月下のクリムゾン るりぃ ◆wh4261y8c6 /作

第陸妖『座敷童子』4
「……もう話すことはないんだけどなぁ。」
もう一度最初に死んだ老婆から順に聞き込みを始めて、今はもう四人目の被害者の所にまで来てしまった。
四人目は、年若い職人だった。
住んでいる長屋でも評判がよく、働き者で、人から恨まれるような事もない。
その青年、弁之介(べんのすけ)と長屋でも職場でも親しくしていた先輩職人に、紅はもう一度話を聞きに来たわけだが…。
今までの聞き込み同様、目新しい情報は得られそうもない。
「達之介は……総一郎(そういちろう)殿の部屋に飛び込んできたのでしたね。死の間際に。」
「おうともさぁ。えらく慌てた様子でなぁ……『兄! 俺殺されちまう!』ってな具合で。こりゃ珍しく酒でも多めに飲んで酔ってるのかとも思ったが、そんな風にゃ見えねえ。それどころか、俺には全く心当たりがないのに、弁之介を見ているうちにこっちまで背筋がぞくぞくしちまってよ。それくらい真に迫ってたんだろうな。」
先輩職人の総一郎は、少し遠くを眺めながらあの日の出来事をつぶさに語ってくれた。
だが、何度聞いても新たに気付くことは無かった。
この次に死んだのは、劉嬰の部下だという三太郎だ。
何としても新しい手掛かりを、と祈る気持ちで紅は総一郎を見た。
「弁之介が死ぬ前に……何か変わった事はなかったかしら? どんな小さな事でも構わないわ。」
「ふむう……そう言われてもな。……ああ、仕事中に妙なことを言っていたっけな。」
「妙なこと?」
「あぁ。<人間にゃ、運のいいときってのがあるもんなんだなぁ>とかなんとか……。」
「……運が、いいことでもあったのかしら?」
「そこまではしらねぇが、あの日死ぬまであいつエラい幸せそうだったんだぜ。それが急に『殺される!』だろ。あいつに何があったのか、俺が知りてぇよ。」
幸せそうだったのに、急に何かに怯えて死んだ……か。
妖に取り憑かれて、日々苦しんでいたというなら解りやすいのだが。
「……ん……取り憑く……?」
何かが、紅の思考の糸に引っかかる。
しかしそれがはっきりとした形になることはなく。
結局頭を存分に悩ませたまま、紅は総一郎の家を後にした。
顎に手をやって考える仕草をしながら長屋の前を歩いていると、向こうから野菜をかごに入れた娘が歩いてくるのが見える。
たまたま落としていた視界に飛び込んできた娘の草履が、質素な着物とはあまりに不釣り合いで、紅は思わず彼女を引き留めた。
「失礼ですけれど……この長屋の住人かしら?」
「……はぁ、そうですけど。」
「随分、上等な草履ね。」
娘の足には、そういうものに疎い紅でも<上等だ>と解るくらい上品な美しさを持つ草履がはかれていた。
娘はぴょいと足をあげて草履を眺める仕草をしてから紅を見る。
「弁之介さんに貰ったんですよ。確か……彼の話を聞きに来ていた方ですよね?」
「……ええ。」
「私が古い草履を何度も直して履いているのを知って……急に買ってきてくれたんです。こんな高価なもの受け取れないって言ったんですけど……その……一生懸命選んだんだって言うから。」
どういう事だろう。
弁之介は真面目に働いていたし、そりゃあ貯えくらいはあっただろうが、それでもこの草履は高すぎる気がする。
「これを貰って何日もしない内に……あんな事になってしまって……。だからこれ、大事な弁之介さんの形見なんです。こうして履いていると……似合うよって笑ってくれたのが思い出されて……。」
娘は、そっと優しく微笑んだ。
しかしその目尻にはうっすら涙が溜まっている。
はっきりとは口にしないが、恐らく想い合った仲だったのだろう。
こぼれてしまった悲しみをそっと拭って、娘は小さく謝った。
「……その……弁之介はどうやってこの草履を手に入れたのでしょうか。見たところ……。」
紅が言いにくそうに濁らせると、娘は察してくれたのか思い出すような仕草をする。
「詳しくは聞いていませんが……何かを拾って礼金を貰ったと言っていました。『どうせ手に余る金だ。一生に一度くらい女子に高いもん買ってみたかったんだよ。』と笑ってましたから。」
「……礼金……。」
「えぇ。運が良かったって……。」
運が良かった……。
高額な礼金……。
これが彼が死んだ理由に関係あるのかは解らないが、紅はその先に何か答えがあるような気がした。
娘に礼を言い、長屋を後にしてさっき歩いてきた道を足早に戻る。
闇色の道に差した、小さな光を逃さないように。

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