複雑・ファジー小説

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〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下【完結】
日時: 2022/05/29 21:21
名前: 銀竹 (ID: iqu/zy5k)
参照: https://www.kakiko.cc/novel/novel6/index.cgi?mode=view&no=18825

いつもありがとうございます。
闇の系譜シリーズは、四作目のアルファノル編以降、別サイトに移動しております。
詳しくはアルファノル編のスレにて!
………………

 人々の安寧を願ったサーフェリアの前国王、サミル・レーシアス。
彼の興した旧王都──アーベリトは、わずか七年でその歴史に幕を閉じることとなった。

 後に『アーベリトの死神』と称される、召喚師ルーフェンの思いとは……?

………………

 はじめまして、あるいはこんにちは!銀竹と申します。

 本作は、銀竹による創作小説〜闇の系譜〜の二作目の後編です。
サーフェリア編がかなり長くなりそうだったので、スレを上・下と分けさせて頂く事にしました。
一部残酷な表現などありますので、苦手な方がいらっしゃいましたらご注意下さい。

 今回は、サーフェリア編・上の続編となっております。
サーフェリア編・上の知識がないと通じない部分も出てきてしまうと思いますが、伏線以外は極力分かりやすく補足して、進めていきたいと考えています(上記URLはサーフェリア編・上です)。

〜闇の系譜〜シリーズの順番としては
ミストリア編(上記URLの最後の番号五桁が16085)
サーフェリア編・上(17224)
サーフェリア編・下(19508)
アルファノル編(18825)
ツインテルグ編
となっております。
外伝はどのタイミングでも大丈夫です(16159)。
よろしくお願いいたします!

…………………………

ぜーんぶ一気に読みたい方→ >>1-430

〜目次〜

†登場人物(第三章〜終章)† >>1←随時更新中……。

†用語解説† >>2←随時更新中……。

†第三章†──人と獣の少女

第一話『籠鳥ろうちょう』 >>3-8 >>11-36
第二話『憧憬どうけい』 >>37-64
第三話『進展しんてん』 >>65-98

†第四章†──理に触れる者

第一話『禁忌きんき』 >>99-150 >>153-162
第二話『蹉跌さてつ』 >>163-189 >>192-205
第三話『結実けつじつ』 >>206-234

†第五章†──淋漓たる終焉

第一話『前兆ぜんちょう』 >>235-268 >>270-275
第二話『欺瞞ぎまん』 >>276-331
第三話『永訣えいけつ』 >>332-342
第四話『瓦解がかい』 >>343-381
第五話『隠匿いんとく』 >>382-403

†終章†『黎明れいめい』 >>404-405

†あとがき† >>406

作者の自己満足あとがき >>407-411

……………………

基本的にイラストはTwitterにあげておりますので、もし見たい!って方がいらっしゃいましたらこちらにお願いします。→@icicles_fantasy

……………………


【完結作品】
・〜闇の系譜〜(ミストリア編)《複ファ》
ミストリアの次期召喚師、ファフリの物語。
国を追われ、ミストリアの在り方を目の当たりにした彼女は、何を思い、決断するのか。

・〜闇の系譜〜(サーフェリア編)上《複ファ》
サーフェリアの次期召喚師、ルーフェンを巡る物語。
運命に翻弄されながらも、召喚師としての生に抗い続けた彼の存在は、やがて、サーフェリアの歴史を大きく変えることとなる──。

・〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下《複ファ》
三街による統治体制を敷き、サーフェリアを背負うこととなったサミルとルーフェン。
新たな時代の流れの陰で、揺れ動くものとは──。

【現在の執筆もの】

・〜闇の系譜〜(外伝)《複ファ》
完全に狐の遊び場。〜闇の系譜〜の小話を載せております。

・〜闇の系譜〜(アルファノル編)《複ファ》
ミストリア編後の物語。
闇精霊の統治者、エイリーンとの繋がりを明かし、突如姿を消したルーフェン。
召喚師一族への不信感が一層強まる中、トワリスは、ルーフェンの後を追うことを決意するが……。
憎悪と怨恨に染まった、アルファノル盛衰の真実とは──?

