複雑・ファジー小説
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- 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下【完結】
- 日時: 2022/05/29 21:21
- 名前: 銀竹 (ID: iqu/zy5k)
- 参照: https://www.kakiko.cc/novel/novel6/index.cgi?mode=view&no=18825
いつもありがとうございます。
闇の系譜シリーズは、四作目のアルファノル編以降、別サイトに移動しております。
詳しくはアルファノル編のスレにて!
………………
人々の安寧を願ったサーフェリアの前国王、サミル・レーシアス。
彼の興した旧王都──アーベリトは、わずか七年でその歴史に幕を閉じることとなった。
後に『アーベリトの死神』と称される、召喚師ルーフェンの思いとは……?
………………
はじめまして、あるいはこんにちは!銀竹と申します。
本作は、銀竹による創作小説〜闇の系譜〜の二作目の後編です。
サーフェリア編がかなり長くなりそうだったので、スレを上・下と分けさせて頂く事にしました。
一部残酷な表現などありますので、苦手な方がいらっしゃいましたらご注意下さい。
今回は、サーフェリア編・上の続編となっております。
サーフェリア編・上の知識がないと通じない部分も出てきてしまうと思いますが、伏線以外は極力分かりやすく補足して、進めていきたいと考えています(上記URLはサーフェリア編・上です)。
〜闇の系譜〜シリーズの順番としては
ミストリア編(上記URLの最後の番号五桁が16085)
サーフェリア編・上(17224)
サーフェリア編・下(19508)
アルファノル編(18825)
ツインテルグ編
となっております。
外伝はどのタイミングでも大丈夫です(16159)。
よろしくお願いいたします!
…………………………
ぜーんぶ一気に読みたい方→ >>1-430
〜目次〜
†登場人物(第三章〜終章)† >>1←随時更新中……。
†用語解説† >>2←随時更新中……。
†第三章†──人と獣の少女
第一話『籠鳥』 >>3-8 >>11-36
第二話『憧憬』 >>37-64
第三話『進展』 >>65-98
†第四章†──理に触れる者
第一話『禁忌』 >>99-150 >>153-162
第二話『蹉跌』 >>163-189 >>192-205
第三話『結実』 >>206-234
†第五章†──淋漓たる終焉
第一話『前兆』 >>235-268 >>270-275
第二話『欺瞞』 >>276-331
第三話『永訣』 >>332-342
第四話『瓦解』 >>343-381
第五話『隠匿』 >>382-403
†終章†『黎明』 >>404-405
†あとがき† >>406
作者の自己満足あとがき >>407-411
……………………
基本的にイラストはTwitterにあげておりますので、もし見たい!って方がいらっしゃいましたらこちらにお願いします。→@icicles_fantasy
……………………
【完結作品】
・〜闇の系譜〜(ミストリア編)《複ファ》
ミストリアの次期召喚師、ファフリの物語。
国を追われ、ミストリアの在り方を目の当たりにした彼女は、何を思い、決断するのか。
・〜闇の系譜〜(サーフェリア編)上《複ファ》
サーフェリアの次期召喚師、ルーフェンを巡る物語。
運命に翻弄されながらも、召喚師としての生に抗い続けた彼の存在は、やがて、サーフェリアの歴史を大きく変えることとなる──。
・〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下《複ファ》
三街による統治体制を敷き、サーフェリアを背負うこととなったサミルとルーフェン。
新たな時代の流れの陰で、揺れ動くものとは──。
【現在の執筆もの】
・〜闇の系譜〜(外伝)《複ファ》
完全に狐の遊び場。〜闇の系譜〜の小話を載せております。
・〜闇の系譜〜(アルファノル編)《複ファ》
ミストリア編後の物語。
闇精霊の統治者、エイリーンとの繋がりを明かし、突如姿を消したルーフェン。
召喚師一族への不信感が一層強まる中、トワリスは、ルーフェンの後を追うことを決意するが……。
憎悪と怨恨に染まった、アルファノル盛衰の真実とは──?
