複雑・ファジー小説

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〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下【完結】
日時: 2022/05/29 21:21
名前: 銀竹 (ID: iqu/zy5k)
参照: https://www.kakiko.cc/novel/novel6/index.cgi?mode=view&no=18825

いつもありがとうございます。
闇の系譜シリーズは、四作目のアルファノル編以降、別サイトに移動しております。
詳しくはアルファノル編のスレにて!
………………

 人々の安寧を願ったサーフェリアの前国王、サミル・レーシアス。
彼の興した旧王都──アーベリトは、わずか七年でその歴史に幕を閉じることとなった。

 後に『アーベリトの死神』と称される、召喚師ルーフェンの思いとは……?

………………

 はじめまして、あるいはこんにちは!銀竹と申します。

 本作は、銀竹による創作小説〜闇の系譜〜の二作目の後編です。
サーフェリア編がかなり長くなりそうだったので、スレを上・下と分けさせて頂く事にしました。
一部残酷な表現などありますので、苦手な方がいらっしゃいましたらご注意下さい。

 今回は、サーフェリア編・上の続編となっております。
サーフェリア編・上の知識がないと通じない部分も出てきてしまうと思いますが、伏線以外は極力分かりやすく補足して、進めていきたいと考えています(上記URLはサーフェリア編・上です)。

〜闇の系譜〜シリーズの順番としては
ミストリア編(上記URLの最後の番号五桁が16085)
サーフェリア編・上(17224)
サーフェリア編・下(19508)
アルファノル編(18825)
ツインテルグ編
となっております。
外伝はどのタイミングでも大丈夫です(16159)。
よろしくお願いいたします!

…………………………

ぜーんぶ一気に読みたい方→ >>1-430

〜目次〜

†登場人物(第三章〜終章)† >>1←随時更新中……。

†用語解説† >>2←随時更新中……。

†第三章†──人と獣の少女

第一話『籠鳥ろうちょう』 >>3-8 >>11-36
第二話『憧憬どうけい』 >>37-64
第三話『進展しんてん』 >>65-98

†第四章†──理に触れる者

第一話『禁忌きんき』 >>99-150 >>153-162
第二話『蹉跌さてつ』 >>163-189 >>192-205
第三話『結実けつじつ』 >>206-234

†第五章†──淋漓たる終焉

第一話『前兆ぜんちょう』 >>235-268 >>270-275
第二話『欺瞞ぎまん』 >>276-331
第三話『永訣えいけつ』 >>332-342
第四話『瓦解がかい』 >>343-381
第五話『隠匿いんとく』 >>382-403

†終章†『黎明れいめい』 >>404-405

†あとがき† >>406

作者の自己満足あとがき >>407-411

……………………

基本的にイラストはTwitterにあげておりますので、もし見たい!って方がいらっしゃいましたらこちらにお願いします。→@icicles_fantasy

……………………


【完結作品】
・〜闇の系譜〜(ミストリア編)《複ファ》
ミストリアの次期召喚師、ファフリの物語。
国を追われ、ミストリアの在り方を目の当たりにした彼女は、何を思い、決断するのか。

・〜闇の系譜〜(サーフェリア編)上《複ファ》
サーフェリアの次期召喚師、ルーフェンを巡る物語。
運命に翻弄されながらも、召喚師としての生に抗い続けた彼の存在は、やがて、サーフェリアの歴史を大きく変えることとなる──。

・〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下《複ファ》
三街による統治体制を敷き、サーフェリアを背負うこととなったサミルとルーフェン。
新たな時代の流れの陰で、揺れ動くものとは──。

【現在の執筆もの】

・〜闇の系譜〜(外伝)《複ファ》
完全に狐の遊び場。〜闇の系譜〜の小話を載せております。

・〜闇の系譜〜(アルファノル編)《複ファ》
ミストリア編後の物語。
闇精霊の統治者、エイリーンとの繋がりを明かし、突如姿を消したルーフェン。
召喚師一族への不信感が一層強まる中、トワリスは、ルーフェンの後を追うことを決意するが……。
憎悪と怨恨に染まった、アルファノル盛衰の真実とは──?

