複雑・ファジー小説

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〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下
日時: 2020/09/14 21:26
名前: 銀竹 (ID: 8NNPr/ZQ)
参照: http://www.kakiko.cc/novel/novel6/index.cgi?mode=view&no=17224

 人々の安寧を願ったサーフェリアの前国王、サミル・レーシアス。
彼の興した旧王都——アーベリトは、わずか七年でその歴史に幕を閉じることとなった。

 後に『アーベリトの死神』と称される、召喚師ルーフェンの思いとは……?

………………

 はじめまして、あるいはこんにちは!銀竹と申します。

 本作は、銀竹による創作小説〜闇の系譜〜の二作目の後編です。
サーフェリア編がかなり長くなりそうだったので、スレを上・下と分けさせて頂く事にしました。
一部残酷な表現などありますので、苦手な方がいらっしゃいましたらご注意下さい。

 今回は、サーフェリア編・上の続編となっております。
サーフェリア編・上の知識がないと通じない部分も出てきてしまうと思いますが、伏線以外は極力分かりやすく補足して、進めていきたいと考えています(上記URLはサーフェリア編・上です)。

〜闇の系譜〜シリーズの順番としては
ミストリア編(上記URLの最後の番号五桁が16085)
サーフェリア編・上(17224)
サーフェリア編・下(19508)
アルファノル編(18825)
ツインテルグ編
となっております。
外伝はどのタイミングでも大丈夫です(16159)。
よろしくお願いいたします!

…………………………

ぜーんぶ一気に読みたい方→ >>1-300

〜目次〜

†登場人物(第三章〜終章)† >>1←随時更新中……。

†用語解説† >>2←随時更新中……。

†第三章†──人と獣の少女

第一話『籠鳥』 >>3-8 >>11-36
第二話『憧憬』 >>37-64
第三話『進展』 >>65-98

†第四章†──理に触れる者

第一話『禁忌』 >>99-150 >>153-162
第二話『蹉跌』 >>163-189 >>192-205
第三話『結実』 >>206-234

†第五章†──淋漓たる終焉

第一話『前兆』 >>235-268 >>270-275
第二話『欺瞞』 >>276-330
第三話『永訣』
第四話『瓦解』

†終章†『黎明』


……………………

基本的にイラストはTwitterにあげておりますので、もし見たい!って方がいらっしゃいましたらこちらにお願いします。→@icicles_fantasy

……………………


【完結作品】
・〜闇の系譜〜(ミストリア編)《複ファ》
ミストリアの次期召喚師、ファフリの物語。
国を追われ、ミストリアの在り方を目の当たりにした彼女は、何を思い、決断するのか。

・〜闇の系譜〜(サーフェリア編)上《複ファ》
サーフェリアの次期召喚師、ルーフェンを巡る物語。
運命に翻弄されながらも、召喚師としての生に抗い続けた彼の存在は、やがて、サーフェリアの歴史を大きく変えることとなる——。

【現在の執筆もの】
・〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下《複ファ》
三街による統治体制を敷き、サーフェリアを背負うこととなったサミルとルーフェン。
新たな時代の流れの陰で、揺れ動くものとは——。

・〜闇の系譜〜(外伝)《複ファ》
完全に狐の遊び場。〜闇の系譜〜の小話を載せております。

・人語を知らぬきみたちへ《複ファ》
さあ、人語を知らぬきみたちよ。
ただどうか、共に在ることを許してください。

【執筆予定のもの】
・〜闇の系譜〜(アルファノル編)《複ファ》
ミストリア編後の物語。
闇精霊の王、エイリーンと共に、突如姿を消したルーフェン。
召喚師への不信感が募っていく中、トワリスは、ルーフェンの後を追うことを決意するが……。
アルファノル興国に隠された真実、そして、召喚師エイリーンの思惑とは——?

