複雑・ファジー小説
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- 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下【完結】
- 日時: 2022/05/29 21:21
- 名前: 銀竹 (ID: iqu/zy5k)
- 参照: https://www.kakiko.cc/novel/novel6/index.cgi?mode=view&no=18825
いつもありがとうございます。
闇の系譜シリーズは、四作目のアルファノル編以降、別サイトに移動しております。
詳しくはアルファノル編のスレにて!
………………
人々の安寧を願ったサーフェリアの前国王、サミル・レーシアス。
彼の興した旧王都──アーベリトは、わずか七年でその歴史に幕を閉じることとなった。
後に『アーベリトの死神』と称される、召喚師ルーフェンの思いとは……?
………………
はじめまして、あるいはこんにちは!銀竹と申します。
本作は、銀竹による創作小説〜闇の系譜〜の二作目の後編です。
サーフェリア編がかなり長くなりそうだったので、スレを上・下と分けさせて頂く事にしました。
一部残酷な表現などありますので、苦手な方がいらっしゃいましたらご注意下さい。
今回は、サーフェリア編・上の続編となっております。
サーフェリア編・上の知識がないと通じない部分も出てきてしまうと思いますが、伏線以外は極力分かりやすく補足して、進めていきたいと考えています(上記URLはサーフェリア編・上です)。
〜闇の系譜〜シリーズの順番としては
ミストリア編(上記URLの最後の番号五桁が16085)
サーフェリア編・上(17224)
サーフェリア編・下(19508)
アルファノル編(18825)
ツインテルグ編
となっております。
外伝はどのタイミングでも大丈夫です(16159)。
よろしくお願いいたします!
…………………………
ぜーんぶ一気に読みたい方→ >>1-430
〜目次〜
†登場人物(第三章〜終章)† >>1←随時更新中……。
†用語解説† >>2←随時更新中……。
†第三章†──人と獣の少女
第一話『籠鳥』 >>3-8 >>11-36
第二話『憧憬』 >>37-64
第三話『進展』 >>65-98
†第四章†──理に触れる者
第一話『禁忌』 >>99-150 >>153-162
第二話『蹉跌』 >>163-189 >>192-205
第三話『結実』 >>206-234
†第五章†──淋漓たる終焉
第一話『前兆』 >>235-268 >>270-275
第二話『欺瞞』 >>276-331
第三話『永訣』 >>332-342
第四話『瓦解』 >>343-381
第五話『隠匿』 >>382-403
†終章†『黎明』 >>404-405
†あとがき† >>406
作者の自己満足あとがき >>407-411
……………………
基本的にイラストはTwitterにあげておりますので、もし見たい!って方がいらっしゃいましたらこちらにお願いします。→@icicles_fantasy
……………………
【完結作品】
・〜闇の系譜〜(ミストリア編)《複ファ》
ミストリアの次期召喚師、ファフリの物語。
国を追われ、ミストリアの在り方を目の当たりにした彼女は、何を思い、決断するのか。
・〜闇の系譜〜(サーフェリア編)上《複ファ》
サーフェリアの次期召喚師、ルーフェンを巡る物語。
運命に翻弄されながらも、召喚師としての生に抗い続けた彼の存在は、やがて、サーフェリアの歴史を大きく変えることとなる──。
・〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下《複ファ》
三街による統治体制を敷き、サーフェリアを背負うこととなったサミルとルーフェン。
新たな時代の流れの陰で、揺れ動くものとは──。
【現在の執筆もの】
・〜闇の系譜〜(外伝)《複ファ》
完全に狐の遊び場。〜闇の系譜〜の小話を載せております。
・〜闇の系譜〜(アルファノル編)《複ファ》
ミストリア編後の物語。
闇精霊の統治者、エイリーンとの繋がりを明かし、突如姿を消したルーフェン。
召喚師一族への不信感が一層強まる中、トワリスは、ルーフェンの後を追うことを決意するが……。
憎悪と怨恨に染まった、アルファノル盛衰の真実とは──?