【執筆予定のもの】

・〜闇の系譜〜(ツインテルグ編)《複ファ》
アルファノル編後の物語。
世界の流転を見守るツインテルグの召喚師、グレアフォール。
彼の娘である精霊族のビビは、ある日、サーフェリアから来たという不思議な青年、アーヴィスに出会うが……。




……お客様……

和花。さん
友桃さん
マルキ・ド・サドさん
ヨモツカミさん


【お知らせ】
・ミストリア編が、2014年の冬の大会で次点頂きました!
・サーフェリア編・上が、2016年の夏の大会で銅賞を頂きました!
・2017年8月18日、ミストリア編が完結しました!
・ミストリア編が2017年夏の大会で金賞を頂きました!
・サーフェリア編・上が、2017年冬の大会で次点頂きました!
・2018年2月18日、サーフェリア編・上が完結しました!
・サーフェリア編・下が、2019年夏の大会で銀賞頂きました!
・外伝が、2019年冬の大会で銅賞頂きました!
・サーフェリア編・下が、2020年夏の大会で銀賞頂きました!
・サーフェリア編・下が、2020年冬の大会で金賞頂きました!
いつも応援して下さってる方、ありがとうございます(*^▽^*)

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下【1月完結予定】 ( No.369 )
日時: 2021/01/19 21:53
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: r1a3B0XH)



 予想外だったのは、化物が、攻撃されたにも拘わらず、トワリスに関心を示さなかったことであった。
さお立ちになった化物は、トワリスには見向きもせずに、またしても大病院のほうを狙って脚を振り上げる。
トワリスは、すぐさま駆け戻ったが、爪の動きを止める方法は、何も思い付いていなかった。

 胴体を裂かれたとは思えぬ化物の動きに、自警団員たちは、死を覚悟した。
だが、その爪が、彼らに届くことはなかった。
突然、地面が盛り上がり、そこから槍の如く突き出した岩が、化物の身体を持ち上げたからだ。
ハインツによる、地の魔術であった。

 大病院の前に立ちはだかったハインツは、宙に突き上げられた化物の脚を二本、引っ掴んで両脇に抱えると、爪部分を地に突き刺し、のし掛かるように体重をかけた。
次いで、足を踏み鳴らせば、更に岩の槍が出現して、化物の胴体を上へ、上へと押し上げる。
上への力に反し、凄まじい圧力で脚を下に引かれて、化物の脚の関節から、ぶちぶちと筋の切れる音が鳴り響いた。
ハインツは、このまま化物の脚をもぎ取るつもりなのだ。

 鳥肌が立つような咆哮を上がったかと思うと、不意に、化物の背中をガパッと裂けて、その奥から、円状に並ぶ歯があらわになった。
何事かと一同が目を見張った瞬間、背中に現れた口から、無数の触手が飛び出してきた。
触手は、鞭のようにしなって、一斉にハインツに襲いかかる。
咄嗟に避けようとしたハインツは、しかし、化物の上空に舞い上がった影を見つけると、その場に踏み止まった。

「──ハインツ! そのままでいて!」

 天高く、双剣が閃き、トワリスの声が落ちてくる。
化物の頭上へ跳び上がったトワリスは、落下する勢いを生かし、触手めがけて、目にも止まらぬ速さで剣を振るった。

 微塵になった触手が、体液の雨と共に、ぼたぼたと飛散する。
同時に、化物の身体が、岩の槍によって大きくね飛ばされ、ついに、前肢二本が、付け根から千切れた。
地が震えるような叫びを上げ、残った脚をばたつかせながら、化物が後転する。
周囲の瓦礫を巻き込みながら、轟音を立ててひっくり返ると、やがて、化物は動かなくなった。

 大病院の屋根から跳んで、宙で一転すると、トワリスは、ハインツのそばに着地した。
化物の体液に混じって、大量の鮮血が地面に飛び散っている。
立っているのは、ロンダートたち数名とハインツだけで、その他の十人近い自警団員たちは、深傷ふかでを負って倒れ伏しているか、既に血と砂にまみれて事切れていた。

 ロンダートは、しばらくの間、化物の死骸を呆然と見つめていたが、ややあって、我に返ると、懐から酒の入った瓶を取り出した。
自分の団服の裾を切り裂き、酒を染み込ませると、それをまだ息のある団員たちの傷口に、きつく巻いていく。
立ったまま、放心状態に陥っていた自警団員たちにロンダートが声をかけると、彼らも、焦った様子で手当てを始めた。

