複雑・ファジー小説
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- 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下【完結】
- 日時: 2022/05/29 21:21
- 名前: 銀竹 (ID: iqu/zy5k)
- 参照: https://www.kakiko.cc/novel/novel6/index.cgi?mode=view&no=18825
いつもありがとうございます。
闇の系譜シリーズは、四作目のアルファノル編以降、別サイトに移動しております。
詳しくはアルファノル編のスレにて!
………………
人々の安寧を願ったサーフェリアの前国王、サミル・レーシアス。
彼の興した旧王都──アーベリトは、わずか七年でその歴史に幕を閉じることとなった。
後に『アーベリトの死神』と称される、召喚師ルーフェンの思いとは……?
………………
はじめまして、あるいはこんにちは!銀竹と申します。
本作は、銀竹による創作小説〜闇の系譜〜の二作目の後編です。
サーフェリア編がかなり長くなりそうだったので、スレを上・下と分けさせて頂く事にしました。
一部残酷な表現などありますので、苦手な方がいらっしゃいましたらご注意下さい。
今回は、サーフェリア編・上の続編となっております。
サーフェリア編・上の知識がないと通じない部分も出てきてしまうと思いますが、伏線以外は極力分かりやすく補足して、進めていきたいと考えています(上記URLはサーフェリア編・上です)。
〜闇の系譜〜シリーズの順番としては
ミストリア編(上記URLの最後の番号五桁が16085)
サーフェリア編・上(17224)
サーフェリア編・下(19508)
アルファノル編(18825)
ツインテルグ編
となっております。
外伝はどのタイミングでも大丈夫です(16159)。
よろしくお願いいたします!
…………………………
ぜーんぶ一気に読みたい方→ >>1-430
〜目次〜
†登場人物(第三章〜終章)† >>1←随時更新中……。
†用語解説† >>2←随時更新中……。
†第三章†──人と獣の少女
第一話『籠鳥』 >>3-8 >>11-36
第二話『憧憬』 >>37-64
第三話『進展』 >>65-98
†第四章†──理に触れる者
第一話『禁忌』 >>99-150 >>153-162
第二話『蹉跌』 >>163-189 >>192-205
第三話『結実』 >>206-234
†第五章†──淋漓たる終焉
第一話『前兆』 >>235-268 >>270-275
第二話『欺瞞』 >>276-331
第三話『永訣』 >>332-342
第四話『瓦解』 >>343-381
第五話『隠匿』 >>382-403
†終章†『黎明』 >>404-405
†あとがき† >>406
作者の自己満足あとがき >>407-411
……………………
基本的にイラストはTwitterにあげておりますので、もし見たい!って方がいらっしゃいましたらこちらにお願いします。→@icicles_fantasy
……………………
【完結作品】
・〜闇の系譜〜(ミストリア編)《複ファ》
ミストリアの次期召喚師、ファフリの物語。
国を追われ、ミストリアの在り方を目の当たりにした彼女は、何を思い、決断するのか。
・〜闇の系譜〜(サーフェリア編)上《複ファ》
サーフェリアの次期召喚師、ルーフェンを巡る物語。
運命に翻弄されながらも、召喚師としての生に抗い続けた彼の存在は、やがて、サーフェリアの歴史を大きく変えることとなる──。
・〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下《複ファ》
三街による統治体制を敷き、サーフェリアを背負うこととなったサミルとルーフェン。
新たな時代の流れの陰で、揺れ動くものとは──。
【現在の執筆もの】
・〜闇の系譜〜(外伝)《複ファ》
完全に狐の遊び場。〜闇の系譜〜の小話を載せております。
・〜闇の系譜〜(アルファノル編)《複ファ》
ミストリア編後の物語。
闇精霊の統治者、エイリーンとの繋がりを明かし、突如姿を消したルーフェン。
召喚師一族への不信感が一層強まる中、トワリスは、ルーフェンの後を追うことを決意するが……。
憎悪と怨恨に染まった、アルファノル盛衰の真実とは──?
