月下のクリムゾン るりぃ ◆wh4261y8c6 /作

第伍妖『妖刀―紅葉―』3
「……その女が男を斬り殺したんですか?」
八咫烏がそう聞くと、幸は小さく二度頷いてきょろきょろと辺りを窺った。
「そりゃ恐ろしい光景だったわ……。その女、あのお兄さんを何度も何度も斬ってねぇ……。最後は喉にこう……ざくっと……。」
幸は、両手を刀を持つようにくっと握って、刀を自分の喉元に突き刺す真似をした。
「痛そうですね……」と八咫烏が顔をしかめると、同意するように幸も眉をしかめる。
「それで、その女……何て言ったと思う?」
「何て言ったんですか?」
「刀をこう、払って。鞘に納めてから……『貴様の命、紅が屠らせてもらった。』って。」
一瞬、あまりのことに八咫烏は表情を強ばらせた。
しかし幸がそれに気付く前に、町人の顔に戻り神妙な表情を作ると「おっかないですねぇ。」と返した。
どういう事なのか、八咫烏はすぐに理解できなかった。
幸が嘘をつくとは思えない。
もし八咫烏の気を引きたいだけだとしても、<彼女>の特徴を上げる必要などないのだ。
つまり、幸が見たことは全て真実と言える。
それでも八咫烏は、<彼女>が下手人だという事実を信じられなかった。
「それでお幸さん……。顔は?」
「それがねぇ。」
幸は表情を曇らせると、どこかつまらなそうに口を尖らせ、その時の事を思い起こしているのか少し上を見た。
「暗くて顔まで見えなくて……。でも黒天さん、あたし嘘はついてないのよ? 信じてくれるでしょ?」
「……ええ。もちろん。」
笑顔を返しながらも、黒天は複雑な心境だった。
まさかこんな話を、神々に簡単に報告するわけにはいかない。
<彼女>が、下手人かも知れないだなんて。

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