・〜闇の系譜〜(ツインテルグ編)《複ファ》
アルファノル編後の物語。
世界の流転を見守るツインテルグの召喚師、グレアフォール。
彼の娘である精霊族のビビは、ある日、サーフェリアから来たという不思議な青年、アーヴィスに出会うが……。


……お客様……

和花。さん
友桃さん
マルキ・ド・サドさん


【お知らせ】
・ミストリア編が、2014年の冬の大会で次点頂きました!
・サーフェリア編・上が、2016年の夏の大会で銅賞を頂きました!
・2017年8月18日、ミストリア編が完結しました!
・ミストリア編が2017年夏の大会で金賞を頂きました!
・サーフェリア編・上が、2017年冬の大会で次点頂きました!
・2018年2月18日、サーフェリア編・上が完結しました!
・サーフェリア編・下が、2019年夏の大会で銀賞頂きました!
・外伝が、2019年冬の大会で銅賞頂きました!
・サーフェリア編・下が、2020年夏の大会で銀賞頂きました!
いつも応援して下さってる方、ありがとうございます(*^▽^*)

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Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下 ( No.311 )
日時: 2020/09/28 19:00
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: 8NNPr/ZQ)



「サイさんを一人でセントランスに行かせようなんて、一体どういうつもりなんですか!」

 執務室に突撃し、ルーフェンの真正面に座ると、トワリスは、開口一番にそう告げた。
ルーフェンは、広々とした長椅子で寛ぎながら、何やら手紙の封を切って、中身を眺めている。
目前の長机には、書類が広げられていたが、それらは単なる古い報告書の束のようで、セントランスと関係があるようには思えない。
サイに危険な任を押し付けたくせに、ルーフェン自身は、全くもって緊張感のない様子である。

「んー? どういうつもりって? 親書は近々届ける予定だったし、その役目をサイくんが買って出てくれたから、お願いしただけだよ」

 トワリスのほうには目もくれず、手紙をいじりながら、ルーフェンが答える。
あまりにも気のない返事に、トワリスは、思わず身を乗り出した。

「だからって……! どうして私やハインツに、事前に知らせてくれなかったんですか? まだ開戦には至っていないというだけで、セントランスとは、実質敵対関係なんですよ。それなのに一人で向かわせるなんて、考えられません」

 勢いよく顔を近づけると、ようやくルーフェンが、トワリスの方を見た。
しかし、一瞥をくれただけで、すぐに手紙へと視線を戻してしまう。
何がおかしいのか、くすくす笑うと、ルーフェンは肩をすくめた。

「そうは言っても、大人数で押し掛けたって、警戒されるだけだよ。争う気はないっていう意思表示に行くんだから、なるべく無防備な状態で行かないと」

「無防備にも程がありますよ! サイさんを一人で行かせるなら、私も着いていきます。二人くらいだったら、敵意があるようには見えないでしょう?」

「えー、でもトワって馬鹿正直だから、交渉とか向いてなさそうだしなぁ」

「ぅ……」

 ぐっと言葉を詰まらせて、トワリスが押し黙る。
確かに、アーベリトの命運を賭けた交渉取付の場で、確かな爪痕を残せるほど、トワリスは弁が立たない。
そういう意味では、頭の切れるサイを使者として選んだのは、英断と言えよう。

 それでも、納得できない様子で顔をしかめると、トワリスは言い募った。

「だったら……私でなくてもいいです。とにかく、誰かしら付き添わせてください。短期間で交渉材料を集めて、敵地に乗り込むんですよ。サイさん一人に押し付けるのは、どう考えても危険だし、無理があるじゃないですか。サイさん、さっきだって、何日も寝ていないような顔で、ふらふらしながら魔導書運んでたんです」