 同じように、自警団員たちを手伝い始めたトワリスは、作業をしながら、ハインツとロンダートに言った。

「応急処置が終わったら、動かせそうな怪我人は、全員魔法陣の外に運び出しましょう。また地震が起きたら、今度こそ病院が倒壊するかもしれませんし、次に何が起こるかも分かりません」

 ロンダートは、顔をしかめた。

「やっぱり、地震やあの化物と、この魔法陣は関係があるのか?」

「あると思います。さっき、二度目の地震が起きたとき、魔法陣が光って、病院のほうから流れ出るような魔力を感じました。化物が現れる魔術なんて、検討もつきませんが……」

 言いながら、トワリスは、止血を施した自警団員を背負った。
──その時だった。

 不意に、足元から殺気が膨れ上がり、一同は、目を見開いたまま硬直した。
魔法陣が鈍く光って、突如、浮き上がった魔語が、伸びたつたのように身体に巻きついてくる。
立っている人間にも、事切れている人間にも関係なく、全身に付着した魔語は、刺青のように皮膚に刻まれていった。

 

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下【1月完結予定】 ( No.370 )
日時: 2021/01/20 19:58
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: r1a3B0XH)



「ひっ、な、なんだこれ……!」

 狼狽ろうばいした自警団員たちは、持っていたものを捨てると、全身に刻まれた魔語を無茶苦茶に掻きむしった。
しかし、血がにじむまで皮膚を引っ掻いても、魔語が消えることはない。
それどころか、魔語が染み付いた部分が、徐々に痛み出したので、場の空気は一層混乱を極めた。
まるで、魔語が皮膚を刺して、吸血しているような、身を絞られるような痛みであった。

 覚えのある、凍てつくような魔力が、地を這い出るようにして湧き上がってくる。
大病院や、負傷した自警団員たちから、滲むように溢れ出た魔力──否、この場合は、生命力とでも言うべきなのだろうか。
それらが、吸い寄せられるように化物の死骸へと集まっていく様を、トワリスは、息をするのも忘れて凝視していた。

 死んだはずの化物が、ぴくっと脚を動かす。
次の瞬間、背負っていた自警団員の身体から、すうっと体温が引いていって、トワリスは喫驚きっきょうした。
つい先程まで、確かに息をしていたはずの自警団員が、蝋人形のよう白く強張って、絶命していたのだ。

 ハインツがもぎ取って、捨て置いていた化物の脚や、散っていた体液までもが、砂のように形を変えて、化物の方へと吸い寄せられていった。
不気味な風を帯び、方々ほうぼうから集めた魔力を吸収して、化物は、傷ついた身体を再生させていく。
その姿を目の当たりにして、トワリスは、ロンダートに「化物が現れる魔術なんて検討もつかない」と言ったことを後悔した。
検討がつかないなんてことはない。トワリスは、この魔術をとっくの昔から知っていた。
トワリスだけではなく、皆が知っている魔術であり、正直なところ、シルヴィアが関わっているという時点で、そうではないかと予想はしていた。
ただ、使えないと“思い込んでいた”から、頭の中で決定付けていなかっただけで──これは、他ならぬ、召喚術なのだ。

 トワリスは、息絶えた自警団員を背から下ろすと、ゆっくりと地面に寝かせた。
思えば、シュベルテがセントランスから襲撃を受けた時と、今のアーベリトでは、状況が酷似している。
トワリスは報告書を読んだだけなので、シュベルテ襲撃の様子を、実際に目の当たりにしたわけではない。
だが、確かシュベルテでも、傷の具合に関係なく、異様な数の人間が死んでいた。
単純に考えて、弱った人間からのほうが魔力を吸いとりやすいのであれば、被害状況以上に死傷者が多いことも、何故か重傷者がいないことにも、説明がつく。
シュベルテでも、アーベリトでも、運良く無傷、もしくは軽傷だった者は生き残った。
一方で、重傷を負った者は、化物を発現させるための養分にされて、著しく衰弱し、最終的には死亡してしまったのだ。

