複雑・ファジー小説

■漢字にルビが振れるようになりました!使用方法は漢字のよみがなを半角かっこで括るだけ。
 入力例)鳴(な)かぬなら 鳴(な)くまでまとう 不如帰(ホトトギス)

〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下【1月完結予定】
日時: 2021/01/05 00:42
名前: 銀竹 (ID: r1a3B0XH)
参照: http://www.kakiko.cc/novel/novel6/index.cgi?mode=view&no=17224

 人々の安寧を願ったサーフェリアの前国王、サミル・レーシアス。
彼の興した旧王都——アーベリトは、わずか七年でその歴史に幕を閉じることとなった。

 後に『アーベリトの死神』と称される、召喚師ルーフェンの思いとは……?

………………

 はじめまして、あるいはこんにちは!銀竹と申します。

 本作は、銀竹による創作小説〜闇の系譜〜の二作目の後編です。
サーフェリア編がかなり長くなりそうだったので、スレを上・下と分けさせて頂く事にしました。
一部残酷な表現などありますので、苦手な方がいらっしゃいましたらご注意下さい。

 今回は、サーフェリア編・上の続編となっております。
サーフェリア編・上の知識がないと通じない部分も出てきてしまうと思いますが、伏線以外は極力分かりやすく補足して、進めていきたいと考えています(上記URLはサーフェリア編・上です)。

〜闇の系譜〜シリーズの順番としては
ミストリア編(上記URLの最後の番号五桁が16085)
サーフェリア編・上(17224)
サーフェリア編・下(19508)
アルファノル編(18825)
ツインテルグ編
となっております。
外伝はどのタイミングでも大丈夫です(16159)。
よろしくお願いいたします!

…………………………

ぜーんぶ一気に読みたい方→ >>1-300

〜目次〜

†登場人物(第三章〜終章)† >>1←随時更新中……。

†用語解説† >>2←随時更新中……。

†第三章†──人と獣の少女

第一話『籠鳥ろうちょう』 >>3-8 >>11-36
第二話『憧憬しょうけい』 >>37-64
第三話『進展しんてん』 >>65-98

†第四章†──理に触れる者

第一話『禁忌きんき』 >>99-150 >>153-162
第二話『蹉跌さてつ』 >>163-189 >>192-205
第三話『結実けつじつ』 >>206-234

†第五章†──淋漓たる終焉

第一話『前兆ぜんちょう』 >>235-268 >>270-275
第二話『欺瞞ぎまん』 >>276-331
第三話『永訣えいけつ』 >>332-342
第四話『瓦解がかい』 >>343-380
第五話『隠匿いんとく

†終章†『黎明れいめい


……………………

基本的にイラストはTwitterにあげておりますので、もし見たい!って方がいらっしゃいましたらこちらにお願いします。→@icicles_fantasy

……………………


【完結作品】
・〜闇の系譜〜(ミストリア編)《複ファ》
ミストリアの次期召喚師、ファフリの物語。
国を追われ、ミストリアの在り方を目の当たりにした彼女は、何を思い、決断するのか。

・〜闇の系譜〜(サーフェリア編)上《複ファ》
サーフェリアの次期召喚師、ルーフェンを巡る物語。
運命に翻弄されながらも、召喚師としての生に抗い続けた彼の存在は、やがて、サーフェリアの歴史を大きく変えることとなる——。

【現在の執筆もの】
・〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下《複ファ》
三街による統治体制を敷き、サーフェリアを背負うこととなったサミルとルーフェン。
新たな時代の流れの陰で、揺れ動くものとは——。

・〜闇の系譜〜(外伝)《複ファ》
完全に狐の遊び場。〜闇の系譜〜の小話を載せております。

・人語を知らぬきみたちへ《複ファ》
さあ、人語を知らぬきみたちよ。
ただどうか、共に在ることを許してください。

【執筆予定のもの】
・〜闇の系譜〜(アルファノル編)《複ファ》
ミストリア編後の物語。
闇精霊の王、エイリーンと共に、突如姿を消したルーフェン。
召喚師への不信感が募っていく中、トワリスは、ルーフェンの後を追うことを決意するが……。
アルファノル興国に隠された真実、そして、召喚師エイリーンの思惑とは——?

