複雑・ファジー小説

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〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下【完結】
日時: 2022/05/29 21:21
名前: 銀竹 (ID: iqu/zy5k)
参照: https://www.kakiko.cc/novel/novel6/index.cgi?mode=view&no=18825

いつもありがとうございます。
闇の系譜シリーズは、四作目のアルファノル編以降、別サイトに移動しております。
詳しくはアルファノル編のスレにて!
………………

 人々の安寧を願ったサーフェリアの前国王、サミル・レーシアス。
彼の興した旧王都──アーベリトは、わずか七年でその歴史に幕を閉じることとなった。

 後に『アーベリトの死神』と称される、召喚師ルーフェンの思いとは……?

………………

 はじめまして、あるいはこんにちは!銀竹と申します。

 本作は、銀竹による創作小説〜闇の系譜〜の二作目の後編です。
サーフェリア編がかなり長くなりそうだったので、スレを上・下と分けさせて頂く事にしました。
一部残酷な表現などありますので、苦手な方がいらっしゃいましたらご注意下さい。

 今回は、サーフェリア編・上の続編となっております。
サーフェリア編・上の知識がないと通じない部分も出てきてしまうと思いますが、伏線以外は極力分かりやすく補足して、進めていきたいと考えています(上記URLはサーフェリア編・上です)。

〜闇の系譜〜シリーズの順番としては
ミストリア編(上記URLの最後の番号五桁が16085)
サーフェリア編・上(17224)
サーフェリア編・下(19508)
アルファノル編(18825)
ツインテルグ編
となっております。
外伝はどのタイミングでも大丈夫です(16159)。
よろしくお願いいたします!

…………………………

ぜーんぶ一気に読みたい方→ >>1-430

〜目次〜

†登場人物(第三章〜終章)† >>1←随時更新中……。

†用語解説† >>2←随時更新中……。

†第三章†──人と獣の少女

第一話『籠鳥ろうちょう』 >>3-8 >>11-36
第二話『憧憬どうけい』 >>37-64
第三話『進展しんてん』 >>65-98

†第四章†──理に触れる者

第一話『禁忌きんき』 >>99-150 >>153-162
第二話『蹉跌さてつ』 >>163-189 >>192-205
第三話『結実けつじつ』 >>206-234

†第五章†──淋漓たる終焉

第一話『前兆ぜんちょう』 >>235-268 >>270-275
第二話『欺瞞ぎまん』 >>276-331
第三話『永訣えいけつ』 >>332-342
第四話『瓦解がかい』 >>343-381
第五話『隠匿いんとく』 >>382-403

†終章†『黎明れいめい』 >>404-405

†あとがき† >>406

作者の自己満足あとがき >>407-411

……………………

基本的にイラストはTwitterにあげておりますので、もし見たい!って方がいらっしゃいましたらこちらにお願いします。→@icicles_fantasy

……………………


【完結作品】
・〜闇の系譜〜(ミストリア編)《複ファ》
ミストリアの次期召喚師、ファフリの物語。
国を追われ、ミストリアの在り方を目の当たりにした彼女は、何を思い、決断するのか。

・〜闇の系譜〜(サーフェリア編)上《複ファ》
サーフェリアの次期召喚師、ルーフェンを巡る物語。
運命に翻弄されながらも、召喚師としての生に抗い続けた彼の存在は、やがて、サーフェリアの歴史を大きく変えることとなる──。

・〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下《複ファ》
三街による統治体制を敷き、サーフェリアを背負うこととなったサミルとルーフェン。
新たな時代の流れの陰で、揺れ動くものとは──。

【現在の執筆もの】

・〜闇の系譜〜(外伝)《複ファ》
完全に狐の遊び場。〜闇の系譜〜の小話を載せております。

・〜闇の系譜〜(アルファノル編)《複ファ》
ミストリア編後の物語。
闇精霊の統治者、エイリーンとの繋がりを明かし、突如姿を消したルーフェン。
召喚師一族への不信感が一層強まる中、トワリスは、ルーフェンの後を追うことを決意するが……。
憎悪と怨恨に染まった、アルファノル盛衰の真実とは──?

