月下のクリムゾン  るりぃ ◆wh4261y8c6 /作



第漆妖『羅門深紅隊』2



「……相変わらず、人気のねぇ屋敷だな。」

「最近は物好きしか寄りつかないわ。近所じゃ化け物屋敷と恐れられているらしいですよ。」

他人事のように笑って、紅は客間に刀乃を促した。
ここを訪れたのは何年も前だが、殆ど変わらない。
いや、少し綺麗になったか……。

「珍しいな。掃除でもしたのか。」

「私ではないわ。マメな部下がたまに……ね。」

不思議そうに首を傾げた刀乃に苦笑して、紅は席を勧めてから座った。
彼は宮寺刀乃。
東北をまとめる玄武王の片腕と呼ばれる男だ。
彼は、父・蒼太郎が生きていた頃からの知人である。
この所連絡も取り合わず、疎遠になっていたが……急に訪ねてくるからには理由は一つだろう。

「……それで、手を焼いているのかしら。その禍魂には。」

「よく用件が解ったな。」

「双が私に泣きついてきたのだから、余程の事でしょう。この世で一番頼りたくない相手でしょうからね、私は。」

「はは、確かに同じ事を言ってたな。」

双というのは、伊禮 双哉のことだ。
まだ紅が会ったときには本名ではなく、双<ソウ>を名乗っていたので、そのときの癖と、多少のからかいも混ぜて紅は彼をそう呼んでいる。
昔、禍魂……―所謂、物の怪を退治するのに東北へ父と足をのばしたときに偶然出会ったのだが、当時の双哉と来たら…。

「天下の伊禮 双哉が、まさか未だに物の怪相手に腰を抜かしてるんじゃないでしょうね。」

思い出に笑いながら紅が言うと、刀乃も思い出したのかくすくす笑いながらゆったり首を横に振る。

「腰は抜かしちゃいねぇが、頭は抱えてる。昔のよしみだ、手を貸してもらえると、嬉しいんだがな。」

「私は構わないわ。さて、今この状態で会いたくはなかったのですが、蛭子に言いに行きますか。相手が伊禮双哉とあっては……黙っているとかえって叱られそうですから。」

双哉は、蛭子が好敵手と認めた男で、特に戦でぶつかり合っていないときは勝負をしに出掛けたりもしているようだった。
もちろん、戦で出会ったときも我先にと勝負しにいくらしいが。
国も人種は違えど、二人には一種の友情がある。
それを解っていて、報告しないわけにもいかないだろう。

紅はゆったり立ち上がり、着物を直した。
同じく立ち上がって客間を出ようとする刀乃を呼び止める。

「ところで……一体何が出るのかしら。」

刀乃は、その言葉を受けてしばらく畳に目を伏せるが、今一度紅に目を向けて静かに答えた。

「……首だ。首が出る……。」