【執筆予定のもの】
・〜闇の系譜〜(ツインテルグ編)《複ファ》
アルファノル編後の物語。
世界の流転を見守るツインテルグの召喚師、グレアフォール。
彼の娘である精霊族のビビは、ある日、サーフェリアから来たという不思議な青年、アーヴィスに出会うが……。
……お客様……
和花。さん
友桃さん
マルキ・ド・サドさん
ヨモツカミさん
【お知らせ】
・ミストリア編が、2014年の冬の大会で次点頂きました!
・サーフェリア編・上が、2016年の夏の大会で銅賞を頂きました!
・2017年8月18日、ミストリア編が完結しました!
・ミストリア編が2017年夏の大会で金賞を頂きました!
・サーフェリア編・上が、2017年冬の大会で次点頂きました!
・2018年2月18日、サーフェリア編・上が完結しました!
・サーフェリア編・下が、2019年夏の大会で銀賞頂きました!
・外伝が、2019年冬の大会で銅賞頂きました!
・サーフェリア編・下が、2020年夏の大会で銀賞頂きました!
・サーフェリア編・下が、2020年冬の大会で金賞頂きました!
いつも応援して下さってる方、ありがとうございます(*^▽^*)
- Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下 ( No.234 )
- 日時: 2020/03/31 19:11
- 名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: 8NNPr/ZQ)
ルーフェンは、諦めたように吐息をつくと、穏やかな声で言った。
「ごめん、そうじゃない。言葉足らずだったな……。今、アーベリトにおいでって言ったのは、君のことが心配だからってわけじゃない。君に来てほしいから、言ってるんだよ」
トワリスが、瞠目する。
ルーフェンは、その目を見つめ返した。
「祝宴の場で戦う君を見たとき、本気ですごいと思った。俺じゃ、誰が侵入者なのか的確に見抜けなかったし、素早く動けたのも、君だからこそだと思う。魔術を使ったからって、誰でもあんな風に動けるわけじゃない。白状すると、今まで、君があんなに強いと思ってなかったんだ」
「…………」
ルーフェンは、トワリスの腕を掴む手に、力を込めた。
「五年前に言ってくれたこと、ちゃんと思い出したよ。俺たちに甘えて、アーベリトで暮らすんじゃなくて、サミルさんたちにとって必要な人間になって、帰ってきたいんだって、そう言ってたでしょう? ……もう十分だよ。君はそこらの魔導師よりもずっと強いし、何より信頼できる。……だから、俺と一緒に、アーベリトを守ってくれない?」
言っている最中、トワリスは、ただ大きく目を見開いて、ルーフェンの言葉に耳を傾けていた。
言い終えた後も、まるで石像のように硬直して、ルーフェンのことをじっと見つめていたが、やがて、ふと、その目に不安定な光が揺らいだと思うと、トワリスの頬に、ぽろっと涙が伝った。
「えっ……」
ぎょっとして、今度はルーフェンが硬直する。
トワリスは、自分でも驚いたように涙を拭うと、すんっと鼻をすすった。
「……本当ですか」
呟いてから、ルーフェンを見る。
トワリスの頬に、もう雫は流れていなかったが、強く擦った目には、まだ涙が滲んで、潤んでいた。
「嘘だったら、刺しますよ」
「刺っ……こんな時に嘘つかないよ……」
それを聞くと、再び涙腺が緩くなったのか、トワリスは、下を向いた。
何度も瞬き、それでも堪えきれなかったものは拭いながら、トワリスは、途切れ途切れに言葉を紡いだ。
「……私、まだまだなんです。全然、まだ駄目なところが沢山あって……だけど、そう言ってもらえると、すごく嬉しいです……。嬉しい……」
涙が溢れている間、トワリスは、決して顔をあげなかった。
声を漏らすこともなく、ただ、擦りすぎて赤くなった瞼に、袖口を押し当てている。
しばらくは、すすり上げるように、呼吸を震わせていたが、大きく息を吸うと、トワリスは、ゆっくりと顔をあげた。
「……こんなこと、言うつもりなかったんですけど……祝宴の時、実はわざと派手な魔術を使って、大袈裟に動いたんです」
言いながら、もう一度、鼻をすする。
それから、泣き笑いするように顔を歪めると、トワリスは言った。