【執筆予定のもの】

・〜闇の系譜〜(ツインテルグ編)《複ファ》
アルファノル編後の物語。
世界の流転を見守るツインテルグの召喚師、グレアフォール。
彼の娘である精霊族のビビは、ある日、サーフェリアから来たという不思議な青年、アーヴィスに出会うが……。




……お客様……

和花。さん
友桃さん
マルキ・ド・サドさん
ヨモツカミさん


【お知らせ】
・ミストリア編が、2014年の冬の大会で次点頂きました!
・サーフェリア編・上が、2016年の夏の大会で銅賞を頂きました!
・2017年8月18日、ミストリア編が完結しました!
・ミストリア編が2017年夏の大会で金賞を頂きました!
・サーフェリア編・上が、2017年冬の大会で次点頂きました!
・2018年2月18日、サーフェリア編・上が完結しました!
・サーフェリア編・下が、2019年夏の大会で銀賞頂きました!
・外伝が、2019年冬の大会で銅賞頂きました!
・サーフェリア編・下が、2020年夏の大会で銀賞頂きました!
・サーフェリア編・下が、2020年冬の大会で金賞頂きました!
いつも応援して下さってる方、ありがとうございます(*^▽^*)

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下 ( No.164 )
日時: 2019/07/28 18:14
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: ae8EVJ5z)



 悩んだ末に、トワリスは、サイを訪ねてみることにした。
故郷に戻っているのだとしたら、諦めるしかないが、訓練に出ないのは、別の理由があってのことかもしれない。
トワリスも、いずれシュベルテを離れることになるだろうから、その前に、別れの挨拶くらいはしておきたかった。

 食堂から出ると、トワリスは、早速男子寮の方へと向かった。
トワリスが寝起きしている自室は、訓練場のある本部の一角を間借りしていたが、男は人数が多いので、別の棟を宿舎として暮らしている。
一人部屋ではなく、何人かで一つの部屋を使っているようなので、扉を叩いて、サイ以外の同輩が出てきたらと思うと、少し緊張した。
だが、アレクシアも男子寮には何度も行ったことがあると言っていたので、トワリスが訪問したからといって、咎められることはないだろう。

 石造で頑強な魔導師団本部に比べ、男子寮は、古臭い木造建築であった。
踏む度にぎいぎいと音を立てる廊下や、漂う汗や砂が混じったような臭いが鼻をつくと、なんとなく、孤児院にいたときのことを思い出す。
来たのは初めてであったが、どことなく既視感のある光景に、トワリスは、ふと懐かしさを覚えたのであった。

 遠方での勤務が決まった者や、休暇を堪能している者が不在なので、男子寮は、部屋数の割に人の気配が少なく、静かだった。
とはいっても、換気のために開かれた廊下の窓からは、城下の人々の声が、騒々しく聞こえてくる。
昼時で、今日は天気も良いので、市場が賑わっているのだろう。
アーベリトにいた頃は、周囲が森に囲まれていたので、虫の鳴き声や鳥の囀りがよく耳に入ってきていたが、 シュベルテは建物ばかりで、人も多いので、常に人の声が聞こえていた。

 サイの名前が入った金属板がかかった部屋を見つけると、トワリスは、一つ呼吸をしてから、扉を叩いた。
幸い、中からは人の気配がしたし、サイと新しい墨の匂いもしたので、彼が部屋の中にいるということは、確信していた。
しかし、二度扉を叩いても、声をかけてみても、一切反応がない。
都合が悪かったのだしても、返事くらいはするはずなので、どうにも様子がおかしい。

 訝しんだトワリスは、躊躇いつつも、思いきって扉の取っ手に手をかけた。
勿論、無断で人の部屋に侵入しようなんて思ってはいないが、いるはずなのに反応がないなんて、万が一ということが考えられる。

 取っ手を回せば、がちゃり、と音がして、扉が開いてしまう。
拳一つ分ほど押し開いて、中を伺ったトワリスは、目の前の光景にぎょっとした。
部屋の中に並ぶ、複数の寝台の隙間に、サイが倒れ込んでいたのだ。

「サイさん……!?」

 思わず叫んで、トワリスは部屋へと踏み込んだ。
駆け寄って抱き起こしてみれば、サイの口からは、すう、すう、と寝息が聞こえてくる。
呼吸はしており、どうやらただ眠っているだけのようなので、トワリスは、ひとまずほっと胸を撫で下ろした。
しかしながら、その顔面は真っ青で、目の下には色濃い隈が刻まれている。
最後に会った時とは比べ物にならないくらい、窶(やつ)れたサイの姿に、何があったのかと動揺せざるを得なかった。

(とにかく、医術師を呼ばないと……!)