【執筆予定のもの】

・〜闇の系譜〜(ツインテルグ編)《複ファ》
アルファノル編後の物語。
世界の流転を見守るツインテルグの召喚師、グレアフォール。
彼の娘である精霊族のビビは、ある日、サーフェリアから来たという不思議な青年、アーヴィスに出会うが……。




……お客様……

和花。さん
友桃さん
マルキ・ド・サドさん
ヨモツカミさん


【お知らせ】
・ミストリア編が、2014年の冬の大会で次点頂きました!
・サーフェリア編・上が、2016年の夏の大会で銅賞を頂きました!
・2017年8月18日、ミストリア編が完結しました!
・ミストリア編が2017年夏の大会で金賞を頂きました!
・サーフェリア編・上が、2017年冬の大会で次点頂きました!
・2018年2月18日、サーフェリア編・上が完結しました!
・サーフェリア編・下が、2019年夏の大会で銀賞頂きました!
・外伝が、2019年冬の大会で銅賞頂きました!
・サーフェリア編・下が、2020年夏の大会で銀賞頂きました!
・サーフェリア編・下が、2020年冬の大会で金賞頂きました!
いつも応援して下さってる方、ありがとうございます(*^▽^*)

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下 ( No.84 )
日時: 2018/12/22 17:47
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: wC6kuYOD)



(お願いだから、上手くいって……!)

 心の中で祈って、リリアナの脚に魔力を注ぎ込む。
やがて、詰めていた息を吐き出すと、トワリスは、ゆっくりと目を開けた。
立ち上がれば、目の前がちかちかして、頭痛がする。
こんなに一気に魔力を使ったのは、初めてであった。

 トワリスは、木の根に座るリリアナを見下ろして、言った。

「立ってみて……」

「う、うん……」

 首肯して、リリアナが身じろぐ。
しかし、力が入るのは上半身ばかりで、脚はぴくりとも動かない。

 どんな表情をすれば良いか、迷ったのだろう。
少し視線を彷徨わせた後、リリアナは、躊躇いがちに口を開いた。

「だ、駄目そう……動かない」

「…………」

 トワリスの表情が、微かに強張る。
再び膝をつくと、トワリスは、再度リリアナの脚に手を伸ばした。

「ちょっと待って、もう一度やってみる」

「い、いいよ! 無理だから!」

 慌てて首を振ると、リリアナは、咄嗟にトワリスの手を掴んだ。
びくりと震えたトワリスに、言葉を詰まらせる。
リリアナは、はっと口を閉じた後、ゆっくりとトワリスの手を離すと、困ったように笑った。

「ご、ごめんね、トワリス。ありがとう……でも、無理なの」

 寂しさを含んだような、穏やかな声。
眉を寄せたトワリスに、リリアナは言い募った。

「火事で負った怪我が原因で、歩けなくなったって言ったじゃない? でも、脚じゃないの。……私が怪我をしたのは、背中だったのよ」

「背中……?」

 リリアナは、こくりと頷いた。

「脊髄損傷、ってやつ。家が燃えて、逃げている途中に、倒れてきた柱の下敷きになっちゃったのよ。幸い、火傷は大したことなかったんだけど、その時に、脊髄の一部が傷ついてしまったんですって。脊髄には、神経が沢山通っていて、それが壊れてしまったから、脚が麻痺して、動かなくなったんだって。そうお医者様には言われたわ。だからね、脚の問題じゃないの。私が動けって命令しても、それは伝わらない。私の脚は、動く意思を持たない、枝切れと一緒ってこと。だから、自力で歩けるようになるのは、難しいんですって」

 トワリスの目が、徐々に見開かれる。
ぐっと唇を噛むと、トワリスは立ち上がった。

「じゃあ、リリアナが魔術を使えるようになればいいよ。枝切れだってなんだって、魔術が使えれば、動かせる。人間は、多かれ少なかれ、魔力を持ってるんだ。私にだって出来たんだし、リリアナだって、きっと使えるようになる!」

 思わず口調を強めて、トワリスは言った。

 神経が途絶えてしまっていたのだとしても、枝切れを動かせるのと同じように、脚だって動かせるはずである。
理論上、トワリスが魔力を込めれば、トワリスがリリアナの脚を動かすことになってしまうが、リリアナ自身が魔術を使えるようになれば、自分の意思で、再び自分の脚を動かせるようになるのだ。