【執筆予定のもの】
・〜闇の系譜〜(ツインテルグ編)《複ファ》
アルファノル編後の物語。
世界の流転を見守るツインテルグの召喚師、グレアフォール。
彼の娘である精霊族のビビは、ある日、サーフェリアから来たという不思議な青年、アーヴィスに出会うが……。
……お客様……
和花。さん
友桃さん
マルキ・ド・サドさん
ヨモツカミさん
【お知らせ】
・ミストリア編が、2014年の冬の大会で次点頂きました!
・サーフェリア編・上が、2016年の夏の大会で銅賞を頂きました!
・2017年8月18日、ミストリア編が完結しました!
・ミストリア編が2017年夏の大会で金賞を頂きました!
・サーフェリア編・上が、2017年冬の大会で次点頂きました!
・2018年2月18日、サーフェリア編・上が完結しました!
・サーフェリア編・下が、2019年夏の大会で銀賞頂きました!
・外伝が、2019年冬の大会で銅賞頂きました!
・サーフェリア編・下が、2020年夏の大会で銀賞頂きました!
・サーフェリア編・下が、2020年冬の大会で金賞頂きました!
いつも応援して下さってる方、ありがとうございます(*^▽^*)
- Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下【1月完結予定】 ( No.384 )
- 日時: 2021/01/28 19:30
- 名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: r1a3B0XH)
眉をひそめて、バジレットは問うた。
「……何故そこまで、そなたは召喚師でいることを拒むのだ。理由があるなら、申してみよ」
寝台を照らす燭台の炎が、ゆらゆらと揺れる。
本来は日が高い時間帯であったが、外は連日の雨模様で、室内も薄暗かった。
不意に、笑みを消すと、ルーフェンは唇を開いた。
「……カーライル公、貴女にだけは、真実をお話しておこうと思っていました。ですがこれは、決して、誰にも知られてはならないことです。どうか、お人払いをお願いしたい」
そう言って、控えている魔導師たちのほうを一瞥すると、魔導師たちは、さっと顔を強張らせた。
「召喚師様、恐れながら、我々は貴方様から目を離さぬようにと仰せつかっております。この場を去るわけにはいきません」
ルーフェンは、肩をすくめた。
「まあ、そう言われるかとは思ってましたが。街を焼いたような人殺しを信じる気にはなれないでしょうが、誓って、次期国王を傷つけるような暴挙には出ませんよ。信じてもらえませんか?」
「し、信じる信じないの問題ではなく……!」
抗議した魔導師たちを、手をあげて止め、バジレットは、ルーフェンを見た。
しばらくの間、バジレットは、探るようにルーフェンを眺めていたが、ややあって嘆息すると、魔導師たちのほうに振り返った。
「下がれ。私が呼ぶまで、この部屋には誰も近づけるでない」
「閣下!」
目を剥いて、声をあげた魔導師たちが、考え直すようにと言い含める。
しかし、バジレットの意見が変わらないと悟ると、魔導師たちは、渋々寝室を出ていったのであった。
彼らが退室してから、周囲に他の気配がないかを探ると、ルーフェンは、意外そうに眉をあげた。
「……ありがとうございます。寛大なご処置に、感謝いたします」
バジレットは、息をついて答えた。
「御託は良い。知られてはならぬ話とは、一体なんだ」
ルーフェンは、真剣な顔つきになると、同じ言葉を繰り返した。
「……今からお話しすることは、言うなれば、失われていくべき遺物のようなものです。絶対に口外しないと、約束してください。勿論、シャルシス様にも」
念押しされて、バジレットは目を細めた。
内容も聞かぬ内に返事をするのは、躊躇いがあったのだろう。
だが、口外しないと誓うまでは話さない、といったルーフェンの態度に、バジレットは、ややあって首肯した。
ルーフェンは、一度座り直すと、間を置いてから、静かな声で告げた。
「……召喚術は、決して一族特有のものではなく、誰にでも使えるものなのです」
バジレットが、その言葉の真意を探るように、ルーフェンを見つめる。
まだ、事の重大さに、気づいていないのだろう。
ルーフェンは言い募った。
