複雑・ファジー小説
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- 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下【完結】
- 日時: 2022/05/29 21:21
- 名前: 銀竹 (ID: iqu/zy5k)
- 参照: https://www.kakiko.cc/novel/novel6/index.cgi?mode=view&no=18825
いつもありがとうございます。
闇の系譜シリーズは、四作目のアルファノル編以降、別サイトに移動しております。
詳しくはアルファノル編のスレにて!
………………
人々の安寧を願ったサーフェリアの前国王、サミル・レーシアス。
彼の興した旧王都──アーベリトは、わずか七年でその歴史に幕を閉じることとなった。
後に『アーベリトの死神』と称される、召喚師ルーフェンの思いとは……?
………………
はじめまして、あるいはこんにちは!銀竹と申します。
本作は、銀竹による創作小説〜闇の系譜〜の二作目の後編です。
サーフェリア編がかなり長くなりそうだったので、スレを上・下と分けさせて頂く事にしました。
一部残酷な表現などありますので、苦手な方がいらっしゃいましたらご注意下さい。
今回は、サーフェリア編・上の続編となっております。
サーフェリア編・上の知識がないと通じない部分も出てきてしまうと思いますが、伏線以外は極力分かりやすく補足して、進めていきたいと考えています(上記URLはサーフェリア編・上です)。
〜闇の系譜〜シリーズの順番としては
ミストリア編(上記URLの最後の番号五桁が16085)
サーフェリア編・上(17224)
サーフェリア編・下(19508)
アルファノル編(18825)
ツインテルグ編
となっております。
外伝はどのタイミングでも大丈夫です(16159)。
よろしくお願いいたします!
…………………………
ぜーんぶ一気に読みたい方→ >>1-430
〜目次〜
†登場人物(第三章〜終章)† >>1←随時更新中……。
†用語解説† >>2←随時更新中……。
†第三章†──人と獣の少女
第一話『籠鳥』 >>3-8 >>11-36
第二話『憧憬』 >>37-64
第三話『進展』 >>65-98
†第四章†──理に触れる者
第一話『禁忌』 >>99-150 >>153-162
第二話『蹉跌』 >>163-189 >>192-205
第三話『結実』 >>206-234
†第五章†──淋漓たる終焉
第一話『前兆』 >>235-268 >>270-275
第二話『欺瞞』 >>276-331
第三話『永訣』 >>332-342
第四話『瓦解』 >>343-381
第五話『隠匿』 >>382-403
†終章†『黎明』 >>404-405
†あとがき† >>406
作者の自己満足あとがき >>407-411
……………………
基本的にイラストはTwitterにあげておりますので、もし見たい!って方がいらっしゃいましたらこちらにお願いします。→@icicles_fantasy
……………………
【完結作品】
・〜闇の系譜〜(ミストリア編)《複ファ》
ミストリアの次期召喚師、ファフリの物語。
国を追われ、ミストリアの在り方を目の当たりにした彼女は、何を思い、決断するのか。
・〜闇の系譜〜(サーフェリア編)上《複ファ》
サーフェリアの次期召喚師、ルーフェンを巡る物語。
運命に翻弄されながらも、召喚師としての生に抗い続けた彼の存在は、やがて、サーフェリアの歴史を大きく変えることとなる──。
・〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下《複ファ》
三街による統治体制を敷き、サーフェリアを背負うこととなったサミルとルーフェン。
新たな時代の流れの陰で、揺れ動くものとは──。
【現在の執筆もの】
・〜闇の系譜〜(外伝)《複ファ》
完全に狐の遊び場。〜闇の系譜〜の小話を載せております。
・〜闇の系譜〜(アルファノル編)《複ファ》
ミストリア編後の物語。
闇精霊の統治者、エイリーンとの繋がりを明かし、突如姿を消したルーフェン。
召喚師一族への不信感が一層強まる中、トワリスは、ルーフェンの後を追うことを決意するが……。
憎悪と怨恨に染まった、アルファノル盛衰の真実とは──?
【執筆予定のもの】
・〜闇の系譜〜(ツインテルグ編)《複ファ》
アルファノル編後の物語。
世界の流転を見守るツインテルグの召喚師、グレアフォール。
彼の娘である精霊族のビビは、ある日、サーフェリアから来たという不思議な青年、アーヴィスに出会うが……。
……お客様……
和花。さん
友桃さん
マルキ・ド・サドさん
ヨモツカミさん
【お知らせ】
・ミストリア編が、2014年の冬の大会で次点頂きました!
