複雑・ファジー小説

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〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下【完結】
日時: 2022/05/29 21:21
名前: 銀竹 (ID: iqu/zy5k)
参照: https://www.kakiko.cc/novel/novel6/index.cgi?mode=view&no=18825

いつもありがとうございます。
闇の系譜シリーズは、四作目のアルファノル編以降、別サイトに移動しております。
詳しくはアルファノル編のスレにて!
………………

 人々の安寧を願ったサーフェリアの前国王、サミル・レーシアス。
彼の興した旧王都──アーベリトは、わずか七年でその歴史に幕を閉じることとなった。

 後に『アーベリトの死神』と称される、召喚師ルーフェンの思いとは……?

………………

 はじめまして、あるいはこんにちは!銀竹と申します。

 本作は、銀竹による創作小説〜闇の系譜〜の二作目の後編です。
サーフェリア編がかなり長くなりそうだったので、スレを上・下と分けさせて頂く事にしました。
一部残酷な表現などありますので、苦手な方がいらっしゃいましたらご注意下さい。

 今回は、サーフェリア編・上の続編となっております。
サーフェリア編・上の知識がないと通じない部分も出てきてしまうと思いますが、伏線以外は極力分かりやすく補足して、進めていきたいと考えています(上記URLはサーフェリア編・上です)。

〜闇の系譜〜シリーズの順番としては
ミストリア編(上記URLの最後の番号五桁が16085)
サーフェリア編・上(17224)
サーフェリア編・下(19508)
アルファノル編(18825)
ツインテルグ編
となっております。
外伝はどのタイミングでも大丈夫です(16159)。
よろしくお願いいたします!

…………………………

ぜーんぶ一気に読みたい方→ >>1-430

〜目次〜

†登場人物(第三章〜終章)† >>1←随時更新中……。

†用語解説† >>2←随時更新中……。

†第三章†──人と獣の少女

第一話『籠鳥ろうちょう』 >>3-8 >>11-36
第二話『憧憬どうけい』 >>37-64
第三話『進展しんてん』 >>65-98

†第四章†──理に触れる者

第一話『禁忌きんき』 >>99-150 >>153-162
第二話『蹉跌さてつ』 >>163-189 >>192-205
第三話『結実けつじつ』 >>206-234

†第五章†──淋漓たる終焉

第一話『前兆ぜんちょう』 >>235-268 >>270-275
第二話『欺瞞ぎまん』 >>276-331
第三話『永訣えいけつ』 >>332-342
第四話『瓦解がかい』 >>343-381
第五話『隠匿いんとく』 >>382-403

†終章†『黎明れいめい』 >>404-405

†あとがき† >>406

作者の自己満足あとがき >>407-411

……………………

基本的にイラストはTwitterにあげておりますので、もし見たい!って方がいらっしゃいましたらこちらにお願いします。→@icicles_fantasy

……………………


【完結作品】
・〜闇の系譜〜(ミストリア編)《複ファ》
ミストリアの次期召喚師、ファフリの物語。
国を追われ、ミストリアの在り方を目の当たりにした彼女は、何を思い、決断するのか。

・〜闇の系譜〜(サーフェリア編)上《複ファ》
サーフェリアの次期召喚師、ルーフェンを巡る物語。
運命に翻弄されながらも、召喚師としての生に抗い続けた彼の存在は、やがて、サーフェリアの歴史を大きく変えることとなる──。

・〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下《複ファ》
三街による統治体制を敷き、サーフェリアを背負うこととなったサミルとルーフェン。
新たな時代の流れの陰で、揺れ動くものとは──。

【現在の執筆もの】

・〜闇の系譜〜(外伝)《複ファ》
完全に狐の遊び場。〜闇の系譜〜の小話を載せております。

・〜闇の系譜〜(アルファノル編)《複ファ》
ミストリア編後の物語。
闇精霊の統治者、エイリーンとの繋がりを明かし、突如姿を消したルーフェン。
召喚師一族への不信感が一層強まる中、トワリスは、ルーフェンの後を追うことを決意するが……。
憎悪と怨恨に染まった、アルファノル盛衰の真実とは──?