 しかしリリアナは、首を左右に振った。

「出来ないわ。枝切れは軽いけど、私の脚を動かすには、私一人分の重さを支えられるくらいの魔術が使えなきゃいけないのよ。そんなの、普通は出来ないもの。確かに、私にも少しくらいは魔力があるのかもしれないけど、私の家系に魔導師はいないし、持ってる魔力なんて、たかが知れてる。魔力を持っていても、魔術が使えるくらい強い魔力がある人は、珍しいのよ。だから、魔導師になるのは大変なんじゃない。それは、トワリスの方が分かってるでしょう?」

「…………」

 唇を震わせると、トワリスは下を向いた。
可能性は低いと思いつつも、心のどこかで、成功するかもしれない、なんて期待していた自分が、とても惨めだった。

 考えてみれば、リリアナは以前、西区の孤児院にいたのだ。
西区の孤児院は、施療院も兼ねた場所だから、当然、アーベリトの医師も常駐している。
つまり、リリアナは既に、脚の治療を受けていたはずなのである。
受けていたけど、駄目だったのだ。
魔力を込めるだけなんて、トワリスが思い付く程度のことで治るなら、リリアナは、もうとっくに医師たちの力で、歩けるようになっていただろう。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下 ( No.85 )
日時: 2018/12/26 18:41
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: wC6kuYOD)



 すっかり黙りこんでしまったトワリスに、リリアナは、焦った様子で言い直した。

「あっ、でもね! トワリスが提案してくれたとき、もしかしたら……って私も思ったのよ。まあ、結果的には駄目だったけど、それでも私、すごく嬉しかったの! だってトワリス、寝る間も惜しんで、私が歩ける方法を探していてくれたんでしょう? 私、トワリスと友達になれて、とっても幸せよ」

 トワリスの手を握って、リリアナは、明るい声で言った。

「それに私ね、歩けないくらい、気にしてないの。確かに不便ではあるけど、火事が起きたときに、死んじゃってたかもしれないって考えると、命が助かって良かったなって思うの。本当よ。アーベリトの皆は優しいし、私にはカイルだっている。歩けないくらい、なんだっていうのよ。だから、トワリスが気にする必要なんて、全くないわ。ね?」

「…………」

 リリアナは、にこにこと笑みを浮かべながら、はっきりと言いきった。
だがトワリスは、一層表情を曇らせると、ぽつりと呟いた。

「……そんなの、嘘だよ」

 リリアナの手を外すと、トワリスは、静かに続けた。

「前に、球蹴りしてる子供連中を、羨ましそうに見てたじゃないか。気にしてないなんて、嘘だよ。本当は、自分の脚で歩きたいって思ってるし、すごく不安なんでしょう? リリアナは前向きで、いつだって明るいけど、今のその笑顔は、空元気にしか見えないよ」

 揺れたリリアナの目を、トワリスは、まっすぐに見つめた。

「結局、私じゃ力になれなくて、ごめん。でも、私のことを友達だって言うなら、気にしてないなんて、嘘つくことないじゃないか。別に私は、リリアナが触れられたくないことを、無理矢理聞き出そうなんて思ってないよ。私にだって、思い出したくないこととか、あるもの。だけど、そんな風に嘘つかれたり、嘘笑いして気遣われたりしたら、なんか、寂しいよ」

「…………」

 リリアナは、瞠目したまま、しばらく黙りこんでいた。
トワリスは、やりづらそうに目を伏せたが、やがて、こちらを見るリリアナの目に、みるみる涙が盛り上がり始めると、ぎょっとして、慌てて屈みこんだ。

「あっ、ご、ごめん、私、責めたつもりじゃ……」

 細かく震えるリリアナの肩に手をおいて、謝罪する。
リリアナは、ぽろぽろと涙を流しながら、言った。

「だって、私、お姉ちゃんだもん……」

 思いがけない答えに、トワリスが動きを止める。
リリアナは、涙でぐしゃぐしゃになった顔を、ごしごしと拭った。

「お父さんと、お母さんが死んじゃったの、カイルが、一歳の時よ。カイルに、両親との思い出なんて、ほとんどないの。つまり、カイルにとっては、私がお姉ちゃんで、お父さんで、お母さんなのよ。その私が、暗い顔してちゃ、駄目じゃない……っ、ふぇええ……」