 取り急ぎ、サイを寝台に引っ張りあげ、毛布をかける。
そうして、立ち上がって初めて、トワリスは、この部屋の異常さを認識した。
文机の周辺を中心に、足の踏み場もないくらい、紙や魔導書が床に散乱していたのである。

(これは、医療魔術の魔導書……?)

 ふと足元にあった一冊を拾い上げ、中身を開いてみる。
よほど熱心に勉強していたのか、散らばっている紙にも、目が痛くなるほどびっしりと、古語が書き連ねられていた。

 共同部屋なので、暮らしていた人数分の寝台と、大きな文机が一つ、部屋の隅に設置されている。
しかし、一通り辺りを見回してみたが、部屋にはサイしかいないようなので、この紙と魔導書の山は、どうやら彼が散らかしたものらしい。
一心不乱に勉強していたのだとしても、これはあまりにも異様な散乱具合である。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下 ( No.165 )
日時: 2019/07/30 18:32
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: NRm3D0Z6)



 とりあえず、今は医務室に行こうと、持っていた魔導書を文机に置こうとしたとき。
不意に、目の端で何かがきらりと光った。
文机の下に落ちていたそれを、何気なく拾ったトワリスは、思わず目を疑った。
落ちていたのは、“回れ”の術式が刻印された、青い硝子玉の欠片──破壊されて飛び散ったはずの、偽ラフェリオンの眼球だったのである。

 大きく目を見開いて、トワリスはサイの方を見た。
何故、サイがこれを持っているのだろう。
偽ラフェリオンを破壊したあと、その残骸を集めたが、青い眼球は見つからなかった。
術式を解除したときに砕け、屋敷の崩壊に巻き込まれて散ってしまったのだろうと、皆でそう結論付けて、諦めたはずなのに──。

 硬直したまま、サイから目を反らせずにいると、不意に、サイの身体がぴくりと動いた。
小さく呻き声をあげながら、身を起こしたサイが、ゆっくりと目を開く。
しばらくは、夢と現の間をさまよっているような顔で、トワリスを見つめていたが、やがて、はっと瞠目すると、サイは寝台の上から飛び退いた。

「ト、トワリスさんっ!?」

 大声をあげるのと同時に、寝台から転げ落ちて、腰を打ち付ける。
痛みに悶絶しながらも、ふらふらと立ち上がったサイは、目を白黒させながら、トワリスに向き直った。

「えっ、あの……トワリスさん? トワリスさんが、どうして私の部屋に……?」

 混乱した様子で、サイはきょろきょろと部屋を見回している。
トワリスは、咄嗟に青い眼球を懐に隠すと、小さく頭を下げた。

「……勝手にお邪魔してしまって、すみません。最近訓練場にも全然いらっしゃってなかったので、お部屋を訪ねて来たんですけど、扉が開いていて……。中を覗いたら、サイさんが倒れていたので、つい」

 サイは、未だ状況が飲み込めていないような顔で、ぼーっとトワリスを見つめている。
しかし、ややあって、扉の方を一瞥すると、恥ずかしそうに頭を掻いた。

「あっ、そっか……昨夜食堂に行って帰ってきてから、そのまま扉を開けっ放しにしていたのかもしれません。ご迷惑おかけしてしまって、申し訳ないです……」

 トワリスは、怪訝そうに眉を寄せた。

「昨夜? 昨夜は食堂やってませんでしたよ。食堂長が、肩痛めたとかで……」

「えっ……」

 サイは、ぱちぱちと瞬くと、首をかしげた。

「……トワリスさん、今日何日ですか?」

「八日、ですけど」

 答えると、サイは驚いた様子で声をあげた。

「八日!? そんな、もう三日も経ってたのか……」

「……まさか、三日間何も食べてないんですか?」

 そうみたいです、と頷いたサイに、トワリスは、思わず口元を引きつらせた。
トワリスも、集中して勉強していたら朝になっていた、くらいの経験はあるが、三日も寝食を忘れるなんて、道理で倒れるわけだ。
日にちの経過に気づかないほど熱中していたなんて、集中の度を越している。

 慌ててサイを寝台に座らせると、遠慮する彼を振り切って、トワリスは食堂に行き、粥と蜂蜜湯を用意してもらい、再びサイの元に戻った。
医務室に駆け込もうとも思ったが、ひとまず話せるくらいの体力はあるようなので、飲み食いさせるのが優先だと考えたのだ。

