複雑・ファジー小説

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〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下【完結】
日時: 2022/05/29 21:21
名前: 銀竹 (ID: iqu/zy5k)
参照: https://www.kakiko.cc/novel/novel6/index.cgi?mode=view&no=18825

いつもありがとうございます。
闇の系譜シリーズは、四作目のアルファノル編以降、別サイトに移動しております。
詳しくはアルファノル編のスレにて!
………………

 人々の安寧を願ったサーフェリアの前国王、サミル・レーシアス。
彼の興した旧王都──アーベリトは、わずか七年でその歴史に幕を閉じることとなった。

 後に『アーベリトの死神』と称される、召喚師ルーフェンの思いとは……?

………………

 はじめまして、あるいはこんにちは!銀竹と申します。

 本作は、銀竹による創作小説〜闇の系譜〜の二作目の後編です。
サーフェリア編がかなり長くなりそうだったので、スレを上・下と分けさせて頂く事にしました。
一部残酷な表現などありますので、苦手な方がいらっしゃいましたらご注意下さい。

 今回は、サーフェリア編・上の続編となっております。
サーフェリア編・上の知識がないと通じない部分も出てきてしまうと思いますが、伏線以外は極力分かりやすく補足して、進めていきたいと考えています(上記URLはサーフェリア編・上です)。

〜闇の系譜〜シリーズの順番としては
ミストリア編(上記URLの最後の番号五桁が16085)
サーフェリア編・上(17224)
サーフェリア編・下(19508)
アルファノル編(18825)
ツインテルグ編
となっております。
外伝はどのタイミングでも大丈夫です(16159)。
よろしくお願いいたします!

…………………………

ぜーんぶ一気に読みたい方→ >>1-430

〜目次〜

†登場人物(第三章〜終章)† >>1←随時更新中……。

†用語解説† >>2←随時更新中……。

†第三章†──人と獣の少女

第一話『籠鳥ろうちょう』 >>3-8 >>11-36
第二話『憧憬どうけい』 >>37-64
第三話『進展しんてん』 >>65-98

†第四章†──理に触れる者

第一話『禁忌きんき』 >>99-150 >>153-162
第二話『蹉跌さてつ』 >>163-189 >>192-205
第三話『結実けつじつ』 >>206-234

†第五章†──淋漓たる終焉

第一話『前兆ぜんちょう』 >>235-268 >>270-275
第二話『欺瞞ぎまん』 >>276-331
第三話『永訣えいけつ』 >>332-342
第四話『瓦解がかい』 >>343-381
第五話『隠匿いんとく』 >>382-403

†終章†『黎明れいめい』 >>404-405

†あとがき† >>406

作者の自己満足あとがき >>407-411

……………………

基本的にイラストはTwitterにあげておりますので、もし見たい!って方がいらっしゃいましたらこちらにお願いします。→@icicles_fantasy

……………………


【完結作品】
・〜闇の系譜〜(ミストリア編)《複ファ》
ミストリアの次期召喚師、ファフリの物語。
国を追われ、ミストリアの在り方を目の当たりにした彼女は、何を思い、決断するのか。

・〜闇の系譜〜(サーフェリア編)上《複ファ》
サーフェリアの次期召喚師、ルーフェンを巡る物語。
運命に翻弄されながらも、召喚師としての生に抗い続けた彼の存在は、やがて、サーフェリアの歴史を大きく変えることとなる──。

・〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下《複ファ》
三街による統治体制を敷き、サーフェリアを背負うこととなったサミルとルーフェン。
新たな時代の流れの陰で、揺れ動くものとは──。

【現在の執筆もの】

・〜闇の系譜〜(外伝)《複ファ》
完全に狐の遊び場。〜闇の系譜〜の小話を載せております。

・〜闇の系譜〜(アルファノル編)《複ファ》
ミストリア編後の物語。
闇精霊の統治者、エイリーンとの繋がりを明かし、突如姿を消したルーフェン。
召喚師一族への不信感が一層強まる中、トワリスは、ルーフェンの後を追うことを決意するが……。
憎悪と怨恨に染まった、アルファノル盛衰の真実とは──?