 まるで幼い子供のような声をあげて、リリアナは泣き出した。
激しくしゃくりあげながら、なんとか涙を止めようとしているようであったが、リリアナは、なかなか泣き止まなかった。

「リリアナ……」

 かける言葉が見つからなくて、トワリスは、黙ったままリリアナの隣に座った。
孤児院に帰って、カイルの元に戻ったら、きっとリリアナはまた笑うのだろう。
だから今は、勇気づけるより、彼女が泣けるこの時間を、見守っていた方が良いだろうと思った。

 リリアナはそうして、長い間、わんわんと声をあげて泣いていた。
涙を溢しながら、すがるように抱きついてきたので、トワリスも、リリアナの背に手を回す。
そのまま背を擦ってやると、リリアナは、一層激しく嗚咽を漏らした。

「トワリス、トワリス……ありがとぉ、大好き……」

 トワリスの服の袖にぎゅっとしがみついて、リリアナが言う。
涙声だったが、口調にはいつもの快活さが戻っているような気がして、トワリスは、安心したように笑った。

「……うん、私も」

 ぽんぽんとあやすように、背中を撫でる。
つられて熱くなった目頭に、繰り返し瞬くと、トワリスもこくりと頷いたのだった。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下 ( No.86 )
日時: 2018/12/26 18:37
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: wC6kuYOD)

 しんしんと降り続いた雪は、三日経って、ようやく止んだ。
大通りは、毎日雪掻きをしていたが、人の寄り付かない下道などには、小さな子供の背丈ほどまで雪が積もっている。

 トワリスは、孤児院の玄関口から大通りまでの道を雪掻きしながら、やれやれと嘆息した。
本当は、朝の内に終わらせたかったのだが、既に日は高く昇っている。
こんなに時間がかかってしまったのは、一緒に雪掻きをしていた、七、八歳の子供たちが原因だ。
彼らは、ぎゃあぎゃあと騒ぎながら遊ぶばかりで、雪を片付けるどころか、散らかすのである。

 こうなることは、なんとなく予想出来ていたが、トワリスが折角隅に寄せた雪を、男児連中が突進して崩した時は、流石に怒鳴りたくなった。
言い聞かせたところで、獣女が怒っただの何だのと喚かれるだけなので、ぐっと堪えたが、これでは、一人だけ真面目に雪掻きをしているのが、馬鹿みたいである。

 どうせ日が照れば雪は溶けるのだし、トワリスが雪を掻いた道は、うっすらと雪が残っているだけで、歩けないほどではない。
もう中断して、孤児院に戻ろうか。
そう思い立って、腰を伸ばした、その時であった。
不意に、大通りの方から、馬蹄の鳴る音が聞こえて、トワリスは顔をあげた。

(……珍しいな。誰だろう?)

 孤児院の中庭の入口に、一台の馬車が止まる。
そこから、上品な身なりをした中年の女性が降りてくると、トワリスだけでなく、雪まみれになって遊んでいた子供たちも、途端に目を丸くした。
ちょっとした金持ちの風体をした女性が、こんな貧乏臭い孤児院に、一体何の用だというのだろうか。

 女性は、道のど真ん中に突っ立っているトワリスの元に歩いてくると、にこにこと微笑みながら、話しかけてきた。

「雪掻き、ご苦労様。突然ごめんなさいね。私、ロクベル・マルシェと申します。こちら、シグロスさんの孤児院で合っていますか?」

「あ……はい。そうです」

 トワリスが答えると、ロクベルの笑みが深くなった。
マルシェ、というと、リリアナやカイルと同じ姓だ。
結い上げられた赤髪も、リリアナとよく似た色をしていて、このロクベルと名乗る女性が、リリアナと何か関係のある人物であることは、すぐに分かった。