・サーフェリア編・上が、2016年の夏の大会で銅賞を頂きました!
・2017年8月18日、ミストリア編が完結しました!
・ミストリア編が2017年夏の大会で金賞を頂きました!
・サーフェリア編・上が、2017年冬の大会で次点頂きました!
・2018年2月18日、サーフェリア編・上が完結しました!
・サーフェリア編・下が、2019年夏の大会で銀賞頂きました!
・外伝が、2019年冬の大会で銅賞頂きました!
・サーフェリア編・下が、2020年夏の大会で銀賞頂きました!
・サーフェリア編・下が、2020年冬の大会で金賞頂きました!
いつも応援して下さってる方、ありがとうございます(*^▽^*)
- Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下 ( No.184 )
- 日時: 2019/09/14 20:41
- 名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: NRm3D0Z6)
(守れるように、か……)
ふと、五年ほど前、アーベリトのサミルの屋敷で、刺客に襲われた時のことを思い出した。
国王の暗殺を謀り、入り込んだと思われる黒装束の男達。
あの時、たったの十五だったルーフェンは、まるで虫でも踏み潰すかのように、簡単に刺客たちを殺してしまった。
その光景を見て、当時は恐ろしさに立ち尽くすことしか出来なかったが、今なら、恐怖以外の感情も抱けると思う。
きっと、時に非情にならなければ、誰かを守ることなど出来はしないのだ。
(……守るっていうのは、多分、私が思う以上に大変なことなんだよね)
それこそ、普段は優しかったルーフェンが、残虐で冷徹な空気を纏ってしまうほどに──。
トワリスがアーベリトを去ってからも、あんな風にサミルは、誰かに狙われるような毎日を送っているのだろうか。
領主の娘というだけで、ロゼッタも毒を盛られたりするのだ。
一国の主ともなれば、より多くの者に狙われ、死を間近に感じるような生活をしているかもしれない。
サミルを守るルーフェンだって、きっとそうだ。
誰かを守るというのは、誰かを傷つけ、殺すことと同じだ。
傷つければ傷つけただけ、それと同等の恨みと憎しみが、己に返ってくる。
たったの十五歳で、そのことを理解していたルーフェンは、一体どれだけのものを犠牲にしてきたのだろう。
そしてこれからも、何度自分の気持ちを踏みにじって行くのだろう。
あれから、もう五年経った。
トワリスは十七歳になったし、ルーフェンは、二十歳になっているはずだ。
トワリスにとっては、激動の五年であったが、ルーフェンにとっては、どんな五年だっただろう。
サミルもルーフェンも、慌ただしく、忙しい日々を過ごしてきたに違いない。
けれど、願わくば、あんな風に死の恐怖に晒されるような出来事には、遭っていなければ良いなと思う。
そんなことを考えながら、吹き抜けの廊下に差し掛かったとき。
不意に目の前に、ぼんやりとルーフェンの姿が浮かんできた。
ひゅう、と中庭を抜ける一陣の風に、さらりと揺れる、銀色の髪。
日の光を反射して、ちかちかと煌めく緋色の耳飾りは、紛れもない、サーフェリアの召喚師である証だ。
ルーフェンは、長い睫毛を伏せて、中庭の噴水を覗きこんでいる。
陶器のような白い肌も、透き通った白銀の瞳も、どこか神秘的な空気を纏ったその風貌は、昔と全く変わっていない。
しかし、目前にいるルーフェンは、トワリスの記憶の中にいる少年の姿ではなかった。
背も高くなり、鼻筋もすっと通った、青年のルーフェンであったのだ。
五年も会っていないのに、妙に明瞭な想像である。
どこか憂いげな瞳で佇んでいるルーフェンを、トワリスは、長い間、浮かされたように眺めていた。
やがて、ルーフェンが振り返ったかと思うと、その白銀の瞳と、ぱちりと目が合う。
縫い止められたように動かないトワリスを見て、ルーフェンは、微かに表情を綻ばせた。
「俺に、何か用?」
穏やかな声をかけられて、思わず、どきりと心臓が跳ねる。
同時に、大きく目を見開くと、トワリスは、目にも止まらぬ速さで、長廊下の柱に隠れた。
(……え? えっ、本物……?)