 更に言えば、トワリスは、数月すうげつ前のセントランスでも、似たような魔術を目の当たりにしている。
あの時は、サイ・ロザリエスという魔語を読解した術者と、にえとなる瀕死状態の魔導師たち、これらの条件が揃っていた。
きっと、今は亡きサイは、調べていく内に、召喚術の発動条件に辿り着いてしまったのだ。
シュベルテでの襲撃を手引きした時は、魔語の解読ができていなかったために、不完全な召喚術しか行使できなかった。
セントランスでは、ルーフェンに逆に利用され、大勢の魔導師を死傷させたが、結果的にその魔導師たちを贄として、サイは、最期にもう一度だけ、召喚術を試みた。
結末としては、完成一歩手前で、その負荷に耐えられず、サイは亡くなった。
それでもあれは、ほとんど本物に近い召喚術だったのだろう。

(ルーフェンさんは、このことに気づいていたんだ……)

 ぐっと拳を握ると、トワリスは、再び化物と対峙した。

 吸魂術きゅうこんじゅつという、いわゆる命を操る禁忌魔術を、聞いたことがある。
召喚術とは、もしかしたら、吸魂術の応用のようなものなのかもしれない。
召喚師一族は、生まれもっての魔力量の多さから、単独で術を行使できる。
だが、魔力量の少ない普通の人間が、悪魔を一から作り出し、召喚するには、大勢の人間を犠牲にして、魔力を奪う必要があるのだろう。

 今まで秘匿ひとくとされてきた、謎多き術──。
必要なのは、召喚師一族の血筋というより、多量の魔力と、隠語としての役割を果たしてきた、魔語と呼ばれる言語の存在なのだ。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下【1月完結予定】 ( No.371 )
日時: 2021/01/21 19:44
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: r1a3B0XH)



 トワリスは、勢い良く抜刀した。

「ロンダートさん! 今すぐ怪我人を魔法陣の外に運び出して下さい! その間の時間は、私とハインツで稼ぎます」

 はっと顔をあげた全員が、トワリスを見る。
もがれたはずの脚を生やし、裂かれた腹部まで、硬い外骨格で覆われ始めた化物を一瞥して、ロンダートが言った。

「まっ、待ってくれ、無理だ! とても運びきれる人数じゃないし、まだ瓦礫の下にも生きた人達がいるかもしれない。トワリスちゃんたちだって、あんな化物相手に危険だ。置いていけるわけないだろう!」

 トワリスは、首を振った。

「でもこのままじゃ、私達全員死にます! おそらくあの化物は、召喚術によって生まれた悪魔なんです。ここで戦ったところで、私達から魔力を吸い取って、いくらでも回復します。言わばこの魔法陣が、生け贄を捧げるための皿で、生け贄は私達です。今、シュベルテが襲撃された時と同じようなことが、アーベリトでも起こっているんです」

 ロンダートは、大きく目を見開いた。

「あっ、悪魔!? 悪魔って、あの悪魔か? でも、シュベルテで使われたのが召喚術だったというのは、セントランスの出任せだろう? それに報告じゃ、シュベルテに出たのは、もっとモヤモヤした、なんていうか、実体のない幽霊みたいなやつだったって……」

「セントランスが使った悪魔は、不完全な、思念の集合体みたいなものだったんだと思います。あれを召喚術擬もどきと表現するなら、目の前の化物は、ほとんど完全に近い召喚術によって生まれたものです。私達じゃ太刀打ちできません」

 早口で捲し立てれば、ロンダートの顔に、ますます焦燥の色が浮かぶ。
その時、隣にいた自警団員の一人が、ふと口を開いた。

「あの、これって、魔法陣から出たら解決するものなんでしょうか? この身体の文字……これ、全員包帯めくって確認したわけじゃないけど、院内の怪我人の身体にも刻まれてるんです。もしかして俺達、このままじゃ……」

