複雑・ファジー小説
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- 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下【完結】
- 日時: 2022/05/29 21:21
- 名前: 銀竹 (ID: iqu/zy5k)
- 参照: https://www.kakiko.cc/novel/novel6/index.cgi?mode=view&no=18825
いつもありがとうございます。
闇の系譜シリーズは、四作目のアルファノル編以降、別サイトに移動しております。
詳しくはアルファノル編のスレにて!
………………
人々の安寧を願ったサーフェリアの前国王、サミル・レーシアス。
彼の興した旧王都──アーベリトは、わずか七年でその歴史に幕を閉じることとなった。
後に『アーベリトの死神』と称される、召喚師ルーフェンの思いとは……?
………………
はじめまして、あるいはこんにちは!銀竹と申します。
本作は、銀竹による創作小説〜闇の系譜〜の二作目の後編です。
サーフェリア編がかなり長くなりそうだったので、スレを上・下と分けさせて頂く事にしました。
一部残酷な表現などありますので、苦手な方がいらっしゃいましたらご注意下さい。
今回は、サーフェリア編・上の続編となっております。
サーフェリア編・上の知識がないと通じない部分も出てきてしまうと思いますが、伏線以外は極力分かりやすく補足して、進めていきたいと考えています(上記URLはサーフェリア編・上です)。
〜闇の系譜〜シリーズの順番としては
ミストリア編(上記URLの最後の番号五桁が16085)
サーフェリア編・上(17224)
サーフェリア編・下(19508)
アルファノル編(18825)
ツインテルグ編
となっております。
外伝はどのタイミングでも大丈夫です(16159)。
よろしくお願いいたします!
…………………………
ぜーんぶ一気に読みたい方→ >>1-430
〜目次〜
†登場人物(第三章〜終章)† >>1←随時更新中……。
†用語解説† >>2←随時更新中……。
†第三章†──人と獣の少女
第一話『籠鳥』 >>3-8 >>11-36
第二話『憧憬』 >>37-64
第三話『進展』 >>65-98
†第四章†──理に触れる者
第一話『禁忌』 >>99-150 >>153-162
第二話『蹉跌』 >>163-189 >>192-205
第三話『結実』 >>206-234
†第五章†──淋漓たる終焉
第一話『前兆』 >>235-268 >>270-275
第二話『欺瞞』 >>276-331
第三話『永訣』 >>332-342
第四話『瓦解』 >>343-381
第五話『隠匿』 >>382-403
†終章†『黎明』 >>404-405
†あとがき† >>406
作者の自己満足あとがき >>407-411
……………………
基本的にイラストはTwitterにあげておりますので、もし見たい!って方がいらっしゃいましたらこちらにお願いします。→@icicles_fantasy
……………………
【完結作品】
・〜闇の系譜〜(ミストリア編)《複ファ》
ミストリアの次期召喚師、ファフリの物語。
国を追われ、ミストリアの在り方を目の当たりにした彼女は、何を思い、決断するのか。
・〜闇の系譜〜(サーフェリア編)上《複ファ》
サーフェリアの次期召喚師、ルーフェンを巡る物語。
運命に翻弄されながらも、召喚師としての生に抗い続けた彼の存在は、やがて、サーフェリアの歴史を大きく変えることとなる──。
・〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下《複ファ》
三街による統治体制を敷き、サーフェリアを背負うこととなったサミルとルーフェン。
新たな時代の流れの陰で、揺れ動くものとは──。
【現在の執筆もの】
・〜闇の系譜〜(外伝)《複ファ》
完全に狐の遊び場。〜闇の系譜〜の小話を載せております。
・〜闇の系譜〜(アルファノル編)《複ファ》
ミストリア編後の物語。
闇精霊の統治者、エイリーンとの繋がりを明かし、突如姿を消したルーフェン。
召喚師一族への不信感が一層強まる中、トワリスは、ルーフェンの後を追うことを決意するが……。
憎悪と怨恨に染まった、アルファノル盛衰の真実とは──?
