月下のクリムゾン るりぃ ◆wh4261y8c6 /作

第参妖『手ノ目』8
「め ある おまえ なに わかる ひかり ある おまえ なに わかる いたずら あやめられ さまよいッ! くるしみッ! もがくわれの…なにがわかるッ!」
「じゃあ、あなたには何が解るのかしら。」
「紅様……」
薄く笑みを浮かべる紅の表情はいつもと変わらなかったが、明らかに怒りの色が浮かんでいた。
「母親のために働いて、必死に生きてたあの子の無念は? 役に立とうと、名を上げようと頑張ってた狐の未来は? 生きようとしていたのに、アンタの恨みに巻き込まれて死んだ人達の怒りは?」
ギリ、と妖刀を強く握る音がする。
紅は笑うのを止めて、真っ直ぐ老人を見据えた。
「貴様に……解るのか。」
手の目と、紅が地を蹴ったのは同時だった。
老人とは思えぬ脚力で、手の目は紅に飛びかかる。
それをするりと避けて背後に回った紅の蹴りが、手の目の後頭部に炸裂した。
勢いをつけて回転し、着地した手の目に、追い打ちをかけるように妖刀が振るわれる。
しかし手の目はそれをむんずと掴み、紅の着物のすそを思い切り引っ張った。
「…ッ! この馬鹿力め……!!」
引き寄せると同時に拳を固め、至近距離に持ってきた紅の顔を手の目は殴った。
しかし拳は空を切り、瞬時に低く着地した紅の足払いによって彼は派手に転ぶ。
起きあがった時には、額のすぐ上に紅の踵がきていた。
「ぎゃ……!!」
ごきん、と派手な音がして頷くような姿勢で手の目の首の骨が折れる。
首の後ろから突き出た鋭い骨で傷ついた皮膚から、血潮が吹き出た。
「今のは、屡狐の狐の分。これは……私の妹の分よ。」
言葉を終えると同時に、紅の回し蹴りが手の目の胸部を打つ。
その勢いは一気に肋をへし折り、陥没させるだけでなく、手の目の身体を屡狐の立つ道の方まで吹き飛ばした。
「手の目、哀れだが……現世に貴様の棲む場所はない……!」
紅色と漆黒の着物を翻して、紅は宙に舞う手の目の身体めがけて地を蹴った。
手には、月明かりに煌めく血塗れの妖刀。
「大人しく、常世へ帰れ!!」
「うらむぞ…!! うらむぞぉぉおオォォッ!!」
半月に二つの影が重なり、ゆっくり紅の影が落ちると、手の目の身体はぐぐっと反って、弾けるように灰になった。
草むらに着地した紅は、腰に差した鞘に妖刀を納める。
「…邪なる禍魂・手の目…紅が屠らせて貰った。」
草むらに着地した紅が、腰に差した鞘に妖刀をおさめた刹那。
背後で屡狐の叫び声が聞こえた。
紅が急いで背後を振り返ると、そこにいたのは、少々弱々しげな顔立ちで、薄い茶色の髪をした長身の少年がたっていた。
一見どこにでもいそうな普通の少年だが、手に持っている蒼色の剣がはっきりと普通の人間ではないことをあらわしていた。
彼は手の目の血でぬれた紅をぎろりとにらみつけた。
そして殺気を放ち、怒気を交えながら叫んだ。
「お前を……必ず倒すっ!」
第参妖『手の目』完

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