複雑・ファジー小説

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〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下【完結】
日時: 2022/05/29 21:21
名前: 銀竹 (ID: iqu/zy5k)
参照: https://www.kakiko.cc/novel/novel6/index.cgi?mode=view&no=18825

いつもありがとうございます。
闇の系譜シリーズは、四作目のアルファノル編以降、別サイトに移動しております。
詳しくはアルファノル編のスレにて!
………………

 人々の安寧を願ったサーフェリアの前国王、サミル・レーシアス。
彼の興した旧王都──アーベリトは、わずか七年でその歴史に幕を閉じることとなった。

 後に『アーベリトの死神』と称される、召喚師ルーフェンの思いとは……?

………………

 はじめまして、あるいはこんにちは!銀竹と申します。

 本作は、銀竹による創作小説〜闇の系譜〜の二作目の後編です。
サーフェリア編がかなり長くなりそうだったので、スレを上・下と分けさせて頂く事にしました。
一部残酷な表現などありますので、苦手な方がいらっしゃいましたらご注意下さい。

 今回は、サーフェリア編・上の続編となっております。
サーフェリア編・上の知識がないと通じない部分も出てきてしまうと思いますが、伏線以外は極力分かりやすく補足して、進めていきたいと考えています(上記URLはサーフェリア編・上です)。

〜闇の系譜〜シリーズの順番としては
ミストリア編(上記URLの最後の番号五桁が16085)
サーフェリア編・上(17224)
サーフェリア編・下(19508)
アルファノル編(18825)
ツインテルグ編
となっております。
外伝はどのタイミングでも大丈夫です(16159)。
よろしくお願いいたします!

…………………………

ぜーんぶ一気に読みたい方→ >>1-430

〜目次〜

†登場人物(第三章〜終章)† >>1←随時更新中……。

†用語解説† >>2←随時更新中……。

†第三章†──人と獣の少女

第一話『籠鳥ろうちょう』 >>3-8 >>11-36
第二話『憧憬どうけい』 >>37-64
第三話『進展しんてん』 >>65-98

†第四章†──理に触れる者

第一話『禁忌きんき』 >>99-150 >>153-162
第二話『蹉跌さてつ』 >>163-189 >>192-205
第三話『結実けつじつ』 >>206-234

†第五章†──淋漓たる終焉

第一話『前兆ぜんちょう』 >>235-268 >>270-275
第二話『欺瞞ぎまん』 >>276-331
第三話『永訣えいけつ』 >>332-342
第四話『瓦解がかい』 >>343-381
第五話『隠匿いんとく』 >>382-403

†終章†『黎明れいめい』 >>404-405

†あとがき† >>406

作者の自己満足あとがき >>407-411

……………………

基本的にイラストはTwitterにあげておりますので、もし見たい!って方がいらっしゃいましたらこちらにお願いします。→@icicles_fantasy

……………………


【完結作品】
・〜闇の系譜〜(ミストリア編)《複ファ》
ミストリアの次期召喚師、ファフリの物語。
国を追われ、ミストリアの在り方を目の当たりにした彼女は、何を思い、決断するのか。

・〜闇の系譜〜(サーフェリア編)上《複ファ》
サーフェリアの次期召喚師、ルーフェンを巡る物語。
運命に翻弄されながらも、召喚師としての生に抗い続けた彼の存在は、やがて、サーフェリアの歴史を大きく変えることとなる──。

・〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下《複ファ》
三街による統治体制を敷き、サーフェリアを背負うこととなったサミルとルーフェン。
新たな時代の流れの陰で、揺れ動くものとは──。

【現在の執筆もの】

・〜闇の系譜〜(外伝)《複ファ》
完全に狐の遊び場。〜闇の系譜〜の小話を載せております。

・〜闇の系譜〜(アルファノル編)《複ファ》
ミストリア編後の物語。
闇精霊の統治者、エイリーンとの繋がりを明かし、突如姿を消したルーフェン。
召喚師一族への不信感が一層強まる中、トワリスは、ルーフェンの後を追うことを決意するが……。
憎悪と怨恨に染まった、アルファノル盛衰の真実とは──?