 ちらりと孤児院の方を見てから、ロクベルは言った。

「シグロスさんは、お部屋の中かしら。少し、お邪魔しますね」

 軽くトワリスに会釈して、ロクベルは孤児院に入っていく。
その様子を、呆然と見守っていると、他の子供たちが、興味津々といった顔でトワリスに近づいてきた。

「今の人、王都から来たのかな? 貴族かもしれないよ!」

「マルシェって名乗ったよな? リリアナ姉ちゃんとカイルって、実はお金持ちの子供だったのかな」

「えぇっ、じゃあ二人とも、ここを出ていっちゃうんじゃない?」

 何やら興奮した口調で話しながら、子供たちは盛り上がっている。
トワリスは、微かに眉を寄せると、子供たちの方に振り返った。

「リリアナたちが出ていっちゃうって、どういうこと?」

 子供たちは、お互い顔を見合わせると、答えた。

「あのおばさんが、リリアナ姉ちゃんたちを、引き取りにきたんじゃないかってことだよ! 時々あるんだ。孤児になっても、遠い親戚とかが引き取りにくること。ね?」

 子供たちが、同調してうんうんと頷く。
トワリスは、黙ったまま、再び孤児院の方を見た。

 確かに、ありえる話だと思った。
両親が亡くなったといっても、リリアナとカイルは、天涯孤独になったわけではない。
どこか別の場所に住んでいた親戚が、リリアナたちが孤児院に引き取られたと知って、迎えに来るなんて、十分考えられることだ。

(……優しそうな、人だったな)

 ふと、先程のロクベルの笑顔を思い出す。
軽く挨拶を交わしただけだったが、リリアナと同じで、温かい人柄の女性に見えた。
彼女が一緒に暮らそうと言ったら、リリアナやカイルは首を縦に振るだろうし、トワリスも、そうするべきだと思う。
孤児院も悪いところではないが、迎えてくれる親族がいるなら、やはり一緒に暮らすべきだ。

 喜ばしいことなのだから、もし本当にリリアナが引き取られることになったら、笑って送り出そう。
そう思いながらも、胸にもやもやしたものが沸き上がってきたのを感じて、トワリスは、雪掻き用のシャベルを握り直したのだった。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下 ( No.87 )
日時: 2018/12/29 18:44
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: 3edphfcO)



 雪掻きを終えると、トワリスたちは、孤児院の中に戻った。
予想通り、あのロクベルという女性は、リリアナとカイルを連れて、院長であるテイラー・シグロスの部屋に入っていったらしい。
子供たちは、食堂にある暖炉の前で冷えた身体を暖めながら、リリアナたちが孤児院からいなくなるかもしれないという話題を広めて、語り合っている。
トワリスは、客人が来ているのだから、静かにするようにと子供たちを諫めたが、本当は、子供たちと同様、院長室でロクベルがどんなことを話しているのか、とても気になっていた。

 気分が落ち着かないまま、トワリスは、自室にこもって魔導書を読みふけっていた。
だが、再び食堂に出ていったときには、いつの間にか、ロクベルは帰っていたようだった。
リリアナは、カイルを抱えて、同年代の子供たちを相手に、何やら楽しそうに会話している。
ひとまずリリアナたちがまだ残っていることに安堵すると、トワリスは、静かに食堂を後にした。

 ロクベルたちと一体何を話していたのか、聞きたかったが、聞けなかった。
いざ聞いてみて、もしリリアナに「孤児院を出て、ロクベルさんと暮らします、さようなら」なんて言われたら──。
そう考えると、なんだか怖くなってしまった。

 トワリスは、自室から灯りを持ち出すと、こっそりと孤児院の外に出た。
まだ夕飯の時間にもなっていないとはいえ、夜に無断で外出したことがばれたら、後々怒られるだろう。
それでも、今はなんとなく、誰もいない外の空気が吸いたくなったのだ。

 孤児院の外壁に寄りかかり、灯りを足元に置くと、トワリスはその場にしゃがみこんだ。
孤児院の中から、やかましい子供の声は聞こえてくるが、冬の夜は、恐ろしいほど静かだった。
息を吐けば、ふわりと舞った吐息が、白く濁る。
身に染み込むような寒さと静寂が、今は心地よかった。

 トワリスは、上を向いて、星の散らばる夜空を眺めていた。
そうして、しばらくの間、ぼんやりと意識を漂わせていると、不意に、扉の開く音がした。
孤児院の職員が、トワリスの不在に気づいて探しに来たのだと思ったが、出てきたのは、リリアナであった。

「あ! トワリスったら、こんなところにいたのね。孤児院のどこにもいないんだもの。随分探しちゃったわ」

「…………」

 トワリスが返事をしないので、不思議に思ったのだろう。
リリアナは車椅子を操って、道に薄く張った雪氷をぱきぱきと踏みながら、トワリスの隣にやってきた。
そして、同じように上を向くと、ほうっと息を吐いた。

