月下のクリムゾン るりぃ ◆wh4261y8c6 /作

第壱妖『八咫烏』5
そこには異様な光景が広がっていた。
鮮やかな青色の中国服に身を包んだ蛭子は、緑色の瞳を吊り上げて紅を睨みつけた。
「アンタって人は!! 気力が少ない時に真言を使う事がどれだけ危険だか分かってる癖に使うなんて!!」
烈火の如く怒る蛭子に紅は謝罪の言葉を述べるが「誰が謝れって言ったの!!」と、言われて口を閉ざした。
紅は屡狐の方をちらりとみやると屡狐は紅と蛭子のやりとりをみながら、屡狐は間に入るタイミングを探しておろおろしている。
紅は屡狐に頼るのは不可能と判断し、この異様な光景を誰かに見られてしまったらどうしようかと思いため息をついた。
そして蛭子のお説教を聞き流す為に真言を思い出して心の中でそれを呟く。
「ちょっと! 聞いてるの!?」
蛭子の怒鳴り声が聞こえてくるがそれは真言を心の中で呟いている紅の耳には入っていなかった。
自分の話を聞かない紅に腹を立てたのか、蛭子は禍魂を祓われた時のショックで気を失っている八咫烏の左頬を引っ叩いた。
パチィィン! と乾いた音が響く。
蛭子の八つ当たりを受けた八咫烏は左頬を叩かれた痛みで跳ね起き、何が起こったのかときょろきょろあたりを見回している。
紅は八咫烏が頬を叩かれた音でようやく現実に戻ってきた。
紅が現実に戻ってきたのを確認し、蛭子はマシンガンのようにまくしたてる。
「とりあえず言いたい事はいろいろあるけど、とりあえず何かあったらアンタが無茶しないように私が妖怪を引き取りに来るから。それだけは覚えておきなさいよこの糞馬鹿野郎!!」
そういって蛭子は八咫烏を置いて風にのって消えた。
屡狐はあからさまにほっとした顔をすると紅のソバに駆け寄る。
のこされた八咫烏は左頬に見事な紅葉マークをつけられた頬をさすると、紅に向き直って一礼した。
屡狐は八咫烏の頬の紅葉マークをみて、紅の後ろで爆笑している。
紅はそんな屡狐をあきれたように一瞥すると八咫烏の方に顔を向けて話し出した。
「あなたは帰らなくても宜しいのですか?」
「帰りますよ。いくら神様に怒られるのが怖いからって逃げ出したりなんかしません。」
紅の言葉に八咫烏が苦笑する。
屡狐はそれがツボにはまったのかまた声を殺して笑い出した。
八咫烏は屡狐に気付き、眉を顰めるもも話を進める。
「今日は本当に有難う御座いました。あのままでしたら僕は完全に禍魂になっていたかもしれません。」
「いえいえ、私はするべき事をしたまでです。あなたが堕ちなくてなによりですよ。」
八咫烏は紅の言葉に驚いたように眼を見開くと、すぐに笑い出した。
「やはりあなたは見た目どおり素晴らしい人だ。あなたのように私利私欲に走らない清い人間は久しぶりに見る。」
紅はそんなことありませんよと言いながらも満更でもなさそうに笑った。
紅は八咫烏に向かって右手を差し出す。
「また会える事を祈っています。」
八咫烏は差し出された右手を取ると握手をした。
「運命が導くのなら、また会えるかもしれません。」
お元気で。は、風に消えた。八咫烏が去ったのだ。
八咫烏が去った空を見上げて笑うと、紅は笑っていた屡狐をこっちの世界に戻そうと屡狐をしかりつけるのであった。
第壱妖 『八咫烏』 完

小説大会受賞作品
スポンサード リンク