複雑・ファジー小説

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〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下【完結】
日時: 2022/05/29 21:21
名前: 銀竹 (ID: iqu/zy5k)
参照: https://www.kakiko.cc/novel/novel6/index.cgi?mode=view&no=18825

いつもありがとうございます。
闇の系譜シリーズは、四作目のアルファノル編以降、別サイトに移動しております。
詳しくはアルファノル編のスレにて!
………………

 人々の安寧を願ったサーフェリアの前国王、サミル・レーシアス。
彼の興した旧王都──アーベリトは、わずか七年でその歴史に幕を閉じることとなった。

 後に『アーベリトの死神』と称される、召喚師ルーフェンの思いとは……?

………………

 はじめまして、あるいはこんにちは!銀竹と申します。

 本作は、銀竹による創作小説〜闇の系譜〜の二作目の後編です。
サーフェリア編がかなり長くなりそうだったので、スレを上・下と分けさせて頂く事にしました。
一部残酷な表現などありますので、苦手な方がいらっしゃいましたらご注意下さい。

 今回は、サーフェリア編・上の続編となっております。
サーフェリア編・上の知識がないと通じない部分も出てきてしまうと思いますが、伏線以外は極力分かりやすく補足して、進めていきたいと考えています(上記URLはサーフェリア編・上です)。

〜闇の系譜〜シリーズの順番としては
ミストリア編(上記URLの最後の番号五桁が16085)
サーフェリア編・上(17224)
サーフェリア編・下(19508)
アルファノル編(18825)
ツインテルグ編
となっております。
外伝はどのタイミングでも大丈夫です(16159)。
よろしくお願いいたします!

…………………………

ぜーんぶ一気に読みたい方→ >>1-430

〜目次〜

†登場人物(第三章〜終章)† >>1←随時更新中……。

†用語解説† >>2←随時更新中……。

†第三章†──人と獣の少女

第一話『籠鳥ろうちょう』 >>3-8 >>11-36
第二話『憧憬どうけい』 >>37-64
第三話『進展しんてん』 >>65-98

†第四章†──理に触れる者

第一話『禁忌きんき』 >>99-150 >>153-162
第二話『蹉跌さてつ』 >>163-189 >>192-205
第三話『結実けつじつ』 >>206-234

†第五章†──淋漓たる終焉

第一話『前兆ぜんちょう』 >>235-268 >>270-275
第二話『欺瞞ぎまん』 >>276-331
第三話『永訣えいけつ』 >>332-342
第四話『瓦解がかい』 >>343-381
第五話『隠匿いんとく』 >>382-403

†終章†『黎明れいめい』 >>404-405

†あとがき† >>406

作者の自己満足あとがき >>407-411

……………………

基本的にイラストはTwitterにあげておりますので、もし見たい!って方がいらっしゃいましたらこちらにお願いします。→@icicles_fantasy

……………………


【完結作品】
・〜闇の系譜〜(ミストリア編)《複ファ》
ミストリアの次期召喚師、ファフリの物語。
国を追われ、ミストリアの在り方を目の当たりにした彼女は、何を思い、決断するのか。

・〜闇の系譜〜(サーフェリア編)上《複ファ》
サーフェリアの次期召喚師、ルーフェンを巡る物語。
運命に翻弄されながらも、召喚師としての生に抗い続けた彼の存在は、やがて、サーフェリアの歴史を大きく変えることとなる──。

・〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下《複ファ》
三街による統治体制を敷き、サーフェリアを背負うこととなったサミルとルーフェン。
新たな時代の流れの陰で、揺れ動くものとは──。

【現在の執筆もの】

・〜闇の系譜〜(外伝)《複ファ》
完全に狐の遊び場。〜闇の系譜〜の小話を載せております。

・〜闇の系譜〜(アルファノル編)《複ファ》
ミストリア編後の物語。
闇精霊の統治者、エイリーンとの繋がりを明かし、突如姿を消したルーフェン。
召喚師一族への不信感が一層強まる中、トワリスは、ルーフェンの後を追うことを決意するが……。
憎悪と怨恨に染まった、アルファノル盛衰の真実とは──?