「……今夜は、星が綺麗ね」

 リリアナが、ぽつりと呟く。
二人は黙って、満天の星空を眺めていたが、やがて、トワリスの方を見ると、リリアナが口を開いた。

「今日来た人ね、私の叔母さんだったの。私が生まれたばかりの頃に、一度だけ会ったことがあるらしいんだけど、私、覚えてなくて……。連絡もとっていなかったから、私のお父さんとお母さんが死んじゃったことも、つい最近知ったんですって。それで、生き残った私とカイルのこと、ずっと探してくれていたみたい」

「…………」

 リリアナは、嬉しそうな顔で言った。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下 ( No.88 )
日時: 2019/01/01 19:21
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: w93.1umH)



「久々に、お父さんとお母さんの話をしたわ。私が小さかった頃の話も……。叔母さん、すごいのよ。シュベルテで小料理屋を出しているんですって! 一年前、旦那さんが亡くなっちゃって、今はお店を閉じてるらしいんだけど、近々また再開するって言ってたわ。自分のお店があるなんて、なんだかかっこいいわよね!」

 トワリスは、リリアナの方を見ずに返した。

「じゃあ、リリアナとカイルも、近々シュベルテに行くの?」

 一瞬、リリアナが言葉を止める。
少し困ったように笑うと、リリアナは答えた。

「一緒に暮らさないかって、誘われたわ。……でも、それに関しては、私、どうしようか迷ってるの」

「え……?」

 大きく目を見開いて、トワリスがリリアナを見る。
リリアナは、微かに苦笑した。

「叔母さんは、とっても優しい人だったわ。一緒に暮らせば、カイルにとってもお母さんみたいな存在ができるし、安心できると思う。でも、私たちはここでの生活に馴染んじゃったし、今すぐアーベリトを離れて、叔母さんと暮らしたいかって言われると、悩んじゃうのよね。ほら、私、歩けないし、カイルだってまだ小さいでしょう? 叔母さんにも迷惑かけちゃうと思うの。院長先生も、今は孤児院にいる子供の数が少ないから、どうするかは自分で選んで良いって言ってくれたし」

「…………」

 リリアナは、それだけ言うと、口を閉じて、再び夜空を見上げた。
そんな彼女の横顔を見つめて、トワリスも、長い間、黙っていた。

 多分、リリアナは、一緒に行きたいのだろうと思った。
ロクベルの話をしていたときの、あの嬉しそうな顔。
あれが、リリアナの本心を表していた。
彼女が悩んでいると言ったのは、きっと、自分達が孤児院に残りたいからではない。
ロクベルに、迷惑をかけたくないと思っているからだ。

 トワリスは、ふと立ち上がると、リリアナに向き直った。

「……行くべきだよ。ロクベルさん、ずっとリリアナたちのことを探していて、ようやく見つけて、迎えにきてくれたんだろう? リリアナたちのことを、迷惑だなんて思わないよ」

 そう言うと、リリアナの顔に、戸惑いの色が浮かんだ。

「それは、そうかもしれないけど……。別にそれだけじゃなくて、私、この孤児院で出来た友達と別れるのも、寂しいのよ。ここにきて、まだ半年も経ってないんだもの。出会ってすぐお別れなんて、嫌だわ」

 トワリスは、首を振った。

「そんなの、またいつだって会えばいいじゃないか。ロクベルさんは、リリアナやカイルにとって、やっと巡り会えた家族みたいなものだろう? だったら、一緒に住むべきだと思う」

「…………」

 黙ってしまったリリアナに、トワリスは言い募った。
自分の声が、固くならないように。
嘘だとばれないように。
トワリスは、努めて口調をやわらげた。

「召喚師様も、言ってたよ。自分が故郷だと思うなら、そこが故郷なんだって。だから、シュベルテに行こうと、どこに行こうと、リリアナが思うなら、リリアナにとっての第二の故郷は、この孤児院なんだよ。だから、悩む必要はないと思う。孤児院が懐かしくなったら、また帰ってくればいいよ。離れたくないとか、迷惑かけたくないとか、そんな些細なことで、家族ができるかもしれない機会を、潰すべきじゃないと思う」


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