月下のクリムゾン るりぃ ◆wh4261y8c6 /作

第漆妖『羅門深紅隊』13
「……痣、ですか。」
双哉や紅たちに呼ばれ、畑坊は少し緊張した面持ちでそこに座していた。
刀乃が部屋の外で他の耳に気を配っているところをみると、秘密裏に命令を受けるのだろう。
今日夕方声を掛けられたときからその気配は察していた。
だから田坊にも詳しく話していない。
まぁ、詳細は今ここで聞いているから、どうせ大した話は出来なかったのだけど。
「首に輪状の痣のついている者を探し出して欲しい。こういう仕事は得意だろ。」
「……はい。」
畑坊と田坊は、見た目は瓜二つで見分けがつかないほどだが、中身はまったく正反対だった。
彼らに頼む仕事も、畑坊には慎重さを必要とする諜報・調査を。
田坊には度胸と機転が問われる暗殺や護衛と、実戦的なものが多い。
双哉は密かに、畑坊の情報収集能力は紅の持つ羅門深紅隊に匹敵すると思っていた。
良く動き忠実である彼を気に入っているのもあり、こういった重要な命令を下すことも最近では少なくない。
そして畑坊は、いつもその期待を裏切ることなく双哉の元に帰ってきた。
まだ若いのにたいしたものである。
しかしいつもはすぐに頷いて仕事に取りかかるのに……どうも歯切れが悪い。
落ち着かない様子で俯いている畑坊に、双哉は首を傾げた。
「どうした、畑坊。何か気になるのか?」
「……双哉様。その首の痣、今この城を騒がせている物の怪と関係があるのですか。」
これには、双哉も驚いた。
畑坊は普段主の意図など詮索したことは一度もない。
双哉としては自分の部下を駒や道具だと思っているわけではないので、自分がする仕事が示すものや狙いを知りたいと思ってくれても全然構わないが。
彼は、それをしないのが常だった。
いや、そうしなくても意図を掴んでくれていたという方が正確かもしれない。
今回も、既に命令の意図を汲んでいるはずだ。
その上でこうして口に出して確認するとは、やはり彼らしくなかった。
「……だったら、どうした?」
「痣のある者が……物の怪、ということでしょうか。」
「その可能性が高いって話だ。」
双哉が真っ直ぐに見つめて低く返すと、畑坊は少し俯き唇を噛んだ。
しばらく沈黙を守った後、唇を解き決意に満ちた瞳を上げる。
「双哉様にも、宮寺様にも……お話していないことが御座います。」
「ん? 何だ。」
「……失礼いたします。」
そう断るやいなや、畑坊は白い雨ガッパを首が見えるようにずらした。
露わになった首筋には、身体と首の継ぎ目のような輪状の痣が刻まれている。
まさに、紅たちが暴こうとしていた痣であった。
「……ッ!」
「待って、待ってください!」
思わず皆軽く腰を上げ、紅は紅葉に手を掛ける。
しかし紅葉は震えず、畑坊は必死の表情で周りを制止した。
「これは……昨日今日ついたものではありません……。ずっと昔から……僕が背負ってきたものです……。」
「……どういう事だ。」
紅が静かに問うと、畑坊は力が抜けたようにへたりと座り込んだ。
少し震える手で雨ガッパを直し、それをきゅっと握りしめる。
「僕たちが……双子であるのはご存知かと思います。僕たちの生まれた村では、双子は……忌み子でした。」
「忌み子……?」
蛭子が首を傾げて問うと、畑坊は小さく頷いた。
「生まれてはならない、不吉な存在だったんです。……生まれた赤子のうち一人は、どちらかが死なない限り、その体から無限に泥を出し続けると信じられていましたし、田坊も実際そうです。だから……母はどちらか一人殺さなければならなかった。生まれてすぐ、紐で首を括って……」
「何だと……そんな事があってたまるか! 生まれてきた赤ん坊の首を……括るだと!?」
「落ち着きなさい、双。信仰の強い土地ではよくある話よ。そういう行為を……哀しくは思うけれど。」
「許されていい事じゃねぇだろ!」
「信仰に対する畏怖と、人の業は……ときにそういう許されざる悲劇を起こします。事例によっては、私が相手にしているものの方がずっとまともだと思えるほどに、ね。」
「……クソッ!!」
紅の冷静な言葉に、双哉は思わず上げた腰をどかっと戻して頭をくしゃくしゃと掻いた。
余程腹が立ったのだろう。