「うーん……とはいっても、アーベリトのほうを手薄にするわけにはいかないしなぁ」

 トワリスの必死の説得も虚しく、ルーフェンは、尚も生返事を寄越してくる。
我慢できなくなって、更に前のめりになると、トワリスは声を荒らげた。

「もう! ちゃんと話を聞いてください! こっちは真剣なんですよ! なんなんですか、手紙ばっか見てへらへらと……!」

 言いながら、ルーフェンが持っている手紙を、強引に取り上げる。
すると、嗅いだことのある薔薇の香りが、ふわりと鼻腔をくすぐった。
手紙に染み込んでいたらしい、その甘やかな香りは、かつて、トワリスが仕えていたハーフェルン領主の一人娘、ロゼッタ・マルカンの香水の匂いである。
執筆中の移り香というよりは、あえて手紙に香り付けしたような、濃厚な匂いであった。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下 ( No.312 )
日時: 2020/10/10 18:42
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: 8NNPr/ZQ)

 つかの間、動きを止め、手紙とルーフェンを交互に見ると、トワリスは、訝しげに目を細めた。

「……これ、ロゼッタ様からの手紙ですよね?」

 ルーフェンが、眉をあげる。

「うん、よく分かったね」

「匂いで分かります」

 感心した様子のルーフェンに対し、トワリスは、冷ややかな口調で答える。
一度落ち着こうと、ゆっくり息を吐くと、トワリスは、身を戻して長椅子に座り直した。

「……良いご身分ですね。王都の緊急時に、婚約者からの手紙を読んで、呑気ににやついていたわけですか」

 刺々しいトワリスの言葉に、ルーフェンは苦笑した。

「やだなぁ、そんな楽しい内容の手紙じゃないよ。今、シュベルテの魔導師団が動ける状態じゃないから、ハーフェルンの守りをどうするか、って話」

「ふーん……」

「……妬いてるの?」

「そう見えるんだとしたら、ルーフェンさんの頭は手遅れだと思います」

「辛辣だね」

 言いながら、ルーフェンはからからと笑う。
トワリスは、じっとりとした視線を投げ掛けながら、次いで、机の上の書類を手に取った。

「これは、魔導師団からの報告書ですか?」

 見慣れた魔導師団の印を確認してから、ぱらぱらと何枚か捲ってみる。
ルーフェンは、あっけらかんと答えた。

「そうそう、ちょっと古いけどね。俺のことが書いてあるんだよ」

 内容に目を通すと、ルーフェンの言う通り、書類は全て、召喚師に関する記録であった。
史実に残っている歴代の召喚師の名前から、現職のルーフェンが行ってきた施策まで、事細かに記載されている。
中には、ルーフェンが急進派のイシュカル教徒集団を陥落させた時のことや、南方のノーラデュースへ行き、リオット族を引き入れた時のことなど、現役の魔導師でも、その場にいなければ知り得ないようなことまで記されていた。

 トワリスはしばらく、静かに報告書を読んでいたが、やがて、目をあげると、胡散臭そうに尋ねた。

「……で、大事な報告書であることには間違いないですが、これは、セントランスの件と何か関係があるんですか?」

「いや? 直接は関係ないよ。ただ、俺かっこいいなぁと思って見返してただけ」

「…………」

 もはや言葉も出ない、といった様子で、トワリスが呆れ顔になる。
無言で書類と手紙を机に戻すと、トワリスは、すっと席を立った。

「もういいです。サミルさんに、直接言いに行きます」

「ちょっと待って。冗談だよ、本気にしないで」

 そのまま執務室を出ていこうとすると、ルーフェンが、間髪入れずに呼び止めてくる。
笑いを噛み殺したような、真剣味のない彼の表情には、反省の色など全く見えない。
それでも、目が合うと手招きをしてきたルーフェンに、大きく嘆息すると、トワリスは再び長椅子に腰を下ろした。

