月下のクリムゾン  るりぃ ◆wh4261y8c6 /作



第陸妖『座敷童子』2



「……一体何人目ですか、これで。」

紅は、苛立ちを隠しもせずにそう吐き捨てた。
普段の紅と漆黒の着物ではなく、鮮やかな桃色の着物を身に纏い、肘掛けに寄りかかりながら漆黒の髪をかきあげる。
正面に座る男は、彼女の様子にやれやれと頭を振った。

「私に怒らないでくれ。下手人は他にいるんだ。」

「そんな事は解っているわ。ですが……こう何人もやられてはね。八つ当たりくらいしたいのが人情でしょう? 劉嬰。」

人情ねぇ……とやはり苦笑して、男……黒芭 劉嬰は頬を掻いた。
八つ当たりを正直に認めた上に、その行為を正当化するなんて……流石は紅だ。
劉嬰は朱雀王を主とする精鋭部隊の一人である。
朱雀王諜報抹殺部隊隊長・黒芭 劉嬰。
それが自分に与えられた<立場>だ。

遡ることひと月前……最初の事件が発生した。
町の外れに住む老婆が、変死を遂げたのである。
老婆は、真夜中に家を飛び出し、奇声を上げながら近所を駆け回って、最期は絶叫し果てたという。
聞き込みによれば、老婆はまるで何かから逃げるようにして走り回っていたが、追いかけているモノは見当たらず。
始終「あれを見たから死ぬんだ。助けてくれ。」と叫んでいたらしい。
このあまりに奇妙な事件は、劉嬰を通じて朱雀王の耳に入り、朱雀王はこれを紅率いる羅門深紅隊<らもんこきひたい>に調査させることにした。
羅門深紅隊とは世間では伝説と化した組織で、その存在も目的も謎に包まれている。
劉嬰も去年まではそんなものはないと思っていたのだが、実在した上に箱を開けてみれば<妖を退治するための組織>だと黒い笑顔の隊長に主張される始末。
初め半信半疑だった劉嬰も、普通では考えられない妖や怪事件を目の当たりにし、妖は至る所に存在するという現実を受け入れざるを得なかった。
それはさておき、朱雀王から依頼を受けた紅は命令通りに調査に乗り出した。
そして朱雀王は、劉嬰に別の線からこの事件を調査するようにと申し付けたのである。
劉嬰が調べなくてはならないのは、<浮き世>の線だ。
老婆が、薬や植物によって幻を見た可能性を探れというものだった。

紅は<常世>の線から。

劉嬰は<浮き世>の線から。

しかしどんなに調査しても、その線たちは何の結末も描き出さなかった。
そうこうしているうちに二人が辿り着いたのは、二人目の被害者の死体だ。
後はご想像通り。
答えが見いだせないままに、死体ばかりが増えていくという状況なのである。
紅でなくても、八つ当たりしたくなるだろう。

「あなたの部下……でしたか、今回は。」

「まぁな。結局……助けられなかったが。他の死んだ連中と同じで、見えない何かに追い回されて……<あれを見たから死ぬんだ>って残して逝った。外傷も、毒なんかを盛られた形跡もない……。私が見る限りじゃ……恐怖のあまり死んだって感じだったな。」

「……なるほど……。」

「あぁ……あと、何件か寄せられてた、少女の笑い声。あれも聞こえていた。勿論、姿は見えなかったが。」

死んでしまった人たちの周りに聞き込むうちに浮上した、もう一つの手掛かり。
それが、<姿無き少女>だった。
笑い声だったり、トタトタッと走り回る足音だったり……。
聞く人によってまちまちではあったが、どうやら共通の死を迎えた彼らの周りには、この少女が存在するようだった。
紅はこれを妖と判断し、条件に合う妖を捜し当てるため過去の資料に目を通してみたが、そういった事例にはぶち当たらなかった。
結局は情報があまりに少なすぎて判断できず、退治方法も正体も解らずじまい。
気持ちを切り替えるように短く息をついて、紅は劉嬰を真っ直ぐに捉えた。

「とにかく……見落としがあるかもしれないわ。もう一度聞き込みね。」

「あぁ……非効率だけど今はそれしかないな。何か解ったら連絡する。」

劉嬰は、軽く手を挙げて挨拶するとその刹那姿を消した。
彼が消えてからしばらくは、紅もその場を動かず何かを考え込んでいたがおもむろに立ち上がると引き出しからこの辺りの地図を取り出した。
一緒に碁石もいくつか取り出し、今まで死んだ者の家に順に置いていく。
町の外れから始まり、じわじわと寄り道をしながら死の連鎖は、劉嬰の主である朱雀王の住む方へと進んでいた。

「……急がねば……。」