月下のクリムゾン  るりぃ ◆wh4261y8c6 /作



第陸妖『座敷童子』3



「おお、劉嬰。戻ったのか。」

風に舞い散る春の花を眺めながら、朱雀王は団子を食べていた。
その横では尾の先が少し太い仔猫がだらしなくお腹を見せて寝転がっている。
これはルカという名前の子猫である。
劉嬰や朱雀王を非常に気に入っており、こうして朱雀王と劉嬰の帰りを待つことも少なくない。
しかし、いつもならちゃんと起きていて「おかえりなさい!」と言わんばかりに飛びついてくるのに……ルカは夢の世界から一向に帰ってくる気配がなかった。

「……あぁ、ルカはここ数日よく寝るんだ。まぁ猫は寝子というくらいだからな、春の陽気に誘われているんだろ。」

劉嬰の視線に気付いて、朱雀王が付け加える。
何となく釈然としなかったが、その理由もハッキリ解らず。
朱雀王は取り敢えずルカを起こさないように静かに腰を下ろした。

「ふぇ、ふぁふぃふぁふぁふぁっふぁふぉふぁ?」

「口の中の団子を消化してから話しかけてください。」

朱雀王の言わんとしていることは何となく解ったが、劉嬰は敢えて睨みつけた。
これで普通に受け答えしたら最後、喋るのと団子を食うのを同時進行させるのが常になってしまう。
朱雀王は黙々と口の中の団子を味わい、ゆったりお茶を啜ってからほっと息をついた。

「……で、何だったか。」

「いやいや、王が何か言い掛けてたんでしょう。」

「おぉ、そうだったな。何か解ったのか? 今回は三太郎がやられたと聞いたが。」

「残念ですが、進展はないです。紅ともう一度最初から洗い直すことにしました。それを報告しに来ました。」

相槌とため息が一緒になったような返事をして、朱雀王は串だけになった団子をかじる。
いつも思うが、団子をなくした串の姿はどこか寂しげだ。
そしてそれを名残惜しげにかじる主の姿も、同時に寂しそうだった。

「三太郎は本当に残念だった……お前を随分慕っていたからな……。」

「……あの世で会ったらまた組み手でもしてやりましょう。」

「それは喜ぶな。」

にかっと白い歯を見せて笑う朱雀王に、劉嬰は薄く笑い返した。
「仇は必ず討つ!」などの熱い言葉も、怒りも見えなかったが、二人には共通した決心があった。
あの若者の為にも、これ以上犠牲者を出さない…と。
笑顔の奥にそれを隠し、交わした劉嬰は早速調査に出掛けようと立ち上がる。

「ああ。劉嬰。出掛けるなら秋雨屋の甘味を頼む。」

「さっき食べてませんでしたか?」

「さっきはさっき、今は今だ。頼んだぞ。」

朱雀王はごそごそと懐を探って銭を出すと、強引に劉嬰の手に握らせた。
やれやれと掌に託された金額を見て、劉嬰はぱちくりと目を瞬かせる。

「……多くないですか!? こんなに買うのですか!?」

「ああ。ぱーっといけ!」

「いや、意味が分かりません。無駄遣いですし。」

「無駄遣いとは何だ。案ずるな、どうせ泡銭だ。」

「…あぶく銭?」と聞き返すと、朱雀王は太陽のように明るい笑顔で大きく頷いた。

「箪笥にな、入っていたんだ。恐らくはヘソクリだろう。隠しておいてすっかり忘れていたのだな。はっはっは。」

「ヘソクリ、か。」

「最近ついていてな。それでは頼んだぞ。」

これ以上の問答は御免だとでも言うように、朱雀王は手をひらひらさせて劉嬰を追い払った。
ルカの脇に寝転がって一緒にお昼寝態勢の主に長いため息をついて、劉嬰は金を懐にしまう。
どうせ聞き込みで町に行くから、ついでに買ってきてやろう。
あまりの甘味好きに呆れつつも、劉嬰は寝転がった主に一礼してから町に向かったのだった。