「……で、何の話だっけ?」

「サイさん一人をセントランスに送り込むのは反対だって話です!」

 能天気なルーフェンの問いに、トワリスが、食い気味に答える。
いよいよ殴りかかってきそうなトワリスに、ルーフェンは、ようやく姿勢を正した。

「そんなに怒らないで。まあ、トワの言うことも分かるよ。敵地に単身乗り込むわけだから、身の安全は保証できない。でもそんなことは、いつ攻め込まれるか分からないアーベリトにいたって同じことだろう? なんにせよ、交戦を避けるために、交渉申入の親書は誰かが届けなきゃいけない。俺は、サイくんが適役かなーと思ったけど、トワはそう思わない?」

「それは……」

 意地の悪い聞き方をされて、トワリスは、思わず言い淀んだ。
ここで頷けば、意図せずサイを貶すことになってしまう。
トワリスは、しかめっ面で首を振った。

「……私だって、サイさんが適役だとは思います。サイさんは、すごい魔導師です。訓練生だった頃から、誰よりも頭が良くて……。分厚い魔導書の内容も、一回読んだだけで隅々まで覚えちゃうし、洞察力とか、判断力も的確です。それでいて、傲らないので、皆が彼は才能のある人だって認めていました。でも、だからこそ──……」

 そこまで言って、トワリスは口をつぐんだ。
うっかり、ルーフェンに言うつもりではなかったことまで、こぼしてしまいそうになったからだ。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下 ( No.313 )
日時: 2020/10/13 18:59
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: 8NNPr/ZQ)



 サイがいくら有能でも、敵地に一人で向かうのは危険である。
一人よりは、二人で行った方が生きて帰れる可能性は高まるわけだから、親書を届けるならば、トワリスも同行したい。
この言い分も、確かに本心であった。
だが、トワリスには、それ以上に懸念していることがあったのだ。

 サイは、セントランスが用いた異形の召喚術を暴き、親書を届ける役目を、自ら買って出たと言う。
そうして今、寝食も忘れ、やつれるまで魔導書を読み耽っている。
そこまでする彼の原動力が、アーベリトを想う心ならば良いのだが、なんとなく、トワリスはそう思えなかった。
おそらく、彼を動かしているのは、召喚術という未知への探求心──。
勉強熱心で根気強い、なんて言えば聞こえは良いが、その異様な執着心は、数年前のサイの姿を彷彿とさせるのであった。

 以前にもサイは、死体を継ぎ接いで作られた魔導人形、ラフェリオンを構成する禁忌魔術に魅入られて、同じように魔導書を読み耽っていたことがある。
トワリスは、自分たちが手を出して良いことではないと止めたが、サイは耳を傾けず、それどころか、禁忌魔術は素晴らしい、色々な可能性を秘めているのだと訴えてきた。

 アーベリトでサイと再会してから、約一年。
サイは変わらず優しく、頼りになる同輩で、あれ以来、禁忌魔術に固執しているような姿は、一度も見ていなかった。
故に今回、サイがどういうつもりで、親書を届ける役目を引き受けたのかは分からないし、確かな根拠がない以上、この疑念を、サミルやルーフェンに打ち明ける気はない。
それでもトワリスは、身の内にある不信感を、完全に拭い去ることはできなかった。

 禁忌魔術の次は、召喚術に執着し始めたのではないか、とか、だとすれば、サイを止められる人間が側にいた方が良いのではないか、とか、そんな不安が全て、トワリスの杞憂であったなら、それで良いだろう。
ただ、今でも狂気を孕んだサイの瞳が、ふとした拍子に脳裏によみがえる。
禁忌魔術に魅了されたサイの姿は、トワリスにとって、それだけ衝撃的で、恐ろしかったのだ。

「──だからこそ、嫌な予感がする?」

 ふと、ルーフェンに問われて、トワリスは瞠目した。
まるで、心を見透かされたような質問だったからだ。

 トワリスは、努めて平静を装いながら、口を開いた。

「……心配なんです。セントランスに行くことも、例の術に関して調べることも、一人じゃ荷が重いでしょう。誰かがやらなきゃいけないっていうのは分かりますが、サイさん一人に押し付けるべきじゃありません。人殺しの異形を召喚する術なんて、明らかに危険な魔術じゃないですか。……もし、禁忌魔術だったりしたら、どうするんですか」