【執筆予定のもの】

・〜闇の系譜〜(ツインテルグ編)《複ファ》
アルファノル編後の物語。
世界の流転を見守るツインテルグの召喚師、グレアフォール。
彼の娘である精霊族のビビは、ある日、サーフェリアから来たという不思議な青年、アーヴィスに出会うが……。




……お客様……

和花。さん
友桃さん
マルキ・ド・サドさん
ヨモツカミさん


【お知らせ】
・ミストリア編が、2014年の冬の大会で次点頂きました!
・サーフェリア編・上が、2016年の夏の大会で銅賞を頂きました!
・2017年8月18日、ミストリア編が完結しました!
・ミストリア編が2017年夏の大会で金賞を頂きました!
・サーフェリア編・上が、2017年冬の大会で次点頂きました!
・2018年2月18日、サーフェリア編・上が完結しました!
・サーフェリア編・下が、2019年夏の大会で銀賞頂きました!
・外伝が、2019年冬の大会で銅賞頂きました!
・サーフェリア編・下が、2020年夏の大会で銀賞頂きました!
・サーフェリア編・下が、2020年冬の大会で金賞頂きました!
いつも応援して下さってる方、ありがとうございます(*^▽^*)

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下 ( No.339 )
日時: 2020/12/15 18:53
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: 8NNPr/ZQ)




 窓の外で、しんしんと雪が降っている。
何かに耳を澄ませながら、サミルが、不意に手招きをした。

「……ルーフェン、折角来たのですから、少し、今後の話しませんか」

「…………」

 ルーフェンは、躊躇ったように、横目でサミルの顔を見た。

「……もう、真夜中ですよ。明日、また来ますから、今夜は寝た方が良いんじゃないですか?」

「大丈夫ですよ。日中、ずっと寝ていたので、今は眠くありません」

 柔らかな口調ながら、譲ろうとしないサミルの態度に、ルーフェンは、一つ嘆息する。
ルーフェンが再び寝台に腰かけると、一拍置いて、サミルは口を開いた。

「……シャルシス殿下が、十五で成人するまで、あと七年。私が死んでから、その七年の間は……シルヴィア様に、王位をお譲りしようと思うんです」

 ルーフェンの目が、微かに動く。
何も言わないルーフェンに、サミルは、静かな口調で言い募った。

「セントランスの襲撃により、魔導師団は、大打撃を受けました。シュベルテでは今、旧王家による統治を拒む、反召喚師派のイシュカル教会と、新興騎士団の動きが活発化しています。その動きを沈静化させるためにも、魔導師団の権威を復活させるためにも、君たち召喚師一族の力が必要です。シルヴィア様は、前召喚師であり、前王エルディオ様の第三妃にも当たる方です。王位継承の資格は、十分にあると言えましょう。シルヴィア様が王座に座り、君が召喚師として立ち続ける。そうすれば、来たる王位返還の時までに、シュベルテの傾いた統治体制を、建て直すことができるかもしれません」

「…………」

 ルーフェンは、しばらく俯いたままでいた。
だが、やがて皮肉るような笑みを溢すと、サミルのほうを見ずに言った。

「……なるほど。だから、あの女をアーベリトに置いて、仲直りするように、なんて言い出したんですね?」

 サミルは、首を左右に振った。

「いいえ、逆です。襲撃にて傷を負い、アーベリトに運ばれてきたシルヴィア様のご様子を見て、彼女を次期国王に指名しようと思い付きました。召喚師としての力を失い、シュベルテでの居場所も無くした彼女は、一人、アーベリトの東塔で、静かに過ごしています。……それこそ、今の私のようにね」

「…………」

「以前も言った通り、彼女には、もう何も残っていません。王座についても、実権を握っているのが君であれば、策謀さくぼうすることなどできないでしょう。……あと七年です。たった七年、シルヴィア様のお名前を、お借りするだけで良い」

 振り向くと、ルーフェンは、サミルのことをきつく睨み付けた。
二人はそうして、しばらく見つめ合っていたが、やがてルーフェンは、その顔つきを崩すと、掠れた声を出した。