 食事を終え、幾分か顔色のましになったサイは、蜂蜜湯を啜りながら、何度もトワリスに謝罪した。

「……す、すみません、何から何まで……。部屋が一緒だった同期は、みんな任務地が決まって出ていってしまったものですから、どうにも周りのことに気が回らなくて……」

 言いながら、気の抜けるような笑みを浮かべるサイに、図書室で昼夜問わず書類とにらめっこをしていた、銀髪が思い浮かぶ。
それにしても、サイは自己管理までしっかり出来ていそうな印象だったので、不摂生が祟って倒れるなんて、少し意外だった。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下 ( No.166 )
日時: 2019/08/02 19:01
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: 6kBwDVDs)



 トワリスは、呆れたように肩をすくめた。

「本当ですよ……たまたま私が来たから良かったものの、このまま誰も部屋を訪ねてこなかったら、どうするつもりだったんですか。全く、何をそんなに夢中になってたんだか……」

「重ね重ね、すみません……。その、魔導書を読んでいたら、昔から周りが見えなくなる質でして」

 項垂れるサイを睨んで、それから、荒れた文机を一瞥する。
トワリスは、真剣な面持ちになると、探るような目でサイを見た。

「……魔導書って、医療魔術に関する勉強をしてたんですか? ここ数日間、ずっと?」

 トワリスからの、疑念の眼差しに気づいたのだろう。
サイは、少し戸惑ったように目線をそらすと、曖昧に首肯した。

「えっと、はい……まあ、そんなものです。ちょっと、色々気になることが出来てしまって……」

 あはは、と乾いた笑みを浮かべ、誤魔化そうとする。
トワリスは、一度躊躇ってから、懐に隠していた青い硝子の眼球を取り出すと、それをサイに見せつけた。

「……気になることって、これが関係してるんですか?」

 瞬間、サイの目の色が変わる。
飛び付くように文机の下の紙の山を漁り、振り返ると、サイは引ったくるようにして、トワリスの手から青い眼球を奪った。

 微かに呼吸を乱して、サイは、守るように青い眼球を握りこんでいる。
トワリスは、表情を険しくすると、鋭い声で尋ねた。

「どうしてそれを、貴方が持っているんですか? あの時確かに、飛び散って瓦礫に紛れちゃったんだろうって、サイさんも言っていましたよね? ……嘘ついて、隠し持っていたんですか?」

「…………」

 サイの額に、じっとりと汗が流れる。
射抜くような視線を向けてくるトワリスに、サイは、身体を細かく震わせながら答えた。

「……結果的に、トワリスさんやアレクシアさんを騙してしまったことは、本当に申し訳ないと思ってます。でも、誤解しないでほしいんです。別にお二人を欺こうとか、そういう意図はなくて、ただ私は、どうしても、ハルゴン氏の造形魔術について知りたくて、この眼球を持ち帰ったんです……」

 そう言って、顔をあげたサイの表情を見て、トワリスはぞっとした。
サイは、具合が悪くて震えているわけでも、トワリスに嘘がばれたから、怯えて震えているわけでもない。
ただ、興奮して震えているのだ。

 青い眼球を大切そうに胸元で握り直すと、サイは続けた。

「だって、素晴らしいと思いませんか……? 偽物のラフェリオンは、結局操られていただけでしたけど、あの本物のラフェリオンは、自らの意思で動いていたんです。あんな、あんな、本物の人間みたいに……。……いえ、人間ですよ、あれは。死体と死体を繋ぎ合わせて、ハルゴン氏は、一人の人間を作り出したんです。命を作ったんですよ! でも、ハルゴン邸にあった魔導書にも、ラフェリオンのついて詳しいことは書かれていませんでしたし、一体どうやって作ったのか、検討もつかないんです。どんな魔術を使ったのか……どうしても、知りたいんです。私が、この手で……!」

 サイの緑色の瞳が、爛々と光り出す。
いつも穏やかなサイからは想像もできないような、高ぶった口調に、トワリスは何も言えなくなった。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下 ( No.167 )
日時: 2019/09/19 22:31
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: NRm3D0Z6)



 ミシェル・ハルゴンが使ったのは、命を操る禁忌魔術だ。
その行使を強制された彼が、ラフェリオンの制作過程など記録して残しているはずはないし、事件の真相を知るはずの前団長、ブラウィン・エイデンとその一派も亡き者になった以上、その方法を探る手立てはないはずである。
というより、探ってはいけないのだ。
禁忌魔術は、使用は勿論、研究することも禁止されている。