 はっきりとした口調で述べて、ルーフェンをまっすぐに見つめる。
あくまでトワリスは、サイの身を案じているだけだと言い張ったつもりであったが、それでルーフェンを欺ける気はしなかった。

 ルーフェンの探るような視線に、思わず肩に力が入る。
顔を背ければ、それこそ心中を見通されてしまいそうだったので、トワリスは、ルーフェンから目をそらさなかった。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下 ( No.314 )
日時: 2020/10/16 19:50
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: 8NNPr/ZQ)



 しばらくの間、二人は無言で見つめていたが、ややあって、ルーフェンは目を伏せると、口元に薄い笑みを浮かべた。

「……禁忌魔術って、なんなんだろうね。危険な魔術と、そうじゃない魔術の境って何?」

「え……」

 虚をつかれて、トワリスが瞬く。
一拍置いてから、微かにうつむくと、トワリスは眉を寄せた。

「禁忌魔術は……『時を操る魔術』と、『命を操る魔術』です。大規模な術故に使ったときの代償が大きいから、最悪、術者が死に至ることもあり得る、危険な魔術だと……」

 咄嗟のことに、教本通りの解答しか出てこない。
他にどう答えれば良いのか、考えていると、矢庭にルーフェンが、掌をトワリスの前に出した。
すると、光の帯が手中で魔法陣を描き、次いで、弾かれたような勢いで、水の塊が形成されていく。
水塊は震え、やがて、冷気を纏って氷の結晶と化すと、ルーフェンの掌上に鎮座した。

「……例えば、空気中の水を凍らせたとして、その氷を溶かす方法は、幾通りもあるだろう。熱魔法で溶かしてもいいし、あまり知られたやり方ではないけれど、魔法陣自体を反転させて逆の作用をさせてもいい。……あるいは、時間を巻き戻したって、氷は水に戻る」

 言いながら、掌を返して魔法陣を反転させると、途端に氷は水となり、机上にこぼれ落ちる前に、泡立って蒸発した。
舞い上がった水蒸気が、ルーフェンの指の隙間を抜けて、大気に溶けていく。
見ているだけでは、ルーフェンがどの方法で氷を溶かしたのか、分からなかった。

 腕を戻し、長椅子に背を預けると、ルーフェンは言った。

「少量の氷を溶かすくらい、魔術をかじった人間なら、誰でも簡単に出来る。その方法が、熱魔法でも、禁忌魔術でも、ね。……多分、その魔術が危険か否かなんて、明確な線引きは存在しないんだ。魔術は、扱い方さえ知っていれば、どれも簡単に使えてしまう。けれど裏を返せば、どれも危険になり得る。場合によっては、大きな代償が必要なものも、簡単に使えるから怖いんだろう」

「…………」

 簡単だから、怖い──。
その言葉には、核心をつく響きがあった。

 トワリスも、まだ孤児院にいた頃、リリアナの脚を治したい一心で、禁忌魔術を使ってしまたことがある。
当時は、魔導師団に入ってもいなかったので、禁忌魔術だなんて言葉すら知らないような、ただの無知な子供であった。
それにも拘わらず、無意識に、禁忌魔術を使えてしまったのだ。

 禁忌魔術は、その危険性から、関与する一切が禁止された特別なものだという認識が強い。
日常では触れることのない、古の時代の禁術。
世間一般では耳にもしないような、幻の存在とすら思われがちである。
しかし、実際のところはどうだろう。
触れまいと遠ざけてきた結果、魔導師であるトワリスですら、禁忌魔術についてはほとんど知らない。
ただ、本能的に危険な匂いがするから、目をそらしてきたようなものなのだ。