一度頬をつねってみてから、柱に隠れたまま、ルーフェンを一瞥する。
不思議そうに首をかしげるルーフェンを見て、それが自分の想像などではなく、本物のルーフェン・シェイルハートであることを確信すると、トワリスは、驚愕のあまり言葉が出なくなった。
- Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下 ( No.185 )
- 日時: 2019/09/20 15:49
- 名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: NRm3D0Z6)
何故、アーベリトにいるはずのルーフェンが、ハーフェルンにいるのだろう。
そんなことより、どうして自分は隠れているのだろう。
先程、確実に目が合ったのに。
しかも話しかけられたのに。
黙ったまま柱の裏に逃げ込むなんて、完全に不審人物である。
トワリスは、逡巡の末、ぎくしゃくとした足取りでルーフェンの前に出ると、斜め下に視線をそらして、声を絞り出した。
「あ、あの……あ、怪しい者じゃないです……」
「…………」
言い終わった瞬間、再び柱の後ろに隠れたくなった。
いきなり怪しい者じゃない、なんて言う奴は、絶対に怪しい。
案の定、目の前に立っているルーフェンも、きょとんとした表情で、目を瞬かせている。
思考がぐるぐると回って、口を開閉させても、上手く言葉が出てこなかった。
全身から汗が噴き出して、緊張なのか、恥ずかしさなのか、頬に熱が集まっていく。
もしルーフェンと再会できたら、一言目は、何を言おうと思っていたんだっけ。
何度か考えたことはある気がするが、今は頭が真っ白で、何も思い付かない。
自分は今、どんな間抜けな顔をしているだろう。
そういえば、今日はまともに髪も梳(と)かしていなかった気がする。
最近は、身なりを整えていないとロゼッタが怒ってくるので、特別跳ねている癖毛くらいは、意識して直していた。
だが、今朝は怒り心頭のクラークに呼び出されて、髪をどうこうする暇なんてなかったから、みっともない姿をしているかもしれない。
唇をしきりに動かしては、下を向いて、黙り込む。
ルーフェンは、そんなトワリスの言葉を、しばらく待っていたようだったが、ややあって、彼女の耳を目に止めると、少し驚いたように言った。
「……もしかして、トワリスちゃん?」
トワリスの動きが、ぴたりと止まる。
名前を呼ばれたことが、つかの間、現実のことなのかどうか、分からなかった。
鼓動が異様なほど速くなって、胸の中で、心臓が暴れまわっている。
口を開けば、勢いよく心臓が飛び出してきてしまいそうだった。
トワリスは、瞠目したまま、おずおずと顔をあげた。
そして、ぐっと何かを堪えるように一拍置くと、ようやく言葉を押し出した。
「……そう、そうです……トワリスです……」
喉の奥が熱くなって、大きく頷けば、その拍子に涙がこぼれそうになる。
声が震えて、再びうつむくと、トワリスは泣くまいと、ぐっと口を閉じた。
もっと心の準備をしてから再会したかったとか、まともな一言目を言いたかったとか、そんな思いが渦巻いていたが、名前を呼ばれたのだと分かった瞬間、強い喜びが突き上げてきた。
柔らかくて、優しくて、けれどトワリスが知っているものより少し低い、落ち着いた声。
多く助けた内の、子供の一人でいい。
獣人混じりの、珍しい子供としてでもいい。
ただ、自分のことを覚えていてくれたことが、本当に嬉しかった。
トワリスは、ごしごしと顔を拭うと、ルーフェンの目をまっすぐに見つめた。
「……魔導師になれました、召喚師様。孤児院を出たあと、私、魔導師になったんです」
そうこぼした途端、言いたかった言葉が、頭の中に一気に溢れてきた。
五年前、奴隷のまま生活していたならば、あの暗い地下で、誰にも知られることなく、トワリスは死んでいただろう。
今の自分があるのは、サミルとルーフェンのおかげだ。
そう、もしも再会できたなら、一言目は、感謝の言葉を言いたかったのだ。
命を救ってくれて、ありがとう。
手当てをして、何度も反抗したのに優しくしてくれて、文字を教えてくれて、生き方を示してくれて、ありがとう。
別れは寂しかったけれど、孤児院に行ったら、リリアナという友達が出来た。
魔導師になるまでの道程も、決してなだらかではなかったが、サイやアレクシアと共に戦って、己の世界は広がった。