「召喚師様に、かっこいいところを見せたかったので」
「──……」
トワリスのこんな顔は、見たことがなかった。
余計なお世話だと憤慨している顔も、不満げに眉間に皺を寄せているところも、緊張した仏頂面も見たことはあったが、どこか彼女らしく、不器用に眉を下げて笑う、こんな表情は、知らなかった。
今更になって、トワリスの腕を握っていたことに気づいて、ルーフェンは、狼狽えて手を離した。
行き場を失った手が、妙に熱い。
喉がからからで、絞り出した声が、やけに掠れていた。
「いや、えっと……本筋がそれたけど、今のは、哀れみで君をアーベリトに誘ってるわけじゃない、って話ね。実際にアーベリトに来るかどうかは、君に任せるよ。前にも言ったけど、俺やサミルさんへの恩義でアーベリトに来ようと思ってるなら、そんなの気にしないで、本当にやりたいことをやればいいし……」
何かを誤魔化すかのように、早口で捲し立てる。
ずっと腕に触れてしまっていたので、途中でトワリスに殴られると思ったが、殴られなかった。
トワリスは、首を横に振った。
「恩義ですよ。……恩義ですけど、それが、私の意思でもあるんです」
柔らかい声で言って、トワリスが、破顔する。
困ったように笑んだ彼女の表情は、いつもよりあどけなく、無防備に映った。
「召喚師様たちにとっては、助けてきた大勢の内の一人でも、私にとっては、お二人が全てだったんです。だから、召喚師様が望んでくださるなら、今すぐにでもアーベリトに行って、恩返しをしたいです。それが、私の目標で……やりたいことだったんです」
音を立てて揺れる炉の炎が、トワリスの濡れた目を、煌めかせている。
本当にそれで良いのかと、再度問おうとして、やめた。
思い直されても、後戻りできる気がしなかったし、これ以上は何を言っても、トワリスの意思は、揺らがないだろうと思った。
心臓の音が、やけに近くで聞こえる。
共に過ごしたいなどと望んではいなかったはずなのに、トワリスが自ら、自分の隣を選んでくれたのだと思うと、途端に、息苦しいような喜びが、胸を締め付けてきた。
その気持ちを、認めざるを得なくなったのは、思えば、この瞬間だったのかもしれない。
To be continued....
- Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下 ( No.235 )
- 日時: 2020/04/04 18:27
- 名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: 8NNPr/ZQ)
†第五章†──淋漓たる終焉
第一話『前兆』
「き、汚い……」
五年ぶりにアーベリトに帰ってきて、念願のレーシアス邸を前にしたとき。
トワリスの第一声は、汚い、であった。
ハーフェルンの領主、クラークの娘であるロゼッタから、正式に解雇を申し渡されて、丸三日。
魔導師団の最高権力者である召喚師、ルーフェンにアーベリト配属を決められた以上、わざわざ本部のあるシュベルテに報告に行く必要もないので、トワリスは、マルカン家に挨拶を済ませて早々、アーベリトへと発った。
夢にまで見た、王都での勤務が決まり、ルーフェンと共に人生初の移動陣を経験した頃には、トワリスの気持ちは、これまでにないくらい高揚していた。
久々にやってきたアーベリトの街並みは、五年前に比べると、大きく様変わりして栄えており、眺めていると、懐かしいというよりは、知らない街に来たような気分になる。
それでも、中央地までやってきて、落ち着いた白亜の家々が並ぶ通りに出ると、当時の面影を感じることもできるのであった。
昔は、レーシアス邸は市街地内に位置していたが、五年の間に移転し、現在は、街を抜けた先の丘に、城館として建っていた。
シュベルテやハーフェルンの領主邸に比べれば、こじんまりとしているものの、緊急時にはこの城館に籠城、もしくは人々を背後の山々に避難させられるよう、意識して造られている。
しかし、言わば王城であるはずのこの邸宅は、トワリスの第一印象の通り、どことなく“汚かった”。
鉄柵の隙間から見える庭の雑草は荒れ放題、伸び放題で、白亜の石壁には、枯れて絡まった蔦がへばりついている。