【執筆予定のもの】

・〜闇の系譜〜(ツインテルグ編)《複ファ》
アルファノル編後の物語。
世界の流転を見守るツインテルグの召喚師、グレアフォール。
彼の娘である精霊族のビビは、ある日、サーフェリアから来たという不思議な青年、アーヴィスに出会うが……。




……お客様……

和花。さん
友桃さん
マルキ・ド・サドさん
ヨモツカミさん


【お知らせ】
・ミストリア編が、2014年の冬の大会で次点頂きました!
・サーフェリア編・上が、2016年の夏の大会で銅賞を頂きました!
・2017年8月18日、ミストリア編が完結しました!
・ミストリア編が2017年夏の大会で金賞を頂きました!
・サーフェリア編・上が、2017年冬の大会で次点頂きました!
・2018年2月18日、サーフェリア編・上が完結しました!
・サーフェリア編・下が、2019年夏の大会で銀賞頂きました!
・外伝が、2019年冬の大会で銅賞頂きました!
・サーフェリア編・下が、2020年夏の大会で銀賞頂きました!
・サーフェリア編・下が、2020年冬の大会で金賞頂きました!
いつも応援して下さってる方、ありがとうございます(*^▽^*)

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下 ( No.249 )
日時: 2020/05/16 16:07
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: 8NNPr/ZQ)

 ひとしきり笑い終えると、ルーフェンは、険しい顔つきで立っているトワリスを見上げた。

「可愛い女の子に迫られるなんて羨ましい……と言いたいところではあるけど、城館まで来られちゃうのは、確かに困るね。ハインツくんの好みの女の子は、慎ましくて淑やかな子だって、リリアナちゃんに伝えてみたら? そうしたら、少しは大人しくなるかもよ。実際ハインツくんは、強引に迫られたら萎縮しちゃうだろうし」

 ルーフェンの提案に、トワリスが、なるほどと頷く。
そのまま、トワリスがじっと顔を見つめてくるので、ルーフェンは首を傾げた。

「どうかした?」

「あ、いえ……」

 トワリスは、首を振ってから、辿々しい口調で尋ねた。

「召喚師様とハインツって、仲良いですけど、いつからお知り合いなのかな……と思いまして。私が昔、屋敷にお世話になっていたときは、まだハインツはいなかったですよね? 他のリオット族は、商会で働いているとお聞きしたので、どうしてハインツだけ城館にいるのかな、と……」
 
 言いながら、ルーフェンの表情を伺う。
聞いて良いものなのかどうか分からず、今まで黙っていたが、本当は、ずっと気になっていたことだった。

 ルーフェンは、ハインツのことを、まるで側近のように連れていることが多かった。
リオット族は、ルーフェン自らが王都に引き入れた一族だから、信頼できるという理由で、手元に置いているのは分かる。
しかしハインツは、一族由来の地の魔術は使えても、言ってしまえば、魔導師団に所属しているわけでもない、ただの一般人だ。
事務官としての教養があるわけでもなさそうだし、加えて、あの気弱な性格とくれば、お世辞にも、城館仕えの魔導師に向いているとは言えない。
何故ルーフェンが、彼をそばに置いているのか、常々不思議に思っていたのだ。

 もし特別な理由があるのだとしたら、聞かない方が良いだろうかと躊躇っていたが、ルーフェンは、あっけらかんと答えた。

「ハインツくんと知り合ったのは、俺がノーラデュースに行った時だから、えーっと……六年くらい前かな。でもしばらくは、リオット病の治療で病院にいたから、城館に来たのは最近だよ。俺が誘ったんだ。彼は商会にいるより、俺たちの近くで、魔導師の仕事をしていた方が良さそうだったから」

 ルーフェンの言葉に、トワリスは瞬いた。
魔導師の仕事をしていた方が良さそう、ということは、つまり、魔導師としての適性がある、という意味だろうか。
ここ数日のハインツを見る限り、決してそうは思えなかったが、ルーフェンが言うのだから、彼には特殊な才能があるのかもしれない。

 トワリスの疑問を汲み取ったのか、ルーフェンは眉をあげた。

「ハインツくんに、魔導師は向いてないと思う?」

 そう問われて、はっと顔をあげる。
嫌味な言い方になってしまっていたかと、慌てて首を横に振ると、トワリスは否定した。

「い、いえ、すみません。そういう意味じゃないんです。ただ、彼はなんというか……控えめな性格みたいなので、魔導師として城館にいるのが、ちょっと意外で」

 慎重に言葉を選びながら告げると、ルーフェンは苦笑した。
それから、つかの間考え込むように目を伏せて、呟くように言った。

「まあ、向いてるか向いてないかで言ったら、向いてないよね。俺も、ハインツくんの希望次第では、無理にこの城館に留まるよう言うつもりはないんだ。彼には、日がな石細工でも作っていられるような、のんびりした生活のほうが合ってると思うし」