「……ひどいですよ、サミルさん。七年前、あの女が息子たちを殺してまで王座につこうとしていたこと、忘れたんですか? シュベルテの王宮から、俺を連れ出してくれたのは、他でもないサミルさんじゃないですか。その貴方が、俺に、もう一度あの日々に戻れと言うんですか……?」

 紡ぎだした語尾が、か細く震える。
懇願するように、ルーフェンがしなだれると、サミルは、囁くように問うた。

「……そんなにも嫌ですか? 自分の、母君の隣に立つことが」

「嫌です。あの人は、俺の母親じゃありません」

「…………」

 サミルは、深くため息をつく。
それから、一転して口調を和らげると、なだめるように告げた。

「……では、この件は、シルヴィア様と話し合って決めるといいですよ。じっくり話してみて、シルヴィア様と君が、王と召喚師という関係を築けそうだと思ったら、実際に試してみると良いでしょう」

 ルーフェンは、乾いた笑みをこぼした。

「なに言ってるんですか……。話し合いなんてしたところで、俺達には、決定権がありません。現国王の貴方が言うなら、拒否することは出来ないんですよ」

 投げやりな言い方をして、ルーフェンはもう一度首を振る。
一呼吸分、間を置いてから、サミルは、あっけらかんと答えた。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下 ( No.340 )
日時: 2020/12/16 19:16
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: 8NNPr/ZQ)



「問題ありませんよ。私、トワリスに渡した遺書には、次期国王はシルヴィア様にします、なんて、一言も書いていませんから」

「…………は?」

 がばっと顔をあげたルーフェンが、ぱちぱちと瞬く。
滅多に見ない、ルーフェンの面食らった表情に、サミルは、ぷっと吹き出した。

「遺書には、三街分権さんがいぶんけんの意を記しておきました。要は、今までの協力関係を一度解消して、私が王座につく前の、元の統治体制に戻す、ということですね。……ハーフェルンは問題ないでしょうし、アーベリトも、この数年で随分整ったので、もう私がいなくても大丈夫でしょう。シュベルテは、このままだと新興騎士団が台頭して、反召喚師派の動きが一層強まるでしょうが……そうなったらそうなったで、君はずっと、アーベリトに住めばいい。召喚師一族を排除しようと言うなら、そんな街には、帰らなければいい話です。まあ、そうなると、カーライル王家を裏切ったことになるので、私は最低最悪の愚王として、歴史書に名を残すことになるでしょうが……」

 とんでもないことを、あっさりと口にするサミルを、ルーフェンは、ぽかんと見つめていた。
理解が追い付かない。ただ、上手くはめられた気がする。
まさに、そんな顔つきである。

 ルーフェンは、詰めていた息を、長々と吐き出した。

「……サミルさんって、爽やかな顔して、たまに大胆なことを言い始めますよね。それ、心臓に悪いので、やめてください。由緒あるカーライル一族が没したら、それこそ、サーフェリア全体が立ち行かなくなりますよ」

 サミルは、泰然たいぜんと微笑んだ。

「君に言われたくありませんね。……なに、そうなったら、その時はその時ですよ。知ったこっちゃありません。私、これでも結構怒ってるんです。アーベリトのことを追い詰めたカーライル一族にも、兄を殺したシルヴィア様にも。今後絶対に、許す気はないと決めています。……でも、君はそうじゃないのでしょう? 言ったはずです。君は、ずっとシルヴィア様のことを気に掛けている」

「…………」

 銀の瞳の奥で、不安定な光が揺れている。
サミルをじっと見つめ、一度目を閉じると、ルーフェンは、再び下を向いた。

「……そんなこと言われても……今更どうやって話しかければいいのか、分からないんです。俺はもう……あの女に関わりたくない」

 サミルは、ルーフェンの肩に手を置いた。

「だから、王位継承の件を理由に、一度訪ねてみれば良いんですよ。君はずっと、シルヴィア様に囚われて、その影に怯えている。もう、時間は十分空けました。関わりたくないからといって、逃げ続ければ、永遠にこのままです」