【執筆予定のもの】

・〜闇の系譜〜(ツインテルグ編)《複ファ》
アルファノル編後の物語。
世界の流転を見守るツインテルグの召喚師、グレアフォール。
彼の娘である精霊族のビビは、ある日、サーフェリアから来たという不思議な青年、アーヴィスに出会うが……。




……お客様……

和花。さん
友桃さん
マルキ・ド・サドさん
ヨモツカミさん


【お知らせ】
・ミストリア編が、2014年の冬の大会で次点頂きました!
・サーフェリア編・上が、2016年の夏の大会で銅賞を頂きました!
・2017年8月18日、ミストリア編が完結しました!
・ミストリア編が2017年夏の大会で金賞を頂きました!
・サーフェリア編・上が、2017年冬の大会で次点頂きました!
・2018年2月18日、サーフェリア編・上が完結しました!
・サーフェリア編・下が、2019年夏の大会で銀賞頂きました!
・外伝が、2019年冬の大会で銅賞頂きました!
・サーフェリア編・下が、2020年夏の大会で銀賞頂きました!
・サーフェリア編・下が、2020年冬の大会で金賞頂きました!
いつも応援して下さってる方、ありがとうございます(*^▽^*)

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下 ( No.224 )
日時: 2020/03/08 19:02
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: 8NNPr/ZQ)



「えーっと……香水って? お二人で、何のお話をなさっていたの? グランス家の方々がどうとかって……」

 ルーフェンは、同様にトワリスが去っていった方向を眺めながら、呟くように言った。

「匂いで、紛れ込んでた奴等の正体が分かったんだってさ。今回、事態を解決したのは、俺じゃなくてトワリスちゃんなんだよ」
 
「に、匂いで……?」

 思わず引き気味に答えてしまって、ロゼッタは、慌てて口をつぐんだ。
炎の幻術が巻き上がった瞬間、ロゼッタは驚いて目をつぶってしまっていたので、あの場で何が起こったのかは、よく分かっていなかった。
しかし、ルーフェンの言葉を額面通り受け取るならば、トワリスは祝宴が始まった時から、広間にいる人々の匂いを嗅ぎ回って、侵入者を探していたということだろうか。
もしそうだとしたら、その様はまるで獣のようである。

 とはいえ、仮に内心ドン引きしていても、それをルーフェンの前で態度に出すだなんて、もってのほかだ。
マルカン家の淑女たるもの、たとえ相手が、人間離れした嗅覚を持つ得体の知れない女でも、表向き差別などしてはならない。
過程はどうあれ、侵入者を誰よりも早く見つけ出し、倒したことは、賞賛すべき行為である。
匂いで嗅ぎ分けたなんて予想外すぎて、うっかり素が出そうになったが、ここは素直に、誉めておくべきだろう。

 ロゼッタは、上品に微笑んで見せた。

「やっぱり、獣人の血が混じってると、鼻が利くものなのね。前に香水の匂いが苦手って言ってたことがあったから、普通より敏感なのかしら、とは思っていたけれど……まさかそれで、悪い人達を見つけ出してしまうなんて。トワリスってばすごいわ、これはお父様にも教えて差し上げないと。トワリスのことを揶揄する方もいるけれど、私はむしろ、獣人混じりであることこそ、彼女の強みだと思ってますわ」

 言ってから、同意を求めるように、上目遣いでルーフェンを見る。
その彼の顔を見て、ロゼッタは、思わず目を疑った。
ルーフェンは、いつものように笑むでもなく、かといって、トワリスの行動に呆れている様子もない。
虚を突かれたような、無防備な表情をしていたのだ。

 ルーフェンの沈黙を訝しんだロゼッタが、再び口を開こうとしたとき。
ルーフェンが、ぽつんと呟いた。

「……いや、本当に……すごいな。匂いなんて、考えたこともなかったし、考えていたとしても、あの子じゃなきゃ気づけなかった」

 おそらく、誰に言ったわけでもなかったのだろう。
無意識に、心の底から滑り出てしまった、素直な賛美の言葉のようであった。

「……召喚師様?」

 少し強めに声をかけると、ようやくルーフェンと、視線がかち合う。
けれどその目は、ロゼッタのことを見てはいなかった。

「あの子、古語どころか、普通の文字も読めなかったんだ」

「……え?」

 問い返すと、ルーフェンの顔に、初めて表情が現れた。
驚きと、その奥にある嬉しさを隠しきれないような、柔らかい熱のこもった表情。
ルーフェンは、再び前を向くと、穏やかな口調で言った。