【執筆予定のもの】

・〜闇の系譜〜(ツインテルグ編)《複ファ》
アルファノル編後の物語。
世界の流転を見守るツインテルグの召喚師、グレアフォール。
彼の娘である精霊族のビビは、ある日、サーフェリアから来たという不思議な青年、アーヴィスに出会うが……。




……お客様……

和花。さん
友桃さん
マルキ・ド・サドさん
ヨモツカミさん


【お知らせ】
・ミストリア編が、2014年の冬の大会で次点頂きました!
・サーフェリア編・上が、2016年の夏の大会で銅賞を頂きました!
・2017年8月18日、ミストリア編が完結しました!
・ミストリア編が2017年夏の大会で金賞を頂きました!
・サーフェリア編・上が、2017年冬の大会で次点頂きました!
・2018年2月18日、サーフェリア編・上が完結しました!
・サーフェリア編・下が、2019年夏の大会で銀賞頂きました!
・外伝が、2019年冬の大会で銅賞頂きました!
・サーフェリア編・下が、2020年夏の大会で銀賞頂きました!
・サーフェリア編・下が、2020年冬の大会で金賞頂きました!
いつも応援して下さってる方、ありがとうございます(*^▽^*)

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下 ( No.129 )
日時: 2019/05/13 18:11
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: wC6kuYOD)

 翌朝、寝台から起き上がると、既に部屋にはアレクシアの姿がなかった。
夜明け少し前に、彼女が着替えて出ていったことには気づいてはいたが、言い争ったばかりで、なんとなく声をかけづらかったので、そのまま見送ったのだ。
軽く身支度を整えただけで、荷物は置きっぱなしだったので、直に帰ってくるだろう。
そう予想していたが、トワリスが外出準備を終え、サイと合流する頃になっても、アレクシアは戻ってこなかった。

 ケフィが用意してくれた朝食を食べ、山荘を出ると、外は曇天であった。
太陽が一番高くなるはずの時分だというのに、分厚い雲のせいで、辺りはぼんやりと薄暗い。
それでも、霧も無く雨が降っていないだけ、昨日よりは視界が開けていると言えよう。
昨夜、鬱蒼とした獣道を通ってきたと思っていたが、よく見れば、ケフィの山荘の周囲には、人の手が入ったと思しき広い山道が、一本通っていた。

 ラフェリオンの屋敷へと続く山道を下りながら、アレクシアがいないのは今朝からだと告げると、サイは、大して驚いた様子もなく、苦笑いを浮かべた。

「まあ、仕方ないですよ。勿論、アレクシアさんにも協力してもらえたら嬉しいですが、彼女を頭数に入れて計画を立てたら、また痛い目を見そうですからね」

 長杖で、山道に飛び出した枝葉を避けながら、サイは穏やかな口調で言った。
本当は、昨夜のアレクシアの不遜な態度を、もっと悪く言ってやろうかと思っていたが、サイの落ち着いた振る舞いを見ている内に、そんな気は失せてしまった。
サイも、アレクシアの言動には呆れているようであったが、彼はどちらかというと、アレクシアに対して怒りを示すよりも、トワリスをなだめる方向に気を遣ってくれているようだ。
二つ年上とはいえ、サイのそんな大人びた対応を見ていると、いつまでも憤慨している自分が、少し子供っぽくて恥ずかしかった。

 急な山道をしばらく下ると、昨日、トワリスたちが馬車でやってきた山間の通りへと出た。
ここを更に下っていけば、ラフェリオンのいる屋敷へとたどり着く。
長い間、黙々と歩いていたトワリスとサイであったが、ある時、ふと顔をのぞきこんできたサイが、神妙な顔つきで尋ねてきた。

「……あの、大丈夫ですか?」

 何のことを言われているのか分からず、微かに首を傾げる。
サイは、言いづらそうに口淀んでから、わずかに俯いて続けた。

「なんだか、元気がないように見えたので。アレクシアさんに、何か言われました? それとも、昨日の怪我が痛むとか……」

 トワリスは、はっとしてサイの方を見た。
いつまでもアレクシアの悪口を言うのも気が引けたので、黙っていただけなのだが、どうやら元気がないと勘違いされてしまっていたらしい。
慌てて首を振ると、トワリスは右手を開いたり、握ったりして見せた。

