月下のクリムゾン  るりぃ ◆wh4261y8c6 /作



第陸妖『座敷童子』5



「紅。」

日が落ちて、部屋に灯りを入れていると障子の向こうから声がした。
スッと開いた先には、黒装束に身を包んだ劉嬰が立っている。

「……その顔は、何か掴んだわね?」

「そっちも収穫あったみたいだな。」

表情を読んだつもりが読み返されて、にんまり笑って部屋に入った劉嬰を見送りつつ紅は思わず頬に手をやる。

「それで? 報告しなさないな。」

面白くなかったのが態度にも出て、紅は肘掛けに寄りかかるとぞんざいに話を促した。
劉嬰は呆れ顔で肩を竦めると、ゆっくり首を横に振る。

「あの? 私は紅の部下ではないのだが。」

「じゃあ女中かしら。」

「性別からして間違っている。」

「男のくせに細かいのね……いいから話して。時間が惜しいわ。」

「じゃあ突っかかるな……」と言いたいのをぐっと堪えて、劉嬰はこほんと一つ咳払いをした。
紅が聞く姿勢になったのを確認したので、揺れる蝋燭に照らされながらゆっくり口を開く。

「ひと月前……最初の老婆が死ぬ少し前に、山で行き倒れの男が見つかった。こう言っちゃ何だが、よくある死体でろくに話題にも上らないような小事だ。」

「私も初耳だわ。」

「私も知らなかったんだが、三太郎の奴が死ぬ前に話してたらしくてさ。<町じゃひっそり噂になってるんだ>って。何でも、その行き倒れの男……生前は盗みを働いていたっていうんだよ。それで、盗んだものが山に隠してあるんじゃないかって……まぁ、大衆が好みそうな話だ。」

「下らないわ。」

吐き捨てるような紅の台詞に、劉嬰は苦笑して頬を爪先で掻く。

「ま、同感だが。ところが調べてみたら……この男は本当に盗人だったんだ。それも、人相書きが配られるくらいの常習で。」

「へぇ。」

「屋敷で盗みを働いて……逃げる途中に行き倒れた。辺りに盗品はなかったらしいが……その死体、どこで見つかったと思う。」

「勿体ぶらないで。早く言いなさい!」

「会話を楽しんでくれよ……。最初に死んだ老婆の家から、そう離れてない場所で見つかったんだ。」

地図と碁石を差し出すと、劉嬰は一カ所にパチンと碁石を置いた。
確かに、老婆の家と盗人が死んでいた場所とはそう離れていない。
こんな人里に近い場所で行き倒れというのも……酷というか何というか。

「……老婆の死に、関係があるというのか。」

「近所じゃ、あの異様な死に様のせいか口を噤んでたみたいだが……どんなところにも口の軽い奴ってのは居る。あの老婆は奪衣婆って陰で呼ばれてたらしい。」

奪衣婆というのは、三途の川で渡し賃である六文銭を持たない亡者の衣服をはぎ取り、業を計る者に渡す役割を担う婆の事だ。
しかし、この場合は恐らく……あの老婆が死人の持ち物を漁っていた事を指すのだろう。
可能性の域を出ないが、あの老婆はひと月前……盗人の持ち物を漁ったのだ。

「……さて、ここで気になるものがある。」

「盗人が、何を盗んだか……でしょう。」

「ご名答。そこまで探るの大変だったんだ。うちの隊の若い奴にちょっと無理させてしまってな。」

この男が仕事に厳しいのは周知の事実である。
恐らく<ちょっと>どころではなかっただろうなと紅はその部下に同情した。

「それで……あったのか?」

「あったぞ。えらく怪しいのが一つ。その家に代々伝わる人形がね。本物かどうかは解らないが、幸運を呼ぶって伝わる代物らしい。」

「……成程。それで繋がったわね。」

紅は得意げに笑って膝をぽんっと叩いた。
膝元に置いていた碁石を、同じように死んでいった者たちの発見現場に置くと、細い指で四つ目の碁石を指す。

「四人目に死んだ弁之介だけど……死ぬ直前に大金を手にしていたことが解ったわ。別に悪さを働いた訳じゃない……落とし物を拾って、礼金を貰ったそうよ。」

「へぇ、そりゃついてたな。」

「他の者たちもその視点で調べ直してみたところ……驚くことに全員が何らかの幸運に見舞われていたの。あなたの話と合わせると……どうやらその人形、本物ね。」

言葉を結ぶと、劉嬰は目をぱちくりさせてから地図を見て首を傾げた。

「つまり……みんな人形を拾ってああなったって事か?」

「いや、碁石を見てみなさい。偶然人形が拾われているならこんな一本道は辿らないわ。恐らくはその人形……意志を持って動いているわね。下手をすると最初の盗人もただの行き倒れではないかもしれないわ。」

「じゃあ、私が聞いた女の子の声は……。」

「ええ。その人形の可能性が高いわ。」

劉嬰は、当時の状況と今解ったことを照らし合わせて、眉をひそめた。
まったく、不気味なことこの上ない話である。

「ちょっと待て。幸運を呼ぶ人形が本物だとして……何でみんな死ぬわけ? 思い切り不幸じゃないか?」

「……劉嬰。あなたは座敷童を知っているかしら。」

「ザシキワラシって……見ると幸せになるだとか、お家が栄えるだとかいわれてる妖怪だろう?」

「家や人にとり憑き、幸運を呼び寄せる。しかしひとたび離れれば……とり憑かれていたものは急激に不幸に見舞われ、滅んでいく……。」

「それって……。じゃあ今回のは座敷童子の仕業って事か?」

「可能性はあるわね。」

何故だか解らないが、座敷童子は町の人々にとり憑いては離れを繰り返し、そして移動しているという事になる。
だとすれば、次の被害者は急に運が良くなった人物……。

「……あ! まずい……!」

「どうしたの?」

さっきまで団子が入っていた懐を押さえて劉嬰は声を上げた。
町での聞き込みのついでに村雨で団子を買い、主である朱雀王に届けたのだが……その金、<泡銭>だと言っていた。

どうして……!
どうして気づかなかったんだ!

彼は言っていたじゃないか。

『最近ついているんだ』、と……。