月下のクリムゾン るりぃ ◆wh4261y8c6 /作

第壱妖『八咫烏』2
翌朝―――…・
「久しぶりに…嫌なものを見たわ…」
紅は見たものを忘れようとするかのごとく、額に手を当てるとゆっくりと頭を左右に振った。
そして紅は背後に庇うようにしていた屡狐に目隠しをすると、真言を唱える。
「オン マリシェイ ソワカ」
紅が真言を唱えると、それを結界がおおう。
中身が見えないよう、しっかりと色をつけると、紅は屡狐の目隠しを外した。
目隠しを外された屡狐は興味津々と言った様子で死体を覗こうと紅が掛けた結界を静かに剥がそうとする。
が、それは未遂に終わった。
「屡狐? 見てはなりませんと私は言ったはずですが。」
ふわり、と美しい笑みを浮かべる紅の背後には仁王か、あるいは阿修羅だろうか。とにかく形容しがたい恐ろしい何かが紅の背後に降臨していた。
屡狐は紅から放たれる怒気に顔を青くすると、どもりながら紅に謝罪を述べた。
紅はその様子にため息をつくと、屡狐の手を引いて草原に向かった。
「紅様? 何処に向かうのですか?」
屡狐は紅に問うが、紅は屡狐の質問に答えようとしなかった。
ただ、黙々と足を進めるだけ。
いつもとはちがう紅の態度に、屡狐は訝しげに眉をひそめた。
屡狐は心配し、声を掛けようと口を開くが、それは紅に遮られた。
「屡狐? 八咫烏、という鳥を知っていますか?」
屡狐は自分の台詞が遮られた事にふてくされて下を向くも、紅の質問に知らないと答えた。
紅は屡狐の返答を聞いて、また口を開く。
「八咫烏は、日本神話で、神武東征の際に、タカミムスビによって神武天皇の元に遣わされ、熊野国から大和国への道案内をしたとされる烏よ。
……その鳥が、今回の事件の犯人かもしれない。」
紅の長い説明を半分ほど聞き流していた屡狐にも、それがどれだけ大変な事かはわかった。
下に向けていた顔を上げ、紅の方へ向けると、紅は深刻そうな顔をしていた。
昔、屡狐は紅に教わった事があった。
神から発せられる『神気』のことを。
神気は、神のみが発せられる気である。
下等な妖は、神に視線を向けられただけで消えてしまうといわれる程らしい。
八咫烏は、神からその神気をもらって、生まれたようなものだ。
それが犯人であるという事は、つまり。
「闇龍の……封印がとかれた、ということじゃろう?」
紅は屡狐の答えに頷いた。
「今は簡易的な封印しか施されていないというわ。多分……八咫烏は闇龍の禍々しい邪気に当てられたんでしょう。」
紅がそう言うと同時に、一迅の風が吹いた。

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