 絶句するトワリスの腕を強く掴んで、サイは言い募った。

「トワリスさん、もう一度、一緒にラフェリオンに会いに行きませんか……? あの時は、アレクシアさんのこともありましたし、私も混乱していたので、思い切れなかったんです。でも、やはり諦められません。別に、破壊しようというわけじゃないんです。ただ、ラフェリオンに会って、どんな魔術が施されているのか、調べたいんです……!」

 ぐっと腕を握る手に力を込められて、トワリスは、痛みに顔を歪めた。
抵抗しても、びくとも動かない、凄まじい力だ。

「──っ、離して下さい……っ」

 トワリスは、空いている方の手でどうにかサイを突き飛ばすと、なんとか腕を振りほどいた。
心臓が激しく脈打って、掴まれていた手首が、じくじくと痛む。
伸びてくる人の手が恐ろしいと思ったのは、久々であった。

 よろけたサイは、我に返った様子でトワリスを見ると、慌てて口を開いた。

「す、すみません、痛かったですか?」

 赤くなったトワリスの手首を見て、サイが心配そうに眉を下げる。
トワリスは、近づいてきたサイから、一歩距離をとった。

「……どうしたんですか、サイさん。……ラフェリオンは、禁忌魔術によって作り出されたんですよ……? 私たちが、これ以上手を出していいことじゃないんです」

 サイの瞳に、一瞬、暗い陰が落ちる。
サイは、残念そうに一つ吐息をこぼして、うつむいた。

「……手を出しちゃいけないなんて、そんなことは、先人が決めたことでしょう? 古い掟に、いつまで縛られなければならないんです? 勿論、ブラウィン・エイデンのように、使用を他人に強制するなんて、そんなことはあってはならないと思います。でも私は、禁忌魔術には、いろんな可能性が秘められていると思うんです。ここ数日、様々な文献に目を通しましたが、どの専門書にも、禁忌魔術については書かれていませんでした。……それが、むしろ興味深い。禁忌魔術とは、一体何なのか。知りたくて知りたくて、夜も眠れません。確かに、代償が伴う魔術もあるでしょう。しかし、それらの危険性も含め、理解した上で行使できる魔導師がいるなら、使うことは愚か、調べることも禁止するなんて、そんな極端な真似をしなくても済むんじゃないでしょうか」

 一枚、また一枚と、散らばっている紙を手にとっては、落としていく。
サイは、口元を歪めて、薄ら笑いを浮かべた。

「ハルゴン氏は、一人の人間を魔術で生んだ。人間は、魔術で生物を作れるんですよ、トワリスさん。彼に出来たんです、私にだって、出来る可能性はあると思いませんか……?」

 ぞわりと、全身に鳥肌が立った。
サイは、禁忌魔術の絶大な力に、酔っている。
その感覚は、トワリスにも覚えがあったからこそ、サイの取り憑かれたような言葉が、冷水のように胸に染みこんできた。

 五年ほど前、孤児院で出会ったリリアナの脚を治せないかと、魔術を探していた時。
トワリスも、一度だけ禁忌魔術を使ったことがあったのだ。
枯れたはずの押し花を、生花に蘇らせる魔術──命を操る魔術を使ったのである。

 無知であったが故に行使してしまい、後々冷静になって、後悔した。
しかし同時に、強力な魔術を使えたということに喜びを感じ、酔いしれたのも、また事実であった。
あの時の、狼狽と愉悦が混じったような奇妙な感覚は、今思い出しても、吐き気がする。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下 ( No.168 )
日時: 2019/08/10 05:14
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: NRm3D0Z6)


 トワリスは、自らを奮い立たせるように拳を握ると、サイに問うた。

「……仮に出来たとして、どうするっていうんです? 魔術で命を作って、サイさんは、一体何がしたいんですか……?」

 サイの瞳が、微かに揺れる。
胸を打たれたように、大きく目を見開くと、サイは、長い間黙りこんでいた。
しかし、やがて魂が抜けたように息を吐くと、ぽつりと答えた。

「……そこまでは、考えてませんでしたね」

「…………」

 内心ほっとして、トワリスは、肩の力を抜いた。
きっとサイは、本当にただの知識欲で、禁忌魔術に執着しているだけなのだろう。
悪用しようとか、そんなつもりはないのだ。
そうだと、信じたかった。