 ルーフェンの言葉の意味を考えているうちに、首を細い糸で絞められているような、妙な息苦しさが襲ってきた。
もしかしたら、禁忌魔術と一般の魔術に、明確な差などないのだろうか。
氷を水にするのも、瞬間的に別の場所に移動するのも、時間を巻き戻す、時間を縮めると捉えれば、どちらも禁忌魔術である。
案外、禁忌魔術というものは、身近に佇む影のような存在なのかもしれない。
それこそ、獣人混じり故に魔力が少なく、知識もない十二のトワリスが、無意識に手を出してしまえるような──。
そう思うと、今まで見ていたものが、形を変えて見えるようになった気がした。

 ルーフェンは何故、こんな話をしたのか。
現時点で、一体どこまで知っているのか。
問うように視線を投げ掛けると、ルーフェンは、あ、と声をこぼした。

「そんなことより、さっき匂いでロゼッタちゃんの手紙だって気づいたんだよね? トワの鼻って、どれくらいまでかぎ分けられるの?」

「……はい?」

 突然の話題転換に、ぴくりと片眉を上げる。
ルーフェンは、何事もなかったかのような飄々とした態度で、言い募った。

「ほら、手紙の練香ねりこうなんて、時間が経てばほとんど分からないでしょ。でも、トワなら分かるのかなぁって思って」

 ルーフェンが、ロゼッタからの手紙をひらひらと振って見せる。
トワリスは、怪訝そうに眉を潜めてから、諦めた様子で肩をすくめた。

「……さあ。普通の人間の嗅覚が分からないので、私の鼻がどれくらい利くのかも、なんとも言えませんが。とりあえず、その手紙からは、だいぶきつい匂いがしますよ」

「へえ、そうなんだー」

 間の抜けたような返事をして、ルーフェンは、ロゼッタからの手紙を見つめている。
苛々した顔つきでルーフェンを睨むと、トワリスは話の先を促した。

「あの、手紙の匂いと先程の禁忌魔術の話に、何の関係があるんですか? こんなところで、意味のない雑談に花を咲かせている時間はないのですが」

 怒気を含んだ声で言うと、ルーフェンは、困ったように眉を下げた。

「まあ、そんなにぴりぴりしないで。関係はないけど、意味がないわけじゃない。場合によっては、やっぱりサイくんに着いていってもらおうと思って」

 その言葉に、トワリスの顔色が変わる。
背筋を伸ばしたトワリスに、くすくす笑うと、ルーフェンは目を細めた。

「トワの勘と鼻の良さを見込んで、ちょっと頼みたいことがあるんだけど」

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下 ( No.315 )
日時: 2020/10/20 19:39
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: 8NNPr/ZQ)



  *  *  *


 初冬の鋭い空気に、耳鳴りがする。
サイとトワリスが、セントランスにたどり着いたのは、国境付近の移動陣を発ってから、四日目の夕刻であった。

 西方の大都市、セントランス──。
シュベルテには及ばないものの、ハーフェルンに並ぶ広大な領土を持ち、かつてはサーフェリアの王都としても栄えた、歴史ある軍事都市である。
分厚い石壁の家々が聳え立つ光景は、しかし、同じく石造建築が主なアーベリトの雰囲気とは程遠く、頑強で、粗野な印象を受ける。
冬晴れの空を突く煙突からは、ゆらゆらと黒煙が立ち上り、冷たい風が吹く度に、随所に掲げられた軍旗がはためいていた。

 街を東西に分断する大通りには、疎らに商店が並んでおり、都市の規模の割には、市場は閑散としていた。
品揃えも豊富とは言えず、そもそも、この街には、商人が少ないのだろう。
道行く人々の中には、帯剣した武人らしき男たちが多く見られた。