 怯えた声で言って、自警団員は、トワリスを見つめてくる。
思わず息を飲むと、トワリスも、自分の身体に刻まれた魔語に視線をやった。

 自警団員の言う通り、この魔語は、贄となる人間の印みたいなものだろう。
先程まではなかったから、あの化物を再生させるにあたり、魔法陣の上にいた人間を贄として捕捉した、といったところだろうか。
魔法陣とは独立して、直接身体に刻まれているあたり、術式としては、呪詛に近い。
そう考えると、確かに、魔法陣の上から出ただけでは、回避できない可能性が高かった。
術を解く方法が、魔法陣の領域外に出ることなら、今になって、わざわざ術式を発動させた意味はないからだ。
あとは、化物が現れる前に領域外、つまり、孤児院に避難した者たちに、この術式が刻まれていないことを祈るばかりである。

 トワリスの沈黙から、事態を察したのだろう。
自警団員たちは、顔面蒼白になった。

「そんな……じゃあ俺達は、一体どうすれば」

「要は、あの化物は、何度攻撃しても、俺達の命を食って生き返るってことだろう? そんなの、どうしようもないじゃないか」

 瞳に絶望と諦めの色を浮かべて、自警団員たちは、口々に呟く。
トワリスは咄嗟に、まだ自分の推論に過ぎないことを伝えようとしたが、その瞬間、毛が逆立つような殺気を感じて、素早く臨戦態勢に入った。

 ついに、全ての脚を取り戻した化物が、もがきながら起き上がって、トワリスたちの方へと突進してきた。
すかさず前に出たハインツが、空を切るように手を動かす。
すると、蹴散らされた瓦礫が、意思を持ったかのように宙で翻り、矢の如き勢いで化物に突き刺さった。
しかし、体表を抉ったのは僅かで、ほとんどの瓦礫が、化物にぶち当たっただけで弾かれてしまう。
元は柔らかな皮膚に覆われていた胴体が、再生後に変化し、今や、強固な外骨格に包まれていたのだ。

「ハインツ! 関節の隙間を狙って!」

 叫んでから、地を蹴って距離を詰めると、トワリスは、化物の爪を避けて跳び上がり、その背に乗って、脚の付け根部分に剣を突き立てた。
がつんっ、と途中で刃が引っ掛かり、うまく刺さらない。
思いの外、関節同士の隙間が狭く、剣を振り切ることができなかったのだ。

 トワリスは、舌打ちをすると、化物の脚を踏みつけて、すぐに剣を引き抜いた。
だが、その僅かな間に、化物の背中から伸びてきた触手が、トワリスに襲いかかる。
即座に反応したトワリスは、揺れ動く化物の上で一気に踏み込むと、強く剣を握り、刀身に魔力を込めた。

 刃から、うねる蛇の如く炎が噴き出すと、触手は、一瞬怯んだような動きを見せた。
その隙を見逃さず、前に乗り出すと、トワリスは、振り向き様に触手の束を斬り払う。
一閃、斬撃を炎が追いかけて、次の瞬間、触手の根本がぼっと燃え上がった。

 身をぶるぶると震わせた化物が、地面に背を擦り付けるようにして、大きく全身をよじる。
触手に着火した炎は、あっという間に消えたが、化物が火を忌避したのは明らかであった。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下【1月完結予定】 ( No.372 )
日時: 2021/01/21 19:49
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: r1a3B0XH)



 振り落とされたトワリスは、地面に叩きつけられたが、頭を守るように身を丸めて横転すると、すぐに起き上がった。
化物が火を嫌うならば、再生する間も与えず、全身燃やし尽くしてやりたいところだが、トワリスの魔力量では、それほどの火力を維持できない。
身体や剣に魔力を集中させて、攻撃するしかなかった。

 次の一手に出ようとしたトワリスは、剣を構え直した瞬間、化物の姿を見て瞠目した。
根本から燃やしたはずの触手が、凄まじい勢いで再生し、元の長さに戻ったからだ。

 身体に刻まれた魔語が、吸い付くような痛みを伴って、再び鈍く光る。
怪我人や弱った自警団員たちから生命力を奪って、化物は、瞬く間に回復した。
見間違いなどではない。トワリスの推論が、証明されてしまったと、全員が認めざるを得なかった。

 しかも、先程に比べ、再生に要する時間が、桁違いに短くなっている。
これは、トワリスたちにとっては、致命的なことであった。
回復に時間がかかるならば、再生する前に何らかの方法でとどめを刺せたかもしれないが、こうも瞬時に回復されては、攻撃したところで、こちらの魔力が搾取されていくだけだ。
つまり、トワリスたちの攻撃は、間接的に、魔語が彫られた者たちに向いているようなものなのである。

