月下のクリムゾン  るりぃ ◆wh4261y8c6 /作



第肆妖『天使』3



「……それで、あなたは何者ですか?」

うつむいた彼に向かって紅は相手に聞こえるよう、ゆっくり、はっきり、丁寧に話しかけた。
すると彼は、掠れ、暗く沈んだ声でこう答えた。

「……天使だよ。」

紅と屡狐は考えもしなかった彼の返答にぎょっとして一瞬硬直する。
が、すぐに我に返って優しい笑みを作り、彼の首に当てていた妖刀をおろすと彼に話しかけた。

「そう、ですか。では、貴方の名前は?」

名前が無ければ呼ぶときに不便でしょう? と、首をかしげて笑う紅に彼は向き直ると、小さな声でをつぶやいた。

「柊……、柊、陽鳴。」

そういった後、紅に向かってまだ完全に信用したわけじゃないからな! と、言う姿は先ほどまでの態度と違い、少年らしかった。

紅は陽鳴の様子を見てほほえましげに微笑っていたが、すぐに顔を引き締めると真剣な顔で話しかけた。

「そして、これから貴方はどうするのですか?」

紅の質問にえ? と、きょとんとした顔をしている陽鳴に、紅は己の妖狐を思い出してため息をついた。

「いくら天使とはいえ、陰陽師や人間に切りかかったら罪に問われるでしょう?」

陽鳴はそのことを聞いて今初めて思い出したと言うようにバッと顔をあげ、見る見る顔を青くしていく。
紅はやはり似ている、と思い、またためいきをついた。

「さっき見たことは忘れて……早く帰った方がいいわ。バレたらきっと面倒なことになりますから。」

「紅様……バレたらって……」

「何も聞かずに。早く……」

不安がる屡狐と陽鳴をなだめ、陽鳴を帰るように促す紅の顔には、焦りが浮かんでいた。

「もう遅い。」

上空から降ってきたその声に、三人は弾かれるように顔を上げた。
暗闇を照らす街灯の上に、鮮やかな青色の中国服に身を包んだ女がこちらを見下ろし立っている。
感情の見えない顔は、いつもより冷たく見えて。
紅は妖刀の柄にするりと手を伸ばし屡狐は陽鳴の前に出て両手を広げた。

まさかとは思いますが……嫌な予感がするわ。

紅と屡狐が無言で中国服の女をみつめていると、女はふんっ、と鼻で笑った。

「まったく。ミスだったわね……紅。」

「蛭子……」

「そこを退きなさい。命までは奪いません。……痛みは伴うけど。」

蛭子は、月明かりに照らされた美しい顔をひとつも歪めないままそう言った。
屡狐は陽鳴を狙うように差し出した指先を見ているだけで背筋が冷たくなった。
殺気よりも、冷たい。
無感情な攻撃意志だけがそこにはあった。

「退かぬ! 陽鳴は他の誰かに言ったりせぬ! じゃから……!」

「見逃せと言うの?」

「そ、そうじゃ! 大体、護るために在る妾たちが…人に対してこんな乱暴な真似は……!」

「……あなたは、理解していないようね。護るために秘密は守らねばならないの。禍魂の存在が広く知れれば混乱を招く事くらい解るでしょ? それに、命までは奪わないといっているじゃない。記憶を操作するだけよ。」

「冗談じゃない……あんたみたいな得体の知れない奴に僕の頭いじられてたまるもんかッ!!」

陽鳴は、そう怒鳴ると前に立ちはだかる屡狐を脇に避けた。
少し前に出た陽鳴は、真っ直ぐに蛭子を見つめ、低く唸るような声で続ける。