【執筆予定のもの】
・〜闇の系譜〜(ツインテルグ編)《複ファ》
アルファノル編後の物語。
世界の流転を見守るツインテルグの召喚師、グレアフォール。
彼の娘である精霊族のビビは、ある日、サーフェリアから来たという不思議な青年、アーヴィスに出会うが……。
……お客様……
和花。さん
友桃さん
マルキ・ド・サドさん
ヨモツカミさん
【お知らせ】
・ミストリア編が、2014年の冬の大会で次点頂きました!
・サーフェリア編・上が、2016年の夏の大会で銅賞を頂きました!
・2017年8月18日、ミストリア編が完結しました!
・ミストリア編が2017年夏の大会で金賞を頂きました!
・サーフェリア編・上が、2017年冬の大会で次点頂きました!
・2018年2月18日、サーフェリア編・上が完結しました!
・サーフェリア編・下が、2019年夏の大会で銀賞頂きました!
・外伝が、2019年冬の大会で銅賞頂きました!
・サーフェリア編・下が、2020年夏の大会で銀賞頂きました!
・サーフェリア編・下が、2020年冬の大会で金賞頂きました!
いつも応援して下さってる方、ありがとうございます(*^▽^*)
- Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下 ( No.254 )
- 日時: 2020/05/20 08:07
- 名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: 8NNPr/ZQ)
アーベリトに戻ってきて、まだ数日しか経っていないが、その暖かさに触れれば触れるほど、トワリスの中に、同等の焦燥感も募っていった。
今のアーベリトは、ルーフェンがいることで成り立っている。
政の面で多大な影響を及ぼしているという意味でも、他勢力への抑止力になっているという意味でも、ルーフェンがいるから、アーベリトは無事でいられるのだ。
レーシアス邸に引き取られた子供の頃から、突然王都となったアーベリトの人々が、ルーフェンを頼りにしている場面は、何度も何度も見てきた。
当時は、召喚師だから当てにされているのだとしか思わなかったが、今のトワリスの目に映るのは、サミルとルーフェンという、たった二本の軸でかろうじて支えられた、危うい王都の姿であった。
あと十年以内に、アーベリトは王位を返還するわけだから、その期間だけならば、自分が表立って守ればいいと、ルーフェンはそう考えているのだろうか。
あるいはただ、王都になったからといって、アーベリトに殺伐とした内情を抱えさせたくないという、その一心なのかもしれない。
どちらにせよ、この召喚師ありきの生温い現状を、トワリスは、良しとは思えなかった。
不服そうに沈黙してしまったトワリスを見て、ルーフェンは、少し困ったように眉を下げた。
それから、小さく吐息をつくと、打って変わった、飄々とした声で告げた。
「でも、トワリスちゃんがこうやって、一緒に対策を考えてくれるのは有り難いよ。ほら、召喚師って、魔導師団の総括者みたいな扱いされてるけど、俺は現状シュベルテから離れてるし、運営は向こうに任せっきりだからね。やってることと言えば、報告書読んでるくらいだし、シュベルテで実際に警備体制とか見てきたトワリスちゃんが、色々指摘してくれるのは助かるかな」
彼がどこまで見通しているのかは分からなかったが、その言葉はまるで、トワリスの心情を察したかのようであった。
ルーフェンが席を立って、再度、アーベリトの地図を指し示す。
「ちょうど良い機会だから、他に警備を配置した方が良い場所を、俺の代わりに、トワリスちゃんが目星つけてきてよ。市門だけっていうのは、確かに心許ないなって前々から思ってたんだよね。巡回経路も、君の意見が入ったら、穴が見つかるかもしれないし、城下を巡って、他にも気づいたことがあったら教えて。そのついでに、ハインツくんを連れて、ラッカさんたちの手伝いに行っても良いし。さっき予定は決まってないって言ったけど、擁壁付近も、使い道があるなら使いたいから。ね?」
「…………」
にこりと笑って、ルーフェンがトワリスを見る。