【執筆予定のもの】
・〜闇の系譜〜(ツインテルグ編)《複ファ》
アルファノル編後の物語。
世界の流転を見守るツインテルグの召喚師、グレアフォール。
彼の娘である精霊族のビビは、ある日、サーフェリアから来たという不思議な青年、アーヴィスに出会うが……。
……お客様……
和花。さん
友桃さん
マルキ・ド・サドさん
ヨモツカミさん
【お知らせ】
・ミストリア編が、2014年の冬の大会で次点頂きました!
・サーフェリア編・上が、2016年の夏の大会で銅賞を頂きました!
・2017年8月18日、ミストリア編が完結しました!
・ミストリア編が2017年夏の大会で金賞を頂きました!
・サーフェリア編・上が、2017年冬の大会で次点頂きました!
・2018年2月18日、サーフェリア編・上が完結しました!
・サーフェリア編・下が、2019年夏の大会で銀賞頂きました!
・外伝が、2019年冬の大会で銅賞頂きました!
・サーフェリア編・下が、2020年夏の大会で銀賞頂きました!
・サーフェリア編・下が、2020年冬の大会で金賞頂きました!
いつも応援して下さってる方、ありがとうございます(*^▽^*)
- Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下 ( No.319 )
- 日時: 2020/11/10 19:31
- 名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: 8NNPr/ZQ)
「どうしてって……そんなの、アーベリトに仕える魔導師だからですよ。確かに、トワリスさんやハインツさんに比べれば、アーベリトに対する思い入れみたいなものが、私には少ないのかもしれません。でも、アーベリトに住む皆さんの優しさとか、穏やかな雰囲気が好きですし、それらが脅かされるというなら、この命に代えても、守りたいと思っています。……トワリスさんだって、そうでしょう?」
問い返せば、トワリスの睫毛が、微かに震える。
周囲が薄暗いので、はっきりとした表情の機微までは伺えない。
だが、見てとれるトワリスの動揺に気づくと、サイは、狼狽えたように身を乗り出した。
「え、トワリスさん、大丈夫ですか……? いや、こんな状況ですから、大丈夫ではないと思うんですけど……」
「…………」
トワリスが、すん、と鼻をすする音が響く。
硬直すると、サイは、慌てた様子で捲し立てた。
「え、あの、すみません。さっきから、私ばかり取り乱してしまって……。不安がったってしょうがないですし、人質である以上は命の保証をされているわけですから、トワリスさんの言う通り、これで良しとするべきですよね。一旦落ち着いて、セントランスの出方を見ましょう」
柔らかい口調で言い聞かせながら、サイは、気遣わしげにトワリスの顔を覗き込む。
トワリスは、返事をしなかった。
だが、しばらくして、何かをこらえるように口元を歪めると、サイに向き直った。
「……こうやって二人で話していると、訓練生だった頃のことを思い出しますね。どちらかというと、いつも突っ走ってしまうのは私の方で、サイさんは、どんな時も落ち着いていて、冷静で、的確でした。……だから、慌てるなんて、サイさんらしくありません。なんだか、わざと焦っているようにも見えます」
脈絡のない話題に、サイが、大きく目を見開く。
トワリスの顔をじっと見てから、サイは、戸惑ったように目を反らした。
「あ、はは……そんな、買いかぶりすぎですよ。私は、トワリスさんが思うほど、出来る魔導師じゃありません。本当はいつだって、失敗したらどうしようとか、焦って見誤ったらどうしようとか、不安で一杯ですよ。人間ですから」
「…………」
肩をすくめたサイに、トワリスも、曖昧な笑みを返す。
小さく吐息をつくと、トワリスは、昔を懐かしむように目を細めた。
「……サイさん、初めて話した時のこと、覚えてますか。卒業試験で、アレクシアとサイさんと、私で組もうってことになって。でも、最初は全然上手くいきませんでしたよね。寮部屋でアレクシアにアーベリトのことを貶されて、私が怒って、組むのやめるって口論になって……。見かねたサイさんが仲裁してくれなかったら、私、卒業試験をちゃんと受けられたかどうかすら分かりません」