 トワリスは、サイの目の前に手を出すと、毅然とした態度で言った。

「……青い眼球、渡してください。今更上層部に提出して、ラフェリオンの件を掘り返すのも嫌なので、アレクシアに渡します」

「…………」

 サイはつかの間、迷った様子で黙りこんでいた。
しかし、やがて緩慢な動きで手を伸ばすと、トワリスに青い眼球の欠片を渡してきた。
偽物のラフェリオンには、結局禁忌魔術は関わっていなかったわけだから、こんなものを取り上げたって、あまり意味はないのだろう。
けれど、サイがトワリスたちを欺いてまで手に入れたこの硝子玉を奪うことが、少しでも彼の禁忌魔術への執着を削ぐことになるなら、それでいいと思った。

 サイは、玩具を没収された子供のような顔で、床の一点を凝視している。
トワリスは、サイが食べた後の食器類を重ねながら、沈んだ声で言った。

「……サイさん、疲れてるんですよ。ちゃんと寝てください。医務室にも、後で行ってくださいね」

 サイは、返事をしない。
トワリスは、食器と盆を持つと、そのままサイから逃げるように扉へと向かった。

「それじゃあ、お邪魔しました。……お大事に」

 振り返ることもせずに、足早に部屋を出る。
それからは、廊下を駆けるように歩いたことも、食堂に行って盆と食器を返したことも、トワリスは、よく覚えていなかった。
自室に戻り、一人になってようやく、激しい恐怖が込み上げてきた。

 嘘をつかれていたことも悲しかったが、それ以上に、サイは一体どうしてしまったんだろう、という動揺が、心を支配していた。
元々、彼は魔術に対する探求心が強かったから、ラフェリオンに深い興味関心を抱いていることは、知っていた。
しかし先程のサイは、明らかに卒業試験時と比べ、様子がおかしかった。
今までは、純粋に魔術に憧れて、きらきらと瞳を輝かせる子供のようだったのに、今日のサイは、途中から、まるで何かに心を乗っ取られたかのように見えた。

 とはいえ、トワリス自身がどうすれば良かったかなんて、分からない。
止めたって聞いてくれる様子はなかったし、本音を言うと、深追いする勇気もなかった。
知らずに禁忌魔術を使い、喀血した幼少の頃の記憶が、今でも脳裏にこびりついているからだ。
だからといって、上層部にサイのことを報告するなんて、したくなかった。
上層部が介入すれば、サイを止められることはできるかもしれない。
だが、訓練にも出ず、サイが一心不乱に禁忌魔術に手を染めようとしていた、なんてことを上層部に知らせたら、これまでのサイの努力は、泡になって消えてしまうだろう。
短い期間ではあったが、彼は苦楽を共にしてきた同輩であり、気の合う友人だ。
少なくともトワリスは、そう思っている。
そんなサイの未来を、己の手で潰すなんて、トワリスにはできなかった。

 どうにも気分が落ち着かず、目を閉じて、サイのことを考えていると、不意に、ぱさりと物音がした。
扉の郵便受けに、一通の手紙が投げ込まれている。
寝台に座って、ぼんやりと扉の方を見つめていたトワリスは、いつもならすぐに開封する手紙を、郵便受けから取りにいくこともしなかった。

 手紙は、きっとリリアナからだろう。
検閲の厳しい魔導師団の本部宛に、しかもトワリス相手に手紙を送ってくる人なんて、彼女くらいしか思い付かない。
今は、手紙を読んで、明るい気持ちで返事を考える気にもなれなかったので、トワリスは、再び寝台の上で物思いに耽っていた。
しかし、ふと立ち上がると、まさか、という思いで、手紙を受け取りに行った。
手紙の正体に、リリアナの他にもう一つ、心当たりがあったのだ。

 郵便受けを開き、中から手紙を出す。
それが、リリアナがいつも送ってくる、可愛らしい柄の便箋ではないと気づいたとき、トワリスの鼓動が、どくりと跳ね上がった。
それは、本部から送られてきた、辞令書だったのである。

 本来は、上官から面と向かって勤務地を言い渡された後に、正式な辞令書を受け取る場合が多いのだが、何か行き違いでもあったのだろうか。
どうやら、呼び出しをされる前に、辞令書が届いてしまったらしい。

 そこに書かれている勤務地が、アーベリトであることを祈って──。
トワリスは、封筒を開いたのであった。


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