・〜闇の系譜〜(ツインテルグ編)《複ファ》
アルファノル編後の物語。
世界の流転を見守るツインテルグの召喚師、グレアフォール。
彼の娘である精霊族のビビは、ある日、サーフェリアから来たという不思議な青年、アーヴィスに出会うが……。


……お客様……

和花。さん
友桃さん
マルキ・ド・サドさん


【お知らせ】
・ミストリア編が、2014年の冬の大会で次点頂きました!
・サーフェリア編・上が、2016年の夏の大会で銅賞を頂きました!
・2017年8月18日、ミストリア編が完結しました!
・ミストリア編が2017年夏の大会で金賞を頂きました!
・サーフェリア編・上が、2017年冬の大会で次点頂きました!
・2018年2月18日、サーフェリア編・上が完結しました!
・サーフェリア編・下が、2019年夏の大会で銀賞頂きました!
・外伝が、2019年冬の大会で銅賞頂きました!
・サーフェリア編・下が、2020年夏の大会で銀賞頂きました!
いつも応援して下さってる方、ありがとうございます(*^▽^*)

Page:1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 32 33 34 35 36 37 38 39 40 41 42 43 44 45 46 47 48 49 50 51 52 53 54 55 56 57 58 59 60 61 62 63 64 65 66 67 68 69 70 71 72 73 74 75



Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下【1月完結予定】 ( No.370 )
日時: 2021/01/20 19:58
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: r1a3B0XH)



「ひっ、な、なんだこれ……!」

 狼狽ろうばいした自警団員たちは、持っていたものを捨てると、全身に刻まれた魔語を無茶苦茶に掻きむしった。
しかし、血がにじむまで皮膚を引っ掻いても、魔語が消えることはない。
それどころか、魔語が染み付いた部分が、徐々に痛み出したので、場の空気は一層混乱を極めた。
まるで、魔語が皮膚を刺して、吸血しているような、身を絞られるような痛みであった。

 覚えのある、凍てつくような魔力が、地を這い出るようにして湧き上がってくる。
大病院や、負傷した自警団員たちから、滲むように溢れ出た魔力──否、この場合は、生命力とでも言うべきなのだろうか。
それらが、吸い寄せられるように化物の死骸へと集まっていく様を、トワリスは、息をするのも忘れて凝視していた。

 死んだはずの化物が、ぴくっと脚を動かす。
次の瞬間、背負っていた自警団員の身体から、すうっと体温が引いていって、トワリスは喫驚きっきょうした。
つい先程まで、確かに息をしていたはずの自警団員が、蝋人形のよう白く強張って、絶命していたのだ。

 ハインツがもぎ取って、捨て置いていた化物の脚や、散っていた体液までもが、砂のように形を変えて、化物の方へと吸い寄せられていった。
不気味な風を帯び、方々ほうぼうから集めた魔力を吸収して、化物は、傷ついた身体を再生させていく。
その姿を目の当たりにして、トワリスは、ロンダートに「化物が現れる魔術なんて検討もつかない」と言ったことを後悔した。
検討がつかないなんてことはない。トワリスは、この魔術をとっくの昔から知っていた。
トワリスだけではなく、皆が知っている魔術であり、正直なところ、シルヴィアが関わっているという時点で、そうではないかと予想はしていた。
ただ、使えないと“思い込んでいた”から、頭の中で決定付けていなかっただけで──これは、他ならぬ、召喚術なのだ。

 トワリスは、息絶えた自警団員を背から下ろすと、ゆっくりと地面に寝かせた。
思えば、シュベルテがセントランスから襲撃を受けた時と、今のアーベリトでは、状況が酷似している。
トワリスは報告書を読んだだけなので、シュベルテ襲撃の様子を、実際に目の当たりにしたわけではない。
だが、確かシュベルテでも、傷の具合に関係なく、異様な数の人間が死んでいた。
単純に考えて、弱った人間からのほうが魔力を吸いとりやすいのであれば、被害状況以上に死傷者が多いことも、何故か重傷者がいないことにも、説明がつく。
シュベルテでも、アーベリトでも、運良く無傷、もしくは軽傷だった者は生き残った。
一方で、重傷を負った者は、化物を発現させるための養分にされて、著しく衰弱し、最終的には死亡してしまったのだ。