思いがけない言葉だったのか、サイが、再び目を瞬かせる。
しかし、すぐに表情を緩めると、深く頷いた。
「もちろん、覚えていますよ。なんというか……アレクシアさんは色々と強烈な方でしたから、私も終始振り回されっぱなしでした。あれから、もう一年以上経つんですね。懐かしいです。……でも、なぜ今その話を?」
不意に尋ねると、トワリスは顔をあげた。
つかの間、言葉に迷った様子であったが、やがて、伏せた目で遠くを見つめると、静かに答えた。
「……いいえ。ただ、感謝を伝えておきたかったんです。サイさんが、努力家だって褒めてくれたとき、私、とても嬉しかったんですよ。訓練生の頃の私は、それこそ焦ってばかりで、沢山空回って、同期の中でも一際浮いた存在だったので……。サイさんが、私のことを見て、ずっと話してみたかったんだって言ってくれたとき、自分のやってきたことを、対等な相手に認めてもらえたような気持ちになりました。だから、あの時は、恥ずかしくてお礼も言えなかったんですけど……私ならアーベリトに行けるって、サイさんがそう言ってくれて、本当に、本当に嬉しかったんです」
それだけ言うと、トワリスはサイに視線を移して、笑みを浮かべた。
今にも泣き出してしまいそうな、ひどく寂しげな笑みであった。
- Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下 ( No.320 )
- 日時: 2020/11/15 19:08
- 名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: 8NNPr/ZQ)
* * *
出迎えの侍従たちに案内されて、ルーフェンとハインツは、アルヴァン邸の謁見の間へと向かった。
広間に続く大扉の前には、番兵たちが、頭を下げることもなく、威圧するように立っている。
彼らの不快そうな視線に対し、にこやかに応ずると、ルーフェンたちは、広間へと踏み入ったのであった。
椅子を用意しようと動いた侍従に、立ったままで良いと遠慮をすると、二人は、中央に伸びる青い敷物の上を進んだ。
広間の奥に設置された、床から数段高くなった首座には、セントランスの領主、バスカ・アルヴァンが鎮座している。
周囲には、百名近い魔導師たちが、長杖を携え林立しており、その中には、後ろ手に拘束されるサイとトワリスの姿もあった。
ルーフェンは、正装用のローブを靡かせ、広間の中ほどまで歩み出ると、やがて、立ち止まった。
その背に隠れるようにして、ハインツも足を止める。
壁の如く佇立する魔導師たちを見渡して、それから首座を見上げると、ルーフェンは口を開いた。
「ご招待頂いたので参りましたが、あまり歓迎はされていないようですね。お久しぶりです、アルヴァン侯。七年前、シュベルテの宮殿でお会いした時以来ですか」
悠々とした口調のルーフェンに、バスカは、その太い眉を歪める。
鈍く光る頑強な鉄鎧を纏い、まるで戦場を前にしたような鋭い眼光でルーフェンを睨むと、バスカは、刺々しく返した。
「このような出で立ちで、誠に申し訳ございません。無礼とは存じましたが、どうかご容赦を。……まさか、入り込んだ鼠二匹の名を出しただけで、本当に召喚師様ご本人がいらっしゃるとは、思いもしなかったものですから」
バスカが、捕らえられたサイとトワリスを目で示す。
ルーフェンは、肩をすくめた。
「部下想いで優しいって言ってもらえます? ほら、ご存知の通り、アーベリトにとって魔導師は貴重ですから、そう易々と手放したくはないんですよ。久々に、貴方ともお話したかったですしね」
緊張感のないルーフェンの物言いに、ますますバスカの顔が歪む。
バスカは、忌々しげに舌打ちをした。
「……なるほど、初めから狙いはそれか。小癪なガキめが……」
ルーフェンは、眉をあげた。
「はは、小癪? 貴方には言われたくないですね。親書を届けただけの、善良なアーベリトの魔導師を人質にとるなんて、それこそ小癪な手ってもんでしょう。とりあえず、こうして私たちはセントランスまでやって来たわけですから、そこの二人、返してもらえます? 格式高いアルヴァン侯爵様なら、約束は守ってくれますよね?」