トワリスも、その顔を見つめ返したが、その綺麗な笑みからは、ルーフェンの考えは読み取れなかった。
アーベリトの地図を一瞥してから、トワリスは、ぽつりと尋ねた。
「……私がそれをしたら、召喚師様、本当に助かりますか?」
ルーフェンが、わずかに目を丸くする。
少しの間、二人で見つめ合ってから、ルーフェンは微かに目元を緩めると、頷いた。
「もちろん。最近、城館に籠りきりになったり、よそに呼ばれたりして、アーベリトの街中を見られる機会も減ってきたからさ。それもあって、トワリスちゃんをハーフェルンから呼んだし、俺の代わりに、君が動いてくれると、すごく助かるよ」
「…………」
まるで、トワリスの望みを、そのまま形にしたような言葉。
トワリスは、一瞬迷ったように視線を動かしたあと、「分かりました」と、一言だけ返事をした。
目の前に立ちはだかる、優しくて綺麗な壁に邪魔をされて、ルーフェンの明確な真意は伺えない。
けれど、これだけは分かった。
おそらくルーフェンは、誰の助けも必要としていないのだろう。
(……悔しい)
そんな思いが、ふつふつと、胸の奥に沸き上がってくる。
きっと彼にとっては、アーベリトにいる全ての人間が守るべきもので、口では助かるなんて言っていても、心の底では、トワリスのことを当てになる存在だなんて思っていない。
ルーフェンの下にさえつければ、何かしら役に立てると考えていたが、きっと、そんなのはただの思い上がりだったのだ。
もっと頼ってほしいと、自信を持って言えないことが、とても悔しかった。
今のトワリスでは、何もかもが及ばない。
召喚師ありきのアーベリトの現状を憂いているが、ではトワリスが代わりに王都を背負って立てるのかと尋ねられれば、答えは否である。
(……もっと、強くならなきゃ)
トワリスは、ルーフェンに礼をして退室すると、階下へと繋がる長廊下を歩きながら、腰の双剣を強く握ったのだった。
- Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下 ( No.255 )
- 日時: 2020/05/21 19:14
- 名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: 8NNPr/ZQ)
「……で、なんでリリアナがいるわけ?」
低い声で尋ねると、トワリスは、出支度を整えたリリアナとカイルを睥睨した。
といっても、カイルに関しては、リリアナに無理矢理付き合わされているだけのようだ。
既に姉と揉めたのか、ほとほと疲れはてた顔つきで、石畳に転がる小石を蹴り飛ばしている。
今朝、朝食を一緒にとっていた際に、うっかりトワリスが、ハインツと共に城下視察に行くのだと口を滑らせると、リリアナが、一緒に行くと騒ぎだした。
もちろん、遊びじゃないからと断って、ちょっとした口論の末に、リリアナは家に残ったはずだった。
しかし、視察の準備をしてハインツと共に城館を出ると、なんとその門前で、リリアナとカイルが待ち構えていたのである。
今日行う城下の視察は、アーベリトに来てから、初めて任された外回りの仕事であった。
目的は、先日ルーフェンに頼まれた通り、市街地の警備配置場所の再検討と、ラッカたち大工衆の作業現場の訪問である。
それほど重要性の高い任務ではないものの、この五年間で身につけてきた力をルーフェンに見せつける時だと、朝から意気込んでいたのだが、その矢先にこれだ。
ため息が止まらないトワリスをよそに、リリアナは、満面の笑みで伸びをした。
「うーん、最近寒かったけど、今日は暖かくて、とっても良い天気だわ! 絶好のおでかけ日和ね!」
眩しそうに手を翳しながら、リリアナは、晴れた初冬の青空を仰ぐ。
柔らかな毛織りの上着に身を包んで、いつもより気合いを入れて洒落こんでいるあたり、ハインツのことを意識しているのが、丸分かりである。
一方、当のハインツは、相も変わらずトワリスの後ろで縮こまっていたが、以前と違うのは、リリアナに対し、明らかに怯えの色を見せるようになったことだった。