 ルーフェンは、ぴくりと片眉を動かした。

「……もしかして、さっきあの女を次期国王に、とかなんとか言ったのは、話題提供のための冗談ですか?」

「いえ、半分は本気ですよ。実際、シルヴィア様が次期国王になったら、シュベルテの建て直しが上手くいきそうですし。……でも、そうですね。もう半分は、話題提供です。だって君、今日はいい天気ですねって笑いながら、シルヴィア様に話しかけられないでしょう」

「……随分と規模の大きい洒落ですね」

 低めた声で突っ込みを入れて、ルーフェンは、半目になった。
サミルは、にこにこと力の抜けるような笑みを浮かべている。
感化されて、肩の力を抜いていくと、ルーフェンは、ぽつりと呟いた。

「……多分、話したら……分かり合えてしまうんです。俺たちは、唯一、同じ境遇に生まれた、親子だから……」

「はい」

 落ち着いた声で返事をして、サミルが頷く。
ルーフェンは、同じ言葉を繰り返した。

「きっと、痛いほど、気持ちが分かってしまうんです。……でも、分かっちゃいけない。あの女がしてきたことを、許すわけにはいきません。俺は、ずっと、あの女を憎んでいたいんです……」

 サミルは、どこか悲しげに、口元を綻ばせた。

「それならそれで、良いんですよ。今になって、無理に親子らしくしろと言っているわけではありません。ですが、嫌いだ、嫌いだと言っているだけでは、何も変わりません。話してみて、やっぱり無理だと再認識したら、今度こそ、はっきりと決別すればいい。そうしたら、今よりも胸の内が軽くなるはずです」

「…………」

 サミルは、ルーフェンの頭に手を伸ばした。
弱々しい力だったので、ルーフェンが自分から身体を傾けると、サミルは、嬉しそうに目元を緩ませて、その頭を肩口に引き寄せた。

「……大丈夫、ルーフェンならできますよ。今まで、いろんなことがありましたが、なんだかんだで、君の心根は優しいままです。……真っ直ぐ生きてください。私はいつでも、君の味方ですよ」

「…………」

 胸が、詰まった。
それは、ルーフェンが八歳の頃、初めてサミルと出会い、そして、別れた時にかけられた言葉であった。

 サミルの手が、優しく、ルーフェンの頭を撫でつける。
込み上げてきたものを、懸命に堪えて、ルーフェンは何度も瞬いていた。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下 ( No.341 )
日時: 2020/12/18 19:00
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: 8NNPr/ZQ)



 ゆっくりと、しかし着実に、時間は流れていった。

 やがて、自力で寝台から起き上がれなくなると、サミルは、自分の死期が近いことを、城館仕えの者たちに告げた。
王の私室には、相変わらず、入れ替わり立ち替わりで人が訪れる。
しかしサミルは、以前のように話せなくなり、日を追うごとに、口数も少なくなっていった。
来客たちは、眠る時間が長くなったサミルの顔を見ると、話はせずに、寂しそうに挨拶だけをして、帰っていくのであった。

 降ったり、止んだりを繰り返していた灰雪はいゆきは、年が明ける頃に、三日三晩降り続けた。
ふわり、ふわりと雪が舞って、世界を白銀に染め上げていく。
日中は、はしゃぐ子供たちの声で賑わうアーベリトの街も、夜になると、深々しんしんと静まり返る。
まるで、雪が街の喧騒を吸い込んだかのようなその静寂は、どこか不気味で、心にしまいこんでいた不安を、沸々とよぎらせるのであった。



『──大丈夫、夢ですよ。怖いことはありません』

 不意に、温かな手に頭を撫でられたような気がして、ルーフェンは、微睡みから浮上した。
目を開けると、暗闇で揺れる暖炉の炎が、ぼんやりと視界に入る。

(……夢、か)

 固い椅子の上で身動ぐと、ルーフェンは、傍らで眠るサミルを見つめた。
ここ最近、仕事を終えると、サミルの寝台の側に座って、朝まで微睡むのが、ルーフェンの日課になっていた。
サミルは大抵眠っていたが、それで良かった。
言葉を交せば、サミルが満足して、どこかへ去っていってしまいそうな気がしていたからだ。