「いや、全然。右腕もほとんど痛くないですし、なんともないです。もう戦えます」

 ついでに、折れた双剣の片割れの代わりに持ってきた、予備の剣を示す。
それでもサイは、まだ心配そうな顔つきで見てくるので、トワリスは話題を変えた。

「そんなことより、ラフェリオンを破壊する方法、色々考えてみたんですけど……やっぱり、ケフィさんの言っていた魔導書を見つけて、術式を解除することに賭けるのが、一番良いんじゃないかと思うんです」

 サイの表情が、さっと真剣なものに切り替わる。
トワリスも、真面目な顔で前を見据えると、歩きながら言葉を継いだ。

「ほら、動きを止めるだけなら、可能じゃないですか。昨日みたいに、瓦礫の下敷きにするなり、氷漬けにするなり、なんなら、私が足止めするのでも構いません。その間に、どうにかラフェリオンの術式に関する手がかりを、屋敷の中から探し出すんです。これが一番安全で、有効な方法だと思います。魔導書が見つからなかった場合は、また別の方法をとらないといけませんけど……」

 眉根を寄せると、トワリスは、再びサイを見上げた。
昨夜は結局、アレクシアと喧嘩をしたせいで、何の作戦も考えられなかったのだ。
中途半端に書き込んだだけの任務の資料も、戦闘の邪魔になるかもしれないからと、ケフィの山荘に置いてきてしまった。
ここは素直に、頭の切れるサイを頼るのが良いだろう。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下 ( No.130 )
日時: 2019/05/16 18:09
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: wC6kuYOD)



 サイは、トワリスの意図を汲んだ様子で考え込むと、ぽつりと呟いた。

「昨日、ケフィさんに頼んで、ハルゴン氏が手掛けた魔導人形についての魔導書をいくつか読んだんですけど……。ラフェリオンって、おそらく構造的にはかなり原始的な造りなんですよ」

「原始的、というと?」

 サイは腕まくりをして、自分の皮膚を確かめるように触りながら、言い募った。

「ハルゴン氏の作品には、人間とそっくりの見た目の魔導人形も、沢山あったんです。作り物であることには変わりないんですが、骨格や筋肉の役割をする部品があって、皮膚も、動物の皮などを使って忠実に再現していたそうです。見た目どころか、動きまでしなやかで、まるで本物の人間のようだと評価されていたんだとか。そういった作品に比べると、ラフェリオンは粗い造りをしているというか、いわゆる人形らしい、単純な姿をしているように見えます」

 ラフェリオンの姿を思い浮かべて、トワリスは、微かに目を大きくした。
言われてみれば、経年により劣化していることを差し引いても、ラフェリオンは、台座に人形の上半身が取り付けられているだけの、古い型の人形であった。
兵器としての性能や、かけられた魔術の強さは、他とは比べ物にならないくらい強いのであろうが、見た目だけで言えば、ハルゴン氏の最高傑作と聞いて拍子抜けしてしまいそうなぼろさだ。

 顎に手を当てると、トワリスは、納得したように言った。

「確かに……そうですね。こう言っては失礼ですけど、造形には力を入れていないように見えました。素人の私でも、なんとなく、どんな造りなのか、分かってしまうような……」

 サイは、こくりと頷いた。

「同感です。それで、昨日一通り動きを見て、考えていたんですけど、ラフェリオンは、腕の刃ごと上半身を回転させて、斬りつけてくる場合が多かったですよね。あの攻撃を仕掛けてくる時は、必ず移動している時でした。つまり、車輪の動きと上半身の回転は、連動している可能性が高い。車輪と上半身、その両方が取り付けられている台座の中には、歯車かなにかが設置してあって、車輪が動き出せば、同時に上半身も回転する仕組みになってるんじゃないでしょうか」

「じゃあ、例えばあの台座部分を完全に氷付けにしてしまえば、少なくとも車輪と上半身の回転は止まる、ってことですよね。ついでに腕も封じられれば、刃も振るえなくなる」

 サイの言葉に誘導される形で答えて、トワリスは、ぱっと表情を明るくした。
トワリスと目が合うと、サイも、どこか嬉しそうに返事をした。

「的確に台座と腕を狙わないといけないので、魔術の正確性は問われますが、この方法が成功すれば、ラフェリオンに近づかずに動きを止められます。部分的に凍らせるだけなので、上手くいけば、術式が彫られているであろう背中、あるいは腹部を調べられるかもしれません。あとは、ラフェリオンに攻撃が一切通じなかった場合を考えましょう。昨日も話しましたが、ラフェリオンには、何かしらの防御魔術がかかっている可能性があります。表面の金属は、冥鉱石という非常に硬度の高い石を鍛えて作ったのだとケフィさんも仰っていましたし、魔術すら一切通じない、という事態も十分考えられるでしょう。ですから、こういうのはどうですか。動き自体を封じるのではなく、感覚を封じるんです」