 更に言えば、トワリスは、数月すうげつ前のセントランスでも、似たような魔術を目の当たりにしている。
あの時は、サイ・ロザリエスという魔語を読解した術者と、にえとなる瀕死状態の魔導師たち、これらの条件が揃っていた。
きっと、今は亡きサイは、調べていく内に、召喚術の発動条件に辿り着いてしまったのだ。
シュベルテでの襲撃を手引きした時は、魔語の解読ができていなかったために、不完全な召喚術しか行使できなかった。
セントランスでは、ルーフェンに逆に利用され、大勢の魔導師を死傷させたが、結果的にその魔導師たちを贄として、サイは、最期にもう一度だけ、召喚術を試みた。
結末としては、完成一歩手前で、その負荷に耐えられず、サイは亡くなった。
それでもあれは、ほとんど本物に近い召喚術だったのだろう。

(ルーフェンさんは、このことに気づいていたんだ……)

 ぐっと拳を握ると、トワリスは、再び化物と対峙した。

 吸魂術きゅうこんじゅつという、いわゆる命を操る禁忌魔術を、聞いたことがある。
召喚術とは、もしかしたら、吸魂術の応用のようなものなのかもしれない。
召喚師一族は、生まれもっての魔力量の多さから、単独で術を行使できる。
だが、魔力量の少ない普通の人間が、悪魔を一から作り出し、召喚するには、大勢の人間を犠牲にして、魔力を奪う必要があるのだろう。

 今まで秘匿ひとくとされてきた、謎多き術──。
必要なのは、召喚師一族の血筋というより、多量の魔力と、隠語としての役割を果たしてきた、魔語と呼ばれる言語の存在なのだ。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下【1月完結予定】 ( No.371 )
日時: 2021/01/21 19:44
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: r1a3B0XH)



 トワリスは、勢い良く抜刀した。

「ロンダートさん! 今すぐ怪我人を魔法陣の外に運び出して下さい! その間の時間は、私とハインツで稼ぎます」

 はっと顔をあげた全員が、トワリスを見る。
もがれたはずの脚を生やし、裂かれた腹部まで、硬い外骨格で覆われ始めた化物を一瞥して、ロンダートが言った。

「まっ、待ってくれ、無理だ! とても運びきれる人数じゃないし、まだ瓦礫の下にも生きた人達がいるかもしれない。トワリスちゃんたちだって、あんな化物相手に危険だ。置いていけるわけないだろう!」

 トワリスは、首を振った。

「でもこのままじゃ、私達全員死にます! おそらくあの化物は、召喚術によって生まれた悪魔なんです。ここで戦ったところで、私達から魔力を吸い取って、いくらでも回復します。言わばこの魔法陣が、生け贄を捧げるための皿で、生け贄は私達です。今、シュベルテが襲撃された時と同じようなことが、アーベリトでも起こっているんです」

 ロンダートは、大きく目を見開いた。

「あっ、悪魔!? 悪魔って、あの悪魔か? でも、シュベルテで使われたのが召喚術だったというのは、セントランスの出任せだろう? それに報告じゃ、シュベルテに出たのは、もっとモヤモヤした、なんていうか、実体のない幽霊みたいなやつだったって……」

「セントランスが使った悪魔は、不完全な、思念の集合体みたいなものだったんだと思います。あれを召喚術擬もどきと表現するなら、目の前の化物は、ほとんど完全に近い召喚術によって生まれたものです。私達じゃ太刀打ちできません」

 早口で捲し立てれば、ロンダートの顔に、ますます焦燥の色が浮かぶ。
その時、隣にいた自警団員の一人が、ふと口を開いた。

「あの、これって、魔法陣から出たら解決するものなんでしょうか? この身体の文字……これ、全員包帯めくって確認したわけじゃないけど、院内の怪我人の身体にも刻まれてるんです。もしかして俺達、このままじゃ……」

 怯えた声で言って、自警団員は、トワリスを見つめてくる。
思わず息を飲むと、トワリスも、自分の身体に刻まれた魔語に視線をやった。

 自警団員の言う通り、この魔語は、贄となる人間の印みたいなものだろう。
先程まではなかったから、あの化物を再生させるにあたり、魔法陣の上にいた人間を贄として捕捉した、といったところだろうか。
魔法陣とは独立して、直接身体に刻まれているあたり、術式としては、呪詛に近い。
そう考えると、確かに、魔法陣の上から出ただけでは、回避できない可能性が高かった。
術を解く方法が、魔法陣の領域外に出ることなら、今になって、わざわざ術式を発動させた意味はないからだ。
あとは、化物が現れる前に領域外、つまり、孤児院に避難した者たちに、この術式が刻まれていないことを祈るばかりである。