今までも、そしてこれからも、沢山のものを見て、感じていけるのは、五年前、サミルとルーフェンが自分を助けてくれたからだ。
トワリスは、涙のたまった目で、ルーフェンを見上げた。
「召喚師様、私……私、伝えたいことが──」
「召喚師様ぁーっ!」
言葉を続けようとした、その時。
どこからか、聞いたことのない声が響いてきた。
ルーフェンの声でも、ロゼッタの声でもない、甲高い女性の声である。
声がした方に振り向くと、トワリスが来たのとは反対の長廊下から、金髪の女性が駆けてくるのが見えた。
装飾の多い豪華なドレスを着て、濃厚な香水の匂いを纏った女は、長いスカートの裾を持ち上げて、中庭に入ってくる。
女は、一直線にこちらに向かってくると、大きな胸を揺らして、ルーフェンに勢いよく抱きついた。
「こんなところにいらしたのね! お会いしたかったわ!」
言い様、女は背伸びをして、ルーフェンに口付けをする。
ひゅん、と涙の引っ込んだトワリスは、目の前で起きている光景が信じられず、凍りついたように立っていた。
この金髪の女性は、一体どこの誰だろうか。
身なりからして、どこぞの貴族のご令嬢だろうが、人が会話をしているところに突然現れて、しかも堂々と口付けを交わすなんて、いくらなんでも非常識過ぎる。
- Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下 ( No.186 )
- 日時: 2019/09/22 19:22
- 名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: NRm3D0Z6)
女は、ぽかんと棒立ちするトワリスには目もくれず、ルーフェンの首に白い腕を回した。
「今回の祭典には、召喚師様もいらっしゃるって聞いて、楽しみにしていたのよ。召喚師様ったら、ここのところ全然お相手してくださらないんですもの。私、とっても寂しかったわ」
いじけた様子で膨れっ面になるも、女は未だに、ルーフェンに抱きついたままだ。
ルーフェンは、それを拒否することもなく、へらへらとした笑みを浮かべた。
「ごめんね。最近立て込んでいて、なかなかアーベリトから離れられなかったんだ」
「最近? 嘘よ。ここのところ、ずーっとじゃない!」
ようやくルーフェンから離れると、女は声を荒らげ、ぷいっと顔をそらす。
ルーフェンは、苦笑して肩をすくめると、憤慨する彼女の手を取り、軽く口づけた。
「そんなに怒らないで。君には笑顔の方が似合うから、機嫌直してほしいな」
「…………」
ルーフェンがそう囁けば、女の頬が、ぽっと赤く染まる。
まだ顔は背けているが、彼女の機嫌がその一瞬で直ってしまったのは、見て取るように分かった。
ルーフェンは、女の手を離すと、トワリスの方に向き直った。
「……で、話の途中だったけど、なんだっけ?」
(な、なんだっけ……?)
ひくっと口元を引きつらせると、トワリスは、ルーフェンを見上げる。
なんだっけ、だなんて、どうしてそんなこと、何事もなかったかのように言えるのだろうか。
トワリスが、ずっと暖めてきた感謝の気持ちを、たった今伝えようとしていたことなど、ルーフェンは知る由もない。
けれど、五年ぶりの再会であったことは、トワリスにとっても、ルーフェンにとっても同じだったはずだ。
せめて「久しぶりだね、元気だった?」とか、「魔導師になれたんだね、おめでとう」とか、そういう一言くらい、言ってくれても良かったのではなかろうか。
思いがけない再会が、こうもあっさり完結してしまうなんて、こんなに悲しいことはない。
ふと目線をずらせば、金髪の女が、恨めしそうにトワリスのことを見ている。
さっさとどこかへ行け、とでも言いたげな表情である。
彼女からすれば、トワリスのほうが、ルーフェンとの逢瀬を邪魔する厄介者なのだろう。
最初にルーフェンと話していたのはトワリスなのだから、責められる謂れはないのだが、もしかしたら、ルーフェンとこの金髪の女性は、恋人同士なのかもしれない。
いや、口づけなんて交わしているくらいだから、きっとそうだ。
ともすれば、やはり去るべきなのは、自分の方なのだろう。
トワリスは、忙しなく視線をさまよわせながら、一歩後ずさった。
「いや、その……やっぱり、何でもないです。……すみません、邪魔をしてしまって……」