「皆の言う召喚師一族というのは、ただ単に生まれ持っての魔力量が多く、元から“悪魔”という存在を憑依させているだけの人間に過ぎません。言わば、悪魔を入れておくための“生きた器”なのです。普通の人間でも、悪魔と呼ばれるものを作り出し、召喚することはできます。条件は、召喚に必要な魔力分の人間の死、それだけです。有り体に言えば、大勢の人間を生け贄に差し出せば、誰でも召喚術を行使できるということです。今までは、召喚術は召喚師にしか使えない、という、ある種の暗示に近いような、確固たる先入観がありました。故に、自分が召喚術を使おうなんて、思い付く者すらいませんでしたが、ふとしたきっかけで、それに気づいた者がいます。数月前、シュベルテを襲ったセントランスが、まさにそうです」
バジレットの顔色が変わる。
ルーフェンは頷いて、そのまま続けた。
「これは私の推測ですが、おそらく召喚術は、生体に関する禁忌魔術、もしくは生体を扱うような高度な錬金術、精製術、それらに近い類いのものなのでしょう。禁忌魔術は、絶大な効力を発揮する代わりに、相応の代償を必要とする魔術です。境界線は曖昧ですが、広義に括れば、召喚術も当てはまります。悪魔の正体に関しては、私もはっきりとは分かりません。ですが、私達の始祖は、召喚術を見出だし、そして、それを秘匿の魔術としたかったのでしょう。そのために、まず、魔語という、召喚師一族しか読解できない隠語を作り出した。ただの隠語に過ぎませんから、突き詰めて調べれば、きっと魔語を従来の古語で書き表すことも可能でしょう。ただ、魔語と古語では、かなり言語体系が違うので、今のところはその表し方が分かっていない、というだけの話です。その上で、始祖は時間をかけ、『召喚術は召喚師にしか使えない』という“前提”を作り、それをまるで史実であるかのように伝えてきた。なぜなら、こんな力を、日常的に誰でも使うようになれば、それこそサーフェリアが……いえ、この世界が、崩壊してしまうからです」
- Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下【1月完結予定】 ( No.385 )
- 日時: 2021/01/28 19:35
- 名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: r1a3B0XH)
ルーフェンは、自分の掌に視線を落とした。
「正直私は、何故見出だした時点で、こんな恐ろしい力を世から消し去らなかったのか、不思議でなりません。捨てるには惜しかったのか、あるいは何か理由があったのか……そればかりは、先人にしか分からないことでしょう。ですが、その先人たちの意向を踏みにじってでも、私は、この召喚術を封じるべきだと思っています。こんな力、人間が持っているべきではない。幸いというべきか、セントランスの件は既に片付いていますし、関与した可能性がある教会も、わざわざシルヴィアを消しかけたということは、召喚術が一般にも使えるなどとは気づいていないのでしょう。召喚術は、召喚師の系譜にしか扱えない──この認識が浸透している内に、今すぐにでも、召喚師制を廃止にし、召喚術という存在そのものを、人々の認識から消し去るべきです。サーフェリアの召喚師は、私が最後で良い」
「…………」
どこか冷ややかな響きを以て、そう言い切ったルーフェンを、バジレットは、信じられぬものを見るように凝視していた。
束の間、重苦しい静寂が、室内を包む。
ゆっくりと息を吐くと、バジレットは、震える手で額を覆った。
「……そなたの言いたいことは、分かった。……だが、ならぬ」
それだけ言って、バジレットは黙ってしまった。
だが、やがて手を下ろすと、再び口を開いた。
「海を越えた先にある他国にも、召喚師は存在すると聞く。その脅威がある以上、そなたの力を手放すわけにはいかぬ。召喚師一族以外が、召喚術を使うべきではないというなら、尚更だ。……要は、今までのように、『召喚術は召喚師にしか使えない』という認識を保ち続けながら、それを使おうと考える者を出さなければ良いのだろう。ならば、そのようにして、私に仕えよ。長年、この国の中枢にいたという意味では、我らカーライルの一族と、そなたらシェイルハートの一族は同じだ。今更、死ぬことでその歴史を終わらせようなどと……そのような考えは、許されぬ。少なくとも、この時代が変わるまでは」
ルーフェンは、困ったように眉を下げた。