 攻めに迷いが生じたトワリスは、振り上がった爪に対し、一瞬反応が遅れた。
しまった、と思う間もなく、目の前に、死の気配が迫ってくる。
だが、化物の爪がトワリスを引き裂く寸前に、横から走ってきたハインツが、彼女の身体を突き飛ばした。

「────っ!」

 ハインツの背中から、ぱっと血が噴き出す。
しかしハインツは、痛みなど感じていない様子で、化物の脚を抱え込むと、思い切り、関節部分を逆に折り曲げた。

 大木を叩き折ったかのような音が鳴り響き、化物の身体が傾く。
それは、化物が回復するまでの、ほんの少しの時間であったが、その隙にトワリスは、ロンダートに助け起こされた。

「トワリスちゃん! 大丈夫か!」

 なんとか頷いて、立ち上がる。
ロンダートは、トワリスに意識があることを確認すると、ひとまず安堵したように頷いて、続けた。

「あの化物、やっぱり俺達の命を食って再生してるんだな。食い物がある限り、何度でも蘇るし、回復する」

「……はい。せめて、この術式さえなければ、魔法陣の外に出ることで状況は変わったと思うんですが……」

 無意識に、腕に刻まれた魔語に爪を立てて、トワリスは返事をした。
つぷりと血が滴って、ようやく手を離す。
落ち着いた声音に反し、トワリスも、内心ひどく混乱していた。
何せ、打つ手が全くないのだ。
化物を相手にしていては、自分達が消耗していく一方だし、シルヴィアを探すにしても、ハインツと自警団員を残していくわけにはいかない。
そもそも、シルヴィアがどこにいるのかも、検討がつかなかった。

 不意に、ぎりっと歯を食い縛ると、ロンダートが独り言のように言った。

「……大丈夫、大丈夫だ。トワリスちゃんもハインツも、まだ若いのに、こんなに強いんだから……何とかなる。守るんだ、せめて、孤児院に避難した人達は」

 そして、何かを決意したように目を見開くと、ロンダートは、トワリスをまっすぐに見た。

「もう少しだけ、時間稼ぎを頼めるか。すぐに戻る!」

 そう口速に言って、ロンダートは、他の自警団員たちを引き連れ、大病院の方に駆けていく。
無理だと言っていたが、一か八か、動けそうな怪我人だけでも、魔法陣の外に運び出すつもりなのだろう。
大病院に寝かされていた人々は、元々が衰弱しきっていた上に、化物に生命力を奪われて、助かる見込みのある者はいないように見えた。
それに、術式が刻まれているなら、魔法陣の領域外に出したって、おそらく意味はない。
けれど、ロンダートは、こんな絶望的な状況では、もう微かな可能性に賭けるしかないと思い直したのかもしれない。
実際、他にできることは、何もないのだ。
それならばトワリスも、時間稼ぎに徹しようと、覚悟を決めるしかなかった。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下【1月完結予定】 ( No.373 )
日時: 2021/01/22 20:22
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: r1a3B0XH)



 化物を傷つけず、自分達も致命傷を負わないように渡り合うのは、想像以上に過酷なことであった。
空を切って襲いかかってくる鎌のような爪と、鞭のようにしなる触手を避け、時には弾きながら、走り続ける。
実際にはほんの一瞬でも、トワリスとハインツにとっては、永遠の時間のように感じられた。
一つの動作をする度に、枷のようにまとわりつく疲労が、全身に蓄積されていく。
少しでも気を抜いたら、命を落とすかもしれない。
その緊張感だけが、トワリスとハインツの手足を動かし続けていたのであった。

 化物の懐に潜り込んで、脚の動きを抑え込んでいたハインツは、不意に、触手に腕をとられて、地面に引きずり落とされた。
倒れたハインツを狙って、鋭く研ぎ澄まされた爪が、振り下ろされる。
身を硬くしたハインツだったが、しかし、その爪が、自身の肉体を貫くことはなかった。
素早く割り込んできたトワリスが、双剣を交差させて、爪を受け止めたのだ。