リリアナが弁当を持って突撃してきたあの事件以来、ハインツは、目に見えて彼女を避けるようになった。
無理もないことだと思うし、ハインツに非はないのだが、いかんせん彼は気弱で、拒否らしい拒否が出来ないので、リリアナの求愛は日々激化していくばかりである。
トワリスは、太陽に向けて翳されたリリアナの手を、勢いよく叩き落とした。
「言っておくけど、連れていかないよ。朝も断っただろ。これはお散歩じゃなくて、仕事なんだから」
きっぱりとそう告げて、リリアナに背を向ける。
そのまま大通りの方へと歩いていこうとすると、リリアナが声をあげた。
「待って待って! あのね、お散歩じゃないの。トワリスならそう言うと思って、私達も配達のお仕事を受けてきたのよ! ほら、ラッカさんたち、うちの常連さんでしょう? だから、マルシェ家お手製のお弁当を届けてあげようと思って」
「配達、って……」
まさかハインツと同行したいがために、そこまでしてきたのかと、呆れを通り越して感心する。
しかし、ここで引いてはならないと、表情を引き締めると、トワリスは振り返った。
「だったら、別行動ね。私達、大工衆の手伝いに行くのが本来の目的じゃないし、とにかく、着いてくるのは駄目だから」
「えぇ、どうして? もちろん、トワリスとハインツくんのお弁当も作ってきたのよ。忙しいって言っても、お昼ご飯を食べる時間くらいはあるでしょう? 一緒に食べましょうよ」
「駄目。第一、お店の方は大丈夫なの? ロクベルさん、一人になっちゃうじゃない」
「それなら大丈夫よ。おばさんも、事情を説明したら『将来の旦那さんのためなら仕方がないわね!』って、応援してくれたもの」
(ロクベルさん……)
意気揚々と後押しする店主の笑顔が容易に想像できて、トワリスは、ずきずきと痛み始めたこめかみを擦った。
そういえばロクベルは、リリアナとよく似た感性の持ち主であった。
- Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下 ( No.256 )
- 日時: 2020/05/23 18:45
- 名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: 8NNPr/ZQ)
トワリスは、堪えきれなくなった様子で、刺々しく言い放った。
「とにかく、駄目なものは駄目。魔導師の仕事には、守秘義務もあるし、場合によっては、危険なことだってあるんだから。言うことを聞いて」
リリアナが、ねだるように小首を傾げる。
「そんなこと言わないで、ね? お願い! 私、ハインツくんがお仕事してるところ、見てみたいのよ。働いてる男の人って、かっこいいじゃない? この気持ち、トワリスにも分かるでしょう?」
「しつこい! ほら、行くよハインツ!」
強制的に話を中断させ、トワリスは踵を返す。
ハインツは、戸惑ったようにトワリスの後を追ってきたが、このまま道端にリリアナを放置するのは、気が引けたのだろう。
怖々としながらも、横目にちらちらとリリアナの方を見ている。
一部始終を黙って見ていたカイルは、遠ざかっていくトワリスたちを一瞥すると、リリアナの車椅子の握りを取った。
「姉さん、帰るよ。だから言ったじゃないか、きっとトワリスは頷かないよって」
「…………」
冷たい態度で諭しながら、カイルは、車椅子の向きを帰路へと変えた。
店で再会したときは素性を怪しまれたものの、カイルとトワリスは、既に互いの良き理解者となっていた。
トワリスがリリアナたちと再び住み始めて、まだ日は浅いが、マルシェ家で一番のしっかり者がカイルだということは、同居一日目で確信していたし、カイルもまた、興奮すると手のつけられない叔母と姉の制御役として、トワリスを認めてくれているらしい。
年齢も性別も違う二人であったが、カイルとトワリスの間には、なんとも言えぬ絆と信頼感が形成されていたのだった。
カイルがついているならば、帰り道も心配ないだろう。
そう思って、トワリスが歩く速度をあげようとした──その時だった。
「うわぁぁあんっ! トワリスのばかばかっ! いけず! けち! 頑張ってお弁当作ったにぃいいっ!」