「……反召喚師派が増えている、今が、その時代の変わり時かと思って言ったんですがね。まあ、貴女の目が黒い内は、従来の体制を貫くと……そういうことでしたら、私は従わざるを得ません」
案外あっさりと引いたルーフェンに、バジレットが、驚いたように瞠目する。
ルーフェンの声音から、先程までの冷ややかさは消えていた。
「……ルーフェン、そなた」
「半分冗談ですよ。ただの“お願い”でしたからね。どこまで聞いてくださるのか、試しただけです。教会との衝突や、魔導師団の建て直しのこともありますし、今はまだ、この国には召喚師が必要でしょう。それに背くほど、私は薄情じゃありません。何より、先程は、貴女が私を殺せるはずがないと確信していたから、大見得を切ったんです。召喚術を消し去るためとはいえ、今すぐ処刑されるなんて流石に御免です」
次いで、遠くを見るように目を伏せると、ルーフェンは言葉を継いだ。
「……ただ、召喚師を私の代で最後にする、というのは本気です。だからこそ、私の就任中は、今お話ししたことが、世間に広まるようなことがあってはなりません。セントランスで起きたことも、アーベリトで起きたことも、知られるわけにはいかない。シルヴィアが悪魔の餌食にしたアーベリトの人々を、私は、殺さざるを得なかった。ですが、そんなことを明言すれば、シルヴィアが召喚術を使ったことが明らかになってしまう。人によっては、何故召喚師でないはずのシルヴィアが、召喚術を行使できたのかと、疑問に思う者も出てくるでしょう。そうなれば、認識は一気に崩れます。現に、崩れかけたと私は思っています」
「…………」
神妙な面持ちのバジレットに、ルーフェンは、微苦笑を向けた。
「きっと、楽じゃありませんよ。召喚術は、冷酷でおっかない、天下の召喚師様にしか使えないんです。なんなら、口に出すのも憚られるような、忌むべき存在だと敬遠されるくらいがちょうど良い。ですから、アーベリトを陥落させた罪は、私が全て被ります。これから、反召喚師派の人間はどんどん増えていくでしょう。そんな中で、私を城に置こうというのですから、貴女も難癖をつけられるかもしれませんね、陛下」
ふざけた口調のルーフェンに、バジレットは、呆れたように溜め息をついた。
少し疲れを滲ませた様子で目を閉じ、バジレットは、長い間黙っていたが、ふと、目を開くと、低い声で言った。
「……そなた一人に、全てを負わせるつもりはない。現状、アーベリト陥落の首魁として疑われているのは、ルーフェン、そなただ。召喚術が召喚師一族のものであると突き通す以上、それは否定出来ぬし、疑われてあるべきだというそなたの言い分も、今の話で理解した。だが、大罪人は処罰せねばならない。そなたを私の元に置く、大義名分が必要だ」
居住まいを正すと、バジレットは、ルーフェンをまっすぐに見た。
「──反逆罪で、シルヴィア・シェイルハートを処刑する。そなたが執行しろ。そして、全ての罪が、あの女にあることを公言してみせよ。それが真実があっても、なくてもだ。それでもそなたを疑う者、シルヴィアが召喚術を行使したことに疑問を持つ者は出るだろう。しかし、あの女も元は召喚師だ。普通の人間が行使したと出回るよりは、誤魔化しが利く。そなたは無辜の召喚師として、私に仕えるのだ」
ルーフェンは、瞬きを忘れて、バジレットを見つめていた。
予想範囲内の提案だったというのに、不思議と、返す言葉が浮かばなかった。
沈黙したルーフェンに、バジレットは、厳しく言い放った。
「躊躇うな。あの女が、全ての元凶であることは、事実だろう」
我に返って、ルーフェンは首を振った。
「躊躇ってませんよ。頼まれなくとも、申し出るつもりでした。私が適任でしょう」
「…………」
小さく笑みをこぼしたルーフェンに、バジレットが表情を曇らせる。
その時、不意に、カーン、カーンと、伸びやかな鐘の音が響いてきた。
正午を知らせる、鐘の音だ。
ルーフェンは、窓の方を見て、鬱屈とした空模様を眺めた。
「あまり長話をすると、追い出された魔導師たちが怒りそうですね。この話は、終わりにしましょう」
「……良い。表向き示しをつける必要があっただけで、近々、そなたの監視は無くすつもりであった」
「それは、ありがとうございます。ですが、陛下をこのまま一人にするわけにはいかないでしょう。……彼らを呼び戻してきます」
言いながら、ルーフェンが椅子から立ち上がる。
