月下のクリムゾン  るりぃ ◆wh4261y8c6 /作



第壱妖『八咫烏』3



風が吹くと同時に紅は足を止めた。
不審に思った屡狐が後ろを振り返ると、そこには年の頃十九ほどの娘が立っていた。
藍色の着物に身を包み、冷たい美しさを湛える緑色の瞳の縁には朱色が引かれて、なんとも神秘的な雰囲気を醸し出していた。
黒真珠のような頭髪と褐色の肌も、その神秘の雰囲気を手伝っている。

「久しぶりですね。ヒルコ。」

紅は微笑しながらその娘に話し掛けた。
ヒルコと呼ばれたその娘は紅の言葉に眉を吊り上げた。

「私を『ヒルコ』と呼ばないでよ『エビス』って読むのよ、馬鹿糞野郎!」

ヒルコ、否。エビスの口から出た言葉は外見に似合わずとても汚い言葉だった。
屡狐が外見との差にぽかんと口をあけていると、紅は穏やかな笑みでエビスに話し掛けた。

「あら、失礼。蛭子、あなたが私を訪ねるなんて何かあったのですか?」

「何か、じゃないわよ! 八咫烏が禍魂に堕ちたから私がきたの!!」

褐色の肌をさらに赤くして怒鳴る蛭子に屡狐は耳を塞ぎ、紅の後ろに隠れた。
屡狐の様子をみて蛭子が怒る前に、紅は蛭子に微笑んで話し掛けた。

「そうですか。それであなたはどうするのですか?」

紅にそうとわれ、屡狐の態度のことは忘れたのか、蛭子はにやりと笑った。

「当然。八咫烏をぶったたきに行くのよ。」

紅は蛭子の答えにため息をつくと、ゆっくりと頭を左右にふり、威圧的な笑顔を蛭子に見せた。

「八咫烏は私に任せてもらえる? 蛭子だったら消滅させてしまうけれど……私なら祓って元に戻せるわ。」

紅の言葉と笑顔におされ、頷いた蛭子は来たとき同様、瞬きの間に風に乗って消えた。