突然、離れていても耳に突き刺さるような、リリアナの泣き声が響き渡った。
傍らにいたハインツが、びくりと肩を震わせる。
まさか往来で号泣されるとは思わなかったのか、これには、冷静沈着なカイルも焦っている様子だ。
城館前とはいえ、決して人通りが少ないわけではないので、視線を気にしながら、早く泣き止むようにと姉に言い聞かせている。
一瞬、立ち止まろうとしたトワリスは、しかし、振り返らずに足を速めた。
考えてみれば、一度断ったのに特攻してきたリリアナが悪いし、これ以上付き合ってやる道理はない。
ここで引き返したら、リリアナを甘やかすことにもなるし、押し付ける罪悪感がないわけではないが、ここは姉の扱いに長けたカイルに、後始末を任せるのが得策である。
足早に歩いていくトワリスの側に寄ると、ハインツが、小声で呟いた。
「ト、トワリス……泣いてる、リリアナ……」
どうしよう、どうしようと呟きながら、ハインツは、視線を彷徨わせる。
その弱々しい態度に、トワリスは、微かな苛立ちを覚えた。
勿論、ハインツを責めるのは、門違いだと分かっている。
だが、リリアナがここまで過激な行動に出ている原因は、ハインツにもあるのだ。
彼が、明確な拒絶の意思を見せれば、リリアナだって、多少は自重するはずなのである。多分。
トワリスは、冷たい声で言った。
「いいよ、放っておいて。ここで構ったら、絶対ついてくるから」
「だけど、リリアナ、こっち、見てる……」
「いいから、無視して。早く仕事を終わらせよう」
「で、でも……」
足早に歩くトワリスを追いかけながら、ハインツは、ごにょごにょと口ごもる。
その情けない様に、いよいよ堪忍袋の緒が切れたのか、ふと足を止めて振り返ると、トワリスは大声で叫んだ。
「だったら! ハインツが行って慰めてくればいいだろ! そういう曖昧な態度をとるから、リリアナも期待するんだよ! いつまでも私の後ろに隠れてないで、嫌なら嫌ってはっきり言えばいいじゃないか……!」
瞬間、弾かれたように顔をあげると、ハインツは凍りついた。
ややあって、ぷるぷると震え出したかと思うと、見開かれた左目から、大粒の涙が溢れ出す。
鉄仮面の隙間から染み出して、次々と頬を伝う雫を拭いながら、ハインツは、消え入りそうな声で言った。
「……ご、ごめんなさ……っ」
「…………」
遠くから、駄々をこねるリリアナの泣き声が聞こえてくる。
その慟哭が、ハインツのものと合わさって、トワリスの頭の中で、しばらく反響していた。
つかの間、真顔で立ち尽くしたあと、目の前で鼻をすすっている大男を見ると、トワリスは、頭をぐしゃぐしゃと掻き回した。
「ああっもう! だからってなんでハインツまで泣くの──っ」
- Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下 ( No.257 )
- 日時: 2020/05/26 18:36
- 名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: 8NNPr/ZQ)
リラの森と言えば、アーベリトの西区に住む子供たちが遊びに入るような浅い森であったが、トワリスは、散策したことが一度もなかった。
移動陣が敷いてあるため、ハーフェルンからアーベリトに来る際に通りはしたが、その時はじっくり見る暇などなかったし、子供の頃も、暮らしていた孤児院が東区に建っていたので、訪れる機会がなかったのだ。
騒々しい中央通りを外れ、閑散とした西区の住宅街を抜けると、古い石畳が割れていったところから、草地が開けている。
リラの森は、その奥に広がっていた。
森と呼ぶには、大した高低差もないので、ルーフェンの言っていた通り、かつては森だった名残があるだけなのかもしれない。
春や夏ならば、木々の葉が青々と繁っているから、まだ賑やかな印象を受けただろう。
だが、冬の気配が濃くなった今は、裸の木が立ち並んでいるだけの、物寂しい雑木林といった感じであった。
ラッカたちから事前に知らされていた情報に従い、森の中へと入っていくと、ほどなくして、切り株の連なる空き地へと出た。