扉から出ていこうとしたルーフェンの背中に、バジレットは声をかけた。
「……そなたを解放してやることができず、すまない」
取手に手を掛けたところで、一瞬、ルーフェンは動きを止めた。
振り返らずに、「いいえ」とだけ答えると、ルーフェンは寝室を出ていったのであった。
- Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下【1月完結予定】 ( No.386 )
- 日時: 2021/02/02 09:34
- 名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: r1a3B0XH)
* * *
ジークハルトから、シルヴィアの処刑が決まったことを知らされたのは、トワリスとハインツが、ようやく立って歩けるようになった頃であった。
珍しく、朝からアレクシアを連れ立って、二人が寝泊まりしている居館を訪れたジークハルトは、バジレットが出した布告について、トワリスたちに語って聞かせた。
サミルに代わり、前王太妃であるバジレットが次期国王になること。
勾留を解かれたルーフェンが、シュベルテに籍を戻し、教会率いる騎士団と並んで、魔導師団を総括する召喚師として立つこと。
そして、アーベリトを侵した反逆の罪で、シルヴィアの処刑が決まったこと。
城下は今、これらの話で持ち切りなのだという。
居館の客室を借りて、ジークハルトの話を聞いていたトワリスとハインツは、聞き終えた後も、釈然としない顔つきをしていた。
触れは出たものの、バジレットは、トワリスたちが伝えたアーベリト陥落までの経緯を、他の誰にも公表しなかったからだ。
シルヴィアの処刑が決まったとはいえ、世間では、未だ多くの憶測が飛び交っていた。
例えば、アーベリトを攻め落としたのは、セントランスの残党だとか、シュベルテの遷都反対派だとか、そういった、出所不明の噂である。
そして、何より横行していたのは、ルーフェンが今の地位を守るために、シルヴィアに罪を被せたのではないか、というものであった。
当事者であるトワリスたちからすれば、声を大にして否定したいところであるが、こんな噂が立ってしまうのも、仕方のないことであった。
そもそも、大半の人間は、シルヴィアがアーベリトにいたこと自体、知らなかったはずだ。
とりわけ、魔術に詳しくない一般人は、既に召喚師の座から下りたはずのシルヴィアが、街一つを潰すほどの力を持っているなんて思わないだろう。
アーベリトの被害状況を聞けば、教会側の人間でなくとも、現召喚師を疑いたくなるのは分かる。
だからこそトワリスは、自分達が見聞きしたものをバジレットに伝えたのというのに、彼女は、一向にそれを世間に公開しようとせず、噂を否定することもしない。
それどころか、アーベリトで見たことは、決して他言しないようにと口止めまでしてきた。
たった一言だけでも、ルーフェンの無実を訴えてくれれば良いのに、バジレットは、唐突に、シルヴィアを処刑するという決定事項のみを公表したのだ。
人々が、素直に受け入れられず、何か裏があるのではないかと勘繰ってしまうのは、自然な流れのように思えた。
長机を挟み、向かいの長椅子に座っているトワリスとハインツを見て、ジークハルトは嘆息した。
先程から、トワリスたちは、用意された紅茶の湯気を見つめたまま、ずっと押し黙っている。
バジレットの布告内容を、反芻しているのだろう。
居心地が悪そうに身動ぐと、ジークハルトは口を開いた。
「気持ちは分かるが、今は無理にでも納得してくれ。俺達もカーライル公──陛下には、民への情報開示を願い出たんだが、逆に城外での箝口令を敷かれてしまった。直前まで、陛下はルーフェンと話し合っていたようだから、二人で取り決めたことなんだろう」
豪奢な室内を見回して、ジークハルトは、わずかに声をひそめる。
トワリスは、浮かない表情のまま、返事をした。
「色々と計らってくださって、ありがとうございます。別に、バーンズさんたちに不満があるとか、そういうことではないんです。……ただ、やっぱり、こんなのおかしいと思って。召喚師様は、ずっとアーベリトを守ってきた人なのに……」
ジークハルトの隣で、長椅子の手すりに寄りかかっていたアレクシアが、面倒臭そうに口を挟んだ。