 トワリスの沈黙から、事態を察したのだろう。
自警団員たちは、顔面蒼白になった。

「そんな……じゃあ俺達は、一体どうすれば」

「要は、あの化物は、何度攻撃しても、俺達の命を食って生き返るってことだろう? そんなの、どうしようもないじゃないか」

 瞳に絶望と諦めの色を浮かべて、自警団員たちは、口々に呟く。
トワリスは咄嗟に、まだ自分の推論に過ぎないことを伝えようとしたが、その瞬間、毛が逆立つような殺気を感じて、素早く臨戦態勢に入った。

 ついに、全ての脚を取り戻した化物が、もがきながら起き上がって、トワリスたちの方へと突進してきた。
すかさず前に出たハインツが、空を切るように手を動かす。
すると、蹴散らされた瓦礫が、意思を持ったかのように宙で翻り、矢の如き勢いで化物に突き刺さった。
しかし、体表を抉ったのは僅かで、ほとんどの瓦礫が、化物にぶち当たっただけで弾かれてしまう。
元は柔らかな皮膚に覆われていた胴体が、再生後に変化し、今や、強固な外骨格に包まれていたのだ。

「ハインツ! 関節の隙間を狙って!」

 叫んでから、地を蹴って距離を詰めると、トワリスは、化物の爪を避けて跳び上がり、その背に乗って、脚の付け根部分に剣を突き立てた。
がつんっ、と途中で刃が引っ掛かり、うまく刺さらない。
思いの外、関節同士の隙間が狭く、剣を振り切ることができなかったのだ。

 トワリスは、舌打ちをすると、化物の脚を踏みつけて、すぐに剣を引き抜いた。
だが、その僅かな間に、化物の背中から伸びてきた触手が、トワリスに襲いかかる。
即座に反応したトワリスは、揺れ動く化物の上で一気に踏み込むと、強く剣を握り、刀身に魔力を込めた。

 刃から、うねる蛇の如く炎が噴き出すと、触手は、一瞬怯んだような動きを見せた。
その隙を見逃さず、前に乗り出すと、トワリスは、振り向き様に触手の束を斬り払う。
一閃、斬撃を炎が追いかけて、次の瞬間、触手の根本がぼっと燃え上がった。

 身をぶるぶると震わせた化物が、地面に背を擦り付けるようにして、大きく全身をよじる。
触手に着火した炎は、あっという間に消えたが、化物が火を忌避したのは明らかであった。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下【1月完結予定】 ( No.372 )
日時: 2021/01/21 19:49
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: r1a3B0XH)



 振り落とされたトワリスは、地面に叩きつけられたが、頭を守るように身を丸めて横転すると、すぐに起き上がった。
化物が火を嫌うならば、再生する間も与えず、全身燃やし尽くしてやりたいところだが、トワリスの魔力量では、それほどの火力を維持できない。
身体や剣に魔力を集中させて、攻撃するしかなかった。

 次の一手に出ようとしたトワリスは、剣を構え直した瞬間、化物の姿を見て瞠目した。
根本から燃やしたはずの触手が、凄まじい勢いで再生し、元の長さに戻ったからだ。

 身体に刻まれた魔語が、吸い付くような痛みを伴って、再び鈍く光る。
怪我人や弱った自警団員たちから生命力を奪って、化物は、瞬く間に回復した。
見間違いなどではない。トワリスの推論が、証明されてしまったと、全員が認めざるを得なかった。

 しかも、先程に比べ、再生に要する時間が、桁違いに短くなっている。
これは、トワリスたちにとっては、致命的なことであった。
回復に時間がかかるならば、再生する前に何らかの方法でとどめを刺せたかもしれないが、こうも瞬時に回復されては、攻撃したところで、こちらの魔力が搾取されていくだけだ。
つまり、トワリスたちの攻撃は、間接的に、魔語が彫られた者たちに向いているようなものなのである。

 攻めに迷いが生じたトワリスは、振り上がった爪に対し、一瞬反応が遅れた。
しまった、と思う間もなく、目の前に、死の気配が迫ってくる。
だが、化物の爪がトワリスを引き裂く寸前に、横から走ってきたハインツが、彼女の身体を突き飛ばした。