 外套の頭巾を目深に被り、大通りを進みながら、トワリスは、ふと傍らを歩くサイを見た。

「……サイさん。この通りを抜ければ、アルヴァン候の屋敷です。本当に、別行動でなくて大丈夫ですか?」

 何度も成された議論を、確認のために問うと、サイは、前を見つめながら答えた。

「はい。……見たところ、屋敷の周囲には二重の外郭が巡らされています。別々で行動したところで、万が一の事態に、一方が助けに入れるほど柔な警備体制ではないのでしょう」

「……分かりました」

 短い応酬が終わった後も、トワリスは、サイの様子を横目にうかがっていた。
己の行動次第で、開戦するか否かが決まるかもしれない──その重責に、彼も緊張しているのだろう。
サイは、終始街並みに目を配りながら、硬い表情で歩いていた。

 親書を渡す任に、トワリスも同行すると伝えた時、サイは、喜んでいたように見えた。
正直なところ、反対されると思っていたのだが、むしろ、心強いと安堵していたくらいである。
その時の、朗らかなサイの表情が、脳裏に浮かんでは消えていた。

 しばらく二人は、黙ったまま、領主邸へと歩を進めていった。
市街を抜け、更に人通りのない一本道を歩いていくと、やがて、目の前に、高い石組みの塀が現れる。
巨大な鉄門の奥から、複数の馬蹄の音が響いてくるアルヴァン邸には、戦前のような、殺伐とした空気が漂っていた。

 一度、トワリスと顔を見合わせてから、サイが長杖で鉄門を叩くと、ややあって、奥から声が聞こえてきた。

「何者か」

 隙のない、野太い男の声。
サイは、息を吸ってから、凛とした口調で答えた。

「突然失礼いたします。王都アーベリトから参りました、使いの者です。アルヴァン候にお目にかかりたいのですが、お取り次ぎ頂けないでしょうか」

 一瞬、門の向こう側で、ざわめきが起きた。
外郭の中には、複数の門衛がいるのだろう。
サイとトワリスを入れるべきかどうか、相談しているようであったが、何を話しているのかは、トワリスの耳でもはっきりとは聞こえなかった。

 長い時間が経ってから、ようやく鉄門が開かれたかと思うと、中から、三人の武装した男たちが出てきた。
細身のサイと比べると、一回り以上も大きく見える、屈強な男たちである。
彼らは、まるで威圧するようにトワリスたちを囲むと、低い声で言った。

「候は今、どなたともお会いにならない。お引き取りを」

 サイは、頭巾をとると、一歩も引かずに返した。

「我々は、停戦の申入をするために伺ったのです。陛下は、貴殿方セントランスとの争いを望んでおりません。どうか、アルヴァン候にこのことをお伝え下さい。そして、お目通りの機会を、何卒」

「……それが国王のご意志だと、信ずる証拠は」

「私達は、シュベルテの魔導師団に属する、アーベリト直轄の魔導師です。勅令で動き、陛下からの親書も預かっております。……恐れながら、アルヴァン候に拒否権はありません」

「…………」

 サイが魔導師の証である腕章と、王印の入った親書を見せると、門衛たちの目が、怪訝そうに細まった。
互いに顔を見合わせて確認を取りながら、門衛たちは、サイとトワリスのことを精察している。
少し間を置いて、一人が、サイの前に手を出した。

「失礼ですが、親書をこちらで改めさせて頂きたい」

「…………」

 サイは、つかの間躊躇ったが、小さく息を吐くと、親書を差し出した。
領主であるバスカ・アルヴァンに直接渡したかったが、ここで拒んで門前払いを食らっては、どの道、親書をバスカの元へと届けることはできなくなってしまう。
サイが親書を門衛に手渡す様子を、トワリスは、食い入るように見つめていた。

 親書を広げ、そして、王印を確かめると、門衛たちは、渋々鉄門への道を開けた。
内心面白くはないが、勅令で動いているという証拠を出されては、これ以上の口出しはできない、といったところだろう。
二人がかりで押して、ようやく動き始めた鉄門は、重々しい音を立てながら、ゆっくりと開いた。


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