 立ち上がると、ルーフェンは、白く曇った窓へと手を伸ばした。
夜明けが近いのだろう。
闇色一色だった窓の外が、わずかに薄明はくめいを帯びている。
窓を開けると、澄んだ冬の空気が流れ込んできて、枠に積もっていた雪が、ぱさぱさと階下に落ちていった。

『──眠ってください。次に起きたときは、きっと楽になれましょう』

 夢の中で聴こえていた、低くて、穏やかな声。
その声が、数々の記憶を呼び起こして、ルーフェンは、そっと目を伏せた。
先程まで見ていたのは、随分と懐かしい夢だ。
サミルと、ルーフェンの間にある、数え切れないほどの思い出であった。

『それでも私は、本当に貴方様の幸せを願っています』

 思えば、いつも雪が降っていた。

『ヘンリ村で見つかった貴方様が、アーベリトに来たとき、まるで、兄の生きた証を見ているようで……』

 サミルと出会った時も、その後も。
アーベリトが、王都になった時も──。

『貴方様がそう望んで下さるならば、是非、ルーフェン様に。アーベリトは、いつでも貴方様を、お迎えします』

──寒い寒い、真っ白な冬のことであった。

「……はい、サミルさん」

 ぽつりと呟いて、苦笑する。
吹き込んだ雪の粒が、肌に触れて、じんわりと溶けていった。

 最初は、ルーフェンが眠っていた。
寝台の上で、衰弱しきったところを助け出され、ただ、どうして良いのか分からず、サミルのことを見上げていた。
それが今は、サミルのほうが臥せって、ルーフェンを見上げている。
そう思うと、息が苦しくて、呼吸もままならなくなった。

 ふと、振り返ると、サミルがこちらを見ていた。
自分も外の景色を見たい、とでも言うように、サミルは、ルーフェンに手を伸ばしてくる。
窓を閉じてから、その手を掴むと、ルーフェンは、骨と皮だけの身体に手を差し入れ、ゆっくりと抱き起こした。

 くるんだ毛布を背もたれに、宮棚との間に挟みこむ。
すると、サミルはそれに寄りかかって、眩しそうに窓の外を見た。

「……もうすぐ、夜が明けますね」

 耳を澄ませて、ようやく聴こえる小さな声。
ルーフェンが、そうですね、と返事をすると、サミルは、途切れ途切れに言った。

「最近は、眠たくて、早起きができなかったので……。今朝は、久々に朝日を拝めそうです」

 ルーフェンは、寝台に腰を下ろした。

「……そんなに見たいものですか? 眠いし、拝んだって眩しいだけでしょう」

 感情を抑えたような声で言うと、サミルは、微苦笑を浮かべた。

「そういえば、兄も……君のお父さんも、昔、似たようなことを言っていましたね」

 一度、そこで言葉を止めて、懐かしそうに目を細める。
まだ、夢の中にいるような朧気な瞳で、サミルは、ぽつぽつと続けた。

「さっき、兄に呼ばれたような気がします。……昨晩は、いい夢を見ました。幼かった頃の君も、出てきましたよ」

「…………」

 ルーフェンは、サミルの方を向いた。
よほどひどい顔をしていたのだろう。
サミルは、ルーフェンを見つめ返すと、微かに目を大きくした。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下 ( No.342 )
日時: 2020/12/19 17:55
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: 8NNPr/ZQ)



 その肩口に額をつけると、ルーフェンは、願うように言った。

「サミルさん、逝かないで下さい……」

 目をつぶって、頭を押し付ける。
サミルは、ルーフェンの背に手を回すと、眉を下げて笑った。

「……君は、一人でいたがる割に、案外寂しがり屋ですね」

 柔らかな銀髪に、すりっと頬を寄せる。
サミルは、ほんの少し腕に力を込めると、優しい声で呟いた。

「ルーフェン。きっと、幸せになるんですよ……」

 細い手が、ゆっくりと背をさする。

「幸せの形は、人それぞれですが……。君は、寂しがり屋だから、素敵なお嫁さんを見つけると、いいですよ」

 あやすように、何度も、何度も。

「家族を作って、もし、子供ができたら、沢山その子と遊んで、成長を見守って……。そうしたら、寂しいと思う間もなく、年をとります。……実子はいませんが、私が、そういう人生でした」