一応新築なので、石壁はひび一つない綺麗な状態であったが、土埃で薄汚れた窓々は、誰にも磨かれていないのが丸分かりだ。
手入れの行き届いたマルカン邸で暮らした後だから、一層みすぼらしく感じるのかもしれないが、今のレーシアス邸に、王の居城という威厳はまるでなかった。
トワリスが、レーシアス邸を前に唖然としていると、ルーフェンが苦笑した。
「いやぁ、本当は城塞として高い塀も建てたかったんだけどね。城下の居住区を増やすことが最優先だったから、とにかくお金がなくてさぁ」
「…………」
相変わらずの気の抜けた口調で言うルーフェンに、そういう問題ではないと、突っ込む気力も湧かなかった。
金銭不足なら、庭師や侍女を雇う金も惜しいということなのだろうが、王の城館ともなれば、他所から人を招くこともあるはずだ。
ハーフェルンのように、無駄に豪華にする必要はないが、最低限の管理と清潔さを保つことは、遵守せねば王の沽券に関わるだろう。
ルーフェンに促されるまま、城館の柵内に入ると、不意に、肌が粟立った。
とぷんと、薄い水の膜を突っ切ったかのような、奇妙な魔力を感じる。
どうやら、目には見えないが、レーシアス邸には結界が張られているらしい。
五年前、サミルが襲撃を受けた時から、ルーフェンは信用できない余所者を、アーベリトに入れたくないと主張していた。
その言葉通り、基本的に許可を得ていない者は、レーシアス邸には侵入できないようになっているのだろう。
建てられなかった城壁の代わりに、この結界が、サミルたちを守っているようだ。
一時的ならばともかく、常時城館を覆うほどの結界を張っていられるなんて、召喚師であるルーフェンでなければ、できないことであった。
庭の敷石の上を進み、木造の大門まで歩いていくと、暇そうな自警団員の男が、ぷらぷらと足を動かしながら立っていた。
柵を抜けたときは、顔が見えなかったが、近づいていく内に、その顔がはっきりしてきた。
男は、ルーフェンの帰還に気づくと、ぶんぶんと手を振りながら、犬のように駆け寄ってきた。
「召喚師様、おかえりなさーい! ……と、君は……?」
懐かしい声を漏らして、男は、トワリスを見る。
トワリスは、ぺこりと頭を下げると、表情を緩ませた。
「お久しぶりです、ロンダートさん」
一言、それだけ言うと、途端にロンダートの目が、かっと見開いた。
トワリスの足元から頭までをじろじろと見て、やがて、ばっと両手を広げると、ロンダートはトワリスに抱きついた。
「トワリスちゃん!? トワリスちゃんだ! 本物!? なんでここに!?」
体格の良いロンダートに強く抱き締められて、思わずよろける。
年齢的には、もう二十代半ばを過ぎているはずなのに、ロンダートは昔から、年甲斐もなくはしゃぐ、無邪気な男だった。
街の様相は変化しても、昔馴染みの変わらぬ様子を見ていると、嬉しさが込み上げてくるものである。
一度離れて、わしゃわしゃとトワリスの頭を撫で回しながら、ロンダートは言った。
「最初見たときは、誰だか分からなかったよ。トワリスちゃん、大きくなったなぁ! 今、いくつだっけ?」
「もう十七になりました」
「十七か! じゃあもう立派な大人だ。ついこの間まで、片腕で持ち上げられちゃうくらい、ちっちゃくて軽かったのになぁ」
言いながら、トワリスを抱えあげようとするロンダートに、流石に恥ずかしいからと、制止をかけようとすると、その前に、ルーフェンが彼の頭を小突いて止めた。
「いてっ」
思わず頭を押さえて、ロンダートがうずくまる。
ルーフェンは、何事もなかったかのような笑顔で、ロンダートに合わせて屈んだ。
「やだなぁ、ロンダートさん。いきなり抱きつくなんて、変態のすることだよ」
「変態!? 別に他意はないし、トワリスちゃんとの感動の再会なんだから、いいじゃないですか。召喚師様だって、よく似たようなことしてるでしょう」
「そんなことより、サミルさんはどこかな?」
「露骨に話そらすのやめてもらっていいですか……」
慣れた様子でルーフェンに冷たい一瞥をくれてから、ロンダートは立ち上がる。
そして、城館のほうを示すと、ロンダートはにかっと笑った。
「陛下なら多分、執務室にいます。ちょうど俺、もうすぐ見張り交代の時間だし、取り次ぎますよ!」
- Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下 ( No.236 )
- 日時: 2020/04/06 18:29
- 名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: 8NNPr/ZQ)
ロンダートに導かれ、レーシアス邸の中を進んでいくと、やはり館内は、掃除が行き届いていないのか、全体的に埃っぽかった。
物が少ないので、散らかっているという印象は受けなかったが、途中立ち寄った図書室では、出しっぱなしの本が机に積んであったし、壁に備え付けられた燭台には、燃えさしがそのまま残っている。
それとなく聞けば、城館の掃除等を一手に引き受けてくれていた家政婦のミュゼが、三年ほど前に腰を痛めて、自宅療養中らしい。
当時、子供ながらに、男たちの全胃袋を握っていたミュゼが、この屋敷最強なのだろうと感じ取っていたが、その認識に間違いはなかったようだ。
魔導師としてレーシアス家に仕えるようになったら、まず始めなければならないのは、掃除かもしれないと、トワリスは内心ため息をついたのであった。
執務室の前までたどり着くと、ロンダートが扉を叩き、ルーフェンの帰還を知らせた。
中から、どうぞ、と返ってきた穏やかな声を聞いたとき、トワリスは、鼓動が速くなるのを感じた。
室内に踏み入れると、サミルとダナ、そして、見知らぬ巨漢が佇んでいた。
サミルとダナは、執務机につき、入ってきたトワリスたちを見上げている。
真っ白な髪を後ろで結い、厚い毛織のローブを纏ったサミルは、五年前よりも更に細く、華奢になっているようだったが、その薄青の瞳を見た瞬間、トワリスの胸に、熱いものが込み上げてきた。
「陛下……ご無沙汰しております。トワリスです」
跪いて、深く一礼する。
もう子供ではないのだから、王の御前だという自覚を持たねばと、自分に言い聞かせながらここまでやってきたが、そんな思いは、サミルの柔らかな表情を見た瞬間から、どこかへと消えてしまっていた。
事態が飲み込めないのか、未だに硬直しているサミルとダナに、何故か得意げなロンダートが、前に出て補足した。
「お二人とも、トワリスちゃんですよ! 覚えてますか? ほら、何年か前、一緒に住んだことがあったでしょう!」
それから、ふと不可解そうな顔になると、ロンダートもトワリスを見た。
よく考えてみると、トワリスが何故アーベリトに帰ってきたのか、その理由はロンダートも知らない。
今更そのことに気づいて、説明に詰まったのだろう。
ルーフェンは、苦笑しながら、口を開いた。
「彼女、魔導師になってたんですよ。ハーフェルンで偶然再会して、腕が良かったので、アーベリトに来ないかって誘って引き入れたんです。ちょうど人手がなくて困ってましたし、今後は王家お抱えの魔導師として、活躍してもらおうかと。事後報告ですみませんが、サミルさん、構わないですよね?」
ルーフェンが問いかけると、サミルはようやく立ち上がって、トワリスの目の前まで歩いてきた。
合わせてトワリスも立ち上がれば、頭一つ分ほど高い位置で、サミルと目が合う。
そっとトワリスの髪を掬うように、優しく頭を一撫ですると、サミルは、目尻にしわを寄せて微笑んだ。
「もちろん、覚えていますとも……。また会えるとは思っていなかったものですから、驚きましたよ。……おかえりなさい、トワリス」
ややあって、骨ばったサミルの手が、トワリスの肩に置かれる。
それだけで、日だまりに包まれたような、暖かな匂いが全身を覆った気がした。
- Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下 ( No.237 )
- 日時: 2020/05/27 20:14
- 名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: 8NNPr/ZQ)
感極まって、何も返せずにいると、サミルがふと心配そうに眉を下げて、ルーフェンのほうを見た。
「しかし……君が決めたことなら反対はしませんが、魔導師としてアーベリトに置こうだなんて、危険ではありませんか? トワリス、君も良いのかい?」
念押しするように尋ねられて、トワリスは、顔をあげた。