紅も、冷静に解説したものの静かな怒りが自らに生まれているのを感じていた。
だが、ここで怒ってもどうにもならないことである。
紅が畑坊に話を続けるよう促すと、彼は一つ頷いた。
「母親は僕を選び、紐で首を絞めました。でも……その時の産婆がそれを止め、僕らを連れて逃げてくれたんです。」
「では、その痕は……。」
静かに問う蛭子に、畑坊は哀しげに目を伏せた。
薄い唇を微かに動かし、ぽつりぽつりと語る。
「……消えないんです。母親に括られた痕が……。忌み子である証が……」
「よせ、畑坊。自分で自分をそんな風に言うもんじゃねぇ。忌まれる命なんて、ねぇんだ。そんなもん……在ってたまるか。」
「双哉様……」
静かで真剣な瞳で諭されて畑坊は微かに笑った。
それに返すように双哉も目を細めたが、それはどこか哀しげで。
もしかしたら、畑坊を自分と重ねているのかもしれない、と紅は思った。
双哉も、母親に疎まれた命だったから……
「僕は……この痕を人に見せるのが嫌で、いつも雨ガッパをしていました。でも、一人だと目立つから……気を遣ってくれたんでしょう。田坊が、自分もするって……。僕らを見分けるのにも、泥を抑えるのにも便利だし。だから滅多に、互いの首なんて見る機会がないんです。でも……」
「でも?」
聞き返した声に、畑坊は俯いた。
どうやらこの先が本当に告げたかった部分らしい。
決意を要するその言葉を急かすことも出来ず、紅たちは黙って見守った。
やがて、がゆっくり、微かに息を吐く。
「この間……見て、しまったんです。田坊の首を……。初めは、目を疑いました。」
「おい、畑坊……。まさか。」
一つの予想を胸に、双哉が目を見開く。
畑坊はそれに肯定の意を示し言葉を続けた。
「僕と、同じような痣が……。輪状の、痣が首に……。」
「……確かなのか。」
確認する双哉の声には、出来れば嘘であって欲しいという響きがあった。
畑坊が言い辛そうに顔をしかめていると、天井から聞き覚えのある声が降ってくる。
「確かにあったよ。そんな痣が。」
「……陽鳴、そこにいたのね。」
天井板が少し開いて、暗闇から陽鳴が蛭子に返事をする。
いつもならひょいと顔を出すところだが、その気配はなかった。
紅はなんだかそれを不自然に感じたがここで追及しても仕方ない。
「聞かれちゃまずい話なんだったら廊下だけじゃなくこっちも見張らなくちゃ。」
「命令せずともアンタならきちんとやるでしょ。いちいち言うだけ時間の無駄だと思わないかしら。」
「あんまり放任すると僕いじけちゃうよ? 蛭子さん。」
にやりと笑う蛭子に、陽鳴は天井裏から苦笑まじりに返す。
しかし声の調子からまんざらでも無さそうだ。
「紅。……どうする?」
双哉が真剣な面持ちで問う。
畑坊の言うとおり、田坊がろくろ首な上に泥坊主ならば早急に対処した方がいい。
陽鳴もああ言っている以上、痣があるのは本当だろう。
今回のろくろ首は、既に顔を隠す力を得ている。
昼間、人間の時には気配すら消せていてもおかしくない。
そうなると、やはり痣の有無に頼るしかなくなってくる。
「……明日の夜、結界を張りましょう。田坊には悟られないように……」
「オーケー。……畑坊。明日は田坊とお前を休みにする。上手く手筈を整えてやれ。紅のやりやすいようにな。」
「……はい。」
双哉が命令を下して追い出す仕草をすると、畑坊は頭を下げてから部屋を出ていった。
代わりに廊下から刀乃が帰ってくる。
双哉は、刀乃が正座の姿勢になる間じっと目を閉じて黙っていた。
気配が動かなくなったのを見計らって、瞼を少し開く。
「……確認しておくが。救えねぇかもしれねぇんだな。」
「……ええ……事と次第によっては……」
その静かな声が、紅には祈りに聞こえた。
否定するには、余りに痛く、哀しい。
紅は、恐らくろくろ首を討てばその器である田坊も死ぬだろうと知っていた。
被害状況から見て、相当深くまで侵されていたから。
だが、祈らずにはいられなかった。
希望はなくとも、祈らずには……
双哉の声は、そういう声だった。
だから、討てば必ず死ぬなんて言葉を吐けなかったのだと思う。
「……解った。田坊を、頼む……」
第捌妖『羅門深紅隊―後編―』に続く

小説大会受賞作品
スポンサード リンク