 耐えきれぬ重さがのし掛かってきて、トワリスは、思わず膝をついた。
このままでは剣が折れると確信して、わずかに刃の向きを変えると、爪の軌道を地面へと反らす。
思惑通り、爪は地面に深々と突き刺さったが、次の瞬間、身体に巻き付いてきた触手が、弓なりにしなって、二人は絡めとられたまま、凄まじい勢いで吹っ飛ばされた。

 ハインツは、咄嗟にトワリスの身体を守るように抱き寄せたが、あまりの速さに、受け身をとる余裕がなかった。
積み上がった瓦礫の山に、背中から突っ込んで、後頭部に脳が揺れるような衝撃が走る。
ハインツは、すぐに立ち上がろうとしたが、目を開いても、視界がぼんやりと暗く、手足がうまく動かなかった。

「──ハインツ!」

 崩れて降ってきた瓦礫を押し退け、ハインツの腕から抜け出すと、トワリスは、慌てて彼の頬を軽く叩いた。
頭を強く打って、意識が朦朧もうろうとしているのだろう。
指先が微かに動いているが、仮面越しに見た目の焦点が合っておらず、気を失いかけている様子であった。

 化物の標的をハインツから外そうと、瓦礫の山から跳び出したトワリスは、しかし、地面に着地した途端、足がもつれて、その場で体勢を崩した。
よく見ると、右の太股から膝にかけて、深い切り傷ができている。
爪を受け流した時か、触手に吹っ飛ばされた時に、裂かれたのだろうか。
痛みは感じていなかったが、思うように力が入らず、身体が限界を訴えているようだった。

 立てずにいると、伸びてきた触手が、トワリスの足を絡めとった。
弧を描くように、ぐんっと身体が吊り上げられる。
化物は、このままトワリスを地面に叩きつけて、殺す気なのだろう。
ハインツは気絶で済んだが、トワリスでは、受け身をとったところで、どうなるかなど想像に容易い。
トワリスは、必死に剣を振ろうとしたが、足に力が入らないせいで、触手が間合いに入らなかった。

 ぎゅっと目を瞑って、死を覚悟した時。
地面に落とされると思っていたトワリスは、突然、空中に投げ出されて、はっと目を見開いた。
不意に、眼下を通りすぎた火の玉が、化物の背中の口に放り込まれていく。
不快そうに頭を振り、触手を震わせた化物は、背中の火を消そうと、身体をのけ反らせて暴れ回った。

「今だ! 火を嫌がっているぞ! 火をつけるんだ!」

 ロンダートを含む、生き残っていた六人の自警団員たちが、松明たいまつを片手に走ってきて、化物を取り囲む。
彼らは、油を詰めた瓶や、火の玉──油を染み込ませた布を石に巻き、着火させたものを化物に投げつけると、襲ってきた脚や触手に松明を押し当て、一気に燃え上がらせた。

 落下したトワリスは、宙で身を翻し、地面で横転して衝撃を逃すと、なんとか顔だけをあげた。
ロンダートたちが、松明を振りながら、化物を大病院のほうに誘導していく。
怪我人たちは、もう避難させたのだろうか。
歯を食い縛りながら、懸命に化物と対峙する彼らの顔には、色濃い恐怖が滲んでいたが、先刻のような、諦めの表情は浮かんでいなかった。
 
「怯むな、戦え! 戦え! 俺達がアーベリトを守るんだ!」

 団員たちを鼓舞しながら、ロンダートが叫んだ。

「汚い奴隷のガキに、居場所をくれたのは誰だ! 盗みしか知らなかったろくでなしに、生き方を教えてくれたのは誰だ! サミル先生だ! 救われた命、今、ここで使わないでどうする……!」

 ロンダートに応えるように、叫び声をあげながら、自警団員たちは、必死になって松明を振った。
付かず離れずの距離で、火を押し当ててくる団員たちに、化物は、蝿でも払うかのように、何度も何度も触手を振り回した。
自警団員たちは、時折迫ってくる爪さえもなしながら、徐々に、徐々に、大病院の方へと進んでいく。
炎を嫌っているのもあったが、化物も、餌が豊富な大病院へと近づきたいようであった。


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