月下のクリムゾン るりぃ ◆wh4261y8c6 /作

第弐妖『鬼』2
「うわぁ…酷い有様…。」
屡狐が言った台詞に、紅は一瞥を返しただけで、黙って広場を見回した。
確かに、その言葉の通りだ。
紅が見て回った限りでは、村人は一人残らず食い荒らされてしまったようだった。
獣の仕業にしては、やりすぎだ。
「…屡狐。何か感じる?」
「犬の仕業じゃないようじゃ。しかしこう死臭が濃くては、こちらの鼻までやられてしまいそうじゃ。」
屡狐は嫌そうに鼻をつまんでぷいとそっぽを向いた。
紅は、妖怪を<禍魂>と呼び、それを斬ったり浄化したりする事を生業としている。
漆黒の髪、紅と黒の着物、右足にある紅月の刺青を見れば、大抵の禍魂は腰を抜かす。
あっちの世界じゃ、《妖殺しの紅》なんていって、結構有名らしい。
その紅の後ろで、死体を踏まないように足下を気にしては、死臭に眉をしかめる娘は、屡狐という。
紅が初めて出した召還獣、所謂<式神>というやつだ。
見た目は人間と変わらないが、その体には天狐の特殊な能力が生きている。
「紅様。私嗅覚には自信がないのじゃ。それは人間よりは優れておるがの。」
「構いませんよ。あなたを連れてきたのは、用心のためです。」
村人全員が惨殺されたのだ。
一人で向かって、予想外の敵に返り討ちになってはまずい。
だから屡狐を連れてきた。
「屡狐、あちらの方をみてきてくれますか?」
紅がそう言うと、屡狐は「はぁい。」と答えてきょろきょろしながら歩き去った。
それを見送り、ため息をつくと紅も反対側を調べ始める。
しかし、どんなに調査しても目ぼしい手がかりは見つからず。
休憩がてら民家の壁に寄りかかった。
春に色づく山を遠く眺めながら、八咫烏や蛭子はどうしているだろうかと考える。
八咫烏は蛭子にしごかれているのだろうかと想像して紅は少し笑った。
何にせよ、元気にやっていてくれればいい。
紅は壁から背を離し、一番側に転がる死体の横にしゃがんだ。
家の裏手に向かって腕を突き出すように倒れる男は、下半身を失っていた。
臓腑は引きずり出され、すでに虫が集っている。
突き出した腕の先を見ると、狭いが人ひとりくらいは通れる通路があった。
春の陽も届かず、翳りにしんと静まっている。
腰のくれないと、もう一本差している普通の刀を確かめて、紅はその通路に入った。
家と家の間の通路なので、そんなに距離はない。
すぐに突き当たると、左手にひっそりと祠のようなものがあった。
豪勢ではないが、よく手入れされている。
祠には、石で作った狐がしゃんと背を伸ばして座っていた。
「…稲荷…。またか。」
冬が明けた頃から、<村人惨殺事件>は始まった。
それから紅は二つの集落を調査しに行ったが、村人は全員獣に食われたような有様で死んでいた。
この短い期間で、村が二つも消えたのだ。
尋常じゃない。
今、紅は三つ目の消えた村に調査に来ているわけだが、この三つの村に共通する点が、住民が皆殺しになっていることの他に、もう一つあった。
それが、稲荷の祠。
だが、このあたりは稲荷信仰も多い。
偶然と言われればそれまでである。
稲荷を奉っていたからといって、村人惨殺に繋がるとも言えない。
だが、何かが引っかかる。
根拠も何もない、勘でしかないのだが。
紅は、まとまらない考えに頭を振り、稲荷に向かってそっと手を合わせた。
逝ってしまった村への、冥福を込めて。

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