月下のクリムゾン  るりぃ ◆wh4261y8c6 /作



第伍妖『妖刀―紅葉―』5



「なるほど。紅に似た女の仕業か……。」

八咫烏がとりあえず事件のあらましを説明し終えると、蛭子は唸りながらそう呟いた。
どうやら、彼女に紅を疑う気は毛頭ないようである。

「それで、紅は何て言ってるの?」

「見つからないんですよ。屋敷にも数日出入りした形跡もないですし。蛭子さん、なんか言いつけました?」

蛭子は、胸の前で組んでいた腕を解くと、胡座をかいた膝にそれを添えてから首を横に振った。

「私からは何も申しつけてない。ここ最近は妖がいなくて。平和そのものだったのだけど。」

「紅さんの行き先に、心当たりはないですか?」

「アンタこそ何も知らないの?」

「知ってたら聞きませんよ。」

「……それもそうよね。」

珍しく、どこか焦っているような雰囲気を纏っている八咫烏を、蛭子は眺めてふん、と鼻で笑った。
そして、ため息をつくと、紅を引いた唇を開いた。

「解ったわ。私の方から紅の知り合いに聞いてみる。他に何か出来ることはあるかしら?」

それを聞いて、八咫烏はいくらか真剣な顔を見せて一つ頷いた。
蛭子も、彼が頷くだろうと予想はしていた。
明かされぬ謎に、答えが隠されているかもしれないと思っているのだろう。
今こそ、明かすべき時なのかもしれない。
いつかは、知ることだ。

「妖刀の、事か。」

「蛭子さんにしては察しがいいですねぇ。知ってるなら教えてくださいよ。何故紅さんが妖刀でヒトを殺めないのか。」

蛭子は一つ頷くと、肘掛けに寄りかかり、障子の向こうの景色に目をやった。

「もう、十年も昔になるかしら……。」

八咫烏の見守る中、蛭子は視線はそのままに、ゆっくり重い口を開いた。

「私も当時は子供だったから、詳しくは知らないけど。その時陰陽師の役割を務めるのは、蒼太郎という男だったのよ。紅の父親ね。」

「へえ。」

「紅は、私と同い年という事もあって、よく共に遊んでいたわ。昔の紅は、今とは似ても似つかん娘だったわ。剣術に長けていて、元気で、活発で、よくしゃべって、騒がしい、ひまわりのような娘だったわ。」

おおよそひまわりとは重ならない今の紅を思って、八咫烏は苦笑した。
申し訳ないが、今の紅を知ってしまっていては想像もつかない。

「その頃の陰陽師という役割で、王家をを支えていたのは、天才と謳われた蒼太郎。そして、蒼太郎の妻…つまり紅の母親の、紅葉<くれは>だったの。」

「……紅葉……?」

「あの妖刀は、紅の母親なのよ。」