「……石細工?」

 トワリスが聞き返すと、ルーフェンは頷いた。

「そう。ハインツくん、ああ見えて器用なんだよ。石をうまい具合に削ったり、形を変えたりして、花とか生き物とか作るの。初めて見たときは、びっくりしたなぁ。……俺がアーベリトに呼んでからは、作らなくなっちゃったんだけどね」

 言い終えると、ルーフェンは、少し困ったように眉を下げた。
まるで、ハインツを城館仕えにしたことを、後悔しているような言い方であった。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下 ( No.250 )
日時: 2020/05/11 19:02
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: 8NNPr/ZQ)




 トワリスが返事に迷っていると、ルーフェンが、見かねたように話題を変えた。

「そういえば、街境の擁壁の件だっけ? トワリスちゃんが、手伝いに行きたいって言ってたやつ」

「あっ、はい。そうです」

 勢いよく答えて、トワリスが首肯する。
なんとなく、話しやすいルーフェンからハインツの情報を聞き出してしまったが、本人のいないところでこそこそと尋ねるのは、やはり気が引ける。
ルーフェンも、あまり踏み込んだ内容は教えてくれないだろうし、そもそも軽い気持ちで聞くべき話ではないだろう。
話題を変えてくれて良かったのかもしれないと、内心安堵しながら、トワリスは、店でのラッカとのやり取りを、ルーフェンに説明した。

「特別作業人数が少ないというわけではありませんし、もし他に火急の案件があるなら、そちらが優先で構いません。ただ、ラッカさんたちに頼んでいた擁壁の解体は、居住区拡大のための、言わば勅令ですよね? だったら、誰かしら城館勤めの人間を同行させたほうが、作業的にも効率が良いですし、指示の行き違いも少なくて済むと思うんです。今のところ、異動してきたばかりで、一番手隙の私が向かうのが妥当かと思いますが、リオット族のほうがこういった現場作業に向いてるということであれば、ハインツでも良いです。他に適任の魔導師がいれば、誰でも問題ありません。……どうでしょうか?」

 手元に用意していたアーベリトの地図を広げ、市街地とリラの森との境を示しながら、トワリスは言った。
ルーフェンは、しばらく黙って、トワリスの話を聞いていたが、やがて、微かに目を細めると、答えた。

「うーん……ただここ、解体作業自体は終わってて、以降の作業は、急ぎではないんだよね。居住区拡大とは言っても、次の予定がはっきり決まってるわけじゃないし、どちらかというと、擁壁の老朽化が理由で解体をお願いしてたんだ。行ってみれば分かると思うけど、ここ、大した高低差ないし、単に昔の名残で、崩れかけの擁壁が残っていただけなんだろうね」

「えっ、そうなんですか?」

 目を見開いたトワリスに、ルーフェンが頷く。
市街地の輪郭をなぞるように、地図上で指を動かしながら、ルーフェンは続けた。

「ここ数年で、アーベリトへの移住希望者が急増したから、居住区を広げたけど、正直、これ以上増やしたくはないんだ。分かってると思うけど、現状統治権は、アーベリト、シュベルテ、ハーフェルンの三街で役割分担をして担ってる。難民でも出たって言うなら、アーベリトの出番だけど、最近は内乱も起きてないから、そう多くはないし、単に王都だからっていう理由なら、今後はアーベリトへの移住は基本的に断ろうと思ってるんだ。……って、そう伝えてたんだけど、大工衆の人達、何も言ってなかった?」

「……聞いてないです」

 素直に白状すると、ルーフェンは微苦笑を浮かべた。
「こういう行き違いは、誰かしらを行かせてたら起こってなかったかもね」と、そう付け加えて、肩をすくめる。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下 ( No.251 )
日時: 2020/05/27 16:20
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: 8NNPr/ZQ)