「…………」
挑発するようなルーフェンの口調に、バスカがぴきぴきと青筋を立てる。
怒りの衝動をなんとか飲み下すと、バスカは、サイを捕らえている兵に合図を送った。
後ろから小突かれるような形で、前へと押し出されたサイが、乱暴に手枷を外され、ルーフェンたちの元へと戻される。
同じように、解放されるかと思われたトワリスであったが、しかし、ふと手を上げると、バスカは兵を止めた。
「……先ず、一人お返ししましょう。我々は、レーシアス王と召喚師様、お二人で来るようにとお伝えしたはず。我が邸に醜悪なリオット族を連れ込むとは、お話が違いますな」
言いながら、バスカがハインツを指差すと、ハインツは、びくりと縮こまった。
ゆっくりとルーフェンたちに歩み寄ったサイは、緊張した面持ちで、トワリスのほうを見つめている。
一方、セントランスの兵に捕らわれたままのトワリスは、さして動揺の色も見せず、抵抗する様子もなかった。
- Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下 ( No.321 )
- 日時: 2020/11/19 18:55
- 名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: 8NNPr/ZQ)
ルーフェンは、腰に手を当てると、困ったようにバスカを見上げた。
「勘弁してくださいよ。正式な交渉の場を設けて下さるなら、陛下と私、二人でセントランスに伺うつもりでした。でも、そちらが寄越してきた返事は、『捕らえた魔導師たちを殺されたくなければ、着の身着のまま来い』だなんていう脅迫文ですよ? 素直に全文了承するわけないじゃないですか。貴方たちが大暴れしたお陰で、今、こっちは混乱してるんです。そんな状況で、物騒な脅迫状のために、王が王都から離れるわけにはいきません。二人で来い、という言い分は聞き入れたんですから、大目に見てください」
言い募ってから、ルーフェンは、やれやれと首を振った。
「……というか私は、こうして貴方達と言い争う気なんてないんですけどね。こちらとしては、もっと穏便な方法を希望します。陛下からの親書、ちゃんと読んでくれました?」
「はて、どうでしたかな。命乞いの書状、とでも言った方がよろしいのでは」
鼻で笑って、バスカが言い捨てる。
片眉を上げたルーフェンに、バスカは、少し余裕を取り戻した様子で続けた。
「まあ、どうしてもと仰るならば、アーベリトの望む“穏便な方法”とやらをとっても構いませんよ。我々も、無抵抗の相手を嬲るほど、悪趣味ではございませぬ。もちろん、アーベリトが条件を飲んで下されば……の話ですが」
「……へぇ、それはそれは、ありがたいですね。で、その条件とは?」
「聞かずともお分かりでしょう。七年前、貴殿方がカーライル家から簒奪した王位です」
目元を歪ませ、バスカは、凄むような口調で答える。
ルーフェンは、わざとらしく嘆息した。
「やっぱりそうですか。いやぁ、困りましたね。他のご提案だったら検討できたと思うんですが、王位ばっかりは譲れません」
バスカが、わずかに目を細める。
「……何故です? 数年後には、アーベリトはシュベルテに王位を返還するのでしょう。どちらにせよ手放すなら、今や崩壊間近のシュベルテに返還するより、我々セントランスに託したほうが、サーフェリアの為にもなるとは思いませぬか?」
「はは、シュベルテを追い詰めたのは貴方たちなのに、随分な言いようですね。お断りしますよ。王位返還の約定は、他ならないシュベルテと交わしたものです。それに、アルヴァン侯は、私達のことがお嫌いでしょう? 貴方に統治権なんて握らせたら、絶対アーベリトやハーフェルンも落とされるじゃないですか。そんなの嫌ですもん」
緊張感のない声で言って、ルーフェンは、へらへらと笑みを浮かべる。
その綽々とした物言いが気に入らないのか、バスカは、奥歯をぎりぎりと鳴らした。
うーん、と考える素振りを見せながら、ルーフェンは、バスカに向き直った。