 そう囁いて、幸せを噛み締める。
ルーフェンは、引き留めるように、サミルの背を掴んだ。

「……今更、普通の生活なんて、俺には無理ですよ」

 サミルは、ぽんぽんと、ルーフェンの頭を撫でた。

「ふふ、人生、何が起こるかなんて、誰にも分かりません。五十半ばにもなって、王位についた私が、そう言っているのですから……」

 どこかおかしそうに言って、サミルは吐息をつく。
その弱々しい呼吸音と共に、何かが、こぼれ落ちていく音がした。

 腕が疲れたのか、頭を撫でていた手が、ゆるゆると下がっていく。
ついに、寝台の上に落ちてしまった手を握ると、ルーフェンは顔をあげた。

「……まだですよ。サミルさん」

「…………」

「まだ、夜が明けてません。……さっき、朝日を拝めるって、そう言ってたじゃないですか」

 ゆっくりと、サミルのまぶたが落ちていく。
待って、と追いすがって、ルーフェンは首を振った。

「サミルさん、明日、また迎えに来ますから、外に、朝日を見に行きましょう。俺が背負っていきますよ。窓から見るより、外に出て実際に見る夜明けの方が、きっと綺麗です」

 閉じられた瞼の奥で、微かに瞳が動く。
サミルは、またふふっと笑うと、それは楽しみですね、と呟いた。

 窓の外で、羽毛のような雪が、ふわり、ふわりと舞っている。
微かに唇を動かして、サミルが、ルーフェンの名前を呼んだ。

「──……」

「はい、なんですか」

 静かな夜が、明けていく。
東の空から、金色におぼめく朝の光が昇ってきて、白銀の世界は、きらきらと照り輝いた。

「……サミルさん。なんですか」

 呼び掛けた声に、もう、返事はなかった。

 もう一度、問いかけようとして、ルーフェンは、唇を引き結んだ。
震える喉で、懸命に息を吸う。
それからルーフェンは、握っていた手を、そっと寝台の上に戻した。

 窓から、淡い光が射し込んで、夜の薄闇が、徐々に後退していく。

 背もたれに使っていた毛布を抜き取り、腕でその身体を支えると、ルーフェンは、サミルを寝台に横たえた。
両手をとって、薄い腹の上で重ねる。
朝日に照らされて、くっきりと陰影のついたサミルの顔は、まるで、眠っているかのように安らかで、ルーフェンは、小さく微笑んだ。

「……サミルさん」

 答えがないことを、確かめる。
寝台近くの椅子に座り直すと、ルーフェンは、明るくなった窓の外を見た。

「きっと、サミルさんにとっての俺は、どこまでいっても、“お兄さんの息子”なんでしょうけど……。でも、俺にとっては、貴方が父親でしたよ」

 もう二度と、返事はない。
冷たい額に触れて、その穏やかな寝顔を覗き込むと、ルーフェンは、そっと呟いた。

「……おやすみなさい、お父さん」






──享年六十歳。
人々の安寧を願った、サミル・レーシアスの治世は、わずか七年で、その歴史に幕を閉じることとなった。

 召喚師一族を囲いながら、非戦論を掲げたサミルの政策は、その後、幾度となく批判の的となる。
しかし、彼の時代が、飛躍的な医学発展の礎(いしずえ)となり、また、慈善事業の普及と身分格差撤廃の精神を全土に広げ、国の水準を向上させる基因になったと、そう語る者がいたことも確かであった。

 元は没落貴族の出でありながら、異例の即位を果たしたサミル・レーシアス。
その在位期間の短さと、特殊な経歴故か、彼の名前が、歴史書に大きく載ることはなかった。
だが、後にサーフェリア最後の召喚師となるルーフェンと、サミルが治めたこの時代こそが、世の変貌の先駆けになったと、末代、バジレット・カーライルは手記に遺したと言う。




To be continued....