「そもそも、アーベリトが王権を握っていること自体が、一時的なものだしね。混乱を避けるために、中立のアーベリトが王権を預かっただけで、またシュベルテが王都として機能するようになれば、王位は返還する約束だ。誓約上は、シャルシス・カーライルが十五で成人するまで……あと九年も経ったら、王位は返すことになってる。ただ、それもあくまで予定に過ぎない。もっと早まるかもしれないし、後になるかもしれない。そんな状況で、大して財力もないアーベリトを無計画に拡大させていったら、いずれ破綻するのが目に見えてるでしょう? そろそろ今の形で、安定させたいんだ。別に、アーベリト単独でサーフェリアを統治しようなんて、そんな野望はないからね」

 明るい声音で言って、ルーフェンはトワリスを見る。
トワリスは、真剣な表情で聞きながら、今度はサーフェリアの全体図を広げた。

「そこまで決まっているなら尚更、作業は急ぐべきではないですか? 擁壁の件は保留にするにしても、規模を現状で留めるなら、次は防御を固めないといけません。アーベリトは特に、魔導師の数も自警団員の数も足りていなくて、警備に回せる人数が少ないですから、今ある城郭に加えて外郭を増やすとか、少人数でも守り通せる緊急時の体制を整えるべきです。お金はかかるかもしれませんが、幸い、リオット族の力も借りられますし、アーベリトの面積であれば、二重、三重と外郭を増築しても、そう時間はかからないと思います。検問所の設置とか、他にも手はありますが、その程度では、真っ向からぶつかられた時に避難することしかできません。とにかく、何かしら対策をとらないと、今のアーベリトは、あまりにも……」

「……手薄、だよね?」

 言いづらそうに口ごもったトワリスの言葉を、ルーフェンが拾った。
トワリスとて、アーベリトに来たばかりの身の上で、はっきりと王都の脆弱性を口に出すのは、躊躇っていたのだろう。
申し訳なさそうに頷いたトワリスに、ルーフェンは目尻を下げた。

「そう思うのも仕方がないよ、事実だしね。軍事においては、シュベルテと比べると特に、アーベリトは情けなるくらいの弱小都市だもん」

「いや、そんなあっさり認めるのもどうかと思いますが……」

 事の重大性を全く理解していないような、明るい口調のルーフェンに、トワリスが眉を寄せる。
ルーフェンは、引き出しから取り出した羽ペンを、くるりと指先で回して持ち変えると、地図上のアーベリトを示した。

「でも、アーベリトの壁を増やすことはしない。理由は単純、それほど意味がないから」

「意味がない……?」

 怪訝そうな顔で、トワリスが聞き返す。
ルーフェンは、地図上のシュベルテやハーフェルンを順に示して、言い募った。

「トワリスちゃんの言う通り、周辺が陸続きの都市なら、高い外郭の建造をすることで、守りを固められる。ただアーベリトの場合は、地形的にほぼ無意味なんだ。周辺に山が多いからね。特に南側なんかは、切り立った山ばっかりだし、東側の山は大して険しくないけど、そこを越えた先が海。警戒しなくて良いわけじゃないけど、侵入経路としてこの二方向が選ばれる可能性は低いし、選ばれたところで、大規模な奇襲はまず仕掛けられない。北西に広がるリラの森は、舗装された道も通ってるくらいだし、脅威になるような深さはないけれど、その先の北側にはハーフェルン、西側にはシュベルテが位置している。つまり、アーベリトを狙うなら、まずはこの二大都市を潰さなきゃいけないってこと。でも、ここら一帯は、シュベルテの魔導師団が常に厳戒体制を敷いているだろう? それすら打ち破って、アーベリトまで侵攻できる勢力なんて、今のサーフェリアには存在しないよ。まあ、シュベルテが裏切ったら、話は別だけどね。そうなったらそうなったで、アーベリトなんて、外郭の有無に関係なく、あっという間に滅んじゃうだろうし」
 
 さらっと恐ろしい仮定を口にしながら、ルーフェンは、からからと笑った。
不吉な冗談に、トワリスは全く笑えなかったが、シュベルテの一部の人々が、アーベリトに対して不満を持っていることは、ルーフェンも知っているのだろう。
他所からの人員の移入、とりわけ軍部の人間をほとんどアーベリトに入れていないあたり、ルーフェンの他街への警戒心は、聞かずとも高いことが分かる。
だからこそ、アーベリトは人手不足に悩まされているわけだが、そんなルーフェンの考えも理解できていたので、ハーフェルンのようにシュベルテから魔導師を引き入れましょうと、安易に提案することはできなかった。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下 ( No.252 )
日時: 2020/05/15 18:49
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: 8NNPr/ZQ)