「────っ!」

 ハインツの背中から、ぱっと血が噴き出す。
しかしハインツは、痛みなど感じていない様子で、化物の脚を抱え込むと、思い切り、関節部分を逆に折り曲げた。

 大木を叩き折ったかのような音が鳴り響き、化物の身体が傾く。
それは、化物が回復するまでの、ほんの少しの時間であったが、その隙にトワリスは、ロンダートに助け起こされた。

「トワリスちゃん! 大丈夫か!」

 なんとか頷いて、立ち上がる。
ロンダートは、トワリスに意識があることを確認すると、ひとまず安堵したように頷いて、続けた。

「あの化物、やっぱり俺達の命を食って再生してるんだな。食い物がある限り、何度でも蘇るし、回復する」

「……はい。せめて、この術式さえなければ、魔法陣の外に出ることで状況は変わったと思うんですが……」

 無意識に、腕に刻まれた魔語に爪を立てて、トワリスは返事をした。
つぷりと血が滴って、ようやく手を離す。
落ち着いた声音に反し、トワリスも、内心ひどく混乱していた。
何せ、打つ手が全くないのだ。
化物を相手にしていては、自分達が消耗していく一方だし、シルヴィアを探すにしても、ハインツと自警団員を残していくわけにはいかない。
そもそも、シルヴィアがどこにいるのかも、検討がつかなかった。

 不意に、ぎりっと歯を食い縛ると、ロンダートが独り言のように言った。

「……大丈夫、大丈夫だ。トワリスちゃんもハインツも、まだ若いのに、こんなに強いんだから……何とかなる。守るんだ、せめて、孤児院に避難した人達は」

 そして、何かを決意したように目を見開くと、ロンダートは、トワリスをまっすぐに見た。

「もう少しだけ、時間稼ぎを頼めるか。すぐに戻る!」

 そう口速に言って、ロンダートは、他の自警団員たちを引き連れ、大病院の方に駆けていく。
無理だと言っていたが、一か八か、動けそうな怪我人だけでも、魔法陣の外に運び出すつもりなのだろう。
大病院に寝かされていた人々は、元々が衰弱しきっていた上に、化物に生命力を奪われて、助かる見込みのある者はいないように見えた。
それに、術式が刻まれているなら、魔法陣の領域外に出したって、おそらく意味はない。
けれど、ロンダートは、こんな絶望的な状況では、もう微かな可能性に賭けるしかないと思い直したのかもしれない。
実際、他にできることは、何もないのだ。
それならばトワリスも、時間稼ぎに徹しようと、覚悟を決めるしかなかった。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下【1月完結予定】 ( No.373 )
日時: 2021/01/22 20:22
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: r1a3B0XH)



 化物を傷つけず、自分達も致命傷を負わないように渡り合うのは、想像以上に過酷なことであった。
空を切って襲いかかってくる鎌のような爪と、鞭のようにしなる触手を避け、時には弾きながら、走り続ける。
実際にはほんの一瞬でも、トワリスとハインツにとっては、永遠の時間のように感じられた。
一つの動作をする度に、枷のようにまとわりつく疲労が、全身に蓄積されていく。
少しでも気を抜いたら、命を落とすかもしれない。
その緊張感だけが、トワリスとハインツの手足を動かし続けていたのであった。

 化物の懐に潜り込んで、脚の動きを抑え込んでいたハインツは、不意に、触手に腕をとられて、地面に引きずり落とされた。
倒れたハインツを狙って、鋭く研ぎ澄まされた爪が、振り下ろされる。
身を硬くしたハインツだったが、しかし、その爪が、自身の肉体を貫くことはなかった。
素早く割り込んできたトワリスが、双剣を交差させて、爪を受け止めたのだ。

 耐えきれぬ重さがのし掛かってきて、トワリスは、思わず膝をついた。
このままでは剣が折れると確信して、わずかに刃の向きを変えると、爪の軌道を地面へと反らす。
思惑通り、爪は地面に深々と突き刺さったが、次の瞬間、身体に巻き付いてきた触手が、弓なりにしなって、二人は絡めとられたまま、凄まじい勢いで吹っ飛ばされた。

 ハインツは、咄嗟にトワリスの身体を守るように抱き寄せたが、あまりの速さに、受け身をとる余裕がなかった。
積み上がった瓦礫の山に、背中から突っ込んで、後頭部に脳が揺れるような衝撃が走る。
ハインツは、すぐに立ち上がろうとしたが、目を開いても、視界がぼんやりと暗く、手足がうまく動かなかった。