「獣人混じりであることが強みだって、そう言っただろう? 確かに、それもあるかもしれない。でもあの子は、初めて会ったとき、会話もまともに出来ないような……そういう子だったんだよ。ここに来るまで、本当に……頑張ってきたんだと思う」

 その銀の瞳に浮かぶ、触れられそうなほどの感嘆の色を、ロゼッタは、不思議な思いで見つめていた。
アーベリトへの遷都をきっかけに、婚約関係を結んで、かれこれ五年。
少なくともその間では、見たこともない、眩しそうな表情であった。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下 ( No.225 )
日時: 2020/03/11 19:39
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: 8NNPr/ZQ)




 ルーフェンは、誰に対しても優しく、人当たりが良いように見えるが、その実、誰にも興味を持っていないのだろうというのが、ロゼッタの印象であった。
中には、ルーフェンの甘言を本気にする者もいたし、当初はロゼッタも例外ではなかったが、付き合っていく内に、彼は笑顔の裏で、一体何を考えているのだろうと、不気味に思うようになったのだ。
しかし、元々政略的な理由で婚約者になったので、そこに恋情がないからといって、関係を解消することにはならなかった。
ロゼッタ的にも、アーベリトとは友好的な間柄で在りたかったし、何より、ルーフェンと仲睦まじい演技をしていれば、召喚師に取り入りたい父、クラークも喜ぶ。
勿論、嫌だと言えば、クラークは関係解消に動いてくれたのかもしれないが、そもそもルーフェンとは、年に数度会うか、会わないかといった状態であったし、彼は察しが良く、何も言わずに“婚約者ごっこ”に付き合ってくれていたので、そういう意味では一緒にいて楽であった。
召喚師一族に嫁げるということは、マルカン家にとって非常に名誉なことであったし、ルーフェンだって、ハーフェルンとの関係は大切にしたいはずである。
あくまで利害の話をしているのに、そこに好きだの嫌いだの、個人的な感情が入ると厄介だ。
だから、このまま後腐れのない、無感情な関係を続けていく上では、ルーフェンが誰にも関心を持たない、酷薄な人間であっても、腹の底の読めない狸男であっても、さして問題はない。
むしろ、余計な私情を挟んでこない分、都合が良い。
五年間ずっと、そう言い聞かせて、信じていたのに──。
まさか、こんなにも分かりやすく、ルーフェンの感情が動いた瞬間を目の当たりにするとは。

 ロゼッタはしばらくの間、ルーフェンの顔を、黙って眺めていた。
しかし、ややあって、呆れたようにため息をつくと、ぼそりと囁いた。

「……なんかもう、面倒になりましたわ」

 気づいたルーフェンが、ロゼッタに視線を戻す。
ロゼッタは、ルーフェンの手を引いて、人気のない舞台袖まで来ると、突然、左耳の耳飾りをとって、床に叩き落とした。
追い討ちと言わんばかりに、靴の踵で耳飾りをぐりぐりと踏みつければ、付石は、小さく音を立てて、呆気なく砕ける。
以前ルーフェンと、願掛けだのなんだのとやり取りをした、紅色の耳飾りであった。

「こんなに馬鹿馬鹿しい婚約者ごっこって、ないですわね。私、本気で恋愛をするなら、追いかけるより追いかけられたい派ですの。他の女ばっかり見てる男なんて、絶対に御免ですわ」

「…………」

 腕組みをして、吐き捨てるようにロゼッタが言い放つ。
ルーフェンは、つかの間沈黙して、微かに首を傾げた。

「えーっと……何の話?」

「私達の話ですわ!」

 だんっ、と床を踏み鳴らして、ロゼッタがルーフェンを睨む。
歩み寄って、ルーフェンの顔を至近距離で見つめると、ロゼッタは、打って変わった低い声で告げた。

「よろしくて? この際、婚約者だからとか、そんな話はどうだって良いのです。私が欲しいのは一つだけ、リオット族の独占権をハーフェルンに譲渡してちょうだい」

 ルーフェンが、ぱちぱちと目を瞬かせる。
頑として目をそらさず、返事を待っているロゼッタに、ルーフェンは、ぷっと吹き出した。

「……やたらとリオット族をハーフェルンに招待したがってたけど、やっぱりそれが目的だったんだ?」

「ええ、今更否定はしませんわ。召喚師様と駆け引きしたって埒が明きませんから、もう直球に申し上げます。……お返事は?」

「お断りかな」

「チッ」

 隠す様子もなく盛大に舌打ちをして、ロゼッタが離れる。
くすくすと笑うルーフェンに、ロゼッタは、苛立たしげに尋ねた。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下 ( No.226 )
日時: 2020/03/14 18:53
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: 8NNPr/ZQ)