「何か、他の条件で妥協してもらえませんかね? シュベルテのことがあるので、お互い、今更仲直りしましょうって気分にはならないでしょうが……。仮にも私、召喚師なので、国の平和のために、できれば暴力的な解決はしたくないんですよね。ああ、そうだ、南大陸の鉱床くらいなら差し上げられますよ。あとは、今後良い取引をしてもらえるよう、ハーフェルンに口利きしても構いません。といっても、貴方はマルカン侯と仲良くするつもりなんて、毛頭ないかもしれませんが──」
その時だった。
突然バスカが、首座の肘置きを、拳で強く打った。
広間全体に打撃音が響いて、置物の如く整列していたセントランスの魔導師たちも、思わず肩を震わせる。
バスカは、しばらく黙ってルーフェンを見下ろしていたが、やがて、太い眉を吊り上げると、怒りを押し殺したような震え声で告げた。
「いい加減、その無駄によく回る口を閉じろ。我々は、呑気に話し合っているわけではない。勘違いをしないでもらおうか。これは交渉などではなく、一方的な蹂躙、そして脅迫なのだ。いいか、貴様らに与えられた選択肢は二つ──大人しく王位を譲るか、この場で殺されるかだ……!」
血走った目を光らせ、バスカは、眼光鋭くルーフェンを睨む。
あまりの剣幕に、人々が息を飲む中、ルーフェンは、尚も軽薄な態度を崩さなかった。
「脅迫、ねぇ……正直、意外ですよ。好戦的な性格なのは存じ上げていましたが、貴方はもっと、正々堂々とした方なのかと思っていました。七年前は、やれ決闘だのなんだのと騒いでいたのに、王都に選定されなくてひねくれたんですか? それとも、こういう陰湿なやり方を、誰かが貴方に吹き込んだとか?」
「口を閉じろと言っているだろう! 自分たちの置かれている立場が、まだ分からないようだな……!」
怒鳴りながら立ち上がると、バスカは、掲げた右腕を大きく振り下ろした。
すると、右翼の魔導師達が、寸分違わぬ動きで長杖を振り、その先端をルーフェンたちに向ける。
──次の瞬間。
眼球を灼く熱線が宙に集い、その形状を視認する間もなく、勢い良く弾けた。
矢の如き光の射線が、唸りをあげ、石床さえも削りながら、ルーフェンたち目掛けて飛んでいく。
雷鳴のような音が、耳をつんざいた。
白く染まった視界に、自分が目を閉じているのか、開けているのかも分からない。
しかし、衝撃に備えて踞ったサイが、状況を探りながら身体を起こすと、己はどうやら、五体満足のようであった。
恐る恐る顔をあげれば、ルーフェンとサイの前に、岩壁のような巨躯──ハインツが立っている。
三人を射貫くはずであった熱線は、ハインツの手中で抑え込まれ、形を失うと、その魔力を散らせたようであった。
- Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下 ( No.322 )
- 日時: 2020/11/21 19:50
- 名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: 8NNPr/ZQ)
ハインツの掌から、しゅうしゅうと煙が上がっている。
といっても、岩肌のように硬く変化したハインツの腕には、火傷とも呼べないような、うっすらとした赤みが残っているだけだ。
つかの間、ハインツは、少し驚いた様子で掌を見つめていたが、やがて、ふぅふぅと腕に息を吹きかけると、何事もなかったかのように、ルーフェンの傍らに戻った。
上等な敷物が、熱気で焦げ、元の深青色など跡形もなく変色して、足下で燻っている。
狙ったはずのルーフェンとハインツが、傷一つなく立っていることが分かると、バスカは、忌々しげに顔をしかめた。
煙たそうに咳をすると、ルーフェンは、呆れたように口を開いた。
「室内ではやめましょうよ、屋敷ごと吹っ飛ばすつもりですか? 言っておきますが、こちらにも勝算はあるんです。のこのこと二人で来たのは、まあ、二人でも大丈夫だろうと思ったからですよ」
ルーフェンの言葉に、バスカの顔色が赤くなる。
まだ年若い召喚師の、人を食ったような視線と物言いが、バスカは、昔から腹立たしくて仕方なかった。