「──ハインツ!」

 崩れて降ってきた瓦礫を押し退け、ハインツの腕から抜け出すと、トワリスは、慌てて彼の頬を軽く叩いた。
頭を強く打って、意識が朦朧もうろうとしているのだろう。
指先が微かに動いているが、仮面越しに見た目の焦点が合っておらず、気を失いかけている様子であった。

 化物の標的をハインツから外そうと、瓦礫の山から跳び出したトワリスは、しかし、地面に着地した途端、足がもつれて、その場で体勢を崩した。
よく見ると、右の太股から膝にかけて、深い切り傷ができている。
爪を受け流した時か、触手に吹っ飛ばされた時に、裂かれたのだろうか。
痛みは感じていなかったが、思うように力が入らず、身体が限界を訴えているようだった。

 立てずにいると、伸びてきた触手が、トワリスの足を絡めとった。
弧を描くように、ぐんっと身体が吊り上げられる。
化物は、このままトワリスを地面に叩きつけて、殺す気なのだろう。
ハインツは気絶で済んだが、トワリスでは、受け身をとったところで、どうなるかなど想像に容易い。
トワリスは、必死に剣を振ろうとしたが、足に力が入らないせいで、触手が間合いに入らなかった。

 ぎゅっと目を瞑って、死を覚悟した時。
地面に落とされると思っていたトワリスは、突然、空中に投げ出されて、はっと目を見開いた。
不意に、眼下を通りすぎた火の玉が、化物の背中の口に放り込まれていく。
不快そうに頭を振り、触手を震わせた化物は、背中の火を消そうと、身体をのけ反らせて暴れ回った。

「今だ! 火を嫌がっているぞ! 火をつけるんだ!」

 ロンダートを含む、生き残っていた六人の自警団員たちが、松明たいまつを片手に走ってきて、化物を取り囲む。
彼らは、油を詰めた瓶や、火の玉──油を染み込ませた布を石に巻き、着火させたものを化物に投げつけると、襲ってきた脚や触手に松明を押し当て、一気に燃え上がらせた。

 落下したトワリスは、宙で身を翻し、地面で横転して衝撃を逃すと、なんとか顔だけをあげた。
ロンダートたちが、松明を振りながら、化物を大病院のほうに誘導していく。
怪我人たちは、もう避難させたのだろうか。
歯を食い縛りながら、懸命に化物と対峙する彼らの顔には、色濃い恐怖が滲んでいたが、先刻のような、諦めの表情は浮かんでいなかった。
 
「怯むな、戦え! 戦え! 俺達がアーベリトを守るんだ!」

 団員たちを鼓舞しながら、ロンダートが叫んだ。

「汚い奴隷のガキに、居場所をくれたのは誰だ! 盗みしか知らなかったろくでなしに、生き方を教えてくれたのは誰だ! サミル先生だ! 救われた命、今、ここで使わないでどうする……!」

 ロンダートに応えるように、叫び声をあげながら、自警団員たちは、必死になって松明を振った。
付かず離れずの距離で、火を押し当ててくる団員たちに、化物は、蝿でも払うかのように、何度も何度も触手を振り回した。
自警団員たちは、時折迫ってくる爪さえもなしながら、徐々に、徐々に、大病院の方へと進んでいく。
炎を嫌っているのもあったが、化物も、餌が豊富な大病院へと近づきたいようであった。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下【1月完結予定】 ( No.374 )
日時: 2021/01/22 20:25
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: r1a3B0XH)



 やがて、大病院の目の前まで来ると、ロンダート以外の自警団員たちが、持っていた松明を、槍のように化物に投げつけた。
燃え盛る炎が、油まみれの体表に着火して、みるみる広がっていく。
化物が、苦しげに身体をくねらせ、炎を消そうと大病院に突撃した、その時──。

 トワリスは、ようやく、自警団員たちの狙いに気づいた。

「ロンダートさん……っ!」

 喉を震わせ、大声で呼ぶと、一瞬、振り返ったロンダートと目が合った。
ロンダートは、いつもの調子でにっと笑うと、そのまま大病院の中に踏み込み、松明を投げ捨てる。
痛む脚を擦り、どうにかしてトワリスが立ち上がろうとした、その、次の瞬間。

