何食わぬ顔で代わりの耳飾りをつけてしまうような、そういう価値観の人間なのだ。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下 ( No.208 )
日時: 2020/03/03 00:32
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: 8NNPr/ZQ)

 ロゼッタには、悪意などないのだろう。
単に、お気に入りだった耳飾りを片方落としたから、似たような代わりをつけることにしただけで、彼女にとっては、それが普通なのだ。

 権力者の“普通”は、大抵どこかぶっ飛んでいる。
まず、臣下は主に尽くすのが当然だと思っているし、今回に関して言えば、トワリスが耳飾りを追って運河に飛び込んだことなど気づかず、疲れて気でも触れたんじゃないかと思っている可能性がある。
勿論、一概にそう断言するつもりはないが、金持ちの感覚とは、大概そんなものだということを、ルーフェンは嫌になるほど分かっていた。

 ルーフェンの視線が、自分の耳飾りに向けられていることに気づくと、ロゼッタは恥ずかしげ俯いた。
そして、左耳から耳飾りを外すと、それをルーフェンに差し出した。

「前の耳飾りは、私が運河に落としてしまったから、結局お話が途中になってしまいましたわね。……これ、差し上げますわ。アノトーンではないのだけれど、同じく北方で採れた石でできてますの。もらってくださる?」

 控えめな、けれど断られるなんて考えてもみないような口調で、ロゼッタは、ルーフェンの手に耳飾りを握らせる。
されるがままに受け取ったルーフェンは、ロゼッタの片耳で光る耳飾りを、つかの間、じっと見つめていた。

(……片耳だけ、なら)

 片耳だけつけている状態なら、それこそ、前に運河に落とした耳飾りの片割れを、ロゼッタが大事に身に付けているように見えるだろうか。
同じ紅色で、似たような耳飾りだから、余程注目して見ていた者でなければ、別物だなんて分かりはしない。
トワリスだって、近くで凝視でもしない限りは、別の耳飾りだなんて判別できないだろう。
ロゼッタにとって、あの落とした耳飾りが大切なものだったのだと分かったら、例えそれが勘違いでも、トワリスの気持ちは、幾分か救われるだろうか。

 そんなことを一瞬考えて、ルーフェンは、慌てて思考を振り払った。
トワリスの行動を、無駄な親切心だと内心揶揄ていたのに、今度は自分が頼まれてもいないお節介を焼こうとするなんて、とんだ笑い種である。

 ルーフェンが黙っているので、不安に思ったのだろう。
どこか戸惑った様子で見上げてきたロゼッタに、ルーフェンは、すぐに笑みを浮かべると、受け取った耳飾りを懐にしまった。

「ありがとう、大事にするよ。……願掛け、してくれてるんだもんね?」

 そう返事をすれば、ぱっと表情を明るくしたロゼッタが、深く頷く。
ルーフェンは、そんな彼女の左耳に残った耳飾りに触れると、自ら敬遠して振り払ったはずの思考とは裏腹に、口を開いて、言った。

「……じゃあロゼッタちゃんも、この耳飾り、大事にして、ずっとつけていてね」

 ぽっと染まった頬に手を当て、ロゼッタが、こくこくと頷く。
照れ臭くなったのか、目線を落としてしまったロゼッタに、ルーフェンははっと手を止めると、それ以上何も言わなかった。


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