「どうして頷いて下さらないの? 勿論、利益の分配だって、アーベリトが損にならないよう計らいますわ。ハーフェルンなら、南方だけでなく北方の鉱脈とも繋がりがあります。リオット族の能力は、シュベルテの弱小商会よりも、ハーフェルンが所有していた方が有用でしょう」

「うん、だからだよ」

 ロゼッタが、怪訝そうに眉を寄せる。
ルーフェンは、足元で砕けた紅色の耳飾りを一瞥すると、言い募った。

「俺がリオット族をアーベリトに留まらせているのは、彼らの価値を下げないためだよ。ハーフェルンに頼った方が、そりゃあ手広く成功するんだろうけど、それで結果的にリオット族の存在が身近になるのは、本意じゃない。この耳飾りに使ってる石だって、言ってしまえば、ただの石ころだ。でも、そう簡単には手に入らないから、高値で取引される」

「……つまり?」

「人は身近なものには価値を見出ださないけど、普段お目にかかれないものには、価値を見出だすし、欲しくなるってこと」

 至極全うな答えが返ってきて、ロゼッタは、面白くないといった風にそっぽを向いた。
よほど不機嫌そうな表情になっていたのだろう。
ルーフェンは、困ったように眉を下げた。

「ごめんね、怒らないで。リオット族の件は承諾できないけど、君のお願いは、なるべく聞き入れたいと思ってるんだ」

「…………」

 尚も吐き出される歯の浮くような台詞に、ロゼッタの眉間の皺が深まる。
すっと目を細めると、ロゼッタは冷たい視線を投げ掛けた。

「そういう嘘、軽々しく言わないで下さる? いつか私怨で刺されますわよ」

「あはは、もう手遅れかな」

 特に反省した様子もなく、ルーフェンは、軽い調子で返事をした。
真面目な話をしていたかと思いきや、突然、会話をはぐらかすような、掴み所のない部分を見せるのは、もはやルーフェンの癖みたいなものだ。
いちいち真に受けなければ、さほど気にならないが、相手によっては、人を食ったような態度に見えて、腹が立つだろう。

 ロゼッタは、ため息混じりに言った。

「まあ、いいでしょう。元々良い答えがもらえるとは思ってませんでしたし、今回は、お父様が貴方を利用するような真似をしてしまいましたから、多くは望みませんわ。アーベリトがハーフェルンとの協力関係を反故(ほご)にしない限り、私達は、貴方の思うように従います。……トワリスのことも、欲しいなら差し上げますわ」

 トワリスの名前を出すと、ルーフェンは、不思議そうに目を見開いた。

「……トワリスちゃん? どうして?」

 いっそ動揺を見せてくれたら面白かったのだが、ただただ疑問に思った様子で、ルーフェンは尋ねてくる。
この話の流れで、何故トワリスの名前が出てきたのか、本気で分かっていないようだ。
唾を吐きたい衝動を抑え、再び顔を近づけると、ロゼッタは凄味のきいた声を出した。

「どうして? 今、どうしてって仰いました? ここ数日、婚約者には目もくれず、ずーっとあの女のことばかり追いかけていたでしょう。お忘れかしら」

「いや、追いかけてた、っていうか……そういうつもりではなかったんだけど。……寂しい思いをさせてたなら、ごめんね?」

 言いながら、じりじりと迫ってくるロゼッタに、ルーフェンが一歩下がる。
へらりと笑って、ルーフェンは謝ったが、ロゼッタは、表情をぴくりとも動かさなかった。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下 ( No.227 )
日時: 2020/04/07 21:10
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: 8NNPr/ZQ)