ちら、と二人の表情を伺いながら、軽く頭を下げる。
しかしルーフェンは、不思議そうに瞬くと、首を傾けた。
「すみませんって、何が? 邪魔だなんて思ってないよ。ごめんね、何か言おうとしてくれてたのに」
「え……」
ルーフェンの言葉に、思わず耳を疑う。
邪魔だなんて思ってない、ということはつまり、ルーフェンにとって、人前で誰かと抱き合ったり、口付けをしたりすることは、恥ずかしくもなんともない、日常茶飯事だということだろうか。
確かに、女から抱きつかれたとき、ルーフェンはそれを拒んだり、トワリスの方を気にしたりする様子はなかった。
普通、恋人同士だろうがなんだろうが、人目のある場所で触れ合うのは、抵抗があるものではないんだろうか。
それとも、貴族の間では、口づけなんて挨拶の一種なんだろうか。
折角気持ちが落ち着いていたのに、再び頭が混乱してくる。
今、目の前にいるルーフェンが、なんだか自分の知っているルーフェンとは、別人のように思えた。
柔らかい表情も、落ち着いた声音も、記憶の中の彼そのものであるが、昔と今のルーフェンでは、何かが違うような気がする。
五年前は、一緒にいれば心が暖かくなって、安心できたのに、今のルーフェンは、見ているだけで、胸の奥がざわついてくるのだ。
言い表しようのない感情が沸き上がってきて、目を白黒させていたトワリスは、不意に、何かが頬に触れた感覚で、はっと我に返った。
気づけば、ルーフェンが、トワリスの頬に触れている。
ルーフェンは、どこか心配そうな口調で、問いかけてきた。
「大丈夫? 顔、真っ赤だけど……」
銀の瞳に覗き込まれて、びくっと身体が強張る。
ルーフェンは、どういうつもりでこんなことをしているのだろう。
無自覚なのか、それとも意図的なのか。
もしかして、いや、もしかしなくても、ルーフェンはすごく女慣れしているのでは──。
そんな風に思った瞬間、言葉より先に、手が出てしまった。
「──うっ、うぎゃぁぁああっっ!」
奇声をあげ、ルーフェンの腕をはねのけると、トワリスは踵を返した。
ルーフェンのほうなど見向きもせずに、元来た廊下を、全速力で走り出す。
道中、驚いた侍従たちが、何事かと声をかけてきたが、それに返事をする余裕もなかった。
(な、なんっ、なんであんなこと、平然と……!)
暴れていた心臓が、いよいよ喉元まで迫っている。
トワリスは、心臓を吐き出さないよう、強く唇を引き結ぶと、そのままロゼッタの部屋へと駆け戻ったのだった。
- Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下 ( No.187 )
- 日時: 2021/04/14 17:04
- 名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: WZc7rJV3)
トワリスが蹴破るようにして扉を開けると、長椅子に腰かけていたロゼッタは、びくりと肩を揺らした。
「なに、どうしたの……? そんなに慌てて……」
ロゼッタが、訝しげに眉を寄せて、トワリスの方を見る。
本来なら、ノックもせずに主人の部屋に飛び込んできたことを責めるところだが、トワリスの様子に、これは只事ではないと察したのだろう。
トワリスは、ゆるゆると首を振ると、脱力して床に座り込んだ。
「す、すみません……ちょっと、色々あって……」
曖昧な答えに、ロゼッタが眉をしかめる。
読んでいた本をぱたんと閉じると、ロゼッタは、呆れたように嘆息した。
「色々って、一体なんですの? 厨房まで行っただけでしょう?」
その言葉に、はっと自分の両手を見る。
そういえば、ルーフェンとの衝撃的な再会で、すっかり忘れていたが、厨房から酒を取ってくるように頼まれていたのだった。
トワリスは、がっくりと項垂れると、ロゼッタに深々と頭を下げた。
「……申し訳ありません。お酒、取ってくるの忘れました」
「はあ!?」
長椅子から立ち上がって、ロゼッタが詰め寄ってくる。
トワリスの両肩を掴み、がくがくと揺らすと、ロゼッタは早口で捲し立てた。
「忘れましたって、じゃあ貴女は一体何をしていましたの!? ここから厨房まで、大した距離ないじゃない! そんな短い間に、何があったら本来の目的を忘れるっていうのよ!」
「そ、その、中庭で召喚師様とお会いして……」
「なんですって!?」
瞬間、ロゼッタが手を止めて、言葉を詰まらせる。
