月下のクリムゾン るりぃ ◆wh4261y8c6 /作

第伍妖『妖刀―紅葉―』8
薄暗い部屋に縦に引かれた光の筋が、不意に音を立てて開いた。
紅が縛られながらも顔を上げると、そこには女が立っていた。
逆光で顔は見えないが、どこかで見たような格好をしている。
「誰かしら? 何故このような真似をするの? 目的は何?」
静かに低い声で問った紅に、女は高く笑うとゆっくりこちらに歩み寄った。
闇に浸った部分が近付く事で見えるようになると、紅は息を呑んだ。
楽しそうに自分を見下ろすその顔は、間違いなく紅の物であったから。
「貴様……! 私の姿まで真似て……!」
「どう? 似てるっしょ? 俺様には真似られない姿なんて無い。姿だけじゃない、声も、中身も全て真似られる。」
「貴様は……真似妖怪!」
「ご名答♪」
もう一人の紅が、左手でぺろんと顔を撫でると、さっきまであった目や鼻がまるで洗い流されたように消え、卵の表面のようにのっぺりした顔が現れた。
唯一残された大きな口には唇もなく、ぱっくり開いた切れ目のようで。
真似妖怪はそれを月の形に曲げて笑った。
「俺様は真似妖怪。でも道ばたで人間を脅かして遊ぶ奴らとはひと味違うよ。」
確かに、彼の言うとおりだった。
真似妖怪……のっぺらぼうと呼ぶ者もあるが、彼らは狐狸の類と同じで、化けることで人を驚かす。
だが、一般的な真似妖怪は悪戯好きなだけでこんな風に危害を加えることはない。
したとしても、驚いて腰を抜かした人間の精気をほんの少しつまみ食いするくらいである。
それに、この真似妖怪からはおぞましいほどの邪気が感じられた。
この邪気だけでも十分他と違うと言えるだろう。
「それほどの力……どこで手に入れたの。」
「貰ったんだよ。俺様の願いを聞いてくれたんだ。<あの方>が。」
「<あの方>……?」
紅が怪訝な顔をすると、真似妖怪はもう一度顔を撫でて紅の顔を取り戻した。
「アンタが知る必要もないお方だよ。冥土の土産にも勿体ないね。」
鬼丸童子の時と同じである。
表に出てくる禍魂を裏で操る第三者。
真似妖怪の言う人物と、鬼丸童子を鬼にした北条早雲かどうかは解らないが、裏に誰かいるという点では一致する。
何か、紅の知らぬ所で黒い思惑が動いているのかもしれない。
「……それで、貴様の目的は何。私をここに閉じこめて何がしたいの。」
「クク、俺様はね、<アンタ>になるんだ。」
「……何ですって?」
真似妖怪は、側に落ちていた紅葉を足で紅の方に蹴った。
紅葉は音を立てて転がり、紅の身体に当たって止まる。
「この姿で、アンタのフリをして人間を殺してきた。その刀を使おうと思ったけど、刀の分際で俺様を拒んだからね。<あの方>が代わりの妖刀をくれた。よく似てるだろ?」
真似妖怪が腰からすらりと抜いたそれは、確かに紅葉にうり二つだった。
長めに作られた刀身。
光沢、色合い、全て良く似ていて、紅葉の持ち主である紅すら、見分けられるか自信がないくらいであった。
「馬鹿な……紅葉は武者猫の剣…。この世に同じものなど…。」
「刀を打てるのは、武者猫……いや、黒虎神<くろとらがみ>だけとは限らないだろーが。残念ながらこの刀にはアンタの母親はいないけどね。」
ハッとして見上げると、真似妖怪は愉快そうに甲高く笑った。
笑い終えると、刀を振って切っ先を紅に向ける。
「妖刀蒼千鳥<あおちどり>。アンタを殺す刀だ。よく覚えておくんだね。」
「そんなものまで用意して……私の姿で人間を殺めて……。それでどうして貴様が私になれるというの。それが露見すれば、困るのは成り代わった貴様よ……!」
「物わかりの悪い女だなぁー。」
蒼千鳥を納めて、真似妖怪はため息をつくと紅の髪を掴み、ぐっと上向かせた。
「アンタのオトモダチが、アンタが人を殺したらしいと聞いて、素直にそれを信じるかよ。」
「…………!」
「アンタはよく信頼されてる。彼らが行き着く答えは一つ。『紅の姿を騙った偽物が居る。』」
真似妖怪はそこまで言うと、上を向かせていた紅の頭を思い切り床に叩きつけた。
痛みに顔をしかめながらも見上げると、彼は愉快そうに肩を揺らしながら上擦った声を出す。
「アイツ等は殺しに来る! <紅の偽物>をね! だけど俺様は、姿だけじゃなく気配や中身まで真似られんだ!」
ひゅうと息を吸って、真似妖怪は気狂ったように笑った。
笑いながら紅の前に歩み寄り、脚で頭を踏みつける。
容赦ない圧力に、紅は奥歯を噛みしめて耐えた。
「アイツらは解るかな……。どちらが本物の紅か。」
「…………。」
「討つべき命はどちらで、救うべき命がどちらなのか。」
どちらが本物か。
もしも見分けがつかないとしたら。
自分が本物だと叫んでも、信じてもらえなかったら。
「俺様は、認めさせるぜ? 皆の前で。俺様が<本物>だって。」
生き残ったのが、<紅>だ。

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