月下のクリムゾン るりぃ ◆wh4261y8c6 /作

第捌妖『羅門深紅隊―後編―』10
今まで仄かに発光していた首が一瞬強く光ると、陽鳴と対峙していた畑坊の身体はまるで景色に溶けるように消えた。
周りがそれに顔色を変えるのを見て、彼は満足げに高揚した笑い声を上げた。
「これが……<不可視>の力だよ。どうだ? 身体が見えなきゃ殺せないだろ!」
「陽鳴……!」
「……駄目だ。気配もない。消えたとしか……ッ!?」
その瞬間、陽鳴が何かに当てられたように吹き飛んだ。
地面に着く前に体勢を立て直したので地面には叩きつけられなかったが、切れた唇に滲む血を手の甲で拭い眉をしかめる。
「ったく……今日は厄日かよ……当たる瞬間の風圧くらいしかわかんないって……ちょっと厳しすぎないか?」
「さて……後は思うがまま、僕がお前らを喰らうだけだ!!」
畑坊は、大きく口を開けて紅に向け突進した。
その度切り捨てるが、再生速度は徐々に増し、地に落ちる前に繋ぎ合わさる為時間稼ぎくらいにしかならない。
陽鳴も紅を助けようとしたが、見えない身体から繰り出される攻撃を受けるのが精一杯でそれもままならなかった。
頭数だけはある鬼を潰している双哉、刀乃、蛭子も目の前の敵を散らすので手一杯だ。
「……クソッ!! 身体さえ見えりゃ……」
執拗に左肩を狙ってくる畑坊の攻撃を堪えて、陽鳴は呟いた。
視界の隅に映る紅の太刀筋にも疲労が見え始めている。
自分にしてみても、長丁場は不利になるだけだ。
何とかならないかと辺りを見回しながら数歩後退すると、背中に何か当たった。
振り返った先には、田坊が少し蒼ざめた顔で立っている。
その表情は強ばっていて、彼のごちゃ混ぜになった感情がそうさせているようだった。
「……田坊」
「…………ったじゃん……」
「……?」
「……殺せば……ぼくを、殺せばよかったじゃん……それで、それで充分だったんじゃないの!? 畑坊ッ!!」
首に向けて叫んでも。
畑坊は紅を攻撃することをやめなかった。
それでも尚、田坊は叫ぶ。
「ぼくはずっと……! 畑坊が羨ましかった! 生きていくことを許された畑坊に負けたくなかった!! だけど……それ以上に……ッ、ぼくは畑坊が大事だったんだ!!」
田坊が、泥で塗り固めた拳をたずさえ、陽鳴を押しのけて走り出した。
畑坊の首はそんな彼をお構いなしに、紅葉を弾き紅の喉元に喰らいつこうと勢いよく飛び込む。
白い首筋に、鋭い牙が触れると思った瞬間、首はびたりと動きを止めた。
目を見開き、さっと後退して歯を食いしばるが、堰を切るように赤黒いものが口から溢れる。
次々にこみ上げるそれに咽せて、畑坊は驚愕に震えながら自分の片割れを見た。
「……どう、やって。何してるんだ……田坊……お前……ッ! お前ェッ! 見えないはずだろうがあぁッ!!」
田坊の拳、否、泥で作られた鋭い刃は、は、何もないところに突き出されていた。
しかし田坊が刃を引くと、見えなかったはずの身体が現れながら地に崩れ、赤い血溜まりがゆっくり広がっていく。
蒼い顔で、強ばったままの田坊は、血に濡れた刀を落とし枯れて震える唇を微かに動かした。
「……見えなくたって……聞こえなくたって……気配が、どんなになくたって……解るに決まってるでしょ……」
血を吐き続ける畑坊を見る田坊の目尻から、やっと一粒。
涙が、零れた。
「ぼくたち……ひとつの命を分け合って生まれてきたんだよ……どんなに離れたって、何があったって……繋がってるんだよ……? 畑坊がどこに居るかくらいッ……ぼくには、ぼくには解るんだよッ!!」
「黙れぇェェッ!!!!」
自分の身体を殺した怒りをそのまま吐き出すように、畑坊は喉が切れんばかりに絶叫した。
そしてそのまま、田坊に喰らいつこうと風を切って飛び込む。
しかし、そのとき既に振り終えた紅葉の太刀筋は畑坊の顔面に赤い筋を描き。
そのまま二つに崩れて、既に息絶えた身体の上に無惨に落ちた。
もう、再生しないことを確かめると紅は紅葉の血を払い、鞘に納める。
「……ろくろ首……紅葉が屠らせてもらった……」
憂い顔で紅が言葉を放った、その刹那。
鬼もろくろ首もいなくなったはずの周囲に不穏な気配があふれ出した。
紅が一度収めた紅葉の柄に手をかける。
それとほぼ同時に
「紅ィッ!!」
誰かの叫び声が聞こえた。
紅の身体は宙を舞っていた。
一拍遅れて右肩に衝撃と鈍い、激しい痛みを感じる。
「え……?」
紅の口から言葉が零れ落ちた。
次の瞬間、紅の身体が地面に叩きつけられる。
紅は僅かに残る気力を集中させて首に力をこめ、ゆっくりと背後にいるはずの、己を襲った人物の方を振り向く。
背後にいた人物を見た瞬間、紅の身体は固まった。
「双、哉」

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