「ようやく起き上がったって言うから来てみれば、うじうじと鬱陶しいわね。陛下が一方的に決めたわけじゃないなら、召喚師様は、自分が疑われ続ける可能性も予測していたってことでしょう? だったらいいじゃない。罰せられるのは、結局のところ前召喚師のほうなんだし」
「そ、それはそうだけど……。誰かがはっきり噂を否定しないと、間違った話が広がっていくばかりじゃないか。シルヴィア様が処刑されて、はい、それで解決、とか……そんな簡単に片付けて良い話じゃないだろ」
反論してきたトワリスに、アレクシアが片眉をあげる。
声を抑えろ、と注意してきたジークハルトを無視して、アレクシアは、手の爪をいじりながら答えた。
- Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下【1月完結予定】 ( No.387 )
- 日時: 2021/01/29 18:53
- 名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: r1a3B0XH)
「あながち間違いでもないじゃない。きっかけは前召喚師のほうだったのかもしれないけど、実際にアーベリトを炎上させて、被害を拡大させたのは現召喚師なんでしょう? どっちもどっちってところね」
トワリスは、きっとアレクシアを睨みつけた。
「違う! 召喚師様がアーベリトを焼いたのは、シルヴィア様を止めるためだったんだよ。理由もなくやったわけじゃない」
「ふーん? じゃあその理由とやらの詳細を言ってみなさいよ。言えないんでしょう。陛下に口止めされているから」
「そ、それは──」
「あのね、言えない理由なんて、部外者からすれば、ないのと同じなの。仮に貴女が、理由は言えないけど噂は嘘ですって馬鹿みたいに否定して回ったところで、所詮は出所も分からない噂を言い触らしている、有象無象と同列になるのが落ちよ。つまり、ここでぐちぐち文句を垂らしても、意味がないわけ。お分かり? ああ、これだから脳筋獣女は……」
熱が入ってきた言い争いに、困惑したハインツがおろおろと視線を動かし、ジークハルトが頭を抱える。
衝撃で長机を揺らし、勢い良く立ち上がると、トワリスは言った。
「今、私のことは関係ないだろ! 大体、アレクシアはあの場にいなかったじゃないか。どっちもどっちとか、いい加減なこと言わないで!」
アレクシアは、やけに演技がかった口調で返した。
「いたわよ。私、新興騎士団の連中に紛れてたんだもの。まあ、戦いに巻き込まれたくなかったから、離れたところで視てたけれど、眺めてて感じたわ。現召喚師様は、やたらと力を誇示して、随分簡単に人を殺すのねって。でも、そう思われたって仕方がないでしょう? あの隊列の中にいたのは、元が世俗騎士団や、魔導師団に所属していた人間がほとんどだったもの。言わば、私達はかつての仲間を、見るも無惨に殺されたってわけ。それでもって、アーベリトの人間まで燃やしたって言うんだから、私には“あの”召喚師様が、ただの殺人狂にしか見えなかったわね」
「あの時は、そっちが先に襲いかかってきたんじゃないか! かつての仲間って言ったって、教会側に寝返った人達だろう!」
「城を追われて、裏切りざるを得なかった人もいたかもしれないじゃない。それに、教会側でなくたって、アーベリトが王都に選出されたことや、そもそも召喚師制に反対している人は沢山いるわ。そういう反対派は、全員殺されて当然だっていうの?」
「そんなこと言ってないでしょ! どうして私達を悪者にしたがるのさ。アレクシアはもう黙ってて!」
トワリスは、今にも殴りかかりそうな勢いで声を荒らげたが、アレクシアは、大袈裟な口ぶりで続けた。
「シュベルテを見捨てたと思ったら、今度はアーベリトまで焼き払った異端の一族。反対派は持ち前の召喚術で武力制圧、血も涙もない冷酷無慈悲な死神、圧制者。自分が批判を浴びたら、その罪を全て母親に擦り付け、母親は死刑、自分は平然と召喚師の座へ。ああ、召喚師一族とはなんと恐ろしく、穢らわしいのでしょう。邪悪で下劣、権力と暴力を振りかざす諸悪の根源。召喚師一族なんて、いなくなってしまえばいいのに……」
いよいよ目つきを鋭くしたトワリスが、毛を逆立てるようにいきり立つ。
しかし、彼女が牙を剥く前に、アレクシアは、ぐいと顔を近づけて、言った。
「──って、召喚師様が、私達にそう思わせるための、演出に見えたけど?」