 流れるような口調であらゆる対策案を出しながら、サイが、ぴんと人差し指を立てる。
彼の一言一句を聞き逃さないように耳を立て、サイが言わんとしていることを汲み取ると、トワリスは、あ、と声をあげた。

「つまり、ラフェリオンに私達を認識させないってことですか?」

 サイは、大きく頷いた。

「そうです。ラフェリオンが、何で私達を認識しているのかは、まだ分かりません。視覚か匂いか、それとも音か、あるいは全部か……。何にせよ、それらを奪ってしまえば、本体を壊さなくても、動きは止まるはずです。ラフェリオンだって、所詮は人形。標的を検知できなければ、静止するしかないのではないでしょうか」

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下 ( No.131 )
日時: 2019/05/18 19:39
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: wC6kuYOD)


 自分では考えられないようなことを、難なく思い付いてしまうサイの話を聞いている内に、トワリスは、だんだんと心が弾んでくるのを感じていた。
今から命がけの戦いに出るというのに、心が弾むなんておかしいと自分でも思うが、こんな風に仲間と話し合って、作戦を立てていると、いかにも自分が魔導師らしいことをしているような気がして、わくわくするのだ。
この高揚感は、座学を受けているときや、訓練をしているときでは、決して感じられない。
助けを求める依頼人がいて、共に任務を遂行しようとする仲間がいてこそ、感じられるものだ。
三人組で卒業試験を受けることになってから、アレクシアに巻き込まれ、危険な目にも遭ったが、一方で、こうしてサイと接点を持てるようにもなったわけだから、悪いことばかりではなかったかもしれない。

 トワリスは、サイを見上げると、はきはきとした口調で返事をした。

「確かに、その方法なら幅が広がりますね! 目や鼻、耳にあたる部分を、壊せるなら壊すのが手っ取り早いですし、壊せなくても、他に音や匂いを出して私達の気配を誤魔化すとか、いくつでも対策のとりようがありますし」

「ええ。ラフェリオンの場合は、視覚認知の可能性が高いでしょう。一応、他の可能性も考えておいた方が良いとは思いますが、わざわざヴァルド族の眼球を使用したと記録しているわけですから、視覚認知していないなんてことは考えづらいですからね」

 トワリスにつられたのか、サイも、どことなく微笑ましそうに顔つきを緩める。
二人は、顔を見合わせて頷いたが、トワリスは、ふと口を閉じると、何か思い出したように言った。

「そういえば、そのヴァルド族って聞いたことがないんですけど、具体的にはどんな特殊な一族なんでしょう。ケフィさんは、遠くの景色まで見渡せる眼球も持っているって仰ってましたが、それって、単純に視力が異常に発達してるってことなんでしょうか」

 サイなら知っているかと思い、尋ねてみたが、答えはすぐに返ってこなかった。

 ラフェリオンに使われているという、冥鉱石も、海蜘蛛の牙も、なんとなく聞いたことのある材であったが、ヴァルド族の名前だけは、聞いたことがなかった。
特に地方には、数えきれないほどの独特の文化を持った少数民族が存在しているというが、サーフェリア中の守護を勤める魔導師団では、そういった地理的な情報は全て把握しているはずだ。
まして、魔導人形の素材にも使われるような、特別な目を持つ一族ならば、魔導師団が認識していないことはないだろう。
だから、ヴァルド族という名前を聞いたとき、少し違和感を覚えたのだ。
単に忘れていただけかもしれないとも思ったが、本当に、全く聞いたことがなかったのである。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下 ( No.132 )
日時: 2019/05/21 18:34
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: NRm3D0Z6)



 サイも、トワリスと同じく、ヴァルド族に関しては何も知らなかったのだろう。
少し黙りこんだ末、サイは首を横に振った。

「さあ、ヴァルド族の名前は、私も今回初めて聞いたので……。昨日、ケフィさんにも聞いてみましたが、彼らはもう絶えてしまった西方の一族なので、記録もほとんど残っていないそうですよ。知る人ぞ知る、一部の地域に伝わる伝承みたいな存在なんでしょうね」