思えば五年前、レーシアス邸に置いておくのは危険だからと、トワリスの孤児院行きを決めたのは、他でもないサミルである。
今も昔も、厄介払いしたくて言っているわけではないと分かっているが、サミルの中でトワリスは、まだ幼く非力だった少女のままなのだろう。
魔導師になったからといって、いつまた襲撃を受けるかも分からぬレーシアス邸にトワリスを迎え入れるのは、抵抗があるようであった。
トワリスは、腰の双剣に手を置くと、深く頷いた。
「勿論です。魔導師になって、アーベリトに帰ってくることが夢だったんです。まだまだ未熟なところもありますが、精一杯陛下をお守りします!」
力強い口調で言うと、その勢いに押されたのか、サミルが目を丸くした。
思わず張り切りすぎてしまったかと、急に恥ずかしくなって、トワリスが口を閉じる。
その後ろで苦笑いしながら、ルーフェンが言った。
「大丈夫、腕は確かですよ。ハーフェルンで一悶着あったときも、大活躍だったから。ね?」
「そ、そんなことは……」
否定しながらも、トワリスは、どこか照れ臭そうに俯いた。
サミルはつかの間、そんなルーフェンを、意外そうに見つめていたが、やがて、穏やかに破顔すると、トワリスの手を両手で挟み込むように握った。
「そういうことなら、歓迎しますよ。心配ではありますが、君がこうして立派になって、望んでアーベリトに帰ってきてくれたのなら、私としても、これほど嬉しいことはありません」
握られた手の暖かさが、染みるようだった。
同時に、ひょっこりとサミルの横から顔を出したダナが、微笑ましそうに首肯する。
「宣言通り魔導師になるとは、本当に立派なことじゃ。思えばトワリス嬢は、随分と勉強熱心だったしのう」
昔を懐かしむように、ダナが目を細める。
同調するように、ロンダートは、うんうんと頷いた。
「すっごいですよねえ、だってシュベルテの魔導師団って、入ると滅茶苦茶大変だって言うじゃないですか! ハーフェルンで勤務してたってのも、俺からすりゃあえらいことですよ。トワリスちゃんってば、いつの間にか雲の上の存在になっちゃったんだなぁ」
冗談めかした言い方であったが、手放しに褒められて、トワリスは一層こそばゆい気持ちになった。
現在の王都はアーベリトなのだから、ハーフェルンやシュベルテよりも、アーベリトに配属されることこそ、誇るべきなのである。
しかし、昔からアーベリトに住んでいる当の本人たちは、いまいち垢抜けない雰囲気が捨てきれないらしい。
変わらぬロンダートやダナの呑気さに、呆れつつも、安堵している自分がいた。
話に耳を傾けていたサミルが、ふと、ルーフェンに問いかけた。
「ハーフェルンといえば……どうでしたか? 祭典中に敵襲があったと伺いましたが……」
ルーフェンが、サミルのほうを見る。
真剣な顔つきになると、ルーフェンは答えた。
「その件については、俺からも話があります。おそらく、アーベリトにも関係のあることなので」
「え、ええ。分かりました」
緊張した面持ちになって、サミルがルーフェンの元へ歩み寄る。
ルーフェンは、トワリスに向き直った。
「到着したばかりで疲れてるだろうし、今日のところは、休むなり、城下を見に行くなり、好きに過ごしててよ。宿舎も使いたければ使っていいし、他に当てがあれば、そちらに泊まっていいよ。案内は、ロンダートさんか、ハインツくんあたりに頼んでよ」
それだけ告げると、ルーフェンはサミルを連れ立って、さっさと執務室を後にしてしまった。
慌ててお礼を言ったが、聞こえたかどうかは分からない。
ハーフェルンの話題が出た途端、ルーフェンもサミルも顔つきが変わったから、何か早急に話さねばならぬ事情があるのだろう。
ハーフェルンにて、突如祝宴の場に現れた侵入者たち──。
人数からして、マルカン家の没落を目論む少派かと思っていたが、先ほどルーフェンは、あの襲撃はアーベリトにも関係があることだと言っていた。
トワリスの知らないところで、何か繋がりがあるのだろうか。
- Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下 ( No.238 )
- 日時: 2020/04/14 21:03
- 名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: 8NNPr/ZQ)