一瞬、七年前の王都選定の場で、サミル・レーシアスが王権を勝ち取った時の記憶が、バスカの脳裏に蘇った。
耄碌した王太妃、バジレットの無機質な声と、誇りなど微塵も感じられぬハーフェルンの領主、クラークの媚びて上擦った声。
無害な聖人を気取りながら、狡猾にも王座を奪ったサミルの穏やかな表情も気に食わなかったが、それ以上に脳裏にこびりついているのは、年端もいかない召喚師の、人を見透かしたような眼差しであった。
まるで盤上の駒でも見下ろしているかのような、昔と変わらぬ銀色の瞳。
その目を見ただけで、バスカの中に、狂暴な怒りが噴き上がってきた。
「黙れ、黙れ黙れ──っ!」
怒鳴り散らして、周囲に控える全ての魔導師に指示を飛ばすと、一糸乱れぬ動きで、再び長杖が動き出す。
統制のとれた魔導師たちが、同時に詠唱を始めると、一定の調子で紡がれていた呪文は、やがて歌のように波立つ音となり、広間に反響した。
ややあって、足下に巨大な魔法陣が展開すると、サイは目を見張った。
ただの魔法陣ではない──それは、召喚師一族しか解読できないはずの、魔語が刻まれた魔法陣だった。
「召喚師様、お下がりください! この陣──侯はシュベルテで使った異形の術を使うつもりです!」
咄嗟にルーフェンの腕を掴むと、サイは叫んだ。
元々セントランスは、大規模な騎馬隊を持つことで恐れられる軍事都市である。
少人数で詠唱が必要な分、機動力に欠ける魔術戦よりも、訓練された騎兵による陸上戦を得意とするはずだ。
そのバスカが、わざわざ魔導師だけを並べて待ち構えていた時点で、嫌な予感はしていたのだ。
禍々しい魔力が、陽炎のようにゆらゆらと沸き上がり、退路を塞いでいく。
徐々に鈍く光り出した魔法陣を見て、ハインツは戸惑ったようにルーフェンを見たが、二人とも、その場から動こうとはしなかった。
なぜ逃げないのかと、問う時間もない。
焦ったサイが、せめて魔法陣の上からは退かねばと、ルーフェンの腕を強く引く。
しかし、悠然たる召喚師は、横目にサイを見ただけで、やはり微動だにしない。
──否、サイは、人一人を動かせるほどの力で、腕を引くことが出来なかったのだ。
「──……!」
不意に、全身から力が抜ける。
突如、血飛沫をあげた自分の両腕が、熟れ切った果肉の如く崩れ落ちていくのを、サイは、呆然と見ていた。
視界が揺らいで、気づけばサイは、冷たい石床に倒れ込んでいた。
もはや原型を留めていない前腕が、かろうじて肘に繋がった状態で、目の前に落ちている。
腕に自ら描いた魔語が、火傷のように皮膚にこびりついて、そこから、のろのろと血がにじみ出ていた。
床に展開していた魔法陣が、その効力を失って消える。
刹那、紡がれていた詠唱が途絶え、代わりに、押し寄せるような断末魔が響き渡った。
術を発動させるため、長杖を翳していた魔導師たちが、一斉にその陣形を崩す。
必死に腕をまくり、そこに描かれた、焼き付くような魔語を削り取ろうと、彼らは皮膚を掻きむしり、激痛を訴えながら、次々と倒れていく。
サイと同様、原型を保てなくなった血まみれの腕を押さえながら、魔導師たちは、身を蝕む恐怖に慄いた。
突如起きた身体の異変に、喚き、逃げ惑いながら、やがて、走り回る力さえも失うと、地面に突っ伏す。
びくびくとのたうつ魔導師たちの肢体が、山のように積み重なっていく光景を、バスカも、サイも、ただ見つめていることしかできなかった。
ついに、辺りが静かになったとき。
頭上から、くすくすと笑い声が落ちてきた。
我に返ったサイが目を動せば、ぞっとするほど澄んだ銀色と、視線が交差する。
「……残念、少し詰めが甘かったかな、サイくん」
「え……」
濃い血の塊と共に、微かな呟きが、サイの口から溢れ出す。
ルーフェンは、静かに嗤って、サイを見下ろしていた。
- Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下 ( No.323 )
- 日時: 2020/11/24 09:03
- 名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: 8NNPr/ZQ)
「な……なにを、言って──」
