月下のクリムゾン  るりぃ ◆wh4261y8c6 /作



第捌妖『羅門深紅隊―後編―』9



残されたろくろ首は双哉とまだ刃を交えていたが、鬼丸が消えると一旦間合いを取りにやりと笑う。
どうやら、彼が居なくなった事を不利には感じていないらしい。

「……ろくろ首……いや、畑坊。観念しなさい。脆い鬼では双の兵士を足止めするのが精一杯ですよ」

紅葉の切っ先を首に向け紅がそう言うと、畑坊は馬鹿にしたように高笑った。
歪んだ笑顔で紅と紅葉を見比べながら、口を開く。

「僕が知らないとでも思うの? その刀じゃ首は斬れても身体は斬れない。なんなら、わざと斬られてその紅葉に人間の味を教えてやろうか?」

「…………ッ!」

「結界が張れない今……僕を倒すには身体を殺して繋がりを断つしかない。でもお前は、僕の身体を斬れない。紅葉のないお前に……何が出来るんだよ? 古今無双の大剣士、伊禮 双哉と渡り合う今の僕を斬れるほどの力が……果たしてあるのかな。」

確かに、畑坊の言葉には一理あった。
ろくろ首を手に入れているせいか、畑坊の身体能力は格段に上がり、その速さに双哉ですらまだ一撃も浴びせられていないのだ。
剣技で双哉や蛭子と並べるほどの実力は紅にない。
紅葉が身体を斬れないのも事実で……妖刀を使えない今自分にどれだけのことが出来るのかは解らなかった。
だが、だからといって退くつもりは一分もない。
紅は妖刀を納め、普通の刀を抜いて畑坊に向け構えた。
しかしそんな紅の前に、陽鳴の背中が立ちふさがる。
少しこちらを振り向いて、陽鳴は薄く笑みを浮かべた。

「……紅は首をいつでも叩けるようにしておきなり」

「陽鳴……ですか……」

「僕は剣士だよ。あっちも化け物っていっても忍剣士だろ。あの人には技が効いたって、僕には効きゃしない」

「…………」

「<人間>は……僕が殺す。生首、相手しといてよ?」

そう残すと、陽鳴は地を蹴った。
首のない身体の間合いに一瞬で上空から飛び込むと、くるりと回転し強烈な踵落としで急所を狙う。
畑坊の身体に避けられ、踵は地面を砕いた。

「首がないってのはイイな。急所が減って便利だろ」

「減ろうが増えようが……お前に打てる急所はない!」

「……それは、どうかな」

踵落としの体勢から陽鳴は素早く足払いをして、その反動を利用しひょいと立ち上がる。
息つく暇もなく流れるような動作で脚をしならせると、畑坊はその蹴りを片手で受け止めた。
陽鳴は止められた脚を少し引き更に他の場所に向けて蹴りを何度も繰り出す。
受け止め、払う動作は蹴りと同様あまりの速さに動きを追うのに精一杯で、何度目かの鋭い一撃に拮抗してやっと二人の手足がはっきりと見えた。

「……この程度なの? 柊 陽鳴」

「まさか、これは組み手じゃないんだぜ?」

手足の拮抗を解くと、陽鳴は腰の剣を手に取り畑坊に向けて短剣投げた。
畑坊はバク転でそれを避けながら距離をとり、剣の間合いから抜けて体勢を戻した瞬間目前に迫っていた短刀を短剣で叩き落とす。
しかし、去なした視界に陽鳴はなく、次の瞬間背後から渾身の力で振るわれた回し蹴りに、畑坊の身体は吹き飛ばされた。
空中で身体を立て直し土煙を上げ着地するが、その身体を起こす間もなく陽鳴の剣が畑坊を襲い、剣についた鎖に絡め捕られてぐいと間合いの中に引き戻された畑坊は全体重を乗せて打ち下ろした脚に叩きつけられる。
首は別にあって視界は広いはずなのに追いつけなくなっていく陽鳴の動きに、畑坊は唇を噛んだ。

「くそ……調子に乗るなッ! ただの人間風情が!」

「<成りぞこない>よかマシだろ……?」

起きあがった身体は短剣を構えて陽鳴に飛びかかった。
同時に放たれた無数の手裏剣に向けて陽鳴はいくつかクナイを放ち、自分に命中する範囲のものだけを打ち落とす。
降ってくるようにして斬りつけた畑坊は、剣と何度も刃を重ねた。
集中的に陽鳴の左側だけを狙ってくるところを見ると、肩の怪我を鬼丸から聞いているのだろう。
少年とは思えない重い一撃を受け止め続けて、陽鳴の左肩は次第に軋み始めた。

「ふふ……傷が開いたんじゃないの……! 無理しなくていいんだよ!」

「残念だけど、もともと塞がってないんだよ」

「じゃあ……僕が塞いでやろうか!」

力任せに剣を流し、左の防御を崩すと畑坊は手で陽鳴の左肩を突いた。
その鋭い一撃は止血した傷を開くには充分で。
一足で間合いを取った陽鳴が肩を押さえると、その部分が赤黒く濡れる。

「ったく……荒療治もいいとこだな……」

「その怪我で僕と渡り合ったことは誉めてやるよ」

畑坊の身体が追い打ちをかけようと地を蹴ったところで、宙に浮く生首に、額から顎にかけて赤い筋が走る。
それはあっと言う間に首を二つに裂き、その後ろには紅葉を構えた紅がいた。
一瞬身体は視界を失ったのか動きが鈍くなり、陽鳴と打ち合ってすぐ間合いを取る。
首は瞬時に練り上がり再形成されると紅をきつく睨んだ。

「私を忘れないでください、畑坊……あなたの精魂が尽きるまで、私は刃を下げません」

「……解ったよ。僕の力を、見せてやる」