月下のクリムゾン  るりぃ ◆wh4261y8c6 /作



第伍妖『妖刀―紅葉―』9



八咫烏と武者猫が辿り着いたのは、林の中にひっそりと建つ古びた神社だった。
戦乱のせいか、すっかり人々に忘れ去られてしまったのだろう。
武者猫は、「ここの神は死んだようだ。」と呟いた。

「ここに居るんですか?」

「……恐らくな。」

どこが自信なさげというか、曖昧というか。
はっきりしない態度に八咫烏は苛立たしく頭をかいた。

「神様のくせにアテにならないですね……。」

「霊力をほんの少ししか持ち出せなかったと言ったじゃう。人間のせいで荒らされた神域を回復しておる途中なのじゃ。儂がいなければ此処にすら辿り着けておらぬぞ。」

「あんまり僕をなめないでくださいよ。事によっちゃ神だって超えますよ。」

「頭に虫でもわいておるのか、お前。」

武者猫の物言いに、八咫烏は眉をしかめると背中に乗っていた彼をひっ掴まえて地面に降ろした。

「チビ神様は此処で大人しくしていてください。ここからは大人の仕事ですから。」

「勝手に付いていく。案ずるな。」

武者猫が腕をひと振りすると、急に風が巻き起こり、砂を巻き上げながら彼の体を一瞬包んだ。
風が通り抜けた後には子供の姿は無く、代わりに黒い毛並みの猫がちょこんと座っていた。
黒猫へと姿を変えた武者猫は、八咫烏の体を器用に伝って肩まで上った。

「これなら邪魔にならんじゃろう。」

「……あの。ここに来るまでの間、その姿の方が軽くて楽だったんですけど。」

「過ぎてしまったことであろう。気にするな。」

「……振り落としちゃいましょうか……コレ……。」

八咫烏は大きくため息をついてから、神社の側に歩み寄った。
すでに壊れてしまっている賽銭箱の向こうの戸に耳を当てると、中から微かに人の気配がした。
八咫烏は建て付けの悪い戸をなんとかこじ開けた。
すると、表の光が中に差し込み、その中に鎖で手足を縛られた紅が現れた。
側には紅葉も落ちている。

「八咫烏……。」

「礼は後でいいですよ。全く、心配かけてくれましたね。」

「何故来たのですか……! 何故助けになど……!」

「話は後で。文句は受け付けません。」

八咫烏は一応辺りを見回してから、紅の手首を覗き見た。
手足に巻き付けた鎖は南京錠で止められている。
膝をついて、細い羽を取り出すと、八咫烏はそれを南京錠の鍵穴に差し込んだ。
程なくして、カチャンと軽い音を立て南京錠はその戒めを解く。
自由の身になった紅は、跡のついた手首をさすりながら起きあがった。

「それにしても、あなたを縛りあげるなんて相当の度胸の持ち主ですね。」

「ふざけている場合じゃありません。奴はまだ近くにいます。」

「奴……?」

紅は刀を手に取り、立ち上がってから着物の埃をはたいた。
目尻に朱の入った眼で八咫烏を見上げる。

「真似妖怪。のっぺらぼうとも言う。他人の姿に化け、ヒトを脅かす妖怪です。」

「それがどうしてあなたを……」

その言葉が終わらないうちに、すぐ横の木戸が大きな音を立てて急に倒れた。
埃が舞い上がる中、咳込みながら出てきたのは、さっき鎖を解いたはずの紅だった。