なだらかに盛り上がっている斜面には、木の根が張ってひび割れた石壁が、崩れかけの状態で立っている。
これが、件の擁壁の残骸だろう。
空き地の至るところには、解体済みの石材が高々と空積みされていた。
「ラッカさんたち、いないみたいね。ここで合ってるの?」
先程まで上機嫌に鼻歌を歌っていたリリアナが、トワリスに尋ねた。
勿論、その傍らにはカイルが、トワリスの後ろにはハインツが佇んでいる。
晴れやかな顔つきで周囲を見回すリリアナに対し、男二人の顔つきは、疲れでどんよりと曇っていた。
城館前で大泣きしたリリアナを、不本意ながら、トワリスは同行させることにした。
というよりは、リリアナが公衆の面前で、号泣しながら「トワリスの馬鹿」やら、「トワリスのケチ」やら叫ぶので、連れていく他なかったのである。
最初は、リリアナを放置して逃げようと思っていたが、途中でハインツまで座り込んで泣き出したので、どうしようもなくなった。
ハインツは仕事に同行することになっていたから、置いていくわけにはいかないし、かといって、うずくまるハインツを引きずっていけるほどの馬力はない。
一刻も早く、通行人の好奇の眼差しから逃れるためにも、リリアナを泣き止ませ、ハインツの尻を蹴り飛ばして、カイルと共にその場から去ることしかできなかったのであった。
その後も、何度か追い返そうと試みたが、同行できると知ってからのリリアナが、あまりにも楽しげだったので、だんだん言いづらくなってしまった。
リラの森には、舗装された道が通っているが、市街地に比べれば、やはり平坦とは言えない道のりである。
車椅子のリリアナからすると、決して楽な移動ではなかったはずなのだが、それでも彼女は、ハインツと一緒にいられることがよほど嬉しいのか、終始嬉しそうに歌っていた。
昔から、リリアナには強引なところがあったが、カイルまでげんなりさせるほどの傍若無人な振る舞いを見る限り、今の彼女は、まさに“恋は盲目”状態なのだろう。
周囲を見回して、他に気配がないかを探りながら、トワリスは、リリアナに向き直った。
「集合場所も時間も合ってるはずなんだけど……。作業場って言ったって広そうだし、もしかしたら別の場所で待ってるかもしれないから、ちょっと探してくるよ。リリアナたちは、ここで待ってて」
そう言って、擁壁を越えて行こうとすると、リリアナが、トワリスの手を掴んで引き留めてきた。
「だったら、私も探すわ。手分けした方が、ラッカさんたちも早く見つかるだろうし」
冒険でもしている気分なのか、生き生きした瞳で、リリアナが見上げてくる。
トワリスは、呆れ顔で首を横に振った。
「駄目。カイルとハインツと一緒に待ってて。この辺、足場もあまり良くないし、不用意に動くのは危ないよ。来るときだって、何度か車輪をとられてただろう?」
言葉を詰まらせて、リリアナが俯く。
トワリスと同意見なのか、無言で睨んでくるカイルを一瞥してから、リリアナは口をすぼめた。
「で、でも……私がわがまま言って連れてきてもらったんだから、トワリスにばっかり動いてもらうのは、なんだか申し訳ないわ。道が通ってる場所なら、車椅子でも行けるし……」
「リリアナのわがままで連れてきたんだから、これ以上勝手なことはしないで」
「うっ……はい」
トワリスとカイル、双方から冷たい視線を受けて、流石のリリアナも、大人しく引き下がった。
いつもは、なんだかんだでリリアナの無茶を許してくれるトワリスであったが、今回ばかりは、小言を言ってくるときの目が一切笑っていない。
城館前で号泣して、仕事の邪魔をしてしまったこともあり、相当怒っているのだろう。
- Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下 ( No.258 )
- 日時: 2020/05/28 18:56
- 名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: 8NNPr/ZQ)
トワリスは、リリアナから少し距離をとった場所に、ひっそりと佇むハインツを見た。