 あまり興味がないのか、それだけ言って、サイは肩をすくめる。
ラフェリオンを破壊するために、集められる情報ならしっかりと把握しておきたいところだが、記録もないのであれば、調べようがない。
だから、サイの反応が薄いのも、当然と言えば当然なのだが、トワリスの中では、何かが引っ掛かっていた。
ヴァルド族が、魔導師団にも知られていないような存在だったというなら、何故ハルゴン氏は、そんな未知の一族の眼球を、魔導人形の材に使おうなどと思い付いたのだろう。
逆に言えば、名匠とはいえ、ただの人形技師に過ぎないハルゴン氏が知っていたヴァルド族の存在を、何故魔導師団は、把握できていなかったのだろう。
あるいは把握していて尚、扱わない理由が何かあったのか──。

 かつて滅んだ一族で、訓練生の耳には入らないような些細な存在だったと言われてしまえばそれまでだが、魔導師に教え込まれる知識の中には、既に絶えて、歴史の波に埋もれていってしまった一族の史実も多くある。
だからこそ、サイもトワリスも、ヴァルド族について何も聞いたことがないというのは、奇妙な感じがしたのだった。

 話しながら通りを下っていくと、ようやくラフェリオンのいる屋敷が見え始めた。
大雨は去ったものの、日は照っていないので、半分腐りかけたような屋敷の壁からも、むっと湿った木の臭いがする。
靄のかかった微風がたちまじり、背後の木々をざわざわと鳴らせば、その不気味な揺らめきは、まるでトワリスたちを手招いているようにも見えた。

 サイは、屋敷から醸される気味の悪い空気を払うように、溌剌と口を開いた。

「よし、じゃあ作戦を確認しましょう! まず屋敷に入ったら、ラフェリオンとの交戦は極力避けて、二階に上がりましょう。アレクシアさんが昨日言っていた魔導書のある部屋を探して、ラフェリオンに関する文献を探すんです。運良くそれが見つかって、ラフェリオンの術式解除の手がかりが掴めれば、万々歳です」

 汚れと蔦に覆われ、全く中の見えない二階の窓を指差して、サイが言う。
トワリスも、同じように屋敷を見上げてから、サイの方に視線をやった。

「分かりました。それで、もし魔導書が見つからなければ、ラフェリオンの車輪の動きを止める、あるいは感覚を封じる、どちらかの方法を試すんですね」

 サイは、深々と頷いた。

「はい。もし、どの作戦も駄目だった場合は、また出直しましょう。無駄に戦い続けても、こちらが消耗してしまいます。ケフィさんに、もし私達が夕刻になっても戻らなかったら、また外側から屋敷の扉を開けてほしいとお願いしておきました。危険なので、アレクシアさんがいれば、彼女に扉を開ける役目を任せるように伝えてありますが、どちらにせよ、夕刻になれば誰かしらが来てくれるはずです。そうしたら、どうにかラフェリオンを外に出さないようにして、屋敷から脱出しましょう」

 気合いを入れるように、ふうっと深呼吸すると、二人は、同時に屋敷へと近づいていった。
そして、互いに目で合図しあい、そっと扉に手をかけると、すぐそばにラフェリオンがいないかどうか、気配を探った。

 押した扉の軋む音が、やけに大きく聞こえる。
二人は、もう一度目を合わせて頷き合うと、息を潜めて、扉を押し開いたのだった。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下 ( No.133 )
日時: 2019/06/03 20:15
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: NRm3D0Z6)


 屋敷へと足を踏み入れると、中は思いの外暗く、じっと目を凝らさなければ、目の前にあるものが何かもよく分からぬ状況であった。
唯一の光源は、差し込む僅かな外界の光だけ。それも、汚れで曇った窓から入ってくるものなので、ほとんどないに等しいと言える。
トワリスは多少夜目も利くが、サイは手探りで進まねば足元も覚束無いほどで、目が慣れるまでのしばらくは、あまり動けなかった。

