月下のクリムゾン るりぃ ◆wh4261y8c6 /作

第漆妖『羅門深紅隊』9
「さすが……天下一の矛の名手と言われるだけあるなぁ……。」
「これっくらいで息が上がるようじゃ、まだまだ未熟なんじゃないの?」
激しい攻防を繰り広げても、特に息を上げるでもなく平然とした顔で蛭子はにやりと笑った。
対する田坊は少し乱れた呼吸を整え、目の前で掌をパンッと合わせる。
「しっかたないなぁ。とっておきを見せてあげるよ!」
「……ッ!?」
途端、風の音とともにどこからともなく石つぶてが飛んできて、蛭子はそれを回転しながら避けた。
それを追撃する田坊の拳を受け止め、上空を見るともう一人の田坊が風を切って落ちてくる。
小さく舌打ちをしてから、蛭子が人差し指で空を切ると、地面から闇が生まれ蛭子の身体を飲み込んだ。
急に目標を失った田坊たちが一瞬戸惑ったところで、すぐ上に再び現れた蛭子は両手で構えた天沼矛を素早く振り下ろす。
刃は田坊たちの喉元ギリギリをとらえ、蛭子は楽しそうに喉を鳴らし笑った。
「私の勝ちって事でかまわないわね?」
「……あはは。すごいや。完璧に参ったよ。」
田坊は、楽しそうに肩を揺らして笑うと蛭子の矛の刃を指先で摘んで遠ざけた。
蛭子もそれを見てさっと得物をしまう。
見事双つに別れた田坊を見て陽鳴は目を丸くし、それらをしげしげと眺めた。
「これは……所謂分身の術って奴?」
「違うわ、陽鳴。分身の術なんかよりよっぽど凄い。なんせ、同じ顔をした人間が二人こうして並んでるんだから、ねぇ。」
蛭子は、両側に立つ同じ顔をした少年の肩を叩いてにこりと笑う。
陽鳴が首を傾げていると、後から現れた田坊が田坊とは対象的な白い雨ガッパをふわりと直してにこりと笑った。
「お初にお目にかかります。黒犬が一人、畑坊<はたぼう>と申します。以後お見知り置きを。」
「……分身じゃないのか。それにしてもよく似てるなぁ……僕には見分けがつかない。」
目をきらきらさせながら田坊と畑坊をかわるがわる見ては感嘆する陽鳴に、刀乃は苦笑し肩を竦める。
「我らも、その襟巻きが無ければ見分けられませぬな。それにしても畑坊、お前まで田坊に荷担するとは……呆れたぜ。」
「申し訳ありません。しかし宮寺様……草薙 蛭子殿との手合わせなど、滅多にない機会。田坊にばかりいい思いはさせられません。」
「だーから、ちゃんと呼んだでしょ!? ね、やっぱりすごいよね! 敵ながらあっぱれだよねッ!!」
「田坊……少し落ち着きなよ。失礼だろ? 申し訳ありません。数々の非礼、お詫びします。」
畑坊は、はしゃぐ田坊をぴしゃりと叱ってからこちらに丁寧にお辞儀した。
顔は瓜二つではあるが中身は随分違うようだ、と紅たちは顔を見合わせくすくすと笑う。
「じゃ、刀乃お兄ちゃん。こっから先の護衛は任せてよ! 陰できっちり仕事してあげるから!」
「張り切りすぎて怪我すんじゃねぇぞ。畑坊、頼んだぜ。」
「御意。」
「蛭子お姉ちゃん! また後で手合わせしよッ! 尻尾巻いて逃げないでよね?」
「はいはい。」と蛭子が手を振ってやると、田坊は意気揚々と地面を蹴ってかき消えた。
それを困り顔で見送り、畑坊もぺこりと頭を下げてから消える。
まるで嵐が去ったような感覚に、紅は肩を竦めると刀乃の背中をぽんと叩いた。
「色々と気苦労が耐えないですね。相変わらず。」
「……本当は、双哉様で手一杯なんだがな……。」

小説大会受賞作品
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