月下のクリムゾン るりぃ ◆wh4261y8c6 /作

第陸妖『座敷童子』7
「……妖、か。それとも狐狸の類か。」
もしかすると、最近起きている事件に関わりがあるかもしれない。
後で劉嬰に言って紅に伝えさせるとするか、と気持ちを新たに朱雀王は厠へと向かった。
正直なところ部屋に戻りたいところであったが、我慢が出来ることと出来ないことがある。
今回はどうにも我慢できなそうだったので、怖がるのは厠に行った後にすることにして、朱雀王は歩を進めた。
無事用を足してから、部屋に戻る途中で当然さっき少女を見た廊下を通ることになる。
厠の事で一瞬忘れていたが、廊下の不気味な雰囲気に一気に記憶が呼び起こされて、注意深くあたりを見回す。
廊下は特に普段と変わった所はなく、赤い手鞠もどこかにいってしまったようだ。
朱雀王はいくらか安堵して自室に入ろうと障子に手を掛けた。
その時、右側から少女の笑い声が聞こえた気がして思わずそちらを振り返る。
薄ぼんやりと照らされた廊下の突き当たりに、小さい何かが立っている。
目を凝らすと、それは小さな女の子を象った人形のようだ。
見なかったことにした方がいいかもしれないと思い、一度は障子を掴む自分の手に視線を移したが、やはり気になる。
もう一度人形のいた方を見ると、先ほどとは明らかに近い位置にそれはちょこんと立っていた。
近づいている。
そう悟った朱雀王はすぐに障子を開け、部屋に入った。
壁に掛けてあった湾曲した剣を手に取り、障子を見据えて構える。
ところが、いくら待っても人形は入ってこない。
それでも待ってみたが、徐々に緊張も薄れ、部屋で一人障子に向けて剣を構える自分がなんだか照れくさくなってきた。
誰が見ているわけでもないが、照れ隠しに頭を掻いてから剣を下ろすと、朱雀王はそういえばルカが居たんだと思い出してそちらを振り返った。
振り返った朱雀王は、思わず息をのんで身を固める。
ルカは変わらず穏やかに眠っているが、それより手前。
朱雀王の足下に、人形がちょこんと立っていたのだ。
人形は艶のある黒髪を後ろ髪の長いおかっぱに揃え、血色の小さな唇も、つぶらな瞳も、こんな時でなければ見とれるほどに美しい。
その姿は、先ほど見かけた少女を彷彿させた。
「…………お前は……。」
剣を構えることも出来ず、重苦しい空気の中呼吸をすることですら困難な状況に追いやられた朱雀王は、微かに呟いた。
すると、まるで床が軋むようなギッという音が響いて。
ぎこちない動きで人形の首が徐々に上向く。
少し上がっては下がり、上がっては下がりして朱雀王を見上げた人形は、動かぬはずの血色の唇をにんまりと歪めた。
「……私を……見たのね……。あなたも死ぬわ……。」
「……左兵衛を、やったのはお前か……。」
「欲深いニンゲンの名なんて覚えてないよ。」
不意に背後から声がして、朱雀王の後ろからするりと少女が出てくる。
少女は人形を抱きあげ、髪を優しく撫でつけると朱雀王を馬鹿にするように見た。
「剣なんて無駄だよ、ニンゲン。あなたは抗う事も出来ずに死にゆくから。無様に救いを乞いながら、ね。」
「……く……ッ!」
「……恐怖に、のたうち回って?」
少女が笑ったのを合図に、人形の髪がまるでツルのように伸びた。
それは朱雀王に被さるように襲いかかり、一瞬で手足の自由を奪う。
剣を振るっても絡み付く髪の毛は解けず、身動きが取れなくなるばかり。
完全に動きを封じられた朱雀王の視界は、闇色だった。
だが、その闇の中にざわりと蠢くものがある。
決して光に曝してはいけないような。
それは、不吉で恐ろしいもののように思えた。
何かは全く解らないのに。
ただ、恐怖ばかりが膨れ上がる。
どんな戦場でも戦慄することのなかった朱雀王の芯が、今じわりじわりと闇に蝕まれ。
最後の扉を、開こうとしていた。
このままじゃ、のまれる。
せめて……一言でも……!
「……劉、嬰ッ!!」
「はい!」
声がした、と思った瞬間光が戻ってきた。
ハッとして見上げると、そこには紅と漆黒の着物を着た女の背が見える。
漆黒の髪が風に揺れて、ふわりと着地し、開いた腕には長めの刀身を持つ妖刀紅葉が握られていた。
彼女は振り返ると、その瞳を安堵の色に和ませる。
「ご無事でしたか、朱雀王。」
「……紅……。」
「いや、間に合ってよかったです。私、うっかり首をくくるはめになるところでした。」
呪縛から解き放たれた朱雀王を受け止めた劉嬰が、いつもの調子で笑う。
肩を掴む部下の手の感触で、どうやら自分は助かったらしいと実感して。
朱雀王はやっと苦笑するだけの余裕を取り戻した。

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