咄嗟に反論しようとすると、背中に重い衝撃がのし掛かってきて、サイは、ぐっと息を詰まらせた。
肋骨が、ぎしぎしと嫌な音を立てる。
ハインツが、サイの動きを封じようと、肩と背に手を置き、体重をかけてきたのだ。
悲痛な呻き声をあげると、ハインツは慌てて力を緩めたが、その場から退こうとはしない。
ルーフェンは、ハインツにそのままでいるよう告げてから、場に似合わぬ爽やかな口調で続けた。
「今更すっとぼけなくていいよ。君のせいで、何万人も死んでる。シュベルテを売り、召喚術の情報をセントランスに流した間者は君だろう。サイ・ロザリエス」
「……ち、ちがいます! 何を、仰っているんですか……!」
上体を反って声を絞り出せば、再びハインツに体重をかけられて、サイは苦しげに声を漏らす。
ルーフェンは、魔語が刻まれたサイの腕を、ゆっくりとなぞるように見た。
「違う? その腕を見れば、一目瞭然だろう。君だけが解放されて、俺たちに近づいてきた辺り、他ならぬサイくん自身も発動条件の一人だったわけだ。セントランスご自慢のエセ召喚術には、どうも発動場所に“核”となる魔導師が必要らしいからね。シュベルテが襲撃された時も、魔力供給に必要な魔導師の他に、現場に一人、それらしき魔導師が目撃されている。……ね、どうです、アルヴァン侯。私の読み、当たってます?」
言いながら振り返ると、ルーフェンは、今度はバスカのほうに視線を移した。
バスカは、倒れ伏す魔導師たちに囲まれて、言葉もなく立ち尽くしている。
石床の上で血を吐き、懸命に呼吸する魔導師たちは、まだ絶命していないようであったが、予想外の反撃を受けた動揺は、思考が回らぬほどに激しかった。
「…………」
“あの術”が、必ずしも成功するとは、バスカも思っていなかった。
それに、魔導師たちが生きているならば、まだ敗北したわけではない。
広間の外にも、まだ多くの兵たちが控えている。
それでも、得体の知れぬ策に嵌められた恐怖は、バスカを地に縛り、動けないように縫い止めていた。
バスカが答えずにいると、ルーフェンが、白々しく問い質してきた。
「んー、声がよく聞こえませんね。少し遠いので、もっと近くでお話しましょうか」
「……っ」
にっこりと笑って、ルーフェンが首を傾ける。
歯を食い縛ったバスカは、兵を呼ぼうと口を開いたが、すんでのところで、思い止まった。
ルーフェンが、一体どんな罠を巡らせているのか、まだ分からないままである。
召喚術を使ったようには見えなかったが、サイを含めた大勢の魔導師を、一瞬で血の海に沈めたのだ。
この広間全体に、何かしらの魔術をかけているのだとすれば、兵を呼んだところで、先程の二の舞になるだろう。
次の動きをルーフェンに悟られぬよう、素早く大剣を引き抜くと、バスカは身を翻した。
打つ手は、他にも残っている。
歯を剥き出して笑い、もう一人の人質──トワリスに剣を突きつけようとしたバスカは、しかし、その場で標的を失って、たたらを踏んだ。
すぐ傍で拘束していたはずのトワリスが、いつの間にか、忽然と姿を消していたのだ。
彼女を捕らえていた兵が、兜の外れた状態で倒れ、白目を剥いて気絶している。
──しまった、と思ったときには、もう遅い。
横合いから、懐に飛び込んできたトワリスの速さに反応できず、バスカが咄嗟に振った大剣は、虚しく空を斬った。
斬りかかった勢いで、前屈みになる。
その一瞬の隙に、鋭く突き上がってきたトワリスの蹴りが、バスカの顎に入った。
ガチンッ、と噛み合った歯が折れて、バスカが後ろに仰け反る。
衝撃で大剣を取り落としたバスカは、口を押さえて、思わず踞った。
鼻と口から溢れた鮮血が、指の間から、ぽたぽたと滴り落ちてくる。
すぐに体勢を整えようとしたバスカであったが、背後から大剣を突きつけられると、やむを得ず動きを止めた。
「──従ってください。抵抗すれば、首を落とします」
バスカから奪った大剣を、喉元にぐっと押し付けると、トワリスは短く囁いた。
兵から鍵を奪って、自力で手枷を外したのだろう。
トワリスの両腕は、既に拘束が解かれていた。
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