「薄っぺらい謝罪は結構ですわ。一度懐に入れた臣下をとっかえひっかえしたくなかったから、手元に残すつもりでしたけれど、気持ち的には、トワリスなんてさっさと手放したかったんですもの。お父様も、トワリスのことは能力不足だと思っていらっしゃるようですし、彼女を屋敷から追い払って、結果的に召喚師様に恩が売れるなら、それが一番だって、ついさっき思い直しましたの」

「……そうなの? 卿はともかく、君はトワリスちゃんのこと、気に入ってるのかと思ってたけど」

「気に入ってませんわ! あんなうるさい女!」

 叫びにも近いようなロゼッタの声に、ルーフェンは、思わず周囲を見回した。
人目に触れない舞台袖とはいえ、幕を隔てたその先の広間には、まだ侍従や賓客たちが残っている。
ロゼッタ的に、こんな癇癪を起こしている姿を誰かに目撃されたら、まずいのではないだろうか。

 しかし、ルーフェンが口を挟む隙もなく、ロゼッタは、地団駄を踏みながら憤慨した。

「あれは駄目、これも駄目、怪我をしたら危険だから、健康に悪いからって。私、これまでの人生で、あんなに怒られたことありませんでしたわ! 健康に悪いってなに? トワリスは、私のお母様にでもなったつもりだったのかしら? 年下のくせに、乳母よりうるさいんだもの!」

 乳母より、という言葉を聞いた瞬間、耐えきれなくなって、ルーフェンはいきなり吹き出した。
腹を押さえ、身体をくの字に曲げて、大爆笑している。
ロゼッタは、顔を微かに赤くすると、ルーフェンを怒鳴り付けた。

「もう、笑うところじゃありません! お父様が私に専属護衛をつけたいって言うから、どうにか我慢していましたけれど、トワリスったら、一挙一動に文句をつけてくるんですもの。息苦しさで、頭がどうにかなりそうでしたわ!」

 畳み掛けて言うと、ルーフェンは、更に笑い出した。
何がそんなに可笑しかったのか、ロゼッタには分からなかったが、もしかしたらルーフェンにも、トワリスの口うるささに心当たりがあったのかもしれない。
ややあって、涙を拭きながら顔をあげると、ルーフェンは、ようやく出たような声で言った。

「……確かに、言われてみれば、トワリスちゃんってそういうところあるかも」

 トワリスとの出来事を思い出しているうちに、再び笑いの発作が起きたのか、ルーフェンが、何度か堪えるように咳き込む。
それから、「そっかぁ」と呟くと、柔らかい表情になって、幕の隙間から溢れる、ほんの僅かな光を見つめた。

「そういうつもりじゃなかったけど……そうなのかもね」

「…………」

 ルーフェンが自分に向けた、ただの独り言のようであった。
ほら見たことかと、指を差して笑ってやりたかったが、彼の視線は、やはりロゼッタの方には向いていない。
こちらを見もしない相手を、ご丁寧にからかってやるのも馬鹿馬鹿しくなったので、ロゼッタは、開こうとした口を閉じた。

 しばらくの間、ロゼッタは、ただ呆れた様子で、ルーフェンのことを見ていた。
だが、やがて、大きくため息をつくと、平坦な口調で言った。

「もうおしまいにしましょう。どうせ別室で祝宴が再開したら、またご一緒することになりますし、今は貴方のお顔を見ていたい気分ではありませんわ」

 それだけ言って、くるりと背を向ける。
わざと靴の踵を鳴らし、舞台袖から出ていこうとすると、ルーフェンが、声をかけてきた。

「ロゼッタちゃん、さっきの言葉、嘘じゃないよ」

 足を止めて、振り返る。
一体どの言葉だと、訝しむように無言で問うと、ルーフェンは言い直した。

「君のお願い、可能な限りは聞くよってやつ。だから今日みたいに、俺の力が必要だったら、また呼んで。いずれ君が治めるであろうハーフェルンを、敵に回すなんて、恐ろしくて出来ないからね」

 そう言うと、ルーフェンは眉をあげて、唇で弧を描いた。
ロゼッタは、しばらく真顔で立っていたが、ふと目をつぶってから、別人のような可憐な笑みを浮かべると、鈴を転がしたような、高い声で言った。