「……演出?」
動きを止めたトワリスが、ぱちぱちと瞬く。
トワリスから身を引いて、アレクシアは、ふっと鼻を鳴らした。
「そ、演出。異分子を袋叩きにするの、皆大好きでしょ?」
言い置いて、アレクシアは、トワリスたちにくるりと背を向けた。
「なーんか、全部思い通りにされてるって感じで、気に入らないわね。掌で踊らされてるって言うの? 私、踊る側になりたくないから、さっさと下りるわ」
突然熱が冷めたのか、アレクシアは、そう言いながら、軽い足取りで客室を出ていってしまう。
残された三人は、そんな彼女の後ろ姿を、しばらくぽかんとして見送っていた。
- Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下【1月完結予定】 ( No.388 )
- 日時: 2021/01/29 18:56
- 名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: r1a3B0XH)
「あいつ、見舞いに来たんじゃなかったのかよ……」
ふと、ジークハルトが、呆れたように呟く。
やれやれと首を振って、ジークハルトは、トワリスたちに向き直った。
「分かっていると思うが、アレクシアの言ったことは気にするな。アーベリトに来た新興騎士団の連中は、確かに見知った顔が多かったが、どんな理由があろうと、本来の矜持を無くした離反者には変わりない。それに、戦場での出来事だ。武器を手にした以上、殺した殺されたで文句は言えないはずだ」
「……はい。すみません、私、つい言い返してしまって……」
ジークハルトに返事をしながら、トワリスは、椅子に腰を下ろした。
喉が渇いたのか、ジークハルトが、すっかり冷めてしまった紅茶のカップを手にとって、一杯すする。
沈黙が気まずくなって、トワリスも紅茶を飲むと、それを見たハインツも、何故か慌てたようにカップを持った。
三人はしばらく、黙ったまま、意味もなく紅茶をすすっていたが、不意に、カップを卓に戻すと、ジークハルトが切り出した。
「……悪かったな。あの日、王宮に行ったルーフェンを、俺達が引き留めたんだ。何事もなく、あいつがアーベリトに戻っていれば、あんなことにはならなかったかもしれん」
はっと顔をあげて、ジークハルトを見る。
あの日、というのは、アーベリトがシルヴィアによって落とされた日のことだろう。
トワリスは、慌てて首を振った。
「そんな……謝らないでください。予測し得なかったことですし、むしろ、バーンズさんには沢山助けて頂きました。あのことは、アーベリトにいたのに、食い止められなかった私達にも原因はあります」
そう言って、俯いたトワリスに、ジークハルトは尋ねた。
「……お前たちは、これからどうするつもりなんだ」
「どう、とは?」
「魔導師を続けるのか?」
はっきりと聞かれて、トワリスは目を丸くした。
最近まで、精神的にも肉体的にも余裕がなかったので、今後のことは、あまり考えていなかった。
本来であれば、別の勤務地に赴き、そこでまた魔導師として働くことになるのだろうが、今は、シュベルテの魔導師団本部が、壊滅しているような状態である。
ジークハルトを手伝って、魔導師団の建て直しに尽力するか、あるいは別の道を探すか、選ぶなら今の内だろう。
一度、ルーフェンにも相談してみたかったが、もうアーベリトにいた時のように、気軽に会えるかどうかは分からなかった。
返事に迷った様子で、紅茶をちびちびと飲んでいるトワリスに、ジークハルトは、事も無げに言った。
「……これは、ただの提案なんだが、お前たち、宮廷魔導師にならないか」
瞬間、紅茶を噴き出しかけて、トワリスは激しくむせ返った。
何事かと目を剥いたハインツが、トワリスの背中を叩く。
口元を拭い、なんとか呼吸を整えると、トワリスはジークハルトを見た。
「きゅっ、宮廷魔導師……って仰いました?」
「ああ」
平然と頷いたジークハルトに、トワリスの表情が固まる。
宮廷魔導師とは、魔導師の中でも特に優れた武勇を持ち、かつ国王と召喚師に選出された者のみが与えられる、最高位の称号だ。
去年、ジークハルトが二十歳で最年少の宮廷魔導師となり、ちょっとした騒ぎになっていたのを覚えている。
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