 昨日訪れた時、アレクシアがそうしていたように、魔術で屋敷を照らしても良かったが、今そんなことをすれば、自分達の居場所をラフェリオンに教えるようなものだ。
今のところ、ラフェリオンがトワリスたちの元にやってくる様子はない。
未だサイが崩した天井の瓦礫に埋もれているのかとも思ったが、どうやらラフェリオンは、既に自力で脱出して、屋敷の別の場所に移動しているようだ。
二人は慎重にラフェリオンの気配を探ったが、暗い大広間には、黒々と沈む瓦礫の山と、無機質に散乱する人形たちの四肢しかなかった。

 二人は、暗闇の中を一歩一歩、足場を確かめながら、屋敷の二階へと上がっていった。
大階段や上がった先の長廊下には、分厚い敷物が敷かれていたので、幸いなことに、足音はほとんど響かない。
しかしながら、板張りの床はひどく劣化しており、所々腐っていたので、いつ重みに耐えかねて崩れ落ちるか、分からないような状態であった。

 二階の長廊下に並ぶ部屋は、大半が物置きのようで、大広間と同じように、人形の部品が溢れかえっている部屋もあれば、アレクシアが言った通り、本棚が並ぶ書斎のような部屋もいくつかあった。
ひとまず手近な小部屋に入ったサイとトワリスは、静かに扉を閉めると、ほっと息をついた。
それから、扉から光が漏れ出ないよう、微かな魔術で杖先に明かりを灯すと、サイは、古い本棚を見上げた。

「ぱっと見た感じでは、ラフェリオンの魔導書らしきものは見当たらないですね……」

 光る杖先を、並ぶ本の背表紙に近づけ、サイがそっと囁く。
埃を払ってから、実際に本を引き出したトワリスは、頁をぱらぱらと捲りながら、眉をしかめた。

「……そうですね。ラフェリオンどころか、魔術に関係のあるものすらなさそうです。これ、ただの絵本ですよ」

 古びて黄ばんだ絵本をサイに渡し、他の本も手にとってみる。
だが、本棚に並ぶ本の大半は、ラフェリオンに関する魔導書などではなく、絵本や図鑑といった、子供向けの本ばかりであった。

「この屋敷は、ハルゴン氏が工房代わりに使っていたとケフィさんが仰っていましたが、これだけ子供向けの本が揃っているということは、お子さんと暮らす場所でもあったんですかね。魔導書は、別の部屋にまとめられているんでしょうか」

 長杖を壁に立て掛けると、他の本の中身も物色しながら、サイが言った。
トワリスも、同様にそれぞれの本の内容を確かめながら、答えた。

「そもそも、魔導書が必ずこの屋敷にあるとは限りませんよね。ハルゴン氏がラフェリオンについて記した魔導書があったとして、それが紛失してしまったことも考えられます。ケフィさんも、あるとしたらこの屋敷にある可能性が高いって言っていただけで、実際に見たとは仰ってませんでしたし……」

 サイは手を止めると、トワリスの方に向き直った。

「それはもちろん、魔導書が絶対に見つかるとは思っていませんでしたが……」

 言いながら、サイは再び長杖をとり、部屋全体を照らすように高く掲げた。

「ただ、この屋敷の二階には、何かあるんじゃないかと思ってるんです。だってほら、昨日この屋敷に来たとき、アレクシアさんが真っ先に二階に上がっていったでしょう? 彼女にどんな意図があったのかは分かりませんが、目的もなく二階に行ったとは考えられません。だから、何かあるのかな、と……。あくまで、推測ですけど」

「それは、確かにそうですね」

 サイの方を向き、トワリスも同調して考え込む。
そういえば、囮にされた怒りで考えもしなかったが、アレクシアはあの時、何故二階に駆け上がっていったのだろうか。
この任務はラフェリオンの破壊が目的であり、そのラフェリオンが目の前にいたというのに、アレクシアはこちらには目もくれず、一直線に二階に向かっていった。
まるで、以前からこの屋敷の構造を知っていたかのように──。

 顔を合わせれば言い争いをするばかりで、結局アレクシアの真意が分からないままだが、彼女は、一体何を目的に動いているのだろう。
トワリスたちに対して非協力的ではあるが、なんだかんだで、この任務に誰よりもこだわっているのは、他でもないアレクシアである。
質問したところで、彼女が素直に心の内を明かすとも思えないし、最終的な目標はラフェリオンの破壊なのだろうと思い込んでいたので、それ以上の詮索はしていなかったが、ラフェリオンにさえ目もくれていなかったとなると、いよいよアレクシアの動機が謎である。


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