「私も、召喚師様とは、これからも円満な関係でいたいですわ。だって貴方といると、皆が私のことを羨ましい、妬ましいって陰口叩きながら、指を差してくるんですもの。私、そういう奴等の不細工顔をつまみにお酒を飲むの、だーい好き」

 愛らしく片目をつぶって見せて、にっこりと笑う。
その笑顔を見て、ルーフェンは肩をすくめると、苦笑を浮かべたのだった。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下 ( No.228 )
日時: 2020/03/19 18:28
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: sThNyEJr)


 七日間にも渡る、ハーフェルンの祭典に招待された時。
事前入りすることも考えると、半月近くもアーベリトを空けてしまうことになるので、ルーフェンは正直、乗り気ではなかった。
現国王、サミルからは、「ハーフェルンとの付き合いを無下にするわけにはいかないし、たまには外に出た方が、息抜きできるだろうから」と言われて送り出されたが、社交場で卑しい貴族連中と無駄話をしていると、息抜きどころか、むしろ息が詰まる。
たとえ、生死の境を渡り歩くような、命のやり取りに手を出すことになったとしても、直接アーベリトを守っている実感がある方が、よほど生きているような感じがした。

 アーベリトが王都になってから、五年。
サミルたちと過ごすようになって、救われた部分も多くあったが、一方で、彼らとの時間を、かけがえのないものだと自覚するほど、じわじわと広がる焦燥感や不安感が、心を支配するようになった。
王位を得たことで、少なからず他街から悪意を向けられるようになったアーベリトを、もし自分が守りきれなかったらと、そんな仮定をする度に、神経を苛むような痛みが、胸の奥に走るのだ。

 その痛みから、解放されたいと思うこともあったが、その先を考えると、別の虚しさや寂しさが、目の前に鎮座していた。
そもそもアーベリトは、現在シュベルテにいるエルディオ家の嫡男、シャルシスが成人するまでの期間限定という約定で、王都になったのだ。
元王太妃、バジレットの判断にもよるが、シャルシスが成人するまで、あと十年もない。
これから、十年も経たぬ内に、サミルは王位をエルディオ家に返上し、王都は再びシュベルテとなる。
そうなれば、アーベリトを守らねばという重圧はなくなるが、召喚師であるルーフェンは、シュベルテへと戻らなければならなかった。

 ふとした拍子に心を蝕む、そうした痛みや虚しさは、皮肉にも、あれだけ忌避していた、召喚師としての責務を果たしている時にだけ、忘れることができた。
そうする以外に、無慈悲な時をやり過ごす方法が、思い付かなかったのかもしれない。
かつての制圧対象といえば、内乱時でもない限り、イシュカル教徒くらいのものであったが、アーベリトへの遷都をきっかけに、サミルやルーフェンを狙う輩は増えた。
セントランスやハーフェルンといった大都市を押し退け、アーベリトなどという、ちっぽけな街が王都になったことで、単純に気に食わないと感じる者もいたし、政治的に権力を持っている者の中には、エルディオ家が継続して王位を継承しなかったせいで、痛手を被った勢力もあるだろう。
ルーフェンは、リオット族を引き入れ、一部の商会にのみ特権を与えているから、商家にも、召喚師を恨んでいる者は多くいるはずだ。

 アーベリトの破滅を願う、そういった連中の動きを見逃さず、引きずり出して殺した時が、一番安心できた。
まだ自分は、アーベリトを守れていると思うと、そこに自分の存在意義を、見出だせているような気がするのだ。
徹底的で、ある意味正しいルーフェンのやり方を、サミルが察する度に悲しんでいることは知っていたが、犠牲の上に平和が成り立つのであれば、この方法が最善なのだと、ルーフェンは確信していた。
敵対する人間を潰すことでしか、不安をやり過ごせないなんて、我ながら、哀れな生き方だと思う。
それでもこの先、たった十年足らずで終わってしまう、穏やかなアーベリトの時間を守るためならば、何でもするつもりであった。
そういう心持ちでいないと、自分がアーベリトに来た意味が、なくなってしまう。

 時折、幼い姿をした自分が、こちらを睨んでいた。
かつて自分が、母をそう罵ったように、軽蔑の眼差しを向けながら、「人殺し」と、そう叫ぶのだった。


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