「すぐ戻ってくるから、二人のことよろしくね」
「…………」
一瞬、困惑したように目線を動かしてから、ハインツは小さく頷いた。
子供の遊び場にもなっているような森だが、作業場は一般の立入禁止となっている場所だし、歩けないリリアナと幼いカイルを二人きりにしておくのは、やはり心配である。
それに、もしラッカたちが後から合流してきた場合、この場に誰もいないと、行き違ってしまう。
リリアナと一緒に残していくのは、ハインツが可哀想な気もしたが、いざというときはカイルが間に入ってくれるだろうから、問題はないだろう。
自身の身長ほどある擁壁跡を軽々と飛び越えて、トワリスは、ラッカたちを探しには向かった。
三人取り残されてから、しばらくは、リリアナだけが一方的に話していたが、不意に、カイルは顔をあげると、横目にハインツを見やった。
「……ねえ、魔導師ってさ、やっぱ儲かるの?」
カイルの唐突な質問に、リリアナが目を剥く。
急に話しかけられて驚いたのか、硬直したハインツは、長い沈黙の末に、小さな声で答えた。
「わ、分からない……。俺、正式には、魔導師じゃない……」
「ふーん……」
もじもじと下を向くハインツに、カイルが淡白な声で返事をする。
自分を挟んで、両側に並ぶ二人を交互に見ながら、リリアナは、意外そうに瞬いた。
「カイルからハインツくんに話しかけるなんて、珍しいわね。もしかして、カイルも魔導師になりたいの?」
極端な質問に、カイルは、やれやれと首を振った。
「そんなわけないだろ。ただ、魔導師って稼げるって聞くから、興味本位で聞いてみただけだよ。治安を守るためとはいえ、命を落とすかもしれない職業なんて、俺はまっぴらごめんだね」
「またそういう、失礼なこと言って……」
つんとした態度で、カイルはそっぽを向いてしまう。
リリアナは、慌ててハインツのほうを見上げると、眉を下げて微笑んだ。
「ごめんね! どうか気を悪くしないでね。私もカイルも、魔導師団や自警団の人たちには、すっごく感謝してるのよ! 命をかけて街を守ってくれてる人がいるから、私たちは安心して生活を送れてるんだもの。ハインツくんだって、召喚師様の下について働いてくれているんだから、その一員よ。いつも本当にありがとう」
「…………」
リリアナが下から顔を覗き込むと、ハインツは、逃げるように目をそらした。
変わらず俯いたまま、戸惑ったように唇を動かすだけで、結局何も言わない。
明らかな質問をしたとき以外、ハインツは、基本的に何も答えなかった。
リリアナと話すときに限らず、ハインツは、こうして黙って下を向いているが多い。
大抵の相手が、自分より背が低いからという理由もあるかもしれないが、単純に、誰かと目を合わせて話すのが苦手なようであった。
リリアナは、それでもハインツの視線を追うように顔を覗くと、明るい声で続けた。
「あ、それにね! 私、魔導師団の人達のこと、尊敬もしているの。魔導師団って、強いだけじゃなくて、頭も良くないと入れないでしょう? 魔術が使えるってだけで十分すごいことなのに、その上で沢山練習して、お勉強もしたのよね。きっと魔導師には、努力家がいっぱいいるんだわ。トワリスもね、昔、一緒に暮らしていたことがあったんだけど、とっても頑張ってたのよ。初めて魔術を見せてもらったときは、私も感動しちゃった。木をね、蹴り飛ばして折っちゃったのよ! たったの一蹴りでよ」
話している内に、思い出が蘇ってきたのか、リリアナは、頬を紅潮させて語った。
当時、十二だったトワリスが、歩けないリリアナの脚を治すのだと言って、初めて独学の魔術を見せてくれたのも、今いるリラの森のような、冬の立ち木が並ぶ林の中だった。
いつ話しかけても、仏頂面で本ばかり読んでいたトワリス。
その理由が、魔導師になりたいからというだけでなく、実はリリアナのためでもあったのだと知って、胸がいっぱいになった記憶がある。
結果的に、リリアナが歩けるようになることはなかったが、あんな風に人前で弱音を吐けた相手は、トワリスが初めてであった。
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