その栗色の瞳を、みるみる輝かせると、ロゼッタは足取り軽く、トワリスに背を向けた。
「それならそうと、早く言いなさいよ! 召喚師様ってば、もうご到着なさってたのね。早速お父様とお出迎えに行かなくちゃ!」
酒のことはもう頭から飛んだのか、一転してご機嫌な様子で、ロゼッタは化粧台に向かう。
トワリスは、肩を擦りつつ立ち上がると、ロゼッタに問うた。
「あの、どうして召喚師様が、ハーフェルンにいらっしゃっるんでしょうか? ロゼッタ様がお呼びになったんですか?」
長椅子に腰を下ろして、ロゼッタに向き直る。
ロゼッタは、緩く巻いた茶髪を梳かしながら、鼻歌混じりに答えた。
「ええ、そうですわ。五日後に開かれる祭典に向けて、各街の御領家をハーフェルンにご招待していますの。親交深いアーベリトに、声をかけないわけないでしょう? 陛下がおいでになるかどうかは分かりませんでしたけれど、召喚師様は、きっと来てくださると思ってましたわ。だって召喚師様は、私の婚約者ですもの」
「こんやく……!?」
思わず声が裏返って、長椅子から落ちそうになる。
トワリスの動揺ぶりに、ロゼッタは振り返ると、不可解そうに眉を寄せた。
- Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下 ( No.188 )
- 日時: 2019/09/28 19:52
- 名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: m1N/dDQG)
「あら、何をそんなに驚いていますの? 有名な話よ。私と召喚師様は、もう随分と前から、将来を誓い合った仲なの」
「そ、そうなんですか……」
手探りで背もたれを掴み、どうにか長椅子に座り直す。
考えてみれば、不自然な話ではない。
アーベリト、シュベルテ、ハーフェルン──この三街には、今や強固な繋がりがあるし、旧王都シュベルテを治めるカーライル家に、老齢のバジレットと赤ん坊のシャルシスしかいない以上、召喚師ルーフェンと、年頃の近いマルカン家のロゼッタが結ばれるのは、ごく自然な流れだ。
しかし、だとすれば、先ほど見たあの金髪の女性は、誰だったのだろうか。
あの密着具合は、どう見ても友人の距離感ではなかった。
(……もしかして、浮気? あれって浮気だよね?)
まさか、という思いが、頭の中を駆け巡る。
確かにルーフェンは、昔から、誰に対しても優しかった。
いつも穏やかな笑みを向けてくれる、その分け隔てない優しさに、つい惹かれてしまう気持ちは、トワリスもよく分かる。
だが、その気持ちに、ルーフェンがいちいち意味深で思わせぶりな返しをしていたのだとしたら、色々と問題が起こるだろう。
現に今、その問題に直面している。
ルーフェンは、ロゼッタという婚約者がありながら、他の女性に抱きつかれ、口づけまでされていたのだ。
(まあ、召喚師って立場なら、奥さんが複数いたっておかしくはないけど……。でもだからって、まだ本妻もいない内から、早々に浮気なんてする……? 位の高い人って、そんなものなの? ふ、不潔だ……)
ぞわっと、全身に鳥肌が立った。
正直、人前で平然と乳繰り合っている時点で少し引いたが、あれが浮気現場だったなんて、更なる衝撃である。
この五年間で、ルーフェンはどうして、そんな移り気な性格になってしまったのだろう。
それとも、トワリスが知らなかっただけで、元々ルーフェンはだらしない質だったのだろうか。
どちらにせよ、なんだか夢から覚めたような気分だ。
昔のルーフェンと、今のルーフェンが別人のようだと思ったあの時、自分が何に違和感を感じていたのか、なんとなく分かった。
今のルーフェンの笑みには、妙な色気があって、気を抜けば心を捕らえられてしまいそうだが、一方で、どことなく胡散臭さがあったのだ。
トワリスは、密かにため息をつくと、鏡と向き合っているロゼッタを一瞥した。
ロゼッタは、ルーフェンが浮気していることを、知っているのだろうか。
もし黙認しているならば、何も言うことはないが、知らずにいて、ルーフェンの訪問に喜び、こんな風にめかしこんでいるのだとしたら、可哀想で見ていられない。
ルーフェンはとんでもない、最低な男である。
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