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下 ( No.343 )
日時: 2021/01/08 11:33
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: r1a3B0XH)

†第五章†──淋漓たる終焉
第四話『瓦解』



 サミルの葬儀には、本人の希望で、親交の深かった者たちだけが集められた。

 棺に入れられ、別れ花に囲まれたサミルを見ても、ルーフェンは、不思議と穏やかな気分であった。
分かりやすく“さりげない”風を装って、様子を伺ってくるトワリスとハインツや、揃いも揃って、鼻水を垂らしながら号泣する自警団の者たちを見ている内に、気持ちに整理がついていたのだろう。
トワリスから受け取った、サミルの遺書を読み終わったときも、よぎったのは、少しの寂しさくらいであった。

 葬儀が終わると、ルーフェンは、他街に宛てて文を書いた。
国王サミル・レーシアスが、病により崩御ほうぎょしたこと。
已むを得ず、約定を破ることになってしまうが、取り急ぎ、シャルシスが成人する王位返還の時までは、分権体制に戻したいということ。
そして──。
そこまで書いて、ルーフェンは筆を置いた。
文を締めくくる前に、ルーフェンには、まだやらなければならないことがあったのだ。

 執務室を出ると、外は相変わらずの銀世界であったが、散々降った雪は、もうすっかり止んでいた。
溶け出した雪が、ぽたぽたと屋根から落ちていく。
その音を聞きながら、ルーフェンが向かったのは、物見の東塔であった。

 物見役の一時休息の場として用意されたその部屋は、元々シルヴィアが暮らしていたシュベルテの離宮に比べれば、あまりにも粗末で質素な造りをしていた。
急遽、前召喚師が療養のために住むというので、サミルは、必要なものがあれば用意すると打診したようだったが、結局シルヴィアは、最低限のもの以外何も欲しがらなかったのだろう。
がらんどうの木造の室内には、寝食するための寝台と食卓があるだけだ。
見晴らしの良い窓の外と、揺れる暖炉の炎以外には、変化するものが何もない。
トワリスが訪れなくなってから、シルヴィアは、そんな退屈な部屋で、日がな一日過ごしているようであった。

「……具合は良くなったんですか」

 開けた扉にもたれかかって、何の前触れもなくルーフェンが問うと、シルヴィアは、寝台に座ったまま振り返った。
長い銀髪が揺れて、感情のない眼差しが、ルーフェンを射抜く。
突然押し掛けてきて、許可も取らず入室してきた息子を、シルヴィアは、驚いた様子もなく見つめていた。

 食卓の椅子を引き寄せ、寝台から少し離れた位置に座ると、ルーフェンは口火を切った。

「貴女に、聞きたいことがあります」

「…………」

 返事の代わりに、シルヴィアは微笑を浮かべる。
相変わらず、何故笑っているのかは分からない。
無機質で温度のない、その凄艶せいえんな微笑みを見ていると、途端に嫌悪感が湧いてくるのは、もはや条件反射だ。

 ルーフェンは、少し間を置いてから、口を開いた。

「ご存知かと思いますが、陛下が亡くなりました。シュベルテとの約定を貫くなら、あと数年、形式的に国王を立てないといけません。……貴女の名前が、候補に上がっています」

「…………」

 シルヴィアの目が、じっとルーフェンを見つめる。
視線をそらさず、見つめ返して返事を待っていると、シルヴィアが、ふっと笑みを深めた。

「ああ、そういうこと。私を、繋ぎの王にしようと。……それが、前王の意思なの?」

ルーフェンは、首を振った。

「いいえ。……ただ、シュベルテの現状を鑑みるに、貴女と俺でこの国の根幹を守れば、教会と新興騎士団の動きを抑制できると考えただけです。サミルさんが、実際にそうと言葉を残したわけではありません」

「……でしょうね。レーシアスの人間は、呆れるほど優しいもの」

 物憂げに呟いて、シルヴィアはため息をつく。
ルーフェンは、苛立たしげに先を促した。

「貴女が拒否をするなら、それで構いません。カーライル公と話して、別の王を立てるか、分権して一時王座を空席にするだけです」

「…………」

 シルヴィアは、ふいと目線を反らすと、窓の外を眺めた。
街の屋根々々やねやねに積もった雪が、日光を反射して、きらきらと輝いている。
雪遊びにはもう飽きてしまったのか、子供たちの声は聞こえず、往来には、立ち働く人々の姿だけが目立っていた。


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