 ルーフェンの説明を聞きながら、トワリスは、アーベリトの地図に視線を戻した。

「だったら、外壁を増やす以外に、対策を考えないといけませんね。何にせよ、今のアーベリトは、東西の市門に二名ずつと、あとは交代で、自警団員を巡回させているだけじゃないですか。これじゃあ、何か起きたときに対応できる人数が少なすぎて、心許ないです。侵入者に気づいたところで、対抗できなければ意味がありません。せめて、巡回人数を増やして、応援要請があったらすぐに集まれるようにするとか……」

 考え込むように俯いたトワリスに、ルーフェンは、平然と答えた。

「ああ、それなら、皆に移動陣を使ってもらおうと思ってるんだよね」

「……はい?」

 耳を疑う内容に、トワリスは瞠目した。
移動陣とは、陣から陣へと瞬間移動できる魔法陣のことだが、これは、使うと膨大な魔力を消費するため、魔導師の多いシュベルテでも、ほとんど使われない特殊な魔術だ。
トワリスも、ハーフェルンからアーベリトに来るまでの道中で、初めて使ったが、ルーフェンがいなければ、魔力量が足りなくて使えなかった。
それを今、ルーフェンは、魔導師でもないアーベリトの自警団員に使ってもらおうと言ったのだ。

 トワリスは、意味が分からないといった様子で、首を捻った。

「いや、無理ですよ。自警団の方々は魔術が使えませんし、魔導師でも、一人じゃ魔力が足りないので出来ません。そもそも、アーベリトの移動陣って、リラの森に一ヶ所しかないでしょう。市内でどうやって使うんですか?」

 ルーフェンは、手元にあった書類を適当に選びとると、その裏に、羽ペンで移動陣を描き出した。

「俺なら、新しく移動陣を敷けるよ。といっても、昔に一度、サミルさんの魔力を目印に試しただけなんだけどさ。俺が描いた移動陣を皆に渡して、あとは使い方さえ理解してもらえれば、俺の魔力依存で、行使が可能になると思うんだよね。ほら、魔法具とか、ものによっては、使用者が制作者本人じゃなくても使えるでしょう? それを使うのと、同じような感覚かな。リオット族と鉱物資源の移送で、移動陣は散々使ってるし、少し応用すれば、上手くいくと思うんだ。ちょっと特殊な使い方をすることになるし、非常時以外に何度も使われたら、流石に俺も倒れるけど……。でも、これがあれば、魔力の有無に関係なく、誰でも一人で移動陣を使えるようになるよ」

 そう言いながら、ルーフェンは、ぺらりと一枚、書類を手渡してくる。
その裏に描かれた、流麗な筆跡──移動陣を見て、トワリスは、全身に鳥肌が立つのを覚えた。

 ルーフェンは、召喚師なのだ。
勿論、そんなことは分かっていたが、今になって、改めてそのことを突きつけられたような気がした。
シュベルテの魔導師団には、多くの優れた魔導師がいたし、最前線で活躍する者の中には、歴史に名を残すような功労者もいた。
それでも、彼らが競う強力さとは“魔術をいかに使うか”であって、それらはあくまで、既存の枠内に収まることだ。
ルーフェンのように、従来とは違う使い方をしようなんて主張する者は、ほとんど見たことがなかった。
言い換えれば、新たな魔術を創造できるような存在こそが、召喚師なのかもしれない。

 トワリスの心境とは裏腹に、ルーフェンは、軽い口調で続けた。

「同じ人数でも、分散させると心許ないけど、移動陣があれば、どこにいたって一瞬でその場に駆けつけられるから、戦力を集中できるでしょう? しかも、俺の魔力依存だから、移動陣が使われた時点で、緊急時だってことが俺にも伝わる。今後移民を制限するなら、この城館と同じように、街全体に結界を張ってしまうのも手だけど、それだと、俺の不在時にアーベリトに誰も出入りできなくなるから、いくらなんでも、それは現実的じゃない。となると、皆の協力が必要にはなるけど、やっぱり移動陣が一番使いやすいと思うんだよね」