 突然、視界が白んだかと思うと、一拍遅れて、耳をつんざくような爆発音が鳴り響いた。
化物ごと、大病院が炎上し、もくもくと黒煙の柱が立ち上る。
自然発火の勢いではなかった。

 つん、とした消毒液の匂いと、酒の匂いが漂ってきて、トワリスはその場にへたり込んだ。
ロンダートたちは、助かる見込みがないと判断した怪我人たちを、避難させてなどいなかった。
化物の糧となることを防ぐために、用意していた消毒液や酒を撒いて、建物ごと燃やしたのだ。自分達を、囮に使って。

 声にならない悲鳴をあげると、化物は、火だるまになってのたうち回った。
無茶苦茶に触手を動かし、周囲の瓦礫を手当たり次第に蹴散らしていくが、ついに、触手や脚が焼け落ち始めると、じたばたと痙攣するだけのさなぎのようになった。

 糧としていた人間がほとんど死んだためか、化物が、瞬時に身体を再生させることはなかった。
それでも、少しずつ、少しずつ、燃えただれた体表を回復させようとしている。
まだ、大病院の中に、生きている人間がいるのだ。

 トワリスは、剣を支えに立ち上がると、右足を引きずりながら、よろよろと大病院に近づいていった。
あと数歩といったところで、肺がひりつくような熱気に当てられ、思わず後ずさる。
大きく傾いた建物を包み込み、激しく踊るように揺れている炎が、苦しみ、悶えている人の姿にも見えた。

 灰色の空を仰ぐと、トワリスは、肌が湿るような、微かな雨を感じた。
霧と変わらない、煙のような雨では、燃え盛る炎を消すことなどできない。
消したところで、どうなるというのか。
化物の食い物にされ、他に助かる道がないから、ロンダートは、逃げ延びた避難民のために、化物諸共消え去る選択をしたのだ。

 ずるずると地面を擦るような音が聞こえて、振り返ると、トワリスのすぐ傍まで、化物が這い擦ってきていた。
炎は消えていたが、全身が煙をあげて燻り、脚や尾の一部は炭化している。
それでも、まだ再生しようとしているのか、ぎちぎちと鋏角きょうかくを蠢かせて、トワリスのことを見ていた。

 剣を構えようとしたトワリスは、その時初めて、自分が酸欠を起こしていることに気づいた。
知らず知らずの内に、煙を吸っていたのだろう。
呼吸をすると、喉が刺されるように痛んで、目の前がぐらっと揺らいだ。

 トワリスが動けずにいると、不意に、足音が近づいてきて、人影が化物に突進した。──ハインツだ。
重々しい音と共に、化物が横倒しになり、しかし、その衝撃で、ハインツも地面に弾き跳ばされた。
背中の切り傷から、のろのろと血が溢れている。
トワリスは、目眩で倒れそうなところを踏み留まると、剣を両手で一本に持ち替え、渾身の魔力を込めた。

 この化物には、もう再生するための糧がない。
ハインツも、トワリスも、これ以上は限界だ。
一撃で仕留められるかどうかは分からなかったが、やるしかなかった。

 炎を灯した剣を、大きく振りかぶろうとした、その時だった。
突然、雲が不気味な光を孕んだかと思うと、視界が点滅して、雷鳴がとどろいた。

「────っ!」

 青白い閃光が目をき、トワリスとハインツは、反射的に腕で顔を覆った。
雷撃は一度ならず、二度、三度とほとばしり、見る間に化物を塵に変えていく。
間近で稲妻が大気を渡り、まるで生きた心地がしなかったが、魔力の膜にくるまれるようにして守られていたトワリスとハインツは、痛みも熱さも感じていなかった。


Page:1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 32 33 34 35 36 37 38 39 40 41 42 43 44 45 46 47 48 49 50 51 52 53 54 55 56 57 58 59 60 61 62 63 64 65 66 67 68 69 70 71 72 73 74 75



小説をトップへ上げる
題名 *必須


名前 *必須


作家プロフィールURL (登録はこちら


パスワード *必須
(記事編集時に使用)

本文(最大 7000 文字まで)*必須

現在、0文字入力(半角/全角/スペースも1文字にカウントします)


名前とパスワードを記憶する
※記憶したものと異なるPCを使用した際には、名前とパスワードは呼び出しされません。