眉をしかめて考え込んでいると、ロンダートに、ぽんと肩を叩かれた。
「……で、どうする? 空きはあるから、宿舎で寝泊まりするなら、案内するけど。とりあえず、荷物置かなくちゃだもんな」
トワリスの背負い袋を一瞥して、ロンダートが言う。
トワリスは、慌てて表情を繕うと、迷ったように言葉を濁らせた。
「あっ、えっと……そうですね。この城館で働いている人たちって、基本、その宿舎を利用しているんでしょうか?」
ロンダートは、首を横に振った。
「いや、そうでもないよ。半々くらいかな。日中しか勤務しない事務官とか、家族がいる奴なんかは、普通に城下の家から通ってるよ。まあでも、トワリスちゃんは女の子だし、当てがあるなら城下から通った方がいいかもね。うちの宿舎、城館のすぐ隣だから、近くて便利なんだけど、家政婦やってくれてたミュゼさんたちが抜けて以来、俺みたいな独り身の自警団員ばっかり使ってるからさぁ。勿論部屋は別々にできるけど、水場とか共用だし、野郎臭いかも」
あはは、と苦々しく笑って、ロンダートが言う。
男所帯なのは、魔導師団でも同じ状況だったので構わないが、トワリスが一つ気になっていたのは、孤児院にいた頃からの友人──リリアナのことであった。
魔導師団に入れたのは、リリアナの叔母、ロクベルからの援助があったからだというのに、なんだかんだでトワリスは、もう五年半も彼女たちの元に帰っていない。
手紙のやりとりでは、正規の魔導師になれたら帰れるかもしれない、と伝えていたのだが、早々にハーフェルンに異動になって忙しくしていたから、それも果たされなかったままだ。
リリアナたちには、まだアーベリトに戻ってきたことすら伝えていないので、彼女たちの状況次第ではあるが、出来ることなら、リリアナたちの家に住まわせてもらって、レーシアス邸に通いたかった。
改めてお礼も言いたいし、今は宿代としてお金も払えるから、これを機に恩返しがしたいのだ。
トワリスは、少し考え込むように沈黙した後、ロンダートに言った。
「確かに、宿舎の方がいざというときにすぐ駆けつけられるので、便利だとは思うんですが……すみません、一つ心当たりがあるので、このあと城下の方に行っても良いですか? 孤児院にいた頃の友人がいるんですけど、私、一時期彼女の家にご厄介になっていたんです。事情を説明したら、また住まわせてくれるかもしれないので、一度相談に行きたいです」
ロンダートは、にかっと笑顔になった。
「おっ、それならちょうどいいじゃないか。行ってくるといいよ。ただ俺は、一応城館の警備中だから、街に下りるなら、案内はハインツにしてもらってくれ」
突然話題を振られて驚いたのか、ずっと黙って部屋の隅にいた黒髪の巨漢──ハインツが、びくりと肩を震わせた。
その図体には似合わぬ、怯えたような佇まいで、ロンダートを見つめている。
トワリスは、ハインツを一瞥してから、横に首を振った。
「いえ……ハインツさん、ですか。お仕事中ですよね? お邪魔するのは申し訳ありませんから、一人で平気です。一応五年前までは、アーベリトに住んでいた身ですし」
遠慮がちに言うと、ロンダートが、ハインツを強引に引っ張ってきた。
「大丈夫大丈夫! 確かに、色々手伝いはお願いしてるけど、ハインツに関しては、本格的に自警団の仕事に入ってもらってるわけじゃないんだ。この子、まだ十四歳だしさ」
「十四!?」
思わず大声をあげてしまって、トワリスは、慌てて口を押さえた。
まるでその反応を期待していた、とでも言いたげに、ロンダートがげらげらと笑う。
「そうそう! ハインツはリオット族だからさ、子供の頃から、そりゃあもう大きくて。もうすぐ十五になるんだっけ? 全っ然見えないよなぁ!」
「…………」
ロンダートにばしばしと肩を叩かれ、縮こまっているハインツを、トワリスは、唖然として見上げた。
顔の上半分を、歪な鉄仮面が覆っているせいか、確かにハインツは、外見を見るだけでは年齢不詳だ。
しかし、筋骨隆々としたその体躯は、大柄なロンダートよりも更に一回り大きいし、とてもではないが、十四歳には見えない。
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