「…………」

 トワリスが答えずにいると、ルーフェンが首を傾げて、顔を覗き込んできた。

「……大丈夫? 他にも、何か心配ごとある?」

 問われて、はっと我に返る。
トワリスは、焦ったように首を振ると、渡された移動陣に目を落とした。

「……い、いえ、すごいと思います。私なんかじゃ、こんな案、絶対に考えられませんし……」

 思いがけず、卑屈な返答が口から飛び出して、トワリスは後悔した。
ルーフェンは、解決策を提示してくれただけなのに、これではまるで、トワリスが聞くだけ聞いて、勝手にいじけているようである。
しかし実際、ルーフェンの話を聞いていて、トワリスの心の内に芽生えたのは、感嘆よりも大きな不安であった。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下 ( No.253 )
日時: 2020/05/17 18:48
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: 8NNPr/ZQ)



 つかの間沈黙して、トワリスは、戸惑ったように俯いた。

「……ただ、それでいいのかな、と」

 ルーフェンが、不思議そうに瞬く。
その表情に、不快の色はなく、ルーフェンはただ、トワリスの真意が掴めずにいるだけのようだった。

 トワリスは、躊躇いがちに口を開いた。

「街全体に結界を張ろうとか、新しく移動陣を敷こうとか、そんなの、召喚師様だから出来ることじゃないですか。そんな規格外の案を出されると、私達は何も出来なくなってしまうというか……。失礼を承知で申し上げますが、アーベリトの自警団員の皆さんは、王都を守ってるんだっていう自覚が足りないと思うんです。別に、今の和やかな雰囲気が悪いってわけじゃないですけど、あまりにも危機感がないですし、はっきり言ってたるんでます。この手薄な警備体制に誰も疑問を持っていないみたいだし、警備中や巡回中ものんびりお喋りしてて、緊張感がまるでありません。その上、部屋も汚いし、食事もまともに作れないし、物も開けっぱなし置きっぱなしで、なんていうか、そういうだらけた空気が、この城館全体ににじみ出てるんです。私、アーベリトに戻ってきたとき、びっくりしたんですよ。城館が汚くて……」

「後半は関係ない気がするけど、なんかごめんね」

 あまり偉そうなことを言うべきではないと自制していたが、愚痴をこぼしている内に、口が止まらなくなった。
いつの間にか前のめりになって、ルーフェンに詰め寄っていたことに気づくと、トワリスは、拳を握りしめて、ゆっくりと身を戻した。

「……最初は、昔と変わってなくて良かったって思いましたけど、よく考えたら、五年も経ってるんですよ。むしろ、変わるべきじゃないですか。警備体制のことだって、本来なら、実際に任務につく自警団員の皆で考えないといけないことなのに、そんなこと、話題にすら出ず、結局全部召喚師様任せで……。こんなことで、本当にいいのかなって。……すみません。並ぶような代替案も出せないくせに、偉そうなことを言って……」

 ルーフェンから目線をそらして、うつむく。
アーベリトに来てから、蓄積していたものが、ぽろぽろとトワリスの口をついて出た。
ハーフェルンでは、乳母よりうるさいとロゼッタに注意されたくらいだし、トワリスだって、新参の分際で小言を言うなんて、生意気な真似はしたくない。
しかし、先程までの、まるで全てを請け負っているようなルーフェンの言葉の数々を聞いて、我慢していた不満が、つい爆発してしまった。
きっと誰かが言ってやらねば、アーベリトの平和ボケは治らないのだ。

 不満げに眉を寄せるトワリスを、ルーフェンは、しばらくじっと見つめていた。
だが、ややあって苦笑すると、肩をすくめた。

「……まあ、分かるよ、トワリスちゃんの気持ちは。俺も昔は、王都がこんな呑気でいいのかなぁって、少し焦ったし」

 同調しながらも、その口調は、トワリスをなだめるように落ち着き払っている。
目を伏せると、ルーフェンは、静かに続けた。

「だけど、その穏やかさが、アーベリトの良さでもあるんだよ。分厚い外郭が何重にも立ち並んで、武装した人間が道を闊歩しているような……そういう息苦しい空間を王都だというなら、俺はそんなもの、アーベリトに望んでない。王都になったからといって、今まで保ってきた平穏さを、捨てる必要はないんだよ」

 ルーフェンの瞳に、ふと、柔らかな光が浮かぶ。
その目を見た瞬間、トワリスは、何も言えなくなってしまった。
他でもないルーフェンが、アーベリトの現状を、これで良いと思っている。
トワリスは、そう確信した。


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