月下のクリムゾン  るりぃ ◆wh4261y8c6 /作



第肆妖『天使』7



「これから僕は天界に帰ることにするよ。」

苦笑しながらそう言う陽鳴をみて、紅は首をかしげた。

「あなたはここに配属された天使のようですが……持ち場を離れてよかったのですか?」

陽鳴は紅の言葉を聞いて深いため息をつくと、紅に切りかかってきた時の蒼い剣を見せた。
その剣の柄には『堕』という文字が焼きついていた。
驚いて息を呑む紅をみやった後、陽鳴はその剣を空に掲げる。

「絶対なる力をもつ天使、その天使が人の側にあると証明する最大の事は、人に刃を向けない事。だから、僕は人である紅さんに切りかかった瞬間から『堕天使』だったんだ。」

紅は陽鳴から視線を外し、空を見上げる。

「では、神様に文句を言わねば。」

陽鳴は紅のその言葉に驚いたような顔をした。
紅は小さく笑うと、ゆっくりと顔を陽鳴に向ける。

「あなたが怒っていた理由は、譲れないものを壊されたからなのでしょう? ならば、怒るのも当然。」

そうでしょう? とたずねる紅に、陽鳴は顔を俯かせた。

「そして、光がつけていた簪……あれは、あなたがおくったものでしょう? 簪にあなたの思いがこもっていたから、手の目はお春を食らうことができなかったのですよ。」

ばっと顔を上げて紅を見る陽鳴。
紅は陽鳴に微笑むと、陽鳴に近づき、陽鳴の手に鈴を握らせた。

「お守りです。お気をつけて。」

陽鳴はしゃらん、と綺麗な音の花を咲かせる鈴をしばらく見ていたが、紅に顔を向けるとこくりとうなずいた。
そして頭を下げた後、紅の進路とは反対方向の林に入っていき……消えた。

「一件落着。とは、いかなさそうですねぇ。」

紅はそうつぶやくと、先ほどから街道の脇にあるアリの巣を観察している屡狐を呼び戻しにいったのであった。



第肆妖『天使』完